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2016.07.27

ポロングラップ、Zarephath

 アルバニーから北に40キロ、ポロングラップの地。小高い山中に1995年に創業されたのがザレファスである。ザレファス(日本語ではザレパテ)は旧約聖書列王紀上に登場する地名であり、現代のレバノン南部サラファンの近くにあった町だ。長くなるが、聖書の当該箇所を引用すると、

7 しかし国に雨がなかったので、しばらくしてその川はかれた。

8 その時、主の言葉が彼に臨んで言った、

9 「立ってシドンに属するザレパテへ行って、そこに住みなさい。わたしはそのところのやもめ女に命じてあなたを養わせよう」。

10 そこで彼は立ってザレパテへ行ったが、町の門に着いたとき、ひとりのやもめ女が、その所でたきぎを拾っていた。彼はその女に声をかけて言った、「器に水を少し持ってきて、わたしに飲ませてください」。

11 彼女が行って、それを持ってこようとした時、彼は彼女を呼んで言った、「手に一口のパンを持ってきてください」。

12 彼女は言った、「あなたの神、主は生きておられます。わたしにはパンはありません。ただ、かめに一握りの粉と、びんに少しの油があるだけです。今わたしはたきぎ二、三本を拾い、うちへ帰って、わたしと子供のためにそれを調理し、それを食べて死のうとしているのです」。

13 エリヤは彼女に言った、「恐れるにはおよばない。行って、あなたが言ったとおりにしなさい。しかしまず、それでわたしのために小さいパンを、一つ作って持ってきなさい。その後、あなたと、あなたの子供のために作りなさい。

14 『主が雨を地のおもてに降らす日まで、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えない』とイスラエルの神、主が言われるからです」。

15 彼女は行って、エリヤが言ったとおりにした。彼女と彼および彼女の家族は久しく食べた。

16 主がエリヤによって言われた言葉のように、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えなかった。

(日本聖書協会の聖書から)

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▲ザレファスの外観。

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▲オーナーのロジー・シンガーさんとイアン・バレット=レナードさん。


 創立したのはキリスト教系カルトの信者たち。この地で自給自足の信仰生活を営んでいた。もちろんワインはミサには欠かせず、収入を得るためにも必要だったのは、中世の修道院と同じだ。しかし彼らは高齢となって修道会は解散。ワイナリーは売りに出され、2013年に現在のオーナーであるロジー・シンガーさんとイアン・バレット=レナードさんが買って今に続く。それがイアンさんの話だが、あとでネットで調べてみると、アルバニーに上陸した13人はカリフォルニアから来たアメリカ人。リーダーは、イスラエルの会社から船を盗んだり(それでオーストラリアまで渡ってきた)、児童誘拐(カルト教団らしく、彼らの学校に入った児童を親に返さなかったという訴え)したり、カリフォルニア州から不正に補助金を受けたり、と、どうもろくでもない人物。彼が80年代半ばに逮捕されたあと残された女性3人と男性3人の信者たちが放浪の末たどり着いたのが、このザレファスのようだ。旧約聖書を読んだあとに事情を知れば、なんともやるせない、なんとも苦しい気分になる。

 彼らが造っていたワインは在庫がわずかに残っていた。カベルネ・ソーヴィニヨン2008年である。驚異的な味の、いったん飲んだら忘れられないほどのワインだった。新オーナーになってからのワインも素晴らしい。しかし教団時代のワインは次元が違うのだ。

 さて、これをどう考えればいいのか。私はカルト教団を支持も弁護もしないが、それでも信仰がワインに聖なる力を与えたとしか言えない。何に似ているかといえば、クロ・ド・ベーズだ。透明感の中にある崇高な力強さと気配の大きさ。後方定位と運動性。揺らぐことない垂直性。しなやかでいて強靭なピアノ線的タンニンと酸。そこにきれいごとでは終わらないダークな血っぽさが影を差す。特に地中深くから天空に向かって伸びる力の存在感は西洋の接ぎ木ワインの比ではない。現代風の洗練とは程遠くとも、皆がほめそやす類の表層的きれいさを一笑に付す精神性が聳え立つ。ワインの味のみに着目して言うなら、これはまさに修道院ワインの窮境である。想像でしかないが、この地にたどり着き、外界との接触を断って暮らしていた教団信者たちは、ひたすら純粋に神の声を聞こうとして、ブドウに向き合っていたのではないか。何を信じていたのかはこの際重要ではないのだろう。営利目的ではなく、より高次の精神的な何かのためにワインを造っていたことが重要なのだ。それは明らかにワインを飲めば分かる。このような非コマーシャルなワインを知ってしまえば、世の中の大半のワインがワインの名を騙るただのアルコール飲料にしか思えなくなってしまう。

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▲中はテイスティングができる心地よい雰囲気。水道が通っていないため、雨水をためて使う。飲んでみると想像以上に塩辛い。海の影響を感じる。

 前オーナーのワインの話ばかりをした。現オーナーは以前はオーストラリア中央部で羊を飼っていたそうだ。ワイン造りに関しては何も知らない。だからワインメーカーとして、近くにある大きなワイナリー、キャッスル・ロックのロバート・ディレッティを招いている。ディレッティは自分のワイナリー以外6軒ほどと契約しているそうだ。しかし自然の中でずっと暮らしてきたからブドウの声は聞こえるのだという。

 栽培は普通のリュット・レゾネのようだ。「オーガニックはマーケティングでしかない。何をすればいいか、認証団体に指図されなくとも自分で分かる。なぜ大金を払って若造にあれこれ言われる必要があるのか」と、イアンさん。かっこいい。自主独立の精神が太い指、深い皺、力強い目から伝わる。オーストラリアの農家はこうでなくては。個人的にはもちろんオーガニックのほうがいいと思うが、それは当主がそう思って決めるべきこと。当人がいいと思うやり方をして当人が心地よいほうがいい。

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▲ワイナリーの前にあるリースリングの畑。灌漑パイプが通っているが、水のためではなく、肥料のため、つまりファーティリゲイションだ。この地の年間降水量は500から600ミリ。

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▲畑の土壌は、イルガン・クラトンで典型的な、20数億年前の花崗岩が風化した粗砂。

 畑にはカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、ピノ・ノワール、シラーズ、シャルドネ、リースリングが自根で植えられている。たとえばリースリングとカベルネは東向きと北向きの斜面に、シャルドネは南東向きと東向きの斜面の区画が与えられている。「二つの区画に植えて複雑性を出す」という考えは理にかなっている。土壌はポロングラップすべてと同じく花崗岩である。

 ピノは下半身が弱く小さく、シラーズは味がつぶれて短いが、冷涼なレモン系風味とまるでリースリングのようなタイトな構造をもつシャルドネは、十分なクリーミーさがあってもダレず、味わいの要素がくっきりとしたコントラストをもって立ち上がり、形が垂直的で、余韻が長い。しなやかでふっくらとした質感の、いかにも花崗岩土壌なリースリングは、この地の個性をよく示す。辛口と甘口のふたつがあるが、前者のミネラル感と構造、後者ののびのびとしたフルーティさ双方ともに見事だ。

 現オーナーのもとでさえ、ザレファスのワイン(試飲したのは初ヴィンテージ2013年だ)は深々とした訴求力があって、精神の集中を要求する。これがワイン造りの経験ゼロの人の最初の作品とは思えない完成度。聞けば畑の裏山はかつてアボリジニーの聖地だったという。ここには何か特別な力が宿るパワースポットだということか。


 

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