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2017.12.30

ポムロールと古典洋食の講座 at 京橋モルチェ

 明治から戦前にかけて日本を代表する西洋料理店といえば、「精養軒」「富士見軒」「宝亭」「東洋軒」「中央亭」(創業年順)。今回のポムロールの講座は、「中央亭」の伝統を引き継ぐ「京橋モルチェ」で行いました。「中央亭」は、華族会館調理長にして鹿鳴館を影で支えた渡辺鎌吉を調理長に迎え入れて三菱財閥総帥岩崎弥之助が明治32年に創業したレストランです。洋食ファンなら知らぬ者なき名店です。
 しかし今のモルチェのメニューは普通のビアホール的。東洋軒の流れを汲む東京會舘や資生堂パーラーと同じく、明らかに明治からの伝統を感じさせる味だとはいえ、それを訴求しているわけでもなく、せっかくの伝統と技術があるのにもったいない、オーナーである明治屋は自らの資産を意識しているのかな、と常々思っています。
 ですから今回はシェフに特別にお願いして、通常メニューとは異なる明治時代的な西洋料理を作っていただきました。たとえば「サラダはシンプルなレタスと古典的フレンチドレッシングだけにして肉のあとに出してください」、「肉はすましバターで揚げ焼きに」といった注文。なかなかこんな無理は言えません。支配人の山ちゃん(常連客は皆そう呼ぶもので)と杉本シェフのおかげです。とはいえ、見方を変えるなら、モルチェが本来やらねばならないことをやっていただいただけなのです。
 もちろん料理は驚異的なおいしさでした。百年以上の歴史はだてではありません。これほどの才能があるのになぜもっと生かせないのか。それ以上に、なぜ皆そのことに気づかないのか。ご参加された3名の方だけではなく、もっと多くの方々に知っていただきたい味でした。一番の問題は、我々消費者なのです。料理やレストランの伝統・歴史にあまりに無関心。評価の高い店、値段の高い店に行くこと=レストラン趣味ではありません。

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 しかしこれは明治時代の西洋料理を味わう会ではありません。ポムロールについて学び、考える会です。年末の特別講座(毎年この時期は少し高い会を一回開催させていただいています)としてポムロールの会を開催しようと思い、ポムロールにぴったりの味の料理は何かと考えて、古典洋食と結論づけたのが話の順番です。
 ポムロールは出番のほとんどないワインです。なぜなら現代のフランス料理とは接点がない味だからです。それでいて値段は超高級。どこで飲むのかわかりません。ポムロールは極端な言い方をするなら、ボルドーっぽくもなければフランスらしくもありません。フランスのすべての高級ワインは基本的に似たような味で、確かに左岸の格付けシャトーのワインもそうです。垂直的で華やかで抜けがよく緻密で冷ややか。しかしポムロールはそうではない。なぜポムロールが歴史的には無視され(だから格付けはない)、そもそもフィロキセラ前までは白ワインの産地だったのか。ようは、伝統的な価値基準からすれば、ポムロールはダメなテロワールだからです。伝統にとらわれないアメリカがポムロール人気を作ったのは分かります。
 ポムロールの個性は、お隣のサンテミリオンと比較すると、本当に対極的ですから、よく理解できます。サンテミリオンは伝統的な価値基準に合致するワイン。いまひとつ知名度は低いとはいえテロワール的には大変に素晴らしいラロゼ(今回お出ししたもの)は、まさに垂直的で華やかで抜けがよく緻密で冷ややか。重心は上です。ですからラロゼに合わせて考えたのが、ワカサギのエスカベッシュ、コンソメ(チキンとビーフのブレンドです)、牡蠣のグラタン。奇妙に感じるかも知れませんが、土が軽めで斜面のサンテミリオンは、重心の高い魚介類に合うワインです。
 メルロという比較的新しい品種と特異な重たい粘土質土壌が偶然にもぴったり適合し、それがアメリカ人をはじめとする非伝統的な嗜好に合ったのがポムロール。その突然変異的な個性は、フランスのフランス料理の文脈では生かし切る事が出来ません。実際フランスでポムロールを頼んで、いや日本でも普通のフレンチでポムロールを頼んで、心底おいしい相性だった記憶はありません。たいがいワインが泥臭くあか抜けない味になってしまいます。
 ではどうすればいいのか。サンテミリオンとは真逆に、ポムロール(特に熟成したもの)は重心が低く水平的でスケールが大きくて流速が遅くて酸が低くてしかしタンニンは強くて樽も強くて香りが重くて余韻が長い。ですから、料理もそのような特性を持っていなければなりません。そこで和牛ヒレ肉コートレットのデミグラスソース添え、という結論になりました。もちろん素晴らしい相性です。上質なポムロールと同じだけの濃さと流速の遅さとスケール感は、グラスフェッドの牛肉やジビエには求められません。
 
レヴァンジルとレグリーズ・クリネでは後者のほうが合っていました。それはそうです。上記の個性をより顕著に表現するのは粘土質土壌で平地のワイン。レグリーズ・クリネがそれです。相対的には斜面で砂利が多いレヴァンジルは、ワイン単体で飲むと上品で、どこかポイヤック的で(さすがラフィットと同系列!)、素晴らしいのですが、その流れの速さや垂直性が料理には合いません。反対に、ワインだけで飲むより料理と合わせたほうがずっとおいしいのがレグリーズ・クリネ。生まれてはじめてポムロールが料理に合うと思いました。

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 ちなみに私がここで言っているポムロールは、地図上の標高35メートルの等高線の内側にあるシャトー、つまり世の中でよいとされるワインです。それを外れるとだんだん土壌が砂質になっていきますから、期待されるポムロールっぽさが少なくなり、ただフルーティで飲みやすいワインになります。それでも値段だけは高いので(国際品種メルロの聖地ですから)、ますます出番がありません。
 ポムロールといえば、以前は、ペトリュースとか、高い値段とか、ムエックスとか、ミシェル・ローランとか、ロバート・パーカーとかの名前を出すだけで終わっていました。なんか懐かしい名前。それらの名前を以前より聞かなくなった現在では、ポムロールそのものも忘れ去られたかのようです。ポムロールは明確な個性を備えた代替不可能なワインなのですから、昔のような周囲の雑音の中でワインをとらえるのではなく、純粋にそれをひとつの個性として扱い、何の役に立つのかを真剣に考える機会を持つべきです。そうでなければ、このままポムロールはなくてもいいワインになってしまいます。ポムロールは古典洋食のデミグラスソース味の和牛に合うという、忘れたくとも忘れられないぐらい素晴らしい結論を得ることができたのが今回。やっとフラットにポムロールというワインに向き合えた気がします。

 ところで、明治日本の西洋料理は必ずしもすべて直接的にフランス由来ではありません。当時の日本ではイギリスの影響が圧倒的に強かったわけで、それらは半分以上イギリス料理ないしイギリス経由のフランス料理と言えるでしょう。洋食やさんではカレーが定番だし、ウースターソースが置いてあるではないですか。ボルドーは半分イギリスワインです。今までの経験から言うなら、洋食に合う産地(個別ワインではなく)はまずはボルドーです。連綿と受け継がれる、国境を超えた味の記憶。それを自ら発見することも、レストラン趣味のひとつです。
 
 

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