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2017.11.06

ラック・コーポレーション 2017秋の試飲会

 帝国ホテルで行われた恒例のラック・コーポレーションの試飲会でブルゴーニュワインをテイスティングしてきました。
 ブルゴーニュワインに詳しくない私でさえ、100本超のブルゴーニュが並んでいて比較試飲すると、いろいろと理解できるようになります。ありがたい機会です。今回のメインのヴィンテージは2014年と2015年です。88年と89年、03年と04年、08年と09年の時と同じく、このぐらい両極端の個性で、なおかつどちらも質的には優れているヴィンテージが並んでいると、試飲は楽しくてしかたありません。
 2014年は、春までは暑くて夏は涼しく秋は再び暖かい。8月より9月の気温が高いというのは異常です。日照量は通年で1887時間と少なく(特に夏は極めて少ない)、降水量は816ミリと多い。2015年は基本、過去平均どおりのカーブで、夏は暑く(6月は記録的高温)春秋は涼しい。日照量は2073時間と多く、降水量は572ミリと少ない(以上、ディジョン測候所のデータ)。これだけでどんな味なのか想像つきますし、実際にその通りです。
 2014年は酸が高くすっきりした風味ですから、多くの人は白ワイン向き、と考えます。白=すっきり、赤=こってり。白=酸、赤=タンニン、白=軽い、赤=重い、といった二分法でワインを把握する人が大変に多いと思います。それは百害あって一利なしです。それらの形容とワインの色は一対一対応しません。当たり前ではありませんか。その単純化のせいで、どれだけの品種や産地がゆがめられ、ガストロノミー的な創造性が妨げられ、ワインの世界が矮小化されていることか。それはともかく、ナーエのリースリングみたいな味が好きなら、2014年のブルゴーニュ白をお勧めします。ちなみにシャブリに関しては、2014年を買わずしてどうするのかというぐらい、いかにもシャブリな味のグレート・ヴィンテージです。
 しかしシャルドネは基本的にはむっちりした太い味の品種だと思います。ないし、むっちり太い味になったときに本領発揮するワインだと。ブルゴーニュに関して私が仮に「涼しい年の白と暑い年の赤の組み合わせか、涼しい年の赤と暑い年の白の組み合わせ、どちらが好きか」と聞かれたら、後者と答えます。好き嫌いではなく、どちらが“らしい”かと聞かれたら、なおさらそう答えます。もちろんそれは圧倒的な少数意見。2014年の白はミッドが薄すぎて頼りない。そして往々にしてすっぱすぎです。少なくとも十年は熟成させたいものです。ところがたまに、2014年の白はぺトロール的な香りが感じられる時があります。今からそんな香りでは、酸を和らげようとしてセラーに放置しておいたら、ただ劣化していくだけのような気がしないでもありません。
 2014年の酸は強くとも、その酸はちゃんと熟しています。ですからギスギスしたエッジや胃が痛くなるキツさはありません。そればかりか味わいの最後にふわっとした甘さがほんのりと広がります。収穫前にしばらく高温が続いたからです。ミッドまでの緊張感から一転して最後に見せる暖色系の景色、この色っぽさがなければ、このツンデレ感がなければ、2014年は真面目一方の並みのヴィンテージになってしまいます。
 2015年の白は若干フォーカスは緩いものの、2014年とは比較にならないほどの立体的なボリュームがあります。しかしパイナップル的では決してなく、レモンコンフィ的な果実味で、清涼感を失っていません。昼夜の気温差はむしろ2014年より大きいので、酸もあります。夏の乾燥の影響も赤のようには感じません。ブルゴーニュではシャルドネは基本、泥灰岩のところ、粘土の多いところに植えられるので、水分ストレスが少ないのでしょう。

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 この事情が端的に理解できるのが、ルフレーヴのピュリニー・モンラッシェ1級クラヴォワイヨンです。普通、このワインは鈍重で抜けが悪く、水平的で粘った感じがして、決して最上のクリマだとは思えません。近代まではクラヴォワイヨンはブドウ畑ではなく、耕作馬の馬場だったと聞きました。土が重いのです。しかし2015年は見事。堂々として、極めてスケールが大きく、ダイナミックで、凝縮度がすごい。それはやはりビオディナミ栽培のおかげでもあると思います。その他大勢のリュット・レゾネのワインと比べたら格段のダイナミズムであり、別格の存在感です。
 赤の2014年は、ピノ・ノワールのもつ透明感、可憐さ、気配感、伸び、精神的な集中度、瞑想的な垂直性を重視するなら、空前のヴィンテージです。88年や96年のピシッとフォーカスが合った味が好きだった人には、久しぶりに出会えた“あの味”。2014年のほうがソフトで、よりストロベリー的(赤すぐりやクランベリーというより)で、そういう点では2007年にも似た部分があり、しかし96年のような収量が多い年よりさらに凝縮度が高いと思えます。ですからそういう個性を求めるべき畑や生産者のワインがいいに決まっています。

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 では2014年らしい村はどこか。シャンボールであり、ジュヴレであり、リュリーです。モレやヴォーヌ・ロマネやジヴリーではありません。そしてラックが扱っている生産者なら、ティエリー・モルテでありジャン・ジャック・コンフュロンです。写真のワインは、絶対の買いです。どちらもオーガニックですから、雑味がなく、向こうまで見通せる抜けのよさがありながらも、温かい密度感もあり、後味はしなやかでふっくらとして広がります。むろんオーガニックならすべておいしいとは言いません。たとえば個人的にはモンティーユの冷たさや固さには、とりわけそれがビオディナミだとすれば、違和感があります。
 2015年の赤は、もちろん堂々としてパワフルで太くて凝縮度が高く、しかしジャミーではまったくなく、素晴らしいものですが、今回の試飲会の印象ではなぜか不思議と一本調子で、2010年にも似たミルランダンジュ的硬質さとスパイシーさが目立ち、果実味の自然な広がりを途中でブロックしているかのようです。ある種の苦みは、夏の乾燥のあいだに生育がストップした時の痕跡かも知れません。しかし固さ、ゴツさは十年以上熟成させればそれなりにほぐれるものです。76年、86年、95年、98年、05年、10年もずいぶん固かったではありませんですか。最近は誰もかれもが、酸がいい、とか、きれい、とか、エレガント、とか、濃くないのがいい、とか呪文のように言うようですから、きっと2015年に対しては批判的な見方をするほうがワインマニアの方々からは褒められるでしょう。
 この試飲会のあとブルゴーニュで飲んだ2015年の印象はずいぶん違います。日本では閉じた状態なのでしょうか。この試飲会だけの結論では、2015年はいまひとつ。ブルゴーニュでの印象では、2015年は2009年の熟した陽性の果実味と2010年の陰性の密度と2005年の明快な構造を兼ね備えた(というか、足して3で割った)、誰でも理解できる完成度と存在感のあるグレート・ヴィンテージです。ブルゴーニュの生産者にワインがおいしいと伝えると、謙遜から「そりゃ2015年ですから。まれにみる素晴らしいヴィンテージですからね」と、口を揃えて言っていました。完全無欠とは言いません。2015年は香りの上昇力に欠け、フッと抜ける軽快さに関しては弱い。時間をかけて、内側から熟成による香りが立ち上がってくるようになるまで待つべきヴィンテージなのは明らかです。若いうちの香りの伸びを欲するなら、空前の2014年がいま店頭に並んでいるではありませんか。

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 この試飲会では、ラックが新たに取り扱いをはじめた6つのドメーヌ、アントナン・ギヨン、シャルル・オードワン、エリック・ド・シュールマン、ジャン・クロード・レニョード、セリニー、グザヴィエ・モノに関しては別のテーブルが設けられていました。中ではセリニーのサヴィニー・レ・ボーヌが気に入りました。これは2015年です。通常ならボディ感に欠け、少々薄いサヴィニーですが、この2015年はサヴィニーらしいなめらかさがありながら、コクや腰の強さがあり、見事なものでした。これに関しては2015年の偉大な力をまざまざと感じることができました。
 他のヴィンテージもいくつか並んでいました。例によって2013年は小さくて単体ではおもしろくありません。2012年のある種のいい加減さ、ゆるさ、温かみ、中肉中背感、おやじギャグ的ほのぼの感は、家庭用ないしビストロ用、そして煮込み料理用冬向けワインとして、相変わらず素晴らしい個性だと思います。例えば、「今日はハンバーグのデミグラスソースを食べます。さてワインはどのヴィンテージにしますか」というお題が与えられた時の答えです。かっこいい味ではありませんが、それがいいのです。家庭にワインを揃えておく時、家庭で普通に食べる料理に合わないワインばかりではしかたないというのは分かりますね。

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 私が好きだったのは、そして飲みごろになっていたのは、2011年です。この年のイチゴ風味と低い酸と陽性の性格(しかし2007年ほどは突き抜けておらず、ちょっとのキツさがあるところが現世的)と適度の流し感と軽さは心地よいものです。2012年が牛肉用なら2011年は鶏肉用です。写真のヴォルネイの2011年を、クリスマス・ディナーのチキン用にお勧めします。それは極めて順当な、順当すぎるほど順当な選択です。現在のブルゴーニュを支えているのは相当ディープなワイン通でしょうから、その方々には「そんなド素人なカッコ悪いことができるか!」と言われてしまいます。その通が通のロジックとセンスでワインを売ったりワインの情報を伝えたりするだけだと、世の中の普通の人のあいだから、「順当」、「基本」が失われてしまいます。だから私のようなワイン通ではない普通の声も大事なのだと自分では思っています。

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