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2018.04.02

ブルゴーニュ白ワインととんかつの会

 

 ブルゴーニュの白ワインはどんな時に何と合わせて飲むべきものなのか。一大カテゴリーのワイン、いや世界の白ワインの中で最も代表的なジャンルとさえ言えるワインなのに、「ブルゴーニュの白ワインと料理の素晴らしい相性を教えてください」と尋ねると、なかなか答えが出てこない。ワインファンなら何千本もの経験があるのに、今回の参加者の方々は「あまりおいしかった記憶がない」。今までいったい何をしてきたのか、どれだけお金と時間を使ってきたのかと自問するなら、何かが根本的に間違っているとみなすべきなのだ。

 間違った使用法の最たるものは、ブルゴーニュの白ワインを前菜用とみなすことだ。ブルゴーニュでは伝統的に赤ワインのあとに白ワインをテイスティングする。白のほうが強い味だからである。ではレストランにおいても、ブルゴーニュにこだわりたいなら、赤が前菜用で白が主菜用のほうが筋が通るではないか。しかし赤白の順でワインをオーダーしている人を見たことがあるか。ないし、そうすべきと言っている人を、私以外に知っているか。私の知り合いが某超高級フランス料理店に行った時、赤白の順でオーダーしようとした。するとその店のシェフソムリエが「いったい誰に吹き込まれたんだ」と聞いた。「田中という人です」と答えると、「ああ、田中か。却下」。そして白赤の順でワインを彼が選んで出した。この話からして、赤白の順で飲むことがどれだけ日本ではご法度とされているかが分かる。普通の人は超高級フランス料理店のシェフソムリエに「違う」と言われ、「そうしたいのだからそれでいいではないか」とは言えないものだ。我々は毎日宮廷晩餐会に出ているわけではないのだから、宮廷プロトコルを厳守する必要がどこにあるのか。目的はプロトコルの順守ではなく、美食体験の主体的創造ではないのか。ともかく私の感想は、ブルゴーニュは全体に赤ワインのほうが白ワインより繊細でさらっとしているということだ。ブルゴーニュ白は主菜と合わせねば出番がない。

 ブルゴーニュ白の基本品種はシャルドネだ。シャルドネはそもそも繊細・優美な味わいの品種なのか、それとも逞しく肉厚な味わいの品種なのか。私はどう考えても後者だと思う。世界じゅうあちこちの産地でシャルドネとピノ・ノワールが隣あわせに植えられているから両者を比較する機会は多いだろう。ソノマ・コーストであれカサブランカ・ヴァレーであれマーガレット・リバーであれ、シャルドネのほうが肉厚で、ふてぶてしく、ある意味俗っぽい味がしないだろうか。しかし誰もが宮廷プロトコルに従ってワインを飲もうとすれば、本質的な個性とは関係なく白ワインを前菜に合わせることになる。それを絶対の前提とするなら、前菜向けの白ワインを造るしかない。最近の早摘み傾向は、ブルゴーニュの白ワインの去勢である。すっきりとしてエレガントなどという言葉は、ブルゴーニュ白に対しては必ずしも誉め言葉ではない。そもそもブルゴーニュの白ワインは、赤ワインのように高貴でスピリチュアルな味わいには思えない。だから高級レストランというよりビストロに向く味なのだと思う。地に足のついた、腰のすわった、実質的なおいしさ、という意味である。しかし最近のブルゴーニュの値段は高い。到底ビストロに向く価格ではないため、出番は高級レストランということになる。結果、「おいしかった経験が思い出せない」という、誰にとってもいいことがない状況が生まれる。

 前菜でなくとも魚料理ならいいと思う。しかし魚=軽い、魚=ダイエット的な発想にとらわれて料理を作ってしまえば、やはりブルゴーニュの白ワインとは方向性を異にすることとなる。ブルゴーニュの白は軽い味のワインではない。地域名ブルゴーニュでさえ料理に対して支配的にふるまうことになるだろう。さらに、最近の早摘み傾向のもと、ブルゴーニュの白ワインは以前より重心が上がってきている。またそういうワインが高く評価される。重心が高い魚のほうが圧倒的に少数なのだから、これまたワインとは合わない。

 だからブルゴーニュの白ワインの本来の姿とは何かをもう一度考えねばならない。シャルドネと粘土石灰と緩い斜面らしい味わいの基本的特徴を列挙するなら、1、流速が遅い。2、重心が低い。3、堅牢な骨格がある。4、樽(つまり焦げた木)の要素がある。このような総論に立ち返らずに、「●●という料理に、ドメーヌ●●のラドワ1級●●が合う」といった個別論を重ねても、「ブルゴーニュの白ワインにはどのような料理が合うか」という包括的な問いには答えられない。そう言いかけると、必ず「そのような問いそのものが存在しない。なぜならブルゴーニュの白ワイン一般は存在せず、目の前に在るワインは必ず個別のドメーヌ●●のAOP●●の●●年というワインだからである」、「合うか合わないかは実際に試してみるまでは原理的に分からない」、「流速が早いワインも堅牢な骨格がないワインも存在する以上、そのような一般化は現実を単純化する作為であってブルゴーニュの多様性を否定する悪しき言説である」といったご批判をいただく。個別の差異を捨象したところに浮かび当たる共通項をもとにした群の観念は、在る。この群観念を構成できないと、ティピシティとしてのテロワールも、●●らしさも分からないし、当然ながらワインを飲まずに選ぶことができない。既に選ばれ飲まれたワインは実体的個別的存在であっても、実際に飲む前のワイン、すなわちラベルから読み取れる情報を軸に推測されるワインの味は、複雑な群観念の連立方程式の解として形成された心的イメージであり、実体的な存在ではない。私はご参加の皆さまに、ワインリスト上で、またショップで、正しくワインを選ぶための考え方をお伝えしたいと思っている。

 さて、上記4つの特徴をもつような料理とは何か。もちろん「軽くポシェした漁港直送の白身魚と季節の有機野菜とハーブの彩サラダ」、「地鶏レバーのムースリーヌ」、「野菜のテリーヌ」といった典型的前菜ではないことは確かだ。では何かと考えて、たどり着いたひとつの料理は、低温調理のロースとんかつである。それは、1、しっとりジューシーでじわっと味が広がる。2、豚だから当然重心が低い。3、分厚い肉なので噛み応えがある。4、揚げものである以上は焦げ要素がある。合わないわけがない。そこで上野の『蘭亭ぽん多』のお座敷でこの講座を開催することにした。

今回の料理とワインの組み合わせは、

1、蟹サラダ & ヴァンサン・ブーズロー、クレマン・ド・ブルゴーニュ

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まろやかで重心が低いこってりめのワイン。ヴォルネイ村のピノ・ノワールとガメイ、ムルソー村のシャルドネとアリゴテのブレンド。泡で重心が低いものは珍しい。

 2、牛タン & マノワール・ド・メルセイ オート・コート・ド・ボーヌ 2016

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 マランジェの隣のオート・コート。土壌はマランジェ的に多様な礫を含む粘土質で、オート・コートらしくなく、重心は真ん中。複雑な陰影感のある味わいが牛タンの内臓的な風味を包み込み、純粋化し、料理の余韻の香りは驚くほどピュアで強く、心地よい。想像以上の傑作マリアージュ。こういう奇跡はめったに起きない。

 3、海老フライ & ヴァンサン・ブーズロー ムルソー1級グット・ドール 2013

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 海老は火を加えると逞しい筋肉感が出る。グット・ドールもまた逞しく、標高は高めだが粘土が多いため重心は下になり、海老に合う。ヴァンサン・ブーズローは早摘みをしないのがいい。ソースをかけたほうがムルソー的になる。ムルソーは多くのフランス料理に対してごつすぎる味になるが、海老フライには最高だ。

 4、とんかつ & アンヌ・バヴァール・ブルックス ブルゴーニュ・ブラン 2015  

      & ブシャール モンラッシェ 1995

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 低温ロースのとんかつの流麗で細かい質感にはピュリニー。このブルゴーニュ・ブランはピュリニー村の畑で造られる地域名。味わいはまさにピュリニーで、粒子が見えない。重心は下。料理に清涼感さえ与え、極めて上品な後味。肉の繊維の中に入り込み、肉汁と合体し、風味をピュアにしてくれる。値段を考えれば、これで十分である。モンラッシェはピュリニー側。スケール感は巨大で余韻は長大だが、このとんかつはモンラッシェを前にしても負けないパワーがあり、珍しくも普通にモンラッシェをぐびぐび飲むことができる(普通なら一口で飽満感があるものだが、それは料理よりワインのほうが強いからだ)。しかしとんかつの味じたいは繊細で、そのパワーは、モンラッシェに負けないという事実から間接的に感じるだけだ。このふたつのワインはピュリニー村ということだけが共通点で、格付けもヴィンテージも両極端だが、それでも両者ともにとんかつに合ったということは、ピュリニー村の個性が合う理由だと言わざるを得ない。さらに肉そのものにパワーがあるので、ソースをかけずに塩とからしで食べるほうがよい。ピュリニーは塩味、ムルソーはソース味だというのはご理解いただけるだろう。

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 『蘭亭ぽん多』は相当高級なとんかつ店だが、料理の質はそれに見合ってあまりある。そして100度という低温調理だからこそ、このようにピュリニーに合う料理になっているのだと思う。とんかつと言って誰もピュリニーとは思わない。ピュリニーと言って誰もとんかつとは思わない。先入観は捨てねばならない。先述したようにロジカルに考えれば、とんかつは極めて順当な帰結である。

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