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2017.06.03

イギリスのスパークリングワイン

 イギリスのスパークリングワイン二社Bolney Wine EstateDigby Fine Englishの代表が来日し、テイスティングセミナーを開催。私も参加して彼らの話を聞くことができました。

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▲左はBolneyのワインメーカー、サマンサ・リンターさん。右はDigbyの創立者・CEO、とレヴァー・クロウさん。

 さてイギリスのスパークリングワインといえば、「シャンパーニュと同じ白亜土壌」というのが売り文句。私もそうなのかと思って以前スティーヴン・スパリエの畑に行ったのですが、チョークではなく粘土石灰質。違うではないか、と。行ってみないとわからないことはたくさんあります。DigbyCEOであるトレヴァー・クロウさんは「そう言うとマーケティング的にはやりやすい」と言っていましたが、そしてそれは理解できますが、単純化は危険です。そもそもBolneyはチョークではなく砂岩土壌です。

 彼らとの議論で中心となったのは、イギリスらしさとは何か、です。シャンパーニュと似ているからよい、という理屈では、永遠にイギリスワインはフランスの追随者であり、イギリスのスパークリングはコピーでしかありません。それを脱するのは実は大変です。なぜなら、日本でもそうですが、イギリスはワイン経験が豊富な人たちばかりの国であり、とりわけ高価なスパークリングワインに関しては、消費者がすでにシャンパーニュを基軸として価値尺度を内在化してしまっているからです。良質なスパークリングワインの味=シャンパーニュの味、という無意識の等号が出来てしまっていることが問題です。

 例えばイギリスのスパークリング全体に、私にとっては甘すぎます。シャンパーニュよりさらに気温が05度低く酸が高くなるイギリスでは、エキストラ・ブリュットやノン・ドゼは酸が強すぎるというのです。しかし酸が高いのがイギリスの気候がもたらす個性なら、それをしっかり感じたほうがいいではありませんか。

 さらに補糖が多すぎます。テイスティングすると、マチエールが薄いのにアルコールだけは感じるという奇妙なバランスを感じます。3度まで補糖が許されているというのも驚きですが、彼らも15度ほど補糖します。それで結果がシャンパーニュと同じ125度になるわけです。イギリスは曇天・雨天がシャンパーニュより多いので、当然ブドウの糖度は上がりません。ならばそれがイギリスの個性です。曇りは晴れより悪い、だからあとから晴れの味に近づけよう、11度では「ミッドが不足」しておいしくなくて125度だとおいしい、という考えはどこから来るのか。もちろん彼ら自身がシャンパーニュ的味覚を内在化しているからです。アルコールが低いワインの何がいけないのか。モーゼルのリースリングやザーレ・ウンストルートのミューラー・トゥルガウやバーデンのグートエーデルはだめなワインなのか。

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▲ボルネイのキュー・スパークリング・ホワイトNV。品種はピノ・ノワールとピノ・ムニエ。

 つまり過剰な補糖とドザージュは、イギリスらしさを減じ、シャンパーニュのスタイルに近づけることにしかならない。これでよしとするなら、イギリス愛が足りません。「イギリス人なら、雨や曇りの美しさを表現しなければいけない、それがいやならイタリアやスペインに移住せよ」と言いました。私はもちろんイギリスのスパークリングには巨大なポテンシャルがあると思っています。しかしそれは、あくまで自らをグローバルな高品質ワインではなくイギリスのローカルワインとして自覚し、イギリスのテロワールに素直になったら、です。今のままでは頭のよい人が作り上げる工業製品になってしまいます。確かにおいしいでしょうが、私のような低レベルの味覚でさえ、彼らが何を目指してどこをどう修正しているか、つまりどこがうそなのかは飲めばわかります。イギリスは小さな島国ながら、自らの作り上げた基準を世界基準とすることで成功し、世界の頂点に立ってきた国です。その偉大な功績は誰もが理解しています。しかしいざスパークリングワインとなると、瓶内二次発酵というシャンパーニュ製法じたいを自ら発明し、辛口ワインを作らせてきた歴史がありながら、今ではシャンパーニュに束縛されてしまっている。イギリス本国人として恥ずかしいと思うべきです。クロウさんは実はもともとアメリカ人で、イギリスに移民した人ですから、なおさらイギリスとは何かを自覚しないといけないと言いました。まあそれを日本人である私が言うのもへんな話ではありますが。

 シャンパーニュに影響されているもうひとつの点は、シャルドネ重視の姿勢です。ご存知のとおり、シャンパーニュでも高価格になるとシャルドネの比率が上がります。そのほうが熟成に耐えるからです。つまり、より長い瓶熟成の味=よい味、という基準があり、そのためにはシャルドネが向くからです。彼らも高価格のものはシャルドネに重きを置くようになります。

 しかしクロウさんは、イギリスらしさとはフルーティさだ、と言いました。つまりは長い瓶熟成によるブリオッシュやナッツの風味がシャンパーニュの特徴であり、イギリスはもっと明るくて楽しくてカジュアルな味だと、競馬やヨットレースに行ったときに楽しくみんなで開けるようなワインだ、というのです。それには同意します。イギリスのワインは決して暗い、修道院的な味ではありません。ならばどうしてシャルドネ重視になるのか、高級になるほどシャンパーニュ的な味に近づくのか。「言っていることとやっていることが矛盾している」と言いました。そしてフルーティさをシャンパーニュに求めるなら、我々がマッシフ・ド・サンティエリーやリリー・ラ・モンターニュ等モンターニュ・ド・ランス北西部のワインを買うように、イギリスではチョークではなく砂岩土壌の畑をもっと重視すべきです。

 産地はイギリスの南海岸からすぐのところです。海洋性気候です。ならばワインは海洋性気候のしっとりしなやかで水平的な広がりをもつべきです。そしてピノ・ノワールは確かにそういう味がします。しかしシャルドネは厳しく、垂直的で、内陸的な味がします。つまりは内陸であるシャンパーニュやブルゴーニュの味に近くなります。常にイギリスのスパークリングワインはロゼのほうがおいしいのですが、そして今回もロゼのほうがはるかにイギリス的だと思いましたし、ワインとして腰が据わり、シャルドネのように重心が上に固まることなくバランスがとれていると思いましたが、つまりはシャルドネが少ない(ないしゼロ)だからです。

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▲ディグビーのレアンダー・ピンクNV。ピノ・ノワール50、シャルドネ35、ピノ・ムニエ15%。

 文句を言っているだけでは議論ではありませんし、生産的ではありませんから、私は私なりの解決策を提示しました。それはピノ・グリをもっと使うことです。ピノ・グリは重心が低く、酸が低く、アルコールが高く、クリーミーな粘りが出る品種です。これをブレンドすれば、彼らの言う上記の問題点はすべて自然に解決します。Bolneyのワインメーカーであるサマンサ・リンターさんは、「スティルのピノ・グリは作っているし、とてもおいしい。私はピノ・グリが大好き」と言います。「ならばなぜピノ・グリをもっと増やしてスパークリングにも使わないのか」と。大手のシャンパーニュは確かにシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエからのみ造られますが、ピノ・グリもれっきとしたシャンパーニュ認可品種であり、長い栽培の伝統があります。大手シャンパーニュにピノ・グリが含まれないから消費者にはコミュニケーションしにくくて、という理屈を聞くと、だから生半可なワインの知識はむしろ邪魔なのだ、イギリスの消費者もピノ・グリがシャンパーニュ認可品種であることぐらい勉強しておくべき、と思いました。

 イギリスのスパークリングワインのもうひとつの問題は、除草剤です。雨が多いから雑草がどんどん生えるし、人件費が高いから栽培労働者を多く雇えない。その理由はわかります。しかし高価なワインなのですから、数人多く雇うことが不可能とは思えません。サマンサさんは、「私も除草剤はよくないと思うし、少なくする方向ではあるが、現在では畑の樹齢が低く、樹が細いから、トラクターで除草すると刃が幹を傷つけて樹が死んでしまう」と言います。「樹齢が高くなって幹が太くなるまで待ってほしい」。食品全般に関してはオーガニック大国なのにワインに関しては相当農薬依存しているのがイギリスです。クロウさんは「何年かに一回しか健全なブドウが収穫できないようでは経営が成り立たない」と言います。となると、次の課題は、ブドウ品種そのものの選択です。雨が多くてシャンパーニュ品種が育たないというなら、それはシャンパーニュ品種をもともと植えるな、ということです。私は「マデレーヌ・アンジェヴィンやもろもろの耐病性品種を植えて、オーガニックでスパークリングを造ったほうがいい」と言いました。しかしイギリス品種(もとはドイツですが)であるマデレーヌ・アンジェヴィンを知っている人さえ現状では少ない以上、そのようなアプローチはずっと先になりそうです。とはいえ、これは農業にとって本質的な問題です。農薬を使ってフランス品種でワインを作るのと、オーガニックでイギリス品種でワインを作るのと、どちらがイギリスワインとして正しいのか。後者でなければ、これまたイギリスのスパークリングワインは永遠にコピー商品です。「短い歴史の中でシャンパーニュとは似ても似つかない独自のワインを地場品種から作り出して成功したプロセッコを見習うべきだ」と言いました。

 イギリスのワイン造りはまだまだ歴史が浅いので、このような議論からもわかるとおり、完成形とは程遠く、皆で試行錯誤の状態。だからこそ、今の時点で皆さんが彼らにきちんとした意見を伝えることが将来の正しい方向性での発展にとって大事です。現在世界じゅうのワインに最も精通し、俯瞰的視点を持てるのは日本人なのですから。

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