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2017.10.22

南チリのワイン at 薩摩焼肉 黒桜

 チリワインの理解の前には「南北問題」が横たわります。首都サンチャゴがあるマイポを中心として、アコンカグアやコルチャグアあたりを本拠とする北系大手生産者系輸出向けワインと、マウレ以南の小規模生産者系さらに言うなら自家消費・地元消費系ワインです。基本品種で言うなら、前者はボルドー品種やシャルドネでしょうし、後者はパイス、カリニャン、サンソー、モスカテル等です。そして前者は少雨ゆえに灌漑あり、後者は多雨ゆえに灌漑なし、です。

Dsc04246▲コルチャグアの高級ワイナリー、VIK.。まるで美術館のような建築です。

Dsc04288▲マウレの道端のワイナリー、というか、農家。リアリティのあるチリワインを求めるなら、こういう生産者を訪ねてみてください。

 両者は相当異なります。根本的に異なっているとさえ言えます。ただし、どちらもチリらしさは当然あります。のんびりしておおらかでやさしい性格のところでしょうか。

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▲日本橋蛎殻町『黒桜』の個室で会を開催しました。広い店なので、こういった用途にはぴったりです。


 今回の会では、まず、国内や欧米で評価の高いアコンカグアのカベルネ・ブレンド(日本には入ってきません。高いです)をテイスティングし、いままでなじんできた北系の個性を確認し、そのあとマウレ、イタタ、ビオビオのワインをテイスティングしました。...
 ミネラル感と複雑性に関して、南系の自根・無灌漑の優位性は顕著です。北系が新世界味なら、南系はヨーロッパ的です。それ以上に、しっとりとして、さらっと入ってきて、そのあととてつもなく強い味になり、どすんと胃袋に入ってくるあたりは、自根・無灌漑の本領発揮としか言いようがありません。しかし日本には南系ワインがあまり輸入されないので(つまり知らないから需要もない)、これを経験する機会は少ない。ご参加の方々もチリの別の顔を発見して驚かれていましたし、その魅力にほれ込むことになりました。

20171020at▲今回テイスティングしたワイン

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▲日本で買えないワインばかりではありません。このイタタのサンソーは普通に入手できます。もちろん自根、無灌漑、不耕起栽培、基本的にビオディナミです。南チリの特徴がよくわかるワインです。


 イタタのモスカテル・アレハンドリアの、マスカットとしては例外的な逞しさ。イタタのサンソーの繊細なミネラル感と後半のパワー感。ビオビオのパイスのチャーミングでひっそりとした味わいの中にある芯の強さ。デザートワインのマウレのトロンテル(地場品種のひとつ、トロンテスではありません)のおだやかでゆったりとしたエネルギー感。どれも素晴らしいものでした。

Dsc04291▲今回お出ししたマウレのカベルネ・ソーヴィニヨンが造られる醸造所

 しかしなんといっても圧巻だったのは、マウレの道端にある農家で買ってきた半ば自家消費用のカベルネ・ソーヴィニヨンとパイス。5リットルのペットボトルふたつをスーツケースに入れて運んできたものです。こればかりは行かないと買えない、サンチャゴあたりで飲みたくとも飲めないワイン。とてつもないパワ―と堂々たる風格。分析的視点を超越する完成度。地酒の究極でありながら、よくある地酒っぽい粗末さなど皆無。どうしてこんなにクリーンでいてこんなに躍動的なのか。どうしてこんなに飲みやすいのにこんなにパワフルなのか。現代的醸造設備などなく、お世辞にも衛生的とは言えないセラーの古びた木桶にブドウを入れて足で踏むだけなのに、そしてもちろん造り手は普通の農家で、醸造学とは無縁で、祖父から親、親から子へと伝わる方法をそのまま踏襲しているだけなのに、どうしてこんなにすごいワインができるのか。何百億円と投資した畑と現代的セラーで高名なワインメーカーが造る、壮麗なストーリーに満ちた高価なアイコンワインでさえ、これらの農民ワインの前では虚栄の祝宴のための空疎な工業製品に見えてしまうかも知れません。私は誇張しているわけではなく、じっさい飲んだ瞬間に、「おいしい!」と皆が言っていました。私も現地で試飲した時、細かいことなど考える余裕もその必要もなく、「おいしい!」と叫びました。本物は、直接心に訴えてきて、身体にしみわたっていくのです。

Dsc04283▲今回お出ししたパイスのピペーニョの生産者。

 この会にお見えの方々は、ワインを名前で飲むような下劣な“ワインファンもどき”ではなく、他人の評価をもとにしなければ、そしてそれをかさに着なければ自分の意見を言えない臆病な高慢ちきでもなく、世間的にまっとうだとされる評価を踏襲してさも自分がものが分かっているように見せかける鈍感な尊大さとは無縁な、自分の感覚でものをとらえ、自分の言葉でものを表現する方々でした。そういう方々ならば、南チリの地酒ピペーニョが体現するワインのひとつの究極的な真理、つまり自然がワインへと付与するマジカルにして崇高な力を理解していただけます。しかし世の中、そのような人は少数派のようです。そうでなければ、チリワインがこれほどポピュラーなのに、なぜ南チリのワインがここまでマイナーな地位に甘んじなければならないのか、説明できません。

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▲小さな谷底から他の樹に絡みついて伸び上がるパイス。黒い樹皮の樹がブドウです。


 もうひとつすごいワイン、それは林の中に自生するパイスの巨木からブドウを採集してきて造るワインです。農業前の、狩猟採集経済だったころのワインのスタイルです。当然ながら、剪定や誘引といった人がブドウを抑制し手なずけるための作業は皆無で、ブドウはただひたすら自然のままに伸び、実るだけです。それは「農業」では得られないおおらかな伸びやかさを備えたワインです。口に入れると、さらーっと広がり、さらに広がり、だんだんと静かにきれいに消えていって、最後は巨大な空気感を身体の周辺に漂わせます。それを飲むと、通常の「栽培」を行ったブドウが、どれほど枠にはめられた味なのかが、衝撃をもって理解されます。人類の農業1万年の歴史とは何かを考えてしまいます。中世では農業は農業は機織り、鍛冶、戦争、航海、狩猟、医療と並ぶ七つの機械技術のひとつとみなされたそうです。農業が即、自然そのものの享受や自然の鑑賞を帰結するわけではありません。そのこともまた、このパイス・サルバヘを飲むと、わかるような気がします。


 ちなみにこの会ではワインが大量にあったので(なんといっても5リットルボトルですから!)、そしてワインがあまりに自然で飲みやすかったので、皆さんひたすらおかわりの連続。しかしへんな酔い方はしません。ワインは正直です。

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 これは『薩摩焼肉 黒桜』で行われた会です。本来ならペアリングじたいを語らねばならないでしょう。実際いろいろとお料理が出てきましたし、どれもおいしいものですが、いかんせんワインの力が強くて、そしてスケールが大きすぎて、料理の印象が消えてしまいました。しかし料理と合わせるからこそ確認できたこともあります。たとえばサンソーがいかに流速が早く、パイスがいかに流速が遅いか、といったことです。ですからサンソーは牛もも肉のローストに合い、パイスはもつ煮や魚介のトマト煮込みに合いました。でも、それはどうでもいい感じ。とにかく、ワインが、すごすぎです!

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