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2018.03.01

ボルドー、Domaine Les Carmels

 若い夫婦、ヤリック・ラヴォーとソフィーによって2010年に創業されたばかりの生産者。ルクセンブルグとベルギーに少量輸出されるだけで、日本ではまったく知られていないが、彼らは現代ボルドー最高レベルのワインを造る。

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▲人里離れたところにあるドメーヌ・レ・カルメル。皆が想像する“ボルドー”とはずいぶん違う雰囲気だ。

 ヤリック・ラヴォーはバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社のブドウ買い付け担当のエノログだった。ボルドーじゅうの畑について熟知していた。彼が選んだのはカディヤック・コート・ド・ボルドーの奥深い丘陵地帯。今でも自然に囲まれ、畑にいると、自分がどこにいるのか分からなくなる。「風景はボルドーというよりトスカーナだ」と言うと、「家内の父親もそう言って、トスカーナにあるみたいな糸杉を醸造所の入り口に植えてくれた」。そして手作りな雰囲気の建物は、ヨーロッパというよりオーストラリアやオレゴンだ。

 標高65メートルから85メートルにある(風景はもっと高地に見えるが)畑は二区画続いている。ワイナリーに近いほうは粘土質(35%から55%が粘土)で石灰質を含む。メルロには最適な土に見える。標高の高い斜面、彼曰く「コート・ロティ」区画は粘土と砂利で、カベルネ・フランが植えられる。株密度は非常に高く、ヘクタール当たり1万本。初年度からオーガニック。夏季剪定なし、後から伸びる小さい枝を除去するのみでエフォイヤージュなし、というのが栽培上のポイントだ。所有地7ヘクタールのうち「ブドウは5ヘクタールのみで、生物学的多様性を保つ。通常ならボルドーの畑には30種類から40種類の植物が見られるが、ここでは72種類」。

 畑の一部は株密度が低い。そこで収穫されたブドウはネゴスに売る。経営上の利点は大きい。「オーガニックのブドウは需要がますます高く、通常のブドウと比べて販売価格は30%増し」。自然や人間に対する負荷への配慮や崇高な理念だけでは世の中なかなかオーガニックへと変化していかない。普通の農家にとって最大の誘因は収益なのだろうから、30%増しという数字は大きい。この市況が続くならオーガニックはおのずと増える。

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▲小さな発酵室。タンクは1600から2000リットルという小容量

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▲ブドウやマストを運ぶバケツとその上のプレス機。


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▲天井に取り付けられたフックにステンレスバケツをひっかけ、発酵タンクの上まで運ぶ。

 醸造所ではポンプを使わず、クレーンでブドウを入れたステンレス桶をステンレスタンクの上まで移動し、中に落とし込む。圧搾もまたクレーンでマストをプレス機まで運ぶ。温度調整なしでも「タンク容量が小さいから液温が上がらない」。できるだけブドウやワインにストレスを加えない工夫が随所に見られる。

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▲生まれたばかりの赤ん坊を抱くSophieさんと、Yorickさんの、Lavaud夫妻。

 試飲は家のダイニング・キッチンで行う。部屋は整然として無駄がなく、知的な気配がある。ワインも同じである。造り手と直接結びついた人間的な味は、全生産工程をひとりで行う小規模生産者ならではの特質である。ここまで知的でここまで細部までの制御が効いていても工業的冷たさなど微塵もなく、自然の力がダイレクトに反映し、さらには親密な距離感のあるワイン、換言するなら、技術力と自然力と人間力が相乗効果を見せて一体化しているワインは、めったにない。

 2016年に3000本造られ、「パリのビストロで人気が高く、すぐに全量売り切れてしまい、売るワインは一本も残っていない」というレ・カプリース。メルロ100%で、樽もSO2も使わない、軽やかでいて濃密、華やかでいて染み入るワインである。果実の質のよさが全面的に感じられ、ふくよかな甘みが樽に邪魔されることなく口中に広がり、あまりにおいしくてついもう一口飲んでしまう。しかし薄くて飲みやすい軽佻なヴァン・ド・ソワフではなく、ボルドーならではの好ましい緊張感と冴えた知性をも備えている点が見事だ。現代オーガニック・ボルドーのスタイルを象徴する一本である。

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▲メルロ100%樽なしSO2無添加のLes Capricesと、グラン・ヴァンのLes Vendanges。

 グラン・ヴァンであるレ・ヴァンダンジェはメルロ80%とカベルネ・フラン20%。樽熟成を行い、SO2も使用する。しかしその量は2015年でトータル40ミリグラム、2016年で20ミリグラム以下と極めて低い。「ラッキングもせず、ワインを空気に触れさせない。酢酸バクテリアに汚染されたらSO2かフィルターしか対処法がないが、どちらも使いたくない」。こういった方向性だと早摘みしがちで、その場合は味わいの安定感と大きさを失うことになる。ところがこのワインは堂々として、熟した黒系果実の風味があり、重心は中央にしっかりと定位する。もちろん補糖せずに、アルコール度数は14度台になるが、ワインの凝縮度が高くバランスが秀逸なために到底それほど高いアルコールだとは思えない。pHはこれだけの熟度を思えば低く、2015年で3.582016年で3.62。味覚的には3.7台かと思った。つまりは質のよい熟した酸だということである。

 初期のヴィンテージは以前の農薬が残留しているのか技術的洗練度が不足しているのか、構造が緩くシンプルで垂直性に不足し、余韻も短いのだが、2015年以降は驚異的なレベルである。2015年は、この年らしくゆったりして大きなエネルギー感と楽しさがあり、テンションが高くとも息が詰まらない。ある面ではキメが緩いとはいえ、その隙間が空気の動きをもたらしているかのようだ。私は多くの産地に共通する2015年の“気楽さ”が結構好きだ。2016年は、ボルドーでは2015年以上のヴィンテージとされる通り、より濃密で、より迫力があり、より重心は下にある。どしっとした迫力があれど鈍重さは皆無で、フローラルでスパイシーな香りが高い鮮度を保って上昇する。恐るべき完成度である。そして価格は質を思えば安い。このようなワインを一度でも経験すると、誰でもボルドーの明るい未来を確信することになるだろう。

 

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