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2017.11.06

ブルゴーニュ ドメーヌ・コンフュロン・コトティド

 最近のコート・ド・ニュイのドメーヌは、いわば上流階級向け会員制クラブ。一般人の我々が訪問するなど夢のまた夢に近い状況。まあそれもしかたありません。ある生産者に「一年に何人ぐらい来るのですか」と聞くと、「7千人」。それでは試飲するだけでワインがなくなってしまいます!ワインツーリズムが盛んになったのは素晴らしいことだとはいえ、ワイン造りの本業がおろそかになっては元も子もありません。

 今回のブルゴーニュ訪問はペルナン・ヴェルジュレスとマランジェがテーマでしたが、時間が空いたので一軒ぐらいは定番かつ個人的に大好きなメジャー・アペラシオンの生産者を訪ねて2016年のブルゴーニュを試飲したいと思っていたら、ありがたいことにドメーヌ・コンフュロン・コトティドのオーナー兄弟の弟にして醸造責任者、イヴ・コンフュロンからOKをもらいました。

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イヴ・コンフュロンは変人として有名ですが、ただのへんな人ではありません。天才です。飲めばわかります。普通の人にはこういうワインは造れません。ピカソでもピカビアでもコクトーでもランボーでもそうでしょうけれど、天才の作品にはある種のハジケ感、クオンタム・リープ感、美しい亀裂や断層の快感、ロジカルな予想を超えるなにものかの到来があります。自分が作品を俯瞰視して対象化するのではなく、作品の中で自分が踊らされ、刻まれ、こねられ、新たに造形されるような、常識的な主従関係、主体客体関係が逆転する感覚は、天才の作品だけが可能とするものです。普通の人の普通のワインが安心をもたらし、普通の人のへんなワインが困惑をもたらし、へんな人の普通のワインがもどかしさをもたらし、へんな人のへんなワインが笑いをもたらすとすれば、イヴ・コンフュロンのような天才のワインは衝撃・興奮・快楽・発見をもたらします。今回の試飲で感じたことは、まさにそれでした。凡庸な私には、こういう特別な世界を見せてくれるワインが必要なのです。

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ヴォーヌ・ロマネ村の南のほうにあるドメーヌを訪ね、「こんにちは。十年ぶりです。覚えていますか」とあいさつすると、「ああ、覚えているよ。前回と同じ靴を履いているからね」。彼一流の冗談です。覚えているはずがありません。履いていた靴は3年前に買ったものですから。馴れないと、言葉をどれだけ真に受けていいのか戸惑います。十年前は「こんな空気の悪いところで試飲してもおいしくない」と言って、グラスにワインが注がれるたびに階段を上がって外に出ていたので、もしかしたら印象に残っていたかも知れませんが。ちなみに今回は十年前のような空気の淀み感・つぶれ感がなく、ワインの気配に伸びがあったので、セラーの中で試飲しました。

イヴ・コンフュロンのワインが好きな理由のひとつに、ブドウの完熟度があります。以前から遅摘みで有名でしたが、最近多くの人が収穫を早めているので、なおさら彼のワインの特徴が顕著に分かります。私はイヴ・コンフュロンが正しくて、他の多くの人たちが間違っていると思っています。彼のワインは、極めて収量を抑えた実質オーガニック栽培のブドウ(2017年のような年でも平均26hl/ha)を遅く摘み、どんな年でも除梗せずに発酵し、しっかり抽出し、新樽比率は低めで、長い期間樽熟成させるというものです。ものすごく力のあるワインを長く寝かせてほぐれさせるという点では、ジャコモ・コンテルノのバローロ的と比喩表現できるでしょう。しかし誤解されたくありません。若いうちはエグくて飲めないわけではありません。そればかりかものすごくフルーティで、抵抗感なく飲めます。バランスがよいため気づかないだけで、本当は凝縮度が高いのです。
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最初のブルゴーニュ・ルージュからしてコンフュロンらしい個性が全開です。イヴは言います、「最近のブルゴーニュは高価なので、一般の人が買えない。しかし底辺のワインがなければ、消費者は入ってくることがなく、生涯ブルゴーニュから疎遠になってしまう。だからブルゴーニュ・ルージュは重要なワインだし、造るのがおもしろい」。ワインを口にした時に、私は「ああ、熟したブドウの味がする!2016年のベルベット的な厚みのある柔らかさ、性格の穏やかさ、まろやかさが見事に表現されている!酸が低いのにボケていない」と言いました。彼は私と同じで、最近の「酸、きれい、エレガント」を連呼するスタイル先行にせブルゴーニュファンが持ち上げる若造たちの早摘みワインが嫌いですから、「今のブルゴーニュはおかしい。早く収穫しすぎ、抽出が弱すぎだ。彼らのワインはピノ・ノワールという品種のワインであってブルゴーニュではない。スタイルが優勢で、どれも同じ味がする」と、相当に怒っています。

次はヴォーヌ・ロマネ村名。ヴォーヌ・ロマネ以外の何物でもないリッチな黒系果実とふっくらしたウール的質感とやわらかい粘性の高さとおだやかな酸とスパイシーなアクセントの、重心が低いワインです。さすが地元ドメーヌならではの完成度。

シャンボール・ミュジニー村名。きちんと上下の垂直性があります。すっきりしてこまやかで抜けがよく、香りの繊細さはシャンボール。少し重心が高め。「標高が低いところのスパイシーさと粒々した土っぽさもありますね。一般に言われるシャンボールらしさとは違う筋肉質な性質」と言うと、「フルミエール区画」だと。ようするに、ボンヌ・マール側らしい個性です。その上に標高の高い区画の軽快さ、華やかさが付け加わるのがいい。

それにしても2016年はストレス感のない味です。イヴ曰く、「2015年と2016年はどちらも暖かい年。しかし2015年は夏はとても乾燥してブドウにストレスが多く、途中で生育がストップした。パワフルな味。2016年はいい感じに暖かく、いい感じに乾燥しすぎなかった」。2016年ののほほんとした人のよさ、苦労のなさ、緊張感のなさは、下手をすると危険です。ワインの中に本来備わっているべきミネラルがきちんと表現されていないと、そしてエネルギー感の支えがないと、のほほんがぼんやりになり、緊張感のなさが弛緩になってしまう。コンフュロン・コトティドのワインを飲むと、そのことがよく分かるはずです。

次はニュイ・サン・ジョルジュ村名。硬質でキメが細かく、直線的で垂直的で無駄がなく、整然とした黒い直方体が口に中に立ち上がるかのようで、まさにニュイ・サン・ジョルジュです。しかしドラマの発展がありません。わくわくするようなヤバさが皆無。私はこう言いました、「これはいかにもニュイですが、色気がないから好きではありません。あなたには色気があるし、今まで飲んできたワインにも色気があった。それがいいんですよ。あなたは若いころは女性にモテたでしょう?」。47歳になる彼は切り返して、「今でも若いから」。

ジュヴレ・シャンベルタン1級クレピヨ。私が好きなキュヴェのひとつです。私はこう言いました、「タンニンが強いとはいえ、性格がチャーミングで、ふっくらとした黒系果実味が広がって、甘ささえ感じる。やさしいクレピヨはジュヴレ・シャンベルタンらしくないとも言えますが、私はこれが好きですし、ジュヴレにはこういう側面があるということがよく分かります」。

ジュヴレ・シャンベルタン1級ラヴォー・サン・ジャック。これは驚きです。「普通私はラヴォー・サン・ジャックがおいしいとは思わないのですよ。往々にして固すぎてすっぱすぎて青い。コンブの谷風が吹き降ろす場所ですからしかたないと思っていました。しかしこのワインは熟しているではありませんか!ところでラヴォーはマルヌ土壌ですよね?」、「そう、マルヌ」。「マルヌのくっきりした酸がありながら、同時にしなやか。それにマルヌ独特の香り。何と言ったらいいか、、、」、「スパイシーだろ?」、「そう、スパイシーさもあり、フローラルさもあり、すっきりした赤系果実もある。私はマルヌの赤が好きなんです」。「他の人は早く収穫しすぎなんだよ」。

シャンボール・ミュジニー1級デリエール・ラ・グランジュ。丸みがあってスケールが大きく、タンニンは太めで、適度な土っぽさや鉄っぽさや黒系スパイシーさがあり、これまたいかにもボンヌ・マール側の味。「デリエール・ラ・グランジュはパワフルだけれどあまり上品ではないと思っていましたが、これは筋肉質でも気品がある」。「これはモノポール」。「え?モノポールなんですか。所有者はふたりだと思っていましたが」。「アミオ・セルヴェルのデリエール・ラ・グランジュは実はグリュアンシエールなんだよ。彼はデリエール・ラ・グランジュと呼んでいるし、それはいいけど」。「へえ、初めて知りました。そう言われると確かに彼のワインのほうがソフトで、グリュアンシエールというのは納得です。ところでこのキュヴェは昔はなかったですよね」。「09年から造っている」。「以前のオーナーのワインと比べると、キメの細かさや空気感の軽やかさが向上していると思います。つまり、よりシャンボールらしくなった」。そんな会話をしました。

エシェゾー。スーショとグラン・エシェゾーに挟まれたレ・トルー区画。レ・トルーは普通、もっとシンプルな味だと思いますし、キュっとしたチャーミングさや華やぎに欠けるという記憶ですが、これは違います。今までのどのワインより明るいスケール感があり、形としては横方向に大きいのはレ・トルーらしいとはいえ、レ・トルーらしからぬ垂直性が芯を形作り、私にはスーショに近い味に思えます。素晴らしいワインです。香りの持続力が桁外れです。ですから「マルヌがありますか」と聞くと、「ない」と。レ・クルーにはあるはずので、その斜面下のレ・トルーにはマルヌの成分が流れてきてもおかしくはないな、とは思いました。大学の授業で、コンフュロン・コトティドのエシェゾー、スーショ、ヴォーヌ・ロマネ村名を教材に使ったことがあります。大きさの違いが明確に分かるからです。そう伝えると、「ああ、格付けの上下関係がよく分かる3本だろ」と。

クロ・ヴージョ。例によって、クロ・ヴージョは樽から飲んでおいしいワインではありません。凝縮度の高さは顕著ですし、パワフルですが、固くて小さくて苦い。エシェゾーの開いたおいしさのあとでは困惑してしまいます。「区画はどこですか?」と尋ねると、「シャトーの横」。クロ・ド・ヴージョは偉大な畑ですが、どこか一か所の区画だけではまともな味にならないのは分かり切ったことです。15年経てばそれなりのバランスにはなると思いますが、スケール感は出ないでしょうし、そもそもイヴ・コンフュロンらしい色気が出るはずもないクリマです。

マジ・シャンベルタン。ブラックプラム、バラ、八角、黒コショウ、なめし皮といった複雑で強い香り。むせるような強さです。タンニンは粒々して硬質で、ワインが口の中の粘膜に穴をあけて入り込んでくるような、ある種の暴力性を感じます。しかしこれも色気がない。崇高性は痛いほど分かるが、親密さゼロで感情移入不可能。スケール感は巨大で、四角い味がどすんと口の中を占拠して動かない。硬質ですが、ニュイ・サン・ジュルジュのように表面がツルっとしているのではなく、砂岩の大聖堂みたいに逞しい、厚みとテクスチャーのある硬質さ。マジらしいといえば確かに。しかし多くのマジは、もっとつまらなくて粗いワインだと思います。

ここでブラインドで一本ワインが出されました。ちょうど飲み頃で、しっとりと開いた、マルヌの味がする赤系果実と花の香りの気品あふれるワインでした。タンニンはソフトで酸は穏やか。スケールは中程度ですが垂直的で、下にしっかりと沈み、上に華やかにのぼります。これを飲んで、「そういえば、コンフュロンさん、さっきスーショを試飲していないではないですか」と言いました。出されたワインは、2007年のヴォーヌ・ロマネ1級スーショでした。スーショは、たぶん、コンフュロン・コトティドの最高傑作です。いろいろな意味で、彼にぴったりのクリマです。本当はロマネ・サン・ヴィヴァンと、エシェゾー・ド・ドュスと、ボンヌ・マールを作ってほしい。スーショの方向性の拡大版ですから。そこで2016年のスーショを樽から試飲しました。07年よりむっちりしたボディ感があるのは2016年らしいところですが、決して鈍重にならず、くっきりしたマルヌの酸が好ましく快活なメリハリをつけ、香りも熟していながら軽やかにフローラルです。

彼はそのあと唐突に、「コルトンに興味があるのだけれど、コルトンについてどう思うか」と聞いてきました。私ごときに意見を求めるとは、やはりイヴはものずきです。

コンフュロン(以降YC)「最近は多くの人がコルトンを造っているが、素晴らしいと思えるコルトンを飲んだことがない」。

田中(以降KT)「ええ、メオ・カミュゼとか、DRCとか」。

YC「畑のポテンシャルはあると思うのに、どういうわけなんだ」。

KT「それはコルトンがクロ・ヴージョと同じく、ひとつの区画ではまともな味にならず、全体でひとつの完成された味になるようなクリマだからです」。

YC「ああ、それは分かる。それにしても、だ」。

KT「あなただから特に言えると思いますが、おいしいコルトンの赤を造るためには、斜面上のマルヌの区画が最も重要です。皆あそこにシャルドネを植えてしまうのが問題なのです。石灰岩のブレッサンドとかぺリエールとかは単一区画ではどうにもならない味です。コルトンの丘の全部のブレンドと言っても不可能な話ですから、まだ可能な範囲で理想を言うなら、ランゲットとプージェあたり、真南を向いた区画の斜面上から下まででワインを造るしかありません。それを基本として、ヴィ―ニュ・オー・サンの柔らかさ、フルーティさと重心の下の部分の安定感を加え、アン・シャルルマーニュのすっきり感をアクセントに加え、あとはほんの少しブレッサンドで真ん中の部分の厚みを補って他の要素をつなぎ留めれば最高です。もうひとつの問題は、皆コルトンを誤解していることです。コルトンは逞しいワインではありません。それはポマールにも言えることです。あなたは分かっているでしょう」。

YC「ああ、ポマールを造っているからね」。(彼はポマールのクルーセルの醸造コンサルタントでもある)。

KT「多くの人はリュジアン・バとリュジアン・オーでは前者が優れていると言いますが、私は逆で、リュジアン・オーのほうがいいと思います。あそこはマルヌです」。

YC「そうそう」。

KT「だからランゲットのような上部の区画のピノが大事なのですよ。皆勘違いしてコルトンがごついワインだと思っているから、まさに多くのポマールがそうなように、皆抽出を強くしすぎてエグいワインを造ってしまう。それはテロワールが悪いのではなく、テロワールの認識が間違っていることから生じる問題です」。

YC「そうか、最近はみな一週間しかマセラシオンしないではないか。あんな薄いワインはいやだ」。

KT「一週間のマセラシオンはコルトンには正しいのです。問題は収量が多くて早摘みなことです。あなたのように低い収量で遅摘みなら、短いマセラシオンでコルトンを造るべきです」。

 しかし現実には、どんなにお金があろうと、ルナルドやブレッサンドやぺリエールあたりの小区画を買うのでせいいっぱいでしょう。ましてもともと小さなランゲットなど不可能です。だとすれば、コルトンだけ造るネゴスでも立ち上げるしかありません。そうすればあちこちの区画から少しづつブドウを買ってコンプリートなコルトンを造る可能性も見えてくる。ただイヴ・コンフュロンは、「最近はドメーヌがどこもネゴスを作ってビジネスを拡大している。2010年から2016年までの低収量が続いた7年は、皆そうやって売り上げ規模を維持した。しかし僕はそういうのはいやだ」と言っているので、無理でしょう。ですから結論は、コルトンに色目を使うな、です。

 樽の横のラックに入っている瓶を見ると、ベカー・ヴァレーのレバノンワインでした。それが何かと尋ねると、「Vertical 33。自分がコンサルタントをしている。今度ピノ・ノワールも造る」。おお、それはすごい話です!

KT「レバノンのピノはポテンシャルがあります。サン・トマのピノを飲みましたが、素晴らしかった」。

YCVertical 33ではいまサンソーとカリニャンを造っている」。

KT「それは正しい品種のチョイスです。現在のレバノンはカベルネとかメルロとか植えていますが、あれはダメです」。

YC「最悪だね」。

KT「南フランスにサンソーはたくさんありますが、ロゼはよくとも赤ワインはどれもタンニンが固くて泥臭いでしょう」。

YC「南仏ではサンソーは熟さない。レバノンでは熟す。カリニャンもそう」。

 そのサンソー・キュヴェ・ブルータルを飲んでみましたが、もういかにもコンフュロン。熟した赤系果実とくっきりした酸と強いが繊細なタンニンは、その前に飲んでいたスーショの連続として違和感なく飲めます。畑は標高1000メートルから1600メートルですから、昼夜の気温差は極めて大きく、熟しているのにすっきり、というコンフュロンらしさは自然と得られます。私はずっと、レバノンワインはサンソーとカリニャンがいいと主張しています。なかなか賛同者がいない中、イヴ・コンフュロンが同じ考えだと知って嬉しくなりました。次にレバノンに行ったら絶対に訪問したいワイナリーがVertical 33です。

 

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