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2017.04.17

シャトー・ディケム&シャトー・シュヴァル・ブラン

 1991年からシャトー・シュヴァル・ブラン、2004年からシャトー・ディケムの社長を務めるピエール・リュルトン氏が来日、誰もが知るこのふたつのワインのワインジャーナリスト向けテイスティング・ランチを神楽坂の『ワールドワインバー』で開催しました。ワイナリーの方々が来日すると多くの場合はこのようなテイスティング・ランチまたはディナー&セミナー&意見交換会がジャーナリスト向けに行われます。毎日どこかで行われているのではないでしょうか。私が招かれるのは何年かに一回なので、今回は本当にありがたい機会です。高名なワインジャーナリストの方々に混じって末席に座らせていただき、ワインをテイスティングすることができました。

 

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 いかんせん最末席なので、座っているだけではリュルトンさんの話が聞けません。もともとリュルトンさんは聞けば熱心に答えてくれますが、聞かなければそれまで。サービス精神旺盛にあれこれ話してくれるような商売人ではありません。今回もそうです。私はリュルトンさんの、その生まれ育ちのよい謙虚さが大好きです。自分がどれだけ努力しているか、どれだけすごいか、ということを言わずしても、誰もが飲めば分かる。そもそもボルドーは、ものが分かっている人が飲めば分かる、という教養・文化を前提としているワインだと思います。しかし私のような未熟者は話をしてみないと分かるべきことも分かりません。というわけで、私は時間があれば席を立って彼の隣にしゃがみこんでいろいろな意見を言い、質問を投げかけました。

 

 出されたワインは、イグレック2015、イケム2014、イケム1987、プティ・シュヴァル2011、シュヴァル・ブラン2011、シュヴァル・ブラン2006です。

どちらのシャトーも有名すぎて、概説的なことを私がいまさら言ったら笑われますから、それは省きましょう。知らない人がいるとしたらそれはさすがに恥ずかしいので、シャトーのホームページを見てください。こういったボルドーのトップクラスのシャトーに関しては、世の中、いろいろ知っていることを前提に話が進むものです。

 

◇イグレック 2015

 シャトー・ディケムが1959年から作る中辛口ワイン。以前は貴腐ブドウ向きではないヴィンテージに主に造られるといった存在で、生産されない年もけっこうありました。たとえば97年、98年、99年、2001年、2003年のイグレックはありません。しかし2004年からは毎年造られることに。辛口指向の現在には必要なワインです。しかし生産本数は今でも変わらず1万本ですから、あまり見かけることはありません。

味はリュルトンさん就任以前のイグレックとは大違い。「少しだけ貴腐ブドウが入る」ため、エキゾティックな香りや貴腐ならではのとろみがありつつ、ずっとずっと鮮度が高く、質感が繊細で、酸がイキイキとして、香りが伸びやか。タンク発酵で、発酵の終わりに新樽比率3分の1の樽に移されて、バトナージュしつつ10か月熟成。ですから樽ならではのボリューム感がありつつ、樽香は控えめです。ソーヴィニヨン主体で、香りは相当ソーヴィニヨン的で硬質ですが、味わいに関してはセミヨンの丸みと粘性が顕著です。

以前との決定的な違いは、「昔のイグレックはイケムの収穫が終わったあとに糖分が不足するブドウを使って作っていたが、今は辛口にふさわしいブドウをイケムの前に収穫する」ことです。つまり以前はどちらかというと廃物利用的で、10月終わりまでブドウを置いておくのですからどこか鮮度が落ちて味が疲れてしまっていたわけです。昔のスタイルもそれなりに魅力があったことは事実です。どっしりとして酸が低かったため、ホタテのグリルに甘めのソースを添えた料理などにはぴったりでした。しかし客観的に見れば、現在の品質のほうがはるかに上です。

残糖は6グラム。リュルトンさんは「リースリング的」と言っていましたが、6グラムという甘いのか辛いのかの微妙なポイントをおさえた味は、確かに辛口リースリングと同じです。「他にこういうのはないだろう」と言います。しかし本当なら、このスタイルがボルドーではもっと多く造られるべきなのです。プルミエール・コート・ド・ボルドー・ブランやボルドー・シューペリュール・ブランやグラーヴ・シューペリュール等々が好き(つまり甘口ではなく、微甘口)な私としては、このイグレックは理想的なボルドー白ワインです。

現在の多くのボルドー白ワインは味が固すぎて役に立ちません。魚に白ワインというのが普通の考えでしょうが、酸っぱくて固いワインは魚の甘さや柔らかさをぶち壊しにします。今のボルドー白で思いつく魚料理といえば、中華料理の小魚のから揚げにレモンを絞ったものぐらいです。しかしイグレックは重心が下だということです。だから大多数の魚介類に合うのです。

 

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◇シャトー・ディケム 2014

 イケムもイグレックと同じく、リュルトンさん以前とはずいぶん違います。以前の苦みやごつっとした質感、陰影のある香り、そしてダークなパワー感もまたよかったのですが、今はずっと流麗・純粋・透明・明朗、そしてビビッドでフレッシュです。

 以前、2005年を飲んで、イケムのコンサルタントだった故ドニ・デュブルデュー教授に、「よく出来ているとてもきれいなワインだと思いますが、つるっとしてガッツがなく、ストラクチャーがあまりない。得たものも大きいが失ったものも大きい」と言ったことがあります。だいたい私はデュブルデューさんとは白ワインに関して意見が合わなかったので、私と話すときの彼はいつも怒っていた記憶があります。その時も怒っていました。あのぐらい偉大な方になると、普通の対応としては絶賛かゴマすりか受動的な首肯しかなくなるでしょうけれど、私はおいしいものはおいしいと言うし、そう思わなければそう思わないと言うだけです。そしたら「甘口に苦みは欠陥だ。苦みは酸化によってもたらされる。私がやろうとしていることを判断するためには2007年以降のイケムを飲め。2007年は本当に偉大な年だ」。「飲めっていっても、まだ市場にないではないですか」。「リリースされたら飲め」。懐かしい話です。そのあとミシェル・ベタンと話した時には、彼は「確かにスタイルは変わったが、品質じたいは向上しているから、熟成すればよくなる」と。ステファン・ブルックは「まあ、時代の変化だよねえ」。

 2014年のイケムは、ピュア&クリーンな方向性を極限まで突き詰めたような輝きを放射するワイン。これはこれでガラス貼りの現代建築的なカッコよさと完成度があります。飲んだ瞬間に驚かされるのは、物質的抵抗感のない見晴らしのよい景色です。「2014年は春が雨が多く、6月から収穫期までのあいだの気温の変化がなく、暑すぎない気温がずっと続いた」と、リュルトンさん。2014年のフランスワイン全体に言える特徴は、すーっと抜けるような透明な空気感です。赤ワインの場合とりわけ顕著だと思いますが、タンニン的要素が少ない。果皮性の弱さ、と言い換えることもできます。暑くも乾いてもいない年なら、果皮を厚くする必要がないですからね。ですから2014年のイケムもごりっとした渋みがなく、まるでモーゼル的とも表現できるようなツルツルした表面質感が特徴です。

 そして酸。ソーテルヌとしては例外的と言えるほど酸が高い。「通常イケムのpHは3・9だが、2014年は3・6」。私は88年や96年みたいに酸の高い年のイケムが大好きなので、もちろん2014年は好きな方向性。「2014年は88年や96年よりも酸が高い。過去最も酸が高いのではないか」。残糖は145グラムですから、過剰に甘いわけではなく、結果として相当すっきり型の味になっています。

 ゆえに他の多くのソーテルヌやバルザックと異なるイケムの特徴である、淀みのない流れ感が際立ちます。イケムの畑はそれなりの斜度をもつ高い丘ですから、平地のワインより垂直性や流麗さが表現されます。とはいえ、イケムに期待したい腰の据わったピラミッド的な味の構成や粘り感も十分にあります。決して軽く立ち上るタイプの味(クロ・オー・ペラゲみたいな)とは言えません。聞けば丘の上部は粘土だそうです。斜面があれば、上が砂、下が粘土というのが普通です。イケムがもしそうなら、ワインの味はもっとさらっとしていたでしょう。ワインの味の上に来る部分が意外なほど高密度で堅牢だというイケムのひとつの特徴は、斜面の上が粘土だという土壌の特異性から来ているのかなと想像しました。

 イケムの畑は「粘土、砂利、石灰」のみっつの土壌に分かれます。それが120区画に分割されて管理されます。伝統的にはセミヨンとソーヴィニヨン(時にミュスカデルも)が混植されており、混醸されるのがソーテルヌですが、イケムは「改植を進める時に一区画一品種として、今では混植区画はたったふたつしか残っていない」そうです。

2014年の収穫開始は極めて早く、9月第一週。「二回めの収穫の時に隣人のシャトーはやっと収穫を始めた」といいます。明らかに酸を意識した選択でしょう。ブドウは基本的に「9月収穫ブドウ群と10月収穫ブドウ群」のふたつに分かれます。前者は軽快さ、抜けのよさ、香りのすっきり感、酸を、そして後者は甘さ、重厚感、凝縮感、粘りをもたらします。その中でも、先に述べた120区画からもたらされる様々な個性のワインが生まれ、それらを細心の注意をもって絶妙に組み合わせることで、現代のイケムの精密時計のような味が生まれるわけです。

昔よりも樽香がしないのは、そしてより味わいがビビッドなのは、「3年間という樽熟成期間を2年間に短縮した」からです。だから若いうちからフルーティで楽しめる味に仕上がっています。レモンタルト的なデザートに合わせるためには今飲んでもいいのではないかと思います。とはいえ熟成するに決まっているので、この強い酸を思えば、30年後でもいいでしょう。合わせてはいけないのはフォワグラです。それだけは確実です。フォワグラはそれこそクロ・オー・ペラゲのような重心が高くてソフトな質感のワインが合います。そして2014年のような酸の高い年は、なんであれフォワグラには合いません。リースリングのTBAやSGNとフォワグラを合わせたらとんでもない味になるのと同じことです。

 

 

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◇シャトー・シュヴァル・ブラン2011&2006

 

 ふたつとも、私にとってはシュヴァル・ブランらしいとは思えないヴィンテージです。香りが若干青く、タンニンにエッジがあって、内向的で、酸が固く、後味もごりっと苦い。もちろんまずいワインではありませんが、最上のシュヴァル・ブランとは言えません。

 飲んだ瞬間、ソーミュール・シャンピニーみたいだと思いました。それもカベルネ・ソーヴィニヨンが少し入っているタイプです。

 だからこういう会話をしました。

・・・これはシュヴァル・ブランらしいと思いません。いい時のシュヴァル・ブランはふわーんと軽やかで、質感がソフトでいて厚みがあり、とりとめのないようでいて実は内部に繊細な構造があり、酸もしなやかで、熟成しなさそうで熟成する、不思議に魅惑的な色気のあるワインです。

「そうそう」。

・・・唯一他に比肩するワインがあるとしたらシャトー・ラヤスぐらいでしょう。

「そうなんだよ、シュヴァル・ブランはラヤスに似ている」。

・・・でも今回のワインはまるで5%カベルネ・ソーヴィニヨンが入っているみたいにタンニンが固くて終わりを締め付ける。まるでお隣のシャトーの味みたいではありませんか。

「カベルネ・ソーヴィニヨンは入っていないけれどね」。

・・・理由は想像できます。両ヴィンテージとも本当に収穫したかった日にちより早く収穫しましたね。それ以上待ったらカビが蔓延したからでしょう?

「そうなんだよ、早く収穫した」。

・・・ええ、分かります。だからものすごく選果したでしょう。

「これらの年はいつも以上に厳格に選果したよ」。

・・・その努力はきちんとワインに現れていますし、それは大いに評価できるポイントですね。

「2006年は右岸の年だと言われているよね。でもシュヴァル・ブランはカベルネ・フランが多いから、ヴィンテージに関しては左岸的でもある」。

・・・そうですよ、2006年のポムロールはすごい。2006年のブレンド比率は?

「メルロ50%、カベルネ・フラン50%」。

・・・それは間違いですよ、メルロ60%、カベルネ・フラン40%にしておけばよかったものを。

 ワインだけで鑑賞するならあれこれと言いたくなりますが、こういうエッジがある味の場合はボリュームのある焼いた牛肉に合わせるとおいしいものです。ただその場合は、別にシュヴァル・ブランでなくとも他に選択肢が多い。特に値段を考えたら、このワインでなければならない必然性は弱いですね。いかにもシュヴァル・ブランらしい年のワインはむしろブランケット・ド・ヴォー的な料理に合わせるべきでしょうし、しっとり仕上げた地鶏(クリーム系ソース添え)にもいいと思います。

 2011年も2006年も、世紀のグレートヴィンテージとは誰も言わない年です。自然のことですから、毎年が望みどおりの天候になるはずもありません。だから結果としてのワインのよしあしはあるとしても、その年の数々の制約条件の中で人間がどのように立ち向かったのか、どのように問題を解決したのか、という仕事の内容を評価しないといけません。ワインの鑑賞とは、自然と人間の相互作用のありよう、そのドラマを鑑賞するという意味もあるのです。その意味では、両年のシュヴァル・ブランは、見事な仕事という他ありません

 

 イグレック、イケム、シュヴァル・ブランは、数多いボルドーワインの中でも、単に優れているだけではなく、ものすごくキャラクターがはっきりしていて他に代えがたいワインです。だからこそ、正しい文脈の中に位置づける努力は他以上に必要になります。しかしこのような超高価なブランド品は、それ自体を(もっと言うならその名前を)崇めたりありがたかったりするレベルの低い消費態度に陥りがちです。そういう恥ずかしい事態にならないためには、このワインはどうあるべきなのか、どうしてそういう味なのか、何が鑑賞のポイントなのか、それをどう生かせばいいのか、といったことを考え、また他の人たちと議論すべきだと思います。そして今回のような生産者が来日した時には、自分の考えたことを直接ぶつけてみれば、より理解が深まるはずです。

十分に理解して飲むべきワイン、換言するなら、理解しようとする気もないなら飲む資格のないワイン、というものは存在します。それが偉大なワインということです。私はいつかは、そういったワインを理解して飲むことができるような人になってみたい。そのための研鑽の機会をくださったピーロートさんには感謝の言葉しかありません。

 

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