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2016.07.25

マーガレット・リヴァー、Graylin

Graylin

 日本では無名だ。しかしここは、知っておくべきワイナリーである。

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▲写真を見て分かるとおり、ここは海から近いといっても標高100メートルの丘。羊を畑の中に放して雑草を食べさせる。実質オーガニック栽培。無灌漑。

グレイリン(オーナー夫妻の名前、グラハムとメリリンから)の創業は1975年。この産地最初の生産者ヴァス・フェリックスの創業1967年、モスウッド1969年、ケープ・メンテル1970年、カレン1971年、サンダルフォード1972年、ルーウィン、ウッドランズ、ライツ1973年に続く初期のメンバーだ。場所はマーガレット・リヴァー北部ウィルヤブラップ、海から3キロの、ヴァス・フェリックスのすぐ隣。ちょうどボルドーのメドックと同じようにゆるやかに盛り上がっているよい形。どの産地でも同じく、よい畑がそんなにどこにでもあるわけではない。


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▲創業者グラハムとメリリンのハットン夫妻。グラハムさんは牧畜業出身、メリリンさんは化学者。現在は子息である農学博士ブラッドリーが中心となってワインを造る。彼は土壌の専門家だという。

セラードアは1978年に開設、86年にはマーガレット・リヴァーで最初のワイナリー併設レストラン(自分で調理・サービスしたそうだ)の開店と、オーストラリアのワインツーリズムの中心地たるマーガレット・リヴァーの現在の繁栄の基礎を築いたという歴史的貢献も忘れてはいけない。「他人に頼らない。なんでも自分でやる」というオーストラリアスピリット、尊敬すべき自主独立の姿勢が彼らのワインを支える。そこを評価しないなら、オーストラリアワインの最も素晴らしい点を見過ごすことになる。

無名なのもしかたない。「ワインはすべてセラードアかオンラインのみで販売。中間業者を置かない」という彼らのポリシーゆえだ。つまり、基本的に地元消費ワインなのだ。顔の見えない外国の移り気なマーケットに依存するワインより、顔の見える具体的な地元の個人と直接につながっているワインのほうが、リアリティのある味になるものだ。生産者と消費者が共有する「らしさ」の観念が無意識にもそこに反映するからだ。マーガレット・リヴァーでは極めて珍しく、ポートフォリオの多くを酒精強化ワイン(オーストラリアワインの昔からのファンならそれが伝統的にどれほど重要な意味があるかは知っているはずだ)が占めるのも、いかにも地元で長く根付いてきたワイナリーならではだ。

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▲表にはモダンなテイスティングカウンターやショップが新築されているが、裏には創業初期の手作りのセラードアが残っている。この温かみのある人間的な雰囲気がいい。



とはいえ、ここはもともとはワイナリーではなく、牧草地。畜産業を営むべくハットン夫妻が1968年にこの地に移り住んだのだが、地元産のワインを飲んで感激し、4・5ヘクタールにカベルネ・ソーヴィニヨンを植えたのが始まりだ。幕開けは偶然に近いとはいえ、ワインを飲めば彼らの判断の正しさが分かる。マーガレット・リヴァーの中でもここはクリュと呼んでいい味。抜けのよさと腰の据わり、流れのスムースさとリッチな厚みが両立している。譬えて言うならポイヤック的。マーガレット・リヴァーは場所によっては砂地なので抜けのよさは得られるにせよ、後半の押さえが効かないワインが散見される。しかしグレイリンの畑は砂利質ロームの表土の下1・5メートルには粘土がある。それゆえ無灌漑。マーガレット・リヴァーは年間降水量は1000ミリを超えるが、夏季は厳しい渇水となり、春季までの降水を土壌中に保水できる粘土の存在は極めて重要だ。無灌漑ならではのミネラル感、下方垂直性、構造の堅牢さ、余韻の安定感はさすがである。灌漑の味は好きではないと常々言っている。灌漑なしでは枯れてしまうではないか、と皆に反論される。それは灌漑しなければならない畑に灌漑しなければならないブドウを植えるから(砂地にシャルドネ等)そうなるのであって、その前に、灌漑しなくともよい畑に適切な品種を植えることが前提ではないのか。フィロキセラのいない西オーストラリアだからもちろん自根。十分な古木。無灌漑。そして実質的オーガニック栽培。これでまずいワインが出来たら罪悪だ。

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▲シンプルで機能的な発酵室。

代表作、リザーブ・カベルネ・ソーヴィニヨン(2010年)は軽やかだが三次元的な広がりと勢いのよさと緊密な垂直的な構造があり、オーク樽の要素もよくなじみ、マーガレット・リヴァーのカベルネらしいフローラルな香り高さ、そして内陸のカベルネとは異なりしっとりした湿度感を見せるタンニンの質感が心地よい。久しぶりにマーガレット・リヴァーに来て、素直に、やはりすごい産地なのだ、と確認した。早摘み傾向がみられる現在のオーストラリアで、このように熟した安定感とリッチさがあってなお上品なワインは貴重である。

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▲マーガレット・リヴァーのカベルネならではの冷涼な風味としなやかな上品さ。これはリザーブの名がつけられる08年より前の07年のワイン。

樽不使用のアン・オークド・カベルネ・ソーヴィニヨン2015年が特に気に入った。樽に邪魔されないピュアな果実味とビビッドな酸、垂直的構造、そして飲んだあとの見晴らしのよさがいい。もともとの畑やブドウの質がよくなければ、こうはならない。アルコール度数は115度しかなく、pHは驚くべきことに3.3台。その強い酸と16、3グラムの残糖がバランスする、珍しい微甘口カベルネ。カジュアルでオープンなパーティー用(こういうのを女子会向けというだろうか)ワインのようでいて、緻密なミネラル感がさりげなくあり余韻も乱れず長い。輸出向けワイナリーや高評価狙いワイナリーなら、こうした作品は造らないだろう。だが、このようなワインを造ることができる自由な精神がオーストラリアの魅力なのだ。

自由すぎるほど自由な精神が生み出した傑作が一連の酒精強化ワインの中でも特に目を惹くホワイト・チョコレート・フォーティファイド、コーヒー・フォーティファイド、チョコッレート・ルビー・フォーティファイドである。それぞれ、名前のごとく、ホワイト・チョコレート風味、コーヒー風味、チョコレート風味。ブドウと素材を一緒に発酵させるようだ。冗談にしか聞こえないとしても、これがまじめに完成度の高い作品。考えてみればチョコレートもコーヒーも発酵食品だから、発酵酒となじみがよくて当然かもしれない。ともあれ、それらは普通のワインとして見た場合の評価軸からしても優れている。複雑で大きく力があって構造がはっきりしていて余韻が長い。これまたもともとのブドウの質がよくなければありえない話だ。とはいえもともと遊び心のあるワインだから、肩に力の入っていない、楽しい雰囲気がする。真面目な内面と、楽しい外面。いかにもオーストラリアではないか。

 

 

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