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2017年7月の記事

2017.07.31

オーストリアワイン at 銀座ICONIC

 銀座にあるフランス料理店、ICONICで、オーストリアワインをフランス料理と共に味わう会を開催しました。

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▲会場はICONICの個室。


 現代のフランス料理は繊細で軽やかで素材感を大事にします。特に日本のフランス料理は、タンニンで流したくなるような過度の脂肪分がないのは当然ですし、酸も少ないと思います。フランス料理は香りも大事ですから、ワインも基本的に香りが華やかなほうがいいでしょう。しかし上質な素材を適切に調理したなら、料理の余韻は長いものです。ところが軽やかでフレッシュなタイプの多くのフランスワインは、余韻の長さに問題があります。

 フランスワインの問題のひとつは、

上級アペラシオン=高価=濃厚=樽=タンニンも酸も多い=長期熟成型=長い余韻

下級アペラシオン=安価=薄弱=タンク=軽い=フレッシュ=短い余韻

という等号が成立する場合が多いことです。アペラシオンががっちりと確立されているフランスワインは、わかりやすいと同時に硬直的になりがちです。

 オーストリアでは、同じ畑で比較的多くの種類の品種を植えたり、同じ畑でタンク発酵熟成版と樽版、薄い版と濃い版を作ったりするのがおもしろく、これが料理との相性を考える上では選択肢の多さにつながるのです。すなわち、いい畑で濃厚・長熟型だけではなく夏向きの軽快なタイプのワインが作られます。この場合、オーストリアではオーガニックやビオディナミのワインがヨーロッパ屈指の比率で生産されることも重要です。余韻の流さは畑と栽培でおおよそ決まりますから、実はオーストリアワインは、夏の軽快で上質なフランス料理にぴったりのものがたくさんあるということになります。こうした観点からして、私はオーストリアワインはフレンチを含むいろいろなレストランで扱えばいいのに、と思っています。

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▲小アユはアイゼンベルク地区レヒニッツ村のソーヴィニヨン・ブランと。


 今回のメニューは、小アユのフライ、車海老とガスパチョ、鰈のムニエル、鴨のロースト、ルバーブのコンポートと紫蘇のソルベ、でした。ワインは、食前酒としてツヴァイゲルトのブラン・ド・ノワールの泡のあと、アユにアイゼンベルクのエリアのソーヴィニヨン・ブラン、車海老に樽なしツヴァイゲルト、鰈にグリューナー・ヴェルトリーナーいろいろ、鴨にアイゼンベルク、デザートにアンセストラル法のグリューナー、リースリング、マスカットの泡を出しました。

 アユにソーヴィニヨンは順当です。アイゼンベルクのシストに植えられたソーヴィニヨンは味わいがタイトでミネラリーで涼しげな香りをもっており、アユにぴったりです。しかし石灰ではないので酸がキツくなりません。硬質な非・石灰の岩の斜面にこの品種が植えられているケースは世界を見渡してもあまりないので、これは非常におもしろいサンプルです。

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▲車海老のガスパチョには、DACノイジードラーゼー。

 ツヴァイゲルトと車海老、というのは、今回のひとつのポイントです。ツヴァイゲルトは赤ワインです。しかし軽くさらっと作っている今回のワインは、樽も使っていませんし、タンニンが少なく、酸もやさしく、柔らかい肉料理だけではなく魚にも合います。ツヴァイゲルトの多くは重心が低いところも使いやすい点です。もちろん海老をはじめとする甲殻類は重心が低いため、重心の低いワインを合わせねばなりません。とはいえ、実際にそのようなワインがどれだけあるかを考えると、意外なほど少ないのです。軽くさらっとした赤ワインの多くは重心が高いものです。グルナッシュやテンプラニーリョからも重心が低く酸が弱くタンニンも少ないワインを造ることができますが、グルナッシュはアルコールが高くボリュームが大きいので、車海老に対して支配的な味になりがち。テンプラニーリョは樽が目立つスタイルが多いので、これもまた茹でた車海老との接点が見出しにくいものとなります。

 今回のツヴァイゲルトは、ひとつはノイジードラーゼーの砂質土壌から、もうひとつはミッテルブルゲンラントの粘土質土壌からのワインです。どちらも岩ではないことが大事です。岩のワインは堅牢な構造がありますから、今回のような柔らかい車海老+ガスパチョには合いません。そのふたつの中では、粘土質土壌のほうは相当高密度な味わいなので、やはり予想どおり砂質土壌のツヴァイゲルトのほうが合いました。

 繰り返しになりますが、ツヴァイゲルトは、基本的に、

1、低タンニン。

2、低酸。

3、低重心。

4、緩構造。

の、おだやかな赤ワインです。しかし余韻が短いのかといえばそうではありません。低脂肪、低酸、低重心、緩構造の料理が多い日本にあってはとりわけ、料理とワインの相性を考える上で、これが大変に使いやすい特徴となるわけです。

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▲鰈には、クレムスタルの石灰質礫岩土壌の少しMLFをしたグリューナーを。

 鰈のムニエル、ケッパーソース(エイだと古典的なパリビストロ料理です)にグリューナー・ヴェルトリーナーも大変においしい組み合わせです。しかしこの場合のグリューナーは、グリューナーの典型的土壌であるレス土壌ではいけません。重心が高くなるからです。今回はレス土壌と石灰質土壌のグリューナーを試してみましたが、やはり重心の低い石灰質でなければ合いません。グリューナー自体、重心が低くなる品種です。それは同じ土壌で他品種のワインと比べてみれば分かります。ですからグリューナーは、基本的に、豚や海老や白身魚や帆立に合う品種なのです。

 ところが世の中、誰もが以下のようなロジックでグリューナーをとらえます。

1、グリューナー=白コショウ的なスパイシーな香り。

2、ワインと料理は香りで合わせる。

3、ゆえにグリューナーはスパイシーな料理に合う。

 実際に検証してそうだと思うのでしょうか。オーストリアワイン大使コンテストの口頭試問でも皆さんそう答えます。困ったものです。もちろんスパイシーな香りがするグリューナーも多いですし、それが魅力だとはいえ、うな重の山椒にワインを合わせるのではなくウナギに合わせねば意味がないのであって、スパイシーさは最後に考えればいいことです。

 もうひとつのグリューナーの特徴は、流速が遅いこと=粘りがあることです。これがメインディッシュのボリューム感に合わせやすいポイントです。そして質感が柔らかく形の角が丸いことです。もう一度まとめると、グリューナー・ヴェルトリーナーは、

1、重心が低い。

2、流速が遅い。

3、質感が柔らかく形の角が丸い。

4、スパイシーな香り。

 鰈のムニエル、ケッパーソースもまた

1、鰈は海の底にいる魚だから重心が低い。

2、バターソースがしみ込んで流速が遅い。

1、西洋料理の魚は基本、質感が柔らかく形の角が丸い(メザシのような固いものはない)。

2、ケッパーを使っているからスパイシーな香りがする。

 というわけで、順当に合うのです。

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▲鴨には、重心の高い、標高の高い畑のブラウフレンキッシュ、DACアイゼンベルク。

 ICONICでもこうしたワインを使えばいいのに、と思いますが、ひらまつグループは自社輸入ワインの縛りがきつく、全店一元的に管理されているようで、店舗ごとの自由があまりないようです。さらにはそのワインが30年前みたいな超がつくほどの古典リスト。昔はホテルってこんな感じだったよな、と思わせる、ボルドーとブルゴーニュの羅列。料理はがんばっているのに、接客もいいのに、ワインリストは、正直、見ていて恥ずかしくなりますし、お店のスタッフに申し訳なく思います。現状ならワイン持ち込みしかないと、皆さん思うでしょうけれど、抜栓料は懲罰的に高いのです。

 話がそれてしまいました。925日には東京、26日に名古屋、28日に大阪でオーストリアワインマーケティングがセミナー&試飲会をします。名古屋と大阪のセミナーでは私がグリューナーとツヴァイゲルトについてお話します。オーストリアワインはいろいろな産地といろいろな品種があって楽しいのですが、それら全産地と全品種の知識を暗記するほど深くはのめりこんでいない方にとっては、まずはグリューナーとツヴァイゲルトのことを知っていただくのが大事だと思うからです。そして「知る」とは、栽培面積やアペラシオンの最低アルコール度数を覚えるといった資格試験的な知識ではありません。有用性を知る、ということです。

2017.07.20

ディオニーの試飲会

 ディオニー渋谷オフィスで7月19日に開催された試飲会に行ってきました。

 アルザスのデメテール認証ビオディナミ生産者、クラインクネヒトを初めて飲みました。この生産者のワインは他輸入元も扱っていますが、ディオニーのワインは、クラインクネヒトが作る亜硫酸添加量の低いタイプのもの、とのこと。ですからグラン・クリュ・ゾッツェンベルグは扱っていません。

 参考小売2200円(シルヴァネール)から2800円(ゲヴュルツトラミネール)という低い価格で、デメテール認証ワインなのですから、これはずいぶんと安いですね。レストランが3000円未満で売れるようなビオディナミのアルザスなら、今まで工業的農薬ワインを価格的な制約から扱うしかなかったような、より低価格帯の業態にも浸透していけるでしょう。すなわち、今までよりさらに広い層の消費者がビオディナミのワインを飲めるようになるということです。これは、その事実だけで、大変に有意義です。工業的農薬ワインがふさわしいようなレストランというのは、原理的に存在しないと思います。工業的農薬ワインとは、食品で言うなら、缶詰やレトルトや冷凍食品です。レストランとは基本、素材のアッセンブリーと最終調理を消費の場で、消費の寸前に行うシステムです。だから、保存料等の添加物を使用する必要がなく、味に生々しいエネルギーがあります。だからレストランには同じような性質をもつワインがふさわしいのです。

いくらおいしいワインだろうが、ビオディナミだろうが、一本何万円もするようなワインはごく一部の人たちのごく一部の動機にしか対応しません。たとえて言うなら、同一予算で、一か月に一回超高価なオーガニックのお茶を飲み、残り29日は普通の安価な農薬使用のお茶を飲むのと、毎日オーガニックのお茶を飲むのと、地球環境、労働環境、そして消費者にとって、どちらがより推薦されるべき消費様態でしょうか。世の中に最も必要なのは、安価なオーガニックやビオディナミのワインです。

 私は、ディオニーは過去、世の中に大きな貢献をしたと思っています。彼らはオーガニックやビオディナミのワインを、一部の趣味的市場ではなく、広く一般の食卓に広め、それをノーマルなものにした輸入元のひとつだからです。このクラインクネヒトもその流れにあるワインとして、評価されるものでしょう。

 とはいえ、このワインをワインそのものとしてテイスティングすると、違った角度から問題点が浮かび上がってきます。それは近年のナチュラルワイン全体に言える問題点、SO2添加量です。ディオニーはSO2数値が低いワインを近年意識して扱っています。添加量を下げることで確かにワインはよりいきいきとしたエネルギー感を保持することができます。しかし同時にワインは酸化、劣化しやすくなります。SO2添加量を下げても酸化防止効果を維持し、瓶内再発酵を防ぐためには、ワインのpHを低くし、完全発酵させて残糖をゼロに近づけ、さらにはMLFをする必要があります。そのためにはブドウを早く収穫しなければなりません。早く収穫しなければ、現在のアルザスでは、特に2015年のような暑い年ならば、潜在アルコールが高くなり、完全発酵したらアルコール度数13度以上のワインになってしまい、味わいとして市場に受け入れられなくなります。

 早摘みの結果としてブドウが熟していない味、つまり、重心が高く、小さく、風味が単調で、固く、余韻が短いワインになってしまいます。SO2の少ないワインにはそのような味のものが最近多いという印象です。クラインクネヒトも、私にはそのひとつに思えます。それが正しいのかどうかは、優先順位が何かによります。SO2が低ければ低いほどよいという価値観のもとでは、それを実現するためのもろもろの手段は正当的とみなされます。早摘みしてリンゴ酸が多いブドウをMLFして乳酸っぽい味のワインになったとしても、その価値観によれば大した問題ではありません。

完熟したブドウから造るワインは、エネルギー感があり、スケールも大きく、味わいも複雑ですが、辛口ならばアルコールは高くならざるを得ません。アルコールを低めに抑えるなら残糖は不可避です。私は昔のマルセル・ダイスのワインが大好きでしたが、それは残糖と完熟を天秤にかけて後者を選択した味だったからです。ちなみに、ニコラ・ジョリー(21世紀に入ってからの)のサヴニエールやマーク・アンジェリのボンヌゾーは、熟したビオディナミのブドウのエネルギー感がSO2添加量の多さを上回っている好例だと思います。ワインワインは完熟したブドウから造るのが前提です。もしそれで残糖が不可避なら、甘口ワインが自然の命ずるメッセージなのだと、消費者が理解し、受容すべきです。無理して辛口にしたコリウールよりきちんと熟したバニュルスのほうがワインとして正しく、おいしいということです。今回のワインの中ではゲヴュルツトラミネールが一番よいと思いました。それはこのワインだけが完熟したエネルギー感、スケール感、余韻があったからです。そのかわり、もうお分かりのように、残糖があり、結果としてSO2100ミリグラム/リットル(ディオニーの方に説明によれば)という多さです。私はSO2が苦手なので、頭が少し痛くなりました。

さあ、どうすればよいのでしょう。アルコール度数が上がらなくなるクローンを開発する、とか、ワイナリーをホイリゲにしてもらってできたばかりのSO2無添加のワインをその場で飲む、とかの非現実的な話を除外し、できることの中で考えねばなりません。少なくとも、エネルギー感を保持しようとしてSO2添加量を減らし、そのために早く収穫してエネルギー感のないワインを造る、というのは論理的に矛盾した行為です。まずはエネルギー感のあるワインを造り、結果としてSO2が増えたなら、フリーSO2が無視できる数値になるまで数年間熟成させてから飲む、というのが一番簡単な解決だと思います。SO2の悪影響を相殺するビオディナミ的なプレパラシオンをグラスの外側に吹き付けてからワインを飲むことも考えられます。ディオニーもビオディナミにこれほど深く傾倒しているなら、瓶内のSO2を無力化する祈祷文なりプレパラシオンなりを自分で開発できるはずなので、分析値に拘泥せずとも大丈夫な気がします。

もうひとつの現実的な方法は、涼しい産地のワインを買う、です。つまり、アルザス品種のワインを、アルザスより涼しい土地から選べばいいではありませんか。試飲会で、アルザスのあとに、なんとドイツ(ディオニーはドイツワインを始めました)が置かれていたのには驚くとともに、その内在的なロジックに感心させられました。ドイツに着目するのはよいことです。そして実際に素晴らしいワインでした。ハルプトロッケンで2700円、村名トロッケンで3300円。品質を思えば大変に安いと思います。これが現在のドイツの実力です。正直、アルザスのワインよりエネルギー感、スケール感があって、いいと思いました。

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しかしこれまた話は簡単ではありません。まず、そのワインはラインガウのリースリングだったことです。ラインガウはもはや暑い産地ではないでしょうか。ザクセンとかのほうが論理的に正しくはないでしょうか。また、どうしてリースリングなのでしょうか。リースリングは料理に合わせるのが大変に難しい、という問題はさておき、リースリングは残糖ゼロにはなかなかならない品種です。ドイツではそうするつもりもないでしょう。そしてドイツは基本的にMLFをしませんし、無清澄無濾過のリースリングも大変に少ないものです。彼らが扱うビボ&ルンゲも、オーガニック栽培ではありますが、醸造に関してはコンヴェンショナルで、結果として普通のおいしいドイツワインです。SO2も当然ながら多いでしょう。それでOKなら、フランスのワインでもそれでOKとしなければ矛盾した態度です。ドイツならば、リースリング以外の、完全発酵・MLF・無清澄無濾過のワインが造りやすい品種を選ぶほうが筋が通っていると思えます。

そのあとフランスワインのいくつかを飲んで、思ったことがあります。少なくともディオニーが扱う最近のフランスの若手のナチュラルワイン全体の傾向としては、そつなく上品できれいですが、予想通りの味というか、予定調和的で、デーモニッシュな情念の部分があまり感じられないのではないか、と。基本的に知的で、ワインを飲んで下半身に来ないのです。頭のよい人が造り、頭のよい人が買い、頭のよい人が飲む、という商売の構図にとってはそれで正しいのですが、私のような頭が足らずに感覚で生きているはぐれものには、正直、優等生っぽすぎるのです。私はスリル、心地よい裏切り感、感情的高揚、お笑い、揺さぶられ感といったものをワインから得るほうが、知的な完成度や嫌われることのないバランス感を眺めて感心するよりもいい。

周囲から変人扱いされる中で孤軍奮闘して道を切り開いてきた第一世代のワインのほうが、私は好きです。だから今回のフランスワインの中で一番気に入ったのは、第一世代であるドメーヌ・ミランのパピヨン・サンスフル・ロゼでした。粗っぽく凹凸があるかもしれませんが、とにかくエネルギーにあふれ、気合が感じられます。まあ、これは好みの問題です。手間をかけたきれいな盛り付けの日本料理のおひたしより、中国料理の強火野菜炒めをバンと皿にのせて「ハイ、一丁あがり!」のほうが好き、という人ならば。

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最後に、最もお勧めしたいワインは、イタリアの協同組合が造るデメテール認証ビオディナミBIB、ルナーリアのチェラズオーロ・ダブルッツォとモンテプルチアーノ・ダブルッツォです。3リットルで4300円。モンテプルチアーノはまるく、重心が低く、酸が低く、概して日本の料理(和食という意味ではなく)には最も合わせやすい品種なので、これは日本の数多くの飲食店にグラスワイン用として置いてもらいたいと思いました。容量が大きいことは味の伸びやかさにつながっています。飲んでゆったりとした気分になれましたし、ストレス感、抵抗感がない味わいで、ポジティブな明るさがあり、飲食店にはノリとしてもぴったりだと思います。しかめつらして飲むようなワインや、有名産地で内実の伴わない悪しきブランド信仰ワインは、特にカジュアルな飲食店には不要です。

2017.07.18

ビルギット・ブラウンシュタイン

 ライタベルクのビオディナミ生産者、ビルギット・ブラウンシュタインを、1999年ヴィンテージの頃からたびたび訪れています。

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彼女のワインを一言で言うなら誠実さです。90年代のボルドー的なモダンな味わいから現在の穏やかなでナチュラルな味わいに至るまでの進化は、オーストリアワインそのものの進化、また世界のワインの流れと同期してきたと思いますが、それは追随ではなく、先導だったと思います。それぞれの時代に、日々の仕事を通して彼女が考え、課題を設定し、解決方法を編み出し、実際のワインの形へと高めてきた誠実な人間的営みそのものが、周囲の人々に啓示と勇気を与え、オーストリアワインの発展を導いてきたと思っています。

当人はいたって地味な人で、驕るところがありませんが、大変な有名人です。オーストリアワイン関係者で彼女のことを知らない人はいません。いろいろな賞を受け、いろいろなタイトルを授けられてきたのは、もちろん彼女がそれだけの仕事をしてきたからです。今思いつく功績を挙げるなら、1、プルバッハ村のテロワールの卓越性を知らしめたこと。2、ライタベルク地区でのビオディナミの先駆者。3、オーストリアにおける女性醸造家の先駆者。4、アンフォラワインの先駆者、といったことでしょう。

ブラウンシュタインのワインは、普通のワインです。つまり、へんであること自体を訴求する類の“ビオワイン”ではありません。私は目的と手段を取り違えたようなワイン観を首肯はしません。ちなみにそれはワイン観であってワインではなく、ワインに罪があるわけでも生産者が間違っているわけでもなく、受け手側に問題の大半があります。生産から消費への全過程のどこかに不自然さや無理があれば、それは必ずワインへの負荷を生み、その負荷は飲み手へのネガティブエネルギーになります。そのようなワインは、オーガニックだろうがビオディナミだろうが関係なく、つらいワインです。ブラウンシュタインのワインは、その反対。自然にビオディナミをしている普通のワインが一番ナチュラルですし、私はそういうワインが一番好きです。

私は彼女のところを訪問すると、いつも長話してしまいます。いろいろなことを議論しあいます。彼女は今回、「私は今まであなたの言ってきたことを聞き、それを取り入れ、実践してきました」と言っていました。私のほうが受けたものはずっと大きいと思いますが、そう言っていただけるのはありがたいことです。何がよいワインなのか、何が正しい道なのか、について、十何年ものあいだ話してきたのですから、確かにブラウンシュタインのワインの中には、私自身が飲んでいて落ち着く“わたくし的”なものが含まれているとしてもおかしくはありません。

 「今度テイスティングルームを作るつもりですが、この部屋でいいのかどうか判断してもらおうと思って」と、「昔は労働者の部屋だった」という、彼女の中庭の「神社」の横にある部屋に案内されました。ちなみに、ブラウンシュタインのワインは瓶詰めしたあと「神社」の六芒星の中心にあるパワースポットに置かれてから出荷されます。そのパワースポットに立った時の身体の感覚と、その部屋の中での感覚は、まるで逆です。つまり、よくない、ということです。「これはよくない部屋ですね。ビルギットさんもそれは気づいていたでしょう」と聞くと、「ええ、だからあなたにも見てもらいたかった」。

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▲中庭の隅に作られた「神社」の前にあるパワースポット


現在のテイスティングルームは彼女のワインの人気ゆえに押し寄せる数多くの人たちを受け入れるにはあまりに狭く、17世紀から続く名家らしく家の敷地面積は相当に大きいといえども空き部屋がたくさんあるわけでもなく、「よくない部屋」といっても取り壊して新築する余裕もなく、適切な落としどころを見つけないといけません。内装で悪いところを相殺するにはどうすればよいのかを話していました。出来上がったらどうなるのか楽しみです。

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▲中庭に埋められたアンフォラ。



彼女はオーストリアにおけるアンフォラ発酵ワインの先駆者のひとりです。そのシャルドネとブラウフレンキッシュは、確かによいところもあるのですが、特に値段を考えた場合は、完全に手放しでほめたたえるレベルのワインでは残念ながらありません。「確かに先駆者ですから尊敬はしますが、そのあと多くの人がアンフォラ発酵ワインを造り、世の中はこの数年で進化していると思います。アンフォラ発酵それ自体が目的であってはならない。そこから得たものを消化して、あなたも次のレベルに進まないといけない」と言うと、「ええ、まだ言っていませんでしたが、新しい試みのワインがあります」と、ソーヴィニヨン・ブランのNimueという作品を出してきました。これは3週間マセラシオンをしたオレンジワインですが、アンフォラではなく、500リットルのオーストリアンオーク樽で発酵・1年熟成したものです。これは厚み、複雑性、旨み、エネルギー感といった点ではアンフォラワインと同じながら、アンフォラワインのようなダークさ、沈降性がなく、すくっとワインが立ち上がっています。「私は毎年いろいろと考えて、常に次のステップへと進もうと努力しています」。これがビルギット・ブラウンシュタインの偉いところです。だから彼女のワイナリーを何年かに一回は訪問する意味があるのです。

最近はどうも温暖化の影響か、ライタベルクでかつて成功したピノ・ノワールやシャルドネが今でも本当に好適な品種かどうかは分からなくなってきました。私はノイジードラー湖周辺で飲むたびにおいしいと思うのはソーヴィニヨン・ブランです。ハレターしかり、レーナーしかり、グマイナーしかり、トリーバウマーしかり。ああ、名前を挙げているだけで飲みたくなってきました。そうは言っても日本には入ってこないので、これを読まれている方はご自身でブルゲンランドに行くしかありません(どれも少量生産ですからウィーンでは入手できないでしょう)。私の注目する、“ノイジードラー湖周辺のソーヴィニヨン・ブラン”の推薦ワインの中に、このNimueも入るようになったというのが今回の大きな発見です。

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常に一番好きなワインのひとつは、一番安いウェルシュリースリングです。シャルドネやピノ・ブランを植えたのはビルギットさんの父親で(それはそれですごいことです。今ではそれらがDAC認可品種なのですから)、祖父の時代はウェルシュリースリングやゲミシュター・サッツだったといいます。「ウェルシュリースリングは地元の人たちが飲むワイン」とのことで、価格は生産コストに関係なく低く設定されています。歴史的な観点や、価格やらDACやら世の中の評価やらに惑わされないテイスティング能力があれば、誰でも彼女のウェルシュリースリングの重要性と秀逸性を理解できるはずです。晩熟でアルコールが上がらず酸が高く保たれるこの品種の特徴は、温暖化の今だからこそ光るのではないでしょうか。

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▲ウェルシュリースリング



しかしどうも、彼女の言葉の行間から推測するに、次代を担う彼女の子息はウェルシュリースリングが好きではないようで、「樹齢50年の畑をこのまま維持するかどうかわからない」とのこと。シャルドネのほうが高く売れるし、世の中では評価されていますから、常識的にはシャルドネに植え替えるべきでしょう。しかしそれははっきり言って、偉大な歴史に刃を向ける蛮行です。ビルギットさん自身はウェルシュリースリングのよさをもう一度世の中にアピールしたいと思っていますが、オーストリア人だろうが外国人だろうが、ウェルシュリースリングの辛口がいいと言っている人は私を含めて極少数派なのです。私はそこで、こう提案しました。「他の品種のように、ウェルシュリースリングでもプレステージラインに属する商品を造らなければいけない。そうすれば世の中の人もこの品種の重要さとポテンシャルに気づく。そのための方法は、たとえば、アンフォラをウェルシュリースリングの畑の中に埋めてそこで発酵させることだ。それは現在のアンフォラワインシリーズのもうひとつの発展形にもなる」。私はオーストリアの前に行ったペネデスで出会ったSICUSのモナストレル(アンフォラを畑の中に埋めています)の話をしました。

しかしペネデスと異なり、オーストリアは冬の気温が大変に低く、畑の中にアンフォラがあればワインが凍ってしまう可能性があります。それをどう解決するか。小さな太陽光発電パネルを設置してヒーターをつなげ、それで温水を作ってアンフォラの周囲に埋設したヒートパイプに流す、とか。この費用回収のためにはワインは確実に30ユーロを超える値段になるでしょうけれど、現在のアンフォラワインシリーズと同じ値段なら筋は通るはずです。

そして次のステップとしては、現在のステンレスタンクで発酵・熟成するバージョンに加えて、伝統的な2000リットル以上の大樽で発酵・熟成するバージョンを造っていただきたいと思います。もちろんそれは彼女も考えているところで、「すぐになんでもやることはできないから、順を追って着実に」。

誤解されたくはないのですが、私はウェルシュリースリングならなんでもいいと言っているわけではありません。昔のウェルシュリースリングはおいしくありませんでした。ビルギット・ブラウンシュタインでさえそうです。薄くてすっぱいワイン。しかしビオディナミにすると、この品種のある種の無色透明さの中から膨大なミネラル感と旨みが湧き出てきます。いままでおいしくないと思っていたのは、ただ、状態不全の畑の味をそのままウェルシュリースリングが伝達していたからだ、と気づきます。皆さんも是非、ビルギット・ブラウンシュタインをはじめとするビオディナミのウェルシュリースリングを意識して飲んでみてください。

2017.07.17

アンジューのワインと、とんかつ

 日本橋人形町の裏通りで再興なった、静岡で1969年に創業したとんかつの伝説的名店『かつ好』。ここでアンジューのワインととんかつを味わう会を開催しました。

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路地裏の分かりにくい場所にある店。




 かつて二度ほど静岡市まで食べに行ったことがあります。とんかつ好きにとっては東京から静岡まで食べに行く必要がある店でした。揚げ油にごま油を使用する。とんかつの下に金網を置いて衣が濡れるのを防ぐ。キャベツの千切り専用のドレッシングを用意する。からしに粒マスタードを使う。わさび醤油やポン酢おろしも提供する。といった、現在では一般化した手法は、私の記憶する限りはこの店がパイオニアだと思います。

 個々のアイデアが秀逸なのは当然として、『かつ好』の卓越性は要素連関の一貫性と完成度にあります。そしてそれは、料理だけではなく店舗設計や什器備品に至るまでの全体を網羅しています。日本の場合、料理がおいしければそれですべて事足れりと思う傾向にあるようで、言語道断なサービスや不快な清掃状態の「とんかつの名店」もあるのですが、その観点からしても『かつ好』は模範的な存在だと思います。



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▲二代目ご主人の話を聞く。


 この店が近所に開店してから、どんなワインが合うかを考えてきました。とんかつは流速が遅く重心が下で水平的な形の料理です。とんかつ以外の『かつ好』の料理、たとえば車海老フライもそうです。そしてとんかつは硬質なエッジ感がなく、コクがあって、酸がありません。だからそういう味のワインでなければなりません。

 世界のどのような産地でもそういったワインは存在します。ではひとつの産地じたいが全体としてそのような性質のワインを産出するのはどこでしょうか。

 このような問いを適切に設け、それに適切な回答を与えられるようになることが、ワインの勉強の最も重要な(少なくとも飲食店においては)目的です。個別のワインについての知識が莫大にあっても、マクロ的な把握がなければ役に立ちません。先日ある専門料理店に行ったとき、どのドメーヌがどのグラン・クリュを何ヘクタール所有しているかといった知識を暗記しているブルゴーニュに詳しいソムリエの方に、どのアペラシオンがこの店の料理に一番合いますか、それはなぜですか、と聞いてみたのですが、答えてもらえませんでした。そんなに難しい質問でしょうか。豚肉専門店でブルゴーニュの赤ワインを揃えるなら、平均をとれば、メルキュレであってもリュリーではなく、シャサーニュであってもヴォルネイではないはずです。店側が料理をおいしくするワインを選べないなら、お客にとってはさらにその中からのみの選択になるのだから、ますます料理をおいしくするワインに出会う確率は低くなるではありませんか。

 話を戻して、ではとんかつ屋さんにふさわしい産地はどこか。今回の私の仮説は、アンジューです。

 アンジューはフランスでは大メジャーですね。普通のビストロに行ったらよくあるアペラシオン、ないし産地。アンジュー・ブランやアンジュー・ルージュはグラスワインでもよく見かけます。フランスワインが好きな人なら必ず飲んでいるはず。前菜のハムやサラミやリエット(つまり豚肉)とアンジュー、ないし、甲殻類にアンジューです。ならば、とんかつと海老フライが出てくるなら、順当にアンジューなのです。

 アンジューは誤解の多い産地だと思います。まずアンジューの代表的アペラシオンといえばカール・ド・ショームやボンヌゾーですが、これは甘口です。一般によく知られたアンジューのワインはロゼ・ダンジュー。これも甘いですし、そもそもあまりおいしいワインがありません。

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▲アンジューの畑。

辛口白ワインといえばサヴニエール・クーレ・ド・セランが代表でしょうけれど、これは例外です。なぜならこれだけがアンジューの中で明確に急斜面の畑だからです。つまり流速が早く、垂直的な味です。アンジュー地区はほぼすべて平地の畑です。ここがひとつの大きなポイントで、どのワインも流速が遅く、水平的で、重心が低い味です。そして土壌は基本的に非・石灰なので、酸が引き締まらずに穏やかです。高価・有名アペラシオン(カール・ド・ショームやショームやボンヌゾーやクーレ・ド・セラン)はシストですから酸がそれなりに明確ですが、大半の安価なワインは砂岩や砂や粘土や石英が多く、ますます酸は穏やかです。だからとんかつ屋さん向けなのです。

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▲アンジュー=シストというわけではない。



日本ではブランド趣味的なアプローチが多いですし、高級有名ワインを飲めばその産地が理解できると思われているようです。つまり、ブルゴーニュならモンラッシェとロマネ・コンティ、ボルドーならラフィットとペトリュースとイケムを飲めば分かる、といった考えです。確かに観賞用ワインならそれは必ずしも間違いではありません。ところがアンジュー(ロワール全体、と言ってもいい)は基本、鑑賞用ワイン産地ではなく、実際に使用するためのワインの産地です。だからフランスではロワールがレストランで最も売れるワイン産地なわけです。高価なワインを一通り飲めばアンジューのワインが分かるというわけではありません。

だからアンジューのワインがどれほど役に立つのかを知り、アンジューのワインでなければならない状況は他のワインではなかなか代替できないということを経験している人は決して多くはないように思えます。もし多ければ、日本のレストランでもアンジューが常備されていてしかるべきですし、ワインショップでももっと多く品ぞろえしてあるはずです。日本でアンジューのワインを扱っているとすれば、それはアンジューの個性が欲しいからというより、「ビオワイン」が多い産地だからでしょう。なんといってもニコラ・ジョリーとマーク・アンジェリのいる産地なのですから。

 

お出しした料理とワインの組み合わせは以下の通りです。

1、玉ねぎサラダ 

VdF Completement Ma Bulle 2015  Patrick Thomas

シュナン・ブランのトラディショナル法の泡、オーガニック。唯一エッジ感のある生の玉ねぎには、酸がくっきりとしたトラディショナル法。

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2、大豆角煮

VdF Hommage 2015  Didier Hauret

シュナン・ブランのアンセストラル法の泡、オーガニック。アンセストラル法ならではのとろみ、甘みが角煮にぴったり。

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3、海老フライ

Anjou Villages Les Oiselles 2015 Dhomme

カベルネ・ソーヴィニヨン、樽なし、オーガニック。アンジューでカベルネ・ソーヴィニヨン単一は極めて珍しい。海老のゴツさをこの品種が受け止める。カベルネ・フランだと重心が下にはならない。

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4、三味煮(しょうゆ味のリエットみたいなもの)

VdF Touches Les Grolleau! 2015 Herve Bosse

グロローの辛口赤、樽なし、オーガニック。けっこう癖っぽいスパイシーなワインで、他より酸が高い。

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5、ロースかつ

Savennieres Coulee de Serrant 2004 Nicola Joly

シュナン・ブラン、ビオディナミ。厚みのあるゆったりとした質感とコクと巨大なスケールと長大な余韻。ロースの脂身がとてもおいしくなる。空前絶後の相性。

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6、すっぽんカレー

Coteaux du Layon Cuvee Laure 2015 Patrick Thomas

シュナン・ブランの甘口、SO2無添加。甘口で無濾過無添加は超珍しい。もちろんこういうワインは輸入したら再発酵してしまうはず。普通の甘口とは異なるスケール感と伸びやかさ。カレーの辛さに対してマンゴチャツネを添えるような相性。

 

 ワインはすべて現地購入ですし、ニコラ・ジョリー以外は日本に輸入されていないと思うので、名前を書いてもあまり意味がないでしょう。大事なのは、何度も言っていますが、個別名ではなく、アンジューは流速が遅く、水平的で、重心が低く、酸が穏やか、という共通項です。例外なく、どれもそうでした。そして興味深いのは、例外なく、後味に若干の苦みがあることです。その苦みはどこかビール的で、酸がない分、料理の味をうまく引き締める役割をしています。苦みがなくて酸が強ければ(サンセールのように)、脂肪の甘さを相殺してしまい、とんかつを食べる意味を減じることになるのですが、酸が低くて苦みのあるワインは、くどさを減じても甘さを殺さず(まあ、ビールととんかつの相性にも似ています)、コースを通して心地よく、胃もたれなく食べ進むことができます。

 「クーレ・ド・セランは例外だと言っておきながらクーレ・ド・セランを出しているではないか」、とつっこまれるはずです。健全果で造られた通常のクーレ・ド・セランなら確かに「例外」であって、とんかつには合いません。ニコラ・ジョリーのワインの中ではヴュー・クロのほうにするべきでしょう。しかし今回のクーレ・ド・セランは2004年です。この年は相当貴腐ブドウが入っていて、MLFを行っており、例外的な味です。まさに流速が遅く、水平的で、重心が低く、酸が穏やかなのです。私は2004年は空前の大傑作だと思っています。大昔のクーレ・ド・セランはセックというよりモワルーだったはず。この年は残糖はなくとも風味的質感的形状的にモワルーです。参加された方は「すごい。モンラッシェと並んでフランス白ワインの代表とされる意味がよく分かる。クーレ・ド・セランを見直した」と言われていました。

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 合うワインと一緒に食べると、料理はさらにおいしくなります。おいしくなるとは、本質的な魅力が倍増し、余計な要素がなくなり、より純化した味になるということです。しかし合わないワインと一緒に食べると、確実に1+1=0です。ワインと料理は往々にして1+1=3なのか、1+1=0なのか、なのです。他の飲み物だと1+1=2を確実に狙えますが、それ以上にはなかなかならないように思えます。だからワインは楽しいのです。

 ちなみに今回ワインを飲んだ器は、いつも私が使用している白い磁器のカップです。グラスで飲んでは味が硬くなったり重心が上がったりして、今回のような奇跡的なおいしさにはならなかったでしょう。日本料理店ではいい加減、グラスでワインを飲むのをやめればいいのにと思います。日本の料理は基本、味がソフトで重心が下なのですから。

 

 

 

2017.07.11

シャンパーニュ・フィリポナ テイスティング・ディナー

 1522年創業の老舗シャンパーニュ・メゾン、フィリポナの16代目オーナー、シャルル・フィリポナ氏が来日し、銀座の高級焼鳥店、Toriya Premium本店でテイスティング・ディナーを開催しました。今回は私田中克幸が司会進行役を仰せつかり、シャンパーニュの中でも独特の味わいをもつフィリポナについて、そしてその味わいの軸となるアイとマレイユ・シュール・アイについて少々お話させていただきました。

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 フィリポナの特徴をまとめるなら、

1、アイとマレイユ・シュール・アイという最も緊密でソリッドなミネラル感をもつクリュのブドウを基軸としていること。

2、ピノ・ノワール主体なこと。

3、ドザージュが少ないこと、とりわけベーシックなワインはノン・ドゼ。

4、門出のリキュールにフレッシュなワインを使うこと。

5、この8,9年は自社畑に除草剤不使用。

6、MLFを半分行うこと。

 でしょうか。

これらが合わさると、1、ストラクチャーが堅牢で、2、重心が高く華やかさがあって酸が低めで、3、べたつかずにテロワールとブドウの質のよさをストレートに表現し、4、ひねた風味がなくビビッドで外に向かうエネルギーがあり、5、ナチュラルな味わいで、6、ソフトすぎずハードすぎずの絶妙な質感の酸を備えたワイン、というフィリポナらしさになります。フィリポナは、食前酒というより、食中酒です。それはアイやマレイユのワインすべてに言えることですが。

 

 このようなシャンパーニュに何が合うかといえば、まずは地鶏の焼き鳥でしょう。特に今回は集中型ヴィンテージである2009年や2007年だったので、ますますそうなります。

そこで、軽やかでいて芯のしっかりとした涼し気なミネラル感のある比内地鶏を使った焼き鳥店、Toriya Premiumを会場に選ばせていただきました。

 基本的なところを復習するなら、焼き鳥は酸がない料理ですから、酸の強いワインは合いません。酸が強ければせっかくの鳥の脂の旨さを消して、ぱさついた味になってしまいます。フィリポナはすっきりさっぱりしていながら、酸がきつくないのがいいのです。また、一般に言われているのとは逆に、ピノ・ノワールのほうがシャルドネよりも重心が高く軽やかな味わい。今回出てきた鶏と鴨は、もちろんどちらも重心が高い。だからブラン・ド・ノワールやそれに類するタイプのワインが合うのです。

 

 正直、以前のフィリポナは決して好きではありませんでしたが、久しぶりに飲むと大きく変化していて驚きます。以前よりずっと抜けがよく、精密で、フレッシュで、ミネラリーで、余韻がクリアーに長いと思います。

やはり農薬削減は効果的です。自社畑では除草剤不使用。ただ、クロ・デ・ゴワセの場合は、あまりに急斜面でトラクターが入れないため、通常の化学的除草剤ではなく、植物由来の油を雑草の上に撒いて枯らす方法を取ります。契約畑(全体の3分の2を占めます)の農家にはサステイナブル農業やオーガニック農業を行う場合はブドウ買い取り価格を高く設定するという動機付けを行って、年々農薬使用量を下げています。

さらに醸造も変化しているようで、よりクリーンでフレッシュな方向性になっています。会場にはフィリポナの長年のファンの方々もいらっしゃいましたが、「以前はもっと酸化気味で質感が粗かった」と言っていました。

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 おいしかった組み合わせは、

1、ノン・ドゼと、モッツァレラのカプレーゼ。さっぱりしてキメが細かい味わい。スケール感は小さめのワインなので、肉というより、フレッシュな野菜やチーズがいい。

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2、ロゼと、ささみ塩わさび。ロゼはもっともソフトなので、レアに仕上げたささみのソフトさにぴったり。熟成が短いことによる味わいのフレッシュさも、ささみやわさびの方向性に合います。

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3、ブラン・ド・ノワール2009年と、レバーと手羽。このワインはグラン・クリュなので、パワーが違います。スケールも大きくグラもあります。レバーも手羽も、リッチで強く、かつ酸がおとなしいワインが合います。

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4、クロ・デ・ゴワセ2007年と、鴨。急斜面で表土がほとんどないクロ・デ・ゴワセ(フィリポナのモノポールの有名な畑)はグラがあまりなく、厳しい味が特徴。鴨の肉はじわーんと肉汁がにじみ出るわけではなく、筋肉質なので、そのような岩っぽい味のワインが合います。

 

 料理とワインがうまく合致すると、1+1=3になります。その楽しさを経験すると、後戻りはできません。ただ食って飲むだけの非知的・非創造的な消費は、ワインの趣味とは言えないものです。皆さんも是非、フィリポナのワインを焼き鳥やさんで試していただきたいと思います。

2017.07.10

スイスワイン試飲会

 日本橋の杉山商事で、彼らが輸入する一連の「やまきゅういちスイスワイン」をテイスティングする機会がありました。

 スイスにはいろいろな品種があり、細かいことを言っているときりがありませんが、なんといっても白のシャスラーと赤のピノ・ノワールは基本中の基本。このふたつの品種のワインはスイスでは対極的ともいえる表情を見せることが多いのがとても興味深い点です。

 つまりシャスラーはほっこりふっくら、ピノ・ノワールはすっきりくっきり、です。スイス=山=冷涼&緊張感と考えると、シャスラー、とりわけレマン湖北岸の西から東にかけて広がる高名な産地、ラ・コートとラヴォーのシャスラーの味はそのイメージとはずいぶんと異なり、むしろ温かくてやさしくておとなしくて滋味深いワインです。

 ですから家庭料理にはシャスラー。スイスワインに詳しくない方なら、まずはこの定式を覚えておくのがいいと思います。「家庭料理にもいろいろあるではないか、シャスラーはクリュによって大きく味が異なるではないか、醸造法によっても違う」、と言われればその通りです。それでもシャスラーは緊張感を強いない味という点は共通しています。そして家庭料理のひとつの重要な本質とは、緊張感を強いない味だということです。

 これは抽象的な「質」の話ではありません。例えば洋服を考えてみましょう。社交ダンスにふさわしい服とビーチにふさわしい服は違います。いかによい「質」か、より、それぞれの状況にどちらがふさわしいか、のほうがはるかに重要です。困ったことに、ワインの場合、状況適合性より絶対的な質を重視する傾向にあります。ジャージの上下よりタキシードのほうが「質」がいいと考え、結果として、フォーマルパーティ的なワインばかりが増えて、実際の家庭料理とはノリが違うことになります。

 シャスラーにはジャージ的な疲れなさがあります。おとなしいアルコール、おとなしい酸、おとなしい香り、おとなしい構造。そのよさ、そのありがたみがわかる人は、きちんとワインと料理を家庭で楽しんでいる人だと思います。

 とはいえ、スイスのシャスラーはスーパーで売っているジャージではなく、譬えるなら、最高級素材を使ったオートクチュールのジャージです。超がつくほどお金持ちの国がスイスです。彼らの日常の一部たるシャスラーは、高級・高品質なカジュアルワインです。キャビアやフォワグラではなく、高品質な豆腐と高品質の味噌を使った高級にして普通の味噌汁です。このような位置づけにあるワインは、世界を見渡してもそうそうありません。

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 試飲ワインの最もベーシックなアイテム、アンリ・クルションのル・モルジェ2015年(2900円)は、まさにそういったワイン。しっとりとした質感や柔らかい果実味と酸はまさにシャスラーに期待する要素ですし、力の抜け具合が絶妙で、必要な項目をしっかりとおさえつつ、でしゃばることがありません。

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 スイスワインに詳しい人なら、それは当然のこと。今さらそんな話をするな、と言われてしまいます。確かに、そういう人に向けては、珍しいサヴォワ品種のモンデューズのワインのようなマニアックなものについて語っているほうが受けがいいでしょう。そのドメーヌ・メルムテュスのヴァン・デュ・バクニ2014年(6800円)は、冷涼感たっぷりの、ぴしっとした締まりのある、上品なワインです。サヴォワと異なるスイスらしいモンデューズ表現とは何か、に興味がある方には絶対のおすすめです。しかし多くの人にとってはそれより先に理解せねばならないワインがあります。今の私にとっての関心事は、スイスのシャスラーは万人にとっての基本アイテムのひとつになりえるワインであり、家庭に常備するにふさわしいワインなのだと、多くの人に伝えることです。

 本当なら、ヴィネクスポ東京なりフーデックスなりで、他の国々がやっているように、スイスワイン合同ブースを設けて、スイスワイン未経験者に広くテイスティングの機会と基本情報を提供することが必要だと思います。スイスのコアなファンだけとコミュニケーションしていてはもったいないし、素晴らしいワイン、特にシャスラーという稀有な存在に対して申し訳ない。スイスワイン関係者全体でスイスワインを拡販しようというチームスピリットを持つべきです。皆で仲良くして、小さなパイの奪い合いより、皆でパイを大きくする努力をまずはしないと。そもそもスイスじたいも、高級時計や医薬品やネスレ商品や金融商品を売っているほうが何万倍も儲かるわけで、もともと輸出する必要さえないワインのPRに積極的に国家予算を費やすわけがありません。だとすれば関係者の皆で力を合わせるしかないと思うのですが。

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最近輸入されるようになったスイスのピノ・ノワールの最高峰、イストワール・ダンフェールのカルケール・アブソリュ2012年(16000円)。美しいスイスの「山」の感じを求めるなら、これ以上のワインはないと言えるほど、すっきりくっきりした姿形。澄み切った見晴らしのよさの中で浮かび上がる、まさにスイス的な精密なディティール。涼し気な赤系果実の香りと緻密なタンニンと硬質な酸。余韻の淀みのない広がりと圧巻の長さ。シャスラーとは逆に、完璧なフォーマルドレス的ワイン。鑑賞して見とれる対象。世界のピノ・ノワールの中でも傑出した抜けのよい空気感があります。高価なワインですが、コート・ド・ニュイ1級と同じ値段。しかしこれは1級の味ではなく、グラン・クリュの味です。

 

「夏こそローヌワイン」試飲会

 フランソワ・ヴィラール、ピエール・ガイヤール、ジャンヌ・ガイヤール、イヴ・キュイユロン、コンビエ、ジャン・ミシェル・ジュラン等、おなじみの名前のワインが一堂に会した試飲会が、7月6日、麻布十番のnakatoで行われました。

 タイトルは、「夏こそローヌワイン」です。それは含蓄に富んだ命名です。ローヌといえば冬のジビエに向く重たいワインという印象が世の中に蔓延しています。それは間違いだと、私は思っています。ローヌはむしろ軽やかなワインです。違う表現をするなら、軽やかなタイプに仕上げているワインがおいしい産地です。

 今回登場したワインのほとんどすべては北ローヌ産でした。シラーはまさに夏です。シラーの特徴は清涼感であり、重心が上なことです。シラーが冬だと思われがちなのは、昔のローヌにはブレタノミセスが目立つものが多く、その香りが熟成したジビエを連想させたからです。影響力のある人がブレタノミセス臭さをむしろ好んでいたことも理由でしょう。今でもそんなことを言っている人がいるとすれば、時代錯誤も甚だしいと思います。

 現代の若手のナチュラルワイン系亜硫酸無添加タイプのローヌワインにもブレタノミセスが散見されます。それがいいと言う人が多いのが不思議です。人の趣味はそれぞれなので結構な話ですが、シラー=ジビエ=冬、という認識がいつまでも再生産される構図は問題であることには変わりありません。

 nakatoの扱ってきたレ・ヴァン・ド・ヴィエンヌ3人のワインは、もともとブレタノミセスが感じられませんでした。近年では、最近の潮流どおりに、さらっとした力をためないクールな味わいになっていると思いますから、なおさら「冬」ではありません。昔は「ちょっと物足りない」と感じたことがあった控えめな主張も、私もそれなりに経験を積んだからか、「この程度の塩梅がいい」と思えるようになりました。

特に今回は安価なワインの出来が気に入りました。もともとローヌでよく経験するのは、安いほうがおいしい、という事実です。そこにはいくつかの理由があります。1、安いほうは新樽熟成しておらず、樽のえぐいタンニンがない。2、安いほうは抽出が軽く、空気感がよく出る。3、安いほうは樽熟成が短いせいか、またさまざまな理由でpHが低いからか(熟度が低いとか)、ブレタノミセスが少ない。4、安いほうが樹齢が低いブドウを使っており、より溌剌とした味わい。5、南ローヌの場合、高いワインはグルナッシュ比率が多すぎる。今回もコート・ロティは、確かにテロワールの力強さは感じるものの、ごりっとしたタンニンとべたっとした果実味で抜けが悪く、好きになれませんでした。

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おすすめはクローズ・エルミタージュです。私は最近、クローズ・エルミタージュが大好きです。ひとつの理由は、逆説的ですが、よいテロワールではないからです。昔のローヌは涼しかったので日当たりのよい斜面が必要だったのでしょうけれど、今では平地で日当たりの悪いクローズ・エルミタージュのほうがアルコールが上がりすぎずにバランスがよくなるのではないかと思います。今では日当たりのよさは必ずしもプラスとは思えません。優れた畑で早く収穫してアルコールを下げると、結局は小さく神経質なワインになっておいしくありません。最近古典産地のワインを飲むと、そういうタイプが多くて欲求不満になります。もうひとつの理由は、クローズ・エルミタージュは基本的に花崗岩や片岩という北ローヌでは尊重される土壌ではなく、石灰やレスがあることです。これがよりフレッシュな酸や香りの軽やかさを生み出すと思います。それが夏にはぴったりです。

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生産者としては、ピエール・ガイヤールの娘、ジャンヌ・ガイヤールの素直で明るい味わいが気に入りました。特によかったのはミュスカ2014年(2700円)です。北ローヌにミュスカとは大変に珍しいですが、これはミュスカファンなら買うべきワイン。北ローヌらしくミュスカを樽発酵・樽熟成するというのがポイントで、南仏の食前酒的ミュスカと異なり、メインディッシュに合うだけの構造やボディや複雑性を持っています。ミュスカは明らかに地中海品種です。より温かいところから来ました。それが北ローヌでこれだけバランスのよい味わいになるというのは、きっと危惧すべきことなのでしょう。

となると、もはや北ローヌがシラーの最上の産地だとは思っていけないのかもしれない。ポテンシャル的にはクリュ・ボージョレをシラーに植え替えればベストでしょう。ボージョレが売れないと嘆いていないで、さっさとシラーを認可品種にしてほしいと願います。

 

 

2017.07.08

モルドバワイン

 ついにモルドバワインの総本山とでも言うべき大規模な品揃えの店が、広尾の愛育病院の前に今日7月7日開店しました。その名もストレートにモルドバワインショップです。そのオープニングセレモニーに行ってきました。

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ここ2、3年、日本では不思議なぐらいのモルドバワインブームです。会う人会う人、モルドバの話をしています。その前は皆がジョージアのワインの話をしていたのが、今ではモルドバがその地位を奪ったかのような。黒海ワインが大好きな私としては大いに興味があるところです。

 日本のワインファンが大挙してモルドバに行ったから、とは思えません。モルドバ観光といっても何があるのか。世界遺産は2005年に認定された『シュトゥールヴェの三角点アーチ観測地点群』だけです。19世紀前半に地球の子午線を計測した場所。マイナーの極致です。あとはプーシキンがロシアから追放されていた時期に住んで、かの大失恋ドラマ『エヴゲーニイ・オネーギン』を書いた家とか。これもマイナーですね。日本人がモルドバを自ら発見したというより、モルドバ側からのプロモーションが功をなしているのです。

かつてソ連の一部だったモルドバ(昔はルーマニアと同じ国)は、駐日モルドバ大使ブマコフ・ヴァシレさんによれば、「かつてソ連で消費されるワインの60%を生産する世界9位のワイン大国」。ソ連時代は構成国に主要産品を振り分けていたわけで、ワイン担当はモルドバとジョージアだったのです。「モルドバがブドウ栽培に最適な場所だったから」。私は、「しかし昔のモルドバワインは正直どうしようもない品質だったではありませんか」と言うと、「それはソ連がモルドバの国内での瓶詰を禁止していたから。当時はロシアへとバルクで運ばれ、彼らがモルドバワインに水と砂糖とアルコールを添加し、質を下げ、そこで彼らの利益を出していた」。それは初めて聞いた話です。それではまずくなるに決まっています。

ソ連崩壊後も輸出先の9割をソ連圏が占めていました。しかし2006年にロシアが政治的な理由から(表向きは低品質だからと言うことになっていますが、ありえない話です)モルドバワインの輸入を禁止。それ以降も復活したり禁輸したりと振り回されてきたので、モルドバは輸出先の多様化を図って西側諸国への働きかけを強めたわけです。最近のニュースによると、首都キシナウ国際空港の名称を公募したところ、なんと、ワイン・オブ・モルドバ空港に決まったそうです。英語で「ワイン・オブ・モルドバ」と呼ぶあたりも含め、国をあげてのワインPRを感じます。

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ヴァシレ大使は第二次ヴラド・フィラト政権(2011年1月から20135月)における農業大臣であり、それ以前も農業食品省第一副大臣を長く務め、モルドバワインの改革やマーケティングを主導してきた人です。「Valul lui TraianStefan Voda Codru Balti という四産地区分を決めたのは私だ」。彼が言うには、「ロシアはワインに関して特殊な味覚をもつ国。つまり甘口が好き。だからかつてのモルドバワインは甘口が多かった。しかし現代のモルドバワインは辛口へと変化した」。品種も現代ではカベルネ、ピノ、シャルドネ、ソーヴィニヨンといった国際品種が73%を占めます。西側諸国の嗜好に適合するようなワインを積極的に造ろうとしているのが現代のモルドバです。栽培面積的には7割が白ですが、輸出は55%が赤というのも、市場に合わせた状況です。ちなみに瓶詰めワインの9割は輸出されます。その数字を大使から聞いて、「おかしい数字ですね、ワイン造り数千年の歴史がありながら地元消費がないとは」と言うと、「統計にのぼらない自家製造自家消費ワインを国民は飲んでいるから」。それはジョージアやブルガリアと同じ状況です。さすが歴史あるワイン大国。いい話です。その比率は、というと、「計算が難しいが、たぶん5割」だそうです。

モルドバは全体に平坦かつ肥沃なローム土壌なので、西欧的な観点からすればグランヴァンの産地ではありません。フランスやイタリアのクリュは、斜面で痩せた土、というのが基本的な考え方ですね。同じ黒海ワインといっても隣国ルーマニアの産地の多くは丘陵地にありますし、標高が高いですし、石灰岩があったりと、より西欧的です。大使も「ルーマニアとは違う。あちらは山、こちらは平地」と言います。ジョージアでもフヴァンチカラやツヴィシは石灰の斜面です。

もちろん「平坦で肥沃となれば、凝縮したブドウができるとは思いません」という疑問は湧きますが、大使は「確かにその通りで、だから収量制限は大事。しかし肥沃な土壌ゆえのリッチなフルーティさが生まれる。また、とても肥沃な黒土の北部ではブドウは栽培されない。南部では砂が混じった軽めの土になる。降水量は北部では400ミリ、南部では300ミリしかない」。それだけ雨が少ないなら、それなりに保水性の高い土壌が必要です。

モルドバワインは質感の厚み、ボディ感、柔らかさがあります。私はモルドバには行ったことがありませんが、ルーマニア北部モルドバ地方の国境付近には行ったことがあります。モルドバに向かって見渡す限り黒いロームが広がっていました。ワインの味もまさにそういう感じです。西欧的なきりっとした酸や堅牢な構造を求める方向性とは逆の味わいが、つまりオリエンタルな寛容な味わいが、すべてのモルドバワインに感じられるのが魅力なのです。

しかし、手放しでほめるわけにはいきません。国際品種ワインばかりを造って輸出していたら価格競争になってしまいます。モルドバワインらしさも打ち出しにくい。たとえばトゥーレーヌのソーヴィニヨン・ブランとモルドバのソーヴィニヨン・ブランの値段は同じです。常識的に、本家フランス・ロワールのソーヴィニヨン・ブランのほうを多くの人は選ぶでしょう。対照的にジョージアの何がおもしろいかと言えば、数百もの地場品種がある点です。大使は「ジョージアワインの質はしょうもない」と言っていましたが、客観的に言ってそれは偏見です。だからルーマニア・モルドバ系品種であるフェテアスカ3種やララ・ネアグラ、プラヴァイ、ヴィオリカ等のワインの質を高め、それを訴求しなければいけません。「ジョージアはマーケティングがうまいがモルドバは下手」といった傍観者的な発言をしている場合ではありません。

ルーマニアやブルガリアやクロアチアと同じく、輸出向けのワイナリー製品だけ飲んでいても本当のところは分かりません。道端で売っているようなどぶろく系ワインにこそモルドバの本当のすごさが隠されているのではないかと、過去の東欧ワインの経験から想像します。こればかりは、実際に行って飲んでみるしかないでしょう。

 

〈田中克幸〉

 

 

 

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