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2017年8月の記事

2017.08.13

ヨハネス・トラプル

 グリューナーとツヴァイゲルトは、その丸さ、酸のやさしさ、カジュアル感といった点が共通する、普段使い用オーストリアワインの代表といえる白と赤だと思います。それに対して、高貴な味わいのワインで双璧となるのは、白はリースリング、赤はブラウフレンキッシュでしょう。

ブラウフレンキッシュらしさとは何か、というのは議論が盛んなところです。ブラウフレンキッシュはワイルドな方向に行くことも、フレンドリーな方向に行くこともできます。アイゼンベルクもドイツェシュッツェンもプルバッハもルストもドイツェクロイツもホリチョンも、それらブラウフレンキッシュで有名な村々はどこも、素晴らしい品質の、しかしそれぞれに異なった、ブラウフレンキッシュのワインを産出します。

しかし私が声を大にして最高と言いたいのは、カルヌントゥムのスピッツァーベルクです。もともと定評のあった畑ですが、注目を集めるようになったのはこの十年。ドルリ・ムールとヨハネス・トラプルの二人が、とてつもなく高品質なワインをこの畑から造りだし、スピッツァーベルク・ルネッサンスと呼ばれる現象を世界に広めたからです。スピッツァーベルクを造るのは有名になった現在でもたった8生産者のみ、総面積は100ヘクタールしかありません。ワインの生産量は恐ろしく少なく、全ての生産者を合わせて7000本です。これは真のグラン・クリュです。

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スピッツァーベルクは、レス・ローム土壌のカルヌントゥムの中にあっては例外的な石灰岩土壌です。カルパチア山脈が隆起し、それにつられて小さな山が周囲にも出来ましたが、スピッツァーベルクはその最後の山(といっても標高は300メートルしかありませんが)です。地形を見ると、ドナウ川はスピッツァーベルクの西で北北東に流れを変えているのが分かります。雨雲は西からドナウ渓谷を沿って流れるため、ドナウ川からは2キロしか離れていないというのに、ドナウ渓谷で年間450ミリ降る雨は、ここでは250ミリしか降りません。それでもスピッツァーベルクは灌漑をしません。だからブドウは極端に小さく、収量はヘクタール当たり20ヘクトリットルを下回るほどで、極めて凝縮したブドウが出来るのです。 

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凝縮して高密度で超緻密で超堅牢で、しかし重たさが皆無で、むしろ透明感にあふれて抜けがよい。それがスピッツァーベルクのブラウフレンキッシュです。これを高貴と呼ばずして何をそう呼べるのかと思います。女性のドルリ・ムールが造るスピッツァーベルクが女性的な味だとすれば、ヨハネス・トラプルは男性的な味です。前者にエレガントという表現がしっくりくるなら、トラプルのワインは精悍といった形容が似合う、ひたすらかっこいい味だと思います。

オーストリアの赤ワインの頂点にある作品だと個人的には確信していますが、日本ではほとんど無視されています。オーストリアワイン通やプロなら飲んでいる基本ワインのひとつですから、知らないわけではなく、皆好きではないのでしょう。まあ私はオーストリアワインの嗜好に関してはマイノリティーなのでしかたありません。たとえばアイゼンベルクに関しては世の中的にはサパリとライブ―ルが絶賛されていますが、私はサイブリッツとケーニッヒスベルクが好きなようなものです。とはいえ私は異常な独り言をつぶやいているわけではないと思います。先日シュロス・エスターハージーのワインショップで店員さんとアイゼンベルク談義をしていた時も、ふたりしてサイブリッツ最高という話になりました。ともあれこの譬えをお聞きになれば、皆さんも私がブラウフレンキッシュに関して何を求めているかご理解いただけるでしょう。ブラウフレンキッシュの片親はホイニッシュですから、私はこの品種には白ワイン的要素があってしかるべきだと思っています。つまり黒コショウ的スパイスではなく白コショウ的スパイス、実体感ではなく抜け感を重視したいのです。スピッツァーベルクはまさにそんなワインです。

日本に輸入されないのでオーストリアに行って買うことになります。オーストリアに行っても人気ですし生産量が少ないので、そうは見かけません。ですからStixneusiedl村の人っこひとりいない、まるで映画のセットのように殺風景な、しかし道幅だけはなぜか妙に広い表通りに面した、看板のない、外からはワイナリーだとは絶対にわからないヨハネス・トラプルを訪ねて直接買うしかありません。間抜けな私はトラプルの住所は控えていたのですが電話番号をメモしておらず、入口にベルさえないので連絡しようもなく、ルービン・カルヌントゥム協会の事務所に電話してトラプルの電話番号を教えてもらい、やっとのこと玄関を開けてもらえました。トラプルが協会に属していることを知っていてよかった。訪問予定の方は気を付けましょう。

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数年前はガレージワイナリー然とした建物でしたが、今ではシンプルながらかっこいい、いかにもトラプル好みの、直線的なデザインの自宅兼ワイナリーへと変貌しています。小さいとはいえ二階にテイスティングルームもあります。彼は18ヘクタールの畑からツヴァイゲルト、グリューナー、シラー等いろいろなワインを造りますが、今回の目的はふたつ、スピッツァーベルクと、それから彼ともうひとりクリスチャン・クリンガーとが等分出資してヴァッハウに作った新しいワイナリー、PURのワインのテイスティングです。

スピッツァーベルクは、既に述べたとおりの味。最近はビオディナミを始めたので、まだリリースしていない2015年は以前にも増して力がみなぎり、質感に厚みが出て、素晴らしいとしか言いようがありません。

PURは以前にタンクからのサンプルを飲んで衝撃を受けたものです。今回2016年のグリューナー・ヴェルトリーナーをテイスティングし、これはヴァッハウの最高峰だと確信しました。世界遺産でもあるヴァッハウは有名ですし、日本でもファンが多い産地です。しかし本当に素晴らしいワインはあまり多くはありません。なぜなら大半のワインは灌漑と農薬の味がするからです。ヴァッハウほど名声と実体が乖離している産地は世界じゅうを見ても少ないと思っています。ヴィエ・ヴィヌムでもヴァッハウの部屋が毎回最も混雑しています。皆、何をもってそんなにいいと言っているのでしょう。

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無灌漑かつオーガニックのワインといえば、ヴェイダー・マルベルクのブルック・リースリングと、ニコライホフのイン・ヴァインゲビルゲ・グリューナーと同リースリングぐらいしか知りません。後者はレス土壌なので、典型的なヴァッハウとは言えません。ヴァッハウは片麻岩のテラスが基本です。PURは無灌漑でオーガニック(まだできたばかりなので認証はありませんが)で、テラスの畑です。畑は高名なドルンシュタイン村からドナウ河をはさんで反対側、ロサッツ村にあります。ドナウ河が大きく曲がる内側部分に位置し、平地が大きく広がるロサッツ村のワインには、今まであまりいい印象がありませんでした。しかしロサッツ村にも、わずかながら、奥まった山の斜面に畑があるのです。

ドルンシュタインの反対側なのですから、当然、斜面の向きは北向きです。以前ならそれは明らかに負の要因でした。アルプスから吹き降ろす冷風ゆえ、ヴァッハウの気温は限界的に低かったからです。ところが最近では地球温暖化で、ヴァッハウの厳しく冷たい味など遠い昔の話になってしまいました。この状況下では北向き斜面がむしろ優位に働きます。PURのワインは、まるで1970年代のヴァッハウのように緊張感があります。

PURのグリューナーにはシルヴァー、ゴールド、プラチナの3種類があります。まるで品質ヒエラルキーのように感じられますし、トラプルさんもそう思っているようです。しかし私の評価は逆で、シルヴァーが一番よく、プラチナが一番劣ると思います。もちろん「劣る」といっても相対的な話であり、一般的なヴァッハウとは次元が違う品質には変わりありません。

ヴァッハウにはヴィネア・ヴァッハウという生産者団体があり、三段階の「品質」呼称を独自に制定しています。その「品質」概念はまるで昔のドイツのようなもので、意味するところは遅摘み=高品質という思想です。これは決定的に間違っています。昔風ドイツの場合は遅摘み=残糖ですが、辛口ワイン志向のオーストリアの場合は遅摘み=高アルコールです。往々にしてスマラクトは貴腐ブドウさえ入りますが、そうなると貴腐風味が邪魔してテロワールの味がよく分からなくなります。ヴァッハウには冷涼さやすっきりした酸やミネラルを求めるべきなのに、そしてそれを消費者は期待しているはずなのに、事情をよく分からない人が「スマラクト=高品質=高価格、つまりおいしいに違いない」と思って買うと、ぼってりしたペースト状の味で裏切られた気分になるでしょう。リースリングの場合はそれでも酸があるからましだとはいえ、もともと酸が低く糖度が上がり質感がぼってりしがちなグリューナーの場合は、バランスが美しいとは言いがたいものがあります。

ヨハネス・トラプルもヴィネア・ヴァッハウと同じ落とし穴にはまっているようです。明らかにフェーダーシュピール的なシルヴァーは、スマラクト的なゴールドとプラチナよりも酸、ミネラル、アルコール、果実味のバランスがよく、抜けがよいと思います。同じ畑なのですからどれも余韻は大差ありません。余韻と品質は明らかな相関関係があります。しかしアルコール度数と品質の関係はどうでしょうか。世界じゅうのアペラシオンで両者がリンクしているのは、アルコール度数が高ければいいという意味ではなく、アルコール度数は日当たりのよさや収量の低さと関係しているからでしょう。遅く収穫して糖度を上げた結果の高いアルコール度数は、どう考えても品質との相関関係がありません。

さらなる問題は、「テロワール」の考え方です。シルヴァーは若木のワイン、ゴールドとプラチナは古木のワイン。そしてゴールドは斜面下、プラチナは斜面上のみから造られます。「斜面下と上では表土の厚みが違い、ワインの味も違うから。ブルゴーニュがクリマの違いで別々のワインを造るようなものだ」と言います。斜面の上と下では味が違うのは当たり前です。それを別々に仕込むのがブルゴーニュだと思うのは誤解です。クロ・ド・ヴージョを見てください。上部、中部、下部のワインをブレンドしたほうがおいしいし、それがクロ・ド・ヴージョというクリマの味です。上だけのワイン、下だけのワインはクリマ全体のワインよりおいしくないではありませんか。上下を分けると垂直性が失われてしまいます。ゴールドは重心が下、プラチナは重心が上になるだけです。垂直的なシルヴァーと比べて明らかに劣ります。

斜面下の表土が厚い部分より、斜面上の表土が薄い部分のほうが優れていると考えるのも一面的だと思います。確かにプラチナのほうが細やかさ、緻密さがありますし、流速が早い。しかし同時に味のボリューム感が減少する。これがリースリングなら話は別でしょうけれど、グリューナー・ヴェルトリーナーの魅力とは何かを考えると、表土の薄い岩っぽい味が必ずしもよいとは言えません。

このことを一時間かけてヨハネス・トラプルさんに説明しました。思い込み、誤解に基づく畑の分割はやめ、畑全体のブドウを使ってひとつのワインだけを造るべきだ、と。私が試しにブレンドしたワインを彼に飲ませてみると、彼も納得していました。しかし商売を考え、世の中の嗜好(スマラクトがいいと思っている人たち)を考えると、1、シルヴァーのタイミングで畑全体のブドウを収穫し、基本のワインを造る。2、若木の一部でスパークリングワインを造る。3、古木のブドウ(上と下のブレンド)を遅く収穫してスマラクトタイプを造る。というのがよい落としどころだ、と伝えました。これ以外にもいろいろとつっこんだ議論をしたので、彼にとってよい刺激になってくれれば、と思っています。

2017.08.12

ジャパン・ワイン・チャレンジの事前セミナー

 ジャパン・ワイン・チャレンジ関連イベントのひとつとして、ワイン業界関係者との意見交換会、ヴァリュー・シェアリング・セッションと上級審査員の方々向けのテイスティングセミナーが、お台場のヒルトンホテルでまる一日かけて開催されました。 

 いったいどのような議論をもとに何を尺度としてテイスティングしているのかを開示し、皆さんの意見を聞きながら精度を上げ、また制度的な完成度を高めていくのは重要なことです。人が集まってブラインドテイスティングすればいいというものではなく、有名な人がやれば信頼性が高まるものでもありません。別々の尺度で別々の言葉で話していても議論にはならず、議論のないところに民主主義はありません。その「理」を具現化する努力は、なんらかの形でしていかねばいけないと思います。

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▲クリストフ・マーティンさん。33歳とお若いですが、当然のことながら大変な知識の持ち主です。



講師はこのために来日したWSETの国際教育担当のクリストフ・マーティンさんです。業界の方向けはWSETレベル2、上級審査員向けはWSETレベル4のメソッドに従っていろいろなワインをテイスティングしました。その方法は一般的に流布しているものと本質的に大差がないですし、ご存知の方も多いですし、そもそもWSETを受講したことがない私が説明するのはおかしな話ですから省略します。それはワインのディスクリプションとしては基本となる優れたものです。

論点としたい点は、アピアランス、ノーズ、パレットという観察の記述を重ねても、論理的にコンクルージョン(つまり、品質レベル)は直接導かれない、という問題です。むしろコンクルージョンは、それに先行するとされる3つの項目を考慮せずとも一気に得られる。前夜に新橋の焼き鳥屋でマーティンさんと話していたことですが、ノーズのインテンシティがプロナウンスドでボディがフルなほうがいいなら、アルザスのゲヴルツトラミネールのほうがラ・コートのシャスラーより常に品質が上のワインになってしまう。欠陥ワインを除くなら、品質とは、フィネスであり、バランスであり、エネルギー感であり、美しさといった要素の総体から総合的感覚的直観的に把握されるはずです。そうであるなら、システマティック・アプローチは、物理的観察項目群(酸化していないか、とか)と、感覚的精神的観察項目群(フィネスがあるか、とか)に分けるべきであって、前者の帰結として後者の結論が得られるわけではない。では感覚的精神的観察項目群の評価方法を誰がどうやって教えることができるのか。これは難しい。つまるところ個々人の素養と経験と努力の問題になってしまいます。

私は講師ではなくあくまで参加者のひとりなので、私としてはおとなしくしていましたが、いくつかのおもしろい議論をしたので、ふたつの例を挙げましょう。

ひとつは、レベル4の時の題材だった、あるカリフォルニアのシャルドネ(完全ブラインドですからそれが分かっていたわけではありません)についてです。マーティンさんはヴェリー・グッドからアウトスタンディングというコンクルージョンでした。「田中さん、どう思いますか。クイックに答えてください」とふられました。私は「クイックには答えられません、ものすごく長くなりますから覚悟していてください」と言って、それがグッドでしかない理由を延々と説明しました。

再現していると長大な文章になるのでやめますが、「これはシャルドネを植えるべきではない土地のシャルドネワインの味だ」というのが私の基本的な主張です。高いアルコール、トロピカルな果実味、酒石酸の低さ、過剰な乳酸、苦み、単純さ、構造の緩さ、収量の多さ、そして補酸味の組み合わせ。どう考えても暑くて乾燥している土地で農薬を使って灌漑して補酸した、外が大きく中が弱く樽でメリハリをつけ余韻を補酸の酸味で引っ張る、よくあるタイプのシャルドネ。聞き終えたマーティンさんは、「その答えはディプロマの試験で100点ですね。技術的にはフォールティではないが、違う意味ではフォールティ」と言うので、「ならばそんなワインになぜアウトスタンディングという最高評価をあなたはつけるのか。醸造技術的に瑕疵がなければそれでいいのか。このワインには背骨が通っていない。気高さ、好ましい禁欲性、自己抑制による内面の充実といったイギリス的精神の美点を感じないワインにイギリス人であるあなたがそんな評価を与えたら、ネルソン提督が墓の中で泣きます」。それがイギリス精神に適合するか、しないならなぜそれをイギリス人がよしとするのか、といった論点を取り上げたのは、コンクルージョンを導くためには価値判断という精神作用が必要なのであり、個々人の精神は無意識であれ生まれ育った国、文化と結びついているからです。これに関しては、スティーヴン・スパリエは見事にぶれなく、イギリス的精神を感じるワインに高得点を与えていたな、と思い出します。しかしイギリス的=ワールドスタンダードだと思われては困る。だとすれば、自らのイギリス性と評価に対するその反映を自覚するほうがいいということです。

しかし大事な点はそこではない。私はイギリス人ではないし、日本人の審査員に向けて話をしているのですから、間接的に、「ではあなた方の日本性とは何か。日本で日本人がワインを評価する時にどのような感覚的精神的観察項目を立てればよく、それをどのように評点化すればいいのか」という問いかけをしていたつもりです。何度も言いますが、それはシャルドネの外観を見てイエロー・ゴールドというディスクリプションを与えて正解と言われることからは導かれません。

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▲マーティンさんのセミナーでブラインドで出されたワインのいくつか。左から二番目のACボルドーは見事に古典的で上品な味わい。後で調べて1200円という価格に驚きました。ボルドー恐るべし。参加者の方も「これは買おう」と言っていました。私もさきほど輸入元のネット販売でしっかり3本購入。家庭の肉料理にはこれでじゅうぶんです。



 もうひとつ興味深かった議論は、レベル2の時のテイスティングで、ある赤ワインが出てきたときです。もちろんそれもブラインドだったのですが、どのような香りですか、と質問されたので、「たばことペンシル・シェイヴィングの古典的ボルドーの香り」と。途中は飛ばして、マーティンさんの結論は中程度の品質のワインということでしたが、私はこれはゴールドだと。垂直性、緻密さ、形の美しさ、香りの古典的優雅さ、タンニンの心地よい硬質さ、丸みがあって力強い酸の質、余韻のきれいさは、ミディアム・ボディで余韻は中程度だとしても傑出していたからです。私はこう言いました、「このワインを飲むと、1970年代のボルドーを思い出させる。つまり、適度に力の抜けた、やりすぎないエレガンスの、しかし芯がしっかりとして直情的快楽的方向に向かわない節度のある味。現在の格付けシャトーよりずっと古典的なボルドー。ボルドーでしか表現されない美点のあるボルドー。グローバリズムの味、90年代右岸ワイン的方向性へのアンチテーゼとして、こういうワインを高く評価したい」。この場合、物理的観察からコンクルージョンへと至るまでに、ボルドーらしさとは何か、今ボルドーを飲むという意味はなにか、本来ワインはどうあるべきか、古典とは何か、現代の問題点とは何か、我々が提示すべき価値観は何か、等々の問いとそれに対する答えの集積があるわけです。それを3秒でまとめてゴールドの理由として論理的に説得力のあるコメントとして言わねばなりません。私とマーティンさんは、こうした議論を通して、ジャパン・ワイン・チャレンジでの審査プロセスを伝えたつもりです。

しかしほとんどの方はそういう形ではコメントして下さいません。日本でこういったコンクールの審査をしている方々は基本的に私より知識経験能力が優れている方々なのは存じ上げています。それでも本来の力が発揮できなくなるとすれば、その理由は、今までの経験からして、次のふたつです。

ひとつは、日本人らしく、他人を傷つけないことを最大の目的として行動することです。ですから他人の点数と大差ない議論しようのない点数を、周囲の顔色を見ながら探り、誰もがどのワインに対しても中間的な点数をつけるように、それより上の人は下げ、それより下の人は上げ、と各人が調整していくという事態です。しかし日本人らしさは、そこではなく、当該ワインが日本的美意識に適合するかどうかを見定めることに発揮していただきたいと思っています。この日本的事態を避けるために昨年度からとった方法は、各人の結論を出す前の会話禁止、テイスティングシートの点数のところを書き直せないようにする、です。議論は各人の差異の生じる理由の追求に費やされるべきであって、差異を最小化する腹のさぐりあいに費やされてはいけません。おかげでずっとよい結果が出るようになりました。

もうひとつは、英語力です。これまた皆できる人ばかりなのですが、それでもまともな議論になかなかならないのは、まず、英語以前の日本語段階での論理構成が弱いからです。日本語は雰囲気でなんとかなりますし、日本人は以心伝心のマスターですから、論理構成をしないでしゃべれるのです。しかし英語はそうはいきません。こればかりは訓練です。そして真面目な日本人らしく、完全な英語をしゃべらなければいけないという強迫観念があるからです。「仮定法過去の場合は、えーと、would have been」、みたいなことに気をとられ、「何も言わなければ間違いもしない」、と思うのは、完全に本末転倒です。これはほんとにもったいないことだと毎回思います。私がいつも恥をさらしながらやっている通り、まともな英語力でなくとも、何も言わないよりは言ったほうがましなのです。そして「まし」とは、民主的な議論を通じてより真理に近づく可能性が高くなる、という意味です。審査の目的とは何かを考えれば、参加者全員が「まし」にする責任があるはずなのです。

 

2017.08.09

大阪のジョージアワインレストラン

 8月7日、開店が間近になった大阪のジョージアワインレストランに、再びお手伝いに行っておりました。

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▲店内にはジョージアな感じの置物がいろいろ。下写真の十字架は、ジョージアにキリスト教を伝えた聖ニノの十字架の形です。


 グラスワインは基本、グラスではなく、磁器のカップで提供します。前回行った時に業務用の食器カタログからいくつかサンプルを選んでおきました。私がいない時に行われた招待客のためのプレ・オープニングで、それらを皆さんに試していただき、おいしいと評価されたものを私が最終的にチェックしてみました。理想的とは言えないまでも、価格、耐久性、容量、仕入れ方法、そしてもちろん味等々を考えた上で、よいものに巡り合えました。

 興味深いことに、クヴェヴリ発酵のワインはすべてカップのほうがおいしく、ツヴィシとフヴァンチカラはグラスのほうがいいというのが皆さんの結論でした。ツヴィシとフヴァンチカラは石灰岩土壌です。どう解釈していいか分かりませんが、確かにツヴィシとフヴァンチカラはある意味フランスっぽいというか、グラスっぽい味ではあります。

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▲いろいろな器でワインをテイスティングしてみました。ここは磁器カップでグラスワインを提供する世界唯一の店かもしれません。多くのお店がカップを採用してくださることを願ってします。



 ワインに詳しいことを自認する方々は、ほぼ100%、ワインはグラスで飲むものだと言います。往々にしてそのような意見は、個々人の研究結果や内面からの切実な主張というより、権威ある誰かからの受け売りでしょう。そのような権威を無条件的に受容し、無意識的に踏襲することが正しいとは思えないので、つまり、自分がおいしいと思うものをおいしいと言うだけなので、全ワインの半分以上はカップで飲むほうがおいしいと素直に思いますし、ですから私のワイン講座では、樽香が強いもの以外は概してカップでお出ししています。当然のことながら、ワインでも日本酒でもグラスより陶磁器のほうがおいしいと言い続けている私は、ワインファンやプロの方々からは非常識、味音痴と蔑視されます。昔の絵や彫刻で登場人物がどうやってワインを飲んでいるかを見て知っているなら(ノアやキリストがチューリップ型ステム付きグラスで飲んでいますか?)、私がむしろ伝統主義者・古典主義者であると思われるはずなのですが。とはいえ私は伝統だからカップと言っているのではなく、形が理にかなっているからそう思うのです。ではその理とは何かが、本当なら議論したいところですし、そうした議論を重ねていけば本当によい形とは何かが集合的努力の結果として見えてくるはずなのです。

カップではスワーリングが出来ずに香りがわからない、と、ワイン通の方に言われたそうです。そういう話を聞くと、生半可なワインの知識は百害あって一利なしだとつくづく思います。私がレストランに行くのが嫌いなのは、グラスのステムをつまんでぐるぐる回している人たちを見ざるを得ないからです。せっかくきれいに作ったケーキをぐちゃぐちゃにしてから食べるようなことをして、ワインが好きだとかワインの味がどうこうだとか、どの口が言えるのか。

スワーリングを否定はしても(ちなみに、それは正しく造られて正しい飲み頃のワインの話です。私も熟成途中の還元状態のワインを試飲するときはスワーリングします。当たり前です。それがスワーリングの意味なのですから)、グラスはグラスなりのよさがあることは否定しませんが、実際に比較して飲む前に、そして何を目的とし、何を得ようとし、何を評価軸としているのかを自覚せずに、「グラスで飲まねばならない」と教条主義的に判断してはいけないと思います。その点、教条主義や権威主義に陥りようのない純粋な素人のほうが、曇りなく味を判断していただけるようです。いったんカップで飲むワインの味に慣れると、グラスで飲むワインの味の固さ、冷たさ、小ささ、果実味のなさ、タンニンと酸のとんがり方が気になるものです。パーティの時もおかわりはほぼ全員カップだったそうです。それがすべてを物語っています。たくさん飲める、飲みたくなる容器での提供は、飲食店にとっては、それだけで正解でしょう。そもそもここはジョージアワインレストラン。カップに違和感があるはずがない。ジョージアでは伝統的にはピアラというカップでワインを飲むのですから。

ではなぜピアラで出さないのか。ピアラで飲むワインのパワーの前では、他のどんなカップもかすむというのは知っていますが、実際にピアラを家で使うと。前に飲んだワインがしみ込んで、次のワインに味が移ります。ジョージアの人が家の前に植えてあるブドウでひとつのワインだけ作って毎日飲むといった、想定される使用状況では問題ないと思いますが、業務用としては問題です。そして独特のにおいが抜けません。それはジョージアの土のにおいで、ジョージアでは気になりませんが、日本では違和感があります。どこにも「国のにおい」はあるのです。最大の問題は洗浄です。洗剤で洗うと洗剤もしみ込みますから、洗剤が使えません。自家用ならいいでしょうけれど、レストランではそれは衛生上、法規上からして無理です。

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▲大阪といえばやはり、これ、でしょうか。


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▲千日前道具屋筋。飲食業関連商品を見るのはいつでも楽しい。



この店には会社帰りに気軽に来ていただけるよう、ジョージアワインお試し3種、タパス3種、串揚げ3本、といったお買い得なセットもあります。当初串揚げはメニューになかったのですが、急きょ付け加わったようです。ですから「なんばグランド花月」のすぐ先にある千日前道具屋筋(東京でいうかっぱ橋)に串揚げの串を買いに行くことから始めました。「串のほとんどは中国製で、どのような薬品処理をしているのか不安だ」という社長は、数少ない日本製の中から選んでいました。そういった観点とジョージアが結びつくのです。

それからサペラヴィ&牛串用ソースと、ルカツィテリ&豚串用ソースの試作。30年も前のとんかつ屋としゃぶしゃぶ屋での経験が生きました。ジョージアワインはパワフルだし旨みがのっているしスケール感も大きいので、串揚げもそういう味にしていかねばワインに合いません。串揚げ専門的なら十数本食べることになるので、控えめな味がいいのですが、3本ですから、また異なった考え方が必要となります。牛肉の串と蓮根カレー風味豚ひき肉詰めの串を作って食べてみると、これがなかなか自画自賛できる味。串揚げのおもしろさにはまりました。

これを読まれている飲食店の方で、ワインと料理に関する私の意見を聞いてみるのもおもしろいかなと思われましたら、お気軽にご連絡ください。なんらかのお手伝いはできると思います。

 

 

2017.08.07

ジョージアワインと四川料理 at 沸騰漁府

 ジョージアワインはとても飲み心地がよく、一見パワフルには思いませんが、実は巨大な力が漲る大変に凝縮した味のワインです。

 ですからおおよそ、優れたジョージアワインを無意識的に料理と合わせてしまうと、ワインが勝ってしまうか、単に離反するか、で、到底おいしいマリアージュにはなりません。

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▲ジョージアでのある日の昼食。どう見てもジョージアワインの味より薄くて弱い。


ジョージアの国で料理とワインを味わっても、同じことが言えます。ジョージア料理はシンプルで素材そのままのものが多く出てきます。ワインを飲むと、ほぼ常にワインのほうが強く、濃く、大きく、アタックから後味までの全体を支配します。正直、ジョージアで食べるジョージア料理はワインがないほうがおいしいぐらいだと思いました。料理はワインのつまみになってしまって、料理を引き立てる役割としてのワインにはなりません。

別にそれがいけないと言っているのではないのです。誤解されたくないですが、そもそも料理とワインを合わせて飲まなければいけないという考えはこの100年のものですから、合わなくてもおかしなことではありません。そういう意識がないだけです。我々のうちの何人が、毎回異なる料理に合わせて何百もの日本茶を揃え、食事中に料理の数だけ異なった産地や製法や抽出法のお茶を淹れるでしょうか。原理的にはそうあっておかしくないのに、そうしないではないですか。

しかし、料理とワインを合わせて楽しみ、1+=3にするおもしろさを我々は知っています。ジョージアワインもいったんジョージアから離れて日本に来たら、その楽しみのための手段となりえます。とりわけジョージアワインを日本に根付かせるためには(そうなるべき存在だと信じています)、ジョージアワイン=クヴェヴリ発酵とか、オレンジワイン、とかの知的好奇心に基づいて鑑賞するだけではなく、普通にジョージアワインを実体に即してとらえ、実利的有用性を認識する必要があると思います。

ではジョージアワインが何に合うのかと言えば、まず思いつくのは四川料理です。四川料理はワインを選びます。生半可なパワーのワインでは、確実にワインが料理に負けてしまいます。また脂肪が多いので、ワインに粘りが必要です。そして中国料理は基本的に質感が柔らかいので(東アジア料理全般がそうですが)、ワインも柔らかくなければいけません。強いことと固いことは違います。ジョージアワインはフランスやイタリアと比べて固くありません。そして四川料理は、発酵調味料の味がたっぷりとします。旨みがたくさんあるということです。ジョージアワインの多くは(産地で言うなら特にカヘティのワインは)そういった特性を備えています。また、スパイシーさと甘さはよく合いますが、ジョージアの赤ワインは残糖があるものが結構多いのも重要な点です。

中国料理激戦区新橋にある沸騰漁府はいつも中国人のお客で混んでいます。日本風の繊細さや精密さではなく、大陸的なパワー、おおらかさ、逞しさが取り柄の料理を出します。ですから今回はこのお店を会場にしました。

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▲今回お出ししたワイン。

 料理とワインの組み合わせは以下の通りです。より固体的な料理には東ジョージア、より液体的な料理には雨の多い西ジョージアのワインを選ぶとよいということが分かります。

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1、ゆで豚バラ肉ときゅうり & ツヴィシ(西ジョージア)

ツヴィシは垂直的で、しなやかで、わずかに甘く、厚みがありません。豚肉ときゅうりを一緒に食べると味は垂直的になります。辛いソースをつけて食べるので、ワインの甘さがちょうどよく、また豚バラ肉の脂肪をおいしくします。

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2、湯葉と野菜のラー油あえ & シャフカピト(西ジョージア)

重心が若干上で柔らかいシャフカピトは、野菜のようなやさしい味(相対的には、ですが)に合わせるといい。

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3、よだれ鶏 & キシ 

  チキンは重心が上でソフトですから、重心が上でソフトで香り高いキシと。

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4、鶏角切りと青唐辛子の炒め & サペラヴィ

重心が上で、ぴしっとした構造をもつ料理なので、これは赤ワイン。しかし質感的には固くないので、ローム土壌系のワインのほうがいい。

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5、ラム薄切りと大根のスープ煮 & フヴァンチカラ (西ジョージア)

重心が上で繊細なラムに、同じ特性のフヴァンチカラを。普通ならフヴァンチカラは甘いのでデザートワインだと思われますが、デザートと一緒に飲むとキメの細かさや軽快さが減じられてしまいます。スープ煮のしっとり感とワインのしっとり感がぴったりです。適度な甘さがスパイシーさをやわらげ、ラムのおいしさに意識をフォーカスさせると同時に、甘さが臭みを消すのもいい点です。

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6、干鍋脆笋 & ヒフヴィ

タケノコも重心が上で、それなりの硬さがあります。ヒフヴィは今回のワインの中ではもっともおとなしい性格で、スケール感があまりありませんが、垂直性があり、またオレンジワインですからそこそこのタンニンもあり、タケノコに合います。

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7、重慶万州焼魚 & ルカツィテリ 

ルカツィテリは豚や魚のような重心が低い食材にぴったりです。質感は今回の他のワインと比べて若干粗いので、この料理の魚のように固く焼いた質感に合います。特にテミのルカツィテリはシスト土壌ですからより固く、魚に合い、もうひとつチョシャシュヴリは比較的ソフトですから、料理の魚以外の構成要素(豆腐等)により合っていたと思います。この料理は大変にパワフルですが、ルカツィテリのワインはそれを十分に受け止めてくれる腰の強さのあるオレンジワインです。

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8、ラムチョップのスパイス焼 & サペラヴィ

ラムチョップは肉の塊なので、重心が高く、実体感・構造がしっかりと備わったワインが大事です。それは、キンツマラウリのエリア(つまりシスト土壌)のサペラヴィです。ラムチョップの外側の厚いスパイスの層を貫き、しっかりとラム肉そのものに接点を作りだすためには、相当パワフルなワインが必要です。テミのサペラヴィは、エレガントですが、超パワフルです。

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9、韮入りパン & ヒフヴィ

やはりヒフヴィは野菜に合うようです。

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10、棗餅蜜かけ & キンツマラウリ 

  棗は赤ワインに合う食材です。甘いキンツマラウリにぴったり。

 

 ジョージアはアジアの西端です。ジョージアワインはオリエンタルワインです。四川料理との素晴らしい相性を見ると、つくづくそう思います。

ご参加くださった皆さんの感想は、「四川料理にはもうジョージアワイン以外考えられなくなった」。このような経験を全員が積み重ねていけば、ジョージアワインの楽しくおいしい使いこなしが理解されてくるはずです。

 

2017.08.06

オーストリアワインと、とんかつ atかつ好

 日本らしいトンカツを究め、尋常ではないセンスと技術をもって高級料理へと高め、トンカツ史上特筆すべき貢献をした名店『かつ好』で、オーストリアワインの会を開催しました。

 いうまでもなくオーストリアはトンカツの元祖であるウィーナー・シュニッツェルの国。オーストリアに行けば二日に一回は食べることになるぐらい主要な料理です。それでもまったく飽きることがなく、胃もたれもすることがないのは、その軽やかさゆえです。

 『かつ好』のトンカツもまた、凝縮していながら、極めて軽い食べごこちであり、軽快な余韻があります。ずどんとした太い安定感やざっくりとしたカジュアルさや温かみが特徴となる一般のトンカツと比べて、ここではすっとした伸びやかさや緻密な品位やクールな整い方を感じることになります。

 ですから前回はこのお店でアンジューの会を開催しました。ロワールワインの個性と相通じるものがあるからです。その時のメインは、ロースカツでした。ねっとりした質感や厚みがシスト土壌のシュナン・ブランと共通するからです。

 しかし今回はオーストリアワイン。アンジューよりすっきりとしてソフトな味です。ですからメインは、この店の名物、薄切りのロースを大根おろしとレモンとわさびとしょうゆで食べる「かろみ」と、脂肪のないヒレにしました。

 もちろんトンカツにせよ、他のあらゆるサイドディッシュにせよ、重心が低く酸が弱いことには変わりありません。オーストリアワインならなんでもいいわけではなく、やはり重心が低いワインを揃えねばなりません。

 オーストリアの場合、レス土壌のクラシックタイプ以外のグリューナー・ヴェルトリーナーは概して重心が低く、酸が弱く、丸みのある味です。まさにトンカツ向きです。そしてツヴァイゲルトもまた重心が低く、酸が弱く、丸みのある味です。これらがオーストリアの白と赤を代表する品種でなければ、オーストリアとトンカツというテーマは現実味がなくなるでしょう。

 それら以外に重心が低い品種として、ハーシュレヴェリュ、シャルドネ、ノイブルガーを揃え、品種以外に重心を下げる要素である粘土質土壌に着目して、ミッテルブルゲンラントのブラウフレンキッシュを加えました。

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 ワインリストは以下のとおりです。

1, Zweigelt Secco (ツヴァイゲルトのブラン・ド・ノワールの泡) Hagar Matthias

2, Rot Secco  (ツヴァイゲルトとブラウブルガーの赤の泡) Hagar Matthias

3, Harshlevelu 2014 Meinklang

4, Rulander 2015 Andert

5, Leithaberg Neuburger 2014 Koppitsch

6, Leithaberg Chardonnay 2015 Birgit Braunstein

7, Neusiedlersee Zweigelt 2014 Thomas Lehner

8, Zwigelt ( Mittelburgenland ) 2014 Moritz

9, Blaufrankisch Granga ( Mittelburgenland ) 2014 Moritz

10, Wiener Gemischter Satz Mittelberg 2015 Uhler

11, Gruner Veltliner ( Kremstal ) 2016 Peter & Paul

12, Gruner Veltliner ( Wachau ) 2014 Rainer Wess

13, Pet Nat Peter & Paul

 

 ICONICで開催した「オーストリアワインとフランス料理」の会と重複しているワインが多く登場しています。その時も「車海老と鰈は重心が下、だからツヴァイゲルトとグリューナー」と言っていました。今回も車海老と豚肉ですから重心が下。必然的に同じタイプのワインが多くなります。そもそも日本で食べる料理の8割は重心が下です。しかし日本で売られているワインの過半数は重心が上です。だから役に立たないワインが多くなるのです。

 メニューごとに合うワインのポイントを要約すると、

1、玉ねぎとかつを節のサラダ

玉ねぎはシャキシャキしていますから、この中でも石灰っぽい芯の硬さが特徴的な、しかし重心が低いノイブルガー。

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2、和風豚肉リエット

柔らかく甘いので、ルーレンダーやロット・セッコ。しかし、ただ柔らかいだけではなく、どちらのワインもどこか繊維を感じさせるのがポイント。

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3、豚角煮

基本はリエットと同じですが、よりしょうゆ味が強く、グラがあるので、赤のノイジードラーゼー・ツヴァイゲルト。

4、車海老フライ

ツヴァイゲルトならなんでも合いましたが、ミッテルブルゲンラントの重い土のほうがより合います。海老は相当高密度な、筋肉質な性格です。

5、キャベツサラダ

シャキシャキして酸があり、幅がなく垂直的な味なので、ウィーナー・ゲミシュター・サッツ。

6、かろみカツ(ロース薄切り)

シンプルに塩で食べてハーシュレヴェリュの柔らかさとフルーティさもいいし、わさび大根おろししょうゆで食べてグリューナーと。ソースをつければノイジードラーゼー・ツヴァイゲルトもよい。

7、ひれカツ

総体的にはグラがなく肉厚なので、塩で食べればシャルドネ。シャルドネのボリューム感と逞しい構造と流速の遅さはいかにもひれ。適度な樽風味も衣部分との接点をつくります。ソースを下につけ、上にからしをつけて垂直的な形をつくれば、ブラウフレンキッシュ。どちらのワインも粘土の多い土壌。これが厚みや流速の遅さを生み出します。

8、すっぽんカレー

カレーは液体なので、さらっとした質感の、ツヴァイゲルト・セッコ。レス土壌ならではの香りの軽やかな上昇力がカレーのスパイシーさと合います。

9、抹茶シャーベット

ICONICの時に経験したとおり、このペット・ナットは辛口なのにデザートと合わせても痩せたり酸が突出したりせず、後味をさっぱりさせると同時に、抹茶の香りを高めてくれます。

 

 参加された方々も、ツヴァイゲルトの実力に感心していました。単体で飲んだら、色は薄い、タンニンは少ない、酸も弱い、香りも弱い。印象に残りにくく、点数の低いタイプです。しかしそれだからいいのです。なぜツヴァイゲルトがオーストリアで最もポピュラーな赤ワインなのかがよく分かります。実際の食事と合わせると、予想を超える力を発揮し、料理をうまく支え、いろいろな要素を整え、美点をより引き立て、心地よく軽やかな食後感を生み出すからです。自己主張の強い、派手なワイン、強いワインは、ワイン単体で飲むぶんにはインパクトがあっておいしいかもしれません。しかし世の中の大半のワインは、鑑賞を目的として造られているのか、それとも食卓の楽しみを増進するために造られているのか。単体で飲んでおいしいワインを、試飲会で選ぶのは、素人でもできることです。実際の料理との関係性をふまえ、どのようなワインの特性が料理をよりおいしくするのかを、テイスティングの時に見極めないといけません。

 それは簡単ではありません。なぜなら前提となる思想が間違っている場合が多いからです。多くの人は、とんかつは油っぽい、ゆえに油を切りたい、ゆえにタンニンと酸の強いワインを合わせる、という、まるでとんかつがまずいと前提するかのような、そして素材ではなく調理法を優先させる発想で相性を考えます。しかしとんかつは豚肉の料理なのであって、豚肉の個性とはなんなのかを基準に考えねばなりません。タンニンと酸の強いワイン(たとえばオーストラリア、クナワラのカベルネ)を合わせたことがあるのでしょうか。豚肉のおいしさをぶち壊しにします。料理と反対の性格のワインを合わせるという間違った考えが、どれほど消費者をワイン嫌いにさせていることかと思います。

 

2017.08.03

ペーター・パラダイサー

 オーストリアで一番有名な品種といえばグリューナー・ヴェルトリーナー。ではグリューナー・ヴェルトリーナー最良の産地は? いや、それは難しい質問です。しかし私個人は、一番「らしい」ワインがブレなく得られる産地はヴァグラムだと、過去十数年グリューナーをいろいろと飲んできた結果として言うことができます。

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▲Fels村にある見晴らし台から、ドナウ渓谷方向を臨む。遠くに見える山の手前にドナウ河が流れている。ヴァグラムはこのように全体として平坦な産地。



 グリューナー・ヴェルトリーナーの特徴といえば、誰しもスパイシーな香り、ソフトな果実味、すっきりくっきりした酸、と言うでしょう。そしてそれはレス土壌に植えられた時に最も顕著に表現されます。レス土壌からは、多くの人がグリューナーらしいと思えるグリューナーが出来るのです。

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▲ヴァグラムではどこでもこのようにレス(風成砂)がうずたかく堆積しています。

 レス土壌はヴァッハウにもカンプタルにもクレムスタルにもあります。しかしヴァグラムはエリア全体がレス土壌。ここがポイントです。また、ヴァグラムの多くの畑は川から距離があり、ゆえに他のグリューナー産地と比べて内陸型の味になります。つまり、ソフトになりやすいレス土壌の中では逞しく、メリハリが効いて、肉付きがよいと同時に堅牢です。

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▲レスは氷河がアルプスを削ってできた細かい砂が風で運ばれたものです。灰のように細かいさらさらした土。石灰質を多く含み、アルカリ性で、活性石灰分は8から10パーセントだそうです。

 もうひとつ忘れてはいけない点があります。ヴァグラムは無灌漑です。降水量は少ない年で250ミリしかないと聞きますが、それでも灌漑が不要なのは、保水性のあるレスが20メートルも堆積しているからです。新世界ワインが好きな方は、その多くは灌漑の味なので、オーストリアにも新世界的なボリューム感とアルコール感のある果実を求め、灌漑している産地(ヴァッハウや、カンプタルの北側)のワインを評価します。日本では概してその傾向にあるように見受けられます。それはそれでひとつの個性です。しかし私のようにオーストリアワインにミネラル感を求めるならば、無灌漑は重要なキーワードです。

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▲ペーター・パラダイサーさん。親から引き継いだ1800平方メートルの小さな土地からブドウ栽培を始めた。



 好きな産地でありながらここ何年か訪ねていませんでしたので、もう一度ヴァグラムを身体感覚的に理解したいと思いました。どこに行こうかな、とネットを調べていると、日焼けして逞しく歳を重ねた顔を見つけました。それがたった18ヘクタールの小さな生産者、ペーター・パラダイサーです。長年オーガニックワインを造っています。「この人なら畑でしっかり仕事をしている。彼ならヴァグラムの土地のことを身体で理解しているはず」。歴史のことも詳しそうです。

彼が言うところでは、ヴァグラムをフィロキセラが襲った1872年以前も、この地ではグリューナーが多く植えられていたようです。フィロキセラ以降もヴァグラムにおけるブドウ栽培の歴史は平坦ではなく、1929年には175年ぶりの最低気温、氷点下30度になってブドウが死滅し、そのあとも1940年には氷点下21度、42年には氷点下39度を記録して再びブドウが死滅。53年には大規模な雹害があって生産量が2割減、翌年も4割減、しかしそのあとブドウが大豊作となって需給法則から価格が大幅に下落してブドウ農家の多くが廃業に追いやられたそうです。ヴァグラムは厳しい気候なのだということが分かります。

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▲雹よけのネットが張られた畑。



畑に行くと、周囲の畑よりもコルドンの位置が低いことに気づきます。生産性を追求して「レンツ・モーザー・システムが生まれたのは1951年、うちでは1963年に採用した。それはコルドンが15メートルの高さだったが、近年は徐々に低くしており、現在は80センチ」。15メートルだと腰をかがめずとも収穫できますが、ブドウの質という点では劣ります。

畑ではブロワーを使用してエフォイヤージュをしている最中でした。黒ブドウにはエフォイヤージュは必須でしょうし、逆にリースリングに行うと果皮が焦げてしまって繊細な風味がなくなります。「リースリングは直射日光に弱いが、グリューナーは逞しい品種で、太陽に当てても当てなくても風味が変わらない。さすがに収穫前に太陽光線が強すぎればワインが苦くなってしまうが」。ならばなぜエフォイヤージュするかといえば、風通しをよくしてカビ害を防止するためだそうです。

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▲トラクターに取り付けたブロワーの風で果房周辺の葉を吹き飛ばす。



 ペーター・パラダイサーのワインは決して評価本で高い点数を取るようなタイプではありません。落ち着いて、飲み飽きない、地味な地酒です。グリューナー・アルテ・レーベは、とろみ、丸み、甘味があって、重心が下で酸が穏やかな、いかにもグリューナーな個性。ヴァグラムのもうひとつの代表品種、ローター・ヴェルトリーナーはオレンジやビワやスパイスの、グリューナーより暖かい風味で、リッチな味わい。2015年が初となるPIWI品種ヨハニターは、銅や硫黄さえ使わずに済む耐病性に優れた品種ですから、ワインも病気知らずののびのびした味です。いずれにせよ、頑張り感のない、自然体のオーガニック。この普通さが、オーストリアの田舎な感じで、好ましく思えます。

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▲グリューナー・ヴェルトリーナー・アルテ・レーベ2016

ところで、安価なグリューナーJodelgrüsse von Franziska の瓶が置かれているのに試飲に出されなかったのはなぜかと聞くと、「飲まないほうがいい。失敗した」。試しに飲んでみると、早く収穫しすぎたのか、大変にピーマンっぽい味です。1981年が初ヴィンテージの経験豊富な生産者でも、こうしてとんでもない失敗をするものなのかと、むしろ親しみを感じました。

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