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2017.04.18

ブルガリでのドン・ペリニヨン・ディナー

 ワインと料理を一緒に飲むのは誰でもできますが、両者を合わせるのは簡単なことではありません。それはそれだけで独立した芸術と呼ぶべきものです。昨晩はその芸術の高度な形を堪能することができました。

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 それは、友人に誘われてありがたくも参加させていただいた、銀座ブルガリ、イル・リストランテでの、ドン・ペリニヨン他のワインとクリエイティブな料理を合わせる会でした。ブルガリのヴェネト出身のシェフ、ルカ・ファンティンと、ゲスト・シェフであるサンフランシスコのアトリエ・クレンのシェフ、ドミニク・クレンです。

 メニューは以下のとおりです。クレンさんの作品はC、ファンティンさんが作品はFと略します。

F ミニ・ハンバーガー

C アスパラガスのタルト

F 縞海老 コライユのパンナコッタ スナップエンドウ ミント

C アワビのグリル 肝 スモークしたクレームフレーシュのソース

F 山菜のラビオリ アミガサ茸のコンソメ

C イカのパスタ バターで調理したウニ パルメザンカスタード バリグール

F ホロホロ鳥のヴァリエーション 春野菜

C カブの海藻塩包み焼き キャヴィアのスモーク 麹クリーム ブールモンテ

F アーモンドとパッションフルーツ

C バターミルクアイスクリーム ソルガム 春の花 カラメルソース

 よくぞここまで、と感心する創造力の爆発。気力と体力を要求する4時間でした。

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▲ミニハンバーガー

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▲アスパラガスのタルト

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▲縞海老 コライユのパンナコッタ スナップエンドウ ミント

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▲アワビのグリル 肝 スモークしたクレームフレーシュのソース

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▲山菜のラヴィオリ アミガサ茸のコンソメ

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▲ホロホロ鳥のヴァリエーション 春野菜

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▲カブの海藻塩包み焼き キャヴィアのスモーク 麹クリーム ブールモンテ

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▲アーモンドとパッションフルーツ

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▲バターミルクアイスクリーム ソルガム 春の花 カラメルソース

 ワインは、ドン・ペリニヨン2006年と、ドン・ペリニヨン・ロゼ2004年。そしてクラウディ・ベイのソーヴィニヨン・ブランとピノ・ノワール、ニュートンのシャルドネです。

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◇ドン・ペリニヨン 2006年

 期待したいドン・ペリニヨンとは、重心が中心にあって、力が全方位的に均一に広がり、精妙なディティールが浮遊しつつ継ぎ目なく連動しあい、超高解像度レーザーホログラフィ的な非実体的存在感が崇高な気品をもって立ち上がるようなワインです。

 しかし2006年は「ドン・ペリニヨン的」とは思えません。まずいワインではありません。それは当然です。シャンパーニュ最上の畑の多くは彼らの所有物です。そのブドウをワイン史上に名を残すこと確実な不世出の天才が仕込むのですから、まずいワインが出来るわけがありません。

 私はドン・ペリニヨンの味については最低限は理解しているつもりです。以前にもお話しましたが、昔、オーヴィレール修道院で醸造総責任者リシャール・ジョフロワとふたりでドン・ペリニヨンの古いヴィンテージをいろいろとテイスティングした時のこと。79年か73年だったかが出され、私はリシャールに、「これはドン・ペリニヨンの味がしない。ワインの状態が悪い」と言いました。彼は「そうかなあ、こんなものではないか」と最初は言っていましたが、私は強硬に「いや、違う」と。そのヴィンテージを飲んだのは初めてだったとはいえ、というか、ドン・ペリニヨンじたいもそれまで数回しか飲んだことがなかったとはいえ、ドン・ペリニヨンの味がしないものはしない。私のような凡人でも、その数回の記憶、それまでの15年間の記憶を呼び起こして、ヴィンテージという変数を捨象して共通点をつなげていけば、理念形としてのドン・ペリニヨンの味が舌の上にあらわれてきます。もう一本セラーから出してもらって飲むと、ちゃんとドン・ペリニヨンの味でした。「ほらね、これがドン・ペリニヨンの味ですよ!」。「ああ、確かに」。それは私がまともな話をするに足る舌を持っているか否かの試験だったのでしょう。

 2006年は、重心が下で、比較的水平的です。下半分は丸く、より滑らかで粘りがあって大きく、上半分は四角くて固い。風味は相当トロピカルで、パイナップルや黄桃的です。後味には若干の苦みがあり、甘苦のコントラストがおもしろい味です。もうひとつの特徴は、上顎のあたりに横方向に板が浮いているような、薄くて固い味を感じることです。これはいったいなんなのか。その部分だけ質感・密度が大きく異なります。そしてその部分には粉っぽいミネラル感が溜まる感じです。このような粉っぽさを感じさせるブドウはどの畑なのか。

 アヴィーズは粉っぽいですが、その粉っぽさが上顎に溜まる記憶はありません。皆さんご存じのように、その位置に味が来るということは、普通ならは標高が高い畑のブドウだということ。しかしアヴィーズは標高の高い部分は砂岩で一般的に劣った場所とされますから、その区画のブドウをドン・ペリニヨンが使うとは思えませんし、そもそもこのような硬質なミネラル感は生まれませんよね。標高の高いトレパイユないしトレパイユ寄りのヴェルジーの可能性は皆無ではありません。あのエリアは粒が大きな粉っぽさがあると思います。ただドン・ペリニヨンにそれらの畑が使われたことはないのではないかと思います。

 他に、丘の上のほうで表土が薄くてチョークがたくさんあってドン・ペリニヨンが使いそうな畑といえば、うーむ、ブジーとアイしか私は知りません。ドン・ペリニヨンの記者会見やお披露目会に呼ばれていたら、この点について醸造家から直接聞くことができたのですが。シャンパーニュに詳しくない私としては、分からないながらもこうしてあれやこれやと考えるのも楽しいものです。たとえば、もう少しヴェルズネイ、クラマン、シュイイ北斜面&マイイの比率を高めたほうがよかったのではないかな、とか。そうすれば、下方垂直性、下半身の太さに対応するミッドの厚み、そして上方向に伸びる軽快さが加わったのではないかな、とか。

 ともあれ2006年のドン・ペリニヨンは、雰囲気としてはザックリとしてカジュアルで、酸も丸く、緊張感がなく、温かい。シャンパーニュというよりフランチャコルタ的ないしフリウリの白ワイン的とも言え、普段づかい的フレンドリーさが魅力的です。これはおいしいまずいという評価軸とは別次元の話で、ただ、例外的だということです。それが2006年らしいかと問えば、完璧なまでに2006年らしい。飲めば誰でも認めることでしょう。

 2006年のシャンパーニュは、食中酒として大変に役に立ちます。ここでメニューにたちかえってみましょう。

 ファンティンさんのハンバーガーも縞海老も重心が下です。海老は生なので、ねっとりとして、ドン・ペリニヨン2006年の下半分のねっとり感と合いますし、上半分の味とはスナップエンドウやミントが対応しています。

 特にクレンさんのメニューはすべて重心が下です。アスパラガスのタルトは、中にタレッジオが入っていました。ワインを飲んでいる時、フリウリを思い出したので、そのあとタレッジオが出てきて驚きました。シェフもフリウリを想起したのでしょうか。タレッジオとコッリオのフリウラーノはよく合いますから。その上に相対的には固いアスパラガスが薄切りになってのっています。これが先程から言っているドン・ペリニヨン2006年の上方向の水平的な形の固い質感と合います。これはタルトですから、丸いボウル状の形をしており、食べると下は丸い味で、垂直的に下方向に伸びることはありません。それもまたワインの下半分の丸さと弱い下方垂直性に対応しています。他にもアワビ、イカ、カブと、ひたすら重心が下でねっとりした質感の素材が続きます。これは意図してそうしているとしか言えないほど、同じ主題の変奏になっています。

 こうして見ると、ドン・ペリニヨン2006年は明確な個性を持っているだけに、合わせる料理が考えやすいということが分かります。私ならば豚とタマネギのメンチカツを合わせてみたいと思います。きっとトンカツ屋さんや洋食屋さんに持っていけば、素晴らしい食体験ができるはずです。トンカツ屋の小あがりでドン・ペリニヨン。料理の理解の容易度的にも雰囲気的にも自分の身の丈に合っている感じがします。

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◇ドン・ペリニヨン ロゼ 2004年

 こちらは2004年らしく、2006年より空気感・透明感があり、垂直性が強く、いかにもドン・ペリニヨン的だと思います。素晴らしい作品です。

 しかし2004年は極めて軽やかなので、そこに赤ワインが加わると、明らかに赤ワインの部分が突出して感じられます。コトー・シャンプノワ・ルージュが好きなら、この、白ワイン+赤ワインの味は好ましく感じられるでしょう。

 風味の分布を見ると、下半分に縦に深く伸びる部分はラズベリージャム的で、上の四角い部分はチェリーリキュール的です。そして前者の質感はやわらかく、後者は固い。ヴェルズネイの下半身にブジーの上半身がのっているというのがよく分かります。ご存知のとおり私はヴェルズネイが特に好きなので、こうしてヴェルズネイの個性をしっかり感じられたほうが安心できます。

 軽やかなのにふわふわした印象が皆無なのは、枠の細い額縁のような縦長方形のミネラルの構造が口の中の外縁部をしっかりと押さえているからです。これはよく注意しないと見えてこないい部分です。これは典型的なアイの貢献でしょう。

 おもしろいのは、ここでも2006年と同じ、上顎部分の横板のような固さを少しとはいえ感じることです。ふたつのヴィンテージで同じ場所に同じ味を感じるというのはどういうことか。白の2004年には感じませんでしたから、これは赤ワインを造る黒ブドウのグラン・クリュの味ということになる。ならば、常識的にはブジーかアイしか考えられません。今度収穫前にシャンパーニュに行ったら、ブドウを食べて確認してみたいと思います。ブドウの段階でもヴェルズネイはヴェルズネイ、ブジーはブジーの味がします。ただ、今回感じた特異な固さについては今まで意識してブドウを食べたことがありません。

アッサンブラージュ法のロゼは、ある意味木に竹を接いだ味を期待しているわけであって、白とは異なり、その固さは必ずしも違和感にはなりません。淡色の絵の具を薄く溶いてブラシで不定型の形をキャンバス全面に描き、その上に彩度・濃度ともに高い色でエッジのある形を描いたようなものが、このロゼです。それが異なったもののぶつかり合いから生まれるダイナミズム、驚き、緊張感を生み出す。そこを鑑賞するべきです。

そしてこのロゼに超絶的な相性を見せたのが、カブです。この料理は、やわらかいふろふき大根のようなカブと、スモークキャヴィアが別々に出され、交互に口に入れて味の化学反応を楽しむものです。カブがワインの下半分のヴェルズネイやオジェ的な粘土っぽい柔らかさに対応し、スモークキャヴィアが先ほどから言っている上顎部分の固さと重なりあいます。普通のキャヴィアだけなら固さを感じないはずですが、スモークしていることで粒々感が出てくるのです。カブ、ワイン、キャヴィア、ワインと交互に口に入れると、まるでドン・ペリニヨンを因数分解しているようで、知的かつ感覚的な楽しみが何倍にも膨らみます。シェフが自らワインとの相性を考えたわけではなく、シェフがまず料理を作って、それにブルガリのソムリエがドン・ペリニヨンのロゼ2004年を合わせると考えたそうです。天才的です。世の中には別次元の味覚と感性を持っている人がいるのだなと思いました。

アシスタント・マネージャーの方が、山菜のラヴィオリに対して、今回の趣旨とは異なりますが、「これも合う」とGravnerBregを持ってきてくれました。これがまたすごい相性。オレンジワインの苦みが山菜の苦みと混じりあい、その旨みが茸のコンソメの旨みと重なります。これぞマリアージュという醍醐味でした。

これほどの才能がありながら、ワインリストを見ると、なんだか無個性的なブランド品の羅列。おしゃれなブランド店で高級ブランドワインを飲むことじたいが目的の趣味の悪い人には好まれるのでしょうけれど、そこには冒険や独創性がない。「なんですかこれは!」と言うと、「指摘のとおりだから今リストを作りなおしているところ」。シェフもソムリエもアーティストなのですから、他では得られない味覚の興奮と、料理とワインの新たなヴィジョンを、お客に見せて欲しい。それができる人は少ないのだから。

帰りぎわにルカさんも会話に加わってきたので、私は「ルカさん、これらのパワフルなワインがあなたの繊細な味を引き立てると思えませんし、見せびらかしみたいでイタリアっぽくありません。あなたはヴェネト人ならではの上質・洗練の意味を知っているはず。ケバくない高品質、あからさまではない高級、シンプルな見た目の中の完璧さ、エグくない先鋭性、自然体のかっこよさ。それをワインでも表現しないといけないと思う。これでは某・・・・・のリストではないか」と言いました。「某・・・・・はレストランというより商売人だもの」。「そう思うなら、なおさらです」。

 

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