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2018.02.02

マチルダ・シャプティエのセミナーで考えたこと

 エルミタージュの壮麗な丘を目の前にするタン・レルミタージュ村で樽メーカーとして誕生後400年、ワイン生産者となって200年。シャプティエの歴史は長い。現在我々が知る、“あの”シャプティエの歴史は、実は短い。1989年、7代目となるミシェル・シャプティエが26歳で当主となってからだ。それまでのシャプティエのワインは、当人も以前言っていたとおり普通だった。別に特筆すべきものもないネゴシアンで、シャーヴやギガルやジャブレの陰に隠れていた。しかし1991年、ローヌでは先駆者的にビオディナミを採用して以降、持てる才能を傾けた恐るべき単一畑エルミタージュによって、世界の超高級ワインの最前線へと躍り出た。ロバート・パーカーが最も多く100点満点をつけた生産者は、シャプティエである。

ミシェル・シャプティエはまごうことなき見者にして天才であり、アレクサンダー大王のように君臨してきた。彼は創造力と技術力を兼ね備えた偉大なワインメーカーであると同時に傑出した企業家でもあった。何度か彼に会ったことがあり、直接いろいろな話をしてきたが、それはお世辞ではなく、私の本心だ。アレクサンダー大王が二人は登場しなかったように、ミシェル・シャプティエのような人物は二度は出てこないだろう。

昔、携帯電話のない時代、彼と一緒に食事に行った時のことだ。高速に乗るからあとをついてこいと言われた。どこに行くのかは聞かされていない。彼の高級車は猛スピードで走っていった。後ろを見てもいない。だから私は置き去りになった。彼の下で働いている人たちの話を聞くと、会社においてもそうだったようだ。

そもそも彼の話は突拍子もない。何を言っているのか、なかなか理解できない。何年か前、彼の話を聞きに、リヨンのレストラン業界向け展示会のブースを訪ねた時も、ずいぶんと待たされたあと、教会内のエネルギーの流れについての話をされた。それはそれで楽しかったが、挙一明三とは程遠い私のような凡人には、それをワインの話へと落とし込む変換アルゴリズムをねん出するのは大変だ。「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」(史記)と言われてもしかたない。だいたい私は変人の話を聞くのに慣れているし、誰がいても緊張しない性格だし、ミシェルは年下だから気が楽だとしても、である。

カリスマの下で働く人たちを見るのはつらい。皆、ミシェルの顔色を窺っている。いつも緊張している。いや、おびえている。それが何回かМ。シャプティエ本社で観察していての個人的な感想だ。それを見て、ミシェルのあとのシャプティエはどうなってしまうのかと思った。私は責めているのではない。洋の東西を問わず、人間はそういうものだ。同じ光景はあちこちの会社で見てきた。ただその真実を思い起こされるのがつらいのだ。カリスマには副官が必要だ。平清盛には重盛が、豊臣秀吉には秀長が必要だった。補佐役亡きあとの二人はどうなったか。徳川家康の偉いところは、ひとりでなせることは限られると認識し、また全権集中のカリスマ支配では天下は長続きしないと判断して、周囲に有能な副官を配置し、藩の権限を相応に認めたことだろう。

比較すると、ある意味ミシェル・シャプティエと同じようにビオディナミを採用する天才的なワインメーカー兼企業家であり、同じく数百ヘクタールの所有畑を有するジェラール・ベルトランは、ずっと常識的な人だ。ミシェルは7代目だがジェラールは2代目、ミシェルが生まれた時には既にシャプティエは十分に大きな企業だったがジェラールの父親は小さな生産者、そしてジェラールはワインメーカーである以前に高度なチームプレーが要求されるラグビーの選手だったことが大きいのだろうか。そうであってもジェラールは「この目的に向かって行くぞ、と掛け声をかけて走り出し、皆がついてきているものだと思ってふと後ろを振り返ると、誰もいなかった」と心情を吐露した。常に「チームワーク」を唱える彼でそうなら、ミシェルはどうなのかと思う。

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▲テイスティングに供されたワインは、クローズ・エルミタージュ・ブラン・レ・メソニエ2016年、エルミタージュ・ブラン・シャンタルエット2015年、クローズ・エルミタージュ・ルージュ・レ・メソニエ2015年、コルナス・レ・ザレーヌ2014年、エルミタージュ・ルージュ・モニエ・ド・ラ・シズランヌ2011年。エルミタージュは当然ながら別格の素晴らしさ。単一畑エルミタージュの純粋さもいいが、これら複数畑のブレンドワインがもたらす多面性はもっと評価されていい。笑われるかも知れないが、赤はなぜかガイアのバルバレスコを思い出した。石灰を含む砂の味というか、、、。と同時に、ここがローマによって開かれた畑であることを思い出した。

輸入元が作成したM.シャプティエの広報資料に、こうある。「『テロワールやヴィンテージの個性を土壌に語らせ、表現させる』という言葉は、M.シャプティエ社のモットーを要約しています。同社がワインの味わいについて求めるのは、M.シャプティエ社としての特定の味わいや一定のスタイルをつくることではなく、むしろ、畑によって異なるテロワールの個性や微妙なニュアンスの差が、そのまま写真のように写し取られたワインを造ることなのです」。よい言葉だ。自分も広報担当ならそう書くかも知れない。しかし、それはシャプティエならずともほぼすべての生産者が言うため、誰にも批判・否定されることない公式発表のように、もはや聞こえてしまう。よく考えてほしい。同じ畑で10人の生産者がワインを造ったとして、その10人のワインは絶対に同じではない。もっと単純な話、同じ魚と同じ舎利と同じ技法にもかかわらず、ひとつの寿司店の中のふたりの職人は違う味の寿司を作るではないか。無色透明な人為などないし、むしろそんなことができると思うのは神への冒涜だ。限界のある不完全な人間は、自然を従属物にすること(=「一定のスタイルをつくる」)もできなければ、自らを消し去って自然と同化すること(=「そのまま」「写し取られたワインを造る」)もできない。真実はその中間にある。まるで釈迦の教えのようで申し訳ないが。

ある見方をすれば、シャプティエのひとつひとつのワインは見事にそれぞれのアペラシオンの味がする。しかし別の見方をすれば、シャプティエの造るワインはすべてシャプティエの味がする。一見ワイルドだが、ミシェル・シャプティエは恐ろしく繊細で緻密で完全主義的な性格なのだと、ワインの味わいから判断すれば、思う。有名な昭和の譬えをするなら、典型的に桂文楽であって古今亭志ん生ではない。探求と研鑽と練磨の味であっても、酔っぱらって高座に上がり客の前で居眠りしてそれがまた笑いを呼ぶような味ではない。だからシャプティエの味は冷たい。つけ入るすきがない。飲むにふさわしい場所はどこかと聞かれたら、フォントニー修道院と私なら答える。他に似た性格のワインで譬えよと言われたら、画面の隅から隅までびっしりと細密なタッチで描かれた、息が詰まるほど磨きこまれた、スペインのピングスと答える。ないし、堅牢な精神性に貫かれたアルザスのトリンバックと答える。だからシャプティエの味は、テロワールそのものの味というより、テロワールそのものの味とは何かを考え抜き、自然の啓示と内的衝動に突き動かされて自らに鞭打ってきたミシェル・シャプティエが体現する、“テロワールへの志向性”の味なのである。

私自身がシャプティエのワインを“好き”かと言われたら、好きではない。凡人には荷が重すぎる味だからだ。知りたくもない己の至らなさを直視せざるを得ない味だからだ。しかし真のグラン・ヴァンは好き嫌いを超えた存在である。そうでなければいけない。好き嫌いの対象でしかなければ、それは俗世界のワインだ。聖なるワイン、つまり神であれ自然であれ、人智を超えたなにものか(ミシェル・シャプティエにとってはそれは地質学的土壌なのかも知れぬ)への崇敬の表現としてのワインは、まさにシャプティエのワインがそうなように、俗っぽい感情を拒絶してしかるべきなのだ。

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▲М。シャプティエ社ジェネラル・マネージャー、マチルダ・シャプティエ。会場は服部栄養専門学校の階段教室。学生の方々も多く参加。若いうちにシャプティエのワインで舌を訓練するのはよいことだ。

それだけに、M.シャプティエ社のジェネラル・マネージャーに20176月に就任したミシェルの娘、大帝国を引き継がねばならない運命にあるマチルダ・シャプティエの来日セミナーがあると聞いて、参加しないわけにはいかないと思った。知らせを聞いての最初の感想は、「さぞ大変だろうな」という同情だった。誰であれ、ミシェルが成し遂げたことを上回る業績を残すなど不可能なのだ。まだ26歳の娘の両肩にのしかかる重圧たるや想像を絶するものがある。

予想どおり、実際に見たマチルダは不安そうだった。彼女は話しながらよく鼻を触っていた。聴衆への視線が定まらずにすぐに関係者のほうを見ていた。プレゼンに自信があれば、自分の言葉で語っているならば、内容が自らの内面から表出したものならば、そのようなしぐさはしない。ある程度の人生経験があるなら、誰でも知っていることだ。

それを見て私も不安になった。彼女には徳川幕府初期に作られたような堅固な統治システムによるバックアップがあるのだろうか。なければ、まずい。本当に、まずい。ナポレオンのようにすべての決裁を皇帝に集中させるようなシステムなら、歴史が教えるように、どのような大帝国でもカリスマなきあと急速に瓦解する。M.シャプティエと親しく付き合っているに違いないインポーターの方々、また彼の信任厚いメディアの方々は、是非ともこの点について膝を交えて彼と話し、必要とあらば助言してほしいものだ。これは会社経営の話ではない。それに関して私は言うべき立場にはない。私の関心事はワインだ。ミシェル・シャプティエの超然たる完成度を誇る味は、彼個人の特別な才能に依存しているところ大であることは飲めば分かる。現象の背後にあるスピリッツが希薄化すれば、現象つまりワインの味は、魂なきシュミレーション、スタイルへと堕する。そのような例を、我々はいやというほど見てきたのではないのか。M.シャプティエのワインがそうなってほしくない。M.シャプティエのワインが崇高なる真理へのチャンネルを閉じる事態になってしまったら、私は北ローヌワインに関して何によって啓示を得ればいいのだろうか。

 

セミナーの内容の大半は、既に知られていること、ホームページを見れば分かることばかりだったので省略する。それはセミナーに参加した他の方々が書かれているだろう。質問の時間が来たので、私はまっさきに手を挙げた。よくあることだが、質問時間の半分は私の質問で終わってしまう。以下は私の質問とマチルダの答えだ。

 

・今ではM.シャプティエの所有畑はローヌだけではなく、プロヴァンス、ルーション、ポルトガル、オーストラリア、アルザスにまで広がっている。あなたは先ほど「悪いテロワールはない。ただ発見されていないテロワールがあるだけだ」と言った。しかし買った土地を見ると、明らかにシャプティエは古い地質年代のところを買っている。つまり地質年代は古いほうがいいテロワールだと思っているからでしょう?ポルトガルはドウロ、オーストラリアはヒースコート、アルザスはアンドローですよね。

「ええ、買った畑の場所はそのとおりです。どの土地でもいいテロワールだという意味ではなく、どの産地でも探せばその中にいいテロワールがある、という意味です」。

・ルーション、ポルトガル、アルザスと、土壌はシストばかりです。この流れを見れば、当然プリオラートを買うべきでしょう。なぜプリオラートではないのですか。

「私はラッキーなことに、あのエリアに年に4回行きます。プリオラートのことは考えています。まだ詳しくは言えませんが」。

・シストということは、プロヴァンスはフレジュスですか?

「サント・ヴィクトワールです」。

・比較的新しい地質年代の石灰岩ですね。他とは違って。

「いいテロワールですよ」。

・そうですか?私は隣のパレットのほうがいいと思いますが。まあそれはそれとして、シャプティエは花崗岩であるエルミタージュを本拠地にしているのに、なぜシストばかりで花崗岩の畑を買わないのですか?

「実はドイツでワインを造る話があって、その畑はまだ買ってはいないのだけれど、花崗岩です」。

・へえー、ドイツですか。ドイツには花崗岩の畑はあまりありませんね。ザクセンですか?

「バーデンです」。

プリオラートとバーデンへの新規参入計画は初めて知った。質問すれば新しいネタが出てくるものだ。他のワインジャーナリストの方々は個別のインタビューの機会を与えられているからいろいろと聞けるが、私はこういう席で聞いてみるしかないので、長い時間を取ってしまって申し訳ない。

 セミナーのあいだにリヨン料理であるパテ・アン・クルートが出された。それ自体ではおいしいものだった。エルミタージュ・ブランにはなかなか合っていたが、当然ながらシラーとは最低の相性だ。豚肉とシラーほどひどい組み合わせもない。そもそも典型的なお惣菜であるこの料理の格と世界屈指の高級な味であるワインの格が合わない。そもそも千円の料理に1万円のワインを選ぶ人はいない。意図としては、M.シャプティエのワインは料理に合わせやすいと言いたかったのだろう。しかし事実は逆だ。合わせにくいワインなのだ。それはいい意味でだ。通常の完成度のワインなら適当な凹凸を料理が埋めてくれて最終的にはおいしい相性となるが、そしてそれが楽しいのだが、M.シャプティエの場合はワインの完成度が極めて高いため、ワインのバランスを崩さない料理を作るなど至難の業であろう。自分にしてみれば、パテ・アン・クルートはM..シャプティエの本質をあいまいにしてしまったのではないかと危惧する。この料理には順当にコトー・デュ・リヨネやボージョレ・ロゼやマコンを選ぶべきだと思う。

 そのあとある方が、「お料理ととっても合っていましたが、ワインを造る時にお料理に合わせることを意識していますか」という質問をされた。マチルデの答えは「はい」だった。それを聞いて私はまた手を挙げた。

・料理に合わせてワインを造るなど、ビオディナミの考え方とはなんの関係もないではありませんか。テロワールを表現するのが目的であって、最初から料理のことを考えていたら本末転倒だし、どのワインも似たような味になってしまう。ワインはテロワールの味をそのまま出すように努め、料理のほうは変えられるのだから、それぞれのワインに合わせて調理すればいい。

「私が言いたかったのは、過剰な樽や長すぎるマセラシオンといった人工的なワインを造らない、ということです」。

 それこそ過剰な樽とタンニンを感じる新世界のワインでも、例えは焼肉と一緒に飲むと、洗練されてバランスのよいフランスワインよりはるかによい結果を出してくれることがある。人工的と揶揄されても、おいしいものはおいしい、まずいものはまずい。合う合わないは、よい悪いとは違う。料理に合わせると言う考え方は、人間の満足の最大化を目的としているがゆえに、原理的に“世俗”のワインを生み出す。その時生産者の顔が向いているのは人間に対してであって、神でも自然ではない。つまり、マチルダの「はい」は、ミシェル・シャプティエの業績を無にしかねない。

 彼女はこう言うべきだったのだ、「私はワイン生産者としてワインにおいて人事を尽くして天命を待つ。料理人は料理において人事を尽くして天命を待つ。さすれば両者が出会った時、天はおのずと栄冠を授けてくださるであろう」と。

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