« ラック・コーポレーション 2017秋の試飲会 | トップページ | フランチャコルタ試飲会 »

2017.11.07

キャンティ・クラシコ試飲会

 六本木のグランド・ハイアットでキャンティ・クラシコの試飲会があると小耳にはさんだので、覗かせていただきました。

キャンティ・クラシコは自分にとって現在微妙なポジションにあるワインです。その理由は、

1、クラシコだろうがなんだろうが、キャンティは自分にとってはカジュアルなベーシックワインとして意味があると思っています。なぜならサンジョベーゼは、実質的機能的な品種であって、崇敬の対象となる超越性や神秘性に欠ける味に思えるからです(もちろん個人の主観です)。スケールが小さい、余韻はそこそこ、そして香りが伸びず、天空から降り注いでくるような光の感覚が与えられない、というのがキャンティでありキャンティ・クラシコです。別にそれが悪いと言っているのではありません。それゆえに現実的な食卓で完璧に機能するのです。そういう点ではラングドックのカリニャンにも似ています。しかしキャンティ・クラシコは、どこか無理をして身の丈以上を求めているような気がしてなりません。

2、メディチ家がいかに権力と富を集中させていたとはいえ公的な身分としては一市民だった(だから簡単に追放もされてしまう)とか、リカーゾリ男爵がイタリア国王から上位の爵位を提示された時に断った、とか、トスカーナの歴史にまつわる話は、どこか反“高貴”、反“権威”なところがあり、私はそこが好きなのです。本来ならDOCGとか言ってないで、そういう中央政府のお墨付き系権威にはフンっとそっぽを向き、テーブルワインでいいじゃん、みたいなノリが欲しいところなのです。サッシカイア等“テーブルワイン”が人気になった1980年代は、自分にとっては非常に“トスカーナ”でした。リゼルヴァでは飽き足らず、さらに上階をつみあげてグラン・セレツィオーネ格付けを作りましたが、そういう発想じたいが好ましいとは思えません。健全な脱権力メカニズムを内包していないイタリア、つまり適当に流すことをしないイタリアは、イタリアらしいとも思えません。もちろん誤解がないように付言するなら、私はイタリアそのものを言っているのではなく、我々がイタリアワインを飲む時、ないしイタリア料理店に行くとき、ないしイタリアに観光しに行くときに求める世界観は何か、という話です。イタリアワインはカジュアルだから意味がある、アフターファイブ的なTPOに適合する、わきあいあいのめんどくさい話抜きの状況で機能する、ということです。

3、前項と関係しますが、この前トスカーナに行ったとき、キャンティ・クラシコ地区からは昔の牧歌的な雰囲気がすっかり消失し、お金持ち用観光地になっていて正直気持ち悪いとさえ思い、キャンティ・クラシコと聞いてもなにかポジティブなイメージが湧かないのは事実です。

4、思想的またイメージ的側面を無視したとしても、現代のキャンティ・クラシコの味わいがなんの料理に合うのかよく分かりません。私はキャンティ・クラシコを率先して合わせる料理はサンマの塩焼き(+大根おろし+レモン)だけです。トスカーナで好きな相性は安いキャンティとウサギのフライです。どちらも重心が高いというのがポイントなのは分かりますね。トスカーナの内陸ワインは基本、標高300から400メートルといった高地のワインです。しかし多くの人はキャンティ・クラシコとビステッカ・フィオレンティーナを合わせます。そうするとワインが肉を抑え込む形の味わいになります。ワインのほうが重心が高いので、上から蓋をする形です。トスカーナに牛肉は日本やアメリカの牛肉よりも重心が高いとはいえ、それでもワインのほうがさらに高いのが普通です。またワインのタンニンと酸の両方が強いので、もともと少ない脂肪(とことん赤身ですから)をさらに切ってしまい、後味がドライになります。さらに牛肉の味わいの幅のほうがワインよりも大きいことがほとんどだと思いますから、ワインが肉の味の中に入ってしまって、ソースのように包み込んで肉の味を持ち上げる形になりません。ラルドのたぐいキャンティ・クラシコもおいしいとは思えません。豚肉はトスカーナでも重心が低いので、牛肉以上に合いませんし、そもそも豚肉の脂肪をワインのタンニンと酸で切るという発想が正しいとは思えません。トスカーナで食べても合わないのですから、基本的に食材の重心が低い日本ではもっと合いません。和牛のTボーンステーキはトスカーナの牛より流速が遅く、さらにスケール感が大きく、柔らかく、うまみのポイントは脂肪そのものにあるので、重心が高く流速が早く小さく固くすっぱいワインはどんな意味でも肉の魅力を相殺していく方向に働きます。ソムリエの森上さんがいたので、私は彼にこの話をしていたのですが、彼も同感でした。過去の経験を思い出しても、牛肉と合わせておいしかったのは、マッセート、ヴィーニャ・ダルチェオ、ルーチェ等、つまりボルドー品種のワイン、ないしシエピやソライア等ボルドー品種とサンジョベーゼのブレンドワインです。どうしてもキャンティ・クラシコを料理に合わせよ、と言われたらラム肉のグリルにします。しかし今度は、サンジョベーゼのタンニンの粗さが目立つことになります。

5、上記の補足ですが、キャンティ・クラシコがステーキに絶対に合わなかったわけではありません。もうずいぶん前の記憶になりますが、82年、85年、88年、90年あたりのヴィンテージは今より合っていました。96年でもそうでした。97年からおかしいような気がします。それは地球温暖化の影響です。現在のキャンティ・クラシコは早摘みの味です。完熟したブドウでは、今ではアルコールが14度以上になってしまうでしょうから、早く収穫するしかありません。だから昔より重心が高くて固くてすっぱいのです。セミナーを担当されていた(私は招待状もなかったのでセミナーは聞けません)イタリアワインのジャーナリスト、宮嶋さんが会場外のソファに座っているのを見かけたので、帰り際にこのテーマでちょっと議論していたのですが、彼は「バローロは大変です」と。イタリア全土で、というかヨーロッパじゅうでこの早摘み問題はあるわけですが、特にバローロがひどくて、あの値段であの味でどうするのかとは思います。品種に関してフレキシブルに対応できないと産地の名声も滅びます。しかし今の多くのアペラシオンは品種が固定されています。キャンティ・クラシコもそうです。もしかしたら今ではウヴァ・ディ・トロイアやネグロアマーロやカリニャンでも植えるほうがいい気温なのかも知れませんが、サンジョベーゼにすがる以外ありません。せめて抗高温性の晩熟のサンジョベーゼクローンを作る努力をするべきです。私はカルヌントゥムやファルツのシラーがおいしい、フランケンのカベルネがおいしいと言ってきました。いつまでもリースリングとか言っていてもだめです。同じことです。しかしカルヌントゥムは数多い認可品種の中の何を植えてもカルヌントゥムだからいい。地球温暖化対策のためには単一品種絶対思考から脱しねばなりません。

6、最後に、自分にとってはキャンティ・クラシコは中途半端に高い。ゆえに日常ワインではなく、鑑賞用ワインでもなく、コレクションワインでもなく(キャンティは10年以内に飲んだほうがおいしいと思います。ピノやネッビオーロやシラーみたいに20年経って化けるという品種ではありません)、ガストロノミー用ワインでもないなら、いったいなんの役に立つのかわかりません。

 

 というわけで、まずは批判的視点からいろいろと書きました。もしかしたらキャンティ・クラシコの中にも超絶的夢幻的陶酔的に素晴らしいものがあるかも知れませんから断言はしません。しかし試飲会で50本のワインを飲んだ印象は、論点を強調すべく若干誇張しているところがないとは言いませんけれど、だいたい今書いたとおりです。

 今回試飲に供されていたヴィンテージは、アンナータが2015年、リゼルヴァが2014年、グラン・セレツィオーネが2013年か2012年でした。暖かく、雨も降らず、かといって乾燥もしすぎず、何人もの生産者が「教科書的なグレートヴィンテージ」と言う2015年は、成功している時は酸がおだやかでタンニンがまるく、大変に調和がとれた飲みやすいワインです。しかしいくつかのワインはジャミー、いくつかのワインは早摘みで青臭いので注意が必要でしょう。こういう年ほど地球温暖化の影響が出るのです。しかしポテンシャルの高さは確かなので、よいワインを探してみる価値は十分にありますし、グラン・セレツィオーネのこのヴィンテージはとても楽しみです。

 その正反対に、夏のあいだ低温が続いた「とても難しい年」だった2014年は、その低温が幸いして、構造はタイトで酸は強いものの、それは無理やりに早摘みした固くてつぶれた酸ではなく、抜けの良さがあります。濃いワインを造りたくとも造れない年ですから、味わいに頑張ったところがないのもいいと思います。ロワールのカベルネ・フランやピノー・ドニが好きな人には特にいいでしょう。このヴィンテージは極めて明瞭な集中型ですから、是非焼き鳥と一緒に味わってみて欲しい。

 2013年は、最近では一番魅力のない年です。天候不順をかんじさせるぎこちなさ。スケールが小さく、酸もタンニンも固い。うまくいけば緻密で堅牢でフレッシュなのですが、当たりの確率は一番低いと思います。ヨーロッパじゅう、この年は難しいです。

 2012年は、ヴェルヴェット的な厚みのある質感と若干緩い構造の、酸が低めの年です。シチュー系料理にはぴったりです。少々もっさりしているとはいえ、それがむしろ料理には合わせやすい。他の年より重心が低めなのも使いやすい。そこはボルドーでもブルゴーニュでも同じです。サンジョベーゼファン向けというより、一般向けヴィンテージです。ソムリエの森上さんとヴィンテージ談義をしていて、彼は「私は2年前から2012年がいいと言ってきたのですよ。和食に合わせやすいヴィンテージはこれしかない」と言っていました。その通りです。

 村ごとの違いは常に明らかです。剛直なグレーヴェ、神経質なぐらいにミネラリーでタイトなラッダ、つるっと品のよい、しかし水平的なカステリーナ、おおらかな広がり感のあるガイオーレ、腰が据わって厚みのあるパンザノです。おしなべて不調だったのはカステルヌオーヴォ・ベラルディンガです。昔はゆとりがあったと思うのですが、妙にほぐれなくて早摘みの影響が顕著です。場所を考えればわからなくもありません。

 全体を見ればあれこれ言いたくなるキャンティ・クラシコですが、個別に見ればおいしいワインはもちろんいくつもあります。その中で印象的なワインをふたつ挙げるなら、

 

Dsc03723



ロッカ・デッレ・マチエ 

グラン・セレツィオーネ リゼルヴァ・ディ・フィツィアーノ 2013年

5000円

 これは2013年で、確かにこのヴィンテージらしく小さくて前年のようなやわらかいゆったり感はありませんが、それでも明らかにグラン・クリュの味がします。標高が高すぎず、低すぎずの斜面の真ん中というのがいいのです。カステリーナとしては珍しく垂直的ですし、重心が真ん中です。ブルゴーニュのグラン・クリュが斜面の真ん中にあるという事実を忘れてはいけません。質感がしなやかで、ぐいっと下方向に食い込んでいくのは、石灰と砂の土壌ならでは。このフィツィアーノ畑は軽い土壌です。だからタンニンがごつくならず、酸もソフトになります。

 

Dsc03722


ロッカ・ディ・モンテグロッシ 

アンナータ 2014年

3500円

 ガイオーレのスケール感の大きさ、マクロ的なつかみの安定感がいい。その上、味わいの広がりのグラデーションがあり、外側にくっきりと線が引かれた(つまりワインの内側と外側が明確に遮断されている)ワインが多い中で、これは自然なにじみ感があります。重心も高くなりすぎませんし、妙な固さもありません。優れたテロワールでナチュラルな栽培というのがよく分かります。そして木桶発酵、大樽熟成というのがいいのだと思います。

 

« ラック・コーポレーション 2017秋の試飲会 | トップページ | フランチャコルタ試飲会 »

試飲会等」カテゴリの記事