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2017.04.09

フィラディスのアルチザン・シャンパーニュ試飲会&セミナー

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▲試飲会だけではなく、来日生産者ひとりひとりが別々にセミナーを開催。皆一緒のセミナーというのはよくありますが、それだと表面的・社交的な話に終始しがちなので、今回の企画は素晴らしいものでした。この写真は、シャルトーニュ・タイエの当主、アレクサンドル・シャルトーニュさんのセミナーの様子。

 

 ブルゴーニュワインをテイスティングするとき、どの村がどんなキャラクターなのかを分からずに飲んでもしかたない。それは多くの人が認めるところでしょう。同じく、シャンパーニュもまた、それが生まれる土地の味を考えずに飲んでも、十全な理解ができるとは思いません。ところが土地=ワインの等号を自分の感覚の中で形成できる機会はそう多くはありません。ランスロ・ピエンヌ、ジャン・ルイ・ヴェルニョン、ピエール・パイヤール、サヴァール、シャルトーニュ・タイエ。フィラディスいうところの「アルチザン・シャンパーニュ」5生産者が来日し、試飲会&セミナーが行われましたが、これはまさに最上の機会といえるものでした。

 5生産者それぞれ中心となる村は、クラマン、ル・メニル・シュール・オジェ、ブジー、エキュイユ、メルフィです。この、フィラディスのカタログに載る生産者順にコメントしていきましょう。

 

*ランスロ・ピエンヌ

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 クラマンのシャルドネのみで造られるMarie Lancelot(小売希望価格・以下同11000円)は、いかにもクラマンらしい黄色い果実味とボリューム感と開放性があります。基本的にこのワインは、初夏の昼間にふさわしいキャラクターだと思いますが、現行ヴィンテージの2010年は、このヴィンテージならではの緊張感と翳りも備えているので、ディナーっぽい雰囲気になっています。

 私は以前からランスロ・ピエンヌのTable Ronde6500円)が好きです。こちらはクラマン、アヴィーズ、シュイイをそれぞれ6、3、1の割合でブレンドしたもの。それがいいのです。クラマンが果実味やボリューム感を、アヴィーズが骨格や重厚なミネラル感を、シュイイが繊細さ、フローラル感、軽快さをもたらします。

特に着目すべきが、このシュイイの貢献です。これがなければ(というか、多くのブラン・ド・ブランがそうですが)、ごりっ、ごてっ、ぼてっ、という方向に行きやすい。クラマン単一の前者のワインと比べても明確ですが、こちらのほうが香りの上昇力があります。グラン・クリュ・ブラン・ド・ブランとして、私はこれが最もコンプリートな味わいのワインのひとつだと思います。シュイイならいいというものではありません。シャンパーニュ好きなら皆知っているとおり、ランスロ家はシュイイ最上の区画を所有しています。丘の上の斜面です。シュイイは広い産地で、平地が多い中で、ランスロ家の区画は表土が薄くチョークの多いところですから、ぴしっとした高貴さと香りののびがあります。

ランスロ・ピエンヌは訪問したことがあります。一緒に行ったのは、意外でしょうが、エルヴェ・ジェスタンです。彼もまた、この生産者の区画が最上だと言っていました。そして彼が気に入っていたワインも、Table Rondeでした。

 

 

*ジャン=ルイ・ヴェルニヨン

 

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 ル・メニル・シュール・オジェに居を構える生産者で、トップ・キュヴェのResonance11500円)はル・メニル・シュール・オジェのブドウのみで造られるシャンパーニュです。

 この村の個性というと、酸が強いとかキツいとか思われていますが、この十数年、地球温暖化のせいなのか、そうでもない感じがします。むしろ、粘土っぽい感じ、というのが、私の印象です。

 テイスティングして、「あなたの区画は北半分ではなく、南側ですよね」と聞きました。そういう味がするからです。だいたい一般に言われるメニル味は北の味です。南は相当ねっとりとしているものです。「村からヴェルチュ方向の斜面下側から麓」とのこと。そう思って飲むと、大変に納得できる味です。

 私が好きなのは、メニル、オジェ、アヴィーズのブレンド、Eloqence6300円)。ランスロ・ピエンヌのターブル・ロンドがコート・デ・ブラン北側3グラン・クリュのブレンドらしい味とすれば、こちらは南側グラン・クリュのブレンドらしい、腰のすわった味。対極的です。ドザージュは3グラムしかなく、MLFもしないそうですが、完熟したブドウ、そしてベースとなるヴィンテージが酸の丸い穏やかな味の2012年ということもあって、ちょうどよいバランスだと思います。

 ここでも単一クリュ、単一ヴィンテージの高価なワインより、ブレンドのほうが立体感・複雑性があって、二倍近い価格を思えばなおさらお買い得だなと思いました。安くてもグラン・クリュのブドウです。こういったグラン・クリュばかりを所有している小規模生産者の優位性です。

 

*ピエール・パイヤール

 

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 ブジーの生産者です。おもしろいのは、ブジーのブラン・ド・ブラン、
Les Blanc de Blancs Motteletets9100円)を造ることです。シャルドネでもブジーはグラン・クリュです。ブジーらしい逞しい骨格や四角いミネラル感やどすっとした酸や肉厚な果実味があります。クセっぽいといえばクセっぽく、ベースが2010年ということもあって性格がきつく、世の中がブラン・ド・ブランに望む味とは違うのは事実ですが、それがいいのです。これを数年瓶熟成して肉料理と合わせたら楽しそうです。

 とはいえ、完成度という点では、ピノ・ノワールのLes Blanc de Noirs Maillerettes10000円)は圧巻です。堂々たる味わい。ブジーのピノに望む味そのものです。

 しかし、あまり土っぽさはありません。多くのブジーには顕著なダークチェリーと黒いスパイスの香りもありますが、こちらのブジーは比較するならさらっとして、あか抜けています。無骨な泥臭さも含めてブジーだと思う人にはちょっと軽いと思われるかも知れませんが、これは確かに現代的なブジーらしさであり、新たなファンを獲得できると思います。

 

*サヴァール

 

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 モンターニュ・ド・ランス北側西部にあるエキュイユ村のワイン。エキュイユの土壌は、粘土。雨の日に畑を歩くと、ねっちょりとした土が靴について、「自分がいまシャンパーニュにいるのかどこにいるのか分からないな」という印象を持ったことを憶えています。

 シャルドネにせよ、ピノにせよ、そのエキュイユらしさが顕著。ワイン単体で飲むと、一般的なチョークの土壌の味とはずいぶん異なり、やはりねっとりと重たいので、違和感をもつかも知れませんが、それが個性です。しゃぶしゃぶ胡麻ダレにこちらのシャルドネ、Le Dame de Coeur (12500)を合わせるといった発想をもって使いこなせば、エキュイユでしか得られないガストロノミックな興奮が得られます。

 

*シャルトーニュ・タイエ

 

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 メルフィはランスの西にある丘で、土壌は砂質。すっきりふんわりした個性です。現在のグラン・クリュは、基本的にチョークです(一部へんなところもありますが)。あの硬質さ、酸の鋭さ、堅牢さといったものを品質評価基準におくなら、それとは反対の味わいが生まれる砂質土壌のシャンパーニュは、劣った味わいとしか思えないでしょう。

 しかしそれはそれで特別の魅力だという広い視野を持てるなら、砂質土壌のワインのよさが見えてきます。そのあたりの柔らかさ、にっこりとほほ笑むような性格、空気感は、食前酒としてのシャンパーニュとして好適ですし、もちろんソフトな質感のあっさりした味付けの料理に合います。

 カタログには18世紀に描かれたシャンパーニュの畑の格付け地図が載っていました。それを見ると、当時、メルフィはヴェルズネイやアイと並ぶ高い評価を得ていたことが分かります。300年経っても土壌は変わりないはずですから、考えられる理由は、当時はメルフィの個性を今よりも高く評価していた、ということでしょう。

当主アレクサンドル・シャルトーニュのセミナーを受けることもできました。メルフィの丘は、斜面下から、チョーク、砂、粘土プラス砂岩、砂、石灰という事なった土壌で出来ています。セミナーの内容は、そのメルフィのテロワールと、彼がこだわっている、根を深く伸ばして母岩のミネラルをワインに反映させるという考えについて、でした。

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▲セミナーが終わってから、ホワイトボードに私もいろいろ書き込んで、アレクサンドル・シャルトーニュさんと議論。

 興味深かったのは、「ブドウの味にはサピディテとサリニテのふたつがあり、ブルゴーニュに譬えるならムルソーはサピディテ優位の味、シャブリはサリニテ優位の味」との指摘です。サピディテはフルーティさ、サリニテはミネラル感として言い換えることができるでしょう。これはおもしろい指摘で、まあブルゴーニュに関しては異論があるにせよ(たとえばピュリニーのほうがムルソーよりミネラリーだという意見とか)、言いたいことは分かります。そこでサリニテがサピディテより上だと言ってしまうと、だからチョークは砂よりよい土壌ではないか、という結論になります。両者は揃ってワインの味なのです。メルフィの人間としては、またメルフィをはじめとするマッシフ・ド・サン・ティエリーやモンターニュ・ド・ランス北側ワインのファンとしては、当然サリニテ優位の思想で決められる現在のシャンパーニュの格付けに対して正当な疑問を用意しなければなりません。

セミナーのあとは質問の時間。もちろん私はしっかり質問。以前に訪問したことを彼は覚えてくれていたので(当然記憶に残るような議論をしました)、会話はスムースです。セミナー時間が終わってから30分も話をしてしまいました。

 さて、「根を深く張ること=母岩のミネラルを吸収すること」という彼の論点について考えてみましょう。これは母岩が地下深くに存在しているから必要なことであり、また、母岩のミネラルが表土のミネラルより重要だということになります。しかし砂質土壌や粘土質土壌で、深く掘っても母岩というものが出てこないならばどうでしょうか。ボルドー左岸とかポムロールとかは端的な例ですね。メルフィでもひたすら深く掘れば何が出てくるかといえば、それはグラン・クリュと同じチョークです。それが品質に大事なのだとすれば、本質的に、現在のグラン・クリュを支える価値観と変わりがないではありませんか。「そんなにチョークのキャラクターが欲しければ、表土が30センチから50センチぐらいしかなくすぐ下にチョークがあるトレパイユやアイでワインを造ればいいではないか。せっかく砂質土壌がメルフィの個性なのに、『砂』性を重視しないのはおかしい」。それが彼に対する私の反論です。

 つまり、私にとっては、メルフィはサピディテのワインです。サピディテは、いわば太陽や空気の恵みです。「なぜあなたは土の話ばかりするのか。馬で耕作等、正しいとしても、それは土の話だ。土はワインの下半身を形成する。上半身を形成する大気の話をどうしてしないのか」。彼曰く、「ヴィニュロンは土は自己責任としてコントロールできても、大気はどうしようもない」。そうでしょうか。その場の「気」をよくする工夫はできるでしょう。葉や枝をどう扱ったらよいのかもヴィニュロンの仕事のうちでしょう。たとえば自分の畑の周りに生態系にプラスになるような木々を植えたらどうでしょうか。畑の中央に小さな礼拝堂を建てて祈りを捧げればどうでしょうか。「畝に生える草は自然に生えてくるものだけ。自分でコントロールしない」と言います。どこまでがコントロールなのか。馬で鋤き入れする行為は自然に、寝ているあいだに、そうなるわけではありません。明らかに、望みの地中生態系を形成するための適切な酸素量を供給する、といった、極めて人為的な自然の制御です。もしかしたら、メルフィらしさがよく表現されるような、ブドウに心地よい木や草があるかも知れないではないですか。例えばリンドウ、アヤメ、ガーベラ、ケシと花があって、どれがメルフィらしいですか。少なくともリンドウやアヤメではないでしょう。シンプルで開放的な雰囲気の、裏表のない感じの、ガーベラを、私なら選びます。ならばガーベラを植えてあげて、ブドウと会話させればどうでしょうか。もっと簡単に、メルフィのブドウが心地よく感じる歌を畑の中で歌えばいいではないですか。大気の雰囲気がよくなるでしょう。こういうことは数千数万とアイデアを考えて実行できるはずです。それが地上部分をよりよくしていくことにつながるのです。こうしてみても、シャンパーニュはまだまだ進歩の余地があることが分かりますね。

 ところでメルフィは場所によっては砂地なのでフィロキセラが生息できません。それがメルフィの圧倒的優位性のひとつです。彼のひとつの畑には自根のブドウがあって、それだけでひとつのキュヴェを造ります。本来なら、他の畑のブドウも、植え替える時に一株二株と自根で植えていけばいいはずです。彼のひとつの区画は、自根で株密度3万5千という18世紀的超密植で植えたそうです。そして案の定、INAOから引き抜けと言われているそうです。そういう極端なことをすれば、目をつけられてしまうのは明白。やる前から分かっていたはず。だからこっそりと、いろいろな畑の中に自根を紛れ込ませていき、すべてのワインの質を上げるほうがいいのではないかと思います。

 まあこれだけに限らず、あれやこれやと議論していたので、その内容すべてを書いていたらきりがありません。議論が楽しいのも、彼はしっかりと考えているからです。そして彼なりのロジックを作り、彼なりの答えを導いているからです。一般論と感想しか言えないような、考えていない人とは議論しても楽しくないでしょう?

 写真の単一畑ワインはどれも見事。それに比べると、ブレンドであるCuvee Sainte Anneは見劣りします。彼の所有している畑の中から、単一畑ワインにするに値しないテロワールのものをブレンドするからでしょうか。どの畑でもそれなりの個性があり、それを表現するのがヴィニュロンの仕事だとするなら、すべてのワインが単一畑でなければ筋が通りません。しかし現実にはそうではない。そこには人間による価値観が働いているわけです。ではここで言う見劣りとは具体的にどういう意味かといえば、端的にはスケール感、エネルギー感、余韻が劣っているということです。

 それでも私は単一畑が最終的結論だとは思っていません。メルフィの個性とはいろいろな土壌があることだとするなら、それぞれのブドウをうまく組み合わせて最上のキュヴェをひとつ、つまりA Merfyではなく、The Merfyなるものを造るべきだと思います。単一畑、単一品種のワインは、その概念と方法論だけで存在理由になっているのだから、ある意味、誰にでも相応のワインができるはず。しかし1++1を5にすることができるのは、ドン・ペリニヨン師であるとか、特別な才能を持った人だけでしょう。もちろんアレクサンドルは特別な才能の人です。それだけに、私は、現在のシャルトーニュ・タイエはまだ発展途中だと思っています。

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