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2017.10.12

チリ 前文

 チリワインほど「何がチリワインなのか」、「チリらしいワインとは何か」について議論が尽きないワインはありません。

 しかし議論したい人がそれほど多いかどうか。チリワイン=スーパーマーケットで売っているような低価格大量生産カベルネ・ソーヴィニヨン、以上、で終わってしまうかも知れません。

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▲イタタのパイスの古木。無灌漑・自根です。


 チリがワイン生産の楽園だということは誰もが理解しています。気候がよい、害虫・病害が少ない、何よりフィロキセラがいない。自根というのは圧倒的な、ほんとうに圧倒的な優位点であって、接ぎ木なしではワインが造れないヨーロッパがどれだけ逆立ちしてもこればかりはもはやどうにもなりません。自根の味が好きならばチリワインです。しかし「自根の味が好き」という一般消費者はどれだけいるでしょうか。これを読まれている方々なら自根の味は理解されているはずです。本当にそれが好きならば、そしてそういう人が多いならば、チリの高級ワインがもっと市場で見かけるような状況になるはずです。

 そうならないのは、チリには国としてのポジティブなイメージがないからです。今回のサッカーワールドカップ予選で善戦していることぐらいしか情報がありません。世界中の大ワイン産出国の中で、チリほどどんな国なのか知られていないところはありません。

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▲コルチャグワの風景。アンデス山脈を臨む。


 ワインは瓶の中身を消費するだけではなく、瓶の外側にある、ワインにまつわるもろもろのストーリーを消費するものです。フランスやイタリアやオーストリアのワインを消費するとは、同時にフランスやイタリアやオーストリアという言葉が表徴するすべてを消費するということです。それらの国の文化の厚みを消費するのです。それらの国がもたらすポジティブな価値を、食卓の上に招聘することで、その場を豊かにすることができるのです。

 チリは1550年代からワイン生産が行われている、それなりに歴史のある国です。しかしそれはスペインの侵略と分かちがたく結びついた歴史であり、虐殺された原住民と同じモンゴロイド系の我々としてはなおさらポジティブなイメージにはなりません。1850年にフランス系品種が導入されて現在のチリワインの形ができるわけですが、あくまで基本はGNP114%を占める重要産品にして、生産量の72%が輸出されるという輸出用産品という位置づけであって、チリの文化とはあまり関係がありません。産出国文化のシンボルとしてのワイン、という、他国と同じようなストーリーはチリには求めようがない。

 国民一人あたりのワイン消費量は17リットル。フランス43、イタリア34、スイス37、オーストリア29、モルドヴァ31、ルーマニア27、ウルグワイ28、アルゼンチン24と比較すると、南アフリカやニュージーランドやアメリカよりは多いとはいえ、あまりふるわない数字です。チリのビール消費は40リットルですから、明らかにビールの国です。

しかし問題は数字というより、ワインを含めた食文化の欠如です。貧富の差は激しく、経済成長率は16%と低く、第一次産業の国ですから、近い将来の文化的洗練や底辺に至るまでの食文化の豊かな発展は残念ながら望み薄。人口の4割が集中する首都サンチアゴの発展は顕著で、高級レストランは予約しないと入れないほどだとはいえ、それはごく一部の現象のようです。

 チリに行けば、料理が極めてシンプルだと分かります。日本の食卓に不可欠なサーモンの最大の供給元がチリであり、世界の中でも第二位の漁獲高を誇るとはいえ、その調理法はただ焼くだけです。ある家庭で夕食をごちそうになった時、生のサーモンを切っただけの皿が出てきて、どうしたらいいのか戸惑いました。生のサーモンは苦手ですし、もろもろ懸念もあり、自分でオリーブオイルと塩と胡椒で焼いて食べました。タイムやディル風味にしたいなと思い、何かハーブはあるのかと聞いたのですが、ない、と。

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▲チリ料理の基本、牛ひき肉と玉ねぎとゆで卵入りパイ、エンパナーダ


チリは大量に牛肉を食べるところで、チリ人の多くは「アルゼンチンよりチリのほうが食べる。しかしアルゼンチンは宣伝がうまいから、牛肉=アルゼンチンというイメージが世界じゅうに定着している」と言います。確かにアルゼンチンやブラジルは日本でも牛肉料理が知られているのに対して、誰もチリの牛肉料理を知りません。もちろんステーキはあります。赤身が好きなら、なかなかおいしい牛肉です。しかし、ただ焼いただけです。

サーモンにせよ、牛肉にせよ、そのほかパステル・デ・チョクロやカスエラ・デ・アベのような伝統料理にせよ、チリ料理に多くみられる共通点は、シンプル、塩味しかない、酸がない、香りが弱い、アサド(ステーキ)以外は柔らかい、です。

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▲あるワイナリーの昼ごはん、アヴォカドと青菜入りトルティーヤ


そこでお分かりのとおり、現代のパワフルなカベルネ・ソーヴィニヨンを軸とするチリワインはチリ料理と合いません。過去4回の訪問でいろいろなチリ料理とチリワインを試しましたが、結論は、残酷な言い方をするなら、何一つ合っていない。チリ料理じたいはおいしいし、チリワインじたいはおいしくとも、です。ワインが料理の風味を覆い隠し、なおかつワインの樽が目立ち、酸とタンニンが暴れるような相性ばかりです。香りも、タンニンも、酸も、樽風味も、果実味の濃厚さも、すべてが料理に鑑みれば過剰なのです。

結局、チリワインは自国の料理のために発展したわけではないということ。では誰のためにチリワインがあるのか。チリワインはイギリス、アメリカ、中国、ブラジル、日本等に大量に輸出されます。それぞれまったく異なる食文化をもつ国です。それぞれの国で、チリ料理文化とは無縁なところで、チリワインならではの個性がいかにそれぞれの国の料理のおいしさに貢献するのかを確として自覚されることなく、なんとなく、ただおいしくてお買い得なワインとして、消費されているとしか思えません。

ではその問題がチリに起因するのか。そうではありません。第一次産業国としてチリは原料としてのワインを輸出しているだけです。望まれる特性のワインを造っているのです。ではどのような特性が望まれているのか。それは、香り、タンニン、酸、樽風味、果実味それぞれが強いワインです。現在世界で一般的となっているワイン評価基準(=アングロ・サクソン的基準)を見れば、そのようなワインが必然的に高得点を獲得します。高得点=望まれるワイン、高得点をとるような味わい=おいしい、ないし優秀だと思われる味わい、である以上は、輸出産品であるチリワイン(金額ベースで27%程度がイギリスとアメリカ向けです)はそういう特性に仕上げられざるを得ない。いい加減、画一的なワイン評価基準の盲目的信奉から我々が卒業しなければ、さらに言うなら多様な対象に即した多様な鑑賞法・分析法・評価法を個々人が創出していかねば、チリワインの根本問題は永遠に解決されません。

 高品質ワインを造ればWA誌やWS誌やデカンター誌が評価し、生産者のブランドだけではなくチリワインのイメージも向上し、平均売価も上昇する、というシナリオをチリの生産者の誰もが思い描き、「アイコンワイン」なる超高価ワインを連発しています。ナイーヴすぎるほどナイーヴな発想です。しかし「アイコンワイン」の味わいは、現在の我々からすれば、時代遅れな新樽風味と高濃度を特徴としています。確かに高い点がつけられやすい仕上がりです。しかしそのような高得点=高品質という神話は、同じ価値観を共有していないならば(我々の多くがそうでしょう)通用しません。アイコンワインに特徴的な重量瓶と特別の木箱も「価値」を高めるための仕掛けです。しかし我々はそんなにうぶではありません。

 輸出用産品としてのワインは商売のためと割り切り、まったく関係のない地元消費用ワインのスタイルが確立しているならば、私としては気が楽です。しかしチリの生産者たちが言うには、「チリの消費者はとても保守的で、ワインといえばカベルネ・ソーヴィニヨンばかり飲む」。「7割がカベルネ・ソーヴィニヨンではないか」(作付け面積は36・2%です)。「外国がいいと言ったものがいいと思う。自分たちのワイン文化が弱いからだ」。輸出産品=国内消費用産品であり、経済的にもスタイル的にも前者の優位というスキームは動かないようです。これが日本酒の話だとしたらどうでしょう。日本酒のスタイルを我々日本人ではなくアングロサクソン諸国が決定し、我々がそれをありがたく享受するという状況は、想像しただけでぞっとします。最近、若干その傾向があるようで危惧していますが。

 状況はむしろ悪化しています。豊かな果実味が特徴だった以前のスタイルは、近年の世界的な傾向に従い、早摘みにして酸を高めたタイトな味わいへと変化しています。ある生産者は、「最近のチリのワインファンは酸、酸、とばかり言っている。すっぱければいいと思っている」と言います。チリ料理の味とはさらに逆方向に進んでしまったということです。チリ料理は酸がありません。日本料理と同じようなものです。チリ料理の中で明らかにすっぱいのはセヴィッチェぐらいでしょう(ペルーの人はそれをチリ料理と言ったら怒るはず)。早摘みしたら香りの要素の中にハーブ等すっきりした成分が増えるでしょうが、もともとハーブを使わない料理にとってそれは必ずしもプラスにはなりません。タンニンは硬質になり、一見構造がしっかりするように感じますが、ワインの固さと堅さは別ものです。さらに早摘みするとワインの重心が上がります。チリの料理は、日本の料理と同じく、重心が低めです。重心が高いワインは合いません。

この傾向に批判的な他の生産者は「早摘みしたら複雑性がなくなる」。その通りです。私は熟したブドウからワインを造るのが基本中の基本だと思っています。酸が必要なら、より涼しい産地に行くのか、よりふさわしい品種を植えるのか、が正当な手段なのです。冷涼産地用ブドウを温暖産地に植えて早摘みした酸と、適材適所の熟したブドウの酸は、仮に総酸量が同じ数値だとしても、酸の質が異なります。私は高い酸が嫌いなのではありません。シャンパーニュもシャブリもナーエの辛口も好きです。熟していないブドウのワインが嫌いなのです。ワインの正しい構造は、刺激的な固さとして感じられる青い酸とタンニンから生まれるのではなく、ミネラル感からもたらされるものです。ゆえに、早く収穫するのではなく、オーガニック栽培をするのが正しい方向です。

こうした問題意識をもとに、今回チリを訪問しました。テーマは、1、オーガニック。2、マウレやイタタの冷涼無灌漑産地。3、スペインが最初に運んできた地場品種パイス(タンニンも酸もアルコールも低い軽い地元消費用ワインとなる)です。

 

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