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2018.07.15

Escoda-Sanahuja (Conca de Barbera, Catalunya)

 子供の日の未明にこれを書いている。たぶん今ごろは日本からワイン関係者が大挙してマドリッドに向かっている頃だろう。Salon de Vinos Naturalesが6日に行われるからである。その主催者は、AVNやS.A.I.N.S.と並んで最近その名をよく耳にするPVN(ナチュラルワイン生産者協会)である。彼らはナチュラルワインとは何かを定義している。それは以下の7項目、
1. CULTIVO respetuoso con el medio
2. Compromiso con el ENTORNO NATURAL.
3. El VITICULTOR es el AUTOR
4. AUTENTICIDAD y SINGULARIDAD
5. NO SE USA ANHÍDRIDO SULFUROSO (SO2)
6. Se DICE LO QUE SE HACE y se hace lo que se dice
7. Compromiso con la ASOCIACIÓN y los Asociados
 つまり、ビオディナミ等の自然な栽培、地球環境への配慮、ワイン生産者の責任の自覚、化学物質不使用、SO2無添加、情報開示義務、協会や関係者へのコミットメント、といったことである。El VITICULTOR es el AUTORという表現が印象的だ。自然と人間の関係について、ユダヤ教やアリストテレスからデカルト、ヘーゲル、そしてシュタイナーに至る西洋思想の中心的視点がそこにさりげなく表出している。日本で同種の協会があるなら、たぶんこの定義は含めないだろう。

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▲ホアン・ラモン・エスコーダさんは相当に濃いキャラクター。あるナチュラルワイン生産者に彼の写真を見せたら、「ああ、クレイジーガイね。有名だよ」と。しかしクレイジーでなければ他の人とは決定的に異なるワインは造れないものだろう。お行儀のよい人、真面目な人は最近多いが、クレイジーな人はそうそういるものではない。


 メンバーのひとりであるEscoda Sanahujaは2003年にビオディナミに移行し、2007年に全ワインをSO2無添加とした、スペインのナチュラルワイン界の先駆的存在であり、現在では巨星と呼べる存在である。当主ホアン・ラモン・エスコーダさんは大声で、「ブドウだけから造るのがワインだ!」と力説する。上記の定義を体現している彼のワインを飲めば、なぜここ数年、多くの人が揃ってカタルーニャ、カタルーニャと連呼し、彼のワインを崇めるのかたちどころに分かる。以前に東京で飲んだ時には、周囲の方々の瞳にまるで1970年代の少女漫画のように星が輝く中、私だけは若干距離を感じていた。正直、よくあるSO2無添加ワインの問題が感じられた。完璧な無添加ワインは完璧だが、自分の身体に吸収されるまでの過程の一部にでも瑕疵があれば、それは白布についた黒虫となる。総面積では百万分の1でも、目につくのは布の部分ではなく虫のほうだ。「木を見て森を見ず」と戒められようとも、虫のついたシーツにくるまることはできない。見る対象ならばあくまで外的だからまだしも、飲む対象はそのまま自分の一部になるからさらに問題である。   
 しかし最近は違うと耳にした。実際に飲んでみて、確かに噂通りだった。以前の灰色の淀みが一掃されていた。今では、ピュアでいて圧倒的なエネルギー感のある、それも正面から押してくるのではなく、暖かい気配がやさしく包み込むような、風格のあるワインだ。一度飲んだら忘れられないだろう。

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▲ワイナリーの中は極めて清潔。こうでなければSO2無添加でこれほどピュアな味わいは不可能だろう。

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▲レストランのワインリスト。日本でもおなじみの名前が並ぶ。


 このワイナリーはレストラン(週末のみ開店)を併設している。その入口バーカウンターで試飲する。エスコーダさんは試飲中とはいえ、グラスにたっぷりと注いで全部一気飲みしてしまう。「そんなに飲むとアル中になるぞ」と言ったが、「大丈夫。自分のワインは身体によい。ワインと音楽がなければ自分は死んだも同然」。そして「音楽を聴きながらのほうがワインはおいしい」と言って、曲をかける。いかにも現代的な淡々としたテクノだ。まさか。「すみません、曲をかけないほうがおいしいんですが」と言うと、「間違えた、セラーの従業員が聴いていた曲がそのまま入っていた」。次はボブ・マーリ―だ。「ああ、最高だ」と、彼はグラスを持ったまま両腕を上げ、踊り始める。レゲエはいい。ワインがさらにダイナミックになるし、太い骨格が生まれる。ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズは、ボブ・マーリーが素晴らしいのは当然としても、アストン・バレットのベースとカールトン・バレットのドラムスによる堅牢でいて大きなうねりを生み出すリズムが圧巻なのだ。
 「僕は宗教には興味がないが」と前置きして、彼は言う、「ラスタファリアリズムは最高の宗教だ」。ボブ・マーリーはこの宗教運動の最大最高の伝道師である。ラスタファリアリズムは黒人解放運動、アフリカ独立運動等々と結びついていたのだから、白人である彼とは関係がないように思える。ラスタファリアリズムの重要な点は、聖書の文言を遵守することによる、自然回帰の態度である。化学薬品や添加物は拒絶し、自然が直接与えてくれるもの以外は食べない。基本的にヴェジタリアンだが、例えばそれは旧約聖書箴言の「15:15悩んでいる者の日々はことごとくつらく、心の楽しい人は常に宴会をもつ。15:16少しの物を所有して主を恐れるのは、多くの宝をもって苦労するのにまさる。15:17野菜を食べて互に愛するのは、肥えた牛を食べて互に憎むのにまさる。15:18憤りやすい者は争いをおこし、怒りをおそくする者は争いをとどめる」といった教えに従うからである。ラスタファリアンといえば独特の髪型ドレッドロックスを思い浮かべるが、それもまた旧約聖書士師記の、かの有名なサムソンの逸話の箇所、「13:3主の使がその女に現れて言った、「あなたはうまずめで、子を産んだことがありません。しかし、あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。 13:4それであなたは気をつけて、ぶどう酒または濃い酒を飲んではなりません。またすべて汚れたものを食べてはなりません。 13:5あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。その頭にかみそりをあててはなりません。その子は生れた時から神にささげられたナジルびとです。彼はペリシテびとの手からイスラエルを救い始めるでしょう」といった教えに従うからである。イスラエルを救う覚悟があるものは、ゆえに長髪なのであり、エスコーダさんも長髪である。 
 続けて彼は、「ガンジャは身体に悪いものではない、自然の草だ、化学合成麻薬と一緒にしてはいけない。それらは最悪だ」と。「一本いいか」と言うので、「どうぞ」とは言ったが、ここでガンジャが出てきたらどうしようかと内心びくびくした。しかしそれは普通のたばこだった。ガンジャは彼の言うとおり神が人間に与えた草のひとつだとしても、エスコーダさんのワインを理解するためにはガンジャが必要だなどとは私は絶対に言わないので誤解なきよう。ともかくラスタファリアリズムを信奉するナチュラルワインファンにとっては、現在のワイン界がバビロンであり、ワインファンはバビロン捕囚の民であり、シオンの都を再興しなければならない、というのは共通した認識であろう。ハイレ・セラシエ1世とはなんの関係もない日本では、Jahとは誰を指すのか、エルサレム神殿の等価物は何か、といった議論がしっかりなされないと、表層的な体制批判や、単なるSO2無添加志向に終わってしまうのではないかと危惧する。エスコーダさんが来日してのセミナー等では、ラスタファリアリズムとワインの関係性についてファンのあいだでディスカッションが行われることを期待したい。ボブ・マーリーの歌の歌詞でもお分かりのとおり、ラスタファリアリズムでは「我々」という言葉はなく、「I and I」と言う。素晴らしい概念である。責任回避的な「我々」ではなく、ひとりひとりが、間違った神殿の柱を倒すサムソンとなる覚悟でワインと向きあう必要がある。そのような真摯な意識がなければ、エスコーダさんのワインはあまりに口あたりがよく、あまりに心地よいため、聖書が禁じるようなただの酔っ払いになる可能性はむしろ高く、エルサレム神殿の再建など夢のまた夢であろう。
 次に彼がかけたのはピンク・フロイドだった。『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』である。これもまたワインをおいしくする。「ライブ・アット・ポンペイを見たか?」と聞くので、「当然でしょう!あれは歴史的な傑作です」。「この前ロジャー・ウォータースのライブがあったから息子を連れていった」。「それはいいですね。次世代に引き継いでください」。デイヴィッド・ギルモアの“泣きのギター”のところで彼は大いに盛り上がる。なるほど、彼は相当なロマンチストなのだ。私はあの“泣き”がアクセント程度だった初期から『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』までは好きなのだが、『ウィッシュ・ユー・ワー・ヒア』以降はうざい、またロジャー・ウォータースの紋切り型の左翼思想的歌詞(『ザ・ウォール』とか)はあえて説教されずとも分かる、個人的にはリーダー、シド・バレットが在籍中ないしその影響が強かった、より非言語的な時代(映画『モア』とか)のほうが、技術的にはへたくそながら、よかった、と思っている。話が脱線してしまった。ともかくピンク・フロイド談義をしていると、彼のロマンチストぶりが分かっておもしろい。
 ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズとピンク・フロイドをこうして続けて聴くと、両者の共通点に気づく。つまり、ボブ・マーリ―の甘ったるい声とバレット兄弟の堅牢な骨格、デイヴィッド・ギルモアの感傷性とロジャー・ウォータースの論理性ないし建築学校出身バンドらしい構築性、という対比構造である。それは実際、エスコーダさんのワインにも感じられるものだ。こういった点に気づくためには、やはりこうしてはるばるコンカ・デ・バルベラまで来る必要があったのだ。それにしても、私は1970年代半ばのボブ・マーリー最盛期と1973年の『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』をぎりぎり同時代的に覚えているが、彼は50歳だ。当時まだ幼稚園生ではないか。あとから発見したということか。
 この評価軸からすると、彼自身が「酸が素晴らしい」と言うシュナン・ブランの白ワインEls Bassots2016の意味も分かる。シトー派っぽい味のするシュナン・ブラン(クーレ・ド・セランはシトー派修道院の畑だった)は飲んでも楽しくなれないものだが、彼のワインはフルーツそのものの快楽性が同時に備わっている。それでもこの品種らしいぶれない酸と硬質なミネラルがある。このバランスが大事なのだ。「昔は1、2カ月スキンコンタクトした。今は10から12日間のみ。そして7,8カ月ティナハ熟成」。それは正しい方向性だと思う。陽と陰、上と下、光と闇の中点をしっかり押さえることができている。パレリャーダ、マカベオ、ガルナッチャ・ブランコを一週間醸したMas del Gaioはアルコール11度しかない。しかし風味は熟して、外は軽やかだが中は深くて複雑だ。「より地中海的で飲みやすいワイン」と言っていた。

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▲驚異的なおいしさ。これは「うちのレストランで全部売ってしまおうかな」と言う。残糖ありで無濾過・SO2無添加なら、輸出は難しいだろう。



 白もいいとはいえ若干真面目で行儀がよすぎるように思え、黒ブドウのワインのほうが私は好きだ。明らかに私はエスコーダさんより不真面目な人間なのだろう。赤のほうが(このワイナリーに限った話ではないが)、より深みがあって、複雑で、なおかつ色気がある。例えばメルロ、ガルナッチャ、カリニャンを混醸して1週間スキンコンタクトしたロゼ、Nos del Gegant2017。28グラムの残糖があるため「たぶんそのうちスパークリングワインになるだろう」。タンニンと甘さと酸の完全な調和による透明感を、これほどの凝縮度と力強さの中で実現するおそるべきワイン。2016年を最後に畑での銅の使用をやめたからだろうか、ワインは前年よりはるかに伸びやかで厚みがある。
 2017年は暑かったからか、カリニャン60%とグルナッシュ40%の混醸赤ワインLes Paradetesにも6グラムの残糖がある。ゆったりしたスケール感とやさしい色気が素晴らしい。衝撃的な傑作はカベルネ・フランとパレリャーダの混醸Coll del Sabater2017。カベルネ・フランの収穫時の潜在アルコール度数は16度、パレリャーダは10度。「アルコールが高いワインは好きではないし、カベルネ・フランが16度ではどうしようかと悩んでいて、アルコールが低いパレリャーダと混ぜればよいと思いついた」。普通ならアルコール度数を恐れて未熟な時点で収穫し、よくある青臭いカベルネ・フランを作ってしまいそうなものだ。完熟したカベルネ・フランは本当にすごい。この品種ならではの垂直性や高貴さと甘美さにパレリャーダの抜けのよさや酸が加わり、とてつもなく巨大でいて緻密で、エネルギーに溢れるワインが出来上がった。このようなワインは一期一会だろう。皆、もっと黒ブドウと白ブドウを混醸すべきなのだ。このワインはタンクの中から瓶に手詰めして分けてもらった。ボトリングマシーンを通すより手詰めしたもらったほうがストレスがかからないのでおいしい。あれこれ機械を使うとワインはどんどんまずくなる。そしてスモイ・ネグラとメルロの混醸Mas del Gagant2017。発酵たったの3日から5日のみの赤ワイン。お茶に譬えるなら、質の悪い茶葉を長時間抽出したものが一般的な赤ワインなら、これは最上の茶葉を沢山使ってさらっと抽出したようなもの。私もずっと言っているではないか。濃いロゼみたいな赤ワインが最高なのだ、と。濃いものを薄く作るからいいのであって、薄いものを濃く作るのは最悪だ。短時間発酵マセラシオンの赤の桁外れにビビッドな生命力を経験すると、よくある赤ワインはいったいなにをやっているのだろうと呆れることになる。

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▲昔のティナハのほうが土のキメが粗く、いろいろな粒が混じっていて、叩くとより締まった音がする。



 セラーを見ると、ティナハが並んでいる。どこでも見かけるラ・マンチャ産のティナハの横には色の濃い甕がいくつか。「大きいものは110年前、小さいものはギリシャで300年前に作られた。現代のものよりずっといい」。近くで見てみると、いろいろな小さな石が粘土に含まれている。石灰のかけらだろうか。実はジョージアのクヴェヴリも近くで見るとそうなのだ。叩いてみると、昔の甕は重厚な音が響く。Mas del Gaioは300年前の甕、ロゼは110年前の甕で発酵される。セラーは極めて清潔で、エスコーダさんの一見豪放磊落でいい加減そうな雰囲気とはまったく別物。クリーンなSO2無添加ワインを造るに前提はセラーを清潔に保つことだと思う。

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▲キッチンで見かけたおもちゃ。


 レストランのキッチンを見てみると、寿司職人のおもちゃがある。寿司が好きなようだ。「7月末にナチュラルワインのイベントがうちで行われるが、そのあとのパーティには日本からミシュラン三ツ星の職人を含む4人の男性寿司職人と2人の女性寿司職人が来て、500人の参加者のために料理をふるまってくれる」と言っていた。「女性の寿司職人ですか?東京ではほとんどいないと思います」。「よく分からないけれど、田舎から来るのかな」。彼がよく分からないなら、招聘しているのは誰か別の人なのだろう。ともかくも彼のワインは日本に数多くのファンがいる(彼も、日本でよく売れている、と言っていた)から、三ツ星シェフであれ誰であれ、エスコーダさんの店でのパーティならば喜んで手伝うに違いない。日本からの参加者も多いだろう。日にちは7月27日だという。皆さんもコンカ・デ・バルベラに集合されてはいかがだろうか。

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