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2018.08.17

La Castellada, Friuli Venezia Giulia

 グラヴナーやラディコンと並んでオスラヴィアのオレンジワイン・ルネッサンスを先導したラ・カステッラーダは、高級レストランではおなじみの名前だろう。私がフリウリのワインに興味をもちはじめた20数年前には既に崇敬の対象だったし、多くの人がイタリア白ワインの代表格のひとつとして彼らの名を挙げていたことを記憶している。

 「日本では人気でよく売れている。うちにはたくさん日本人が来る」と、出迎えてくれた当主ニコラ・ベンサの娘さんが開口一番言った。「それはそうでしょう。日本人は自然な味が好きですし、イタリアの白といえばフリウリ、フリウリといえばオスラヴィアと思われています」と答えたものの、私は恥ずかしながら、ラ・カステッラーダ訪問は初めてだ。あれほど整然として気品のあるワインを造るのがどんな人なのか、興味津々だった。

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▲通りからちょっと入ったところにあるワイナリー。飾りけのない外観。



 そのニコラ・ベンサは、上原ひろみ(静岡出身のピアニスト)のコンサートをコットンクラブで見て感激した話をしはじめた。ジャズが好きなのだという。そのあと「父はオーストリア軍人だった。私はマリア・テレジアを敬愛している」と言った。ああ、やはりここはオスラヴィアだ。フリウリではなく、ヴェネチア・ジューリア地域、つまり旧キュステンラント(オーストリア時代の地域名)なのだ、と思った。


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▲イタリアを代表する生産者のひとりであるにもかかわらず、まったく驕ったところのないニコロ・ベンサさん。

 フリウリ・ヴェネチア・ジューリアの歴史は複雑だ。フリウリ地域はオーストリアからヴェネチア共和国の一部になり、そのあとまたオーストリアになり、そしてイタリア王国誕生時にはフリウリのみがイタリアに加わった。キュステンラントは第一次大戦後に、戦中協商国側(イギリス・フランス)とイタリア(本来オーストリアと軍事同盟を結んでいた)のあいで交わされた密約によってイタリアになった土地だ。ここでのイタリアは、第二次大戦最後になって日ソ不可侵条約を破って突然宣戦布告し、北方領土を強奪し、さらには北海道の一部まで領有を主張したソ連のように、正義がないと私には思える。オーストリアサイドから見れば、裏切り者、火事場泥棒と言われてもしかたない。話は逸れるが、昔、複数の日本のワインプロフェッショナルの方々が、ズュートチロルとキュステンラントはイタリアからオーストリアが奪った土地、と言っているのを知って驚いた。日本で両特別自治州のワインについて熱く語る人がいるとすれば相当なイタリアワインファンだ。イタリアワインファンはすべてをイタリア中心の視点から解釈するだろう。竹島を独島と呼ぶような“愛国心”教育はイタリアワインの本当の理解にプラスなのだろうか。少なくともこの地のワインにはプラスではない。フリウリ・ヴェネチア・ジューリアのワインは、オーストリア、イタリア、スラヴが交差し混合する歴史文化的背景を踏まえて味わうものである。日本のように、最初から日本で今でも日本で、常に万世一系の天皇を戴き、基本的には国境が海で決定されていて、日本語を話す日本人しか住んでいないような国(もちろん、事実というよりイデオロギーとしてだが)にいると、「日本なのか、日本ではないのか」という単純な二元論でしか物事が見えなくなりがちだ。1990年代に読んだ何かの記事に、「トリエステで首都はどこかと聞くとローマではなくウィーンと答える」という話があった。フリウリ・ヴェネチア・ジューリア特別自治州の州都はトリエステだが、このハプスブルク帝国の軍港が最終的にイタリアの領土だと決着したのは1975年のオージモ条約なのだ。そのような微妙な力のせめぎあいがフリウリのワインに比類なき奥行きを与えるのである。

 歴史評論がこの原稿の目的ではない。ここでオーストリアの話をする理由は、ラ・カステッラーダの解釈にはオーストリア性という観点が有効に思えるからだ。グラヴナーは、グラヴナー家の出身地が現在のスロヴェニアであることからも想像がつくことだが、スラヴ的な味がする。スロヴェニアに行った時、スロヴェニア語と日本語は擬態語の多さが共通している、と聞いた。自然の形をそのまま表現しようとする姿勢がなければ擬態語は生まれない。私がここでスラヴ的というのは、ワインの自然観が擬態語的である、ということだ。対してオーストリアワインは、実に自然であるが、主知主義的論理的な側面を持っていると思う。オーストリア人たるルドルフ・シュタイナーを見ても、非言語的アプローチ(苦行による霊的能力の獲得といった方法論)をとらないではないか。オーストリアワインに詳しい人なら、すべてのオーストリアワインに共通するクールネス(気候がクールなのではない、精神がクールなのだ)についてはよく理解していることだろう。

 ここで上原ひろみに戻る。現在最高のジャズ・ピアニストと言われ、世界で活躍する彼女の人気は日本だけにとどまらない。ソロはともかく彼女のトリオの演奏は、スラヴ的か、それともオーストリア的かと言えば、明らかに後者であり、鋭利で抽象的かつ非ロマン主義的で、感情より知性を高揚させる音楽だ。似た経験を思い出すなら1973年の第二期キング・クリムゾンであり、さらにそこからお笑いの要素(そこで彼らはポピュラー音楽の領域に踏みとどまっている)を抜いたかのよう。いや、シェーンベルクの作品25のようだと譬えるほうが正しいか。もともとマイルス・デイヴィス以降のジャズは私にとってはあまりに知的で難しいが、上原ひろみの音楽はそれに輪をかけてフォン・ノイマンのように異次元の知性の産物である。よほどの頭脳の持ち主でなければ「好き」という感情は持てないと、好きも嫌いもなくその遥か手前で途方に暮れる私は思う。

しかしラ・カステッラーダは知的であっても冷淡な味ではない。むしろ逆だ。ニコロがオーストリア国王マリア・テレジアの名前を出したのには意味がある。彼女の有名な言葉、「私は最期の日に至るまで、誰よりも慈悲深い女王であり、必ず正義を守る国母でありたい」は、ラ・カステッラーダの味の根底に響いている。その包容力と人間味が、かくも多くの日本人を惹きつけてやまない理由なのだと思う。

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▲日本人からのプレゼントだというクッションが置かれていた。それにしても、いったいこの方々は誰?なぜスマホ操作している写真?これを枕にするのも、尻にしくのも なんかへんだ。

 ラ・カステッラーダの歴史は祖父が自家用ワインを造るために3000平方メートルの畑を入手したことから始まった。本格的にワインを造り始めたのは父親であり、それを引き継いでニコロは兄と一緒に1970年から始めたという。彼らのホームページに書いてある情報とは異なるのだが、ともかく取材時にはニコロはそう言っていた。当時の所有畑は3ヘクタール。現在は9ヘクタール(3年前は10ヘクタールあったそうだが)を所有する。

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▲オレンジワインムーブメントを始めたころに撮られた仲間たちの写真が壁に掛けられていた。ランボーとヴェルレーヌが並んで描かれるオルセー収蔵のアンリ・ファンタン・ラトゥールの『Coin de Table』、そしてブルトンやツァラやエルンストが一同に収まった1933年のパリ・シュールレアリストの集合写真と同じく、見ているだけでいろいろな感情が渦巻いてめまいがする。

 彼らがオレンジワインへ向かったのは、ラディコンやグラヴナーと同じく90年代。銅と硫黄以外の農薬は使わない実質オーガニック、自然酵母、無濾過、亜硫酸は瓶詰め時に少量50から60mg/L のみ、といったナチュラルなワイン造りも彼らと同じだ。しかしラ・カステッラーダは“オレンジワイン”っぽくも“ビオ”っぽくもない。ある意味、普通のワインの味がする。そこがラ・カステッラーダの秀逸性であり、魅力である。

 ニコロは言った、「クリーンなワインを造りたい。頭脳を伴わないワインはダメなワインだ」。「自然派ワインだが、エレガントでありたい」。「アルコールが高くなりすぎないようにする」。「ハーモニーを重視する」。ラ・カステッラーダの本質は何かを知るに、これらの言葉を聞けば十分だろう。

 彼にとって醸し発酵は、品種のキャラクターに合わせ、その個性をしっかり引き出すために行う技術である。だから「マセラシオンに向かない品種。もともと香りが魅力なのに、長いマセラシオンは香りを失わせる」というフリウラーノは、マセラシオンは4日のみ。「味の品種であり、フリウラーノやピノ・グリージョと異なり酸があるから長いマセラシオンでも破綻しない」というリボッラは2カ月以上に及ぶ。熟成も異なり、前者では11カ月バリックないしトノー、プラス1年ステンレスタンクなのに対して後者は2年大樽、プラス11カ月ステンレスタンクである。

 チャーミングで香りが華やかなコッリオ・カステッラーダ・ビアンコ(ピノ・グリージョ、シャルドネ、ソーヴィニヨンのブレンド)は、半分を占めるピノ・グリージョは果汁をストレートにプレスして発酵、あと二つの品種は4日のみマセラシオンして発酵。両者をブレンドして造られる。これは普通に造られた素晴らしいコッリオの白ワインと言うべきで、さらっとこのような完成度の高いワインを作り出せるのがかっこいい。フリウラーノの深みととろみがありつつも軽快さを失わない味わい、そしてリボッラ・ジャッラのなめらかでいてフローラルな、きめの細かい味わいも見事で、彼が言うとおり、クリーンで知的でエレガントでハーモニアスである。

 私が一番好きなのは、ピノ・グリージョだ。「スタンコ・ラディコンはピノ・グリージョはタンニンがあるからマセラシオンには向かないと言った」そうだが、それはあくまでオレンジワインという文脈の中での話だろう。白ブドウではなくグリブドウであるピノ・グリージョを15日間醸し発酵すれば白ワインの延長線上のオレンジワインではなく、薄い色の赤ワインになる。若干のタンニンと穏やかな酸と豊かな果実味を備え、どっしりと安定しつつふっくらと広がる心地よい味のワイン。スタイリッシュではあるが神経質なプロヴァンス型のロゼが一般的な現在、心を落ち着かせてくれるロゼ、温かい気持ちになれるロゼ、そしてシンプルでナチュラルなフリウリ料理に合わせやすいロゼは多くない。この“グリワイン”こそが答えだ。直接圧搾、マセラシオン、赤白ブレンドというロゼの基本3製法に加えて、グリワインというカテゴリーを造り、周知させるべきだ。

 ピノ・グリージョはワイン通からは軽視されがちな品種である。一つの理由はフリウリワインの経済上の基軸であるスーパーマーケット等向けの安価な商品がピノ・グリージョだからだ。これはしかたない。私も誤解を防ぐためにはこの品種が好きだと見知らぬ人の前では言わないだろう。もう一つの理由は、高貴品種であってもいかにも高貴な味がしないからだろう。リボッラやマルヴァジアのようなぴしっとした芯がなく、どこかほのぼのとした性格で下半身がぽっちゃりしている。酸の強さをエレガントと呼ぶ昨今の愚かな風潮にあってはなおさら酸がソフトなこの品種は低く見られてしまう。しかし、だからこそ多くの料理に合うのだと言いたい(それはアルザスにあっても同じで、リースリングよりピノ・グリのほうがはるかに多くのアルザス料理に合う)。

 もちろんストラクチャーが出にくい品種であることは事実だから、他品種以上にミネラルによる骨格形成が重要になってくる。ラ・カステッラーダのピノ・グリージョにはそれがある。飲めば直ちにわかる、ナチュラルな栽培の味。だから長い余韻まで焦点をあいまいにすることなくリズミカルな生命力を発散し、飲んでいて心地よい。知的な清明さと情感豊かでいてべたつかない温かみを兼ね備えたこのワインを飲むと、ニコロ・ベンサがいかに傑出した俯瞰的構成力をもつ生産者なのかがよく分かる。

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