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2016.07.26

デンマーク、Yilgarnia

 オーストラリアは東部の地質は新しく、西部は古い。西オーストラリアのワイン産地の多くは26億年前から30億年前という地球上でも屈指の古い地質、イルガン・クラトンの上にある。ネットでイルガルニアという名前のワイナリーを見つけた時、私は「おお!」と思った。イルガン・クラトンから名を取るワインが、テロワールの味がしないわけがない。本当にこの先にワイナリーがあるのだろうかと運転中に不安になるほど何もない土地を延々と通り抜け、イルガルトンにたどり着いた。


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▲宿泊したアルバニーから内陸のデンマークに至る道は通り過ぎる車もなく、見るのは広大な牧場に点在する牛の姿だけ。



 場所はグレート・サザンのデンマーク。冷涼なだけではなく、年間降水量が900ミリと多く、曇りがちで湿度は高め。オーストラリアでは果皮が焦げたようなスパイシーな風味がみられるワインが多いが、このような天候ゆえにワインの質感はしっとりしており、タンニンもなめらか。ストレスが少ないために気孔が閉じることも少なく、ゆえに光合成は活発に持続し、しなかやに豊かな果実味が得られる。そして畑の土は鉄鉱石の礫が多く混じる。pHは大変に低く、平地部分で4.0、斜面部分で4.5。余りに低いため、石灰を漉き込む必要がある。あきらかに鉄っぽい土といえば、ポムロールからサンテミリオンの一部に見られる高名なクラス・ド・フェール、そしてカオールの一部。濃厚な色と逞しく高密度な味わいだということが飲む前から分かる。

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▲イルガルニアの外観。



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▲家の前に広がる所有地。手前で花を栽培し、反対側斜面でブドウを栽培する。

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▲ゆるやかな斜面に広がるブドウ畑から家側の斜面を見る。

 イルガルニアの歴史は、ヴィクトリア出身のピーター・バクストンさんが1962年(子息アンソニーさんによれば。彼らのホームページによれば1963年)にここに土地を買ったことに始まる。当時は完全に未開の地。土地の値段は低く、彼にとって買える土地はここぐらいしかなかったそうだ。他にも牛を200頭ほど飼う農場を営んでいたが、それは十年ほど前に売ったという。彼はまず花卉栽培で成功。それは今でも続けている。デンマーク独特の気候は花の色づきをよくするため、彼らの高品質の花は人気が高いらしい。その資金をもって念願だったブドウ栽培を始める。今ではワインの売り上げは農場収入の三分の二を占めるまでになった。デンマークは南アフリカの一部と並んで最も植物の種類が多い土地らしく、その数は2、3千種類と、アマゾンよりも多いという。つまり花であれブドウであれ、デンマークは植物にとって地球上最も居心地がいい土地のようだ。花とワイン以外に、彼らはメロン、つまりオーストラリア大ザリガニの養殖を行っている。またワイナリーにはレストランが併設され、採れたばかりのザリガニ等の料理を提供している。それにしても今でも人の姿さえ見かけないへき地の中のへき地。ワイナリーにたどり着くまでも牧場以外は自然の森林しかない。誰がレストランに来るのかと思うが、それは冬だからで、季節がよければ観光客が多いらしく、「アルバニーには年間50万人が訪れる」そうだ。

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▲ヨーコさんとアンソニーさん。


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▲畑の中に多くみられる鉄鉱石。

 農場の仕事はアンソニーさんと日本人の奥様ヨーコさんのふたりですべてを行う。朝から晩までいろいろな仕事で働き詰めだ。ワインの質がおろそかになってしまうのではないかとの危惧は無用だ。失礼ながら、どうしてこういう普通の人たちが突然ワインを造りだしてこんなレベルの味になるのかと驚くほど、圧巻の高品質である。

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▲メルロとスパークリングシラーズをはじめとするイルガルニアのワイン。



 特に成功しているのがメルロ。それは土を見て想像がつく通りだ。この品種は成功する時は素晴らしいが、成功する時などめったにない。世界じゅう優れたカベルネ・ソーヴィニヨンやカベルネ・フランはあっても、ボルドー右岸以外、どこに優れたメルロがあるというのか。だいたいはストラクチャーの欠如、余韻の短さ、シンプルさ、そして新世界の場合なら焦げた苦み等が気になってしかたない。しかしイルガニアのメルロはしなやかでなめらかでいて濃密で骨格がしっかりしており余韻が長い。デンマークの気候と土壌の美点がそのままに表れたような、世界トップクラスのメルロである。これで栽培がオーガニック、欲を言うならビオディナミになったらどんなに素晴らしいかと思うが、地元消費が7割を占めるこの小さなワイナリーに今以上の仕事は無理だろうし、人を雇ってそうしたなら売価を上げるしかなく、そのためにはマーケティングが必要だし、たぶん輸出市場への進出が必要となってくる。それはそれでマイナスも大きいし、なによりリスクがある。

 デンマークのテロワールの素晴らしさはシラーズにも反映する。鉄分の要素が影響するため、ここのシラーズはコート・ロティの北側、例えばグラン・プラス畑のような味だ。この力強さは熟成によってさらに魅惑的な複雑さへと進化していくだろう。スパークリング・シラーズも驚異的なおいしさだ。通常ならスパークリング・シラーズなど、バーベキュー用のカジュアルワインどまりになるだろうが、イルガルニアの場合は逞しい骨格、強靭なミネラルがあるため、適度な甘さと合わさって、正面から向かい合って鑑賞するに足るバランスのよいワインとなる。明らかに白ワインに向く土壌ではないため、白は固さが目立って少々品位に欠け、お勧めはしない。

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▲ワイナリー玄関入ってすぐにレストランスペースがある。

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▲この巨大ザリガニを採り、茹でて食べた。

 ランチは目の前の養殖池で採ったばかりの大ザリガニをいただいた。ただ茹でただけ。おいしいが、正直、大味。「なぜ頭や殻をつぶしてソースにしないのですか」と聞くと、カナダやドイツで調理経験を積んできたヨーコさんは、「日本人ならばそうするほうがいいと思いますし、そのほうがおいしいのですが、オーストラリアの人たちはシンプルに茹でただけのザリガニしか好まないのですよ」と。なるほど、オーストラリアらしい。あれこれいじらず素材をストレートに味わおうとする姿勢は、それはそれで文化であり、尊重すべきだ。ワインも本来ならそうあってほしいし、そうでなければオーストラリアらしいとは言えない。ところが多くのオーストラリアワインは補酸やタンニンパウダーによって本来の素材の味を壊す。素晴らしいテロワールなのだから、自らの自然の恵みをもっと信頼すべきだ。イルガルニアの衒いなくストレートな味わいのワインを飲むと、つくづくそう思える。

 

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