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2017.08.13

ヨハネス・トラプル

 グリューナーとツヴァイゲルトは、その丸さ、酸のやさしさ、カジュアル感といった点が共通する、普段使い用オーストリアワインの代表といえる白と赤だと思います。それに対して、高貴な味わいのワインで双璧となるのは、白はリースリング、赤はブラウフレンキッシュでしょう。

ブラウフレンキッシュらしさとは何か、というのは議論が盛んなところです。ブラウフレンキッシュはワイルドな方向に行くことも、フレンドリーな方向に行くこともできます。アイゼンベルクもドイツェシュッツェンもプルバッハもルストもドイツェクロイツもホリチョンも、それらブラウフレンキッシュで有名な村々はどこも、素晴らしい品質の、しかしそれぞれに異なった、ブラウフレンキッシュのワインを産出します。

しかし私が声を大にして最高と言いたいのは、カルヌントゥムのスピッツァーベルクです。もともと定評のあった畑ですが、注目を集めるようになったのはこの十年。ドルリ・ムールとヨハネス・トラプルの二人が、とてつもなく高品質なワインをこの畑から造りだし、スピッツァーベルク・ルネッサンスと呼ばれる現象を世界に広めたからです。スピッツァーベルクを造るのは有名になった現在でもたった8生産者のみ、総面積は100ヘクタールしかありません。ワインの生産量は恐ろしく少なく、全ての生産者を合わせて7000本です。これは真のグラン・クリュです。

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スピッツァーベルクは、レス・ローム土壌のカルヌントゥムの中にあっては例外的な石灰岩土壌です。カルパチア山脈が隆起し、それにつられて小さな山が周囲にも出来ましたが、スピッツァーベルクはその最後の山(といっても標高は300メートルしかありませんが)です。地形を見ると、ドナウ川はスピッツァーベルクの西で北北東に流れを変えているのが分かります。雨雲は西からドナウ渓谷を沿って流れるため、ドナウ川からは2キロしか離れていないというのに、ドナウ渓谷で年間450ミリ降る雨は、ここでは250ミリしか降りません。それでもスピッツァーベルクは灌漑をしません。だからブドウは極端に小さく、収量はヘクタール当たり20ヘクトリットルを下回るほどで、極めて凝縮したブドウが出来るのです。 

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凝縮して高密度で超緻密で超堅牢で、しかし重たさが皆無で、むしろ透明感にあふれて抜けがよい。それがスピッツァーベルクのブラウフレンキッシュです。これを高貴と呼ばずして何をそう呼べるのかと思います。女性のドルリ・ムールが造るスピッツァーベルクが女性的な味だとすれば、ヨハネス・トラプルは男性的な味です。前者にエレガントという表現がしっくりくるなら、トラプルのワインは精悍といった形容が似合う、ひたすらかっこいい味だと思います。

オーストリアの赤ワインの頂点にある作品だと個人的には確信していますが、日本ではほとんど無視されています。オーストリアワイン通やプロなら飲んでいる基本ワインのひとつですから、知らないわけではなく、皆好きではないのでしょう。まあ私はオーストリアワインの嗜好に関してはマイノリティーなのでしかたありません。たとえばアイゼンベルクに関しては世の中的にはサパリとライブ―ルが絶賛されていますが、私はサイブリッツとケーニッヒスベルクが好きなようなものです。とはいえ私は異常な独り言をつぶやいているわけではないと思います。先日シュロス・エスターハージーのワインショップで店員さんとアイゼンベルク談義をしていた時も、ふたりしてサイブリッツ最高という話になりました。ともあれこの譬えをお聞きになれば、皆さんも私がブラウフレンキッシュに関して何を求めているかご理解いただけるでしょう。ブラウフレンキッシュの片親はホイニッシュですから、私はこの品種には白ワイン的要素があってしかるべきだと思っています。つまり黒コショウ的スパイスではなく白コショウ的スパイス、実体感ではなく抜け感を重視したいのです。スピッツァーベルクはまさにそんなワインです。

日本に輸入されないのでオーストリアに行って買うことになります。オーストリアに行っても人気ですし生産量が少ないので、そうは見かけません。ですからStixneusiedl村の人っこひとりいない、まるで映画のセットのように殺風景な、しかし道幅だけはなぜか妙に広い表通りに面した、看板のない、外からはワイナリーだとは絶対にわからないヨハネス・トラプルを訪ねて直接買うしかありません。間抜けな私はトラプルの住所は控えていたのですが電話番号をメモしておらず、入口にベルさえないので連絡しようもなく、ルービン・カルヌントゥム協会の事務所に電話してトラプルの電話番号を教えてもらい、やっとのこと玄関を開けてもらえました。トラプルが協会に属していることを知っていてよかった。訪問予定の方は気を付けましょう。

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数年前はガレージワイナリー然とした建物でしたが、今ではシンプルながらかっこいい、いかにもトラプル好みの、直線的なデザインの自宅兼ワイナリーへと変貌しています。小さいとはいえ二階にテイスティングルームもあります。彼は18ヘクタールの畑からツヴァイゲルト、グリューナー、シラー等いろいろなワインを造りますが、今回の目的はふたつ、スピッツァーベルクと、それから彼ともうひとりクリスチャン・クリンガーとが等分出資してヴァッハウに作った新しいワイナリー、PURのワインのテイスティングです。

スピッツァーベルクは、既に述べたとおりの味。最近はビオディナミを始めたので、まだリリースしていない2015年は以前にも増して力がみなぎり、質感に厚みが出て、素晴らしいとしか言いようがありません。

PURは以前にタンクからのサンプルを飲んで衝撃を受けたものです。今回2016年のグリューナー・ヴェルトリーナーをテイスティングし、これはヴァッハウの最高峰だと確信しました。世界遺産でもあるヴァッハウは有名ですし、日本でもファンが多い産地です。しかし本当に素晴らしいワインはあまり多くはありません。なぜなら大半のワインは灌漑と農薬の味がするからです。ヴァッハウほど名声と実体が乖離している産地は世界じゅうを見ても少ないと思っています。ヴィエ・ヴィヌムでもヴァッハウの部屋が毎回最も混雑しています。皆、何をもってそんなにいいと言っているのでしょう。

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無灌漑かつオーガニックのワインといえば、ヴェイダー・マルベルクのブルック・リースリングと、ニコライホフのイン・ヴァインゲビルゲ・グリューナーと同リースリングぐらいしか知りません。後者はレス土壌なので、典型的なヴァッハウとは言えません。ヴァッハウは片麻岩のテラスが基本です。PURは無灌漑でオーガニック(まだできたばかりなので認証はありませんが)で、テラスの畑です。畑は高名なドルンシュタイン村からドナウ河をはさんで反対側、ロサッツ村にあります。ドナウ河が大きく曲がる内側部分に位置し、平地が大きく広がるロサッツ村のワインには、今まであまりいい印象がありませんでした。しかしロサッツ村にも、わずかながら、奥まった山の斜面に畑があるのです。

ドルンシュタインの反対側なのですから、当然、斜面の向きは北向きです。以前ならそれは明らかに負の要因でした。アルプスから吹き降ろす冷風ゆえ、ヴァッハウの気温は限界的に低かったからです。ところが最近では地球温暖化で、ヴァッハウの厳しく冷たい味など遠い昔の話になってしまいました。この状況下では北向き斜面がむしろ優位に働きます。PURのワインは、まるで1970年代のヴァッハウのように緊張感があります。

PURのグリューナーにはシルヴァー、ゴールド、プラチナの3種類があります。まるで品質ヒエラルキーのように感じられますし、トラプルさんもそう思っているようです。しかし私の評価は逆で、シルヴァーが一番よく、プラチナが一番劣ると思います。もちろん「劣る」といっても相対的な話であり、一般的なヴァッハウとは次元が違う品質には変わりありません。

ヴァッハウにはヴィネア・ヴァッハウという生産者団体があり、三段階の「品質」呼称を独自に制定しています。その「品質」概念はまるで昔のドイツのようなもので、意味するところは遅摘み=高品質という思想です。これは決定的に間違っています。昔風ドイツの場合は遅摘み=残糖ですが、辛口ワイン志向のオーストリアの場合は遅摘み=高アルコールです。往々にしてスマラクトは貴腐ブドウさえ入りますが、そうなると貴腐風味が邪魔してテロワールの味がよく分からなくなります。ヴァッハウには冷涼さやすっきりした酸やミネラルを求めるべきなのに、そしてそれを消費者は期待しているはずなのに、事情をよく分からない人が「スマラクト=高品質=高価格、つまりおいしいに違いない」と思って買うと、ぼってりしたペースト状の味で裏切られた気分になるでしょう。リースリングの場合はそれでも酸があるからましだとはいえ、もともと酸が低く糖度が上がり質感がぼってりしがちなグリューナーの場合は、バランスが美しいとは言いがたいものがあります。

ヨハネス・トラプルもヴィネア・ヴァッハウと同じ落とし穴にはまっているようです。明らかにフェーダーシュピール的なシルヴァーは、スマラクト的なゴールドとプラチナよりも酸、ミネラル、アルコール、果実味のバランスがよく、抜けがよいと思います。同じ畑なのですからどれも余韻は大差ありません。余韻と品質は明らかな相関関係があります。しかしアルコール度数と品質の関係はどうでしょうか。世界じゅうのアペラシオンで両者がリンクしているのは、アルコール度数が高ければいいという意味ではなく、アルコール度数は日当たりのよさや収量の低さと関係しているからでしょう。遅く収穫して糖度を上げた結果の高いアルコール度数は、どう考えても品質との相関関係がありません。

さらなる問題は、「テロワール」の考え方です。シルヴァーは若木のワイン、ゴールドとプラチナは古木のワイン。そしてゴールドは斜面下、プラチナは斜面上のみから造られます。「斜面下と上では表土の厚みが違い、ワインの味も違うから。ブルゴーニュがクリマの違いで別々のワインを造るようなものだ」と言います。斜面の上と下では味が違うのは当たり前です。それを別々に仕込むのがブルゴーニュだと思うのは誤解です。クロ・ド・ヴージョを見てください。上部、中部、下部のワインをブレンドしたほうがおいしいし、それがクロ・ド・ヴージョというクリマの味です。上だけのワイン、下だけのワインはクリマ全体のワインよりおいしくないではありませんか。上下を分けると垂直性が失われてしまいます。ゴールドは重心が下、プラチナは重心が上になるだけです。垂直的なシルヴァーと比べて明らかに劣ります。

斜面下の表土が厚い部分より、斜面上の表土が薄い部分のほうが優れていると考えるのも一面的だと思います。確かにプラチナのほうが細やかさ、緻密さがありますし、流速が早い。しかし同時に味のボリューム感が減少する。これがリースリングなら話は別でしょうけれど、グリューナー・ヴェルトリーナーの魅力とは何かを考えると、表土の薄い岩っぽい味が必ずしもよいとは言えません。

このことを一時間かけてヨハネス・トラプルさんに説明しました。思い込み、誤解に基づく畑の分割はやめ、畑全体のブドウを使ってひとつのワインだけを造るべきだ、と。私が試しにブレンドしたワインを彼に飲ませてみると、彼も納得していました。しかし商売を考え、世の中の嗜好(スマラクトがいいと思っている人たち)を考えると、1、シルヴァーのタイミングで畑全体のブドウを収穫し、基本のワインを造る。2、若木の一部でスパークリングワインを造る。3、古木のブドウ(上と下のブレンド)を遅く収穫してスマラクトタイプを造る。というのがよい落としどころだ、と伝えました。これ以外にもいろいろとつっこんだ議論をしたので、彼にとってよい刺激になってくれれば、と思っています。

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