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2018.11.10

香港国際美酒展2018

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 世界にいくつかの大規模ワイン試飲会はあれど、あくせく感とソロバン感が相対的に希薄な国際美酒展は世界のワインを淡々と俯瞰するには良い機会。日本でそれほどワインを一同に試飲できる機会はなく、かといってボルドーやデュッセルドルフに行くにはお金も時間もかかる。だとすれば香港はまだ近くて安い。残念ながら、全体としては以前より活気がなく、ヴィネクスポ香港やこれからのプロワイン香港に出展者は重きをおいているのでしょうが、それでも混雑よりは気分が楽です。

 ジェラール・ベルトランのブースに立ち寄ると、ヒマそうなので、なぜ日本ではコルビエール・ブートナックが良く売れてラ・クラープとテラス・デュ・ラルザックの赤が売れないか、について議論。テラス・デュ・ラルザックはロゼは売れるはずですね、と聞くと、その通り。そしてシガリュスとリムーの高いほうのシャルドネも売れる。そして安いほうのシャルドネは売れない。これはもう理由が明らかですね。ようするに果実味がしっかりあるほうが売れるのです。それを聞いて、日本の消費者がいかに正当なワインを選択しているのか分かり、感服しました。ラングドックを扱う日本の輸入元は、しっかりこの意味を理解して間違った商品選択をしないようにお願いしたいところですが、プロの多くの方々は早摘みの青い味をミネラルだ酸だエレガンスだと言われるので、反対方向に行っています。早摘み教の教えは日本では支配的ですから無理ない。

 ともあれ国によって好みが違います。リムーの安い方はイギリスで売れているでしょう、と聞くと、そうだ、と。これまたよく分かりますよね。イギリス人は実際にそういう味覚なのだからいいのでしょうけれど、問題はますます増える日本のイギリス崇拝者なのです。日本人なのにイギリスの味覚を無自覚的に日本に押し付けるのはよくない。もちろんイギリスのワイン評論は尊敬しているし、彼らから学ぶことは膨大にあるとはいえ。香港では、なんと、マルペールが売れます。売れないアペラシオンのワインは、売れるように微調整することも可能だし、むしろそうするべきです。どこをどう変えればより受け入れられる味になるか。それは難しいことではありません。私の意見を聞いて今年はラ・クラープのシラーとブールブーランクを混醸したのはそのひとつ。きっとカリニャンにグルナッシュ・ブランを混醸すればもっとよくなるでしょう。理解される形でそれぞれのクリュらしさを伝えるのは正義だとさえ言いたい。

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 近くにアルベール・ビショーのブース。相変わらずビショーのコルトン・シャルルマーニュは見事。ランゲット区画にかなうものなし。自社畑は実質オーガニックですからいやな雑味やほぐれない固さとは無縁。自社畑ビショーは大好きです。ビショーの方に質問しようとすると、「こちらの大切な人たちの相手をするから君の相手は出来ない」と追い出されました。大切な人たちとは、若い女性のグループ。分かりやすい態度がいいですね。その後彼は嬉しそうに「ビショーはとても有名な生産者なんですよー」と話していました。ラテンの人はこうでないとね!


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 モンペラで有名なデスパーニュさんからは、「ジロラット(彼らのプレステージワイン)は君の意見を聞いて、2015年からカベルネフラン20パーセント入れることにした。君は正しかった」と言われました。一本送ってくれるというので、お返しに彼には田中式ワイン注ぎ方を伝授。明らかに美味しいことを確認してもらいました。男性の乳首にも機能があるのだ、と言うと、刺激されると気持ちいいんだろ? と、これまたフランス人らしい答え。メルロ単一ではダメだと2005年からずっと主張していたことが聞き入れられて良かった。2015年のジロラットを飲んで美味しくなったと思ったなら、私のこともちょっと思い出して下さい。




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 興味深いのは、そして香港だからこそ充実しているのは、中国ワイン。近いうちに世界最大のワイン生産国になる、つまりワイン=中国になるわけで、時には中国ワインをしっかりテイスティングしておくことも大事。現在の品質レベルは十分に高く、銅賞は確実に取れる。タンニンのきめ細かさは昔とは隔世の感。軽めの土壌らしい抜けの良さ。しかしあくまで国際品種ワインらしい国際品種ワインであり、国籍不明感は否めない。チリワインとの競合は不可避です。しかし輸送を考えれば日本にはメリットがありますね。日本は中国ワインの産地形成にどれだけ主体的に関与できるか。日本に相応しいワイン(当然オーガニック)を中国に作ってもらえるなら、可能性は大きい。
 
 写真のワインは内陸のイスラム自治区産なので、タイトな味です。メリハリ、コントラスト型であって、シットリ型ではありません。飲んでいて羊の串焼きは想像できても、香港の魚料理を食べたくはならない。日本料理も基本的に海辺の味ですから、中国内陸部でシットリ型の日本料理向けないし広東料理向けワインを作るなら、現在のようなカベルネやメルロやマルスランやシラーではなく、テンプラニーリョやグルナッシュ的なキャラクターの品種を植えるべきでしょう。この中で最もポテンシャルを感じたのはカベルネフランの、如開。内陸乾燥地帯ではカベルネソーヴィニヨンやメルロはどこか肩に力が入った味になるのに対して、フランは上品さを失わないのがいい。世界的にカベルネフランはもっと注目されるべきだと、ここ十数年間、よく思います。
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 いろいろ飲んで一番良かった中国ワインは、この長和翡翠。相変わらずのカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロのボルドー風ワインとはいえ、味わいの緻密さ、姿形のきれいさ、密度の均一性、垂直性といった点で見事。銀賞以上は確実な味です。金賞でもおかしくない。短期間でよくぞここまでのレベルに来たと思います。この後に日本のカベルネを試したら、薄くて痩せていて青くて酸っぱくて困りました。それにしても中国の生産者はどこも全くと言っていいほど英語が話せず、いろいろ質問したくともできませんでした。

 日本のインド料理店にはインドワインが置かれています。インドワインがそれほど美味しいかは別として、同じ国のワインを飲むことは自然だと思われるでしょう。では中国料理店では中国ワインを飲むのか。そこに正当性はあるか。正当性のためには、中国ワインが中国以外ではあり得ない味覚上の特徴を保有していなければなりません。そしてその特徴が中国料理を実際に美味しくすることを証明しなければなりません。インドワインは、確かに誇張気味なほどのメリハリ感と香りの強さがあり、それがスパイシーなイ...ンド料理と対応しています。中国ワインのどこに中国性があるのか、まだまだはっきりとしていません。フランス品種を植えてフランス風の標準的な醸造所を作りフランス人ワインメーカーを雇ってそつなく上質なワインを作っただけでは、中国料理店で中国ワインを飲む必然性は出てこないのです。

 ワインが代替可能なコモディティではなく正当な国酒となるためには、その国の料理に合うだけでは不十分で、その国らしい美意識や精神性を備える必要があります。フランスやオーストリアはその点ではたいしたものです。中国のワイン生産者やワイン評論家が、この議論を深めてくれることを期待します。

 価格や生産量といった計量可能な、いかにも唯物論的社会主義的指標では、ワインは絶対に把握出来ない。それは旧ソ連圏のワインの悲劇として我々日本人は理解している。しかしそれでもジョージアやアルメニアといった旧ソ連圏産地は数千年のワイン造りの伝統があったから、なんとか元に戻すことができた。もともとの伝統がない中国が、この段階で目標を間違えては、長い年月を棒に振ることになります。

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 ドイツワインのブースは例年どおりに充実。2017年を試飲し、ミネラル感の豊富さ、凝縮度の高さ(平年より2割減の収量)、クリアーさ、酸味のビビッドさ、フォーカスの明快さに感銘を受けました。天候的には悲惨な年ですし、収穫は極端に早かったため、もっと濁って酸が緩い味かと予想していたのですが、結果としては素晴らしいヴィンテージだと思います。夏の高温と乾燥がワインのミッドに厚みをもたらしているのがポイントで、軽快なワインであってもフラットに流れてしまうことがありません。最も印象に残ったのが、写真のワイン。ラインヘッセンの北部、石灰岩土壌の畑。アルザスと同じく、ドイツでも最近は石灰岩のリースリングがメリハリがあって美味しいと思います。この生産者は認証はなくとも実質オーガニック。飲めばそれはすぐに分かります。それに比べて世評の高い2016年はどうも好きになれません。会場で試飲する限りは薄い、緩い、盛り上がり感弱し。ヴィンテージの理解は難しい。
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 イタリアのブースもいつもながら極めて充実。東京でのガンベロロッソの試飲会と同じく、混んでいるのはピエモンテ。バローロ人気たいしたもの。しかし、隅から隅まで飲んでも平均値が低い。かつての堂々たるスケールや有無を言わせぬパワーや平伏したくなる尊厳はどこに?しかし現行ヴィンテージ2012、13、14ではしかたないとは言えます。

 アペラシオンとして印象的だったのは、カステル・デル・モンテ。リッチな果実味と硬質な垂直的骨格とエキゾチックなスパイスとドライフラワーの香りのスケールの大きい高貴なワインです。昔はタンニンが粗かったり野暮ったい抜けの悪いものが散見されましたが、今回の平均値の高さにはびっくり。ただ美味しいという以上に高貴であることがポイントです。

 まるで東京のガンベロ・ロッソ試飲会の感想の繰り返しになりますが、南トスカーナや海辺トスカーナは美味しい。モンテクッコの粘土らしい下支え感や、ピサのキャンティ(もちろんクラシコに非ず)のしなやかで明るいフルーティさもいい。

 積極的に大きなブースを出して目立っていていたのはアブルッツォとエミリア・ロマーニャ。アブルッツォの味は東アジア料理に概して合います。もっともっとポピュラーになって欲しい。家庭に常備すべきワインの代表です。エミリア・ロマーニャのサンジョベーゼやバルベーラのさらりとした品位の高さも、もっともっと知られて然るべき。この二つの方が、バローロやキャンティクラシコより香港料理には意味があると思います。まあ、有名な名前と高い値段でしかワインを選べないような、本当の食通ワイン通とは思えない人がのさばって世論を支配しているうちは、こうした意見はただの無知と見なされるものですが。

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 タスマニアやキャンベラ系の冷涼オーストラリアも結構ですが、オーストラリアと言えばバロッサのシラーズは常に帰るべき基本です。いろいろ飲んで、なんだかんだで一番納得させられたのは、バロッサの北部、セペルツフィールドのシラーズでした。この造り手は同じく有名なグリーノックのシラーズもつくるので、比較試飲には好適。グリーノックのタンニンのエッジがインパクトがあっていいという意見は分かりますが、私はセペルツフィールドの底辺の厚みとトロみとストレス感のなさが好きです。つまり粘土が大事だと。久しぶりにこのエリアのバロッサを飲んで、落ち着きました。
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 カリフォルニアワイン特有のふっくら感と優しさは南中国料理にはよく合うと思います。農薬味、過度な灌漑味、過度な樽、補酸味ないし早摘み味に注意すれば、です。

 ナパの普通のカベルネの余韻の腰の弱さは相変わらずで、それでいて妙に高く、しかしそういうワインがやたらと多いのは問題ですが、カベルネソーヴィニヨンを避ければ、パソロブレスのテンプラニーリョとか、常識的価格で素晴らしいワインが沢山見つかります。いっそカベルネソーヴィニヨンをひとまず忘れることが大事だと言いたい。

 写真のふたつは当然ながら素晴らしい。テロワールも良ければ栽培も良いのは飲めばすぐに分かります。Acornはジンファンデルで有名ですが、ほかのワインも見事。全てのワインが混醸という、ゲミシュターサッツファンにはたまらない生産者です。カベルネフランは初めて飲みました。単一品種でもブレンドでもありませんから、芯が強くて立体感があります。しかしカベルネソーヴィニヨンみたくゴツくない。Quiviraはジンファンデルにとってのグランクリュであるドライクリーク産。かつ認証オーガニック。しなやかさ、上品さの中にある精緻なミネラルと酸、そして見晴らしのよい余韻の長さ。たいしたものです。こうしたワインを飲むと、カリフォルニアはむしろお買い得だと思えます。

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 冷涼ブラウフレンキッシュなら、チェコに注目です。オーストリア北端産地、ヴァインフィアテルのさらに北に接するチェコのワイン産地。ヴァインフィアテルではブラウフレンキッシュがまともに熟さないと見なされ、赤ワインはツヴァイゲルトやピノ。ブラウフレンキッシュの産地はずっと南のブルゲンラントまで下りねばならない。そのヴァインフィアテルよりさらに北で晩熟品種を栽培すれば、どれだけタイトで涼しげな味わいになるかは容易に想像できますね。往年のブラウフレンキッシュのミントと白胡椒の香りを今求めたいなら、チェコのフランコフカ(ブラウフレンキッシュのチェコ名)の中から探すのもいいと思います。土壌はレスですから、ますますそのような香りが強調されます。オーストリアとハンガリーは隣でもずいぶんワインの性格が違うように思いますが、オーストリアとチェコはクール&クリアーなところが似ているように思います。

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 香港の町を歩けば日本料理店や日本製商品が溢れています。やたらと日本語を見かけます。香港の全人口の4分の1の人が日本に旅行したことがあるそうです。当然日本酒への関心は高く、数えきれないほどの蔵元が出品していました。多くがサラッとしたお酒なのは、それが求められているからなのか。いろいろ試飲して気にいったのは、この岩手のお酒。いかにも岩手な芯の固さと余韻の踏ん張り。そして垂直性。多くのお酒が、重心上、水平的、単調、脆弱で困ったものですが、これはまともな腰の強い立体感があります。

 外国に来てあえて日本酒を飲むのは勉強になる。より客観視ができる。その上であえて厳しく見るなら、多くの日本酒は、正直、いまいち。沢山の賞を取っているあるお酒は、まるで水。立体感なしエネルギーなし余韻なし。なぜ賞総ナメ。こういうお酒に日本的な純粋性だ美意識だと噴飯ものの去勢的言辞を並べるのは耐えがたい。これが日本文化の代表、日本的精神の象徴だと思われたくない。なぜあんなにフラットでシンプルなものをよいと思うのかわかりません。と言うと、日本酒を批判するなど非国民...だ、と指弾される。私にしてみれば、あのような去勢酒を日本的と言うイデオロギーこそ非国民的GHQお先棒担ぎ的。日本人があんなに表層的な人間なわけがない。しかし、立体的で複雑でエネルギーに溢れてなおかつ鮮烈で清らかなお酒だってちゃんとある。ワインなら、後者は賞賛されても前者はされない。ようは、日本酒の評価基準がしっかり確立されていないのです。日本国内でさえそうなら、外国ではなおさら無理。道は遠い。

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