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2018年2月の記事

2018.02.20

ボルドー、Chateau Lafon Rochet

 2010年ヴィンテージにビオディナミを導入しはじめたシャトー・ラフォン・ロシェを、翌年のボルドー・アン・プリムール・テイスティングで試飲した時の驚きは忘れられない。それまで荒々しくて角が立って抜けが悪かった、ゆえにお世辞にも好きとは言えなかったこのシャトーの味わいが、一挙にほぐれ始め、清涼な空気を孕んできたからである。その時、頑迷なまでに本質的な変化を拒絶してきたボルドー左岸格付けシャトーに新しい波が寄せていることを実感した。それはまださざ波でしかなかったが、押し寄せる水の流れを食い止めることはできないと知っていた。

 次にシャトー・ラフォン・ロシェに感激したのは2010年のロゼだった。ロゼはタンニンがほとんどないぶん、構造をタンニンに依存することができない。しかしそのワインは見事な構造があり、強いミネラル感に支えられていた。土の状態がよくなっていることがはっきりとわかった。

 そして昨年末のユニオン・デ・グラン・クリュの試飲会。ここで2014年をテイスティングし、2013年までとは次元が異なる完成度のワインになったと知った。もちろん2014年というヴィンテージじたいの素晴らしさは否定できないにせよ、2013年に畑を実質的にオーガニックに転換した効果は歴然だった。

 訪問せねばならない。そう思っていた。ジャン・クロード・ベルエと会う前、「私はオーガニックのボルドーに興味があります。あなたがコンサルティングしているシャトーでお勧めなところにアポを入れていただけませんか」と依頼した。返ってきた答えが、シャトー・ラフォン・ロシェだった。このワインの背後に彼がいたとを初めて知った。

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▲シャトーの前庭には日の丸が掲揚されて出迎えてくれた。当主ミシェル・テスロン(後姿)のあとについて見学に行く。



 ラフォン・ロシェの畑は内陸にある。シャトー・ラフィットの飛び地やシャトー・コス・デストゥールネルの西隣である。内陸のサンテステーフらしく、畑の表面を覆う砂利のすぐ下には石灰岩やマルヌが存在している。表土じたいにも石灰の礫が散見される。緯度が高いから気温は低く、収穫時期は当主の子息バジール・テスロンによれば、「グラーヴより一週間から10日遅い」。さらには海に近いから降水量も若干多いはずだ。しかし植えられるブドウの57%はカベルネ・ソーヴィニヨン、4%はプティ・ヴェルドである。どのようなワインになるかは考えただけで分かる。最悪の場合、固い酸と粗いタンニンと青い風味の、粗野なワインである。バジール・テスロンも醸造長のルカも、揃って「リュスティック」という言葉を使った。実際、かつてはそうだった。

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▲シャトーの窓から眺めるブドウ畑。

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▲ラフォン・ロシェはラフィットの北西、コスの西にある。

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▲ラフォン・ロシェの畑の断面図。西側スロープは地中すぐに石灰岩だ。

 “ジュラ紀のアルザス”に関する論考において、好適とされてきた暖かい砂岩や片岩より、不適とされてきた冷たい石灰岩やマルヌのリースリングのほうが最近では好ましい味だと思われることが多くなってきたと述べた。かつての低温がいまの適温、かつての多雨がいまの適切雨量となるこの地球温暖化の中で、ボルドーでも以前と同じロジックが通用するとは限らない。サンテステーフはいまや不遇の時代を過ぎた。気温が低いエリアの夜間の気温が下がって酸が増える内陸の石灰を含む畑のカベルネ・ソーヴィニヨンは、びしっとした垂直的な骨格と引き締まった体躯というボルドー左岸らしい個性を、今では顕著に表現するようになったのだ。

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▲コンクリートタンクはいろいろな形をしている。これはおもしろいアイデアだ。ステンレスタンクも磨き上げられているし、醸造所の中はどこも恐ろしくきれいだ。



 バジーレの到着を待つあいだ、当主ミシェル・テスロンの案内で醸造所を見る。目をひくのは2015年に新設されたコンクリート・タンクだ。以前はステンレスのみだった。あとでベルエに聞くと、「それは私のアイデアだ」。もちろん内部にエポキシ加工は施しておらず、シャトー・ペトリュースやシャトー・ラフルールと同じである。それも通常の直方体ではなく、不思議なカーブミシェル曰く、「コンクリートだとどんな形のタンクでもできる」。直方体は直方体の味に、フリーフォームはフリーフォームの味になるだろう。四角四面の味になりやすいシャトー・ラフォン・ロシェがこのような形のタンクを導入するには意味がある。さすがベルエだ。

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▲温水、冷水、高圧水、窒素ガスのバルブ。


 常におしゃれなミシェル・テスロン。現在のオレンジ色のシンボルカラーを導入したのは彼だという。シャトーの中も外も独特の美意識が通底するが、それはタンクにさえ表現される。「タンクの下には空間があるのが普通だろう。しかしそこは清掃が行き届かなかったり、そのスペースに物が置かれたりして見た目がきたなくなるのがいやだ。だからタンクの下を覆った」。それも銅板で、だ。「あちこちに4つのがバルブある。温度調整用の温水と冷水、洗浄用の高圧水、マストの酸化を防ぐ窒素ガスだ」。ホースの引き回しを最短距離にし、見た目もきたなくならない、機能的な設計である。資金力のあるボルドー左岸格付けシャトーならではだと思う。

 栽培に関して、彼は「シャトー・ラフォン・ロシェはオーガニックではない」と言う。「基本的にはオーガニックだが銅が嫌いだ。毒だからだ。使用するのはアンチ・ボトリティスだけだが、その薬品はヨーロッパのオーガニック規定では認可されているのにフランスでは禁止されている。おかしな話だ。ともかくオーガニックは難しい。ここでは雨が1000ミリも降るからだ。それでもオーガニックは大事なのだ」。私はプロセスとしてのオーガニック認証に興味があるのではなく、結果としてワインが自然な味がするか否かに興味がある。比喩的な言い方ではあるが、意識、意思、意図、そして結果において、シャトー・ラフォン・ロシェはオーガニックな味がする。

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▲最近の流行り、オプティカル・ソーティング・マシーン。ミシェルに「なんでどれもこれも機械はイタリア製なのか」と聞いたら、「これはもとはフランスが発明したがイタリアが安く大量に作っただけだ」と。
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▲やまぶき色と、その補色の紫色で塗られたセラー。



バジーレが到着する。シャトーの内装カラーと同じ色の服を着ている。親子そろっておしゃれに気を遣う人なのだ。樽熟成庫の中で彼は、「亜硫酸添加量を減らす方法として、樽の硫黄燻蒸の代わりに特別な紫外線ライトを開発し、それを樽の内側に入れて紫外線を照射して殺菌するようにした」と言う。「なんと革命的なアイデア!」と驚くと、「新しい方法ではないよ。昔から人間は殺菌するときに太陽の光に晒してきたではないか。紫外線の殺菌効果をずっと使ってきたんだ」。考え出したのは醸造長のルカ。2017年ヴィンテージから採用したという。格付けシャトーは実験室のようなものだ。そのライトの製造にいくらかかったのかは分からないが、少なくともここでは、ちょうど車の世界におけるフォーミュラ1と同じく、お金がなければできないことをしっかりと行っている。お金は正しい方向に使われれば、人類全体の文化・文明の向上に役に立つ。

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▲バジーレがオークの風味を弱めてワインの純粋さを強めるべくこれから増やす予定なのは、このオーストリア、ストッキンジャー製の1000リットル容量大樽。

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▲テイスティング用に並べられたワイン。以前のヴィンテージは好きではないことが分かっているから開けるだけもったいない、と言った。


バジーレと醸造長のルカ・ルクレルクと共にテイスティングする。テーブルには2010年から2015年までの瓶が並んでいたが、私は「2014年以降だけでいい。2014年からは別物になったから」と言った。2012年と2013年は開けたものの、前者は水平的でべたっとして粗い昔風の味。後者はオーガニックらしく垂直的になったが動きがなく小さい。ルカは「2013年はダイナミックではないか」と言ったが、私は「いや、コヒーレンスとフォーカスがない。ミッドの部分に注目してほしい。上と下の存在感とコントラストは大きくとも、それらをつなぐ骨格が弱く、ミッドが空白化しているではないか」と。そのあと話をしているあいだ、彼らのグラスの減り具合を観察していたが、それらのワインはあまり減らない。無意識だろうが、人間の反応は素直なものだ。そして2014年は、日本で飲んだ時と同じ方向性だが、その美点がさらに開花し、混濁感が払しょくされて軽やかな気配が広がる見晴らしのよい味。このヴィンテージのセカンドワイン、ペルラン・ド・ラフォン・ロシェがまた素晴らしい。メルロが多く、樽風味が軽く、熟成期間が短いこのワインは、果実じたいの質のよさがグラン・ヴァン以上によく分かる。緻密で、垂直的で、妙な凹凸がないために流れが滑らかで、すっと胃袋におさまり、鼻へと抜ける。そして2015年は、ヴィンテージのよさだけではなく新しい醸造所の多大な貢献が感じられる、ダイナミックで桁外れにスケールが大きく厚みがあっても風通しがいいフォーカスの定まった味。この数年の品質向上は著しい。新しいヴィンテージを飲むと、以前のワインが飲めなくなる。だから極端なことを言えば、今のシャトー・ラフォン・ロシェは熟成させる必要はない。若いうちからおいしいし、熟成させているうちにもっとよいワインが登場するからだ。試飲はしなかったが、「2016年は今まででベスト」というから、楽しみだ。

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▲バジーレと醸造長のルカ。ルカはブルゴーニュ出身でDRCにいたそうだ。「ならばDRCはもっとおいしくなるはずだと分かっているでしょう」と聞くと、「その通り。ロマネ・コンティは早く収穫しすぎる。本来ならあんなものではないはずだ。ラ・ターシュとリシュブールは逆にちょっと遅すぎる。ド・ヴィレーヌは僧侶みたいなものだから」。テイスティング・グラスは結局ザルトから昔ふうのグラスに戻した。



テイスティング・グラスは最近はやりのボウル部分の側面が直線のデザイン。それを見て私は、「このグラスはおいしくないからいやだ。見ためはいいが、ミシュラン星付きレストランででも使っていればいいのであって、ワイナリーが使うものではない」と言った。私は自宅から持参した、日ごろはご飯茶碗として使っている木のお椀で飲んでいた。当然ながら縦彫りのお椀だ。すると彼らは目を輝かせて、「やはり君もそう思うか。ステムが細くていいかなと思って買ってみたが、今では昔のタイプのグラスのほうがよかったと思うようになって、ちょうど新しく買いなおそうと思っていたところだ」と言い、奥から以前に使用していた普通のチューリップ型のグラスを持ってきた。この話からしても、シャトー・ラフォン・ロシェが私と、また私の意見に同意してくださる方々と、同じ感覚を持っていることが分かるだろう。

「素晴らしいワインだが、全体に閉じていて本調子ではない。今日はビオディナミで言うところのなんの日ですか」と聞くと、「根の日だ」。私は「では私はフルーツの日の味に近づけるようにします」と言って、あることをした。飲んでもらうと彼らは「フルーティで甘くなった」と言う。最近のワインはナチュラルな造りになっているから、花、フルーツ、葉、根のそれぞれの日の影響を強く受ける。本当なら前二者の時にだけワインを飲めばいいが、それでは商売ができない。いまひとつおいしくない葉や根の日に試飲した人がそのワインを「青臭い」(葉の日の場合)、「泥臭い」(根の日の場合)といって誤解し、買わないということも大いにありえる。どうすればいいかといえば、1、やはりよい日にだけワインを飲む。2、よい日の味に近づけるようにする。3、飲む側が頭の中で味を調整してよい日の時の味を想像して評価する。しかないのであって、2の方法を考えることは商売の上からは必要なことになってくると思う。

するとバジーレは、「こうすると味が変わるんだよ」と言い、2015年ヴィンテージのワインが入ったグラスに手をかざし、気を注入した。ただ注いだだけのグラスのワインと比較すると、恐ろしく違う。ワイナリーのオーナーが気を入れたワインは、タンニンが細かく、酸がピノ・ノワール的にビビッドになり、香りにフローラルな要素が増え、全体に緊張感がほぐれ、さらに空気感を増し、足取りが軽くなり、楽器で譬えるならヴァイオリンからフルートになったかのようだ。根の日のワインの暗さと重たさが少なくなり、花の日の味に近くなった。これが彼の考えるシャトー・ラフォン・ロシェの味なのかと驚いた。

「皆さん、これは本当に素晴らしいワインですし、今まで私が飲んでいたシャトー・ラフォン・ロシェはいったいなんだったのかと思うほど違います。しかしあなたがたのワインは世界じゅうで毎日飲まれている。それらのワインが本来のシャトー・ラフォン・ロシェではないとすれば、生産者の責任はどうなりますか。誰が今あなたが気を入れたワインを飲めますか。この味を知っている人はごくわずかでしょう。オーナーが直接気を入れなければいけないようでは、まだ生産者の仕事が終わっていないのです。もちろん完璧な再現はできないにせよ、誰がどこで飲んでもこのような味を経験できるようにするためにはどうすればいいかを考えねばなりません。他で飲むと、ラフォン・ロシェはもっとウッディな風味がするでしょう」。私がそう言うと、ルカは、「確かにヴィネクスポであれなんであれ、シャトーの外で飲むラフォン・ロシェは、ウッディというか、そうだな、シーダリーというかサイプレスというかの味だし、もっとハーブっぽい」。「分かっているじゃないですか。それでいいと思っているのですか。なんとかしなさい」。私はそこである方法を考え、伝えた。「ああ、それはいいアイデアだ。今度実験してみよう」。「まずは問題意識をもちましょう。消費者のもとにあなたが思っているような味を届ける責任を自覚しましょう。そうすればこれからあなたも自分でいろいろな解決策を思いつくでしょう」。

目的が明確ならば、どうすればよいかは皆で考えればよい。目指すゴールが不明瞭なら、いくら舟を漕いでも右往左往するだけで徒労に終わる。バジーレが気を入れたワインの味は明快なゴールである。私は初めてシャトー・ラフォン・ロシェの羅針盤を得た。シャトーを訪問し、オーナーや醸造家が考えるワインの味を経験することの意味は巨大なのだ。

この経験は多くのことを考えさせられる。人間の気は確実にワインの味を変える。そう意識しなくても個人個人は別の存在であり、固有のエネルギーをなんらかの形で放射し、それが周囲のものに影響を及ぼす。ワインを自然が命じるままの味にして提供する、などと言う人がいるが、なんたる傲慢なのかと呆れる。そのような味がなんなのかをその人が知っていると間接的に言っているわけだが、それを知るのは神のみである。神域に達する超越的な能力を持っているとしてもその人は神ではない。シュタイナーでさえ自分が神であるとは言わない。人ができるのは、自然が命じる味とは何かを考え、それをどうすれば具現化できるかを考え、行動するだけである。結果としてあらわれるのは、その人が考えてつかみとった本来の味の個的なイメージであって、本来の味そのものではありえない。

同じ銘柄のワインであれ、ある個人が飲んでいるのは、その人にとってのワインだ。他の人が触ったワインを飲めば、自分が触ったワインとは違う味なのに誰もが気づく。本来の味だと主張する人の味も、他者が飲めばやはりその人の味だ。その人の影響下にあるワインはどれも似たような味がする。しかしそれは自分の体臭のようなもので、自分では気づかない。それをもって、私は体臭がない、と言えるだろうか。本来の味だとストレートに言う権利があるのはそれを造った人間だけであって(それでもそれが本当に本来の味かどうかはまた別の議論だ。作家が作品の意味を自覚していないことがありえるではないか)、それ以外の人が言うべきは、これが私にとって本来の味だと思う味です、だ。もちろん私が触ったワインは私の味がする。私が私である以上は、私はなくならない。無になる、という言葉は言えるが、それは姿勢を表す言葉であって、そしてそこには意味があるのだが、それでも無そのものにはなれるわけがない。有であること、有限であること、個であること、しょせんは小さな人間という存在であることは不可避だと認めた上で、では私は何をどう思うのかを外に向けて提示し、そこから複数の人間のコミュニケーションを通じて一歩一歩正しい道へと歩もうとすることが大事なのであって、「私は真理を知っているがあなたは知らない。ゆえに私は優れておりあなたは劣っている。ゆえに私が注ぐワインは真実在であってもあなたが注ぐワインは欺瞞にして虚偽である」と思うことは、人間として間違っている。

以前、エルヴェ・ジェスタンと話していた時、彼は「私は私の味があるとは思わない。それぞれのワインじたいが望むことを助けるだけであり、それぞれのワイナリーが望むことを助けるだけであって、私自身は何もしない」と言った。私はこう言った、「理念としてはその通りで、完全に賛同します。しかし理念と事実は違います。第一に、あなたの味は存在していて、どれも共通してあなたの味がします。あなただけでなく、コンサルタントなら誰でもそうです。他人が見れば分かります」。その前に彼と食事をしていた時、日本ではなぜかやたらと持ち上げられる某シャンパーニュ(ジェスタンとは無関係なもの)を一緒に飲んだ。まあ正直たいしたことがないワインだったので、彼もあれこれ批判していた。彼がトイレに立った時に、こっそり彼のグラスからワインを飲んでみた。そんな無関係なワインでさえ、彼のグラスのワインは、私とは明らかに違う、彼自身のワインに似た、あの独特の底支えするような強さとエッジ(ないしディフィニションというべきか)のある味になっていた。それをどう説明するのか。無意識でさえそうなるのだ。そしてそれは、今まで何十年にわたって経験してきたことなのだ。パカレはパカレの味に、ジョリーはジョリーの味になる。

続けて言った、「第二に、それぞれのワイナリーの味があるということは、無の味はないということの裏返しです。第三に、人間は何もしないことはできません。何もしないということさえ、何かをしたということです。無為自然そのものにはなれず、無為自然を理想として意識的に生きるだけです。そもそもビオディナミは何もしないことではなく、正しいことを行うということではないのでしょうか。それでも何が正しいのかは神ではないのだから絶対には分からない。あなたが偉いのは、何もしないからではなく、正しいこととは何かを真剣に考え、その正しさを実現する方法を他人にも分かるように考え、実行し、結果として飲む者もまた何が正しいのかを考えることができるようなワインを造ってきたからです。それは無ではなく、意識的な有の最上の形です」。

ルドルフ・シュタイナーは『農業講座』でなぜあのように事細かい具体例を延々と述べるのか。あれは、何をせよ、という話であって、何もするな、無になれ、という内容ではない。自然との共生。世界の平和。素晴らしいことだ。そこには議論の余地はない。しかし掛け声だけで実現できるのか。どうすればできるのかを考え、実際に行動しない限りは、ビオディナミであれなんであれ、現実のものとはならず、現実のものとはならねば世界は救われない。    私はこれをこう考えてこのようにしました、と表明すれば、第三者はその前提と結果の因果関係を検証し、複数の人間による共同作業として次なる発展につなげることができる。実際は何かしているのに何もしていないと言えば、その行為は検証不可能性の森に隠れることになり、その人は不可知の領域へと自らを置くことになる。それは自らの神格化である。それはその人には都合がよく、最も安全であり、なおかつ決定的に無責任でいて最大の権力を行使できる立場となる。仲間由紀恵に登場してもらって「すべてお見通しだ!」と言ってもらう必要が出てくる。だから私はエルヴェ・ジェスタンに「あなたが危惧するように、あなたの名前をシンボルにする人は間違っています。それはあなたの意図と正反対な結果を生み出すからだ。そうならないためには、あなたは何もしないと言ってはいけない」と言った。

人が何もしない時に、最もその人の影響をワインは受ける。なぜならその人の思考や感情が制御なくだだ漏れしているからである。ある会で私がコメントしている時にある人だけ首をかしげていたので、「ちょっとあなたのグラスのワインを飲んでみていいですか」と頼み、口をつけてみると、とんでもなくひどい味がした。「あなた、今日ここに来る前に何かありましたか」と聞くと、「ええ、ちょっと家で大変に困ったことがありました」と言う。当人は意識しているわけではないが、そして意識していないからこそ、その困ったことから生じたネガティブな気持ちがワインに入り込んだのだ。他の場でも似たようなことがあり、どうしたのかと聞くと、「さきほど健康診断の結果が分かって大きな問題が見つかりました」と言う。漫然とワインを飲んでいるからそうなるのだ。漫然と飲むのと同じぐらいしてはいけないことは、お金について考えることである。あるビオディナミ生産者はある商人と目の前のワインに集中することなくお金を話をしていた。ワインがまずかったので、「ワインを前にしてお金を話をするのはやめなさい」と私は怒ったことがある。そのあとは通常の味に戻った。マタイによる福音書第六章にあるとおり、「あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」。ワインはキリストの血なのだから、それが神に仕えるためのものなのか、富に仕えるためのものなのか、問うまでもない。

人間は無ではなく、その人の思考・感情がワインに投影されてしまうのだとしたら、どうすればいいのか。何かに集中することで雑念を遮断する以外にない。なぜ禅の修行で公案が存在するのか。密教においてなぜ阿字観が必要なのか。そのような具体的な例を言わずとも、我々人間は、世界じゅうで、ある最高の方法を考え出し、実行している。それが祈りである。祈っている時には雑念は消える。

だからワインに対して飲む前に何をせねばならないかと言えば、祈ることなのである。どの神に祈るのかは関係がない。私はキリスト教国のワインには、キリスト教の神に祈るのが筋だと思うので、例えばこのように祈っている。「天にまします我らの父よ。このような機会を与えてくださりありがとうございます。あなたのお力と愛をワインを通してお示しくださり、我々をより正しい道へと導いてくださることをお願いいたします。アーメン」。

話がずいぶんと遠いところに来た。あれこれ考えざるを得ないほど、バジーレ自身のグラスのワインは衝撃的な味がしたからだ。今日セカンドワインを開けたが、その時私は到底無になることはできなかった。そう思わずともおのずと思い描いてしまったのは、もちろんバジーレのあのしなやかで気高く香り高いワインだった。

 

2018.02.13

ボルドー、Chateau Petrus

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▲シャトー・ペトリュースを外界から遮断するフェンスには、聖ペテロを表す天国の鍵のシンボル。

 新築されたペトリュースに入るのは初めてだ。初代教皇聖ペトロへのオマージュからか、どこかイタリア風の趣があるシャトー。ムエックスらしく細部までおろそかにしない完全主義的な美意識に貫かれている。美術コレクターとしても名高く、世の中に先駆けてロスコやベーコンをコレクションしたムエックスの初代、ジャン・ピエール・ムエックス。そして同じく瞠目すべき審美眼をもつ次男のクリスチャン・ムエックス。私はペトリュースのオーナーである長男のジャン・フランソワには会ったことがないが、このシャトーを見ると、彼もまた並外れた美意識の持ち主なのだと想像できる。昔は“シャトー”ではなくただの屋敷だと言われていたが、今では立派なシャトーだ。

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▲ベルエ曰く、「イタリア風建築に日本風アクセント」の中庭。



 普通ならペトリュースにはなかなか入れない。しかし今回突然ペトリュースを訪問したのには理由がある。ペトリュースの醸造長を長年務め、今では後任の息子オリヴィエを助けてコンサルタントの役割を担うジャン・クロード・ベルエと共に、ナルボンヌのジェラール・ベルトランのもとでブレンドのコンサルティングをしたからだ。彼とはペトリュースで待ち合わせ、私の運転でナルボンヌまで送り届けた。通常ならボルドーからナルボンヌは4時間弱だが、なんとこの日は農産物価格の低迷に怒る農民が高速道路にゴミを積み上げて通行を妨害。高速道路が封鎖されて一般道を8時間かけて運転することになった。夜間は視力が悪くて運転できないというベルエに途中夕暮れ時の1時間交代してもらった以外は私がドライバーだ。ワインメーカーとしてフランスの人間国宝と言っていい彼を横に座らせての運転がどれほど神経をすり減らすものだったか!彼はあとで「素晴らしく滑らかな運転だった。ムッシュ・タナカを私のパーソナル・ドライバーとして雇いたい」とジェラール・ベルトランに言っていたそうだ。ちなみに途中で夕食をとろうとしたが店の選択肢がない。中華料理店があったが、「中華料理店は化学調味料が入っている可能性が高いからいやだ」と私。「中国のものは農薬が不安だな」と彼。隣のビストロに入った。トゥールーズの近くだったからお約束のカスレを頼もうとしたら、ない、と。じゃあバベットと頼んだら、それもない、と。牛ヒレならあるというからそれにした。彼はセニャン、私はアポワン。肉を焼いてこんなにまずくなるものなのかと思った。彼は「この旅のことは死ぬまで忘れない」と言っていた。

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▲右奥に見えるシャトーから遠く、ヴュー・シャトー・セルタンに隣接する、カベルネ・フランへの改植を待つ区画。他より砂利が多い。


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▲左奥の少し小高くなっているあたりが、“ペトリュースのボタンホール”の中心地。


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▲ペトリュースの土は重たい粘土質。このような畑はめったにない。


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▲リブルヌに近いアペラシオンの西にある某シャトーの畑。ここでは土は砂質になる。



 さて、話をペトリュースに戻す。まず畑を見て、私は言った、「カベルネ・フランはどうしたのか」。かつてカベルネ・フランが植えられていた区画は引き抜かれ、規模を拡大した新シャトーがそこまで張り出している。「なんとバカなことを!」と私は言った。「メルロ100%ではまともなワインにはならない。カベルネ・フランは絶対に必要なのだ」と。ベルエは、「2010年を最後にカベルネ・フランを引き抜いたが、我々もバカではない。ヴュー・シャトー・セルタンに近い区画をこれからカベルネ・フランに植え替える。私はカベルネ・フランが大好きだ」。「あそこは確かにカベルネ・フランにはよい区画だ。砂利が多い」。「そう、今までの区画よりもよい」。ペトリュースはメルロ100%のワインだとされているが、事実はそうではないらしい。「2011年以降はメルロ100%だが、以前は私は毎年カベルネ・フランをブレンドしてきた」。知らなかった。クリスチャン・ムエックスはかつて、「例外的な年を除いてはメルロ100%」と言っていたし、あちこちにもそう書いてある。しかし醸造長が「ブレンドしてきた」と言うのだから、それが正しいはずだ。

 前日の雨水がまだ畑に溜まっている。さすが有名な“ペトリュースのボタンホール”。つまり他のエリアでは地中にもぐる粘土がペトリュースのところだけ盛り上がって顔をのぞかせている。「透水性が悪いから大雨が降れば水は表面を流れていく」。ポムロールはほぼ平地だが、よく見るとペトリュースのところは盛り上がっている。地下にはペトリュースを頂上とする粘土の丘がある。「標高45メートルの最高標高地点だ」。つまりは水は他のシャトーの畑へと流れる。そうでなければペトリュースは薄いワインにしかならない。「そして雨が多くなれば地中の第三紀の青色粘土が膨張して根を圧死させ、ブドウに揚水されない。乾燥すれば青色粘土は収縮し、そこに根が入り込んで今度は水を補給する」。ペトリュースは土の魔法が生み出すワインである。

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▲発酵室。内部無塗装のコンクリート・タンクとステンレス・タンクが並ぶ。



 醸造所を見る。内部塗装なしのコンクリート・タンクが並んでいるのは昔と同じだが、ステンレス・タンクも並ぶ。一見、タイルの床に直接設置されている。「これは直置きですか」と念のために聞いた。直置きではおいしいはずがない。「違う。足の下には銀線がつながりアースポイントまでつながっている。ステンレス・タンクはアースをとればいい道具だ。それをカリフォルニアのドミナス(注:ベルエが醸造長だった)で学んだ。カリフォルニアではステンレス・タンクしか使えない。その理由は知っているか?災害保険はステンレス・タンクにしかかけられないからだ。コンクリート・タンクは地震があったら亀裂が入る。ステンレスは仮に倒れても壊れない。しかしステンレス・タンクのワインはどうしてもおいしくなかった。それをアースをとることで解決した」。私は驚いた、「銀線!普通は銅線なのに!確かに銀は最も電気抵抗が低いから理に適っているが、ペトリュースのような資金力のあるシャトーでなければ到底できないことだ」。

 整然とした醸造所の二階手すり部分にはいくつもの大きな動物のぬいぐるみが置かれている。それが現代美術のような不思議さを醸し出す。意図的に置かれているのかと聞くと、「ペトリュースを訪問する人たちがみな大きなぬいぐるみを置いていくから」。それが暗黙のルールだとは知らなかった。パリのポンデザールの南京錠(それも昔話になってしまったが)やトレビの泉のコインみたいなものか。ある種の人たちにとってはペトリュースは観光地なのだろう。

 抽出は軽めだという。「1974年は大雨が降ってブドウが実膨れしたから、私は若気の至りで強く抽出して力強いワインを造ろうと思った。結果は大失敗だった。次の75年はタンニンが強い年だった。前年の教訓があるので、この年キュヴェゾンはペトリュースでたった12日、トロタノワでは10日と、今までで最も短くした。結果は大成功だった。それ以来軽い抽出を心がけている」。私は言った、「75年は偉大な作品だ。やはり畑で高密度の味のブドウを作り、セラーで軽く抽出するのが一番いい」。ペトリュースの収量は当然のように低く、「30hl/haから35hl/ha」。古木が多いこともあって(1956年霜害後の画期的対策“再接ぎ木”のおかげだ)、それは「グリーン・ハーベストなしに得られる」。興味深いことに、「クリスチャン・ムエックスはグリーン・ハーベストが好きだが、私は常に反対してきた。グリーン・ハーベストを早く行えば翌年の収量が増えてしまう。遅く行えば残ったブドウの粒径が大きくなる。どちらにせよ意味がなく、樹のバランスを崩す」。

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▲樽熟成庫。シャトーはどこも極めて清潔だ。



 次に熟成庫を見る。ワインは2年間樽熟成される。新樽比率は50%。新樽100%と書かれているものを読んだことがあるので、「昔は100%でしたか」と聞くと、「いや、ずっと50%。100%の年は一度もない。新樽の風味が強いワインは好きではない」。樽メーカーはセガン・モロー、デンプトス、ダルナジュー、タランソーと、想像以上に多様だ。高級ポムロール=ダルナジューという神話は有名で、私もダルナジュー主体だと思い込んでいたがそうではない。「一番いいのはタランソー」。タランソーはしなやかで上品な味がすると思う。ペトリュースの味づくりに対してベルエが何を思い描いているのか、こうして話してみるとだんだんわかってくる。

 とはいえベルエのスタイルを単純に優美さと結論づけるのは早急だ。ナルボンヌで皆でいろいろとブレンドを行い、ブラインドで試飲すると、力強く、メリハリが効いているワインがあり、ふたを開けてみるとそれがベルエのワインなのだ。ボルドー品種ワインのブレンド・セッションの時、あるワインへの私のコメントは「トロタノワの95年のようだ」、他のワインは「マグドレーヌの64年のようだ」だった。前者はベルエのブレンド、後者は私のだった。言葉も大事だが、同じく「エレガント」と言ってもその真意は人それぞれ違う。同じ素材を用いても、その人自身の理念、イメージ、個性がワインに転写される。

 広いテイスティング・ルームには吸音タワーがいくつか置かれている。現代の建築は正確なので壁が並行になる。並行になれば定在波が発生する。定在波はワインをまずくする(というか、人間が心地よくない)。敏感でなければ吸音タワーを置いたりしない。こういう細部への気配りが高級ワインには大事だ。ちなみにジェラール・ベルトランの新しいエステート、クロ・ド・タンプルのワイナリー設計ミーティングでの私の意見も、「対向壁面を1度ずらせ」だった。

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▲シャトー・ペトリュース 2016年



 2016年のシャトー・ペトリュースを試飲する。もちろん高度な完成度を示すワインだが、これが何十万円もするとなると、ただおいしいでは済まされない。ベルエとこんな会話をした。

田中「メルロ100%でこれだけの垂直性を出しているのはさすがだが、最上のグラン・ヴァンとしてはまだ上下が足りない。上は頭蓋骨の途中までで終わって突き抜けないし、下は胃の上で終わってしまってはらわたにまで下りない。前後の奥行が不足して特に頭のうしろにまで広がっていかない。超高級ナパ・ヴァレーのカベルネと同じく極めて流麗に磨かれているが、リズムが弱く、うねりがなく、シンプルすぎる。昔のペトリュースはこういう淡々とした味ではなかった。もっと内側から訴えかけてくるものがあったと記憶する。ひとつの明確は理由はメルロ100%であることだ。メルロは単独では絶対に完成した味にはならない。緻密さやフレッシュさや香りの気品のためにはカベルネ・フランが必要なのは当然だが、地球温暖化に対処するにはカベルネ・ソーヴィニヨンの構造が必要だし、上方垂直性のためにはセミヨンのような白ブドウが必要だし、よりリッチさを出すためにはマルベックが必要だ」。

ベルエ「ペトリュースの土はカベルネ・ソーヴィニヨン向きではない」。

田中「ヴュー・シャトー・セルタンの隣の部分なら大丈夫なはず。彼らはカベルネ・ソーヴィニヨンを植えて成功しているではないか。同じくプティ・ヴィラージュもそうだ。何パーセントも入れろと言っているのではない。1%以下でもいい」。

ベルエ「フィロキセラ後、ポムロールにメルロが多く植えられる以前はマルベックが植えられていた。フィロキセラ以前はセミヨンだ」。

田中「そこには理由がある。ポムロールの歴史を再発見して現在に生かすべきなのだ。もうひとつ、現在のペトリュースの問題は、精神的なものだ。あなたもクリスチャン・ムエックスも昔はもっとチャレンジ精神があったのではないのか。その前向きの気合いがワインに乗り移っていたのだと思う。しかし今では超高級ワインとして地位が確立し、こうした豪華なシャトーを建てて気持ちが守りに入っているのではないのか。大企業味になってしまっている。以前、クリスチャン・ムエックスの息子のエデュアルドと話したことがある。彼は『ペトリュースといってもワインはワイン。食卓で料理と共に楽しみ、皆と素敵な時間を過ごすための飲料なのだ』と言った。私はそれは違うと言った。

ベルエ「なぜ違うのか。ワインはそういうものではないのか」。

田中「グラン・ヴァンを造りたいのか、それともボン・ヴァンなのか。フランスには古くからその区別がある。ボン・ヴァンは人間の快楽のための道具であり、それはそれで正当なものだが、ペトリュースはグラン・ヴァンではないか。ボン・ヴァンだと言うなら、なぜ何千ユーロもするのか。ペトリュースを食中酒だと定義するなど、大富豪の妄言だ。グラン・ヴァンはそれ自体で自立し、人間の俗的な快楽のためではなく、より崇高なものの精神的霊的なメッセージを伝えるための媒介物だ。それがキリスト教にとってのワインではないのか。あなたがたはキリスト教徒ではないのか。どうしてワインの本義を忘れてしまうのだ。まあこの話に結論はないから、これ以上はいい。ところでペトリュースには補糖してきたのか」。

ベルエ「ペトリュースに補糖はしない」。

田中「それはいい。あたたかい場所だし、当然といえば当然だが」。

ベルエ「いや、ペトリュースの土は冷たい。粘土だから」。

田中「土は冷たくともミクロクリマ的には気温が高い。そのコントラストがペトリュースのダイナミズムのひとつの理由だと思う」。

ベルエ「しかし80年代末からは気温が高くなってアルコール度数が上がりすぎる。私個人としては125度が理想で、70年代にはそうだったが、今では135度だ」。

田中「それが問題だ。だから70年代の味は緻密でよかった。この状況ではアルコールが上がる品種であるメルロ100%ではますますだめということだ。除草剤は?」。

ベルエ「ペトリュースの畑に除草剤を使ったことはない」。

田中「昔と比べて醸造に関しての違いは?」。

ベルエ「考え方も基本的技術も変わらない。しかし栽培は変わった。使用する薬品が変わった」。

 その言葉をベルエは別の時にも繰り返した。もしかしたら栽培部門とのあいだに齟齬があるのか。詳しくは語らなかったが、彼は醸造責任者であって栽培責任者ではなかったのだから、他人の仕事に口出しすべきではないのは分かる。私としてはペトリュースはオーガニックやビオディナミに転換するべきだと思うが、ムエックスはそこでリスクは負わないだろう。

 それからベルエとポムロールのカトゥソー村にあるレストランに行った。昔はレストランなどなく、それからここは地味なワインショップになり、今ではなかなか高級なレストランだ。ポムロールの経済的成功を体現している。道を挟んだ向かいにあるミシェル・ローランの醸造道具店とラボは昔のままだ。ミシェル・ローランは成功しても自分の店を大理石の宮殿にしなかったのは偉い。

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▲シャトー・ペトリュースをはじめとするムエックスの多くのシャトーの醸造責任者を1964年から2007年まで務めたジャン・クロード・ベルエと、現在の醸造責任者である子息のオリヴィエ・ベルエ。ベルエ家はもともとバスク出身だそうだ。

奥の席に座り、グラスで赤ワインを二種類頼んだ。私は仔牛にサンテミリオンを、彼は牛肉にピク・サン・ルーを。その二つがオーガニックだった。なぜピク・サン・ルーにしたのかと聞くと、「オーガニックだから」と答えた。彼自身はオーガニックがいいと思っているのだ。ピク・サン・ルーは個人的にはラングドックらしからぬ味なので率先してオーダーしないが、さすがに彼の選んだワインは見事なものだった。サンテミリオンは、ペトリュースのあとでは薄く感じられたし、補糖っぽい浮足だったアルコールが気になった。「2013年の夏は暑かったぞ、本当に補糖したと思うか」と聞かれたが、「私はこの味は補糖だと思う」と言った。私は補糖が嫌いなのだ。味の問題もあるが、それ以上に思想的な立ち位置の問題だ。少なくともスピリチュアルなワインにとって、“ワイン=ブドウを発酵したもの”というルールは絶対であり、砂糖をアルコールにしてしまったらそれはもはやアルコール飲料であってワインではない。

彼のところには店のお客の誰もが挨拶に来る。ポムロールの繁栄はムエックスのおかげであり、ペトリュースのおかげだ。その成功をもたらしたのはベルエの力量だ。お客は皆ワイン関係者だったが、彼らは全員、ある意味ベルエに多くを負っている。

 彼の息子のオリヴィエまでもが入ってきた。ポムロールには他にまともなレストランがないのだ。身内・知り合いばかりと顔を合わせるレストランでは、私ならば落ち着いて食事ができないが、“村”とはこういうものなのだろう。私はオリヴィエに言った、「あなたも一緒にいれば楽しかったのに。私はペトリュースにはまだまだ改善すべきところがあるという話をしていたのですよ」。するとジャン・クロードはオリヴィエに、「田中はペトリュースの床の大理石タイルのポラリティがむちゃくちゃだと言っていた」。オリヴィエがそれに答えて言うに、「他のワインジャーナリストがテイスティングに来た時は、部屋のどこで飲むのがいいのかを話していた」。それはいい話だ。私は以前から、部屋の中にはワインを飲むにふさわしいスイート・スポットがあり、そこで正しい方向を向いて飲まなければワインの味が分からないと言ってきた。他の人たちも同じような発想をするようになったということだ。そしてそれが一般的になるなら、ワイン造りもワインテイスティングも、今までと同じ考え方に依拠してはいけないということになる。

 それからいろいろな話をした。彼はアンヌ・クロード・ルフレーヴを敬愛しており、亡くなった彼女についての思い出話をしていた。私は「彼女とは一度食事をしたことがある。その時のメンバーはクロード・ブルギニヨンとステファン・ドゥルノンクールだった」。「それはまたおもしろい顔ぶれだ」。「そこで彼女はほとんどなにもしゃべらなかった。しかし彼女のワインは雄弁だった」。「ああ、そうだね」。「偉大なワインを造っていたが、彼女ならもっとすごいワインを造れたはずだ」。「私もそう思う」。「結局株主が多くて口を出すから、彼女の思い通りにすべてを運ぶことができなかった。それが味に出ていた。残念でならない。そのストレスが彼女の命を縮めたのだと思う」。「ああ、そうだろうな、残念だ」。

 右岸のいろいろなシャトーに関しての話は、まあ皆さんが想像する通りだ。そのまま書けばいろいろな問題が発生するので書かないが、ローランやドゥルノンクールのように澱引きの回数を減らしたらワインは健全な熟成をしないと、醸造学的な見地から力説していた。ドニ・デュブルデューも生前に言っていたことだ、「そんなことは科学的に証明されているのだ、ボルドー大学の論文を読め」と。なんでこんなにこの人はイラついているのだろうと不思議に思ったが、その後、脳腫瘍が見つかったと耳にした。

ペトリュースから彼自身のシャトー兼自宅のあるモンターニュ・サンテミリオンに荷物を取りに行く途中、サンテミリオンのマグドレーヌを通りかかった。私も彼もマグドレーヌが大好きだ。キメがこまやかでしなやかで華やぎがありつつ節度があり、これぞエレガンス、といったワインだった。個人的にはムエックス最上のワインはマグドレーヌだと思っていた。1961年や64年のマグドレーヌがどれほど素晴らしかったかを語る彼の目は、醸造長というよりワインファンだった。しかしもはや過去形だ。マグドレーヌはベレールに吸収されて、今ではベレール・モナンジュだ。彼はそれが悲しいと言っていた。私も「ベレールはベレール、マグドレーヌはマグドレーヌでしょう!勝手に合体するなど歴史に対する破壊行為だ」と憤っていた。「ああ、まったく」。「誰も社内でそれに反対した人がいなかったのですか」。「・・・・」。「そもそもなぜ合体させないといけなかったのですか」。「ベレールのほうが高く売れるから」。「そりゃひどい。完全に資本主義的発想、ワイン商的行為。それでは尊敬されない」。

 「他にサンテミリオンで好きなシャトーは、ラロゼ」と私は言った。「ラロゼがシャトー・XXXより優れていると君が主張しても私は何の問題もなく受け入れる。知っているか、ラロゼももはや存在しない。シャトー・クイントゥスに併合されてしまった」。「ああ、なんてことだ。他に好きだったテルトル・ドーゲは2006年に一度格下げになったし、サンテミリオンは終わっている」。「世の中の多くの人たちはもはやいいテロワールの味も分からないし、XXXYYYみたいな濃いワインしかいいと思えない。古い家族の多くはボルドーを去ってしまった。土地が高くなって相続税が払えず、外部の富豪に売るしかなくなった」。「そうなると当然長い時間をかけて培ってきた土地のスピリットが失われる。農業としてのワインがなくなる」。「その通りだ」。

 オーゾンヌの話は興味深かった。「オーゾンヌのチョークのセラー温度は低すぎるし、通年同じ温度なのがよくない。ワインはコロイドだ。温度変化がないとコロイド凝集が起きないから、セラーの中でワインが正しく熟成しない」。「私もセラーは夏は18度、冬は12度といった具合に季節変動するほうがワインはおいしくなると主張してきた」。「その通り。だからペトリュースではそうしている」。

 この20年ほど一般的な選果についても同じ意見だった。私が「現在のボルドーは選果のしすぎでモノトーンな味になっている。ブドウ成熟度のガウス曲線の両端をばっさり切ってしまっては不自然だということがなぜ分からないのだろう」と言うと、「そう、だからペトリュースではガウス曲線の端の1%のみを除去する。それだけでいい」。

 彼のシャトーでモンターニュ・サンテミリオン、ヴュー・シャトー・サンタンドレを試飲した。こちらでは彼のもう一人の息子、ジャン・フランソワが手伝っている。セラーにプティ・ヴィラージュの箱が積んであるのを見て、なぜかと聞くと、奥さんがプティ・ヴィラージュのテクニカル・ディレクターなのだという。夫婦そろって尊敬すべき才能だ。セラーの見た目は質素だが、気配はペトリュースよりよい。ジャン・クロードは、「床はコンクリートではなくチョークを固めたものだ。樽の下はそのまま大地。樽の転がりを防ぐ押さえは金属ではなく(ペトリュースは金属だ)、木」と言う。彼自身、何がいいのかは分かっている。当然だ。

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▲ベルエ家のワイン、ヴュー・シャトー・サンタンドレ。日本は多くを輸入しているそうで、感謝していた。

 「ペトリュースよりこちらのワインのほうがいいと思う。よりダイナミックな動きがあるし、ナチュラルだし、人間的な温かみがある。土地、ブドウ、人間の一体感がある」。お世辞ではない。ワインの本質をよりまっすぐに現出しているワインが、よりよいワインなのだ。「以前ならここは涼しすぎたからタンニンが粗く酸が強すぎたが、今ではちょうどいい。それにしてもモンターニュ・サンテミリオンとは思えない果実の厚みやタンニンの丸みがある。サン・ジョルジュ・サンテミリオンみたいだ」と言うと、「畑はモンターニュだけではなく、多くはサン・ジョルジュにある。しかし法令上サン・ジョルジュをモンターニュと呼ぶことはできるが逆はできないので、両者をブレンドしたらモンターニュになる。モンターニュは売れないから値段は9から10ユーロと安い。それでは皆暮らしていけない」。「飲めば並みのサンテミリオンより上質なのは分かるでしょうに。土壌的にも粘土石灰質だし、標高が高いから適度に涼しいし、根拠のある品質だ」。「多くの人は名前でワインを買う」。「それでペトリュースは4500ユーロ・・・」。

 いったいワイン教育はどうなっているのか。有名ブランドの名前を覚えるのがワイン趣味にとっての教育ではない。既存の利権を維持存続させる言説を再生産する経済的・社会学的な意味と必要性は理解するが、かと言って私はたいしたワイン経験も知識もないし、それを得るだけの素地がもともとないので、単純に飲んで思ったことを言う以外に出来ることはない。そんな私でも、この日14時間ジャン・クロード・ベルエと話していて、さらには翌日と翌々日もナルボンヌで共に過ごして、同意・共感することがほとんどだった。明らかに意見が食い違ったのはシャトー・カノンの評価ぐらい(彼は最上のひとつと言い、私はプラトーのワインは垂直性と流れが弱いから素晴らしくても最上ではないと言った)だ。世界の醸造界のレジェンド、ジャン・クロード・ベルエと話が合うなどと恐れ多いことを言うつもりはないが、少なくとも無知無学でも彼と楽しくワインの話ができるということは証明できた。だから初心者の方々には言いたい。いかに他人に黒だと押し付けられようとも、自身で白く見えるものは白いのであって、まずすべきことはそれが白いと言うことなのだ。

 

 

2018.02.02

マチルダ・シャプティエのセミナーで考えたこと

 エルミタージュの壮麗な丘を目の前にするタン・レルミタージュ村で樽メーカーとして誕生後400年、ワイン生産者となって200年。シャプティエの歴史は長い。現在我々が知る、“あの”シャプティエの歴史は、実は短い。1989年、7代目となるミシェル・シャプティエが26歳で当主となってからだ。それまでのシャプティエのワインは、当人も以前言っていたとおり普通だった。別に特筆すべきものもないネゴシアンで、シャーヴやギガルやジャブレの陰に隠れていた。しかし1991年、ローヌでは先駆者的にビオディナミを採用して以降、持てる才能を傾けた恐るべき単一畑エルミタージュによって、世界の超高級ワインの最前線へと躍り出た。ロバート・パーカーが最も多く100点満点をつけた生産者は、シャプティエである。

ミシェル・シャプティエはまごうことなき見者にして天才であり、アレクサンダー大王のように君臨してきた。彼は創造力と技術力を兼ね備えた偉大なワインメーカーであると同時に傑出した企業家でもあった。何度か彼に会ったことがあり、直接いろいろな話をしてきたが、それはお世辞ではなく、私の本心だ。アレクサンダー大王が二人は登場しなかったように、ミシェル・シャプティエのような人物は二度は出てこないだろう。

昔、携帯電話のない時代、彼と一緒に食事に行った時のことだ。高速に乗るからあとをついてこいと言われた。どこに行くのかは聞かされていない。彼の高級車は猛スピードで走っていった。後ろを見てもいない。だから私は置き去りになった。彼の下で働いている人たちの話を聞くと、会社においてもそうだったようだ。

そもそも彼の話は突拍子もない。何を言っているのか、なかなか理解できない。何年か前、彼の話を聞きに、リヨンのレストラン業界向け展示会のブースを訪ねた時も、ずいぶんと待たされたあと、教会内のエネルギーの流れについての話をされた。それはそれで楽しかったが、挙一明三とは程遠い私のような凡人には、それをワインの話へと落とし込む変換アルゴリズムをねん出するのは大変だ。「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」(史記)と言われてもしかたない。だいたい私は変人の話を聞くのに慣れているし、誰がいても緊張しない性格だし、ミシェルは年下だから気が楽だとしても、である。

カリスマの下で働く人たちを見るのはつらい。皆、ミシェルの顔色を窺っている。いつも緊張している。いや、おびえている。それが何回かМ。シャプティエ本社で観察していての個人的な感想だ。それを見て、ミシェルのあとのシャプティエはどうなってしまうのかと思った。私は責めているのではない。洋の東西を問わず、人間はそういうものだ。同じ光景はあちこちの会社で見てきた。ただその真実を思い起こされるのがつらいのだ。カリスマには副官が必要だ。平清盛には重盛が、豊臣秀吉には秀長が必要だった。補佐役亡きあとの二人はどうなったか。徳川家康の偉いところは、ひとりでなせることは限られると認識し、また全権集中のカリスマ支配では天下は長続きしないと判断して、周囲に有能な副官を配置し、藩の権限を相応に認めたことだろう。

比較すると、ある意味ミシェル・シャプティエと同じようにビオディナミを採用する天才的なワインメーカー兼企業家であり、同じく数百ヘクタールの所有畑を有するジェラール・ベルトランは、ずっと常識的な人だ。ミシェルは7代目だがジェラールは2代目、ミシェルが生まれた時には既にシャプティエは十分に大きな企業だったがジェラールの父親は小さな生産者、そしてジェラールはワインメーカーである以前に高度なチームプレーが要求されるラグビーの選手だったことが大きいのだろうか。そうであってもジェラールは「この目的に向かって行くぞ、と掛け声をかけて走り出し、皆がついてきているものだと思ってふと後ろを振り返ると、誰もいなかった」と心情を吐露した。常に「チームワーク」を唱える彼でそうなら、ミシェルはどうなのかと思う。

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▲テイスティングに供されたワインは、クローズ・エルミタージュ・ブラン・レ・メソニエ2016年、エルミタージュ・ブラン・シャンタルエット2015年、クローズ・エルミタージュ・ルージュ・レ・メソニエ2015年、コルナス・レ・ザレーヌ2014年、エルミタージュ・ルージュ・モニエ・ド・ラ・シズランヌ2011年。エルミタージュは当然ながら別格の素晴らしさ。単一畑エルミタージュの純粋さもいいが、これら複数畑のブレンドワインがもたらす多面性はもっと評価されていい。笑われるかも知れないが、赤はなぜかガイアのバルバレスコを思い出した。石灰を含む砂の味というか、、、。と同時に、ここがローマによって開かれた畑であることを思い出した。

輸入元が作成したM.シャプティエの広報資料に、こうある。「『テロワールやヴィンテージの個性を土壌に語らせ、表現させる』という言葉は、M.シャプティエ社のモットーを要約しています。同社がワインの味わいについて求めるのは、M.シャプティエ社としての特定の味わいや一定のスタイルをつくることではなく、むしろ、畑によって異なるテロワールの個性や微妙なニュアンスの差が、そのまま写真のように写し取られたワインを造ることなのです」。よい言葉だ。自分も広報担当ならそう書くかも知れない。しかし、それはシャプティエならずともほぼすべての生産者が言うため、誰にも批判・否定されることない公式発表のように、もはや聞こえてしまう。よく考えてほしい。同じ畑で10人の生産者がワインを造ったとして、その10人のワインは絶対に同じではない。もっと単純な話、同じ魚と同じ舎利と同じ技法にもかかわらず、ひとつの寿司店の中のふたりの職人は違う味の寿司を作るではないか。無色透明な人為などないし、むしろそんなことができると思うのは神への冒涜だ。限界のある不完全な人間は、自然を従属物にすること(=「一定のスタイルをつくる」)もできなければ、自らを消し去って自然と同化すること(=「そのまま」「写し取られたワインを造る」)もできない。真実はその中間にある。まるで釈迦の教えのようで申し訳ないが。

ある見方をすれば、シャプティエのひとつひとつのワインは見事にそれぞれのアペラシオンの味がする。しかし別の見方をすれば、シャプティエの造るワインはすべてシャプティエの味がする。一見ワイルドだが、ミシェル・シャプティエは恐ろしく繊細で緻密で完全主義的な性格なのだと、ワインの味わいから判断すれば、思う。有名な昭和の譬えをするなら、典型的に桂文楽であって古今亭志ん生ではない。探求と研鑽と練磨の味であっても、酔っぱらって高座に上がり客の前で居眠りしてそれがまた笑いを呼ぶような味ではない。だからシャプティエの味は冷たい。つけ入るすきがない。飲むにふさわしい場所はどこかと聞かれたら、フォントニー修道院と私なら答える。他に似た性格のワインで譬えよと言われたら、画面の隅から隅までびっしりと細密なタッチで描かれた、息が詰まるほど磨きこまれた、スペインのピングスと答える。ないし、堅牢な精神性に貫かれたアルザスのトリンバックと答える。だからシャプティエの味は、テロワールそのものの味というより、テロワールそのものの味とは何かを考え抜き、自然の啓示と内的衝動に突き動かされて自らに鞭打ってきたミシェル・シャプティエが体現する、“テロワールへの志向性”の味なのである。

私自身がシャプティエのワインを“好き”かと言われたら、好きではない。凡人には荷が重すぎる味だからだ。知りたくもない己の至らなさを直視せざるを得ない味だからだ。しかし真のグラン・ヴァンは好き嫌いを超えた存在である。そうでなければいけない。好き嫌いの対象でしかなければ、それは俗世界のワインだ。聖なるワイン、つまり神であれ自然であれ、人智を超えたなにものか(ミシェル・シャプティエにとってはそれは地質学的土壌なのかも知れぬ)への崇敬の表現としてのワインは、まさにシャプティエのワインがそうなように、俗っぽい感情を拒絶してしかるべきなのだ。

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▲М。シャプティエ社ジェネラル・マネージャー、マチルダ・シャプティエ。会場は服部栄養専門学校の階段教室。学生の方々も多く参加。若いうちにシャプティエのワインで舌を訓練するのはよいことだ。

それだけに、M.シャプティエ社のジェネラル・マネージャーに20176月に就任したミシェルの娘、大帝国を引き継がねばならない運命にあるマチルダ・シャプティエの来日セミナーがあると聞いて、参加しないわけにはいかないと思った。知らせを聞いての最初の感想は、「さぞ大変だろうな」という同情だった。誰であれ、ミシェルが成し遂げたことを上回る業績を残すなど不可能なのだ。まだ26歳の娘の両肩にのしかかる重圧たるや想像を絶するものがある。

予想どおり、実際に見たマチルダは不安そうだった。彼女は話しながらよく鼻を触っていた。聴衆への視線が定まらずにすぐに関係者のほうを見ていた。プレゼンに自信があれば、自分の言葉で語っているならば、内容が自らの内面から表出したものならば、そのようなしぐさはしない。ある程度の人生経験があるなら、誰でも知っていることだ。

それを見て私も不安になった。彼女には徳川幕府初期に作られたような堅固な統治システムによるバックアップがあるのだろうか。なければ、まずい。本当に、まずい。ナポレオンのようにすべての決裁を皇帝に集中させるようなシステムなら、歴史が教えるように、どのような大帝国でもカリスマなきあと急速に瓦解する。M.シャプティエと親しく付き合っているに違いないインポーターの方々、また彼の信任厚いメディアの方々は、是非ともこの点について膝を交えて彼と話し、必要とあらば助言してほしいものだ。これは会社経営の話ではない。それに関して私は言うべき立場にはない。私の関心事はワインだ。ミシェル・シャプティエの超然たる完成度を誇る味は、彼個人の特別な才能に依存しているところ大であることは飲めば分かる。現象の背後にあるスピリッツが希薄化すれば、現象つまりワインの味は、魂なきシュミレーション、スタイルへと堕する。そのような例を、我々はいやというほど見てきたのではないのか。M.シャプティエのワインがそうなってほしくない。M.シャプティエのワインが崇高なる真理へのチャンネルを閉じる事態になってしまったら、私は北ローヌワインに関して何によって啓示を得ればいいのだろうか。

 

セミナーの内容の大半は、既に知られていること、ホームページを見れば分かることばかりだったので省略する。それはセミナーに参加した他の方々が書かれているだろう。質問の時間が来たので、私はまっさきに手を挙げた。よくあることだが、質問時間の半分は私の質問で終わってしまう。以下は私の質問とマチルダの答えだ。

 

・今ではM.シャプティエの所有畑はローヌだけではなく、プロヴァンス、ルーション、ポルトガル、オーストラリア、アルザスにまで広がっている。あなたは先ほど「悪いテロワールはない。ただ発見されていないテロワールがあるだけだ」と言った。しかし買った土地を見ると、明らかにシャプティエは古い地質年代のところを買っている。つまり地質年代は古いほうがいいテロワールだと思っているからでしょう?ポルトガルはドウロ、オーストラリアはヒースコート、アルザスはアンドローですよね。

「ええ、買った畑の場所はそのとおりです。どの土地でもいいテロワールだという意味ではなく、どの産地でも探せばその中にいいテロワールがある、という意味です」。

・ルーション、ポルトガル、アルザスと、土壌はシストばかりです。この流れを見れば、当然プリオラートを買うべきでしょう。なぜプリオラートではないのですか。

「私はラッキーなことに、あのエリアに年に4回行きます。プリオラートのことは考えています。まだ詳しくは言えませんが」。

・シストということは、プロヴァンスはフレジュスですか?

「サント・ヴィクトワールです」。

・比較的新しい地質年代の石灰岩ですね。他とは違って。

「いいテロワールですよ」。

・そうですか?私は隣のパレットのほうがいいと思いますが。まあそれはそれとして、シャプティエは花崗岩であるエルミタージュを本拠地にしているのに、なぜシストばかりで花崗岩の畑を買わないのですか?

「実はドイツでワインを造る話があって、その畑はまだ買ってはいないのだけれど、花崗岩です」。

・へえー、ドイツですか。ドイツには花崗岩の畑はあまりありませんね。ザクセンですか?

「バーデンです」。

プリオラートとバーデンへの新規参入計画は初めて知った。質問すれば新しいネタが出てくるものだ。他のワインジャーナリストの方々は個別のインタビューの機会を与えられているからいろいろと聞けるが、私はこういう席で聞いてみるしかないので、長い時間を取ってしまって申し訳ない。

 セミナーのあいだにリヨン料理であるパテ・アン・クルートが出された。それ自体ではおいしいものだった。エルミタージュ・ブランにはなかなか合っていたが、当然ながらシラーとは最低の相性だ。豚肉とシラーほどひどい組み合わせもない。そもそも典型的なお惣菜であるこの料理の格と世界屈指の高級な味であるワインの格が合わない。そもそも千円の料理に1万円のワインを選ぶ人はいない。意図としては、M.シャプティエのワインは料理に合わせやすいと言いたかったのだろう。しかし事実は逆だ。合わせにくいワインなのだ。それはいい意味でだ。通常の完成度のワインなら適当な凹凸を料理が埋めてくれて最終的にはおいしい相性となるが、そしてそれが楽しいのだが、M.シャプティエの場合はワインの完成度が極めて高いため、ワインのバランスを崩さない料理を作るなど至難の業であろう。自分にしてみれば、パテ・アン・クルートはM..シャプティエの本質をあいまいにしてしまったのではないかと危惧する。この料理には順当にコトー・デュ・リヨネやボージョレ・ロゼやマコンを選ぶべきだと思う。

 そのあとある方が、「お料理ととっても合っていましたが、ワインを造る時にお料理に合わせることを意識していますか」という質問をされた。マチルデの答えは「はい」だった。それを聞いて私はまた手を挙げた。

・料理に合わせてワインを造るなど、ビオディナミの考え方とはなんの関係もないではありませんか。テロワールを表現するのが目的であって、最初から料理のことを考えていたら本末転倒だし、どのワインも似たような味になってしまう。ワインはテロワールの味をそのまま出すように努め、料理のほうは変えられるのだから、それぞれのワインに合わせて調理すればいい。

「私が言いたかったのは、過剰な樽や長すぎるマセラシオンといった人工的なワインを造らない、ということです」。

 それこそ過剰な樽とタンニンを感じる新世界のワインでも、例えは焼肉と一緒に飲むと、洗練されてバランスのよいフランスワインよりはるかによい結果を出してくれることがある。人工的と揶揄されても、おいしいものはおいしい、まずいものはまずい。合う合わないは、よい悪いとは違う。料理に合わせると言う考え方は、人間の満足の最大化を目的としているがゆえに、原理的に“世俗”のワインを生み出す。その時生産者の顔が向いているのは人間に対してであって、神でも自然ではない。つまり、マチルダの「はい」は、ミシェル・シャプティエの業績を無にしかねない。

 彼女はこう言うべきだったのだ、「私はワイン生産者としてワインにおいて人事を尽くして天命を待つ。料理人は料理において人事を尽くして天命を待つ。さすれば両者が出会った時、天はおのずと栄冠を授けてくださるであろう」と。

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