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2018.07.15

Castell d'Encus ( Costers del Segra, Catalunya )

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▲山の上に建つカステル・デンクスの外観

ブドウ畑とワインのあいだにどれだけ密接な関係性を確保できるか。それが21世紀に入ってから大きく注目されるようになったクヴェヴリ発酵のもつ意味のひとつである。土で甕を作ってそこでワインを発酵すれば、土を介在としてワインは故郷に結び付けられる。ワインはそのもととなったブドウの記憶の家から離れることはない。ジョージアのワインは“土”のワインである。畑の中に巨岩が露出しているのを見たことはない。
 数千年のワイン造りをもつイスラエルで、畑の中の岩をくりぬいた足踏み圧搾槽と発酵槽の遺構を見た。これもまた、畑・ブドウ・ワインの一体性を約束する方法である。畑に好都合な硬質の岩が露出しているような“岩”のワインであるならば、の話ではあるが、むしろ理屈としては、クヴェヴリ以上に直接的なコンタクトがある理想的な方法だと言える。マタイによる福音書21章33節で、イエス・キリスト自身が彼の時代のワイン造りを語っている。「もう一つの譬(たとえ)を聞きなさい。ある所に、ひとりの家の主人がいたが、ぶどう園を造り、かきをめぐらし、その中に酒ぶねの穴を掘り、やぐらを立て、それを農夫たちに貸して、旅に出かけた」(日本聖書協会)。忘れてはいけないが、イエスの言うワインは、ブドウ畑の中の岩の穴で発酵させられたものである。

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▲この石桶だけは周囲の石積みから見て建物の中にあり、特別のワインを造るための設備だったのではないかと言われている。

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▲この石桶は構造的に見て最も使いやすく、進化のあとが見られ、他よりのちの時代に造られたのではないかという。

 このイスラエル型ワイン醸造設備の遺構はカタルーニャにいくつか‘残る。カステル・デンクスは、12世紀から18世紀まで僧侶が住んでいたキリスト教修道院兼病院跡に建つワイナリーであり、総生産量の半分ほどは、当時彼らが使用していた岩をくりぬいた設備で発酵されている。イスラエルにも岩発酵ワインはあれど私は飲んだことがなく、今回が初めての体験となる。そのために来たようなものだ。ワインに興味があるなら、歴史的な観点からして、絶対に飲まねばならない作品である。ちなみに穴は8つあるが、ふたつは形状からして食物貯蔵庫だろう。発酵槽ならば圧搾槽がその上にあって両者をつなぐ穴が開いていなければならないからである。

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▲現代の仕込みのもようをビデオで見た。

 カタルーニャ州リェイダ県全域に広がる、正直言って正体不明なDO、コステルス・デル・セグラ。このワイナリーは、7つあるサブ・リージョンのうち最北となるPallarsに位置し、ピレネーの麓の高地、標高1000メートルのところに建てられている。23ヘクタールの畑は標高850メートルから1300メートルまで広がっている。訪問するのは大変だ。場所が分からないし、未舗装の山道を登るしかない。誰かに連れていってもらえるわけでもなく、途中何度も電話で道を尋ねてたどり着いた。
 冷涼気候のスペインワインということで人気のようだ。トーレス社の醸造責任者を長年務めたラウル・ボベが2001年に自らのワイナリーを立ち上げるにあたって考えたことは、地球温暖化対策。標高の低く温暖なペネデスでカベルネ等フランス品種のワインを造っていたのだから、彼が抱えていた問題は容易に想像がつく。将来ますます温暖化が進展するなら、買うべき土地は北の高地であるという結論は至極自然だ。
 とはいえ、高い標高は低い気温という利点だけをもたらしてくれたわけではなく、霜害による収量の低下と夏の過大な水分ストレスという問題点も引き起こした。それはあまり予想していなかったようだ。もともとコステル・デル・セグレは雨が少ないが、ここ何年かは特に夏の渇水がひどく、昨2017年にはしかたなく灌漑パイプを設置することとなった。2018年は今まで大変に雨が多いのでまだ使用していないが、夏になればどうか。灌漑用水ははるか眼下の私企業が所有する貯水池から引き上げてくる。ワイナリーでは初となる画期的地熱発電によって使用電気をまかなっているから電気代は安くつくにしても、水代は高そうだ。

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▲カステル・デンクスの場所は向こうに見える山の切れ目を通って進軍してきたサラセンと対峙するキリスト教陣営の最前線だったらしい。

 コステルス・デル・セグラのブドウ品種は、このDOのホームページによれば29もある(しかしこのワイナリーが使用しているセミヨンの記載はななかった)。ピノ・ノワールやシュナン・ブランのような北系品種からグルナッシュやカリニャンのような南系品種まで幅広い。カステル・デンクスは最も冷涼な畑だから、リースリングやピノ・ノワールも植えられ、これらのワインの評価が高い。特にバルセロナのレストラン(ここのワインは極小生産量かつ相当に高価だから高級レストランしか扱えないだろう)ではリースリングの需要が大変に高く、造るそばから飛ぶように売れてしまうという。ここは石灰質砂岩のテロワールだから、味はファルツにも似るし、アルザスにも似る。
 以下、案内してくださった新顔のアシスタントワインメーカー、Carlos Pereda Bertranさんと、リースリングのワイン、EKAM2017をテイスティングしながらの会話。
CPB「本当はリースリングはもう少し熟成させてからリリースしなければいけないのは分かっているのだが、とにかくお客さんから早く売ってくれと催促されるので、しかたなくもう2017年を売っている。スペインでも海外でも評価が高い」。
KT「リースリングはいま人気で、かっこいいとされていますからね。スペインのリースリングは選択肢がないし、これに皆が飛びつくのも分かります。しかし世界のリースリングの中で見れば、私としてはそれほど熱中できない。標高が高いから当然なのだけれど、下方垂直性に欠けているから。下方垂直性は自分にとってはリースリングに要求したい重要な特徴ですから」。
CPB「リースリング90%にアルバリーニョ10%のブレンドです」。
KT「なぜそんなことをするのです!リースリングとブレンドしてさらにワインがおいしくなる品種はほとんどないはず」。
CPB「リースリングとアルバリーニョは想像以上に似ている味の品種ですよ」。
KT「ええ、それは分かる。タイトで直線的な味です。しかしそれでも私は反対ですね。リースリングはリースリングだけのほうがいい。アルバリーニョにはリースリングほどの陰影感とディメンジョンがあるとは思えない」。
CPB「まあリースリングのほうが確かに複雑な味でしょうね」。
KT「分かっているなら混ぜてはいけない。ところで2017年は暖かったからかも知れないけれど、案外フルーティです」。
CPB「以前よりほんの少し酸度を下げたのです。早く出荷しなければいけないし、お客さんから酸っぱすぎると文句を言われるので」。
KT「バカヤローですね。酸が嫌いならリースリングを飲むな、ですよ!」。
CPB「知識がある人ばかりならそれでいいんですけれど、スペインではリースリングがどういうワインだか知らない人が多いのです」。
KT「知らなくて買うのですか。お客さんはそれなりの高級店ばかりでしょう?それでその程度のレベルとはがっかりです。結局スペインのリースリングが珍しいから、国際的な評価が高いから、このワインを買うのですね。不純な動機です。せっかくこんなに素晴らしいポテンシャルのあるリースリングを造っているというのに。ああいやだいやだ、私は怒りが収まりませんね。リースリングに対する侮辱です!」。
CPB「しかたないです。ビジネスですから」。
その点、微甘口のEKAM Essence 2013は、若干シンプルだとはいえ味が整っており、いかにもリースリングらしい気品も辛口より感じられた。ただ、高い。絶対的な価格対品質で見るものではなく、やはり希少性価値を含めて評価すべきだろう。カステル・デンクスの日本での高価格も、こちらで卸価格を聞いて納得した。
 私が好きな白は、ソーヴィニヨン・ブラン主体にセミヨンをブレンドし、樽とステンレスタンクのふたつの方法で発酵熟成したTALEIA2015だ。これは重心が中央から下にあり、安定して、垂直性も素晴らしく、何よりパワー感、複雑性、そして余韻の長さがEKAMより段違いに優れている。いかにも2015年らしい完熟感。アルコール度数は13.5度ある。ところがこれはいまひとつの人気で、ワイナリーとしては「パワフルすぎて例外的」らしい。2016年はアルコール度数が12度しかなく、そちらのほうがエレガントで、望んでいる方向性の味なのだという。私はご存知のとおり、未熟な味のワインが好きではないので、この2015年のバランスで完璧だと思っている。
 TALEIAと同じ造りでSO2無添加のワインが、-SO2。バルセロナの自然派ワイン好きの店で受けそうな、いかにもな無添加味。「繊細さを求めている」と言うが、私には味の抑揚がなく水平的で余韻が短く、SO2無添加の問題点が感じられてしまうワインだ。
 上記と同じくソーヴィニヨン・セミヨンのワインをメソッド・アンセストラル製法によってスパークリングとしたTAIKA2013は、泡によってミネラル感がさらに強められ、躍動感を増したかのような傑作。アンセストラルゆえにブドウは完熟しており、味わいには厚みがあって骨格も堅牢。カタルーニャの泡=カバだけではない新たな可能性を感じさせるワインであり、サブゾーンPallarsは将来スパークリングワインの銘醸地になるかと思わせる。
 世評の高いピノ・ノワール、ACUSP2015は、一部岩発酵。これは青臭く、重心がとても上で垂直性が乏しく、立体感が弱く、若干泥臭く、タンニンが粗く、酸が強く固い。ようするに熟していない味のワイン。大昔のドイツのピノやイギリスのピノが好きならばいいが、「皆これをスペイン最高のピノだと評価しますよ」と言われても、「では他のピノが悪すぎるのでしょう」としか答えられない。「エレガント」とは思えないし、ピノ・ノワールの理想とも遠い。「緊張感とセクシーさが入り混じり、崇高さと妖しさを同時に見せてくれるのが最上のピノ・ノワールだと思う。このワインはセクシーではない」。最近のワイン用語では、薄くて未熟なことをエレガントと呼ぶようだ。ブルゴーニュでさえそうだ。言葉の定義は人それぞれでいいが、私は薄くて未熟なものは薄くて未熟だと呼ぶ。
 「ならばあなたはこのシラー、THALARN2014は気に入ると思う。これはセクシー」と出していただいたが、「いや、これは裏表がないシンプルなワイン。おいしいとは思いますが、値段を考えると、もう少し複雑で気品があって余韻が長くていいはず」。チャーミングだが小学生を見ているかのよう。樹齢が低いということか。ピノであれシラーであれ、腰が安定せずに上半身のほうが下半身より大きいのは、典型的な高地ワインの特徴。標高1500mとかのアルゼンチンのシャルドネも同じだ。下半身をどうやってしっかりさせるか考えないといけない。本来ならばここではヴィオニエやルーサンヌの出番(最も暑い区画に植えれば)だと思う。Photo_10
▲岩発酵ワイン以外は、この清潔なセラーで発酵。


 最後に、待ち望んでいたワイン、全量岩発酵のボルドー・ブレンド(カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルド、メルロ)、QUEST2014。これはすごい。香りはこのヴィンテージらしくハーブっぽいが、いやな青さではなく、伸びやかで清冽。重心は真ん中にあり、明確に垂直的で、極めてタイトな構造を持っていながら、その周囲に大きく気配を広げる。ダイナミズム、マチエールの厚み、余韻の長さと幅、複雑さ、気品、そのすべてが今までのワインとは別次元だ。いや、今までのワインと比較する必要などなく、世界中のどんなワインと肩を並べても見劣りしない個性的でいて普遍的な品質。岩発酵おそるべし。こんなワインに出会えてうれしい。

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▲誰もが一度は飲むべきワイン、クエスト。


 ところが一番不人気なワインがQUESTなのだという。そもそもこのワイナリーへの中心的な関心事は、岩発酵ではないのだろうか。唯一の完全岩発酵であり、私にとっては他と比較しようもないほど優れているワインであるこのQUESTがなぜ売れないのか。これを見て分かるとおり、私の味覚は世の中の嗜好からはずいぶんと逸脱している。それでも、カステル・デンクスが未来への視点と伝統への立脚を併せ持つ尊敬すべきワイナリーであるという認識に関しては、世の中の誰とも私が異なることはない。世界中のワイナリーは、この岩発酵を「商売人のあざといメディア受け戦略」などと見なさず(実際にそう言って否定した生産者がいた)、少なくともその歴史的な意味について真面目に考えるべきだ。ここからの豊穣な学びの機会を自ら失う必要はない。

 

 

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