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2017.07.18

ビルギット・ブラウンシュタイン

 ライタベルクのビオディナミ生産者、ビルギット・ブラウンシュタインを、1999年ヴィンテージの頃からたびたび訪れています。

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彼女のワインを一言で言うなら誠実さです。90年代のボルドー的なモダンな味わいから現在の穏やかなでナチュラルな味わいに至るまでの進化は、オーストリアワインそのものの進化、また世界のワインの流れと同期してきたと思いますが、それは追随ではなく、先導だったと思います。それぞれの時代に、日々の仕事を通して彼女が考え、課題を設定し、解決方法を編み出し、実際のワインの形へと高めてきた誠実な人間的営みそのものが、周囲の人々に啓示と勇気を与え、オーストリアワインの発展を導いてきたと思っています。

当人はいたって地味な人で、驕るところがありませんが、大変な有名人です。オーストリアワイン関係者で彼女のことを知らない人はいません。いろいろな賞を受け、いろいろなタイトルを授けられてきたのは、もちろん彼女がそれだけの仕事をしてきたからです。今思いつく功績を挙げるなら、1、プルバッハ村のテロワールの卓越性を知らしめたこと。2、ライタベルク地区でのビオディナミの先駆者。3、オーストリアにおける女性醸造家の先駆者。4、アンフォラワインの先駆者、といったことでしょう。

ブラウンシュタインのワインは、普通のワインです。つまり、へんであること自体を訴求する類の“ビオワイン”ではありません。私は目的と手段を取り違えたようなワイン観を首肯はしません。ちなみにそれはワイン観であってワインではなく、ワインに罪があるわけでも生産者が間違っているわけでもなく、受け手側に問題の大半があります。生産から消費への全過程のどこかに不自然さや無理があれば、それは必ずワインへの負荷を生み、その負荷は飲み手へのネガティブエネルギーになります。そのようなワインは、オーガニックだろうがビオディナミだろうが関係なく、つらいワインです。ブラウンシュタインのワインは、その反対。自然にビオディナミをしている普通のワインが一番ナチュラルですし、私はそういうワインが一番好きです。

私は彼女のところを訪問すると、いつも長話してしまいます。いろいろなことを議論しあいます。彼女は今回、「私は今まであなたの言ってきたことを聞き、それを取り入れ、実践してきました」と言っていました。私のほうが受けたものはずっと大きいと思いますが、そう言っていただけるのはありがたいことです。何がよいワインなのか、何が正しい道なのか、について、十何年ものあいだ話してきたのですから、確かにブラウンシュタインのワインの中には、私自身が飲んでいて落ち着く“わたくし的”なものが含まれているとしてもおかしくはありません。

 「今度テイスティングルームを作るつもりですが、この部屋でいいのかどうか判断してもらおうと思って」と、「昔は労働者の部屋だった」という、彼女の中庭の「神社」の横にある部屋に案内されました。ちなみに、ブラウンシュタインのワインは瓶詰めしたあと「神社」の六芒星の中心にあるパワースポットに置かれてから出荷されます。そのパワースポットに立った時の身体の感覚と、その部屋の中での感覚は、まるで逆です。つまり、よくない、ということです。「これはよくない部屋ですね。ビルギットさんもそれは気づいていたでしょう」と聞くと、「ええ、だからあなたにも見てもらいたかった」。

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▲中庭の隅に作られた「神社」の前にあるパワースポット


現在のテイスティングルームは彼女のワインの人気ゆえに押し寄せる数多くの人たちを受け入れるにはあまりに狭く、17世紀から続く名家らしく家の敷地面積は相当に大きいといえども空き部屋がたくさんあるわけでもなく、「よくない部屋」といっても取り壊して新築する余裕もなく、適切な落としどころを見つけないといけません。内装で悪いところを相殺するにはどうすればよいのかを話していました。出来上がったらどうなるのか楽しみです。

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▲中庭に埋められたアンフォラ。



彼女はオーストリアにおけるアンフォラ発酵ワインの先駆者のひとりです。そのシャルドネとブラウフレンキッシュは、確かによいところもあるのですが、特に値段を考えた場合は、完全に手放しでほめたたえるレベルのワインでは残念ながらありません。「確かに先駆者ですから尊敬はしますが、そのあと多くの人がアンフォラ発酵ワインを造り、世の中はこの数年で進化していると思います。アンフォラ発酵それ自体が目的であってはならない。そこから得たものを消化して、あなたも次のレベルに進まないといけない」と言うと、「ええ、まだ言っていませんでしたが、新しい試みのワインがあります」と、ソーヴィニヨン・ブランのNimueという作品を出してきました。これは3週間マセラシオンをしたオレンジワインですが、アンフォラではなく、500リットルのオーストリアンオーク樽で発酵・1年熟成したものです。これは厚み、複雑性、旨み、エネルギー感といった点ではアンフォラワインと同じながら、アンフォラワインのようなダークさ、沈降性がなく、すくっとワインが立ち上がっています。「私は毎年いろいろと考えて、常に次のステップへと進もうと努力しています」。これがビルギット・ブラウンシュタインの偉いところです。だから彼女のワイナリーを何年かに一回は訪問する意味があるのです。

最近はどうも温暖化の影響か、ライタベルクでかつて成功したピノ・ノワールやシャルドネが今でも本当に好適な品種かどうかは分からなくなってきました。私はノイジードラー湖周辺で飲むたびにおいしいと思うのはソーヴィニヨン・ブランです。ハレターしかり、レーナーしかり、グマイナーしかり、トリーバウマーしかり。ああ、名前を挙げているだけで飲みたくなってきました。そうは言っても日本には入ってこないので、これを読まれている方はご自身でブルゲンランドに行くしかありません(どれも少量生産ですからウィーンでは入手できないでしょう)。私の注目する、“ノイジードラー湖周辺のソーヴィニヨン・ブラン”の推薦ワインの中に、このNimueも入るようになったというのが今回の大きな発見です。

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常に一番好きなワインのひとつは、一番安いウェルシュリースリングです。シャルドネやピノ・ブランを植えたのはビルギットさんの父親で(それはそれですごいことです。今ではそれらがDAC認可品種なのですから)、祖父の時代はウェルシュリースリングやゲミシュター・サッツだったといいます。「ウェルシュリースリングは地元の人たちが飲むワイン」とのことで、価格は生産コストに関係なく低く設定されています。歴史的な観点や、価格やらDACやら世の中の評価やらに惑わされないテイスティング能力があれば、誰でも彼女のウェルシュリースリングの重要性と秀逸性を理解できるはずです。晩熟でアルコールが上がらず酸が高く保たれるこの品種の特徴は、温暖化の今だからこそ光るのではないでしょうか。

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▲ウェルシュリースリング



しかしどうも、彼女の言葉の行間から推測するに、次代を担う彼女の子息はウェルシュリースリングが好きではないようで、「樹齢50年の畑をこのまま維持するかどうかわからない」とのこと。シャルドネのほうが高く売れるし、世の中では評価されていますから、常識的にはシャルドネに植え替えるべきでしょう。しかしそれははっきり言って、偉大な歴史に刃を向ける蛮行です。ビルギットさん自身はウェルシュリースリングのよさをもう一度世の中にアピールしたいと思っていますが、オーストリア人だろうが外国人だろうが、ウェルシュリースリングの辛口がいいと言っている人は私を含めて極少数派なのです。私はそこで、こう提案しました。「他の品種のように、ウェルシュリースリングでもプレステージラインに属する商品を造らなければいけない。そうすれば世の中の人もこの品種の重要さとポテンシャルに気づく。そのための方法は、たとえば、アンフォラをウェルシュリースリングの畑の中に埋めてそこで発酵させることだ。それは現在のアンフォラワインシリーズのもうひとつの発展形にもなる」。私はオーストリアの前に行ったペネデスで出会ったSICUSのモナストレル(アンフォラを畑の中に埋めています)の話をしました。

しかしペネデスと異なり、オーストリアは冬の気温が大変に低く、畑の中にアンフォラがあればワインが凍ってしまう可能性があります。それをどう解決するか。小さな太陽光発電パネルを設置してヒーターをつなげ、それで温水を作ってアンフォラの周囲に埋設したヒートパイプに流す、とか。この費用回収のためにはワインは確実に30ユーロを超える値段になるでしょうけれど、現在のアンフォラワインシリーズと同じ値段なら筋は通るはずです。

そして次のステップとしては、現在のステンレスタンクで発酵・熟成するバージョンに加えて、伝統的な2000リットル以上の大樽で発酵・熟成するバージョンを造っていただきたいと思います。もちろんそれは彼女も考えているところで、「すぐになんでもやることはできないから、順を追って着実に」。

誤解されたくはないのですが、私はウェルシュリースリングならなんでもいいと言っているわけではありません。昔のウェルシュリースリングはおいしくありませんでした。ビルギット・ブラウンシュタインでさえそうです。薄くてすっぱいワイン。しかしビオディナミにすると、この品種のある種の無色透明さの中から膨大なミネラル感と旨みが湧き出てきます。いままでおいしくないと思っていたのは、ただ、状態不全の畑の味をそのままウェルシュリースリングが伝達していたからだ、と気づきます。皆さんも是非、ビルギット・ブラウンシュタインをはじめとするビオディナミのウェルシュリースリングを意識して飲んでみてください。

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