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2017.06.09

名古屋でのオーストリアワインセミナー

 
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 名古屋駅前のホテルの宴会場で、名古屋・東海方面の飲食店さんや小売店さんを対象としたオーストリアワインセミナーを行いました。

 

 普通、ワインセミナーというと、そこでテイスティングする個別のワインないし生産者の具体的なテクニカルディティールとコメントで終始してしまいます。それらをいくら積み重ねても、オーストリアワインのすばらしさとは何なのか、オーストリアワインの本質とは何なのか、という最も重要な問いへの答えは見えてきません。各論の前には総論が必要なのです。

 

どういう立ち位置からワインを見たときに、それぞれのワインのよさがどのように見えてくるだろうか、という考察が最初になされねばなりません。そして、これこれの特性が本質だと思うから、これこれこういう特徴をもったワインをよしとせねばならない、という論理の流れを各人が作っていかねばなりません。本質規定と視座が異なれば、結論は異なります。何が本質なのかは各人が考えて決めることで、絶対唯一の本質があるわけではありません。セミナーとは、何が本質かを決めてもらって従う場ではなく、自分にとっては何が本質なのか、自分はどういう立ち位置にあるのか、を自分で考える場です。それは他の人の意見を聞かねばなかなかわからないことです。

 

どれを飲めばいいのか、どれを売ればいいのか、決め打ちして答えだけ教えてほしいという方もいます。そのような発想は、個人の自由を棄損し、ワインのおもしろさを否定することにつながります。そもそも、絵を飾る人がどのような雰囲気を求めているのか、どこに飾るのか、壁の大きさはどの程度なのか、等々の条件がわからずに、この絵を買いなさい、とどうして言えるのか。

 

 

 

 参加者の大多数は実際にオーストリアワインを販売している方々ですから、最初に「オーストリアワインのどういうところがいいのか、なぜ売っているのか」と質問しました。「ミネラリ―だから」、「酸がいい」、「でしゃばらない味だから」、「日本料理に合うから」等々の答えです。どこで質問しても同じような返答でしょう。

 

 しかしどのワインでもそれぞれおいしいのです。ミネラリーなワインもたくさんあります。酸のあるワインもたくさんあります。それらはオーストリアワインにのみ該当する個性ではありません。プロとして多数のワインを扱う場合は特にもっと深く考えなければいけません。

 

 

 会費を払って私の話を聞いてくださった方に申し訳ありませんから、セミナー内容の詳細をお伝えするのは控えますが(ちなみに同じ内容のセミナーを6月15日に福岡で行います)、ひとつ例を挙げるなら、以下のような視点からの話をさせていただきました。

 

 オーストリアワインがメジャー他産地のワインと違う点は、ワイン生産者=レストラン、であることが大変に多いことです。ホイリゲとブッシェンシャンクほどオーストリアを特徴づけるものはありません。今回お出ししたワインの多くはそのような生産者のものです。

 

 どこのだれがいつ何と飲むのかわからない状態で「こういうタイプが点数が高くなるだろう」などという邪念の浸食を完全に防除できないままにワインを造るのと、お客と料理がはっきりの目の前で見えている状態で造るのと、同じ味になるわけがありません。料理がそうだと思います。家庭料理のおいしさとはなんでしょうか。

 

完成度が高くともどこか冷え冷えした印象のワインがたくさんあるのは、ようするに、生産と消費が分離しているからです(これはワインだけの問題ではありませんが)。地産地消はよいことだと最近よく耳にします。これを掛け声だけではなく、実際にどのようにすれば実現できるのか考えてください。ウィーンは周囲にブドウ畑があり、市民は食事しにホイリゲに行きます。これが地産地消の優れた例です。

 

 ワインを分類する方法はいくらでもありますが、輸出向け「高級」ワインと、地場向け「日常」ワインという分け方は有効です。レストランがワインを造るオーストリアでは、多くのワインが「日常」ワインです。我々に必要なのは、高品質な「日常」ワインです。安価な「高級」ワインもどきではありません。

 

「日常」ワインが低品質廉価工業的ワインだと思っている人が多いのは残念なことです。自らの日常を蔑視してはいけません。それは、料理と共に、人と一緒に、楽しまれることを前提として造られるワインです。その味は「ミネラル」とか「酸」で表現されるものではなく、むしろ精神として伝わるものです。しかし、「ワインに精神などない、その背後にある文化や人の思いなど主観的な思い込みであって存在しない。ワインの味は科学的に分析できる物質である」、という主張が圧倒的主流派である現代では、私の言うことがなかなか理解されないのです。

 

2時間20分のセミナー中、私は早口でしゃべり続けていましたが、それでも話し足りません。言いたいことは、ほんとうにたくさんあります。

 

 

 名古屋には私は期待していると言いました。なぜなら名古屋は独自の食文化を堂々と主張しているからです。名古屋の料理はよく笑いの対象になっていますが、その創造性はどれほど高く評価してもしすぎることはありません。さすが、革命児織田信長の地です。外面的なええかっこしいは簡単ですが、そちらの方向に行ってはいけません。

 

関東と関西というふたつの巨大な影響力のある食文化圏の中間にある名古屋は、ワイン文化という点で、どのような独自性、創造性を発揮できるか。名古屋の方々には是非それを考えていただき、日本のひとつの重要な極になっていただきたいと思います。

 

 

ところで2018年にはオーストリアワイン大使コンテストが開催されます。名古屋からも多くの応募があることを期待しております。

 

 

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