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2018.03.10

スペイン、ビエルソのセミナー

 スペインの注目産地ビエルソから、生産者団体Autoctona del Bierzoの代表が来日し、月島スペインクラブでセミナーが行われた。Autoctona del Bierzoは、ビエルソに77軒あるワイナリーのうち、年間生産本数が4万本から40万本で、輸出に積極的な16軒で構成される団体である。

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▲セミナーを行うエヴァ・ブランコ・モラガスさん



 ビエルソはスペイン北西部レオンに位置する、総面積3000平方キロほどの、年に9百万本のワインを産出する小さなDOである。参考までに、リオハの年間産出量は25千万リットル。どうりでスペインワインといえばリオハばかりを目にするわけだ。

ビエルソは独自の地場品種、赤のメンシアと白のゴデーリョを擁する。メンシアや譬えて言うならカベルネ・フランやピノ・ノワールやシラー的な、重心が高めでくっきり・すっきりした香りを備える引き締まった味わいの品種であり、ゴデーリョは性格的には正反対の、グルナッシュやヴェルメンティーノ的な、重心が低めでトロピカルな風味とむっちりした厚みのある味わいの品種である。他にもガルナッチャやパロミノ等も植えられているが、やはり対外的な差別ポイントは両地場品種である。日本で「好きなスペインワインは?」と聞くと、「メンシア」と答える人が意外と多いが、そのある意味フランス品種的な特徴が、フランスワインを軸に経験を積んできた人たちにとって親しみやすいからだろう。

質問の時間に、ある方は「ビエルソをイベリコ・ベジョータと組み合わせてプロモーションすればよいのに」、他の方は「仔羊や仔豚と合わせて」とおっしゃっていたが、自分の経験を言わせていただくなら、それは間違っていると思う。なぜなら赤と白ではまったく異なるキャラクターだからだ。粘土が多い緩斜面の畑で、収量を下げてリッチな味に仕上げたゴデーリョは、確かに豚系にぴったりだ。しかしビエルソの栽培面積の745%はメンシアであり、ゴデーリョはたった4%。そしてメンシアと豚肉は、とりわけスペイン風に柔らかく調理した豚肉は、悲惨な相性である。基本、メンシアが合うのは、シンプルにハーブ風味でオースとした仔羊の背肉ないし、鶏胸肉である。

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▲ビエルソのいろいろなワイン。



以下は私の質問とそれに対する回答をもとに論考を進める。ビエルソは伝統的にはガリシアやレオンで消費されてきたワインだという。ローカル市場で売るには、当然ながら、一般的な可処分所得と利用動機と頻度に合わせた値付けをするしかない。これは商品である以上は基本的前提であって、どんなにおいしくても食パン一斤2000円、玉子1ダース3000円ではスーパーでは売れない。スペインにおいて、ワインはコモディティーである。キャビアの仲間ではなく玉子の仲間である。税率を見れば分かるとおりで、イタリアと並んでスペインではワインに酒税はかからない(ビールやスピリッツにはかかる)。

そうであるがゆえに、スペイン国内市場向けワインの平均価格は低く、約3ユーロだという。ところがビエルソでは、痩せた土地と収量の低いブドウ品種ゆえに、ヘクタール当たり5トンしか収穫できない。これはブルゴーニュのグラン・クリュと同じレベルである。さらに伝統的に小規模農家が多いため(Minifundios)、生産効率も悪く、物理的に3ユーロでは生産できない。現在の国内向けビエルソの平均価格は6ユーロだという。これではローカル市場の拡大は見込めない。他のかたが、レオン地方のレストランに行ってワインを頼んだらリオハだった、地元でビエルソを売っていない状況を改めて欲しい、と発言していたが、現状をよくあらわしている。ようするにコモディティーとしての適切価格を超えている以上は、普通のスペイン人にとってビエルソは特殊動機用ワインなのだ。

2009年から13年の実質GDP成長率マイナスないしほぼゼロという状況は、スペイン国内ワイン市況を冷え込ませた。以降、カタルーニャ問題もあってスペイン国内の経済発展が足踏みしている以上、ビエルソはより広域の市場に活路を見出すしかない。毎年のように積極的にプロモーション活動のために生産者たちが来日するのはそれゆえである。彼らは今回、「輸出市場向け高品質ワインを造っていく」と言っていた。いつ頃からそのトレンドが始められたのかと聞くと、1990年代以降だという。現在は輸出の割合は三分の一。ユニークな高級ワインとしてのビエルソが売られるべき場所は、ロンドンやオスロや東京であって、地元の村々ではない。それにしてもスペインは多くの産地がプリオラートの二匹目のどじょうを狙っているように思える。滅亡の危機にあったバルクワイン産地プリオラートがたった10年でスペインで最も高価なワイン産地のひとつになれたのなら、私たちもそうなれる、と思うのは自然である。

「輸出市場向け高品質」とは何なのか。こう発言した、「私は今からビエルソの将来を危惧している。なぜなら概して輸出向け高品質ワインとは、コンペティションで高く評価されたり高得点を獲得したりする、濃厚で樽っぽいワインだからだ。それが本当にビエルソらしいワインなのか。メンシアが望むスタイルなのか。それに、確かに“高品質”になったとしても、それが一本100ユーロとかになって、いったい誰が飲むというのか。ポムロールやボルゲリを見よ」。今のボルドー右岸やトスカーナの有名産地は、土地じたいが高くなって、結局もともとの地元民は追い出され、海外や他の州の資本家のものになってしまった。それが幸せな未来像なのか。

メンシアは特に、安価なワインのほうがおいしい。メンシアは軽快さや抜けのよさやピュアさに魅力がある品種だと思う。そしてビエルソは年間降水量が730ミリと多く、しなやかさとやわらかさを求めるべき産地だと思う。濃厚に作って樽をかけてしまうと、ワインがごってりと息苦しい味になり、香りが樽に邪魔されて、本来の美点が失われる。さらに困ったことには(いや消費者的には、ありがたいことには、と言うべきだが)、高くなっても余韻が伸びるわけではない。価格と品質が比例してこそ、高単価化は正当性をもつ。ブルゴーニュ地域名がグラン・クリュより、クリュ・ブルジョワが1級より高品質なことはない。劣った土地のワイン=低品質=低価格という等号はほぼ絶対である。ところがビエルソに劣った土地はない。どのワインを飲んでも、ダメな土地を感じることはない。

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▲数十本試飲して最上のワインはこれだった。



こうした場合は、あれこれ策を弄せず、素直にそのまま造ったほうがおいしい。ビエルソの商品構成はどこでも判で押したように単純で、安価なワイン=若木・樽なし、高価なワイン=古木・樽、である。若木が古木より劣るわけではなく、むしろメンシアの個性は若木のほうがよく表現されるぐらいだ。そして樽は不要だ。となれば、安いほうがおいしいという結論にならざるを得ない。

値付けと関係するもうひとつの要因は、斜面の上から下か、である。ビエルソは標高450メートルから800メートルに畑があり、標高が低い裾野はもちろん表土が厚く、肥沃で、収量が多く、安価なワインになる。これは各地で見られる一般法則である。表土が薄く岩がちな土地のワインをよしとするものだ。そういった土地のメンシアは味わいが固く引き締まり、フルーティさよりもミネラルと酸が際立つ味になる。それはそれで素晴らしいが、料理との相性を考えるとどうか。固くてすっぱいスペイン料理が、また日本料理が、どこにあるのかと常々思う。

現時点での単純な商品構成を前提とする以上は、皆さんに対する私の提案は、「安いほうを買え」である。しかしそれではビエルソの生産者たちが目的とする高単価化とは矛盾する。私が頭に思い描くのは、1、若木と古木の適度なブレンドで、2、斜面上から下までのブレンドで、3、樽を使わず、4、オーガニックのワインだ。

樽が不要だという話は既にした。若木と古木は混ぜたほう常においしい。なぜならそれが自然の姿だからである。子供しかいない社会と、老人しかいない社会は、どちらも異常だ。斜面の上から下までを混ぜることで、ワインの味わいに“流れ”(斜面上の味)と“安定”(斜面下の味)といった両側面の特徴が得られる。安定なき流れは表層性であり、流れなき安定は停滞である。これもまた自然の摂理であろう。オーガニックは、現在では常識と言うべきだ。産地全体をオーガニックにすることは、品質向上に有効なだけではなく、産地全体のイメージと信用性を向上させ、平均単価を押し上げてくれるだろう。つまり、5ユーロと10ユーロのワインを造ってどちらも帯に短し襷に長し状態に陥るより、完成度の高い8ユーロのワインを一種類作っていただいたほうが、誰にとっても、ブドウにとっても、いい。

ビエルソが素晴らしい産地であることは既に日本でも多くの人が理解している。彼らの今までの努力は実を結びつつある。問題は、目的設定とその実現手段としての商品設計の連関なのだ。何度でも言いたいが、高品質=古木・高標高・長いマセラシオン・樽=高評価=高価格、という、プリオラートの成功の背景にあると考えられがちな等式は、ビエルソのメンシアに関しては間違いである。

 

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