« モンテリー | トップページ | Bressan, Friuli=Venezia Giulia »

2018.08.29

Raccaro, Friuli=Venezia Giulia

 現当主マリオ・ラッカーロの祖父が、アメリカでの炭鉱労働で得た資金を元手に、1928年に地元で創業したワイナリーである。当初から品質重視の姿勢で取り組み、自社元詰めは1970年代末と、この地では早い。


Dsc06412
▲パウロ、マリオ、ルカ(左から)のラッカーロ父子。


 コッリオにある7ヘクタールの畑から、フリウラーノ、マルヴァジア、コッリオブレンド(フリウラーノ、リボッラ・ジャッラ、ピノ・グリージョ、ソーヴィニヨン)の3種類の白ワインと、メルロの赤ワインを造る。ルカさんによれば、「コッリオは第二次大戦後に西側3分の1がイタリア、東側3分の2がスロヴェニアになったが、どちらも同じ土壌。ここはコッリオの西端で、東側より収穫は1週間早い。なぜなら西は海風の影響を受け、昼夜の気温差が少ないからで、逆にスロヴェニアは山の冷風を受ける」。スロヴェニアのワインのほうが、古典的な評価基準をもってすれば良質だと言えるかも知れない。よりくっきりした酸やメリハリ感を備えるからである。しかしガストロノミー的見地からすれば、イタリアのコッリオの穏やかでゆったりした味わいの魅力は大きく、そのようなワインが他にあまりないだけに貴重な存在である。

Dsc06415
▲畑はワイナリーの裏手、山のふもとにある。



 彼らのフリウラーノ、2017年は、まさにコッリオらしいやさしさとコクがある。シュール・リーを4カ月かけているだけに粘り感が強く、同時に質感が少々粉っぽい。特筆すべきはアルコールっぽくないことで、この品種が往々に抱える問題点を感じない。酸はソーヴィニヨン的なくっきり感があり、豊かな果実味とバランスしている。香りは上品にフローラル。過不足・凹凸がなく、フリウラーノの教科書とでも言えるほどの完成度である。

Dsc06407
▲コッリオ・フリウラーノ2017年。



Dsc06417
▲奇をてらったところのないワイナリー。ワインはステンレスタンク発酵・熟成。

 マルヴァジアは意外にもフリウラーノよりもアルコールが高い。「ノーマルな年にはマルヴァジアのほうが、暑い年にはフリウラーノのほうがアルコールが上がる」のだという。このワインは塩味を感じ、若干の苦みがメリハリをつける、力強い味わいをもつ。香りはラッカーロらしいフローラルさが心地よい。

 コッリオブレンドは複雑さがあり、重心が下で、いかにもこの土地らしい適度な粘りを伴う安定感がある。しかしフリウラーノ、リボッラ、ピノ・グリージョが寛容で節度があるのに、ソーヴィニヨンの要素だけが突出しているところが問題だ。ソーヴィニヨンは単一品種ワインとして仕上げると素晴らしいワインになるものだが、他品種とのなじみが悪いのは世界じゅう同じだ。子供であるカベルネ・ソーヴィニヨンと同じく、自己主張が強い。私は映画『お葬式』における集団の中の財津一郎を思い出す。それが芸だとして評価するかしないか。芯の強さや構造を寄与したいなら、その役目はソーヴィニヨンではなくマルヴァジアが担うべきだというのは飲めば分かるだろう。それは彼ら自身も考えていることで、だからソーヴィニヨンをマルヴァジアに再接ぎ木し、将来的にはマルヴァジア、リボッラ、フリウラーノというコッリオの地場品種のみのブレンドワインを作りたいと言う。それは正しい方向性だ。

 栽培はオーガニックではないが、過去6年間除草剤不使用というだけあり、また防カビ剤も全体の2割の使用にとどめて残りは銅と硫黄のみで対処するため、味わいはオーガニックワインと同じく透明感とディティール感としなやかなまとまりがある。強烈な個性はない、素直なワインだが、それがいいのだ。誰に対しても、しっとりタイプのコッリオの典型的なワインのひとつとして安心して勧めることができるだろう。

Dsc06405
▲シュタイヤーマルクからの連続性が明らかな室内の雰囲気。



Dsc06404
▲ハプスブルク帝国の繁栄を築いた大帝、マキシミリアン一世。婚約指輪贈呈の創始者といった、数多くの逸話が残る。

 ところでこのワイナリーのオフィスを見て驚いた。まるでオーストリアのブッシェンシャンクのようだ。オーストリアから南下してここに着いただけになおさらそれが分かる。内装を仕上げれば無意識にでもこうなるという文化的伝承の見本だ。壁には『マキシミリアン一世祭』の小さなポスターが貼ってある。ああ、なんと。それを見つめていると、「コルモンスとゴリツィアはオーストリアだった。ウディネはイタリアだったが」と言う。500年前に亡くなったマキシミリアン一世は、帝国領内の諸民族の文化を尊重し、言語を統一せず、自身もイタリア語やスロヴェニア語を話し、多文化同居国家というハプスブルク帝国の基礎を作った神聖ローマ帝国皇帝である。日本ではウィーン少年合唱団の創設者と言えばなじみ深いか。彼がいなければ、現在でさえ人口200万人しかいないスロヴェニアの言語も文化も存続できなかっただろうし、もちろんフリウリのワインも存在しなかっただろう。さりげなく貼られたこの小紙片になんの感慨も持ちえないようなら、フリウリワインファンと自称するのは恥ずかしい。

 

« モンテリー | トップページ | Bressan, Friuli=Venezia Giulia »

ワイン現地取材 イタリア」カテゴリの記事