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2017.06.05

エスパイ・プリオラート

 再びプリオラート。世界じゅうのワインジャーナリストが集まるセミナー、試飲会であるエスパイ・プリオラートに参加してきました。二か月前に訪れたばかりなので、いまや景色を見ても親近感を抱きます。今回は、前回の訪問で疑問に思ったこと、確認したかったことをさらに探求できる機会となりました。


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▲会場となったのは、プリオラートの歴史の始まりであるスカラ・デイ修道院

 1990年代に脚光を浴び、貧困にあえいでいた無名のバルクワイン産地から一気に駆け上がり、2000年には最上格付けDOQに認定されるまでになったプリオラート。そのサクセスストーリーはこれまでもワインジャーナリストの方々が多く記事にされてきたので、ご存知かと思います。

世界じゅう、おいしいワイン、素晴らしいワインを造っていながら、ないしそのポテンシャルがありながら、無名のままの産地はたくさんあります。プリオラートはなぜその中で成功することができたのか。多くの人にとって疑問となる点です。イギリスのSarah Jane Evansさんのセミナーを踏まえて自分なりに理由を簡単にまとめるなら、以下のようなものでしょうか。

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▲バルセロナ空港から修道院に直行してすぐにセミナーが始まった。

1、1980年代にプリオラートを発見したパラシオスら四人組が世に出た1989年から1990年代初頭は、アメリカのワイン評論家の影響力が今とは比較にならないほど重要だった。

2、アメリカ人評論家の嗜好が、濃密な果実味を有し酸が穏やかでアルコールが高い当時のプリオラートのスタイルが合致した。

3、四人組のワインは、上記のスタイルのワインを生む気候条件や土壌を有するグラタヨップス村に基点をおいていた。


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▲グラタヨップス村遠景


4、プリオラートの畑は、大量生産に向く平地のタラゴナ、ペネデスと異なり、労働生産性の極めて低い急斜面であり、カベルネやシャルドネ等国際品種に浸食されておらず、高級ワインとしてのオリジナリティがあった。80年代までの国際品種全盛時代と異なり、90年代に入ってからは地場品種への関心が高まっていた。

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▲プリオラートの畑を覆うシスト、現地の言葉でいう、リコレージャ



5、急斜面でやせた畑のため自然と収量が低くなり、濃厚な味わいのワインにおのずとなる土地だった。貧困ゆえに改植が進まず、高樹齢のブドウが多く生き残っていた。それもまた高品質ワインを産するに好適だった。

6、過疎地であり、農業放棄地が多く、地代が低廉で、新たな資本が参入しやすかった。

7、山中に湧水が多く、灌漑用水(それを望むなら)が比較的容易に入手できた。

8、プリオラートは基本的に赤ワインの産地であり、プリオラートが世の中で話題となった97年頃は赤ワインブームだった。

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▲人里離れた斜面に畑が点在するプリオラート




 

 優れたテロワールはどこにもあります。しかし消費者は、それがどこだかは知らないし、普通、探そうとは思わないものです。結果としてはぼちぼちの味だがテロワールのポテンシャル的には良いワインを、テロワールのポテンシャル的にはぼちぼちだが造りが上手でおいしい結果を出しているワインと区別するのは難しい。だからおいしい結果を出してくれない限りは注目しようもないし、買いようもない。プリオラートの場合、ちょうどぴったりの時期に、優れた生産者、優れたテロワール、市場に合致する味、その味を支持する巨大市場が幸運なことに嚙み合ったわけです。そしてそれを後押しする形で、カタルーニャ政府が2000年に、そしてスペイン中央政府が2008年に最上格付けを与えた。この迅速な対応は驚嘆すべきものです。初ヴィンテージが89年、私が記憶する限り盛り上がり始めたのは94年ヴィンテージ、つまりリリース時期を考えると978年。それからたった3年でDOQとは、いったいどういう意思決定が誰によってなされたのかと思います。そもそもエスパイ・プリオラートのような大規模なイベントを頻繁に行うためには相当な予算が必要であり、足の引っ張り合いをすることなく関係者全員がきちんと同じ方向に揃ってマーケティング活動をしてきたという点も看過してはいけません。

 プリオラートがおいしいのは当然なので、それを前提として話をするなら、いくつかの論点を提示することができます。

■灌漑について

 プリオラートは年間降水量約600ミリなので、無灌漑で問題なく栽培できるところです。急斜面とはいえ、シストや粘板岩が風化した粘土がありますから、保水性も約束されています。基本品種は最も渇水に強いガルナッチャとカリニェナです。それでも灌漑が見られるのは、粘土がない劣った区画なのか、収量増大を目的としているのか、渇水に弱い国際品種つまりボルドー品種かシラーを不適切な場所に植えているからです。

 灌漑しているワインは、無灌漑のものと比べて、酸の柔らかさや果実味のまろやかさやタンニンのしなやかさはありますが、構造が緩く、単調で、下方垂直性に劣ります。もちろん私にとっては構造の堅牢さ、複雑性、下方垂直性は極めて重要な品質要件ですから、無灌漑のワインのほうが優れていると思っています。試飲会では灌漑しているか否かを聞いて回っていたので、上記の違いは百本を超えるテイスティングの結果であって推測ではありません。

 しかしながら話はそうは単純ではありません。90年代のプリオラート興隆の理由のひとつに、アメリカ市場(ないしアメリカ人評論家)の嗜好への適合性があると先述しました。彼らの評価基準を分析すればわかりますが、酸が柔らかくて果実味がまろやかでタンニンがしなやかであることは、高品質の証です。高評価のナパのカベルネ・ソーヴィニヨンやシャトー・ポンテ・カネの味わいを見ればわかるはずです。ちなみに最近ではアメリカの評価基準も多様化しており、グラタヨップのガルナッチャ的味だけではなくポレラの高標高カリニェナ的味も称賛され、高得点を獲得しているという事実は言っておかねばなりません。

 灌漑がもたらす味わいをよしとする人は世界に多いものです。豊満な果実味の魅力と緊張感のあるミネラルの魅力とどちらが多くの人に理解されやすいかと問うまでもありません。さらには新世界ワインが入門者向け市場で強力な地位を占めており、それら灌漑味ワインで多くの人の味覚が条件付けられていることも大きいと思います。慣れ親しんだ味をおいしいと思うのは人間の常です。プリオラートがこれからも世界じゅうの市場に浸透し、高い評価を獲得し続けていくためには、灌漑味のワインが必要であると、マーケティング的立場からは主張することができます。

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▲これを飲むと、プリオラートがなぜアメリカでそんなに人気になったのか理解できる。

 たとえば端的な例として、2000年にサンタリタヒルズのシースモーク等カリフォルニア資本によって創業されたワイナリー、Melisの味を見てほしいと思います。ワインメーカーはカリフォルニア大学デイヴィス出身です。大変においしいワインですが、国籍不明感が若干あります。ブランドで飲めばチリかな、カリフォルニアかな、と思います。プリオラート的な否か、ではなく、おいしいかまずいか、という評価基準で見るなら、なんの問題もありません。もちろん灌漑しています。ワインメーカーのハビエルさんによれば、「収量のためではなくブドウのストレス減少のため」。私が「まさにアメリカ人好みの味ですね」と言うと、「アメリカ市場で売るために作っている」。それはそれで理にかなっているビジネスです。

 

■除草剤

 急斜面産地の例に漏れず、プリオラートでは除草剤散布が多くみられます。除草剤を使うとミネラル感がなくなり、余韻が短くなり、ぺたっとした味になります。とはいえだんだんとよい方向に向かっていることは確かなようです。一本数十ユーロもするワインなのですから畑仕事に人を雇うことができますし、高級ワイン市場で競争力を保持するためには除草剤味のワインではだめだということぐらい誰でもわかります。しかし見た目ほどは味への影響がないと思うのは、水はけのよさゆえでしょう。

 

■国際品種

 プリオラートでは90年代にカベルネ・ソーヴィニヨン等のフランス品種が多く植えられました。今ではそれらを引き抜き、地場品種に植え替える動きが盛んです。それはよいことです。ガルナッチャとカリニェナは基本です。

私は原理主義者ではないので、国際品種全否定ではありません。いったいどんな畑なのか、何を目指しているのか、誰に売るのか、という数多くの要因から、適切な国際品種の適切なブレンドは導き出されます。地中海品種に適さない谷底の水が多い区画を遊ばせておくよりはボルドー品種を植えるほうがましだと、ワイナリー経営の立場に立つなら思います。

ただ、カベルネ・ソーヴィニヨンの多用はいけません。たぶんブレンド比率10%未満ではないと、自己主張の強いカベルネ・ソーヴィニヨンは地場品種を圧倒してしまいます。熟成すれば融合すると思うのは間違いです。1990年代のカベルネ・ソーヴィニヨン入りワインは、今飲むと、本来のブレンド比率より多くの比率が入っているかのように、カベルネ味が強まっています。長期熟成のためにカベルネをブレンドしたのかもしれませんが、生々しい味を保つのはカベルネだけであり、ガルナッチャはアルコール感が抜けて大変にしなやかでおとなしい味になっています。

プリオラートではカベルネ・ソーヴィニヨンの収穫時期はガルナッチャより遅くなります。より冷涼な産地のブドウなのに不思議ですが、夏のストレスに耐えられずに成熟が遅れてしまうのでしょう。ですから往々にしてカベルネ・ソーヴィニヨンは完熟した味がしません。メルロは、乾燥して暑い土地に植えること自体、初歩的な間違いです。

シラーも危険です。シラーは味の上のほうを占めるので、少量でも大変に目立ちます。香りを持ち上げるために役にたつとはいえ、その方向に行き過ぎると、シラー、グルナッシュ、カリニャンのブレンドのワイン、つまりラングドックとそっくりになってしまいます。

最もポテンシャルがあると思うのはカベルネ・フランです。タンニンが細かく、エグくならず、ソーヴィニヨンより品がよく、酸もあると思います。これをブレンドすると垂直性と香りの伸びが出るようになるでしょう。

 

■方位と標高

 最近は酸やフレッシュさや低アルコールを求めて標高500メートル以上の高地にある畑や北向き斜面の畑が注目されています。それはそれでワインの多様性を生み出し、興味深いものです。

 しかしガルナッチャやカリニェナの魅力とはなんなのか、という視点は忘れてはいけません。ラングドックにたとえて言うなら、グレ・ド・モンペリエとピク・サン・ルーのどちらが地中海ワインらしいか、ということです。近年では後者の評価が高いのはご存知の通りでしょうが、それはピク・サン・ルーがブルゴーニュ的な味わいだからです。どこでもかしこでもブルゴーニュ的な味を理想とする近年の風潮は本当に異常です。ブルゴーニュが好きならブルゴーニュを飲めばいいのであって、その味をどうして他産地に求めるのでしょう。

 私は北向き斜面の味が優れているとは思いません。北向きは確かに酸が強まりアルコールは低くなりますが、スケール感・余裕感が出ず、神経質な味になります。涼しい年の南向き斜面ワインと温かい年の北向き斜面ワインの味は似たようになるかというとそうではなく、やはり南向きのほうが知る限り常にスケール感が大きいのです。

 標高が高い畑のワインは重心が高くなります。ラムやチキンには合うようになりますが、ワイン単体での上下バランスからすれば、下半身の支えが弱くなりがちで、決してコンプリートな味とは言えません。

 

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▲Vi de Finca二種

 プリオラートはスペインで最初にVi de Finca、つまり単一畑ワイン呼称が認められた産地です。現在ふたつのワインがVi de Fincaとして認められています。

 これまた世界じゅうに見られる「ブルゴーニュに倣え」運動のひとつに見受けられます。確かに最上の畑というものは存在するでしょう。しかし最上の畑から生まれる最上の味わいとは何か。その共通見解が確立しない状況で「グラン・クリュ」を認定するのは時期尚早に思えます。たとえばClos MogadorVi de Fincaとして有名ですが、私個人はどこがどうして他より優れているといえるのか、ワインをブラインドでテイスティングしても分かりません。

 そもそも最上の畑とは単独で存在するものではなく、品種やワインのスタイルと密接に関係しています。あるワインをある品種で造るためのグラン・クリュなのです。シャンパーニュのヴェルズネイは、シャンパーニュをピノ・ノワール主体で造る以上はまごうことなきグラン・クリュですが、コトー・シャンプノワをシャルドネで造るグラン・クリュとは言えません。クロ・ド・タールはピノ・ノワールのグラン・クリュであって、アリゴテのグラン・クリュではありません。プリオラートなら、マスカットもペドロ・ヒメネスもガルナッチャ・ブランカもカリニェナもメルロも認可品種です。そのどれもがひとつの畑で最上の味を生み出すわけがないではありませんか。

 単一畑ならよい、とする近年の風潮も問題です。よいブレンドは、中途半端な単一畑より優れています。ブルゴーニュの場合なら、一級や村名は単一畑よりブレンドのほうがコンプリートな味がするものです。だからブルゴーニュは特級の場合は単一クリマ=アペラシオンですが、一級や村名はそうではないのです。単一畑ワインブームは、それぞれ違うことは違うが帯に短したすきに長しの味の数多くのワインを生み出すことになります。ブルゴーニュでさえ、数百種類の単一畑ワインを目的・動機に沿って適切に選べる人など見たことがありません。ましてプリオラートで数百の単一畑ワインが登場し、ペネデスでも数百、タラゴナでも数百、と数が増えていき、スペイン全体で数万種類の単一畑ワインが登場し、世界じゅうで数億種類の単一畑が生まれ、、、、、という状況を想像してみてください。現実に意識的・自覚的に選べない選択肢がいくらあっても、選択の自由は生まれません。むしろ人間は選択を放棄してしまうのです。譬えていうなら、極めて理想主義的だったワイマール共和国憲法下の単純小選挙区制による小政党乱立がそのあと何を生み出したか、ということです。それよりは、適所適材に区画と品種を選び、ブレンドして、1プラス1を3にしていく努力のほうが消費者のためになります。

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▲Vi de Vilaの例

 生産村名表記ワインであるVi de Vilaは何の問題もありません。Vi de Fincaのように優劣の視点を内包するものではなく、単に生産地の明確化であり、消費者にとってもどこの村のブドウからワインが出来ているかが約束されるのはよいことです。プリオラートを構成するBellmunt, Escaladei, Gratallops, El Lloar, La Morera, Poboleda, Porrera, Torroja, La Vilella Alta, La Vilella Baixa, Masos de Falset, Solanes d’El Molarごとにキャラクターがそれなりにあるのは事実ですから(まだまだ私程度の経験では明快に言語化できません)、それをもとにワインが選べるようになります。プリオラートでは南西に行くほど温かくなり、東に行くほど雨が多くなり、南東で斜面が急になり南西で緩やかになる、といった基本を覚えておけば、そのあと村名とその位置を知ることで味の予想がつけられます。

 

■白ブドウ

 なぜシラーを入れるのか、なぜ標高が高い畑に向かうのか、といえば、ワインに軽やかさ・フレッシュさ、エレガントさを求めるからです。目的は正しくとも手段が間違っています。正しい手段は、黒ブドウに白ブドウを3%から10%ほど入れて混醸することです。シャトーヌフ・デュ・パプやコート・ロティの例からも分かるとおりです。

 これは温暖産地すべてに言いたい。カギは白ブドウの使い方だ、と。昔は黒白混醸は常識です。プリオラートの高樹齢の畑はガルナッチャやカリニェナの中にガルナッチャ・ブランカやカリニェナ・ブランカが混植されています。今では黒白別々に収穫して赤ワインと白ワインを造ったりしますが、昔どおりに同時収穫すればいいだけのことです。赤ワインに白ブドウを入れず、白ワインに黒ブドウを入れないようになったのは、ワインの歴史の中の巨大な誤謬です。プリオラートの白をグラスに極少量入れてから同じ畑で産出されるプリオラートの赤を注いだほうが、赤だけ注ぐより、ずっと上品に、ずっと伸びやかになります。

 

 どの産地でもそうですが、知れば知るほどワインが楽しくなりますし、理解して味わえるようになるため、よりおいしくなります。大切なのは、誰とかがいいと言っているからいい、という主体的選択の自由を放棄したワインの判断をするのではなく、各人が自分自身の視点や関心に基づいて対象を把握し、自分自身のためにワインを選択することです。プリオラートは偉大なポテンシャルがある産地ですし、すでにそのポテンシャルは様々な形のワインとして具現化していますが、次のステップへと進むためには、今こそしっかりとした考え方をもってワインをテイスティングし、議論を深めていかねばなりません。

 

 

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