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2018年6月の記事

2018.06.30

エルヴェ・ジェスタンと共にベルトランのワインを飲む

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エルヴェ・ジェスタンさんはいつも同じ店でタラしか食べません。もともと肉はほとんど食べませんし、サーモンは養殖で薬品が使われているからイヤ、タイはたぶんギリシャ産だからイヤ、と、結局この日もタラです。彼がタラを食べるのを見るのはこれで十回目以上です。ルクレール・ブリアンのお隣のメゾンの人が「エルヴェ・ジェスタラに改名したほうがいい」と言っていたのはおかしかった。私は普通にステーキ。アメリカ産の牛肉でした。ワインは何にするか、とジェスタンさんからリストを渡されました。
J「シャンパーニュにする?」。
T「飲みたいシャンパーニュはないでしょう?飲んで文句を言うのが分かっているなら飲まないほうがいい」。
J「たしかに」。
T「我々はそんなにアルコールを飲まないのだから、フルボトルを頼んでも無駄になります。それに、料理と合わないワインを頼んではいけない」。
 
 彼は最大グラス二杯しか飲みませんし、それももちろんまともなワインだけです。
J「すべてのアルコールが悪いわけではない。ドイツでチャクラ撮影カメラが発明された。そろそろ発売される。実験機の結果を見たが、不揃いだったチャクラがビオディナミワインを一杯飲むと整ってきて、二杯飲むとピシッと真ん中に揃う。このカメラがあれば誰をも納得させられる」。

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 グラスワインは何かとウェイターに聞くと、早口でいろいろな名前を挙げてくれました。よほどの人でないとどれがどんな味だかわからないでしょう。さてその中にベルトランのシャトー・ヴィルマジューのコルビエール・ブートナック2016が。ステーキは酸がないので酸が高い多くのフランスワインは合いません。コルビエール・ブートナックはもともと酸がソフトなアペラシオンですし、2016年は暑かったのでますますそう。そしてビオディナミ転換中。これしか選択肢がありません。
J「ああ、ビオディナミ転換中の香りがする」。
T「ちゃんと下方垂直性があるでしょう?」
J「君の影響が感じられるね」。
T「近頃では少数派の熟したブドウ。今の時代、高アルコールか未熟風味かの選択になる。そしたら高アルコールのほうがいい」。
J「当然だ」。
 大半の人は未熟風味のほうをよしとします。特にプロはそうです。アルコールが高いワインは疲れる、といった言葉をよく聞きます。アルコールがいやならたくさん飲まなければいいだけのこと。熟したブドウのワイン300ccと未熟なブドウのワイン330ccの違い。そもそも未熟ブドウのアルコールと補糖のアルコールは不自然な味がして私は頭が痛くなります。だから私は「好きなワインは?」と聞かれ、たまに「アルコールが高いワイン」と逆説的に答えます。しかしその後に、「私はアルコールは全く飲みません」と付け加えますが。
 それでもシャトー・ヴィルマジューはやはり少しアルコールが目立つ。果実の日ですからなおさらそう。チューリップ型グラスはアルコール臭いからダメです。上が開いた古典的な形のグラスをなんと呼べばいいのか。ケシの花型グラスか。それならもっと美味しいでしょうに、これまた大半の人はチューリップ型グラス独特のアルコール臭さをよしとしますから、そんなグラスはアンチックショップにしか売っていません。ビオディナミ的にはアルコールがアウトなのではなくアルコールがブドウを上回るのがアウトだと考えるべきでしょう。そして提供温度が高すぎます。ベルトランの赤ワインは15,6度でいいのです。
 さてマリアージュはどうか。今回アメリカのブラックアンガス牛のステーキと合わせてみて、なぜジェラール・ベルトランの生産量の25%という膨大な本数がアメリカで売られるのか分かったような気がしました。
 
 ジェスタンさんには息子が2人います。長男はモンペリエ大学で醸造学を学んだ後、今はニュジーランドの某巨大ワイナリーで研修中。そこに行くことは父親としては賛成出来なかったらしいですが、ま、子供は親とは反対のことをしたがるものでしょう。そしたら最近メールを送ってきて、「こちらのワイン造りを見ていたら辟易としてきた。帰ったらお父さんの下で学びたい」。私は「逆に戦略としてはニュジーランドに行かせて良かったじゃないですか」と言うと、「結果としてはそう。弟のほうは18才で、ずっとエンジニアリングを勉強すると言ってた。しかし最近、『ねえお父さん、エノロジストになるのは難しいの?』と聞いてきた。彼もワインに興味が出てきたみたいだ。私の理想は、彼ら兄弟があとを継いでくれること」。ジェスタンさんは60才になって、次の時代のことをあれこれ考えているようす。あちこちのコンサルタントを辞めてしまったのは、「自分の畑とワインに集中しないと時間がない。言っても分からない人たちに付き合ってられない」。彼のような天才にとっては他人は皆バカに見えるのかも知れません。しかし唯我独善と思われたら伝わることも伝わらない。二人の息子の活躍に期待しましょう。
 以前の彼はこんなに子供のことを話さなかった。今まで仲良くしてきたワイン生産者と別れたりしたあとにこうした子供の話を聞くと、秀頼生誕のあと関白秀次を自害に追い込んだ秀吉を思い出させなくもない。自分のあとを継げるのは自分の子供だけだと思うのは普通です。しかし秀次の一家郎党皆殺しにして生じた状況は豊臣家の弱体化であり、味方の離反。そして関ヶ原の敗北。そのシナリオだけは絶対に避けないとシャンパーニュのためにならない。ですから私はジェスタンさんには、ビオディナミの若手シャンパーニュ生産者全員のお父さんのような存在であってほしいと思うのですが。彼の考えはメインストリームとならねばいけないからですし、彼の技術は広く受け継がれねばならないからです。
 

2018.06.03

ラインヘッセンでのビオディナミ生産者向けセミナー

 ラインヘッセンのビオディナミ生産者、アレキサンダー・ギズラーさんのワイナリーの二階、今は使っていないパーティルームで、ラインヘッセンのビオディナミワイン生産者に向けて(写真の方々。ビオディナミではない人もいますが)、ビオディナミ醸造、熟成、提供、そしてワインテイスティング法のセミナーを行いました。

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▲左から時計回りに、アンドレアス、アンドレアス、フローリアン、クリストファー、マティアス、ティルマン、ハイケ、ステファン、アレキサンダー。マティアスさんはビオディナミではなく、かのマドンナの生産者。

 私のような素人が名高いワイナリーの方々に教育セミナーとは恐れ多いというか怖いもの知らずというかですが、ワイン造りにはまだまだ考えねばならないことがたくさんあるのです。ありがたいことに日本は圧倒的なまでに世界をリードするビオディナミワイン消費大国ですから、普通に暮らしているだけでビオディナミのワインについて知らず知らずと勉強することができます。日本のワインファンやプロの方々なら誰でも、それこそ日本茶の淹れ方を教えるぐらい簡単に、外国のワイナリーにビオディナミワインについて教えることが出来るでしょう。もちろん私より適任の方は日本に1万人はいます。しかし、私は、自分が知っていて人が知らないことがあるなら、それを尋ねられて答えないようなことが出来ないたちなのです。あるワインを試飲して、「まずい、才能ないならやめてしまえ」と影で物笑いのネタにするのが普通の態度。私は「あなたがやろうとしている目的は、こうしたらよりよく実現できますよ」と、間違っ...ているかも知れないけれども一応は伝えたくなる。今回ラインヘッセンの生産者の方々に伝えたのは、別に偉そうなことではなく、今まで彼らのワインを飲んできて感じた問題点に対する、自分なりに考えた解決方法。というか、解決のための基本的思考法と技術的基盤です。

 ビオディナミは農業思想と技術であり、シュタイナーがアルコールに否定的である以上は、醸造に関するビオディナミなど今まで誰にとっても関心外でした。かつて会った超有名ビオディナミ指導者も、ワインは自分にとって趣味の領域でビオディナミコンサルタントの仕事として重要ではない、と言っていました。ですから栽培に関しては、いつ剪定するかとかどんな時に何を散布するか、しっかり方法が確立していますが、収穫のあとは曖昧模糊。だから最近のビオディナミ生産者は、亜硫酸無添加アンフォラ発酵オレンジワイン=ビオディナミ醸造ワイン、みたいな方向性に行くのでしょう。しかし亜硫酸無添加アンフォラとビオディナミに直接の関係はありません。ミュンヘンで会ったニコラ・ジョリーは、その傾向について、知性がないやつら、と唾棄していましたが、そう言われても仕方ないと思います。かく言うニコラ・ジョリーも、栽培が正しければあとは何もする必要はないと言いますが、私はそれは間違っていると思っています。ビオディナミの思想と技術は畑から食卓まで一貫していなければならず、それを一貫させるのは人為にほかならず、つまりは何をなんのためにしなければならないのか、という自覚と主体的な働きかけが必要です。

 いかに反アルコールとはいえ、シュタイナーは確実にキリスト教を踏まえて議論しています。ゴルゴダの奇蹟について考えないビオディナミワインファンはいません。もちろんキリスト教ではワインは最も重要な象徴です。だからキリスト教的ワインとアルコール的ワインは別ものであり、ビオディナミが扱う考察対象は前者です。

 アルコール的ワインに関する学問は極めて高度に発展しており、集まった生産者の方々は皆ガイゼンハイムの卒業生ですから、皆さんに言うことがあるはずもない。しかしビオディナミと技術論としてのアルコール的ワインを繋ぐキリスト教的ワインという視点がすっかり脱落し、彼らはキリスト教徒にもかかわらず聖書に頻繁に登場するワインはどのようなものかを哲学的問題として考えだことがない。私はそこを正したい。ですから今回のセミナー内容の何割かは、キリスト教に基づくドイツ精神の発現たるビオディナミワインとはいかなるものでなければならないかを考えろ、という説教です。もちろんドイツでドイツ人相手にドイツ精神を語るのですから、ナチス問題や戦後の贖罪と精算にも関わってきます。ある意味、精神文化の国であることを自己否定し、客観的科学的にすべてをフラットに並べるしかなかったのが戦後でしょう。しかしその時期は終わったのだ、と。経済的繁栄の基盤に立って正しいドイツ精神を復興させる必要がある、と。その文脈の中で、ドイツらしいワインとは何か、と。簡単に言うなら、ワインを糖度や酸度や品種や格付けや値段など、計測可能な物質的尺度ですぐに見ようとする姿勢から脱却できないと、いつまでたっても戦後なのです。しかしドイツはプロテスタントが多いし、ギズラーさんもプロテスタントなので、各人が聖書を読んで解釈する自由があるのがいい。自由というか、むしろ責任であり義務でしょう。ならば信仰と仕事が完全乖離しているような社会が正しいドイツだろうか、となぜ自問しないのか。

 哲学問題のあとは、具体的テーマを取り上げつつ、目的を実現するためと技法の解説。基本、ふたつのテーマで、第一に、いかにビオディナミ地所との密接な関係性を最後まで保つか。現状では収穫時点で途切れてしまう。第二に、惑星の力を取り入れるための、私がSi/Caコンフィギュレーションと呼んでいた(その場の思いつきの用語)事柄。これもまた収穫したら不明瞭になってしまう。実際やってみれば、まさに彼らが畑でやっていることの延長ですが、それがセラーでも通用するのだ、と、実際にやってみて効果を確認してもらいました。これは聞けばなるほどと誰もが納得する簡単な事柄なのですが、誰も言ったことがないし、どこにも書いていないので、もちろん私が自分で考え出したのです。出席者のひとりは「どこにでもある素材を使い、既に知られている技法を応用した簡単なことなのに、今まで誰も気づかなかった!」と言っていました。とにかく私は素人ですが、私のようなバカにも分かる簡単な 話。いや、バカだからバカなことを恥ずかしげもなく皆の前で出来るだけです。喋りまくってすぐに三時間たってしまいました。

 セミナーの最後は、「さあ、これからテストだ」と言って、全員にビールを渡し、「今日私が言ったことを思いだしながらビールと語り合いなさい。五分後にビールを持って集合」。

 私の講義を理解したなら、その人のビールの味は私のビールと相当同じ味になります。別のことを考えていたら全く別の味です。ビールを集めて皆でブラインドテイスティングすると、あまりの違いに皆ビックリ。ワイン生産者が自分のワインを飲むときは自分で注ぐはずですから、他人が触った自分のワインがどれだけ別物になるか知らない。こうしてビールで実験すると、人の力がどれだけ大きいかよく分かる。やはりギズラーさんのビールは私とそっくり。今までいろいろ語り合ってきただけあります。以前はこうではありませんでしたから、私としても嬉しい。半分の人は、まあ、別のことを考えた味でした。口で分かったと言うのは簡単ですが、そういう言語的理解ではなく、気持ちの持ちようが揃うかどうかです。...

 「元は同じ工業製品でさえ、一旦人が触れたら全く違う味になる。これをどう考えるか。今ここにこのビールを作った人がいたら、どれかについて『これは私のビールではない』と怒るだろう。しかし誰か、このビールはどういう味をビールメーカーが意図したか知っている人はいるか? 同じことは毎日のように皆さんのワインに対して起きている。あなたが考えるあなたのワインを飲んでいる人はいないぐらいだ。それでいいのか?それでまずいうまいと勝手に言われていていいのか?ビールもワインも最後に触った人の味になる。それは仕方ない。あなたが世界中のお客さんにワインを注いで回ることは出来ない。ならばどうしたらいいのか」。
 これだからワインは生産者のところで飲まないと分からないことが多いと思いますが、全員がワイナリーに飲みに来るわけにもいかない。とすると、解決は二つあり、ひとつはワインを外部の変動の影響を受けないようにする、もうひとつは、消費者に至る全員に同じ考えが行き渡るようなコミュニケーション方法を取る、です。後者は普通の話です。しかし前者はどうすればいいのか。空間を伝わってくる悪い影響への対策方法は相当しっかり伝えましたが、直接触られてもビクともしない強さはどうすれば獲得できるでしょうか。私は分かりません。どなたかご存知ならご教示下さい。

 それにしても彼らビオディナミ生産者は、当然ながら舌が敏感で、細かい違いを的確に判断。いろいろな機会にいろいろな人相手に話してきた中で、明らかに別格的な聞き手でした。私のつまらない話に付き合っていただきありがたく思いますが、私の伝えたことを採用すれば、必ずワインの質は向上するので、時間の無駄にはならなかったという自信はあります。

2018.06.01

5月25日、ラングドック・デー

 5月25日はラングドック・デー。知ってましたか?私は知りませんでした。世界中でラングドックワインのイベントが行われる日のようで、私は西麻布にある超高級フランス料理店『アズール・エ・マサウエキ』で行われたプレスランチに参加させていただきました。
 プレスランチに招かれるなどめったにない経験なので勇んで出かけましたが、住所を間違って控えていて、せっかくタクシーに乗ったのに住宅地の中の見知らぬ場所で降ろされてしまいました!遅刻してすみません。

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 和食器や和食材を生かした創造的フランス料理で知られる店ですから、プレゼンテーションはきれいですし、調理技巧は超絶的ですし、味は大変に繊細。フランスに行っても田舎町の無名のレストランで地元の人に混じって普通のフランス料理ばかり食べていて、家でも普通のフランス料理しかつくらない私は、これはいったいなんなんだろう、と目を丸くするしかありません。例えば写真の太刀魚。お椀の蓋を開けると中からスモークが出てきて、しばらくするとその霞が晴れて中からまんまるの銀色に光る月に見立てた太刀魚が漆黒の器を背景にして浮かび上がるという料理。なんと風流。藤原定家が喜びそう。私ごときはニンニク風味のオリーブオイルの中に入れて揚げてパセリとレモンをかけてがつがつ食べ、フォージェールの白か何かを冷やして飲むだけでしょうに。

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 さて、今回のメニューとそれに合わせたワインのリストは以下のとおりです。
■アミューズ
太刀魚のマリネ ホワイトアスパラガスのババロワ
ドメーヌ・ジ・ロレンス クレマン・ド・リムー ル・クロ・デ・ドモワゼル 2015
■前菜
リードヴォーとひしおのグラタン仕立て キウイ添え
シャトー・ダングレス ラ・クラープ グラン・ヴァン・ブラン 2015
マス・サン・ローラン ピクプール・ド・ピネ 2015
■魚
時しらずの猪ベーコン巻き 北海大あさりブールノワゼットソース
ドメーヌ・ド・バロナーク リムー 赤 2013
ドメーヌ・アンヌ・グロ・エ・ジャン・ポール・トロ ミネルヴォワ ラ・シオード 赤 2014
■肉
スモークした仔牛のロースト 花付きズッキーニのファルシー ソースタップナード
レ・トロワ・ネッサンス テラス・デュ・ラルザック 赤 2011
ジェラール・ベルトラン テロワール・コルビエール 赤 2014
■デザート
燻製シナモンと黒ビールのクラフティ
ジャン・クロード・マス ミュスカ・ド・サンジャン・ド・ミネルヴォワ
2016
 もちろんおいしい。しかしふと思うのですが、ここで「おいしかったです!」と書いても、読む人にとっては「ああ、そうですか、よござんした」で終わりですよね。私が読み手ならそう思ってしまいます。だってこういったお料理は一期一会で再現性がなく、天才しか作れない料理で、つまりは大多数の人の役に立たない情報だからです。
 ところで、こうした超高級フランス料理店に行く方々は果たしてラングドックワインをこの場で飲むだろうか。まあ多くの人はシャンボール・ミュジニー・レザムルーズとか飲むのでしょう。現状では、なんだか違和感があるな、と思う人も多いでしょう。

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 だから、あえてやっているのです。イベントの意図は明確です。高級・ラグジュアリー・先鋭的という文脈にラングドックワインを位置付けるということです。多くの著名ジャーナリストが揃ってこのイベントについて書けば、消費者は無意識にもその文脈を獲得する。どのみち大多数の人は細かい話は記憶しません。高級フレンチ=ラングドックワインという等号さえ意識してもらえば十分以上です。それは大切です。ラングドック委員会から来日した女性も冒頭のセミナーでクリュをはじめとする多くのAOPについて解説していました。日常消費用IGP主体の産地からAOP主体の産地へと衣替えしていくことが、生産者サイドの産業構造からしても消費者の意識としても必要です。スペインと価格競争してもラングドックの負けは見えています。いまどれだけの生産者が廃業へと追い込まれていることか。しかしいいニュースもあります。AOP化努力はそれなりに実を結び、日本への輸出量は減っていても単価はアップしているそうです。この方向性をさらに確固たるものにするには、こういった超高級フランス料理店で出てきても自然だと思われる真のグラン・ヴァン(それはおいしいというだけではなく、ある種のオーラがあるワイン)が20種類ほどは登場してほしいと思います。言うまでもなく、クロ・ドラをはじめとするジェラール・ベルトランの一連のエステートワインはそれを目指しているわけです。
 ラングドックの高級化が内在的な運動に由来するのではなく、既存のブランドに依存する形で行われるのだとすれば、私は釈然としません。たとえばバロナークとグロ&トロは、それぞれムートンとリシュブールという強力なブランドを利用したワインです。ラングドックファンとしては、それは恥ずかしい戦略です。グロ&トロが登場した時、イギリスの評論家は、まるでブルゴーニュみたいだ、と言って高く評価したそうです。方便としての有用性は理解するとしても、それは間違った考え方です。ブラインドで飲んでブルゴーニュみたいなミネルヴォワと、ミネルヴォワ以外の何物でもないミネルヴォワと、どちらが正しいワインなのか、ということです。
 こうして考えてみると、果たして「超高級フランス料理店」という文脈がラングドックらしいのか、という疑問が湧いて当然です。ラングドックはそういうノリの土地なのか。多分、違う。最高の食材をシンプルに調理したような料理のほうが、私は“らしい”と思います。例えば良質のジビエを囲炉裏端で焼いた時に飲むワイン、というお題が与えられた時、クロ・ド・ラ・ロシュやシャトー・パヴィではなく、ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエールとかテラス・デュ・ラルザックの名を多くの人が挙げるようになるのが理想です。クロ・ド・ラ・ロシュはどうぞパリのミシュラン3つ星でお飲みください、と。ストレートな勢い、あれこれ考えすぎずいじくりすぎない鮮度感といった特質を忘れてはいけないのではないかと思います。高級な日本料理でもふたつの方向がありますよね、京懐石と江戸前寿司という。どちらがボルドーでどちらがラングドックなのか、悩むまでもないでしょう。

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 ところでこれはワインジャーナリストが集まっての会なのですが、せっかくラングドック委員会サイドと意見交換できる機会なのに、皆さん何も言いません。私と彼女の会話はこんな感じ。
・世の中スパークリングワインの需要は多いのに、AOPのスパークリングワインはリムー系だけ。そして主たるクレマン・ド・リムーの品種はシャルドネやシュナンであってラングドック品種でさえない。これはおかしいと思います。
「リムー以外でもスパークリングはありますよ。ペットナットも最近よく見かけるし」。
・いえ、それはAOPではないし、IGPですらない。ヴァン・ド・フランスですよ。私はラングドックとしてスパークリングワイン生産を後押しするべきだと思う。地中海品種スパークリングのAOPがひとつ欲しい。たとえばミュスカ系産地はどうですか。甘口ミュスカが売れずに皆困っているのは知っていますよね。彼らのためにスパークリング・ミュスカのAOPを作るべきです。フロンティニャンに行った時も、素晴らしい生産者がミュスカでは食べていけずにiPhoneの修理屋さんをしていますよ。おかしいでしょう、この状況は。フロンティニャンはラングドック最古のAOCなのに。
「え、フロンティニャン?ラングドック最初のAOCはフィトゥーでしょう?」
・それは赤ワインの最初です。フロンティニャンは36年、そのあとリュネル、そしてフィトゥーです。
「そうかなあ」。
・あなたが知らないなら、世界中誰も知らないってことですよ。まあ私はフロンティニャンの大ファンですから。
「私は海沿いのミュスカは甘すぎて好きではない。サンジャン・ド・ミネルヴォワが好き」。
・酸が高いですし、香りもすっきりしていますから、サンジャン・ド・ミネルヴォワが好きというのは典型的に現代的な嗜好だと思います。しかしフロンティニャンの歴史的な栄光と貢献を思えば、私としては当然フロンティニャンに相応の敬意を払うべきだと言いたいのです。
 あまり会話がかみ合っていませんね。しかし伝えるべきことは伝えられる時に伝えないといけない。というか、だれもかれもラングドックワインのことをまともに考えていないんだな、とつくづく思います。

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