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2018.07.15

Mas Estela (Emporda, Catalunya)

 バニュルス=コリウールはあんなに有名なのに、その先にあるエンポルダはまだまだ通しか知らない。ダリの絵にたびたび登場するカダケスの岬の風景のほうがワインよりも認知されているだろう。その岬Cap de Creusの北側、ヴァカンス用の家やマンションが並ぶ港から少し内陸に入った丘の中腹、La Salva de Marの地。山の上には974年にGaufred de Empúries伯爵が土地を寄進したSant Pere de Rodes,修道院。この地にバルセロナ近郊の町ティアナ出身で海とセーリングが好きだという建築家のディエゴ・ソトさんとクラシック・ダンサーのヌリア・ダルマウさんが設立したのが、Mas Estelaである。

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▲エンポルダへは相当高い山を越えていかねばならない。右下がLa Salva de Marの町。

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▲ヌリアさんはお年を感じさせない背筋の伸びた歩き方をするので、「なんでそんなに動きがきれいなのですか」と聞いたら、「昔はダンサーだったから」と。今ではこうしてきれいなワイナリーだが、建物はすべて自分たちで修繕したか、建てたそうだ。


 1989年の移住当時はワイナリーなどなく、廃墟。畑は谷底にわずかに残るのみ。フィロキセラ以降、耕作が困難な斜面の畑は放棄されて人は戻らなかった。バニュルス=コリウールは経済力のあったフランスのヴァカンスの地として生きながらえたが、スペインでエンポルダが同様なポジションを得たのは最近のことだという。建物は自力でこつこつと修復、畑も森に浸食されていた往年のテラスを作りなおして植栽。想像を絶する困難の後、今ではルネッサンス・デ・ザペラシオンのメンバーとして、Clos Lentiscus、Recaredo、Nin Ortiz、Finca Pareraと並ぶカタルーニャの代表的ビオディナミ生産者としての地位を確立している。

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▲ベーシックなワインが造られる平地の畑。見た目は斜面の畑より悪いが、ここからのワインのゆったりとした味わいが素晴らしい。



 エンポルダは2000ヘクタール超という案外と広いアペラシオンで、北のAlt Empordaと南のBaix Empordaに分かれ、海沿いだけではなく内陸にも広がっている。内陸側は沖積土壌の平地なので、あまり興味が湧かない。やはりバニュルス=コリウールの延長線上にある海沿いのシストの丘陵地帯が良質なワインの産地となるだろう。シストならではの凝集性の強い黒系果実味と上方向に行くリズミカルな酸とキメ細かいタンニンに、潮風の塩味が加わった海岸沿いエンポルダのワインは、グラン・ヴァンとして普遍的な高品質を備えている。カタルーニャワインファンに分かりやすい譬えをするなら、エンポルダは、同じ地質と地形であるプリオラットの海バージョンである。
 バニュルス=コリウールより南なので、より暑いのではないかと思うが、そうでもない。南部エンポルダの西にあるジローナの7月と9月の平均気温は22・9度と19・8度、バニュルスのすぐ近くCap Bearでは23・1度と20・4度である。特にこのワイナリーのあるLa Selva de Marは北向き斜面。冷たく乾燥した北からの海風トラモンターナ(フランスで言うところのミストラル)が直接吹きつける。ワインを飲んでみても、コリウールよりもアルコール度数が低いし、より冷涼な味がする。グルナッシュのpHは完熟しているのに、なんと3.4。だから早摘みせずともフレッシュな味のワインとなる。
 コリウールとエンポルダの推奨品種は当然ながら相当程度重複している。コリウールは白がグルナッシュ・ブラン、グルナッシュ・グリ、マカベオ、トゥルバ、ヴェルメンティーノ、マルサンヌ、ルーサンヌ。赤がグルナッシュ・ノワール、カリニャン、シラー、ムールヴェードルである。エンポルダは(フランス語で言うなら)白がグルナッシュ・ブラン、グルナッシュ・グリ、マカベオ、ミュスカ・アレクサンドリー、赤がグルナッシュとカリニャン。エンポルダは白赤各7つもの補助品種が認められているが、ペネデスと同じく、ボルドー品種やシャルドネやゲヴュルツトラミネールといった、果たしてその品種が合うのかと首をかしげたくなるものも目立つ。この点に関しては、補助品種に至るまでクーノワーズやカリニャン・ブランやサンソー等徹底して地中海品種にこだわるコリウールのほうが正当的だろう。あまりに狭めると多様性と将来の可能性を自ら封じることになるが、あまりに広めると高級ワイン産地としてのアイデンティティが確立できない。
 私はバニュルスの大ファンだが、何度も言うようにコリウールはそれほど好きではない。ある意味、理想のコリウールはエンポルダにある。ペルピニャンでコリウールのセミナーを受けたあとに国境を超えたのは、その理想像を確認するためだ。そもそもここでフランスだスペインだと政治的な区別をするほうがおかしい。バニュルスもエンポルダも元はカタロニアであって、ひとつの文化圏である。
 白ワイン、Vinya Selvade Mer 2017はグルナッシュ・グリ60%とマカベオ40%のブレンド。鉄タンク発酵・熟成。ここでグルナッシュ・ブランがゼロだというのがポイントで、香りの華やぎやフルーティさには欠けるが、そのかわりにアルコール感が抑えられ、逞しく太い構造としっかりした酸を備えた、シリアスな味わいとなる。メインディッシュ用の白ワインにふさわしい骨格を与えるためにはグルナッシュ・グリは極めて重要な役割を果たす品種なので、プリオラットやモンサントでも認可されるべきだと思っている。以前プリオラットで「なぜグリがないのか」と聞いたら、「さあ。そういえばスペインでは聞いたことがないな」。いやいや、エンポルダにあるのだから、もっと意識してもいい。

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▲ティナハの蓋は、ジョージアと同じく粘土を挟んでおかれ、気密性を保つ。



 鉄タンクのみで発酵・熟成されたグルナッシュ単一の赤ワイン、Rucada 2017は、極めてピュアで、塩漬けストロベリーのような、まさに潮風に吹かれたグルナッシュそのものの味がする。色は薄くともミネラル感が濃いために芯がしっかりして余韻が長い。アルコールは14・5%と高めだが、軽やかな酸があるため目立たない。カジュアルな赤ワインとして最高だ。このように力を抜いてストレートに仕上げているからこそ、ビオディナミの威力が感じられる。さもなくば単にシンプルなワインで終わってしまう。「息子もこれが気に入っていると言っていた」と、ダルマウさん。つまり、新世代の味である。

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▲よくある話だが、私は素直な造りの安価なキュヴェのほうが好きだ。右端と左から二番目のワインが素晴らしい。



 鉄タンクで発酵させたのちティナハ(カタルーニャ語ではGerra、ジェラつまりジャー)で8,9カ月熟成させた赤ワイン、Quindals 2014はこのワイナリーの基幹商品と言える傑作。グルナッシュ主体にシラー少量のブレンド。「主人はタンクのブレンドだったが息子が仕込むようになってから畑でのブレンドに変えた」。混醸になったのなら、これからさらによくなるだろう。熟して甘い陶酔的な香りがするのに味わいはビビッドでエネルギー感が横溢し、芯がしっかりしているのに広がり感が素晴らしい。樽熟成だと味の外殻部分のエッジが強調され、たなびくような気配が出にくいものだが、ティナハ熟成は形を保っても輪郭線は見えない。つまり存在から非存在への連続的消失、無限消失点へ向かう遠近法が感じられる。この効果に気づけば、誰もがティナハ熟成に惹かれるのは当然である。
 そのあとだけになおさらなのだが、樽熟成の高価な赤ワイン、Vinya Selva de Mar 2008(グルナッシュ、シラー、カリニャン)は樽の風味とタンニンが邪魔して、エンポルダのテロワールがすっきりと見えてこない。畑の中にあるワイナリーでテイスティングすると、ワインがその場にふさわしい味なのかどうかよく分かる。評価の高いワインだというが、これはオールドスクールの味だ。もう一本樽熟成の高価なワインがあるが、「好きではないことが分かっているから、それは抜栓しないでいいです」と、試飲しなかった。
 遅摘みのグルナッシュを10年のソレラで熟成した甘口赤ワイン、Garnatxa de l'Empordà ESTELA SOLERAは古典的な風格のあるワインだ。「これが有名なエンポルダのガルナッチャ」と胸を張るだけある。アルコールは15.5度と高く、残糖は125グラムあるが、エンポルダらしく軽やかで酸の伸びがよい。バニュルスと異なりこちらは酒精強化ワインではない。この違いは興味深い。酒精強化したほうが年月を経てもパワーが落ちないような気がするし、酒精強化しないほうが素直な味がしてやさしい飲み口だ。カラメルやオレンジピールの香りも穏やかでいい。だがスケールが意外と小さく、余韻もいまひとつ伸びがない。ソレラのあるセラーは「虫を食べてくれる蝙蝠の住処」でもあり、実際小さな蝙蝠が一匹天井からぶら下がっていたが、おかげで樽は蝙蝠の大量の糞で汚れている。個人的には食品衛生上、気になる。

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▲甘口ガルナッチャが熟成される樽。



 マス・エステラの畑の標高は120メートルから380メートル。「安価なワインは収量が多くとれる標高の低い畑から、高いワインは逆に標高の高い畑から」。それは常識的な使い分け、造り分けである。樽の有無、樹齢、ヴィンテージ、ブレンド比率といった変数が多く、同一条件での比較ではないとはいえ、こうして見ると、私が好きなワインは低い標高のブドウから出来ている。そのほうが、よりストレスがなく、より穏やかな、広がりのある、海っぽい味だと思う。標高が高い急斜面になると、ワインの味はどこかプリオラットに近づく。プリオラットとの対称性がエンポルダにとって重要だとするなら、消費者として無条件的無批判的に高い標高のブドウを賛美する癖は改めないといけない。

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▲所有畑の航空写真。フィロキセラ以前のテラスの痕跡が山に残っていることが分かる。昔のエンポルダはメジャーな産地だったのだ。



 それにしても、このような国内外で評価されるワイン、それもルネッサンス・デ・ザペラシオンのワインが日本に輸出されないことに驚く。ワインファン=ビオディナミ支持者と言っても過言ではないほどの国なのに、そしてワインファンの多くがここ数年カタルーニャ、カタルーニャと口では繰り返しているのに、やはり日本では“スペインワイン”の最大の存在意味は安さなのか。小売価格はRucadaで10ユーロ、Quidalsで14.35ユーロ。たぶん多くの人はこれを言語道断の高価格と言うだろう。そして同じ人がフランスの有名産地のワインに200ユーロ出して安いと言う。日本は不思議な国である。

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