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2017年4月の記事

2017.04.30

スペイン、シェリー試飲会

 アンダルシア州農産物の展示会で見つけたおいしいワインを紹介します。

 スティルワインもそれなりに並んでいましたが、どうも薄くてアルコールが高くて平板な印象で、それはパス。もちろんアンダルシア州といえば、シェリーです。ですから私にとってそれは、シェリーの試飲会、でした。

 3000年以上前のレバノン人(つまりフェニキア人)以降の栄光の歴史を見ても、シェリー本来のポテンシャルはものすごいのだろうな、と容易に理解できます。英文学に興味がある方なら、シェークスピアの『ヘンリー四世 第二部』におけるファルスタッフの有名なセリフをご存知でしょう。

 

It ascends me into the brain, dries me there all the foolish and dull and crudy vapours which environ it, makes it apprehensive, quick, forgetive, full of nimble, fiery, and delectable shapes, which delivered o'er to the voice, the tongue, which is the birth, becomes excellent wit.

The second property of your excellent sherris is the warming of the blood, which before, cold and settled, left the liver white and pale, which is the badge of pusillanimity and cowardice; but the sherris warms it, and makes it course from the inwards to the parts' extremes.

 

 これを聞いてシェリーを飲みたくならない人はいませんね。さすがシェークスピアです。というわけで機会があれば試飲してみますが、先日のBB&Rでのセミナーのレポートでも触れたように、ワインとして「崇高」、「偉大」、「忘我」、「ニルヴァーナ」といった形容ができるシェリーにはなかなかお目にかかれません。まずいシェリーというのは飲んだことがなく、おいしいのが当たり前ですから、平均レベルの高さに関しては瞠目すべきものだと思います。ただ、「このぐらいで充足していてはいけない」と思うだけです。まあ、私はシェリーの産地に行ったことがないという、ワインライターにあるまじき怠惰ぶりで、そもそも何も言う資格はないのは承知の上で、素人の感想として、ですが。

 今回は、ありがたいことに、崇高・偉大という形容ができるシェリーに出会うことができました。それは以下の写真の二本、Bodegas TraditionFinoと、Cayetano del Pino Palo Cortadoです。

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Finoはなんと熟成12年です。普通Finoのフロールは数年しか生きていないはずで、二けた年は貴重です。まして12年など、信じたい。それだけ酵母の力が強く、ワインそのものの酒質が強いということでしょう。ですからFinoらしく鮮やかさ、フレッシュさがありながら、桁外れの凝縮度、複雑性、余韻が備わっています。この生産者は1998年創業と新顔です。他の生産者の優れたワインを樽ごと買って瓶詰めします。Palo Cortadoも恐るべきワイン。アモンティヤードのビビッドさにオロロソのコクを加えただけなら普通のパロ・コルタドですが、これはそのエネルギー感と濃密さを何倍にもしたような味わいです。通常のシェリーは高いアルコールがブドウそのものの味やミネラルの周りにまとわりつくことが多く、アルコールを飲んでいる感覚を払拭できません。しかし素晴らしいワインはアルコールが高くともそれを感じないものです。このふたつのワインがまさにそう。「ワインを飲んでいる」という感覚があります。そして余韻の驚異的な長さ。よくある、さらーっと流れてしまう余韻ではなく、立体的に構築されて崩れない長さがあります。ブースの前で何口も味わい、そこから動けなくなってしまいました。


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 甘口のシェリーも、気楽な酒として再認識してもいいと思いました。高級レストランや専門的なバーではなく、普通の家庭で楽しむデザートワインとして、Real TesoroRoyal Creamの素直な味もいいものです。かの有名なフィノ、ティオ・マテオを造っている生産者の、ベーシックなワイン。価格も安い。スーパーマーケットで売っている類のワインでしょう。醤油で言うなら、あれやこれやの高級品も当然いいけれど、プラスティック瓶に入っているヤマサ本膳も素直な味で馴染みがあっていい、みたいな感覚。しかし意外なほどべたつかず、風味の伸びもあります。この生産者の畑はへレスの最高標高地点(といっても60メートルらしいです)に広がっているというのがポイントでしょう。もうひとつの視点は、このようなピノ・ヘネロソ・デ・リコール・タイプは単一品種ではないということの意味。これはパロミノにペドロ・ヒメネスを加えたものです。複数品種ならではの複雑性は確実にあります。シェリーは基本、単一品種ですが、それが本当に究極的な答えなのかどうかと思います。クリーム・シェリーというと、ド素人のワイン、年若い女子が飲むワイン、というイメージがあるでしょうけれど、もう少しフラットに、シンボリズムから離れて食の文脈の中でとらえなおすだけの価値はあると感じました。

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 ちょっと高級なデザートワインとして、La CigarreraMoscatelもいい。モスカテルはパロミノより肥沃で石灰質が少ない土地に植えられる品種ですから、品種的な側面からだけではなくテロワール的な側面からも、ゆったり感、まろやかさ、穏やかさがあって使いやすいと思います。この老舗生産者は家族経営で、いまだに瓶詰めは手作業で行うといったように、手作り感のある味のワインを造ります。つんつんした緊張感は、家庭用のデザートワインには不向きです。これは正しく地酒味。飲んだあとに優しい落ち着きが生まれます。


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 実売1600円程度の超低価格ながら、AlexandroManzanillaの完成度の高さ、腰の据わったぶれない味、意外としっかりした余韻、そしてこれぞサンルカル・デ・バラメダといった塩辛いミネラル感としっとりしなやかな質感には感銘を受けました。お買い得価格のシェリーとして、この試飲会のベストです。

 調べてみると、1200軒の栽培農家を擁する巨大協同組合の作品。2011年に自らのワインをリリースするまでは原料ワインを大手ワイナリーに売っていました。優れた協同組合ワインのよさは、産地の全域からブドウが集まるため、その産地らしい味が俯瞰的に表現されることです。また生産者個人のキャラクターを売るワインでもありませんから、人的側面がうしろに下がり、むしろ土地の味が素直に出てきやすいことです。そして協同組合ワインは地元消費用ワインでもありますから、その土地の人が好む味とは何かがよく分かることです。このManzanilla はその観点からして大変に興味深いものでもあります。

 とはいえ、いったい何を食べる時にこれを飲むのか。天ぷらとの意見をよく耳にします。しかし私は、以前の天ぷらに関する投稿でも論じた通り、天ぷらにはむしろむっちりソフトな赤ワインと言いたいわけで、完全に逆方向です。パロミノが植えられている土壌は硫酸カルシウムを大量に含みます。硫酸カルシウムを含むアルザス・グラン・クリュ・アルテンベルグ・ド・ベルグビーテン・リースリングが、それだけ飲んでいればおいしいものの、料理といかに合わせるのが難しいかは皆さんも経験があるでしょう。硫酸カルシウム土壌の強烈に硬質な酸は、素材の甘さを切ってしまいます。世の中の大勢は味を切る組み合わせを「合う」と表現するとしても、私は定義上そうは言いません。

アルテンベルグ・ド・ベルグビーテンよりさらに事態を難しくするのは、フロールのついたワインはグラがなくなることです。これは生化学的な事実ですから趣味嗜好の話ではありません。グラがある料理(天ぷらもそうです、特に海老とかは)にグラがないワインを合わせると、これまた料理の味を切ってしまいます。つまり、海老天ぷらにレモンをかけたほうがおいしいと思う人のための相性です。それがいい、と言う意見は理解できます。それは「つまみと酒」の典型的な合わせ方だと思います。実際のところ、私はいまだ、Fino Manzanilla が最高に合う料理に出会っていません。

 そこで見方を変え、「切る」能力に即してみたいと思います。フロール系シェリーは、酒精強化による強いアルコール、硫酸カルシウムの固くて強い酸、フロールによるグラの欠如、という、「切る」ための三つの特性を備えています。その点において最強のワインです。ならば、味を切りたい時に飲んでこそ、その最大の能力が発揮されるはずです。では、それはどんな時なのか。それは食後です。ないし、メインのあと、デザートの前、つまりサラダの代替案です。素人が何を言うか、と𠮟られること確実ですが、私のロジックとしてはそうなる、ということでご容赦いただきたく思います。

 シェリーはここまで有名でポピュラーで、今では最新流行のワインでさえあるのに、シェリーでなければならない必然性はどこにあるのか、という議論が十分になされているとは言えません。相性に関する規範の欠如とはつまり、我々ひとりひとりに想像と創造の余地が多く残されているということです。つまり、楽しみが大きい、ということなのです。

 

2017.04.29

アルザス、オリヴィエ・フンブレヒト来日セミナー




 アルザスワインといえば筆頭に挙げられるドメーヌのひとつ、1620年まで歴史を遡ることができる(それ以前の記録は30年戦争によって灰燼に帰してしまったそうです)老舗、ツィント・フンブレヒト。その12代目当主、オリヴィエ・フンブレヒトが久しぶりに来日し、セミナーを開催しました。何十人ものワインジャーナリストの方々が参加しての大規模な会。オリヴィエ・フンブレヒトが来るとなれば、誰もが話を聞きたくなるものです。私もその中に紛れ込ませていただきました。

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▲ドメーヌ・ツィント・フンブレヒト当主、オリヴィエ・フンブレヒト。1963年生まれ。しばらく見ないうちに貫録十分に。

 私は日本で彼に会うのは初めてです。最後にドメーヌに行ったのは、飲んだヴィンテージが2007年でしたから、8年前だったと思います。オリヴィエはMWですし、大変に博学で深い考察力のある傑出した生産者(不世出と言えるほどの人だと思います)ですから、造るワインが素晴らしいだけではなく、その背後にある考え方がきちんとまとまっているのがすごい。ビオディヴァン会長、アルザス・グラン・クリュ協会会長という肩書は
ダテではありません。

 ツィント・フンブレヒトに関しては、私がいまさら何か言うこともないぐらい、誰もが知っています。基本的な解説めいたことをここで書いたら、皆さんに「お前、人を馬鹿にしてるのか」としかられます。ですからここでは私がその場で感じたこと、考えたことを中心として書きたいと思います。

 

セミナーはまずアルザス全般の解説から。「大陸性の気候で気温の振れ幅は生まれてからの経験ではマイナス20度からプラス40度まである極端さで、長い生育期間となるため、アロマティック品種が沢山植えられている」。アルザスのミュスカやゲヴュルツトラミナーの香りの素晴らしさは皆さんもご存知のことでしょう。

 植えられている品種はだいたいリースリング35%、ピノ・グリ25%、ゲヴュルツ30%で、、リースリングが増加傾向、ゲヴュルツが減少傾向にあるようです。アルザスはこれ以上リースリングばかりあってもしかたないと個人的には思うので、その傾向は若干危惧するところです。ともあれ、その時に映し出された彼の畑のブドウの房の写真を見ると、びっくりするぐらい小さい。「それぞれの品種のあるべき形」とのことですが、しかしアルザスでは、「あるべき」ではない形の、大きな房のブドウのほうをはるかに沢山見かけます。ワインの質はブドウから、とよく言われます。このような小さな房になるブドウをマッサル・セレクションし、ヘクタール当たり8千本から1万本の密植をすることが、ツィント・ウンブレヒトの高品質の要諦だとよく理解できます。

 そして高品質のもうひとつのかなめは、ビオディナミ。1998年にエコセール認証、2002年にビオディヴァン認証を取得しています。二頭の馬を飼って(「ジャーナリストに見せるためだけの馬ではなく、実際に飼っている」)、トラクターが入れない斜面で作業します。「人は馬の後ろで汗をかくより、冷房が効いたトラクターの中でラジオを聞きながら作業するほうを好む」にせよ、土壌圧縮の少なさという点で、「本当なら全部の畑を馬で耕したい」。しかし41ヘクタールも所有するドメーヌですから、人員的経営的負担というのは看過できないわけで、そこらへんはバランスです。バランスといえば、ここは大樽発酵、熟成にこだわりつつ(「木だとワインが呼吸できる」)、温度調整機構も備えており(オリヴィエの父親は樽のワインを温度調整したアルザスで最初の人だそうです)、「伝統とテクノロジーの両立」と言っていました。


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▲ドメーヌ・ツィント・フンブレヒトの所有畑の地図。


 「皆さんが興味があると思って」と、1級格付けとグラン・クリュ・ピノ・ノワールの話もされました。まず1級について。着々と公的な格付け制度へと進展しているようです。彼は村のサンディカの長を務めているので、当事者としていろいろ調整しています。どこが1級だと議論されているかは言えないそうです。

もう十何年か、1級格付け創設の話は耳にしています。これ以上フランスワインがややこしくなるのがいいとは思えないので、私としては理念的には賛成、現実的にはなくてもいい、と思っています。いい畑とは何かをすべて公的機関が規定すること自体が産地のフレキシビリティを失わせるような気もするのです。どのみち畑と品種はセットで規定されるわけでしょう。これに関してはドイツよりフランスのほうががんじがらめで、アルザスから国境をまたいだところのソーヴィニヨン・ブランやカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロといった品種の出来のよさを見ると、地球温暖化の中でアルザスがすべきは、将来を見据えた新しい品種の模索、実験だと思っています。それこそブラントでシラーを植えるような緩い方向のほうがいい。ワインファンとしては楽しい。

そもそも公的な格付けがなくとも、アルザスの多くの生産者は事実上、村名、1級、特級の3つのカテゴリーでワインを造っています。そう呼ばないだけで、クラシック、プレステージ、グラン・クリュと呼んだり、クラシック、リューディ、グラン・クリュと呼んだりしているワインの内容は、まさに格付けです。生産者は当然ながら、どこが優れた畑かはわかっていますし、村の中での一応の共通見解はあるものです。だから時間とお金をかけ、政治を巻き込んであれこれ活動し、法律でお墨付きをもらう(つまり法律で縛られる)必要は、純粋に消費者の視点からすれば、ない。そんなものは飲めば分かるし、消費者が判断できることです。法律に「ここがおいしいです」と言ってもらわないと、そのワインがどの程度の質か分からないと思っているのでしょうか。

 1級と言えば、ドイツのエアステ・ラーゲを思い出します。エアステ・ラーゲに関しては、複数のエアステ・ラーゲを混ぜてはもはや格付け的にはエアステ・ラーゲではない。アルザスの1級はそうならないことを祈ります。ブルゴーニュ的なテロワール中心思想という以前からの掛け声は大変にけっこうです。しかしブルゴーニュの素晴らしいところは、複数の1級畑を混ぜても1級だという規定です。ニュイ・サン・ジョルジュのやたら多い1級が何十もリストにあってもまともに選べる人はいません。ましてモンタニーのように60以上の1級があり、それらがブレンドできなければどうなると思いますか?似たり寄ったり(多くの消費にとってはそうです。私もモンタニーの1級を飲んでどれがどれだかまったく分かりません!)のアルザス1級ワインが何百と生まれ、値段も相応に高くなり、、、、という状況を想像しただけでうんざりします。そして1級はうまくブレンドしたほうが結果としてはおいしい。ブルゴーニュの規定のほうは正しく、単一畑ワインばかりの現状のほうが間違っているのです。

 オリヴィエさんは、「どこが1級かの範囲を決めるためには、どこが畑の中心かを決める必要がある」と言います。そこが南向きなら、南南東から南南西の向きぐらいまでがOK。そこが斜度30%なら、斜度35%から25%までのところがOK。そこが石灰岩なら、花崗岩部分の畑はNG。そうやってINAOは決めるそうです。大変におもしろい話です。


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 しかしここで気になります。ケッフェルコフはどうなんだ、と。だから私は質問しました。KT「理屈としてそれは正しいと思います。私もそうやってクリマの範囲が決められると思っていました。しかし一番最近できたグラン・クリュであるケッフェルコフは石灰岩の箇所と花崗岩の箇所を含んでいても全体としてグラン・クリュになった。ということは、最近のINAOは畑の地質的同一性を重視していない、基準が変わった、というふうに解釈できます」。

OH「ケッフェルコフが申請を出したのは1975年だった。しかしずっと議論されてきてやっと2007年にグラン・クリュになった。だからケッフェルコフをグラン・クリュにしたロジックは1975年当時のものであり、地質学的な理解が深まった現代のものではない。私はケッフェルコフをグラン・クリュにしたのは間違いだと思う」。

 よくぞ言ってくれた!私はずっとケッフェルコフはグラン・クリュにあらずと思っていますから。おいしいまずいの話ではありません。これはある種のゲームなのであって、ひとりだけ違うルールでゲームをされても困る。ケッフェルコフの上部の花崗岩のところにリースリングを植え、下部の石灰岩のところにゲヴュルツとピノ・グリを植え、両者を混醸することでおいしいワインが出来ることは知っています。そうするべきです。そしてケッフェルコフは複数品種ブレンドが許されているグラン・クリュです。しかしアルザス・グラン・クリュという名のゲームは、単一地質による味わいの表現を鑑賞するゲームだとしたら、ケッフェルコフは反則っぽい。

 1級の話から特級の話にずれてしまいましたが、基本的な話は同じです。このゲームのプレーヤーが、51から数百に増えるだけです。そうなったら選択肢が多すぎてわれわれの情報処理能力を超えることになると、そうなったらいくら格付けがあろうと消費者の商品選好に対して実質的には役に立たないと、私は危惧しているわけです。

 次に赤ワインに関して。ピノ・ノワールを認可品種に含めるべく申請したグラン・クリュは、既に3つあるそうです。ヘングスト、フォルブルク、キルシュベルグ・ド・バールです。ヘングストに関してはアルベール・マンが、フォルブルクに関してはルネ・ミューレが熱く語ってきたのを皆さんはご存知でしょう。このふたつは当然だと思います。土を見てもいかにもピノ・ノワールっぽいです。キルシュベルグ・ド・バールは意外といえば意外。しかし例えばシュトッフラーの場合、ピノ・ノワールのほうがリースリングよりおいしいと思いますし、このグラン・クリュの生産者たちが同意して申請したのは正しい判断でしょう。オリヴィエ自身はあまりピノ・ノワールは好きではないようで、ヘングストにピノ・ノワールを植えるつもりはありません。

 

 次に6本のワインのテイスティング。それぞれについて考えてみましょう。

1、Riesling Roche Calcaire 2015

 これはフンブレヒトっぽくない味のワインです。もちろん美味しいワインだとはいえ、固い。当然です、リースリングを石灰岩に植えているのですから。そこで私は質問しました。

KT「あなたのポリシーとして、リースリングは石灰岩には植えない、というのがあるはずです。実際グラン・クリュに関してはポリシーが貫徹しています。ではなぜこれが例外なのですか。あなたの父親が植えて、既に畑があるから、という理由もあるとは思いますが、ではなぜ改植しなかったのですか」。

OH「リースリングを石灰岩に植えると熟さずにグリーンな酸になる。しかし畑が温暖な場所にあるなら熟す。この畑は南向きで温かい。地球温暖化によって、今までリースリングが熟さなかった場所でも熟すようになった。だから私は最近ヘングストの急斜面のところ0・5ヘクタールにリースリングを植えた」。

KT「ヘングストにリースリングですか!ヘングストは鉄分がたくさんある畑です。あそこにリースリングを植えたら苦くなってしまうではないですか。納得できない判断です」。

OH「確かにヘングストには鉄があって苦くなるだろうが、その苦みは悪い苦みではないと思う。ストラクチャーを与えるものだと解釈する」。

 石灰のリースリングがまずいわけではありません。フランケンのヴュルツブルガー・シュタインは、シルヴァーナーよりリースリングのほうがおいしいと感じます。ウィーンやトライゼンタールもグリューナーよりリースリングを選びたくなります。そんな例はいくらでもあります。アルザスだって、グラン・クリュ中のグラン・クリュであるかのガイズベルグは石灰です。独特の差し込むような固さと酸の強さと苦みを許容できるならいい。それが欲しい時もある。しかし、“基本”ではありません。どれだけ温暖なミクロクリマといっても、石灰は石灰であり、その味は確実にします。だからこのリースリングがツィント・フンブレヒトの最もベーシックなワインとして存在していることが、ドメーヌ全体の味、またアルザスのリースリングの味というものを誤解させてしまうのではないかと危惧します。

 

2、Riesling Brand Grand Cru 2015

 ブランドは花崗岩のグラン・クリュ。ものすごく開かれた地形で、太陽が燦々と当たります。花崗岩は「火」の味だそうです。リースリングも「火」で、火どうしの組み合わせがよい、と、ビオディナミ的表現をしていました。このワインは上に向かう力がぐわっと表現され、香りが太く強く出てきます。フンブレヒトのブランドは常に素晴らしいと思います。これぞグラン・クリュの味です。

 ブランドはトゥルクハイム村の北西の大きな丘の東から南にかけて広がるグラン・クリュです。オリヴィエさん曰く、東側の斜面下側がもともとのブランド。東側斜面上部は「なんでもなかった、グラン・クリュとはいえない」。南に回り込んだ部分は「アイシュベルグという畑で、当初はここはふたつのグラン・クリュになる予定だったが、アイシュベルグはエギスハイム村が申請していた。同じ名前の畑がふたつある時は、アルテンベルグ・ド・ベルグハイムとアルテンベルグ・ド・ベルグビーテンのように、畑名のあとに村名をつけて区別するのが通例なため、INAOはトゥルクハイム村とエギスハイム村双方に調停を求めたが、両者譲らなかった。そこでINAOはトゥルクハイム村のアイシュベルグをブランドに含めるという乱暴な解決をした」。本来のブランド所有者にとっては許しがたい暴挙だというのが彼の口調から分かります。

 個人的にはブランドのどの区画のワインも十分においしいし、基本的に花崗岩だし、斜面上でさえ今となってはOKなのではないかとも思うのですが、まあイルカをクジラと言っては、ゲームの規則の問題、言葉の問題としていけませんね。

 2015年というとても暑い年ながら、これは辛口ですし、酸も高い。十何年か前のツィント・フンブレヒトなら、こういう年は残糖のあるワインにしたのではないかと思います。スタイルは確実に変化していて、より繊細に、よりタイトになっているのではないでしょうか。それはアルザス全体の傾向です。しかし私は2000年のブランドVTの桁外れのパワー感が忘れられません。花崗岩は溶岩由来ですから、「火」の畑。火の畑のワインを評価する基準のひとつは、火の味がするかどうか、です。記憶の中の比較ですと、2000年VTのほうが「火」の味がしました。ここらへん、セミナーではしっかり議論できないので、次に彼とさしで話す機会があれば、いろいろと聞いてみたいと思います。

 ちなみにブランドは「火」なので、ブランドに撒く堆肥は、同じく「火」の動物である馬由来。逆にヘングストは石灰で「土」を表徴するため、堆肥は同じく「土」の動物である牛由来。ブランドと馬は同じ「火」だというのは、特に自然派ワインファンならすぐに理解できることでしょう。ともかく、これはおもしろい議論です。プラパラシオン500は牛ですが、これを馬にしたらどんな差が生じるのかについては聞いたことがありません。ロバにしたらどうか、羊ならどうか。そして人間ならどうか。牛の角に牛の糞を詰めるかわりに、人間の頭蓋骨に人間の便を詰めたら、ワインにどんな影響が出るのか。ビオディナミのファンの方で誰か実験していないのでしょうか。頭蓋骨は倫理的にまずいとしても、糞尿のリサイクルは日本では戦前ぐらいまでは普通だったわけで、畑の所有者の排泄物でプレパラシオンを作ったら、畑と生産者のコネクションがより強固になり、よりよいワインが出来るような気がします。


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3、Riesling Rangen de Thann Clos Saint Urbain Grand Cru 2015

 ランゲンの土壌は火山性。それはよく知られています。ところが典型的な火山岩のリースリング、例えばワシントン州ワラワラとかファルツのペヒシュタインと比べて、どこか冷たい要素が入っていると常々思っていました。このセミナーで「火山岩がいったん海の中に沈んだグラウワッケ」だと聞いて、なるほど。思わず、「ああ、やっと分かりました。だから上昇力と下降力のふたつを備えて、エネルギー分布的にはほぼ等分で垂直的な形をとるのですね!」と自分の席から彼に向かって言いました。

 なぜランゲンが特別な土壌かといえば、このように相反する要素をひとつにしているからです。加えて、極めて急斜面ですから流速が早い。実体はさーっと流れていくのに余韻はしっかりと力強く続く。そのギャップもまた魅力的です。アルザスのグラン・クリュの中でもシュロスベルグやアイシュベルグと並んでトップ5に入る実力の畑だと私が言っても、否定する方はいないでしょう。また、ツィント・フンブレヒトは、例外的にランゲンではリースリング、ピノ・グリ、ゲヴュルツトラミネールの3種類のブドウを植えます。それはランゲンが多面的な要素(火と土)を備えていて、火品種も土品種も合うからです。

 それだけにランゲンは高価です。誰もがいいと思っている証拠です。ただし使い方は難しい。ヴェルナー・ゾンネンウアーやポリッシュ・ヒルと同じような意味で難しい。唯我独尊的で、料理を受け止める寛大さや粘りけがないからです。これは鑑賞用のワインとみなすほうがいい。実際、鑑賞すべき圧倒的なワインですから。

 

4、Pinot Gris Roche Calcaire 2015

 普通、“ヴィラージュ”のピノ・グリは分かりやすい果実味とボリューム感のある丸い形と遅い流速が特徴です。それはそれでソーセージ等豚肉料理と合わせやすいものです。このピノ・グリは、ずっと抜けがよく、繊細で、すっきりと上に伸びる力があります。若干凝縮度は不足しているものの、一言で言うなら、高品位な味です。6番のワイン、クロ・ヴィンスビュールの説明の時、このピノ・グリは「クロ・ヴィンスビュールの格下げ」と言っていました。どうりでヴィラージュな味がしないわけです。

 オリヴィエさんは、これが鴨に合うと言っていました。通常ピノ・グリと鴨はよい相性にはならないのですが、これなら確かに合うでしょう。

 

5、Gewurztraminer Roche Calcaire 2015

 ゴールデールの近くにあるウーライトを含む泥灰土の畑だそうです。「ブドウの成熟が遅い地区」らしく、ある種のゲヴュルツトラミネールに見られるようなケバさはなく、緻密で繊細な香りがあります。ウーライトとマールですから、かっちりしたミネラルの粒々感とゲヴュルツにしては引き締まった酸があります。

 残糖度は24・7グラムですから、そこそこ甘く、オリヴィエさんも順当に「フォワグラに合う」と言っていました。とはいえ、これはフォワグラ向きではないワインです。なぜならこのワインは硬質・堅牢だからです。ワイン単体として見た場合、ゴールダールのゲヴュルツにせよ、このワインにせよ、見事なバランスではあります。しかしフォワグラのきめ細かさ、柔らかさや香りに合わせるゲヴュルツは、ワイン単体で飲んだら酸が低すぎ、腰がなさすぎ、と思う花崗岩土壌のほうがいい。鴨のフォワグラなら花崗岩グラン・クリュのゲヴュルツ(たとえばフランクシュタインとか)、ガチョウのフォワグラなら花崗岩グラン・クリュのピノ・グリ(たとえばヴィネック・シュロスベルクとか)を合わせるといいのかな、と、経験値の少ない私でも思います。たぶんアルザスワインファンの方々なら、鴨とガチョウのフォワグラと、数種類の土壌違いのグラン・クリュのゲヴュルツとピノ・グリを目の前に並べて、どれがどう合い、どう合わないのか、といった研究はされていると思うので、私が言わんとしていることの意味も分かっていただけるでしょう。アルザスに行けば、ほっておいたら毎日フォワグラを食べることになりますしね。

 こうしたヴィラージュ級のワインは、鑑賞用ではなく、食卓で楽しまれるものでしょう。だとすると、いったい何が合うのか。これをとことん追求すべきです。甘いゲヴュルツが出てくると条件反射的にフォワグラと言いがちですが、そんなおおざっぱなことではいけません。オリヴィエさんはワイン生産者であって消費者でもソムリエでもないので、何に合うかを考えながらワインを造っているはずがない。もちろん使用する文脈を考えるのは我々の仕事です。私は香港風の鴨のバーベキューに合わせたいと思いました。

ところで、この会とは関係ありませんが、あるアルザス・グラン・クリュの辛口リースリングのプライス・カードに、舌平目のムニエルに合う、と書いてありました。輸入元さんに、「本当にこのワインと料理を合わせて確認してからこう書いているのですか」と聞くと、「やってません」。「そうでしょうね、やってみて下さい、合わないから」。まあ舌平目と言ってもドーバー海峡のものをグリルしたなら合う可能性がありますが、私は今までの人生で、日本の一般消費者向け魚屋さんでドーバー・ソールを見たことがありませんから、そんなプライス・カードを一般向けに作っていても無意味に思えます。

アルザスは美食の宝庫です。アルザスワインは素晴らしい食卓用ワインです。アルザスワインは世界一と言って過言ではない畑の土壌の多様性=味の多様性が特徴です。この三つの命題を否定する人は、少なくともアルザスワインファンの中にはいないはず。しかしこの命題を唱えているだけでは実践につながらない。多様なワインの中の何がどのように何に合うのかの個別の具体論を提示しない限りは、消費者はその三つを言語データとして理解するだけであって、具体的なワインを正しく選択して生活の中で享受することができません。

ツィント・フンブレヒトのワインは、アルザス屈指の素晴らしさです。だからこそ、それぞれのワインをどう鑑賞し、どう使いこなすのか、を正しく伝えていくことは、我々の消費文化を高め、個人の暮らしを豊かにしていく上で重要です。アイテム数も多いですから、輸入元である日本リカーの方々をはじめとして皆で真剣に取り組まないと、正しい視点・正しい文脈(唯一絶対の、という意味ではありません)が見えてこないはずです。カタログを見ると、裏表紙のトップに「世界のワイン専門誌から90点以上を1000回以上獲得した銘醸ワイナリー」とあります。それが売りではありません。それは結果であって、そうなるべくしてなる原因があるわけで、それこそが売りです。

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スクリーンに映写されたクロ・ヴィンスビュールを撮影。

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6、Gewurztraminer Clos Windsbuhl 2015

 「1648年までハプスブルク王家の所有畑。その後ルイ14世の所有となり、革命までブルボン王家の直轄地」。オリヴィエの父が1987年にこの由緒ある畑を購入しました。最後に出てくる理由は、残糖があるからだけではなく、ポテンシャル的にここが最上の畑のひとつだからです。彼らはここに、リースリング、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、オーセロワ、シャルドネと、多くの品種を植えています。土壌は三畳紀のムシェルカルクです。    

1級は当然のこと、グラン・クリュになってもおかしくないと思いますが、モノポールでは栽培農家の総意になるはずもないですし、オリヴィエさんが村のサンディカの長にしてグラン・クリュ協会の会長なのに、自分で自分の畑をグラン・クリュ申請したら、手前みその極致と言われてしまいますね!

KT「素晴らしい畑だと思いますが、ゲヴュルツトラミネール単一品種ワインが正しいかどうかは疑問です。下に引きずられて上が伸びないでしょう。このようなフランスの宝とも言える畑の所有者の責任として、伝統的にこの畑には何が植えられていたのかを調査し、それを尊重する必要があると思います。いろいろな品種がうまく行くなら、ここではウルトラ・プレミアム・エーデルツヴィッカーを造るべきなのではないでしょうか。たぶんそれがフィロキセラ前の姿だろうし」。

OH「我々のZindはシャルドネとオーセロワで造るエーデルツヴィッカー。以前はピノ・グリもブレンドしていた。この畑に関して1760年に書かれた本を5年前に発見した。古いドイツ語で書かれていて解読が難しかったが、幸い私の叔父が大学のドイツ語の先生なので、読むことができた。それによると主な品種はTOKAYだった。それはほぼピノ・グリだと考えられる。今植えられている品種の多くはピノ・グリだが、当時もそうだった。1972年までは、その年に亡くなったジョン・メイヤーさんの所有だった。彼が50年代、60年代に植えたブドウはよい品質だが、次の所有者が植えたブドウは台木もクローンも低質なもので、植栽密度も低く、我々が改植するしかなかった。だからピノ・グリの樹齢は若い。樹齢20年、25年の品質は、50年のものより劣る。だから我々はクロ・ヴィンスビュールの名前ではリースリングとゲヴュルツしか出さない。ピノ・グリはロシュ・カルケールに格下げする。このワインがミネラル感を現時点ではうまく表現しないのはヴィンテージが2015年だからだという理由もある。2013年や14年のほうがテロワールの味がよく分かる。2015年は過去2番目に暑かった年で収穫が早かった。ブドウは天体の影響を受ける。冬は月、春は水星、開花は金星、結実は太陽、ヴェレゾンは火星、成熟は木星、そして収穫時は土星。種が黒くなると土星の影響を受け、そのあと地球に帰る。遅い収穫のヴィンテージでは土星の影響が強くなり、早い収穫のヴィンテージは木星の影響を受け、果実味豊かで分かりやすい味になる。リースリングがテロワールをよく表現するのは、収穫が遅い品種ゆえ、より土星の影響を受けるからだ」。

 ブドウに限らず地球上の万物は天体の影響を受けますが、なぜ木星がフルーティで土星がミネラリーなのかは私は分かりません。それはともかく、クロ・ヴィンスビュールは単一畑です。斜面上にはリースリング、下にはゲヴュルツやピノ・グリが植えられています。だとすれば、それらすべてのブドウをブレンドしなければ、クロ・ヴィンスビュールの味にはならないと思います。単一品種で造るなら、それは単にリースリング区画の味、ピノ・グリ区画の味、でしかありません。これがもったいないと思うのです。ピノ・グリ7割で、残りはリースリング、ゲヴュルツ、ミュスカ、シャスラー、シルヴァネル、サヴァニャン、オーセロワ、シャルドネで、全品種、全面積使用でワインを造ったらどんなに素晴らしいかと、容易に想像できます。もちろん昔はゲミシュター・サッツだったはず。それを再現すれば、元の所有者であるハプスブルク家も天国で喜んでくれることでしょう!ともかく、彼らが植えたピノ・グリの樹齢が十分に高くなり、クロ・ヴィンスビュール名でリリースされる時が待ち遠しいですね。

2017.04.27

ラシーヌのジョージアワイン

 引っ越してからのラシーヌにお邪魔するのはこれが初めて。外界の悪い気を遮断する特別な空間だというのは噂で耳にしていましたが、実際に入ってみると、人でごった返していながら、確かに静謐かつ清涼な気配があり、天井が低いにもかかわらず上方への伸びがあって、実際の部屋の容積よりずっと広い教会にいるかのような気になります。

 部屋に入るなり、社員の方に、「ついにカヘティの赤ワインを入れました」と言われました。合田さんも「ジョージアを扱っていながらカヘティの赤を入れないとはカヘティが分かっていない、と言われてきたもので」。まさに私がカヘティの白ではなく赤ワインのファンであることなど知っているはずもないのですが。

 カヘティの黒ブドウ、サペラヴィはゴツい品種です。もりもりしたパワー感が直接に胸ぐらを掴む感じ、線の太い隈取な感じが、私にとっては魅力的なのです。私はワインに関しては相当に守備範囲が広く、「らしい」ならなんでもいいぐらい緩いスタンス。そしてなんといってもジョージアの微甘口赤ワインが好き。しかしラシーヌはそうではなく、ゆえに今までサペラヴィの扱いがなかったことは当然だと思います。


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 その新たに入ってきたニコロズ・アンターゼのサペラヴィは、まさにサペラヴィ嫌いな人のためのサペラヴィといった味。すっきりとして骨格が細く、過剰性がなく、パステル画ではなくペン画的な精密さと彩があります。合田さん曰く、サペラヴィの種を取ってムツヴァネの果皮と種を加えて発酵・熟成したもの。それはすごいアイデアです。サンジョベーゼ100%のワインが嫌いな人が、サンジョベーゼとマルヴァージアを混醸した、みたいなもの。もちろんサペラヴィらしくはない。でも、ワインとしては見事です。


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 イメレティの赤ワインにも不思議なものがありました。ゴギタ・マカリゼのツィツカ・オツハヌリ・サペレです。オツハヌリ・サペレ単一だときつい味で薬みたいなものですが、フローラルでしなやかなツィツカをブレンドすることで上品になりました。両者ともに、いかにもラシーヌ仕様の赤。普通はどんな味かを知っている人にはものすごく楽しめるはずです。

白に関しては樹齢100年というルカツィテリに驚かされました。普通ならルカツィテリはそんなに好きではない私でも脱帽する他ない、並外れた凝縮度と複雑性と垂直性。この色気があまりない品種からこれだけの味を引き出すことができるとは。

合田さんとはいろいろな話をしていました。ひとつのトピックは、亜硫酸についてです。ジョージアは亜硫酸無添加と言っても、ワインに直接添加しないだけで、実際はけっこうな量の硫黄をクヴェヴリの中で燃やしているため、クヴェヴリからワインに溶け込みます。かの有名なアラヴェディ修道院のワインもパワーはあるにせよ、この点については粗末なもので、飲んだら頭が痛くなりました。しかしクヴェヴリをどうやって殺菌するのか。洗浄でさえ恐ろしく大変なのに。彼女が言うとおり、ジョージアのワインは基本、「家庭で造るどぶろくみたいなもの」で、それがいいのですが、「商品として日本で売るとなると、そんないい加減で不安定なものでは困る」。とはいえ亜硫酸大量添加も困る。「ジョンさん(フェザンツ・ティアーズ)みたいにお金がある人は機械を買えるけど」。これは真面目に考えねばならない次の課題です。木の皮のブラシでこすって海綿でふき取るのが伝統ですが、その程度ではやはり亜硫酸が必要でしょうし、なによりその重労働は想像しただけでぞっとします。キルヒャーの高圧洗浄機、高温スチーム掃除機、ポンプをセットにして揃え、小さいマラニを回ってクヴェヴリを洗浄する役目の人が必要かも知れません。

「ジョージアからワインを買うのだから、ジョージアらしい造りのワインでなければ意味がない」と、合田さんは言います。だから「あらゆる金属はマラニから撤去だ」、と。ところが最近は皆さんそこそこ普通の醸造器具(金属製)を設置していたりします。ラシーヌが扱うラマズ・ニコラゼもそうで、「新しいセラーにはステンレスタンクがあって、クヴェヴリから抜いたワインはそこに入れるでしょう」と言うと、「だからラシーヌ用のワインはこれからタンクを使わないようにしてもらう」。ラマズさんのワインは素晴らしいのですが、タンクに長く入っているとどうしても味がぺたっとしてこじんまりしてしまう。今年のヴィンテージが期待ですね。

それにしてもジョージアワインは以前と比べて洗練された味になりました。クヴェヴリ臭くないし、素直で、ピュアで、きめ細かい。ジョージアで感じたことは、ラシーヌのワインからも同じように感じることができました。数年前のワイルドな味の記憶で止まってしまっている人は、最新のワインを飲んでジョージアの進化を体感してください。

 

フランス、オクシタン州のワイン試飲会

 2016年1月1日、ラングドック・ルーション地域圏とミディ・ピレネー地域圏が統合し、オクシタニ州が誕生しました。今まではラングドック・ルーションとイコールだったSud de Franceのシンボルは、今では、コート・デュ・ローヌや南西の一部を含むオクシタニ州の農産物すべてに使用されることになりました。オクシタニ州に含まれるブドウ畑は27万3千ヘクタール。世界じゅうのワイン産地の4%、フランスの三分の一を占める世界最大のワイン産地です。

 ボルドーから南は言語学的にはラングドックですから、ラングドック・ルーションと南西が一緒になっても違和感はありません。このエリアは13世紀初頭、ローマ教皇イノケンティウス3世の号令下に行われたアルビジョワ十字軍によって破壊された土地、すなわちキリスト教カタリ派の土地と相当程度重複しています。こうして彼らがアイデンティティを自覚するのはよいことです。南フランスワインのファンとしては、北フランス中心思想を相対化する契機となるこのような運動は歓迎です。

 また、南ローヌの一部も含まれるのもいいことです。北ローヌと南ローヌを一緒に考えるより、南ローヌとラングドックを一緒にするほうが、品種的にも味の傾向的にも、いろいろと分かりやすいのではないでしょうか。

 

 そのSud de Franceつまりオクシタニ州の試飲会に行ってきました。試飲して思ったのは、ラングドックの中でもクリュないしクリュに準ずるポジションの産地はやっぱりおいしいということ。端から飲んでいて印象に残るのは結局、コルビエール・ブートナック、フォージェール、ペズナス、サン・シニアンといった、いつも私が好きだと言っている産地です。スケール感、バランス、存在感、密度感等々が、コルビエールやミネルヴォワといった普通の産地とは違います。

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▲この味で3ユーロなら安いものです。サン・シニアン、さすがです。ちなみにこれは畑の標高が180メートルですから、ベルルーやロックブリュンとは傾向が異なり、優しいタイプのサン・シニアンです。

 コルビエールの繊細さやミネルヴォワの内向性が悪いと言っているのではありません。それはそれで、使用目的がはっきりしていれば使い道がいくらでもあります。しかしワインだけで飲んだ時のインパクトは、クリュにはどうしても太刀打ちできません。

 気づいたのは、コルビエール・ブートナックではなく、ただブートナックとのみ表示してあることです。生産者に聞いてみると、「どちらでもいいのだが、ブートナックのみの表示も増えてきている」。それはよい傾向です。モレ・サン・ドニ・クロ・ド・ラ・ロシュとは言わず、ただクロ・ド・ラ・ロシュと呼ぶのと同じです。


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▲アペラシオン・ブートナック・プロテジェ。ぼんやりしていると産地名の変化についていけません。


しかしそれが意味をなすための前提は、ブートナックがどこにあっていったいなんなのかが分かっているということ。そうでなければ多くの人に「なんだろう、これは」と思われて終わりです。たとえばボージョレを例にとるなら、誰でもボージョレは知っていますが、ブルイイを知る人はごくわずかです。そうラベルに書いてあっても、それがボージョレのクリュだとは、勉強していなければ分かりません。クリュ・ボージョレ・ブルイイという名前のアペラシオンなら分かるでしょうが、ラベルにはボージョレのボの字もありません。つまりは分かる人だけ分かればいい、という名前なのです。

飲んでみると、ブートナックらしい果実の厚みやタンニンの強さとまろやかさの両立が見事。カリニャンが青臭くなったり泥臭くなったりせず、きちんと熟して、なおかつびしっとした芯を形作ります。特にカリニャンのファンなら、フィトゥーと並んでブートナックはしっかり記憶しておかねばなりません。

 

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▲シニャルグのオーガニックの生産者のワイン。完成度はまだまだですが、テロワールのポテンシャルはしっかり感じ取ることができました。


 南ローヌの中では、コート・デュ・ローヌ・ヴィラージュ・シニャルグに興味を持ちました。これは世界遺産ポン・デュ・ガールとアヴィニョンのあいだにある土地です。IGPポン・デュ・ガールでおいしいワインは飲んだことがないので期待していなかったのですが、こちらはさすがに上級アペラシオンらしいポテンシャルを感じました。すぐ南にはニームがあるのでコスティエール・ド・ニームのさらっとした軽い味(すべて、とは言いませんが)と似ているかと思いきや、シニャルグはおおらかな南国味を基本としつつ複雑性や締まりもあって、なかなか見事。生産者の方に、「ニームのような砂ではないのですね」と聞くと、「砂も一部にあるが、粘土石灰質土壌」だと。この名前は記憶しておこうと思いました。

 

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▲Domaine de Venusの創立者のひとりで、マネージャーをつとめるジャン・フランソワ・ネグルさん。マカブー主体にグルナッシュ・ブラン&グリ、ヴェルメンティーノをブレンドした白がおいしい。



 ルーションからは、ヴィニュロン・アンデパンダンのサロンでおなじみのおドメーヌ・ド・べニュスが来ていました。2003年にサン・ポール・ド・フヌイエットで設立されたドメーヌです。私は2004年ヴィンテージからちょくちょく飲んでいますが、最近は力がいい感じに抜けて、質感が細かくなり、なおかつ樽もバリックからドゥミ・ミュイに換わったことで味が素直になり、ずいぶんおいしくなったと思います。これはフランスの普通のレストランで普通に飲むとぴったりなタイプの、やさしく、でしゃばらないワイン。さほど余韻は長くはないのですが、なにより性格がよい味なのが魅力です。ここの白が昔から気に入っています。ドメーヌにはモーリーの白もあるそうです。最近モーリーの赤の畑も買ったとか。ランシオ的な酸化は嫌いみたいですから(ボルドー人ならそうでしょうね)、このドメーヌからはチャーミングなモーリーが登場しそうです。

 しかしながら、全体を見て感じた問題は、ラベルのデザインがダサすぎなこと。スペインを見習うべきです。いつからフランスはこんなにセンスが悪いデザインで満足するようになったのでしょうか。

 猪のシチューだからブートナックにしよう、鹿のポワレだからサン・シニャン・ロックブリュンにしよう、魚介類の煮込みだから樽なしのグレ・ド・モンペリエにしよう、等々と考えてきちんと南仏ワインを選べる人は、きっと日本では少数派でしょう。分かっている人なら、ラベルは関係なく欲しいものを買うでしょう。ないし、ダサいラベルも味わいのうちだと思うでしょう。しかしそれを前提としていては敷居が高すぎ。思わず手を伸ばしたくなる魅力的なラベルにしたら、初心者でも買ってみたくなり、試してみておいしければそのあとが続くではありませんか。

 私はけっこうフランスワインの将来について不安に思っているのです。今までは「人はフランスワインを買うものだ」という前提がありました。DRCだラフィットだという最高級フランスワインの御威光が全世界のワインファン全員に通用するとみなし、その「フランス」なる傘の下で商売をしていれば客が来ると思っていたのかもしれません。しかし今ではフランスはワン・オブ・ゼムです。「別にラフィットに20万円も払いたくないし、そんなもの飲まなくても困らない、私は私の好きなワインを好きなように飲む」と考える人のほうが健全でしょう。だからフランスワインは、「フランス」に安住しているのではなく、魅力的なワインを造り、消費者に伝える努力を、他の国と同じようにしていかないといけない。日本におけるフランスワインの緩慢なシェア喪失傾向にいかに対処するか。フランス大使館の方々の力の見せ所だと思っています。大使館のある方は、「今までと同じことを同じようにやっているだけでは通用しなくなっているのかも知れないですね」とおっしゃっていました。その通りです!

 

2017.04.26

アルザス、クリスチャン・ビネールのセミナー

 ビオディナミワインファンのあいだで長きにわたって圧倒的な支持を得てきたクリスチャン・ビネールがアルザスから来日し、テイスティングセミナーを行いました。

 
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▲最近醸造所を新築したそうです。広いので、次のヴィンテージが来ても前のヴィンテージをそのまま熟成させ続ける余力ができました。それは大きな進歩です。


 十何年か前、つまり彼がまだ二十代の終わりだった頃、ドメーヌを訪れたことがあります。その時元気いっぱいに対応してくれたのは奥さんでした。クリスチャンは静かに後ろで仕事をしていました。しかし三年前に離婚したそうです。私にとって以前のビネールのダイナミックな味、色々細かい問題点はあってもそれを上回るパワーで納得させてしまう味は、奥さんのキャラクターの反映だったような気がします。クリスチャンは見るからに真面目な人です。話の内容もそうでした。だから今のビネールは、以前とは傾向が違います。ひっそりとして求心的です。

 ドメーヌがあるのはAmmerschwihr村です。けっこう土が厚い場所だと思います。それがワインに出ています。つまり、びしっとした骨格・構造のワインではありません。この村のグラン・クリュ、ケッフェルコフもそうです。それを分かって買うなら、ビネールの丸さは役に立ちます。多くのアルザスワインは、とりわけリースリングは、普通の日本の料理に対して表情が厳しすぎ、酸が鋭角的すぎ、骨格が固すぎ、だからです。

 セミナーの中で彼がこう言っていました。「最近のアルザスのヴァン・ナチュールの生産者は酸を求めて収穫が早すぎ。自分は熟したブドウを収穫する。そのほうがあとからうまくいく」。私も同感です。収穫が早いのは辛口にするからです。アルザスで完熟にすると往々にして残糖のあるワインになってしまいます。ないしは酸が下がります。ヴァン・ナチュールは、特に日本での認識は、亜硫酸添加量の少ないもののようですから、残糖があっても酸が低くても亜硫酸添加量は増えてしまい、望まれるスペックになりません。

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▲ラベルデザインを一新したのは、過去を振り切るためのようです。



 完熟して亜硫酸添加するのと、未熟で亜硫酸無添加にするのと、どちらがいいかと言えば、私は前者です。ワインは果物のお酒ですから、熟しているのはすべての前提だと思います。気温が高くなりすぎて辛口ワインができない時代になってしまったのなら、現在の品種はやめてもっと晩熟品種を植えるか、今の品種でもっとアルコールが上がらないクローンを開発するか、それともなんらかの方法で光合成を抑制するか、もっと根本的な解決を見出していくべきです。

 完熟させてもビネールのワインには酸が保たれるのは、彼の畑の位置に理由があると、今日はじめて気づかせていただきました。地図上の彼の区画を見ると、どこもかしこも森のすぐ脇、つまりクリマの中では端に位置していることが分かります。それは現在においては、生態系の多様さという意味においてもものすごいアドバンテージだと思いました。

 ビネールでは亜硫酸無添加バージョンも作っているはずですが、今日出されたワインは瓶詰時に少量の添加をしているものです。商売を考えたらそれは正しいでしょう。

 

 隣室では試飲会が行われていました。その中で最も気に入ったワインは、パスカル・ランベールのシノン・ロゼです。ものすごくチャーミングで上品。華やかで伸びやか。やさしいフルーティさにぶれない骨格。赤ワインよりずっといいと思います。シノンのロゼでまずいものはほとんどありません。シノンのテロワールの秀逸性はロゼにするとものすごくよく分かります。これで2500円。それは安い。

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ニュー・カリフォルニアワインと天ぷらの会

 目覚ましい変化を見せている最近のカリフォルニアワインの素晴らしさを経験していただくべく、人形町の老舗江戸前天ぷら店『天音』で講座を開催しました。

 
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▲空襲を免れた大正時代そのままの店構え。こういうお店はただの飲食店ではなく、文化財です。


 それなりに年を重ねたワインファンの多くは、カリフォルニアワインに関して時
計が止まっていて、ナパやソノマの高価な有名どころの名前を憶えて終わり、になっているようです。さらにひどいパターンでは、完全に思い込みで、カリフォルニアワイン=「アルコールが高くてえぐくて樽が強くて人工的な味のする濃厚なカベルネ・ソーヴィニヨンとシャルドネ」みたいなイメージを持っています。

 今回のワインは、皆さんにとって衝撃的だったようです。「今までと全然違う!」、「カリフォルニアってこんな味だったのか!」という驚きの声を聞きました。

 

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▲巻エビの甘さと温かい力強さをカリニャンが引き立ててくれました。

 カリフォルニアと東京とどちらの料理が好きかと聞かれれば、躊躇することなくカリフォルニアと答えるぐらい、カリフォルニアの食は好きです。カリフォルニアは本来おいしいものが出来るところです。気候がいい。それは皆さん知っているでしょう。野菜もとてもおいしいから、土もいいのでしょう。消費者も味音痴ではありません。オーガニックへの関心も高い。ワインが好きな人の教養レベルはとても高いし、お金がある。そしてアメリカ人は真面目で、やる時はとことんやる。働き者です(アメリカの休日は日本よりずっと少ないのです)。まあ私はカリフォルニアで料理を作っていたのですから、そこらへんの事情については理解しています。ジャンクフードもおいしいけれど、そればかりクローズアップしがちな偏見はよくありません。大別するなら、カリフォルニアの食は、ジャンクフード、スペシャルオケージョンフード(ステーキが代表ですね。超高級レストランも含まれる)、エスニックフード、そしてよりデイリーなナチュラルフードです。この最後のデイリーなナチュラルフードに対応するカリフォルニアワインが今まで欠けていたのだと思います。

 

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▲白魚にもカリニャンが合いました。

 もともと自然条件はいいし、意識が高い真面目な人たちですから、いったん正しい方向とは何かが分かれば、きちんとそちらの方に向かって素晴らしい結果を出してくれます。その方向というのは、言うまでもなく、現在世界的に主流となっている、自然を尊重し、人為的な介入を極力減らした、素直な味のするワインです。

 そういったワインを造る人たちの考えは、Donkey & Goatのホームページにある彼らのマニフェストによく表現されています。低アルコール、クールクライメイト、オーガニック、手作業、木桶使用、自然酵母、SO2極小、補酸なし、無清澄無濾過、等々と書いてあります。別にカリフォルニアだけに限ったことではなく、現在の先端的ワインは皆そういう方向性ですね。カリフォルニアもワイン市場が成熟して、日々の暮らしに本当に必要なワイン、他人に見せるためのワインではなく自分で飲むためのワインとはどうあるべきなのか、分かってきたのでしょう。

 


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▲鱚には、特にその骨には、ヴァルディグイエがよかった。

 では、なぜそのようなワインを天ぷら屋さんで味わったのか。個々の天ぷら種の話以前に、群としての天ぷらはどのような味なのかを少し考えてみましょう。

天ぷらは素材は柔らかいし、水分を抜く料理ですから味は凝縮しています。一部の野菜を除いては基本的に重心は下で、方向性は水平的です。酸は低い。『天音』は、ごま油100%で揚げ、天つゆにつけて食べる、古典的な江戸前天ぷらです。最近主流の、色が白くて塩で食べる類の天ぷらではありません。江戸前天ぷらはパワフルな味なので、そして天つゆが旨みや複雑性や熟成感を加えます。



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▲アナゴの重心が低くてクリーミーかつ力強い味にはグルナッシュです。

 今回お出ししたカリフォルニアは、まさに上記の特質を備えています。そもそもカリフォルニアワインは柔らかいことが特徴です。なぜなら、フランスのように丘の斜面の岩の上に畑があるのではなく、比較的平地の柔らかい土に畑があるからです。フランスのように雨が多いところでは水はけのよい土地がよく、カリフォルニアのように(多くの新世界産地も同じですが)夏に雨が降らないところでは保水性のよい土地がよい。特に無灌漑栽培(今回の少なくとも三つのワインがそうでした)ではこれは最重要事項です。そして平地のワインは水平的な形になります。

しかし過去の多くのカリフォルニアワインがふっくらと優しい味とは言えなかったのは、アルコール高すぎ、樽使いすぎ、抽出しすぎで、なおかつ補酸していたからです。新しいナチュラルなカリフォルニアワインは逆です。特に重要な点は、補酸しないことです。だからものすごく酸が穏やかで低い。日本の料理の大半と同じく天ぷらに酸はほとんどないので、酸が低いワインが合います。酸が高いワインは沢山あっても、酸が低くて上質なワインはめったにありません。

 

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▲野菜の多くは重心が上ですから、ピノ・ノワールやシュナン・ブランやカベルネ・フランのように重心が上のワインの出番です。垂直的な白ワインもいろいろと出番があります。今回は出されませんでしたが、アスパラガスのように固めで細い形の野菜ならば、フランスやイタリアのワインも活躍するでしょう。

一般には天ぷらには白ワインと言われます。しかし私は合うとは思いません。なぜなら白ワインのほうが酸が強く(もちろん例外もありますが)、その酸はMLFをしていないことのほうが多いから性格が固く、海老や貝柱等の甘みを切ってしまうからです。そして質感も硬質なものが多く、合いません。質感の柔らかさ固さに関しては、料理の外部と内部に分けて考えねばなりません。赤ワインはタンニンと樽のせいで、外部が固くなりがちで、ゆえに赤ワインのほうが固い味と思われがちですが、内部に関しては白のほうが固いことが多いと思います。天ぷらは外部が相対的には固くとも内部は絶対に柔らかいので、この点からしても赤が合います。白の中でもシャルドネならMLFをしているとはいえ、シャルドネは相当ごつくて逞しい、質感が粗い味の品種ですから、違う意味で合わないことが多いと思います。

ですから天ぷらには、基本、重心が低く柔らかい味で樽が強くない赤、なのです。ずっとそう言い続けているのですが、いまだに天ぷら屋さんではシャブリだサンセールだシャンパーニュだ、と、最も天ぷらに合わないワインばかりが並んでいます。それらを飲んでおいしいと思うのでしょうか。天ぷらが実は嫌いなのに接待とかでいやいや天ぷら屋さんに行くからでしょうか。嫌いだからなんとか天ぷらの味を切ってしまいたくなるのでしょう。油っぽさをなんとかしようと思って酸の強い白ワインを合わせると、逆に天ぷらの油が目立つとなぜ気づかないのでしょう。そもそも油っぽい天ぷらは、調理じたいに問題があるのです。どうしても揚げ物が嫌いだというなら、なぜ天ぷらを食べるのでしょうか。

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▲貝柱のかき揚げ。貝柱といっても親指の爪ぐらい大きな大星です。貝柱一個で200円もするそうです。その濃密な甘みがジンファンデルにぴったり。

 個別のタネと個別のワインの組み合わせに関して特に印象的だったものは以下のとおりです。

 巻エビとカリニャン。アナゴとグルナッシュ。キスの中骨とヴァルディグイエ。椎茸とピノ・ノワール。大根とシュナン・ブラン。生姜とマルヴァジアのペティアン。甘とうがらしとカベルネ・フラン。小柱かき揚げとジンファンデル。

 天ぷら屋さんがこういったワインを揃える時代は、たぶんそうすぐには来ないでしょう。だとすれば、困ったことですが、天ぷら屋さんにはワインを持ち込むか、それともワインは飲まないか、です。合わないワインを、合わないと分かって飲むのは、自然にも、歴史文化にも、ワインにも、農家・漁師・ワイン醸造家・調理人にも失礼です。

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▲ワインは、ビリキーノのマルヴァジア泡とグルナッシュ、レッド・カーのエステート・ピノ・ノワール、ローファイのシュナンとカベルネ・フラン、ブロック・セラーズのジンファンデル、ヴェルディグイエ、カリニャン、そしてドンキー&ゴートの遅摘みルーサンヌ・マルサンヌ。

 

 

2017.04.25

BB&RでのDemetri Walters MWによるテイスティングセミナー

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▲来日したデメトリ・ウォルターズMW。



 ロンドンの老舗ワインショップ、というか、世界一のワインショップとして知らぬ人なきBB&R本社から、
Demetri Walters氏が来日し、東京のBB&Rオフィスでテイスティング・セミナーを開催。私も彼の話を拝聴することができました。

 


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▲ロンドンのベリー・ブラザーズ・アンド・ラッド本店

 彼は「かつて名声を博していて現在は忘れられがちな産地のワイン」に特別な関心があるそうで、テイスティングに供されたワインは、シェリー、ポート、トカイでした。確かにそれらの産地を知らない人はいませんが、実際日本でそれらが正当に評価されているかというといまひとつかも知れません。

 

 シェリーとポートの問題は、現在主流となっているワインの思想である「テロワールのワイン」として認識されず、むしろスタイルのワインとなっていることのように、個人的には思います。実際、シェリーについて学ぶことといったら、フィノやオロロソといったスタイルの話でしょう。ポートも、LBVやトーニーやコルヘイタといった、これまたスタイルの話。似たようなワインを例に挙げるなら、モーリーやバニュルスやリヴザルトはどうでしょうか。それぞれがどんな土地なのかは皆語りますが、グレナやアンブレといったスタイルの話は相当程度二次的なテーマでしょう。「この土地で、この人が、こう考えるから、このワイナリーではこういった味のフィノに専心する」といったストーリーが見えてくると、ワインファンとしては楽しいのですが。

 

そもそもシェリーとポートはスペインやポルトガルという国の酒なのかという議論があります。それらはイギリスがスペインやポルトガルで造ったイギリスの酒ではないのか、と。実際生産者の多くはイギリスと深い関係がありますしね。たとえば日本の大手服飾メーカーがシャツを中国で造らせるとする。コモディティとしては順当なことです。産地は問わず、それは中国の服ではなく、日本の服としてみなされます。それに似たようなものを感じるのです。反対に、日本酒は日本で造るから日本酒なのであって、同じような味のものを中国雲南省で造ったら我々はそれを日本酒と呼ぶか、ないしそのような発想をよしとするか。コスタリカ製の神棚とか、バングラデシュ製の位牌とか、考えられもしません。つまり、商品には物理的特性と精神的価値があり、前者優位の場合は産地は不問となるし、後者優位の場合は産地が重要です。少なくとも私にとってのワインは、コモディティではありません。ゆえに、物理的特性であるスタイル、タイプの話ばかりの状況に疑問をもつわけです。

 

 

 

 

 

*シェリー

 

 

 私はデメトリさんに、「シェリーがそこまでいいワインだとは思わない。なぜなら余韻が短いからだ。それに比べてマデイラは余韻が長い」。実際、何十年にわたっていつシェリーを飲んでも私は余韻の短さが気になることが多いのは事実です。同じくフロールがついたワインでも、シャトー・シャロンやレトワールのほうが長いものが多いと思います。それに対して、バローロ、シノン、シャブリ、トロ、サントリーニ、ツィナンダリといったワイン(例を挙げていればキリがない)で余韻が短いと思ったことはほとんどありません。彼は、「余韻が長いシェリーもある。例えば」と、彼が飲んだ大昔に作られた伝説的ワインや、優れた生産者が特別に作ったワインの例を挙げました。彼の立場からして、彼にとってのシェリーはそういうものでしょう。「そういう実際に売っていないものの話ではなく、平均として、です。私は実際昨日シェリーのテイスティングに行って、50種類以上飲みましたが、余韻が長いと思ったのは2,3本です」と言うと、「マデイラのほうが3倍ぐらいの値段だ。シェリーは品質に比べて安い」。確かにそうです。シェリーの「不当な安さ」はどれほど大きな声で主張しても足りないぐらいの事実ですが、私の論点は、シェリーがそこまで偉大な産地だと言うなら、過半数のワインが余韻が長くてしかるべきなのに、実際はそうではない、ということです。安くてうまい、というなら、やはりそれはコモディティです。

 

シェリーファンというのは、ワインファンとは違う。シェリーの評価基準は他のすべてのワインの評価基準とは違う。だから他との比較は無意味である。こういうふうに言われるかも知れません。だから余韻が短いというのは問題ではないと。ないし、こうも言われるでしょう。余韻が短いと言っている人はどこにいるか。お前ぐらいだろう。そもそもお前が余韻が短いと言っていることが事実であり、実際のワインと個人の感覚が対応関係にあると、どうやって証明するのか。それはその通りです。まるでヴィトゲンシュタインの言語哲学的議論になってしまいます。それでも短いものは短いとしか、私は言えません。

 

しかし話はそれで終わりではありません。彼は、「ロンドンでも他の国の大都市でもいまはシェリー・バーが大流行」だと言います。それも事実です。そしてそういったシェリー・バーで飲まれているのは、私が試飲会などで飲むようなレベルの普通のシェリーではなく、上質のもののようです。つまり、コモディティとしてのシェリーの市場は大幅に縮小しているが、上級ワインの市場は拡大している、ということです。この傾向の先には、当然ながら、テロワールのワインとしてのシェリーがあるはず。なぜならワインである以上は、最上の土地で、そこにふさわしい形の優れた栽培と醸造をしなければ優れたワインはできないからです。さらに、シェリーの市場を見るなら、おもしろいことが分かります。以下のグラフを見てください。

 

 

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出典 The Drink Business 

 

 

 

 

 

 確かにシェリーは2009年まではイギリスの酒だったのですが、それ以降、すべてのメジャー市場で販売を落としている中、唯一、生産国であるスペインだけでは堅調(それでも低下傾向にあるとはいえ)であり、いまやシェリーはスペインの酒になっているという事実が分かります。これはいいことです。このままの傾向が続けばますますそうなります。シェリーが第一義的に「スペイン人が飲む酒」になってこそ、シェリーはスペインのワインになれます。私はイギリスで高く評価された日本酒をいくつか飲んだ時、正直、これは日本酒本来の味にあらず、と思いました。もし、日本酒が日本で飲まれなくなり、主にイギリスで飲まれる酒になったら、当然日本酒は彼等の嗜好、彼等の料理に合うものになるでしょう。今までのシェリーはそうだったのかも知れません。だから、高級なテロワールワインとしてのシェリーは、いまやっと端緒についたばかりなのでしょう。そう考えたら、俄然シェリーに対する興味も湧いてきました。「余韻の長いシェリーをBB&Rで売っていますか」と聞くと、「もちろん」。次にロンドンに行く機会があったら買ってみたいと思います。

 

 

 

 

 

*ポート

 

 

 ポートといえばイギリスジェントルマンのたしなみでしょう。ポートは甘口なだけに、辛口が圧倒的な主流となっている現代においてはシェリーとは比較にならないほど将来性が見えない存在だと思います。いったいどれほどの人がポートを飲むのか。美味しいワインだとは思いますが、ヴィンテージやコルヘイタは相当高価ですしね。今回のセミナーで出された20年のトーニーも、酸化熟成風味が好きな人にはこたえられないものがあります。

 

 気になっていたことがあったので、デメトリさんに聞いてみました。

 

「以前ドウロのポートワイン生産者に聞いて驚いたことは、酒精強化のためのアルコールがドウロ産ではなく、ポルトガル産でもないことです。どこのブドウかと聞いたら、主にイタリアだと。そしてそのアルコールは政府が管轄するもので、各生産者が造ることができない、と。ありえない話だと思いました」。

 

「そう、アルコールの原料はEU内ならどこでもいい」。

 

「VDNのようにほぼ純粋なアルコールを使うなら、その原料の味はあまり感じられないからまだいいとも言えます。しかしポートはそうではない」。

 

「77%のアルコールだから」。

 

「そう、そこが問題なんです。その程度の低い蒸留度ではもちろんブドウの味が残ります。ポートはドウロ産のブドウで造ったアルコールを添加するのでなければ、アペラシオンのワインとしての筋が通らない」。

 

「しかしポートは樽風味があり、その樽はドウロ産ではない。どこまでを原産地のしばりの中に含めるかは程度問題だ」。

 

「ワインである以上はブドウは原産地の中に含まれるべきだと個人的には思います。この議論は生産者のあいだで、ないし関係者のあいだで議題になっているのでしょうか」。

 

「それは皆で議論はしている」。

 

「さらに言うなら、なぜ77%なのか」。

 

「それが伝統だから」。

 

「77%のせいで、ポートワインは、ワインプラスアルコールの味がする。蒸留度の低いアルコールから来る種の青い苦みが気になってしかたない」。

 

「それはそうだ。それがなければポートではない」。

 

 皆さんもポートを飲めば一発で分かることでしょうけれど、明らかに出自・性格が異なるふたつの味がぶつかり合っている。つまりドウロ産のトゥーリガ・ナシオナルやティンタ・ロリスといったブドウと、イタリアのサンジョベーゼだかバルベーラだか分からない何かのブドウ。これについては、「倫理的におかしい」or「倫理的に正しい」、「味的におかしい」or「味的に正しい」のどちらの論を立てても、それなりの論理性は示せるはずです。ただ私は、本当のポートはこんなものではないはず、ワインと同じブドウを用いて生産者自らがアルコールを作ればもっとおいしくなるはず、と思っています。

 

 この観点からして、私はふたつのタイプのポートが好きです。それは若いヴィンテージポートと、コルヘイタ、です。前者はぶつかいあいの乱暴さ、ある意味ラグビー的な魅力です。後者は酸化熟成によって余計な力が抜け落ちてピュアさが出てくるからです。

 

 

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▲左からトカイ、シェリー・オロロソ、トーニー・ポート。

*トカイ

 

 トカイは歴史的に最も偉大なワインのひとつです。その名声の割には現在マイナーな存在になってしまっているのが残念、という視点からは、確かにトカイはかわいそう。甘口ワインは本当に大変です。このような機会にトカイを取り上げるのはいいことです。

 

テイスティングに出されたワインは、5プットニョスのさらっと軽やかで酸がすっきり伸びる、フルミント単一品種のタイプ。他の多くの産地の貴腐ワインのスタイルに似ているバランスです。トカイを知らない人でも、普通においしいと思えるでしょう。

 

 2008年ですから当然繊細で酸は高い。オレムスですから土壌は火山性だけではなく、レスもあれば「石灰岩もある」。これを選んだのがいかにもイギリス人だと思いました。私個人は、もっと暑い年の、火山性土壌の、フルミント単一ではない、もりもりとしたデーモニッシュなパワーが感じられる、エレガントの一言では片づけられない陰影の濃い味のトカ・アスー・6プットニョスが好きです。それがハンガリーっぽいと思えます。彼の出したワインは、ハンガリーというよりオーストリア的です。

 

 デメトリさんに言いました、

 

 「いかにもイギリス人好みのすっきり垂直的な味のトカイでした。しかしこういうトカイばかりになると、個人的にはトカイらしさが失われるようになると思います。ハルシュレヴェリュは入れるべきだと思うし」。

 

 「ハルシュレヴェリュは酸がないし、重要ではないだろう」。

 

 「単体で飲んだらフルミントの酸やミネラルはいいに決まっていますがね」。

 

 フルミントとハルシュレヴェリュはソーヴィニヨンとセミヨンみたいなもので、正しく使えば1+1が3になると思います。いずれにせよ、フルミント単一では陰影感や幅や色気が出にくいと思います。ハルシュレヴェリュだけではなく、マスカットもちょっと入れて欲しい。ソーテルヌにミュスカデルをちょっと入れて欲しいようなもので。そこらへん日本ではどういう議論がワイン専門家のあいだでなされているのかと気になります。最近フルミント単一トカイ・アス―をよく見かけますが、それが正しいと思われているでしょうか。

 

 「セプシーのところにアスーではない甘口がありますよね、名前忘れました」。

 

 「レイト・ハーヴェスト。あれは大好きなワインだ」。

 

 「ええ、あなたはそう言うでしょうね。私はあれが嫌いなんですよ。淡々としていてつまらない。トカイらしくない。セプシーさんの家で何時間もこの議論はしたことがあります。彼は国際市場に受容されるためには必要だし、皆が求めるワインのスタイルだと言っていましたが」。

 

 私はワインの平準化傾向が嫌いなのです。

 

 1970年代や80年代ヴィンテージの、社会主義時代のトカイは今より果皮のタンニンが目立っていて、さらに酸化気味でしたから、苦みがありました。現在の政治体制になってからのものでも、旧国営醸造所のワインはその傾向があったと記憶しています。ところがおもしろいもので、その、ある意味粗末なワイン(サモロドニ・セックでしたが)が、現代的なクリーンなワインより、トカイの畑の前を流れるどよーんと濁った川で釣れた鯉のぶつ切りの煮込みに対してずっと合っていたという経験があります。目の前には鯉とナマズがいて、それを食べるわけですから、地元ワインとしては、それに合うワインが正しいワインであるという言い方もできます。この視点を失うと、よくできていて品評会では高得点を取るが役に立たない、土地との接点の薄い、抽象的なグローバルワインばかりになると思います。

 

 ちなみにハンガリーが社会主義国となる以前に造られた19世紀や20世紀初頭のトカイ・エッセンシアは、「ピュアで酸化しておらず、20年ぐらいしか熟成していないような味だった」そうです。エッセンシアはある意味、異常なワインです。残糖600グラムとかですから、常識的なバランスではありません。だから、この世ならざる凄みを感じさせて、世界最高のワインのひとつと言われるのでしょう。頂点に立つエッセンシアが異常なワインなら、その下にあるアスーにも、その美しい異常さ、凄みのあるアンバランスの片鱗を求めたくなるのはおかしいでしょうか。

 

 

 

 さて、デメトリさんのセミナーの冒頭で、「ワインは好き嫌いではなく、客観的な質を判断しなければならない」と言われていました。客観的な質とは何か。これこそ巨大な議論を呼ぶところです。個人の感覚器官でテイスティングしているのに、どうやって客観的と言うのか。例えば誰かが「私は客観的な質が判断でき、あなたはできない」と言うとして、それをどういう根拠、論理で証明するのか。ワインは客観的な質で選択されるのではなく、好き嫌いで選択される嗜好品なのだから、好き嫌いの論理を突き詰めたほうが有用性があるのではないか。等々、まあ、いろいろな議題を立てることができるでしょう。

 

 もちろん私はワインに客観的な質が存在しているとは思っていません。ただし、私は、客観的な質だと思われているもの(ないし、思い込まされているもの)が存在していると思います。ワイン教育がそのイデオロギーの刷り込みだとすれば、誰かがどこかでちょっと待てと言わねば、そのイデオロギーで得をする人たちが消費者を犠牲にしてほくそ笑むだけになってしまう可能性があります。

 

 こういった議論を私はデメトリさんと延々としたあと、こう聞きました。「ここらへんで議論を切り上げるとして、あなたの考えを要約するなら、ようするに、より欠陥がないものが客観的によい質のものである、ということですね」。彼は2、3秒考えたあと、「そうだ」と。

 

 これまた新たな議論を呼ぶところです。「より欠陥がない絵が、客観的によい絵である」と言ったら、ゴッホとかゴミみたいなものだとも言えるでしょう。しかし「より欠陥がないネジは、客観的によいネジである」と言ったら、それはそうでしょう。ワインは絵の仲間なのか、ネジの仲間なのか。コモディティ―の質を規定するのは簡単ですが、嗜好品・芸術品はそんなに簡単ではありません。

 

 それにしてもデメトリさんはさすがで、聞いたことには即答です。いろいろなデータが頭の中に入っていて、話が論理的です。だから話をしていてものすごく勉強になりましたし、とても楽しかった。ワイン談義はなんであれ楽しいですが、こういう方との談義ほど楽しいものはありません。このような機会を設けてくださったBB&Rさんには感謝です。BB&Rではいろいろなセミナーを開催しているようですから、皆さんも是非参加していろいろと議論してみてください。

 

 

 

 

2017.04.21

某輸入元での社員教育セミナー

 今日から半年ぐらいかけて、計6回の社員教育セミナー。なかなか大きな会社ですから、「生徒」はたくさんいます。

 第一回目はテイスティングのしかた。もちろん普通の学校で習うようなテイスティング方法は教えません。テイスティングの方法が間違っていたり、個人個人でバラバラだったりしては、皆で同じワインを飲んで議論したとしても、実際はすれ違った話をしていることになります。私のメソッドを採用するか否かは別として、少なくとも皆で基準を揃えるのは最低限必要な事柄です。

 
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 最初は塩と砂糖、二種類づつのテイスティング。ふたつの塩、ふたつの砂糖の味の違いをどう表現するか。塩と砂糖は「味」の基本中の基本です。「塩と砂糖の味も分からないならワインなど百年早い!」と(もちろん冗談です)。まともに向き合ってテイスティングすると、塩も砂糖も、「ああ、そうだったのか!」という違いが見えてきます。

 次にその延長線上で、ワイン7種類。塩や砂糖を味わうのと、ワインを味わうのと、別の舌や大脳があるわけではなく、もちろん同じ方法でテイスティングし、同じ言葉で表現できます。それでいいのです。無意味にフランス語の専門用語でワインの味を表現して素人を煙に巻くようなプロにはなってほしくありません。普通の日本語で表現してこそ、ワインが他の事物・文脈とフラットな関係性をもつようになるのです。

 
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 今回はワインのよしあしの話ではありませんが、ですから個々のワインがいったいなんなのかは不問でいいのですが、出したワインの中では岩手県葛巻の小公子「蒼」が個人的には気に入りました。どんな味かといえば、、、、ブラインドで出されたら私はコルヴィーナ・ヴェロネーゼと言うかも知れません。

 最後に「質問は?」と聞いたら、新入社員の方が「今度焼肉屋さんに皆で行くのですが、ワインは何を持っていったらいいですか?」。かわいいですねえ!まるで素人みたいな質問。「後ろのお兄さんお姉さん方に聞いてみましょう」と、先輩方に答えていただきました。半年すれば、彼も自分自身で即答できるようになるでしょう。ちなみに私は堅苦しいことが嫌いなので、社員教育といっても明石家さんまの番組的なノリです。

 

〈田中克幸〉

 

FIC試飲会で見つけたおいしいワイン

 FICの試飲会で見つけたおすすめ3本を紹介します。

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Martin Schaetzel Sylvaner V.V  2014 
参考上代2600

 この生産者は数年前よりずいぶん進歩して、抜けがよくなりました。昨年シュロスベルクの丘の前を通ったら、このドメーヌの新しい建物が目をひきました。

 さてこれはアルザスの地酒、シルヴァネル。シュークルートには、他の品種を考えなくてもいいぐらいです。リースリングが合うと言う人がいますが、それではキャベツには合いますがソーセージには合いません。ちなみにシュークルートはソーセージ料理なのかキャベツ料理なのかという議論をするなら、リースリングと言う人にもそれなりの正当性はあると思います。くどくない、甘くないのが美点です。ワインだけで飲むとそれなりにリッチなほうがおいしいとしても、塩味の豚肉にはこのぐらいの節度あるスケールの辛口が、料理の味を壊さないバランスでいい。もちろんシルヴァネルですから重心は下で水平的で丸い味です。シュークルートではなくとも、豚を使った料理には幅広く合いそうです。ちなみにチャーシュー的な味の豚ならピノ・グリです。正直、アルザスのリースリングの出番は少ないものです。

 

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Vincent Latour Meursault Grands Charrons 2014 
参考上代8000

 1級ぺリエール、シャルム、グット・ドール、ポリュゾを所有するムルソーの生産者。気取りがない、腰の据わった、明るく素直なおいしい味。いかにもムルソーです。ムルソーらしくなくてまるでピュリニーみたいだ、などと言われるムルソーではしかたない。ムルソーではここ十何年かそういう傾向がありますし、ある生産者自身がそう言っているのも聞いたことがあります。うーむ。ムルソーはムルソーらしいでいいではありませんか。この重心が低いピラミッド型の味の安心感!

 村名ですが、一級のような風格があります。それは当然で、グラン・シャロンは一級と同じ標高で東に回り込んだ場所です。最近は暑いのだから、真東も悪くはありません。手慣れた造りの安心できるおいしさとはいえ、昔のような酸化やら過剰な粘りやら樽やらはありません。意外ですがバトナージュなしです。樽はドゥミ・ミュイであってピエスではありません。今の流行の方法を用いてこの味というのが、さすがムルソー人の造るムルソーだな、と思います。村名で8000円は高いとはいえ、ムルソーとしては今ではお買い得と言うべきなのかも知れません。

 

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Michel Magnien Coteaux Bourgignons Pinot Noir 2013 
参考上代3300

 フレデリック・マニャンのドメーヌです。2010年からビオディナミですが、それ以降の進歩たるや顕著で、しっとりした質感の中にじんわりした旨みやミネラルがあり、静かで知的なダイナミズムが感じられるようになりました。特級クロ・ド・ラ・ロシュやクロ・サン・ドニが素晴らしいだけではなく、格的には一番下に位置するコトー・ブルギニヨンも同じ特徴です。

 ビオディナミ以降のマニャンのタンニンは極めて美麗で、ストラクチャーをタンニンに依存しないのがいいところです。つまり、よりロゼ的に(最上の意味で)なっていると思います。このワインは、力がいい感じに抜けて、写真を見て分かるとおり、まるでロゼ(というかキアレットないしクレーレ)です。かわいらしいイチゴの香りも素敵です。

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 けっこう神経質だったり頑張り感がツラいブルゴーニュ、ないしその反対に、地位保全の守りの姿勢が見える、よくできているがつまらない味のブルゴーニュがよくあると思いますが、これは違います。飲んでいてポジティブな気分になります。価格も常識的。これならレストランでも普通に売れるはずです。厳格で崇高で超高価なブルゴーニュだけがブルゴーニュではなく、普通に飲んでおいしいお買い得なブルゴーニュもあるのです。2013年らしい小づくりだが密度の高い甘い果実味も、コトー・ブルギニヨンというワインに期待したい方向性と合致していると思います。

イタリアワインと熟成肉 at 小松屋人形町本店

 地元、人形町はいつのまにか大ミートタウンになっています。歩けば焼肉屋さんをはじめとする肉系飲食店だらけ。もともと今半と日山という超有名老舗すき焼き店がある町ですから、順当な発展とも言えますが。

 

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 その中でも人気の店のひとつが、小松屋人形町本店です。肉屋さんがイタリアのステーキに魅せられて始めた、肉イタリアン。いいコンセプトです。そしておいしい。ビステッカ・フィオレンティーナやフランスのコート・ド・ブフが好きなら、ここはおすすめです。



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 先週末はこの店で、イタリアワインと料理の相性を探る会を開催しました。メニューはこの店のベーシックなコースをオーダー。

*彩り野菜スティック(=バーニャ・カウダ)
*前菜(ツナと豆、カポナータ、レバーペースト、タコのマリネ、パンチェッタ、ズッキーニのマリネなど)
*アグー豚のサルシッチャ ローズマリー瞬間スモーク
*インサラータミスタ
*Lボーンのタリアータ
*ドルチェ
*コーヒー

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 ワインは以下のアイテムを飲みました。

野菜用     Mont‘ Albano Valpolicella 2013

前菜用     Fino Riccardo Cinque Terre Bianco I Magneti 2015

サルシッチャ用 Abmani Primitivo Manduria 2013

タリアータ用  Casal Taulero Montepulciano d’Abruzzo Thale 2005

 Sandrone Barolo Le Vigne 1996

 Molettieri Taurasi Vigna Cinque Querce 1999

  すべてのワインは蔵元から手持ちまたは空輸です。

 

 野菜スティックはタイトな味ですから、同じくタイトなワインが必要です。それと同時に、ニンジンのような重心の低いものからセロリのような重心の高いものまで出てきますから、ワインは垂直的で上から下までカバーするものが必要です。普通ならドルチェットと言われますが、ドルチェットはそれほどタイトではなく、けっこう濃厚な味がして、野菜の味じたいが相当に力強くないと、野菜の甘さがワインに打ち消されてしまいます。

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こういう時の出番は、私は複数品種ゆえに上下をカバーできるヴァルポリチェッラ。余分な味がしないし、硬質な芯がありつつ軽やかなので、いかにも野菜スティックな味。最近はあまり見かけませんが、役にたつワインです。さらっと軽く流してくれるところがヴェネトらしくてかっこいい。

ヴァルポリチェッラでも濃厚なタイプもあります。もちろんワインだけでテイスティングしたらそういうタイプがおいしく感じるでしょう。でも一番、「らしい」のは、色が薄くてアルコールが低くてタンニンが弱い、古典的な日常ワインのヴァルポリチェッラ。このモンタルバーノのオーガニックワインは、自らの立ち位置をよくわかっていて、その上で質(抽象的な質ではなく、目的意識のある質)を高めたものです。ヴェローナ人の美意識を熱心に語っていたオーナーを思い出します。日本には輸入されない類のワインでしょう。ちなみに同じ品種で同じような造りだとしてもバルドリーノは比較的水平的ですから合いません。

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前菜用ワインとは何か。これは圧倒的大多数のイタリア料理店にとって肝心なテーマです。

多くのカジュアルな店で「前菜盛り合わせ」がメニューに載ります。店側で盛り合わせていなくとも、複数の皿が同時にテーブルに載り、お客はそれら複数の料理を食べるのが普通です。ではそのような前菜にどんなワインを飲めばいいのでしょうか。

ひとつの料理だけに合わせたら、その他3つ4つの料理は犠牲になります。全部にそれなりに合うワインを探さねばなりません。ひとつだけに合わせるなら、ノジオーラだろうがエルバルーチェだろうがカタラットだろうが、日本には何百品種ものイタリアワインがあるのですから、ある個別の前菜っぽいワインをピンポイントで選ぶこともできるでしょう。しかしそれではリストランテ的フランス的(ないし近代ロシアンサービス的)思想であって、トラットリア的思想ではありません。「とりわけ」の象徴性=コンヴィヴィアリティを、本来その場である飲食店はもっと本質的なものとして真剣に考えなければいけません。

となると、複数品種、それも3つ以上の品種がブレンドないし混醸され、いろいろな料理に合う多面的な味と重心の上中下に対応する垂直性を備えたワインが必要だと分かります。圧倒的マジョリティを占める品種に若干の補助品種を加えたワイン(キャンティ、ソアーヴェ、プロセッコ等)も悪くはないでしょうが、本来なら、ひとつの品種が表に出すぎることのないワインを選ぶほうが、より複数の料理に対する汎用性や平等性があります。

そのようなワインのほうが単一品種(ないし、ほぼ単一品種)ワインより少ないのがイタリアワインそのものの問題点です。困ったらオーストリア南部(ブルゲンラントやシュタイヤーマルク)のゲミシュター・サッツのほうがいいかも(多くはウェルシュリースリング=トレッビアーノが入っていますしね)とさえ思ってしまいます。

少ない中から何を選ぶかといえば、私のような低い知識レベルでは、フラスカティ、オルヴィエート、チンクエ・テッレ、コスタ・ダマルフィ程度しかすぐには思いつきません。これらのワインはメジャーな存在ですから、イタリア好きな方々なら自宅でイタリア料理を作る時のために買ってあるのではないかと思います。そうでない人にはここで強く言っておきたい、買っておけ、と。とはいえ私自身はそれらのワインを多く品揃えしているお店を知りませんから、講座で「どこで買えるのですか」と聞かれ、「ワイナリー」という情けない答えになってしまいました。というわけで、今回はチンクエ・テッレ。昨年リオマッジョーレで買ったものです。チンクエ・テッレは駐車場探しが大変です。アマルフィもそうですが、ワインのためならオフシーズンに行きましょう。

当然ながら、タコだろうがズッキーニだろうがレバーペーストだろうが、何が来てもそつなく合いました。チンクエ・テッレは海が目の前にありますが、畑じたいは急斜面の山ですから、不思議なぐらい海と山の要素を兼ね備えているのが特徴です。それが料理との相性に関しての圧倒的な優位点です。しなやかながらも垂直性もあるのです。驚くべきはレバーペーストとの相性です。チンクエ・テッレが海の幸に合うのは予想がつくにせよ、そして実際そうなのですが、レバーペーストと合わせるとワインの内側から甘さが出てきて、レバーの旨みと柔らかさが際立ちました。

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 サルシッチャ(ソーセージ)は、豚肉ですから重心が低く、ひき肉ですから構造が緩く、外はグリルしてあるので外側の質感は固めです。豚肉ソーセージは我々にとってメジャーな食品のひとつですから、それに合うワインとは何かという議論は、ヴォークルーズの黒トリュフやカオールのジロール等何年かに一度しか食べないものとの針に糸を通すような相性についての議論より一般人には有益です。ワイン通やワインのプロは世界じゅうを食べ歩く食通の方が多いので、どうしてもそういう議論になってしまいがち。注意が必要ですね。

 私が今回お出ししたのは、プリミティーヴォ・ディ・マンデュリアです。タンニンが柔らかく、重心は低く、比較的水平的な形で、甘み、厚み、とろみがあります。しかし外殻はあります。酸はとても低い。どう見ても豚肉ソーセージ的な味です。プリミティーヴォ・ディ・マンデュリアは、それだけ飲むと、アルコールが高い、酸が低い、と言われがちです。しかし、それだからこそ使い勝手がはっきりしていて、役に立つのです。日本の家庭料理の多くには(煮魚や肉じゃが等が思いつきます)、サンジョベーゼやバルベーラよりはるかに役に立ちます。しかしあまり売っていません。ワインだけテイスティングして酸だタンニンだと言っているような人が多いからでしょうか。私にとってプリミティーヴォは、スパイスラックの中のオレガノやクローヴのように、ワインセラーになくてはならないワインです。

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 さて、メインのタリアータ(炭火焼ステーキ)。小松屋のセットメニューは、当日食べるまで、いったいどこの部位が出てくるかが分かりません。今回は、リブロースのような柔らかい部位からランプや内もものように固い部位まで、常識的に出てくるであろう部位を想定して、モンテプルチアーノ・ダブルッツォ、バローロ、タウラージを持っていきました。

 出てきたのはLボーン、つまりTボーンからヒレ肉部分を取った、ストリップロインの部分です。もちろんここはステーキらしいパワーのある最上の部位なのでラッキーでした。

 炭火焼ステーキは外は相当に固く、焦げ風味があるので、ワインの樽は強めのほうが合います。ステーキですから味は集中的です。分厚く切っているので中も柔らかいというよりは適度な噛みごたえがあります。脂肪交雑度合はだいたいアメリカのアンガスのプライムぐらいですから、和牛としては相当にリーンだとはいえ、しかし黒毛和牛ですからイタリアの肉とは異なり、噛むと脂肪のじんわり感が出てきます。そして、黒毛和牛ならではの口の中でのスケールの大きさ・ゆったりとした広がり感があり、余韻は大変に長い。ステーキは味が大きいので、ワインも大きくなければいけません。大きいワインは、普通、高級産地のよくできたワイン、つまりは往々にして高価なワインです。これが難しいところで、現実には大きくて値段が適度なワインを探すことが大事になってきます。

 Lボーンのタリアータに一番合ったのは、ワインの固さ柔らかさにおいては中間の、モンテプルチアーノ・ダブルッツォでした。バローロは柔らかすぎ、繊細すぎで、タウラージは固すぎ、格調高すぎ、そしてパワフルすぎ。ワインとしてはどれも超絶的においしかったのですが(当然です!)、モンテプルチアーノはワイン単体より肉といっしょに味わったほうがずっと魅力的でした。モンテプルチアーノ・ダブルッツォは安価なものから高価なものまでいろいろあって、一般的なものは早飲みのフルーティなタイプ。高いものでも熟成するとローストチキン的な味になるヴァレンティーニやマシャレッリもあります。今回のワインは堅牢で筋肉質で長期熟成タイプの、大変に凝縮度が高い、ステーキ向きの味のワインです。タンニンは強く、かつ粒々していて、そのがっしり感が肉の構造とまっすぐに対峙していました。酸が低めなのもよく、脂肪の甘さを消すことがありませんでした。

 さらに、モンテプルチアーノ・ダブルッツォの何がよかったかといえば、適度にラフで、気取りがないところです。ラフ&カジュアル=低質ではありません。バローロとタウラージは、このようなトラットリアなのりの場で、ワイルドな方向性のステーキと合わせると、町内スポーツ大会にシルクの高級Tシャツを着て参加するみたいな場違い感があります。服じたいの質に問題はなく、ドレスではないので服の用途的にも不適正ではない。それでもなんとなく場違いですよね。パン食い障害物競争にはコットンのTシャツでしょう。ワインはエレガントなら常に優れているわけではありません。そこが皆間違ってしまうところです。エレガンスが要求される食のほうが、そうではない食よりも、われわれの生活においては少ない、というのは事実でしょう(特別な立場の方は除いて)。スペシャルオケージョンワインばかりを称揚することになる現在一般に流布している価値基準は、ワインを永遠に記念日用アイテムに押し込めてしまう原因かも知れぬと意識せねばなりません。

 それはそれとして、バローロ村のバローロらしいしなやかさ、標高が高い石灰岩土壌のタウラージらしい引き締まった構造は大変に見事。後者は1999年ヴィンテージだというのにまだまだ紫色で、ワイン単体としての飲み頃は10年以上あとだとさえ思いました。

 いつもながら、料理とワインがぴったり合うと、料理も軽々と食べ進められますし、ワインもたくさん飲めます。そして、胃もたれもせず、変に酔っ払いません。小松屋の魅力を堪能することができました。

 

 

 

2017.04.18

ブルガリでのドン・ペリニヨン・ディナー

 ワインと料理を一緒に飲むのは誰でもできますが、両者を合わせるのは簡単なことではありません。それはそれだけで独立した芸術と呼ぶべきものです。昨晩はその芸術の高度な形を堪能することができました。

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 それは、友人に誘われてありがたくも参加させていただいた、銀座ブルガリ、イル・リストランテでの、ドン・ペリニヨン他のワインとクリエイティブな料理を合わせる会でした。ブルガリのヴェネト出身のシェフ、ルカ・ファンティンと、ゲスト・シェフであるサンフランシスコのアトリエ・クレンのシェフ、ドミニク・クレンです。

 メニューは以下のとおりです。クレンさんの作品はC、ファンティンさんが作品はFと略します。

F ミニ・ハンバーガー

C アスパラガスのタルト

F 縞海老 コライユのパンナコッタ スナップエンドウ ミント

C アワビのグリル 肝 スモークしたクレームフレーシュのソース

F 山菜のラビオリ アミガサ茸のコンソメ

C イカのパスタ バターで調理したウニ パルメザンカスタード バリグール

F ホロホロ鳥のヴァリエーション 春野菜

C カブの海藻塩包み焼き キャヴィアのスモーク 麹クリーム ブールモンテ

F アーモンドとパッションフルーツ

C バターミルクアイスクリーム ソルガム 春の花 カラメルソース

 よくぞここまで、と感心する創造力の爆発。気力と体力を要求する4時間でした。

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▲ミニハンバーガー

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▲アスパラガスのタルト

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▲縞海老 コライユのパンナコッタ スナップエンドウ ミント

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▲アワビのグリル 肝 スモークしたクレームフレーシュのソース

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▲山菜のラヴィオリ アミガサ茸のコンソメ

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▲ホロホロ鳥のヴァリエーション 春野菜

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▲カブの海藻塩包み焼き キャヴィアのスモーク 麹クリーム ブールモンテ

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▲アーモンドとパッションフルーツ

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▲バターミルクアイスクリーム ソルガム 春の花 カラメルソース

 ワインは、ドン・ペリニヨン2006年と、ドン・ペリニヨン・ロゼ2004年。そしてクラウディ・ベイのソーヴィニヨン・ブランとピノ・ノワール、ニュートンのシャルドネです。

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◇ドン・ペリニヨン 2006年

 期待したいドン・ペリニヨンとは、重心が中心にあって、力が全方位的に均一に広がり、精妙なディティールが浮遊しつつ継ぎ目なく連動しあい、超高解像度レーザーホログラフィ的な非実体的存在感が崇高な気品をもって立ち上がるようなワインです。

 しかし2006年は「ドン・ペリニヨン的」とは思えません。まずいワインではありません。それは当然です。シャンパーニュ最上の畑の多くは彼らの所有物です。そのブドウをワイン史上に名を残すこと確実な不世出の天才が仕込むのですから、まずいワインが出来るわけがありません。

 私はドン・ペリニヨンの味については最低限は理解しているつもりです。以前にもお話しましたが、昔、オーヴィレール修道院で醸造総責任者リシャール・ジョフロワとふたりでドン・ペリニヨンの古いヴィンテージをいろいろとテイスティングした時のこと。79年か73年だったかが出され、私はリシャールに、「これはドン・ペリニヨンの味がしない。ワインの状態が悪い」と言いました。彼は「そうかなあ、こんなものではないか」と最初は言っていましたが、私は強硬に「いや、違う」と。そのヴィンテージを飲んだのは初めてだったとはいえ、というか、ドン・ペリニヨンじたいもそれまで数回しか飲んだことがなかったとはいえ、ドン・ペリニヨンの味がしないものはしない。私のような凡人でも、その数回の記憶、それまでの15年間の記憶を呼び起こして、ヴィンテージという変数を捨象して共通点をつなげていけば、理念形としてのドン・ペリニヨンの味が舌の上にあらわれてきます。もう一本セラーから出してもらって飲むと、ちゃんとドン・ペリニヨンの味でした。「ほらね、これがドン・ペリニヨンの味ですよ!」。「ああ、確かに」。それは私がまともな話をするに足る舌を持っているか否かの試験だったのでしょう。

 2006年は、重心が下で、比較的水平的です。下半分は丸く、より滑らかで粘りがあって大きく、上半分は四角くて固い。風味は相当トロピカルで、パイナップルや黄桃的です。後味には若干の苦みがあり、甘苦のコントラストがおもしろい味です。もうひとつの特徴は、上顎のあたりに横方向に板が浮いているような、薄くて固い味を感じることです。これはいったいなんなのか。その部分だけ質感・密度が大きく異なります。そしてその部分には粉っぽいミネラル感が溜まる感じです。このような粉っぽさを感じさせるブドウはどの畑なのか。

 アヴィーズは粉っぽいですが、その粉っぽさが上顎に溜まる記憶はありません。皆さんご存じのように、その位置に味が来るということは、普通ならは標高が高い畑のブドウだということ。しかしアヴィーズは標高の高い部分は砂岩で一般的に劣った場所とされますから、その区画のブドウをドン・ペリニヨンが使うとは思えませんし、そもそもこのような硬質なミネラル感は生まれませんよね。標高の高いトレパイユないしトレパイユ寄りのヴェルジーの可能性は皆無ではありません。あのエリアは粒が大きな粉っぽさがあると思います。ただドン・ペリニヨンにそれらの畑が使われたことはないのではないかと思います。

 他に、丘の上のほうで表土が薄くてチョークがたくさんあってドン・ペリニヨンが使いそうな畑といえば、うーむ、ブジーとアイしか私は知りません。ドン・ペリニヨンの記者会見やお披露目会に呼ばれていたら、この点について醸造家から直接聞くことができたのですが。シャンパーニュに詳しくない私としては、分からないながらもこうしてあれやこれやと考えるのも楽しいものです。たとえば、もう少しヴェルズネイ、クラマン、シュイイ北斜面&マイイの比率を高めたほうがよかったのではないかな、とか。そうすれば、下方垂直性、下半身の太さに対応するミッドの厚み、そして上方向に伸びる軽快さが加わったのではないかな、とか。

 ともあれ2006年のドン・ペリニヨンは、雰囲気としてはザックリとしてカジュアルで、酸も丸く、緊張感がなく、温かい。シャンパーニュというよりフランチャコルタ的ないしフリウリの白ワイン的とも言え、普段づかい的フレンドリーさが魅力的です。これはおいしいまずいという評価軸とは別次元の話で、ただ、例外的だということです。それが2006年らしいかと問えば、完璧なまでに2006年らしい。飲めば誰でも認めることでしょう。

 2006年のシャンパーニュは、食中酒として大変に役に立ちます。ここでメニューにたちかえってみましょう。

 ファンティンさんのハンバーガーも縞海老も重心が下です。海老は生なので、ねっとりとして、ドン・ペリニヨン2006年の下半分のねっとり感と合いますし、上半分の味とはスナップエンドウやミントが対応しています。

 特にクレンさんのメニューはすべて重心が下です。アスパラガスのタルトは、中にタレッジオが入っていました。ワインを飲んでいる時、フリウリを思い出したので、そのあとタレッジオが出てきて驚きました。シェフもフリウリを想起したのでしょうか。タレッジオとコッリオのフリウラーノはよく合いますから。その上に相対的には固いアスパラガスが薄切りになってのっています。これが先程から言っているドン・ペリニヨン2006年の上方向の水平的な形の固い質感と合います。これはタルトですから、丸いボウル状の形をしており、食べると下は丸い味で、垂直的に下方向に伸びることはありません。それもまたワインの下半分の丸さと弱い下方垂直性に対応しています。他にもアワビ、イカ、カブと、ひたすら重心が下でねっとりした質感の素材が続きます。これは意図してそうしているとしか言えないほど、同じ主題の変奏になっています。

 こうして見ると、ドン・ペリニヨン2006年は明確な個性を持っているだけに、合わせる料理が考えやすいということが分かります。私ならば豚とタマネギのメンチカツを合わせてみたいと思います。きっとトンカツ屋さんや洋食屋さんに持っていけば、素晴らしい食体験ができるはずです。トンカツ屋の小あがりでドン・ペリニヨン。料理の理解の容易度的にも雰囲気的にも自分の身の丈に合っている感じがします。

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◇ドン・ペリニヨン ロゼ 2004年

 こちらは2004年らしく、2006年より空気感・透明感があり、垂直性が強く、いかにもドン・ペリニヨン的だと思います。素晴らしい作品です。

 しかし2004年は極めて軽やかなので、そこに赤ワインが加わると、明らかに赤ワインの部分が突出して感じられます。コトー・シャンプノワ・ルージュが好きなら、この、白ワイン+赤ワインの味は好ましく感じられるでしょう。

 風味の分布を見ると、下半分に縦に深く伸びる部分はラズベリージャム的で、上の四角い部分はチェリーリキュール的です。そして前者の質感はやわらかく、後者は固い。ヴェルズネイの下半身にブジーの上半身がのっているというのがよく分かります。ご存知のとおり私はヴェルズネイが特に好きなので、こうしてヴェルズネイの個性をしっかり感じられたほうが安心できます。

 軽やかなのにふわふわした印象が皆無なのは、枠の細い額縁のような縦長方形のミネラルの構造が口の中の外縁部をしっかりと押さえているからです。これはよく注意しないと見えてこないい部分です。これは典型的なアイの貢献でしょう。

 おもしろいのは、ここでも2006年と同じ、上顎部分の横板のような固さを少しとはいえ感じることです。ふたつのヴィンテージで同じ場所に同じ味を感じるというのはどういうことか。白の2004年には感じませんでしたから、これは赤ワインを造る黒ブドウのグラン・クリュの味ということになる。ならば、常識的にはブジーかアイしか考えられません。今度収穫前にシャンパーニュに行ったら、ブドウを食べて確認してみたいと思います。ブドウの段階でもヴェルズネイはヴェルズネイ、ブジーはブジーの味がします。ただ、今回感じた特異な固さについては今まで意識してブドウを食べたことがありません。

アッサンブラージュ法のロゼは、ある意味木に竹を接いだ味を期待しているわけであって、白とは異なり、その固さは必ずしも違和感にはなりません。淡色の絵の具を薄く溶いてブラシで不定型の形をキャンバス全面に描き、その上に彩度・濃度ともに高い色でエッジのある形を描いたようなものが、このロゼです。それが異なったもののぶつかり合いから生まれるダイナミズム、驚き、緊張感を生み出す。そこを鑑賞するべきです。

そしてこのロゼに超絶的な相性を見せたのが、カブです。この料理は、やわらかいふろふき大根のようなカブと、スモークキャヴィアが別々に出され、交互に口に入れて味の化学反応を楽しむものです。カブがワインの下半分のヴェルズネイやオジェ的な粘土っぽい柔らかさに対応し、スモークキャヴィアが先ほどから言っている上顎部分の固さと重なりあいます。普通のキャヴィアだけなら固さを感じないはずですが、スモークしていることで粒々感が出てくるのです。カブ、ワイン、キャヴィア、ワインと交互に口に入れると、まるでドン・ペリニヨンを因数分解しているようで、知的かつ感覚的な楽しみが何倍にも膨らみます。シェフが自らワインとの相性を考えたわけではなく、シェフがまず料理を作って、それにブルガリのソムリエがドン・ペリニヨンのロゼ2004年を合わせると考えたそうです。天才的です。世の中には別次元の味覚と感性を持っている人がいるのだなと思いました。

アシスタント・マネージャーの方が、山菜のラヴィオリに対して、今回の趣旨とは異なりますが、「これも合う」とGravnerBregを持ってきてくれました。これがまたすごい相性。オレンジワインの苦みが山菜の苦みと混じりあい、その旨みが茸のコンソメの旨みと重なります。これぞマリアージュという醍醐味でした。

これほどの才能がありながら、ワインリストを見ると、なんだか無個性的なブランド品の羅列。おしゃれなブランド店で高級ブランドワインを飲むことじたいが目的の趣味の悪い人には好まれるのでしょうけれど、そこには冒険や独創性がない。「なんですかこれは!」と言うと、「指摘のとおりだから今リストを作りなおしているところ」。シェフもソムリエもアーティストなのですから、他では得られない味覚の興奮と、料理とワインの新たなヴィジョンを、お客に見せて欲しい。それができる人は少ないのだから。

帰りぎわにルカさんも会話に加わってきたので、私は「ルカさん、これらのパワフルなワインがあなたの繊細な味を引き立てると思えませんし、見せびらかしみたいでイタリアっぽくありません。あなたはヴェネト人ならではの上質・洗練の意味を知っているはず。ケバくない高品質、あからさまではない高級、シンプルな見た目の中の完璧さ、エグくない先鋭性、自然体のかっこよさ。それをワインでも表現しないといけないと思う。これでは某・・・・・のリストではないか」と言いました。「某・・・・・はレストランというより商売人だもの」。「そう思うなら、なおさらです」。

 

2017.04.17

シャトー・ディケム&シャトー・シュヴァル・ブラン

 1991年からシャトー・シュヴァル・ブラン、2004年からシャトー・ディケムの社長を務めるピエール・リュルトン氏が来日、誰もが知るこのふたつのワインのワインジャーナリスト向けテイスティング・ランチを神楽坂の『ワールドワインバー』で開催しました。ワイナリーの方々が来日すると多くの場合はこのようなテイスティング・ランチまたはディナー&セミナー&意見交換会がジャーナリスト向けに行われます。毎日どこかで行われているのではないでしょうか。私が招かれるのは何年かに一回なので、今回は本当にありがたい機会です。高名なワインジャーナリストの方々に混じって末席に座らせていただき、ワインをテイスティングすることができました。

 

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 いかんせん最末席なので、座っているだけではリュルトンさんの話が聞けません。もともとリュルトンさんは聞けば熱心に答えてくれますが、聞かなければそれまで。サービス精神旺盛にあれこれ話してくれるような商売人ではありません。今回もそうです。私はリュルトンさんの、その生まれ育ちのよい謙虚さが大好きです。自分がどれだけ努力しているか、どれだけすごいか、ということを言わずしても、誰もが飲めば分かる。そもそもボルドーは、ものが分かっている人が飲めば分かる、という教養・文化を前提としているワインだと思います。しかし私のような未熟者は話をしてみないと分かるべきことも分かりません。というわけで、私は時間があれば席を立って彼の隣にしゃがみこんでいろいろな意見を言い、質問を投げかけました。

 

 出されたワインは、イグレック2015、イケム2014、イケム1987、プティ・シュヴァル2011、シュヴァル・ブラン2011、シュヴァル・ブラン2006です。

どちらのシャトーも有名すぎて、概説的なことを私がいまさら言ったら笑われますから、それは省きましょう。知らない人がいるとしたらそれはさすがに恥ずかしいので、シャトーのホームページを見てください。こういったボルドーのトップクラスのシャトーに関しては、世の中、いろいろ知っていることを前提に話が進むものです。

 

◇イグレック 2015

 シャトー・ディケムが1959年から作る中辛口ワイン。以前は貴腐ブドウ向きではないヴィンテージに主に造られるといった存在で、生産されない年もけっこうありました。たとえば97年、98年、99年、2001年、2003年のイグレックはありません。しかし2004年からは毎年造られることに。辛口指向の現在には必要なワインです。しかし生産本数は今でも変わらず1万本ですから、あまり見かけることはありません。

味はリュルトンさん就任以前のイグレックとは大違い。「少しだけ貴腐ブドウが入る」ため、エキゾティックな香りや貴腐ならではのとろみがありつつ、ずっとずっと鮮度が高く、質感が繊細で、酸がイキイキとして、香りが伸びやか。タンク発酵で、発酵の終わりに新樽比率3分の1の樽に移されて、バトナージュしつつ10か月熟成。ですから樽ならではのボリューム感がありつつ、樽香は控えめです。ソーヴィニヨン主体で、香りは相当ソーヴィニヨン的で硬質ですが、味わいに関してはセミヨンの丸みと粘性が顕著です。

以前との決定的な違いは、「昔のイグレックはイケムの収穫が終わったあとに糖分が不足するブドウを使って作っていたが、今は辛口にふさわしいブドウをイケムの前に収穫する」ことです。つまり以前はどちらかというと廃物利用的で、10月終わりまでブドウを置いておくのですからどこか鮮度が落ちて味が疲れてしまっていたわけです。昔のスタイルもそれなりに魅力があったことは事実です。どっしりとして酸が低かったため、ホタテのグリルに甘めのソースを添えた料理などにはぴったりでした。しかし客観的に見れば、現在の品質のほうがはるかに上です。

残糖は6グラム。リュルトンさんは「リースリング的」と言っていましたが、6グラムという甘いのか辛いのかの微妙なポイントをおさえた味は、確かに辛口リースリングと同じです。「他にこういうのはないだろう」と言います。しかし本当なら、このスタイルがボルドーではもっと多く造られるべきなのです。プルミエール・コート・ド・ボルドー・ブランやボルドー・シューペリュール・ブランやグラーヴ・シューペリュール等々が好き(つまり甘口ではなく、微甘口)な私としては、このイグレックは理想的なボルドー白ワインです。

現在の多くのボルドー白ワインは味が固すぎて役に立ちません。魚に白ワインというのが普通の考えでしょうが、酸っぱくて固いワインは魚の甘さや柔らかさをぶち壊しにします。今のボルドー白で思いつく魚料理といえば、中華料理の小魚のから揚げにレモンを絞ったものぐらいです。しかしイグレックは重心が下だということです。だから大多数の魚介類に合うのです。

 

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◇シャトー・ディケム 2014

 イケムもイグレックと同じく、リュルトンさん以前とはずいぶん違います。以前の苦みやごつっとした質感、陰影のある香り、そしてダークなパワー感もまたよかったのですが、今はずっと流麗・純粋・透明・明朗、そしてビビッドでフレッシュです。

 以前、2005年を飲んで、イケムのコンサルタントだった故ドニ・デュブルデュー教授に、「よく出来ているとてもきれいなワインだと思いますが、つるっとしてガッツがなく、ストラクチャーがあまりない。得たものも大きいが失ったものも大きい」と言ったことがあります。だいたい私はデュブルデューさんとは白ワインに関して意見が合わなかったので、私と話すときの彼はいつも怒っていた記憶があります。その時も怒っていました。あのぐらい偉大な方になると、普通の対応としては絶賛かゴマすりか受動的な首肯しかなくなるでしょうけれど、私はおいしいものはおいしいと言うし、そう思わなければそう思わないと言うだけです。そしたら「甘口に苦みは欠陥だ。苦みは酸化によってもたらされる。私がやろうとしていることを判断するためには2007年以降のイケムを飲め。2007年は本当に偉大な年だ」。「飲めっていっても、まだ市場にないではないですか」。「リリースされたら飲め」。懐かしい話です。そのあとミシェル・ベタンと話した時には、彼は「確かにスタイルは変わったが、品質じたいは向上しているから、熟成すればよくなる」と。ステファン・ブルックは「まあ、時代の変化だよねえ」。

 2014年のイケムは、ピュア&クリーンな方向性を極限まで突き詰めたような輝きを放射するワイン。これはこれでガラス貼りの現代建築的なカッコよさと完成度があります。飲んだ瞬間に驚かされるのは、物質的抵抗感のない見晴らしのよい景色です。「2014年は春が雨が多く、6月から収穫期までのあいだの気温の変化がなく、暑すぎない気温がずっと続いた」と、リュルトンさん。2014年のフランスワイン全体に言える特徴は、すーっと抜けるような透明な空気感です。赤ワインの場合とりわけ顕著だと思いますが、タンニン的要素が少ない。果皮性の弱さ、と言い換えることもできます。暑くも乾いてもいない年なら、果皮を厚くする必要がないですからね。ですから2014年のイケムもごりっとした渋みがなく、まるでモーゼル的とも表現できるようなツルツルした表面質感が特徴です。

 そして酸。ソーテルヌとしては例外的と言えるほど酸が高い。「通常イケムのpHは3・9だが、2014年は3・6」。私は88年や96年みたいに酸の高い年のイケムが大好きなので、もちろん2014年は好きな方向性。「2014年は88年や96年よりも酸が高い。過去最も酸が高いのではないか」。残糖は145グラムですから、過剰に甘いわけではなく、結果として相当すっきり型の味になっています。

 ゆえに他の多くのソーテルヌやバルザックと異なるイケムの特徴である、淀みのない流れ感が際立ちます。イケムの畑はそれなりの斜度をもつ高い丘ですから、平地のワインより垂直性や流麗さが表現されます。とはいえ、イケムに期待したい腰の据わったピラミッド的な味の構成や粘り感も十分にあります。決して軽く立ち上るタイプの味(クロ・オー・ペラゲみたいな)とは言えません。聞けば丘の上部は粘土だそうです。斜面があれば、上が砂、下が粘土というのが普通です。イケムがもしそうなら、ワインの味はもっとさらっとしていたでしょう。ワインの味の上に来る部分が意外なほど高密度で堅牢だというイケムのひとつの特徴は、斜面の上が粘土だという土壌の特異性から来ているのかなと想像しました。

 イケムの畑は「粘土、砂利、石灰」のみっつの土壌に分かれます。それが120区画に分割されて管理されます。伝統的にはセミヨンとソーヴィニヨン(時にミュスカデルも)が混植されており、混醸されるのがソーテルヌですが、イケムは「改植を進める時に一区画一品種として、今では混植区画はたったふたつしか残っていない」そうです。

2014年の収穫開始は極めて早く、9月第一週。「二回めの収穫の時に隣人のシャトーはやっと収穫を始めた」といいます。明らかに酸を意識した選択でしょう。ブドウは基本的に「9月収穫ブドウ群と10月収穫ブドウ群」のふたつに分かれます。前者は軽快さ、抜けのよさ、香りのすっきり感、酸を、そして後者は甘さ、重厚感、凝縮感、粘りをもたらします。その中でも、先に述べた120区画からもたらされる様々な個性のワインが生まれ、それらを細心の注意をもって絶妙に組み合わせることで、現代のイケムの精密時計のような味が生まれるわけです。

昔よりも樽香がしないのは、そしてより味わいがビビッドなのは、「3年間という樽熟成期間を2年間に短縮した」からです。だから若いうちからフルーティで楽しめる味に仕上がっています。レモンタルト的なデザートに合わせるためには今飲んでもいいのではないかと思います。とはいえ熟成するに決まっているので、この強い酸を思えば、30年後でもいいでしょう。合わせてはいけないのはフォワグラです。それだけは確実です。フォワグラはそれこそクロ・オー・ペラゲのような重心が高くてソフトな質感のワインが合います。そして2014年のような酸の高い年は、なんであれフォワグラには合いません。リースリングのTBAやSGNとフォワグラを合わせたらとんでもない味になるのと同じことです。

 

 

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◇シャトー・シュヴァル・ブラン2011&2006

 

 ふたつとも、私にとってはシュヴァル・ブランらしいとは思えないヴィンテージです。香りが若干青く、タンニンにエッジがあって、内向的で、酸が固く、後味もごりっと苦い。もちろんまずいワインではありませんが、最上のシュヴァル・ブランとは言えません。

 飲んだ瞬間、ソーミュール・シャンピニーみたいだと思いました。それもカベルネ・ソーヴィニヨンが少し入っているタイプです。

 だからこういう会話をしました。

・・・これはシュヴァル・ブランらしいと思いません。いい時のシュヴァル・ブランはふわーんと軽やかで、質感がソフトでいて厚みがあり、とりとめのないようでいて実は内部に繊細な構造があり、酸もしなやかで、熟成しなさそうで熟成する、不思議に魅惑的な色気のあるワインです。

「そうそう」。

・・・唯一他に比肩するワインがあるとしたらシャトー・ラヤスぐらいでしょう。

「そうなんだよ、シュヴァル・ブランはラヤスに似ている」。

・・・でも今回のワインはまるで5%カベルネ・ソーヴィニヨンが入っているみたいにタンニンが固くて終わりを締め付ける。まるでお隣のシャトーの味みたいではありませんか。

「カベルネ・ソーヴィニヨンは入っていないけれどね」。

・・・理由は想像できます。両ヴィンテージとも本当に収穫したかった日にちより早く収穫しましたね。それ以上待ったらカビが蔓延したからでしょう?

「そうなんだよ、早く収穫した」。

・・・ええ、分かります。だからものすごく選果したでしょう。

「これらの年はいつも以上に厳格に選果したよ」。

・・・その努力はきちんとワインに現れていますし、それは大いに評価できるポイントですね。

「2006年は右岸の年だと言われているよね。でもシュヴァル・ブランはカベルネ・フランが多いから、ヴィンテージに関しては左岸的でもある」。

・・・そうですよ、2006年のポムロールはすごい。2006年のブレンド比率は?

「メルロ50%、カベルネ・フラン50%」。

・・・それは間違いですよ、メルロ60%、カベルネ・フラン40%にしておけばよかったものを。

 ワインだけで鑑賞するならあれこれと言いたくなりますが、こういうエッジがある味の場合はボリュームのある焼いた牛肉に合わせるとおいしいものです。ただその場合は、別にシュヴァル・ブランでなくとも他に選択肢が多い。特に値段を考えたら、このワインでなければならない必然性は弱いですね。いかにもシュヴァル・ブランらしい年のワインはむしろブランケット・ド・ヴォー的な料理に合わせるべきでしょうし、しっとり仕上げた地鶏(クリーム系ソース添え)にもいいと思います。

 2011年も2006年も、世紀のグレートヴィンテージとは誰も言わない年です。自然のことですから、毎年が望みどおりの天候になるはずもありません。だから結果としてのワインのよしあしはあるとしても、その年の数々の制約条件の中で人間がどのように立ち向かったのか、どのように問題を解決したのか、という仕事の内容を評価しないといけません。ワインの鑑賞とは、自然と人間の相互作用のありよう、そのドラマを鑑賞するという意味もあるのです。その意味では、両年のシュヴァル・ブランは、見事な仕事という他ありません

 

 イグレック、イケム、シュヴァル・ブランは、数多いボルドーワインの中でも、単に優れているだけではなく、ものすごくキャラクターがはっきりしていて他に代えがたいワインです。だからこそ、正しい文脈の中に位置づける努力は他以上に必要になります。しかしこのような超高価なブランド品は、それ自体を(もっと言うならその名前を)崇めたりありがたかったりするレベルの低い消費態度に陥りがちです。そういう恥ずかしい事態にならないためには、このワインはどうあるべきなのか、どうしてそういう味なのか、何が鑑賞のポイントなのか、それをどう生かせばいいのか、といったことを考え、また他の人たちと議論すべきだと思います。そして今回のような生産者が来日した時には、自分の考えたことを直接ぶつけてみれば、より理解が深まるはずです。

十分に理解して飲むべきワイン、換言するなら、理解しようとする気もないなら飲む資格のないワイン、というものは存在します。それが偉大なワインということです。私はいつかは、そういったワインを理解して飲むことができるような人になってみたい。そのための研鑽の機会をくださったピーロートさんには感謝の言葉しかありません。

 

2017.04.13

ワイン&グルメ展

 日本で最も重要なワイン展示会のひとつ、『ワイン&グルメ』が東京ビッグサイトで開催されています(4月12日から14日)。

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 ドイツ、ポルトガル、ジョージア、スペイン、イタリアは積極的に出展しており、特にドイツは賑わっているように見受けられました。

 短い時間でしたが、興味深いワインに出会えました。

 まずはジョージア。写真は黒海沿岸の大都市BatumiがあるAdjara地方のチュハヴェリ品種のロゼです。クヴェヴリ発酵、熟成されています。黒海沿岸ワインらしいしっとり感やおだやかさが素晴らしいですし、クヴェヴリ発酵ならではの厚み、立体感、旨みがあり、洗練とパワー感の両立が見事です。みそ味の鍋料理に合わせたら最高だと思います。

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 このワインを造った
Uzadoワイナリーの当主イラクリ・トゥルマニゼさんによれば、ジョージアのクヴェヴリによる醸し発酵の利点のひとつは、フィルターなしでも清澄度の高いワインが得られること、だそうです。「クヴェヴリの底には果皮が溜まる。クヴェヴリの形状ゆえにワインが自然に対流し、果皮の中をワインが通っていく時に果皮がフィルターの役目をする。果皮がなければ細かい粒子がそのまま戻ってワインはいつまでも濁っている。そこでフィルターをかければワインの味が弱くなる」。なるほど、確かにそうですね。勉強になりました。

 ちなみにこのワイナリーのツィナンダーリもすっきりとして上品で、繊細な硬質感のある心地よいミネラルと、伸びあがる余韻があり、改めてツィナンダーリっていいな、と思いました。毎度毎度言ってますが、ツィナンダーリとツヴィシは私が大好きな白です。このUzadoワイナリーに限らず、多くのワイナリーが高品質のワインを造っていることを、こうした展示会で確認していただきたいと思います。

 ジョージア国立ワイン庁マーケティング&PR部門長イラクリ・チョロバルギアさんによれば、日本におけるジョージアワインの売り上げは昨対3割増。「分母が小さいから」と言うものの、すごい伸びです。もっともっと伸びてしかるべきでしょう。フランスワイン的な味わいから自由になり、国際ブドウ品種名でワインを選ぶのではなく、味わいそのものに着目して飲むなら、ジョージアワインがどれほど代替不可能な存在なのかが分かります。

 イラクリさんに「なぜ中国がウクライナを抜いて第二の輸出国になったのでしょう」と聞いたら、ひとつの理由は「ソ連からの馴染みで、ジョージアの認知度が高い」ことですが、もうひとつは「国のお金が出てジョージアワインショップを作り、そこを拠点としてネット販売をしたこと」。ジョージアワインのアンテナショップ、、、、いいですね!

 

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 スペインではこの写真のリオハが興味深いものでした。産地はリオハ・バハです。しかしリオハ・バハ味がしません。なぜなら畑はリオハ最高標高地点800メートルにあるからです。涼しげで、リオハ・アラヴェサのような味。こういうバハもあるのだと初めて知りました。同じワイナリーのリベラ・デル・デュエロも秀逸。レゼルバは「真っ白な石灰質土壌の畑」だそうです。ロケーションを聞くと、「かのゴールデントライアングルの中」。いい土地のリベラ・デル・デュエロは、飲んだ瞬間「まいりました」と言いたくなる風格、濃密な気配、余裕のパワーがあって、やっぱりすごいですね。



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 スペインでは他に、写真のラ・マンチャ産のオーガニック・テンプラニーリョが、ソフトで丸く軽やかで、日常ワインとして好適な特性を持っていると思いました。テンプラニーリョは基本的にツンツンするところのないやさしい性格の品種ですから、家庭でふつうの人がふつうに飲むのにふさわしいと思っています。ワインの味が強すぎるのは料理を壊してしまうからよくありません。家庭料理ならなおさら味付けが淡泊でしょうから(そうするべきですね、健康上の理由から)、がっつりしたカベルネ的ワインより、ふんわりしたテンプラニーリョ的ワインがもっともっと認知され、飲まれるようになってもらいたいと思います。

 

2017.04.12

マルベック・ワールド・デー試飲会

 4月17日はマルベック・デー。それにちなんだ試飲会がこの時期世界じゅうで開催されるようです。

 昨日11日は東京のアルゼンチン大使館でマルベックの試飲会があるとの噂を聞き、潜り込んできました。会場は大盛況。近年のアルゼンチンワインの人気を裏付けています。

 マルベックはアルゼンチンで生産するワインの35%、海外市場で輸入されるアルゼンチンワインの51%を占める、名実ともにアルゼンチンを代表する品種です。カオールが原産でしょうけれど、そしてロワールのマルベックも素晴らしいものですが、フランスの栽培面積は13097ヘクタールなのに対して、アルゼンチンでは76603ヘクタール。マルベックといえば、いまやフランスの品種ではなく、アルゼンチンの品種です。

 マルベックはタンニンが強いのに粒子が細かく、ボディが肉厚で、とろみがあり、角が丸い味の品種です。ボルドー系品種の中で比較するなら、カベルネよりはずっとメルロ的ですが、メルロよりもパワー感があって、ハーブ系の香りが少なく、風味がさらに黒系果実の方向に行くと思います。この分かりやすく力強くクセがない味の品種が人気にならないわけがない。この10年で、ピノやカベルネと並ぶような代表的赤ワイン品種のひとつになったと思います。

 アルゼンチンの主たる産地であるメンドーサ周辺は標高が高く、畑は1000メートル以上の高地にあります。飛行機で上空から見ると分かりますが、アンデス山脈の麓の長大な緩斜面がずっと続いており、地上での見た目はほとんど平地です。土壌は砂や粘土や砂利です。降水量はメンドーサで223・2ミリしかない。ですから灌漑は必須です。チリと同じく、多くのブドウは自根です。

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▲標高低めで粘土の多い土壌。アメリカンオーク。細身で後味に酸が目立つ「エレガント」タイプより、この老舗ワイナリーのふてぶてしい余裕感のある味が、霜降り焼肉にぴったり。しかしワインメーカーはかのポール・ホブスですから、知的なカッコよさもある。私が一本選べと言われたら、明確な使用目的があるという点で、これにします。



マルベックという品種の個性と上記の特徴を演算すれば、まさにアルゼンチンはメンドーサのマルベック独特の味を思い描くことができます。つまり、品種の個性プラス、重心が高い、水平的な方向性が強く流速が遅い、構造が緩い、質感がなめらか、ストレス感がなく若干シンプルでミネラル感は弱い(典型的な灌漑味)、安定して腰がすわっている、です。

 数多くのワインを飲んでも似た味なのは、工業的だから、ではなく、単一品種かつ同一テロワール(もちろんミクロ的には多彩ですが、コート・ドールと同じように、基本的には、という意味で)だからです。それがまた分かりやすくていいわけです。

 しかし使いこなしはけっこう難しいワインです。なぜなら重心が高いからです。

 アルゼンチンといえば、誰でも牛肉を思い出すはずです。マルベックと牛肉。誰でもそう関係づけたくなります。しかしアルゼンチンの牛肉はグラスフェッドなので重心が上ですが、質感が固く、角が四角い味です。ですからアルゼンチンで牛肉のグリルを食べても、合うのはマルベックではなくカベルネ・ソーヴィニヨンです。しかし黒毛和牛ならば逆で、重心の問題さえクリアすれば、カベルネ・ソーヴィニヨンではなく、質感、粘性、形という点で、ハンバーグのデミグラスソース的、霜降り部位の焼肉的です。重心の高いラムやチキンだと、他の項目がなかなか合いません。

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▲このワインはボナルダが少々ブレンドされており、マルベック単体より溌剌感や軽やかさがあります。安価なワインですが、傑作です。メンドーサはイタリア移民の多い町なので(レストランに行けばパスタがあります)、イタリア品種にもっと着目すべきでしょう。ボディーニは高名なワインコンサルタントであり、このワイナリーの当主でもあるスザーナ・バルボの子息、ホセ・ロヴァッリオが作ったブランドだそうです。もともとはアルゼンチンの野生の猫を意味するBudiniという名前だったのに、バドワイザーからクレームが入って改名。へんな話ですね。このワインの売り上げの一部は、地元の子供の教育を助ける基金、Build On Dreams of Individuals, Not Institutions になすそうです。女性醸造家が手掛ける、というのが売り文句ですが、なぜ「女性」を売り物にするのか不思議でなりません。醸造家が女性だろうが男性だろうが関係ないし、このワインのポイントはそこではないだろうに。



 というわけで、私のおすすめするワイン選びのコツは、重心が極力中央にあるかどうかをテイスティング時の主要なチェック項目にせよ、です。この視点からすれば、標高が高すぎず、土壌が軽すぎず、早く収穫しすぎることのないワイン、という具体的な姿が見えてきます。そうすれば最強の「和牛ワイン」としてのマルベックが得られます。しかし高級ワインになるほど標高が上がり、酸を重視する傾向があるようです。ワイン単体で飲めば素晴らしいとしても、具体的な使用状況はなかなか見えてきません。

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▲左の樽発酵赤ワインのしなやかなタンニンときめ細やかなな果実味が特に印象的。


 今回の発見は、パタゴニアのワインです。パタゴニアは涼しいのでピノ・ノワールの産地だと思っていましたが、マルベックも育つのですね。これがくっきりとした構造があって垂直的で、酸が引き締まって、メンドーサの緩さと対極の個性でした。フランスワイン的かも知れません。ソースに酸がある牛肉料理によさそうです。

 アルゼンチンのマルベックは、かつては過剰な樽風味があったと思いますし、高級ワインになるほど樽が強くなるのは世界じゅうどこでも同じ傾向なのですが、今回は樽のバランスがよくなったと感じられました。ただ、アメリカンオークに関しては意見が分かれるところでしょう。フランス料理にはフレンチオークのワイン、バーベキューにはアメリカンオークのワイン、というのがひとつの指針にはなります。アメリカンオークを使ったワインを、焦げのない料理と合わせるのは失敗のもとです。

 

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▲有名なカテナ・ザパタのトップキュヴェです。さすがの気品と精妙さ。ものすごく要素が多く、それが柔らかく組み合わされていて、立体的な味です。スタンドにいらした方が、「デュッセルドルフのプロワインのカテナ・ザパタのブースの後ろに映像が流れていて、そこにあなたが映っていました」と。ここを訪問した時の様子でしょうか。ワイナリーではシャルドネの商品設計について相当つっこんだ議論をしていた記憶があります、映像に音声がついていたら大変です。
 何人かの方に、「五桁になるような高価なワインはどこで売れるのでしょうか」と聞くと、百貨店。ならば家飲み、ということですね。高いワインを高いという事実を楽しむために飲むのではないとすれば、使いこなしに関して意識的にならないと、消費者はせっかくの素晴らしいワインの個性を生かしきれないということになります。ワインは真剣に考えて取り組まないと、お金の無駄になる。アルゼンチンに限ったことではありませんが。

ヴィーニョ・ヴェルデ

 ポルトガルマニアでなくとも、今やヴィーニョ・ヴェルデの白ワインは日常生活に不可欠なワインになっているという人は多いはず。ここ数年、日本ではヴィーニョ・ヴェルデ・ブームといえる現象が起きています。日本に輸出されるヴィーニョ・ヴェルデの数字を見てみると、2014年は170,702リットル、398,112ユーロ。2015年は246,023リットル、596,741ユーロ、2015年は272,648リットル、726,286ユーロと、驚くべき伸長。ワイン市場が安定飛行している日本でこの数字、とりわけ価格の伸びが数量の伸びを上回っていることはすごいですね。

 30軒のワイナリーがポルトガルから東京に集まって行われた試飲会も大盛況。このイベントのことを先日他の試飲会で偶然耳にしてよかったです。セミナーも二回行われたようですが、もちろん満席で、聴講不可。次に機会があれば私もヴィーニョ・ヴェルデの話を聞いてみたいものです。  ヴィーニョ・ヴェルデは、ポップな響きのある名前からすると最近できたワインっぽいですが、産地としてはポルトガルで最も古いところのひとつで、2000年前からブドウ栽培が行われ、中世にはすでに北欧やイギリスに輸出されていたそうです。場所はポルトガル北西部ですから、輸出には好都合ですね。地質は花崗岩がほとんどで一部シスト。だからワインは基本的にふっくらなめらかで、酸もあたりが優しい。すっきりしていながら、キツさがない、というのはとても貴重な個性。他の国のすっきりタイプのワインは性格がもっと激しい気がします。スケール感もこじんまりしているため、インパクトはありませんが、余韻は案外と長く、いい土地なのだなと分かります。

 45もの栽培品種(それにしてもポルトガルは地場品種の宝庫!)のうち、主要な白品種はアルバリーニョ、ロウレイロ、トラジャドゥーラ、アヴェッソ、アリント。単一品種ワインも多いのですが、伝統的には3品種ぐらいのブレンドだとのこと。アルバリーニョは骨格がしっかりしてリースリング的な直線性があり、ロウレイロは軽やかでフローラルでミュスカ的、トラジャドゥーラは甘く、酸が低く、トロピカルなフルーティさがあってゲヴュルツ的、アヴェッソは硬質で酸がはっきりして強く、若干の苦みもあってソーヴィニヨン的という印象。アリントは今回の試飲ではよく把握できなかったのですが、飲んだワインはやさしくすっきりおとなしいフルーティさ、という感じです。一本だけ選ぶなら、ブレンドのほうが多面性がありますし、上から下まで味が伸びるので使いやすいと思います。

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▲あか抜けて欲張らない味わいが素晴らしいQuinta de Santa Cristina。ベーシックな左端のワインはArinto,Azal, Loureiro,Trajaduraのブレンドで、さっぱりしつつ適度な複雑性と柔らかさがあり、多くの日本料理店にお勧め。アルコールは11度。右のAlvarinho&Louriro, Alvarinho&Trajaduraのブレンドはより熟度が高く、表現力が豊か。それぞれの品種が期待通りの役割を果たしています。Avesso品種なら、Quinta do Ferroがよい。標高300メートルと600メートルふたつの畑それぞれのアヴェッソの違いは教科書的に分かりやすく、使いやすい。

 しかし品種の個性を理解して料理へピンポイントに合わせるなら、単一品種ワインの明確な個性は役に立ちます。ヴィーニョ・ヴェルデがもっとも生きるシチュエーションを考えるなら、初夏から夏の陽光のもとでのランチ用、また軽い前菜用ワインでしょうから、その点では陽気で軽快なロウレイロが一番いい。フランスワイン的な方向性の堅牢さ、芯の強さ、そして酸の力強さを求めるなら、アヴェッソです。プロやマニアが高く評価しそうなキャラクターです。

 アヴェッソは酸が強いので、スパークリングワインにも向きます。泡は世界的に人気なので、将来性のあるスタイルではあります。しかし私はシャンパーニュ方式の泡には反対です。このことについてはある生産者と相当語り合いました。シャンパーニュ法の問題はふたつあります。それは必然的に長い澱上熟成をもたらすから、ワインの味が複雑になるかも知れないがすっきり感や軽やかさが失われる。そもそもヴィーニョ・ヴェルデ(グリーンワイン)の意味とは、収穫後半年以内にリリースされるワインということ。フレッシュな風味やビビッドな活力こそが本質中の本質なのではないでしょうか。もうひとつは、二次発酵によって1・5度のアルコールが生成されるため、ブドウをそのぶん早く収穫せざるをえないことです。つまり未熟なブドウで造るワインになってしまう。これまたヴィーニョ・ヴェルデの最大の魅力のひとつは香りの華やかさでありボリューム感なのですから、未熟なブドウではそれが失われてしまい、何がしたいのか分からないワインになってしまいます。この問題はヴィーニョ・ヴェルデだけの話ではなく、スティルワインに好適な産地で同じブドウでシャンパーニュ方式でスパークリングワインを造るすべての場合に当てはまります。

 そういうわけで、泡を作りたいなら、方法はふたつです。ひとつはシャルマ方式で気圧3バール程度に仕上げる。これなら澱っぽさや無意味な熟成感から逃れられ、6気圧にするよりはまだ熟したブドウを使えます。もうひとつはアンセストラル方式です。たぶんこれが一番いい。きちんと熟したブドウが使えます。そもそも昔のヴィーニョ・ヴェルデは瓶内MLFによって若干の泡があったらしいですから、珍奇に受け取られることはないでしょう。  30軒、200種類以上のワインが並んでいて、感心させられるのは、どれも揃って上質だったこと。こういった場ではすっとんきょうなワインやまずいワインも紛れるものですが、そういうへんなワインが一本もない。産地の底力がどれだけ高いか分かりますし、生産者のあいだでの情報や技術の共有ができている(他の例を挙げるならシャンパーニュやプロヴァンス・ロゼでしょう)のだと想像できます。ただ、それは反面、予定調和でおもしろくない、と言う人もいるでしょう。あまりにどれもが判で押したように似たワインになってしまうと、最近スペインのルエダに対して言われているように、工業的、との批判も生まれかねません

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▲Adega Ponte de Limaは会員数2000軒、50万リットルの生産能力をもつ協同組合。ここのロゼの、肩肘張らずにいい感じに流した、性格のよいチャーミングな味が素敵です。写真の女性がワインを造っています。

 ところでヴィーニョ・ヴェルデは白だけではありません。おすすめはロゼです。ふっくら、しっとり、かわいらしい、というこの産地の個性が、ロゼに期待したい特徴と重なり合って、とりわけ魅力的です。ロゼを飲まれたことがない方は、見つけたら是非試してみて下さい。

2017.04.10

スペインワイン談義

 

 スペインワインのインポーターさんと、スペインワインよもやま話。

 

 その方と私は、全般的にはワインの好みが似ているのですが、スペインワインについては明確な差異点があります。私はリオハ・グラン・レゼルバが大好きですが彼は苦手、彼の好きなプリオラートの某有名ワインは神経質すぎて私は苦手、とか。だから議論が楽しい。

  私はその時、池袋駅前の老舗地元系洋菓子店タカセで買ったマドレーヌやバームクーヘンの袋を持っていました。池袋に古くからゆかりのある人はみな、タカセには大変にお世話になります。私は言いました、「タカセは最高の洋菓子ではないだろうが、地元になくては困るし、あの気取らない味ならではのよさがある。値段を考えたら素晴らしい店だ」。「そうそう、食パン100円というのは大事」。「タカセみたいなワインがいい。たとえば協同組合のランシオみたいなワイン。適当に緩くて、ペンキがところどころ剥げた町はずれのバルで日中飲んで似合うような」。「そういうのは売れないし、他の人がやればいい」。うーむ、そういうのこそ、南国っぽくて、ラテンぽくて、いいと思うのですが、、、、。というか、タカセが売れなくてカリスマパティシエ系お菓子ばかりが売れるのだとしたら、それはどんな消費様態なのか。地に足がついていないと言えるのではないのか。

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▲スペインの田舎のバル。ここで飲んでしっくりくるワインはなんだろうか。

 その方の選ぶワインは、どちらかといえば、バルセロナのミシュラン系レストランで出てくると似合うだろうワイン。客観的に見れば非の打ちどころのない美酒。お出しいただいたワインをテイスティングして、私は言いました、「これはシャンボール・ミュジニー・レ・クラが好き、という人に受けるワインですね」。「そうそう」。「レ・クラとぬけぬけと言ってしまえる人には『まだまだ青いな』と思っちゃう。あえて『自分が好きなブルゴーニュは、モレ・サン・ドニのパス・トゥー・グラン』と言うかも」。

 もちろん私はシャンボール・レ・クラも好きです。しかしその方向を褒めるのは簡単というか、誰でもするので、あえて違う方向を言いたくなります。真面目にやっている正当な努力の味は予見可能。偉大なワインは自分がそう発見するまでもなく偉大。個人的には、テキトーな味の中に見え隠れする文化の厚みやテロワールのすごみ、みたいな世界に興奮します。

 たとえば。去年のベストワインのひとつは、ルーマニアの道端で売っていたマスカット・ハンブルグの微甘口ワイン、です。3年前のベストワインのひとつは、クロアチア、フバールの、家だかワイナリーだから分からないようなきったないところでおばあさんが造って、ミネラルウォーターの空きペットボトルに詰めて売ってくれたプラヴァッチ・マリ(たぶん)のワイン、です。何も考えて造っていないので、何か聞いても無駄です。赤と白ぐらいしか分かりません(そもそも後者では、白と書いてあるジャグに赤ワインが入ってました)。しかし味のレベルは驚異的。そういうワインにスペインでも出会ってみたい。最近、ワインに先立つ理屈、言葉が多すぎるのです。何だか分からないが、とにかくすごい、でいいではないですか。飲めば分かるなら、飲めばいいので、おいしい理由をまず聞く必要はない。飲んで分からないなら、おいしい理由を聞いたところで本当のところは分からない。

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▲ベランダに並べられたランシオ造りの瓶。伝統の味。

 その方が言うように、バルセロナのミシュラン系上品ワインと、私が好きなランシオ的ワイン(先日タラゴナでランシオ飲んだ印象が尾を引いていてすみません)と、「どちらもスペインワインであって、どっちかだけではだめ」です。当然です。でも、後者の方向性のワインを見聞きする機会は案外と少ない。

 誤解を防ぐために言っておかねばならないのですが、これは高価と安価という値段の差によるカテゴリーではありません。高価な農業系と安価な工業系という区分でもありません。ワイン造りの意識の持ち方、姿勢の違いです。工業ワインはもとより論外です。

 低劣テロワールで無為に造ったらまずいものしかできないでしょう。スペインからは、それこそジョージアやフヴァールのように、無為自然の素晴らしいワインが出来ると信じています。スペインワインを全方位的に理解されている方なら誰でも、有意自然と無為自然のふたつの方向性(大事なのはどちらも自然な味だということですが)のワインを揃えて欲しと期待してしまいます。

 

2017.04.09

フィラディスのアルチザン・シャンパーニュ試飲会&セミナー

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▲試飲会だけではなく、来日生産者ひとりひとりが別々にセミナーを開催。皆一緒のセミナーというのはよくありますが、それだと表面的・社交的な話に終始しがちなので、今回の企画は素晴らしいものでした。この写真は、シャルトーニュ・タイエの当主、アレクサンドル・シャルトーニュさんのセミナーの様子。

 

 ブルゴーニュワインをテイスティングするとき、どの村がどんなキャラクターなのかを分からずに飲んでもしかたない。それは多くの人が認めるところでしょう。同じく、シャンパーニュもまた、それが生まれる土地の味を考えずに飲んでも、十全な理解ができるとは思いません。ところが土地=ワインの等号を自分の感覚の中で形成できる機会はそう多くはありません。ランスロ・ピエンヌ、ジャン・ルイ・ヴェルニョン、ピエール・パイヤール、サヴァール、シャルトーニュ・タイエ。フィラディスいうところの「アルチザン・シャンパーニュ」5生産者が来日し、試飲会&セミナーが行われましたが、これはまさに最上の機会といえるものでした。

 5生産者それぞれ中心となる村は、クラマン、ル・メニル・シュール・オジェ、ブジー、エキュイユ、メルフィです。この、フィラディスのカタログに載る生産者順にコメントしていきましょう。

 

*ランスロ・ピエンヌ

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 クラマンのシャルドネのみで造られるMarie Lancelot(小売希望価格・以下同11000円)は、いかにもクラマンらしい黄色い果実味とボリューム感と開放性があります。基本的にこのワインは、初夏の昼間にふさわしいキャラクターだと思いますが、現行ヴィンテージの2010年は、このヴィンテージならではの緊張感と翳りも備えているので、ディナーっぽい雰囲気になっています。

 私は以前からランスロ・ピエンヌのTable Ronde6500円)が好きです。こちらはクラマン、アヴィーズ、シュイイをそれぞれ6、3、1の割合でブレンドしたもの。それがいいのです。クラマンが果実味やボリューム感を、アヴィーズが骨格や重厚なミネラル感を、シュイイが繊細さ、フローラル感、軽快さをもたらします。

特に着目すべきが、このシュイイの貢献です。これがなければ(というか、多くのブラン・ド・ブランがそうですが)、ごりっ、ごてっ、ぼてっ、という方向に行きやすい。クラマン単一の前者のワインと比べても明確ですが、こちらのほうが香りの上昇力があります。グラン・クリュ・ブラン・ド・ブランとして、私はこれが最もコンプリートな味わいのワインのひとつだと思います。シュイイならいいというものではありません。シャンパーニュ好きなら皆知っているとおり、ランスロ家はシュイイ最上の区画を所有しています。丘の上の斜面です。シュイイは広い産地で、平地が多い中で、ランスロ家の区画は表土が薄くチョークの多いところですから、ぴしっとした高貴さと香りののびがあります。

ランスロ・ピエンヌは訪問したことがあります。一緒に行ったのは、意外でしょうが、エルヴェ・ジェスタンです。彼もまた、この生産者の区画が最上だと言っていました。そして彼が気に入っていたワインも、Table Rondeでした。

 

 

*ジャン=ルイ・ヴェルニヨン

 

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 ル・メニル・シュール・オジェに居を構える生産者で、トップ・キュヴェのResonance11500円)はル・メニル・シュール・オジェのブドウのみで造られるシャンパーニュです。

 この村の個性というと、酸が強いとかキツいとか思われていますが、この十数年、地球温暖化のせいなのか、そうでもない感じがします。むしろ、粘土っぽい感じ、というのが、私の印象です。

 テイスティングして、「あなたの区画は北半分ではなく、南側ですよね」と聞きました。そういう味がするからです。だいたい一般に言われるメニル味は北の味です。南は相当ねっとりとしているものです。「村からヴェルチュ方向の斜面下側から麓」とのこと。そう思って飲むと、大変に納得できる味です。

 私が好きなのは、メニル、オジェ、アヴィーズのブレンド、Eloqence6300円)。ランスロ・ピエンヌのターブル・ロンドがコート・デ・ブラン北側3グラン・クリュのブレンドらしい味とすれば、こちらは南側グラン・クリュのブレンドらしい、腰のすわった味。対極的です。ドザージュは3グラムしかなく、MLFもしないそうですが、完熟したブドウ、そしてベースとなるヴィンテージが酸の丸い穏やかな味の2012年ということもあって、ちょうどよいバランスだと思います。

 ここでも単一クリュ、単一ヴィンテージの高価なワインより、ブレンドのほうが立体感・複雑性があって、二倍近い価格を思えばなおさらお買い得だなと思いました。安くてもグラン・クリュのブドウです。こういったグラン・クリュばかりを所有している小規模生産者の優位性です。

 

*ピエール・パイヤール

 

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 ブジーの生産者です。おもしろいのは、ブジーのブラン・ド・ブラン、
Les Blanc de Blancs Motteletets9100円)を造ることです。シャルドネでもブジーはグラン・クリュです。ブジーらしい逞しい骨格や四角いミネラル感やどすっとした酸や肉厚な果実味があります。クセっぽいといえばクセっぽく、ベースが2010年ということもあって性格がきつく、世の中がブラン・ド・ブランに望む味とは違うのは事実ですが、それがいいのです。これを数年瓶熟成して肉料理と合わせたら楽しそうです。

 とはいえ、完成度という点では、ピノ・ノワールのLes Blanc de Noirs Maillerettes10000円)は圧巻です。堂々たる味わい。ブジーのピノに望む味そのものです。

 しかし、あまり土っぽさはありません。多くのブジーには顕著なダークチェリーと黒いスパイスの香りもありますが、こちらのブジーは比較するならさらっとして、あか抜けています。無骨な泥臭さも含めてブジーだと思う人にはちょっと軽いと思われるかも知れませんが、これは確かに現代的なブジーらしさであり、新たなファンを獲得できると思います。

 

*サヴァール

 

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 モンターニュ・ド・ランス北側西部にあるエキュイユ村のワイン。エキュイユの土壌は、粘土。雨の日に畑を歩くと、ねっちょりとした土が靴について、「自分がいまシャンパーニュにいるのかどこにいるのか分からないな」という印象を持ったことを憶えています。

 シャルドネにせよ、ピノにせよ、そのエキュイユらしさが顕著。ワイン単体で飲むと、一般的なチョークの土壌の味とはずいぶん異なり、やはりねっとりと重たいので、違和感をもつかも知れませんが、それが個性です。しゃぶしゃぶ胡麻ダレにこちらのシャルドネ、Le Dame de Coeur (12500)を合わせるといった発想をもって使いこなせば、エキュイユでしか得られないガストロノミックな興奮が得られます。

 

*シャルトーニュ・タイエ

 

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 メルフィはランスの西にある丘で、土壌は砂質。すっきりふんわりした個性です。現在のグラン・クリュは、基本的にチョークです(一部へんなところもありますが)。あの硬質さ、酸の鋭さ、堅牢さといったものを品質評価基準におくなら、それとは反対の味わいが生まれる砂質土壌のシャンパーニュは、劣った味わいとしか思えないでしょう。

 しかしそれはそれで特別の魅力だという広い視野を持てるなら、砂質土壌のワインのよさが見えてきます。そのあたりの柔らかさ、にっこりとほほ笑むような性格、空気感は、食前酒としてのシャンパーニュとして好適ですし、もちろんソフトな質感のあっさりした味付けの料理に合います。

 カタログには18世紀に描かれたシャンパーニュの畑の格付け地図が載っていました。それを見ると、当時、メルフィはヴェルズネイやアイと並ぶ高い評価を得ていたことが分かります。300年経っても土壌は変わりないはずですから、考えられる理由は、当時はメルフィの個性を今よりも高く評価していた、ということでしょう。

当主アレクサンドル・シャルトーニュのセミナーを受けることもできました。メルフィの丘は、斜面下から、チョーク、砂、粘土プラス砂岩、砂、石灰という事なった土壌で出来ています。セミナーの内容は、そのメルフィのテロワールと、彼がこだわっている、根を深く伸ばして母岩のミネラルをワインに反映させるという考えについて、でした。

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▲セミナーが終わってから、ホワイトボードに私もいろいろ書き込んで、アレクサンドル・シャルトーニュさんと議論。

 興味深かったのは、「ブドウの味にはサピディテとサリニテのふたつがあり、ブルゴーニュに譬えるならムルソーはサピディテ優位の味、シャブリはサリニテ優位の味」との指摘です。サピディテはフルーティさ、サリニテはミネラル感として言い換えることができるでしょう。これはおもしろい指摘で、まあブルゴーニュに関しては異論があるにせよ(たとえばピュリニーのほうがムルソーよりミネラリーだという意見とか)、言いたいことは分かります。そこでサリニテがサピディテより上だと言ってしまうと、だからチョークは砂よりよい土壌ではないか、という結論になります。両者は揃ってワインの味なのです。メルフィの人間としては、またメルフィをはじめとするマッシフ・ド・サン・ティエリーやモンターニュ・ド・ランス北側ワインのファンとしては、当然サリニテ優位の思想で決められる現在のシャンパーニュの格付けに対して正当な疑問を用意しなければなりません。

セミナーのあとは質問の時間。もちろん私はしっかり質問。以前に訪問したことを彼は覚えてくれていたので(当然記憶に残るような議論をしました)、会話はスムースです。セミナー時間が終わってから30分も話をしてしまいました。

 さて、「根を深く張ること=母岩のミネラルを吸収すること」という彼の論点について考えてみましょう。これは母岩が地下深くに存在しているから必要なことであり、また、母岩のミネラルが表土のミネラルより重要だということになります。しかし砂質土壌や粘土質土壌で、深く掘っても母岩というものが出てこないならばどうでしょうか。ボルドー左岸とかポムロールとかは端的な例ですね。メルフィでもひたすら深く掘れば何が出てくるかといえば、それはグラン・クリュと同じチョークです。それが品質に大事なのだとすれば、本質的に、現在のグラン・クリュを支える価値観と変わりがないではありませんか。「そんなにチョークのキャラクターが欲しければ、表土が30センチから50センチぐらいしかなくすぐ下にチョークがあるトレパイユやアイでワインを造ればいいではないか。せっかく砂質土壌がメルフィの個性なのに、『砂』性を重視しないのはおかしい」。それが彼に対する私の反論です。

 つまり、私にとっては、メルフィはサピディテのワインです。サピディテは、いわば太陽や空気の恵みです。「なぜあなたは土の話ばかりするのか。馬で耕作等、正しいとしても、それは土の話だ。土はワインの下半身を形成する。上半身を形成する大気の話をどうしてしないのか」。彼曰く、「ヴィニュロンは土は自己責任としてコントロールできても、大気はどうしようもない」。そうでしょうか。その場の「気」をよくする工夫はできるでしょう。葉や枝をどう扱ったらよいのかもヴィニュロンの仕事のうちでしょう。たとえば自分の畑の周りに生態系にプラスになるような木々を植えたらどうでしょうか。畑の中央に小さな礼拝堂を建てて祈りを捧げればどうでしょうか。「畝に生える草は自然に生えてくるものだけ。自分でコントロールしない」と言います。どこまでがコントロールなのか。馬で鋤き入れする行為は自然に、寝ているあいだに、そうなるわけではありません。明らかに、望みの地中生態系を形成するための適切な酸素量を供給する、といった、極めて人為的な自然の制御です。もしかしたら、メルフィらしさがよく表現されるような、ブドウに心地よい木や草があるかも知れないではないですか。例えばリンドウ、アヤメ、ガーベラ、ケシと花があって、どれがメルフィらしいですか。少なくともリンドウやアヤメではないでしょう。シンプルで開放的な雰囲気の、裏表のない感じの、ガーベラを、私なら選びます。ならばガーベラを植えてあげて、ブドウと会話させればどうでしょうか。もっと簡単に、メルフィのブドウが心地よく感じる歌を畑の中で歌えばいいではないですか。大気の雰囲気がよくなるでしょう。こういうことは数千数万とアイデアを考えて実行できるはずです。それが地上部分をよりよくしていくことにつながるのです。こうしてみても、シャンパーニュはまだまだ進歩の余地があることが分かりますね。

 ところでメルフィは場所によっては砂地なのでフィロキセラが生息できません。それがメルフィの圧倒的優位性のひとつです。彼のひとつの畑には自根のブドウがあって、それだけでひとつのキュヴェを造ります。本来なら、他の畑のブドウも、植え替える時に一株二株と自根で植えていけばいいはずです。彼のひとつの区画は、自根で株密度3万5千という18世紀的超密植で植えたそうです。そして案の定、INAOから引き抜けと言われているそうです。そういう極端なことをすれば、目をつけられてしまうのは明白。やる前から分かっていたはず。だからこっそりと、いろいろな畑の中に自根を紛れ込ませていき、すべてのワインの質を上げるほうがいいのではないかと思います。

 まあこれだけに限らず、あれやこれやと議論していたので、その内容すべてを書いていたらきりがありません。議論が楽しいのも、彼はしっかりと考えているからです。そして彼なりのロジックを作り、彼なりの答えを導いているからです。一般論と感想しか言えないような、考えていない人とは議論しても楽しくないでしょう?

 写真の単一畑ワインはどれも見事。それに比べると、ブレンドであるCuvee Sainte Anneは見劣りします。彼の所有している畑の中から、単一畑ワインにするに値しないテロワールのものをブレンドするからでしょうか。どの畑でもそれなりの個性があり、それを表現するのがヴィニュロンの仕事だとするなら、すべてのワインが単一畑でなければ筋が通りません。しかし現実にはそうではない。そこには人間による価値観が働いているわけです。ではここで言う見劣りとは具体的にどういう意味かといえば、端的にはスケール感、エネルギー感、余韻が劣っているということです。

 それでも私は単一畑が最終的結論だとは思っていません。メルフィの個性とはいろいろな土壌があることだとするなら、それぞれのブドウをうまく組み合わせて最上のキュヴェをひとつ、つまりA Merfyではなく、The Merfyなるものを造るべきだと思います。単一畑、単一品種のワインは、その概念と方法論だけで存在理由になっているのだから、ある意味、誰にでも相応のワインができるはず。しかし1++1を5にすることができるのは、ドン・ペリニヨン師であるとか、特別な才能を持った人だけでしょう。もちろんアレクサンドルは特別な才能の人です。それだけに、私は、現在のシャルトーニュ・タイエはまだ発展途中だと思っています。

2017.04.07

オーストリアのブラウフレンキッシュ

 

 ブラウフレンキッシュがこれほどしっかり認知される時代になったのか。オーストリアから生産者3人が来日し、オーストリア大使公邸でブラウフレンキッシュ・セミナーが行われたことそれ自体が驚きです。

 たぶん20年前は、ブラウフレンキッシュと言っても誰も知らなかった。10年前は、よほどオーストリアワインに詳しい人しか知らなかった。長年のブラウフレンキッシュファンとしては、現在の状況は喜ばしいかぎりです。

 とはいえ、「ブラウフレンキッシュが好き」という人が、そうそういるとは思いません。なぜならブラウフレンキッシュは「好き」という感情が似合わない、つまり冷たい表情や客観性、暖簾に腕押し的透明性を備えている品種だからです。

 セミナーで講師をされた坂本さんも、ブラウフレンキッシュはピノ・ノワールやシャルドネと並んで地質の違いを明快に描き出す品種だ、と言っていましたが、それはブラウフレンキッシュのもつ貴重な特性です。私は実はピノ・ノワールが、一般に言われていることとは逆に、それほど無色透明だとは思っておらず、むしろブラウフレンキッシュのほうが分かりやすいと思うほどです。

 ライタベルク、アイゼンベルク、ミッテルブルゲンラントの、ブラウフレンキッシュの三大DACに加えて、ノイジードラーゼーDACエリアに含まれるゴルスのワインが登場しました。片岩、石灰岩、砂、粘土という違いは明瞭すぎるほど明瞭です。どれがブラウフレンキッシュらしいのか、というのが議論の的になるでしょう。私は、この品種はもともと硬質で引き締まった味わいが最大の魅力だと思います。ゴルスのワインのようにふっくらとソフトで酸がおだやかなブラウフレンキッシュも好きですし、アイゼンベルクの丘の麓の平地のローム土壌のワインも厚みのある質感とダイナミックなタンニンも魅力的ですし、ミッテルブルゲンラントの粘土質土壌がもたらす緊張感と濃厚さと腰の安定感も頼りがいがあっていいとは思いますが、そういう方向性ならオーストリアのブラウフレンキッシュではなくとも世界じゅうでいろいろと候補がありそうです。もちろんオーストリアワインファンにとっては、これらのワインのほうが合う料理が多いので、忘れてはなりません。

それでもやはりカベルネ・フラン、シラー、ヴェスポリーナ的な方向性のほうが、つまり堅牢な骨格と緻密な質感と上昇力のある香りを備えたかっこいい味のワインのほうが、らしい、と思えます。その点では、ライタベルクとアイゼンベルクの丘の斜面のワインを基本にしたいと、改めて思いました。片岩がいいのか石灰岩がいいのかは気分で変わりそうです。個人的には酸の締め付けが心地よい石灰岩のワインに惹かれます。というのも、私にとってブラウフレンキッシュは、片親が白ブドウの品種らしい、色は紫でも味はどこか白ワインっぽい味のワインだからで、その白さは石灰岩の時に最も表現されると思うからです。

ですから肉を焼いた時に、赤ワイン系のソースと白ワイン系のソースのどちらがワインに合うかをチェックしてみて欲しい。ライタベルクや片岩のアイゼンベルクは白ワイン系ソースです。

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▲アイゼンベルクのサイブリッツ。これはグラン・クリュ中のグラン・クリュだと思っていて、片岩系ブラウフレンキッシュなら、私はこれが好きです。緻密、流麗、高品位。味わいの透明感が素晴らしく、簡単には口をきいてもらえない距離感がまたいい。ヴェレナー・ゾンネンウーアのブラウフレンキッシュ版というか。

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▲ミッテルブルゲンラントの中でも名高い、デュラウ畑。粘土ですから、重心は下。サイブリッツとはいろいろな意味で対極にある味ワインです。若いうちはゴツイので、熟成してから飲むべきワイン。2009年でもまだ飲み頃ではありません。この生産者はビオディナミに転換してからの進歩が大きく、質的には直近のヴィンテージが一番いいと思えます。


エスタハージー(最近とてもおいしくなったと思います、昔のように樽臭くない)から来ていたジェネラル・マネージャーのステファン・ツェッペさんに、ライタベルクに関して以前から気になっていたことを質問しました。

「ライタベルクの認可品種になぜグリューナー・ヴェルトリーナーが含まれるのかまったく理解できません。ライタベルクはグリューナーの産地ではありませんし、これは誤解のもとでしょう」。

「その通りなのだけれど、そこには政治的な理由があります。ライタベルクのエリア内に位置するDonherskirchen村だけがなぜか伝統的にグリューナーを植えていたからです」。

「ではなぜルストが含まれないのですか」。

「彼らは自由都市としての誇りがあるし、アウスブルッフの産地だし。しかし現在は甘口ワインにこだわっていても売れないだろうから、近いうちに、ああライタベルクに加わっておけばよかった、と思うようになるのでは?そうなることを期待しています。地質的にはライタベルクそのものだし、実際に素晴らしいブラウフレンキッシュを生産しています」。

ルストは本当においしいワインの宝庫ですし、ブラウフレンキッシュ、ピノ・ブラン、シャルドネに関してはライタベルクとして発売し、アウスブルッフだけは自分たちの専売にしておけば、マーケティング的にも分かりやすくなり、ひいては商売繁盛につながり、さらに彼らの伝統の尊重にもプライドの満足にもなるのではないか、と思います。

 

オープンサンドイッチが並んでいたのでブラウフレンキッシュと合わせてみました。合うのは、黒パンにクリームチーズを塗って、上に万能ねぎの小口切りを散らしたものです。ねぎの青い部分がブラウフレンキッシュ的。垂直性とすっきりした香り、ということです。だいたいロワールのカベルネ・フランが合う料理には、ブランフレンキッシュが合うものです。そう考えれば、いろいろなレストランでも使いやすいはずです。

 

 

 

2017.04.06

ヌーヴェル・セレクションの試飲会で見つけたおいしいワイン

 ヌーヴェル・セレクションの試飲会に行ってきました。膨大な品目数を扱う輸入元ですから、試飲会も大規模。若い世代の人たちで混雑していました。

 上田社長が言うところでは、「扱うワインの方向性はますますはっきりしてきて、赤は薄旨、白はミネラル」。それは実際に試飲しても理解できます。

 その上で感じたのは、昔よりおだやかな表情のワインが多くなったな、ということ。「それなりに年とって丸くなってきたのかな」と聞くと、「いや、もっととんがってきたような気がします」。しかしそれはある意味同じで、やるべきことが分かってきたから迷いがない、という側面を言っているのか、それとも、無駄なことをせずフォーカスがはっきりしてきた、という側面を言っているのか、でしょうね。

 多くのワインに共通する特徴は、浸透性、だと思います。つまり、口に入れた時に粘膜を刺激してその表面にとどまるような実体的で固形的なワインの味ではなく、より軟体的ないし気配的で、粘膜にそのまますーっと染み込むような味。上田社長が「浸透性の他の言い方はありませんかね」と聞くので、「染み込み力、ですかね」と答えました。それは大事なことです。実際、よいワインは、特にオーガニックのワインは、確実に染み込み力が強くあります。テイスティングの時にも着目すべき点で、評価指標に含まれるべきだと思います。

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 ヌーヴェル・セレクションはブルゴーニュの品目数がとりわけすごい。人気の
Agnes Paquet Auxey-Duresses Blanc 2015は、いつもながらの開放的な若々しい表現力と、躍動的な密度感があって見事。最も印象的だったのは、Douhairet-PorcheretMontelie Rouge Cuvee Miss Armande 2015。色は薄く、まろやかな甘い香りで、口あたりが柔らかく、ふわーんと染み込み、中でしっかりとしたミネラルの構造をさりげなく立ち上げる、飲んで寛げる味わい。モンテリーに期待したい、繊細で上品でキメ細かいながらも適度に土っぽい親密性が感じられます。Porcheretは、長年のブルゴーニュファンならご存知のとおり、ドメーヌ・ルロワの初期の醸造長だった人です。あれこれ細かいことを考えなくとも自然に身体が動いて見事な結果を出す職人の仕事。譬えて言うなら、名匠のさりげない灰釉の抹茶椀をぽんと目の前に出されたかのようです。一見ふつうに見えるのですが、じっくり見ていると力の押し引きの具合が見事で、間然とするところのない高い完成度なのだとしみじみ分かるような、緊張感と弛緩感の静かなダイナミズムが枯淡の表情の中にふつふつと感じられるような印象のワイン。最近はがんばったワインは多いし、有言実行味のワインが目立つ中、珍しくも不言実行味のワインです。希望小売価格は5900円。雉と合わせてみたい味。雉といえばヴォルネイもいいでしょうが、そちらはミシュラン星付きレストランで。モンテリーはよりビストロ的なくつろぎがあります。家庭なら地鶏料理がいいでしょう。

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 彼らのロワールのセレクションには感心します。全体にツンツンしておらず、どこかぽちゃっとした丸みやかわいらしさがあると思います。品がいいカジュアルさがいかにもロワールです。その中で、Denis JamainReuilly Blanc Fete St.-Valentin 2014 (3100円)と Anthony Girard Menetou-Salon Blanc La Clef du Recit 2014(3900円)が印象的でした。くっきりして上昇力のあるReuillyとどっしりして低く構えるMenetou-Salonの個性がよく表現されつつ、当たりがソフトで浸透性があります。それにしても2014年のロワールにまずいものはないですね。ロワールらしさ全開の、特に白ワインに関しては空前と言える見事なヴィンテージです。

 

スペイン、リオハ0 いまリオハを飲むということ

 力を抜くこと。その前には、正しく力が入っていること。それがリオハだ。

 力がもともとないものから力を抜いたら、飲みやすいかも知れないが感動はしない。力を入れたまま固まってしまったら、印象には残るかも知れないが疲れる。それはワインだけには限らない。

 がんばっています!の自己主張は聞いていてつらい。しかしがんばりの押し売り的宣伝文句が、最近のワイン市場で、目立ってはいないか。がんばることじたいはよいことなのだから、なんびともそれを否定できない。がんばっていてがんばっていると言えば、誰でも理解できる。おのずとそういう言葉が氾濫する。

 がんばっていないでがんばっていないと言うのは恥ずかしい。言う必要もない。がんばっていないのにがんばっていますと言うのは後ろ指さされる。罪とさえ言える。がんばっているのにがんばっていないと言うのは、、、、これが問題だ。それを謙遜の美徳と考えるためには、言葉の背後にある事実を推し量らねばならない。だからそういったワインを楽しめるようになるには、言葉の背後が存在しているということ自体を知る経験が必要になってくる。不言実行型ワインと有言実行型ワインがあるとすれば、リオハは明らかに不言実行型だ。言われなくとも分かる人が飲むワインだ。

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 さて「力」や、その力を生み出す作用の強度である「がんばり」は、人に関してのみ該当するのではなく、テロワールにも該当する。よいテロワールはワインに対してがんばり、結果としてのワインは大きな力をもつ。そのがんばりがそのまま表出してしまうと、「ああ、ようございました」とか、「はいはい、あんたはエラい」といった反応が往々にしてふさわしい、ないし、そう言ってはいけないことを知りつつ内心で悪魔がそうささやく、偉そうなワインになる。左うちわのグラン・ヴァンである。それはそれでいい。偉いものは偉い。歴代国王の肖像画を鑑賞するようなものだ。だが、豹皮のマントや金モールで「えらさ」をこれでもかと盛り立てる肖像画を見て、少なくとも私は感動はしない。わが国の国宝である源頼朝(最近では足利直義説もあるが)の肖像画を見て感動するのは、何も盛り立てていないからだ。記憶に鮮明な1970年代までしかリアリティをもって遡ることはできないにせよ、往年のボルドー1級やブルゴーニュのグラン・クリュは、ルイ14世より源頼朝の肖像画に近い、偉いのだが俺は偉いと主張しまくらない不言実行性と節度があった。ロールスロイスやアストンマーチンに乗らずとも、1991年製ホンダ・インテグラに乗っておられても、かのお方の偉さは誰もが知る。その美しさが、今どれだけのグラン・ヴァンにあるか。

 リオハは、このような問題意識に基づいて飲む時、グラン・ヴァンであることを主張しないグラン・ヴァンとして、いまや稀有な存在であると理解できる。私は、そのことが分かるようになるまで、相当な時間がかかった。

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 なにゆえにリオハ(ここでは赤ワインのみを扱う)はそういった稀有なキャラクターなのか。それをこれから考えていきたい。

 まず言っておきたいが、リオハならばなんでもいいわけではない。リオハはエブロ川の両側、長さ100キロ、幅40キロに広がる、63593ヘクタールもの巨大産地だ。温暖で乾燥(年間300ミリ台)している東部のリオハ・バハは、ワインとして悪いわけではないが、ここで言っているような引きの美学をあまり感じさず、グラン・ヴァンには不可欠な気品のある酸と緻密なタンニンに欠けるから、まず除外する。昔から言われているように、比較的湿潤(年間400ミリ台から500ミリ)で冷涼な西部のリオハ・アルタと北部のリオハ・アラヴェサは、やはり品格が高い。この中でリオハ・アルタはコート・ド・ボーヌ的寛大さ、リオハ・アラヴェサはコート・ド・ニュイ的繊細さが特徴となるだろう。

 その上で、昔から続く伝統的生産者のグラン・レゼルバを選ぶ。彼らのほとんどは広大な自社畑を所有しており、最上の畑のみからグラン・レゼルバが、良年にのみ造られる。どの畑のワインを買っていいかわからない、どのヴィンテージを買っていいかわからない、という状況が常態化している中で、これはグランメゾンのシャンパーニュのプレステージ・キュヴェと並んで分かりやすい話だ。グラン・レゼルバとは、規定上は5年以上熟成され、そのうち2年は樽熟成されるワインであるが、それはすなわち、熟成されるべき内容の、熟成してよくなる優れた畑のワインである。マニアにはこれが予定調和すぎておもしろくないとしても、万人が理解できるというのは、そして想定どおりの高品質なワインが得られるというのは、世の中にとっては重要なことだ。

 このグラン・レゼルバというコンセプトがよい。それは、畑別ワインでは、基本的に、ない。ひとつの畑からのみできるとしても、世界じゅうで全盛の、「テロワールを重視し、畑ひとつづつの個性を伝えることがワイン生産者の仕事だ」という発想に立つワインとは言えない。偏った味わいを生み出す畑があるとして、その偏った味わいをそのまま「これが畑の個性なのだから、あれこれ言わずに飲め」と言われても困るのではないか。そもそもテロワールの重視と単一畑ワインは、イコールではない。そこには優れたワイン、おいしいワインを造るという基本スタンス(消費者に対する責任とさえ言える)が希薄だ。

 グラン・レゼルバは、リオハというテロワールの本質を俯瞰的・総合的に表現するものであって、行政上の土地登録名や自分で勝手に区分した特定の場所を微視的に表現するものではないという意味で、やはりグランメゾンのシャンパーニュと類似する。つまり、前のめり一辺倒のがんばりましたワインではなく、一歩退いて全体を見ているワインなのであり、まさにプレステージ・シャンパーニュと同じく、おとし所をわきまえている安心感と包容力のワインなのである。

 リオハの主要ブドウ品種は言うまでもなくテンプラニーリョである。今や世界的に最重要品種のひとつとなったテンプラニーリョは、リオハが生まれ故郷という説もある。この品種は、カベルネ・ソーヴィニヨンのように堅牢でもなければ、ピノ・ノワールのように華麗でもない。タンニンと酸はやさしく、色は薄く、香りも比較的地味で、ゆったりとした温和な味わいだ。リオハの土地は、特に西側の降水量の多いエリアは、この個性をさらに強める。フッと隙間に入ってくるような気配の穏やかさや当たりの柔らかさ。割り込んできて主張するのではなく、しみ込んできてうしろから支えるような、やさしい強さ。リオハのグラン・レゼルバにはそれがある。だから、泣ける。

 しかしリオハはソフト型品種のテンプラニーリョだけではなく、タンニンと酸の強いハード型品種のマズエロやグラシアーノも1割から2割程度ブレンドされる。時にボリュームをもたらすガルナッチャもブレンドされる。だからリオハは一本調子な味わいではなく、シャンパーニュやボルドーと同じく、あえてフォーカスをひとつに絞らない多面性・複雑性を備えている。また、ハード型品種がリオハに芯の強さ、心地よい緊張感、気品の側面を加える。それがリオハの包容力をさらに増す。

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 そして、長い熟成。先にリオハ・グラン・レゼルバは最低5年熟成、うち樽熟成2年と言ったが、現実には今売れられているグラン・レゼルバは2004年や2006年や2007年なのだから、十年以上も熟成させられている。そもそもクリアンサ以上のリオハはどれも樽熟成されねばならないという点で、リオハと樽熟成は切っても切れない関係にある。熟成とは酸化とうらはらのエントロピー増大過程であると、すなわち死への道であるとも捉えられる。死への道を歩む中で、死とは反対の力が立ち現れてくるところに、熟成の奇蹟がある。そこに、同じく死への道を歩むしかないはかない生命体である我々に、感動を与える理由がある。

 古典リオハで使われる樽は、アメリカンオークが多い。アメリカンオークといえば、世界的には不人気であり、青臭い、エグい、過剰に甘い香りがする、タンニンが粗い、ワインとなじまない、等々、悪口を言われる対象になりやすい。私も多くの場合は批判的だ。そしてリオハでもクリアンサのように1年しか樽熟成されない場合は、アニスっぽさやゴリゴリ感や刺激的なスパイス感等、アメリカンオークのいやな側面が目立ち、あまり好きになれない。しかし長い樽熟成がなされるグラン・レゼルバになると、アニスシードやクローヴっぽい刺激感がナツメグ的なおだやかで魅惑的な風味に変化するように思える。そして若いうちの過剰なタンニンがワインに溶け込み、生命力をサポートする役目となる。さらにはセクシーと言ってもいいほどの甘さが出てくる。死への道が甘美さを伴うとしたら、なおさら陶酔的ではないか!

 ゆえに古典リオハには、孔子のかの有名な次の言葉がふさわしい。子曰、「吾十有五而志于学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲、不踰矩」。

2017.04.03

スペイン、リオハ4 マルケス・デ・ムリエタ

 古典リオハを語るなら、リオハ・アルタという産地じたいの先駆けであるマルケス・デ・ムリエタの最上級キュヴェ、カスティーリョ・イガイを忘れてはいけません。ムリエタ侯爵の先見の明なくして現在のリオハはないのですから、なぜ彼がこの地(イガイというのは土地の名です)を選んだのかという問題意識を含め、誰もが飲んでみるべきワインです。

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▲ルチアーノ・デ・ムリエタ侯爵の時代から変わらぬ場所にあるワイナリー。外観はクラシックだが、内部は新しい。

 

 とはいえ大変に高いワインですし、そう簡単には飲めません。私自身の記憶をたどるなら、だいたい30年前と20年前に飲んだだけです。ヴィンテージは憶えています。78年と89年です。生産された全ヴィンテージのラベルが並ぶ部屋で、案内してくださった方に言いました、「78年は本当に偉大なワインだった。厚みがあってスケールが大きく、完璧なバランスだと思った。余韻の広がりがすごかった。89年はなぜカスティーリョ・イガイを作ったのか正直分からない。フルーティではあったがシンプルで薄かった」。その方が言うには、「私も同感ですね。94年と95年も傑作ですよ。個人的には95年が好きです」。私はカスティーリョ・イガイの両ヴィンテージは飲んだことがありませんが、マルケス・デ・ムリエタのリゼルバのほうは飲みました。「95年は力強くてスケール感がありましたね。94年はより繊細でしたが私はこの年のフォーカスといきいきした酸が好きで、どちらかといえば94年派です」。「ええ、そういう味です。それにしても、あなたはよく昔のことを憶えていますねえ」。「私は美味しいワインについては味を忘れたりはしません。この商売をする以上はワインの味を忘れては話になりません。それに私はそのぐらいしか能がない」。
 というわけで、今回試飲した2007年は本当に久しぶりのカスティーリョ・イガイ。これは大傑作です。カスティーリョ・イガイならではのクリーミーな分厚い果実味と積極性。そしてぴしっとしたフォーカスと気品。しかし以前と比べて質感が緻密で、はるかにビビッドな味になっている印象。現代的な古典、という感じです。

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▲カスティーリョ・イガイ2007年は、9月27日に収穫されたテンプラニーリョ86%と10月13日に収穫されたマズエロ14%のブレンド。テンプラニーリョはアメリカンオーク樽で、マズエロはフレンチオーク樽で28か月熟成されたのち、ブレンド。最初の10か月は新樽で熟成されるのが興味深い。

 レゼルバ2011年も値段を思えば素晴らしいワインです。マルケス・デ・ムリエタは、レゼルバとグラン・レゼルバのみを造り、クリアンサはありません。「レゼルバの品質がワイナリーの評価を決定づける」と言っていました。しかしまだ若くて質感が暴れています。酸もエッジがあります。これは数年間は瓶熟成させないといけません。イガイのほうは既に飲みごろですし、これから十年でも二十年でも熟成するでしょう。

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▲北、すなわちシエラ・カンタブリアを遠く臨む。山の麓から造られる北のワインとは対極的な個性。

 マルケス・デ・ムリエタの300へクタールの畑はワイナリーの周囲に連続的に広がっています。高台にあるワイナリーから眺めると、見渡す限りの自社畑。この「シャトー・コンセプト」が、ムリエタ侯爵がボルドーから持ち帰ってきた考え方です。だから彼自身がデザインした最初期のラベルは、「シャトー・イガイ」と書いてあります。19世紀後半には「リオハ」という産地名はなく、近くの都市であるログローニョの名が記されているのも時代を感じさせます。

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▲博物館には、長い歴史を物語る興味深いさまざまな陳列物がある。創業時のラベルデザインを現代でも継承しているのが素晴らしい。

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▲陳列品のひとつ、ラ・リオハ紙一面にのる、ムリエタ侯爵の死亡記事。リオハにとって彼がどれほど重要な人物だったのかが分かる。


 この地はリオハ・アルタの最南東部です。ですからリオハ・アルタとしては乾燥して温暖で、降水量は400ミリ程度と少なく、収穫は9月半ばに始まります。これはリオハ・アラヴェサよりゆうに半月以上早い。
土壌は砂礫質で、シエラ・カンタブリアに近いエリアのような石灰石は表土にはありません。石灰岩は地下4メートルの深さにあります。これがマルケス・デ・ムリエタ独特の高密度で力強いフルーティな味わいを生み出すわけです。80%が輸出され、そのうち40%がアメリカ行き、というのは分かります。ナパのカベルネを連想するような柔らかさとたくましさと甘い果実味があるからです。カステッロ・イガイの畑は標高500メートルの台地にあり、平均樹齢は現在89年で、テンプラニーリョはヘクタール当たり4キロ、マズエロは2・5キロしか収穫できません。リゼルバと比べてカステッロ・イガイのほうがさらに濃厚でいながら、はるかにすっきりとしている理由が分かりました。ただし、近年はあまりに乾燥が激しく、2010年からは灌漑を行っています。カステッロ・イガイの現行ヴィンテージは無灌漑時代のものですが、将来はどういう味になるのか。

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▲畑の土壌の断面。大きな砂利が沢山含まれる。

 ワイナリーの建物は創業時のものを7年かけて石ひとつひとつ積みなおして再建したものです。今ではミュージアム兼イベントやセミナー用のスペースとして使われています。ほとんどマルケス・デ・ムリエタ訪問専用と言っていいような高速出口まであって交通の便もよく、ショップも入りやすく、従業員の方々も親切。皆さんもリオハに行かれる時には是非訪問していただきたいワイナリーです。

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▲この建物自体は創業時からある最も古い部分らしいが、2007年から始められたリノベーションによって見違える姿に。横にはプライベートダイニングルームやきれいなオープンキッチンがあり、ちょうどこの日の夜の輸入元接待の準備がされていた。

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▲正面玄関を入ってすぐが、ワインショップ。どこもかしこもきれいで、スペインを代表するワイナリーであるという自負を感じる。

 

2017.04.02

スペイン、リオハ3 ファウスティーノ

 幕張で行われたフーデックスで試飲したいろいろなワインの中で、一番おいしいと思ったのは、ふらりと立ち寄ったファウスティーノのブースで飲んだリゼルバ・ファウスティーノⅤ2009年でした。瓶がなんとなく安っぽいし、ラベルのセンスも田舎臭いのですが、それもまた古典リオハのファンにとっては魅力的です。
 ファウスティーノといえば、1861年創業、650ヘクタールもの畑を所有する、リゼルバとグラン・リゼルバに関する最大メジャー生産者です。輸出市場で売られるグラン・レゼルバの半分はファウスティーノ、スペインを含めても三分の一だと聞きました。マドリッド空港の免税品店、といったイメージ。長年のワインファンなら皆お世話になってきたワインなはずですが、有名すぎて、ワインファンはあえて飲むことがないかも知れません。私も以前に飲んだのは30年も前だと思います。私の記憶の図書館の中でのワイン分類では、ファウスティーノのグラン・レゼルバは、バルビのブルネッロ・ディ・モンタルチーノやピオ・チェザーレのバローロ等と同じ書架に収まっています。当時は、正直、そこまでいいワインだという印象はありませんでした。
 

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▲グラン・レゼルバ・ファウスティーノⅠは、26か月アメリカンオークとフレンチオーク樽で熟成、3年以上瓶熟成。テンプラニーリョ、グラシアーノ、マズエロの古典的ブレンド。誰もが記憶しているだろう特徴的なレンブラント風ラベルは、美術愛好家だった三代目ファウスティーノ・マルティネスが、ワインもまた美術であることを表現すべくデザインした、と聞いた。フロストガラスの瓶もまた特徴的だ。

 ところがいま飲むと、このワインの素晴らしさがよく分かります。よい土地の味がします。老舗大手だけあって、優れた畑を所有しているのでしょう。よいワインはよいテロワールから。こればかりはどうにもなりません。何より、いかにもリオハ・アラヴェサ地区な味だというのが、いまになればよく理解できるのです。飲んだあとの印象は、昔の涼しめの年のジュヴレ・シャンベルタン、それもグラン・クリュから斜面の上の一級の味。若干のハーブ的な香りと赤系果実風味がもたらす冷涼感、くっきり感、しっかりした酸が、石灰の強いリオハ・アラヴェサの魅力です。もちろん30年前に飲んだ時にはそんなことは分かりませんでした。しかしそんなことも分からずにファウスティーノについてあれこれ先入観を持っていてもしかたない。目の前の宝石をただの石ころとみなすのと同じ愚行です。
 このワイナリーにはアポもなにもなく立ち寄ってみました。午後6時閉店のところ、到着は5時50分。門番さんに「ワインショップに行きたい」と言うと、オフィスに連絡してくれ、担当者が出てきました。工場然としたワイナリーから帰宅の路につく人たちが続々出てくるなか、併設のセラードアに行くと、質に対してずいぶんお買い得な値札に気づきます。アメリカやオーストラリアのワインの値段と比べたら、とんでもなく安い。「そう、ファウスティーノはお買い得価格ですよ!」。特にリゼルバは半ケースぐらいどの家庭にも常備しておいてもいいぐらいの値段です。3本買ったらさらに割引という告知がおいてあったので、さらに安い。レジで支払いすると、ちょっと値段が違います。「あそこに値引きの告知がありますよ」と言うと、「ああ、あれはクリスマス用プロモーションだった。そのまま下げるのを忘れてた。でも確かに値引きすると書いてあるのだから値引きしますね」と。もう3月も下旬です。クリスマスの販促物がそのままというのも、なんかのんきでいいですね。スペインの田舎に来た感じがします。

 

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▲ログローニョ市の北にあるワイナリーに併設された地味なセラードア。世界じゅうに輸出される最大ブランドとは思えませんが、これが味があっていい。
 

 多くの人がリオハのグラン・レゼルバに対して間違った印象を持っていると思います。もやっとして泥臭い味だと思ったり、アメリカンオークっぽい味だと思ったり。はっきりと言いたいのですが、ちゃんとした、状態のよい古典リオハは、びっくりするほど抜けがよく、すかっとした味です。それと温かさややさしさや柔らかさが共存しているのがすごい点なのです。

 

スペイン、リオハ2 R. ロペスデ・エレディア ヴィーニャ・トンドニア

 こちらもアロにある1877年創業の古典的なワイナリー。ラ・リオハ・アルタの隣にあります。

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▲Don Rafael Lopez de Heredia  y Lanbetaによって設立された、アロの町で最古となるワイナリー。
 

 彼らは、写真からも分かるとおり、とても興味深い場所に畑を所有しています。これらの所有畑ごとにワインを造るのが、この生産者のワイン鑑賞の上でのポイントです。軽い土のCubilloはクリアンサ用、粘土質のGravoniaは白ブドウ用です。重要な畑であり、レゼルバやグラン・レゼルバが造られるのが、ボスコニアとトンドニアのふたつの畑は石灰質ですが、ボスコニアは標高が2,300メートルの平地なのに対して、トンドニアは500メートルと高く、かつ斜面にあるそうです。ちなみにボスコニアとは森の意味、トンドニアとは川が回り込んでいるところという意味。前者の味は分厚くタンニンが強く、後者は軽快で華やか。後者のほうがすっきりとして酸が高いのかと思いきや、前者のTA6・5グラムに対して後者はTA6。数字ではわからないものです。このワイナリーではアメリカンオーク樽のみを使用しますが、樽の馴染みが大変によく、クセっぽさを感じません。「アメリカンオークのほうが組織の密度が高く、ワインの長期樽熟成には、酸素透過性が高いフレンチオークよりもふさわしい」。古典リオハとアメリカンオーク樽は切っても切れない仲なのは、それが理由だったのですね。

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▲エブロ川が大きく回り込む地形。ワインにはその「水辺」性が色濃く感じられ、質感がしっとりとしています。とりわけヴィーニャ・トンドニアは、明らかに「グラン・クリュ」な個性。

 

広いショップが入り口にあり、有料で試飲できます。残念ながらグラン・レゼルバは試飲できません。白とロゼはそもそも一本もショップになく、各国のディストリビューターに送って終わり、だそうです。赤は売ってはいるのですが、「レゼルバを12本買えばグラン・レゼルバを1本買う権利がある」とのこと。「そりゃ無理ですがな」、「レゼルバを1年に一回開ければいいではないですか」。いつかそのような贅沢をしてみたいものです。ああそれにしても、以前一度グラン・レゼルバを飲んだことがあり、その時の感動が忘れられません。日本でもよく見かけるワインですので、皆さんも是非試してみて下さい。

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▲多くの観光客が訪れるワインショップ。テイスティングといっても注がれる量が多く、居心地のよさもあいまって、皆さんずいぶんと長居していました。
 

 ラ・リオハ・アルタもR.ロペス・デ・エレディアも、リオハ・アルタ地区のワインです。しっとりして厚みのある味わいを求めるなら、大西洋に近く粘土の多いこの地区のワインを選びます。飲んで落ち着く味がすると思います。話題の新進生産者がたくさんいるとはいえ、そしてそういう観点からはおもしろいとはいえ、私はリオハ・バハ地区のワインは苦手です。タンニンの粒が大きく、荒っぽさと神経質さが同居しているように感じます。大西洋に近いリオハ・アルタは確かにボルドーに似ていますし、地中海に近いリオハ・バハはラングドックのカリニャン的な方向に近づきます。リオハに私が何を望むのかといえば、私はやはりボルドー的な余裕感であり、しなやかさです。

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▲ヴィーニャ・トンドニア・レゼルバは、テンプラニーリョ75%、ガルナッチャ15%、グラシアーノとマズエロ10%のブレンド。2004年の収穫開始日は10月11日。最大240hlのオーク桶で高い温度で、自然酵母で発酵。自家製のアメリカンオーク樽で6年熟成。澱引きは1年に一回から二回。リオハ独特のピシッとした酸は、グラシアーノがもたらすところが多いという。

 

ところでなぜ大手老舗ワイナリーが同じ場所に固まっているのかといえば、それは目の前に鉄道の駅があったからです。昔は造ったワインを運ぶ手段は、鉄道か船しかありません。リオハはエブロ川が流れているとはいえ、ワインを運びたい方向とは逆の地中海にそそぐ川。話を聞いて、なるほどな、と思いました。

スペイン、リオハ1 ラ・リオハ・アルタ

 Muga,Cune,Rodaと有名なワイナリーが軒を連ねるアロの町に、ラ・リオハ・アルタがあります。1890年に創業されたリオハ古典中の古典です。

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▲庭園のように手入れされたワイナリーの中庭。訪問は3月21日でしたが、もう桜が散っていました。

 1990年代のモダン・リオハ・ムーブメントはずいぶん昔の話になり、最近は世界中どこでも古典リオハが再評価されているようです。多くのワインがある意味似たようなスタイル(似たような味とは言いませんが)になる中で、数年ものあいだ樽熟成されるリオハのグラン・レゼルバの特別な味わいが、他では得られない個性として広く理解され、尊重されるようになったのは素晴らしいことです。
 リオハ・グラン・レゼルバの魅力のひとつは、酸化熟成風味にあります。熟成ワインが好きな人なら、よい酸化もあれば悪い酸化もあると分かっています。しかしなんであれ酸化を嫌う傾向が多くのプロのあいだに見られるということは、私のそれなりに長いジャパンワインチャレンジで副審査委員長としての経験から知っています。とはいえ十年前は古典タイプのスペインワインが出品された時は過半数の審査員が点数を下げたのに対して(私は常に「それこそが...スペインの魅力だ」と主張し続けていましたが)、最近ではむしろ「らしさ」としてプラスに判断されるようになったということも知っています。
 ラ・リオハ・アルタの旗艦ワインは、グラン・レゼルバ890です。その次に位置するのが940です。940は4年樽熟成、890は6年樽熟成。940でさえ見事なワインですが、890は別格です。何に似ているかといえば、70年代や80年代のコート・ド・ボーヌであり、サンテミリオンのコートです。あの味わいは今のブルゴーニュやボルドーからは逆に得られないような気がします。

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▲セラーには25000個もの樽が並ぶ。940、890ともに、樽はアメリカンオークとフレンチオークの併用。澱   引きは6か月ごと。品種別に熟成され、3年後にブレンド。
 

 熟成してタンニンや酸がしなやかになるというのは容易に想像できますが、リオハの場合は最初から決して荒々しいわけではありませんし、酸もおだやかです。では何が熟成によって得られるのかといえば、むしろクッキリ感なのです。並のテロワールのワインだと、熟成させても丸くはなってもクッキリとはしませんし、往々にしてもんやりした味になってしまいます。逆に偉大なテロワールのワインだと、熟成によって、若いころは果実味の中に隠れていた堅牢なミネラル感や、驚くべきことに鮮やかな酸が表現されるようになるのです。
 この品質のポイントは、樽です。写真はワイナリー内にある樽工房です。古い樽をきちんとメインテナンスし、劣化した板材を新しい板材に取り換えつつ使うことで、ありがちな汚い古樽臭さや悪い酸化のない、生き生きとした味わいがもたらされるのです。

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▲驚くほど整理整頓された樽工房。アメリカンオーク樽は地元リオハの樽メーカー、フレンチオーク樽はフランスの樽メーカーが製造するが、メインテナンスは自ら行う。

 酸に着目するなら、940より890のほうがずっと酸がくっきりして、後味がフレッシュ。そして心地よい味わいが何分も続きます。890の現行ヴィンテージは2004年。冬のあいだの多雨が地中に十分な水分をもたらしたおかげで、そしてそのあとは好天に恵まれたおかげで、水分ストレス感のない、極めて流麗で抜けのよい、ディティール豊かな味わいです。これを飲むと、スペインワインとしては相当に高価ですが、890は世界のトップレベルのグラン・ヴァンの中に正当に位置づけられるべきワインだと分かります。

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▲リオハのグラン・レゼルバは、発売時に飲み頃になっていながら、何十年でも瓶熟成する不思議なワイン。

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▲グラン・レゼルバ890、2007年の色調。このレンガ色から想像できる寛ぎ感と、想像が難しいフレッシュ感の、飲んだ人だけが分かる奇跡的な両立。一度でも経験すれば、誰もが忘れられなくなる。

 

スペインワインというと、安くておいしいというジャンルと、最先端でおもしろいというジャンルのワインを日本ではよく目にします。古典リオハは、日本のワインファンの中ではあまり人気がないのかなという気はします。いわば、わかりきった味、なのかも知れませんし、あえて書くこともないワイン、なのかも知れません。確かに昔からリオハを飲んでいる人にとってはそうでしょう。しかし私は、スペインのワインがレストラン(業種業態を問わず)やショップに浸透している現在の日本では、このようリオハがきちんと評価される素地がしっかりできていると思います。

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