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2018年12月の記事

2018.12.22

カリフォルニアワインと上海料理

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「食べ放題、飲み放題の安い店という印象しかなかった」とご参加のおひとりがおっしゃっていましたが、それはマーケットに合わせてしかたなくだと思います。出身地のお料理を特別に注文すれば、職人魂に火がついて大変に素晴らしいお皿が出てくるものです。
 というわけでオーガニック・プロセッコの講座に続いて再び『上海庭』の張シェフにお願いして、特別料理を作っていただき、カリフォルニアワインをテーマに忘年会。年末のお忙しい中、4名の方にご参加いただきました。
 メニューは以下のとおり。
脆皮炸子鶏
松鼠魚
蝦子海参
腐乳東坡肉
咸魚雞粒炒飯
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 蝦子海参は大昔に上海で食べてインパクト大。くせっぽい味ですから日本では受けないでしょう。腐乳も咸魚も発酵食品で、これまたくせっぽい。メニューの相談に行った時に「咸魚が入手できない」と言うので、香港の西貢にあるオーガニック系食品店で無添加のものを買い、持参しました。超高級店の洗練された創作料理なのか、凡庸な定番か、いい加減な日本風中国料理なのか、という状況の中、こうした普通の中国らしい中国料理はむしろ得難いもの。しかし私はそういう料理が食べたいのです。次にこのお店で講座を行う時は揚州料理を作ってもらいたいと思っています。
 今回それぞれの料理に合わせたのは、マルヴァジア&カベルネ・フラン、シュナン・ブラン、サンジョベーゼ、ジンファンデル&メルロです。上海料理は酸がないし、柔らかいし甘いし濃いし、そしてあか抜けているので、カリフォルニアワインは順当中の順当な選択です。
 94年ヴィンテージのメルロ、06年ヴィンテージのジンファンデル、そして最新の残り4本。カリフォルニアも時代の嗜好には敏感で、こうして約十年ごとのヴィンテージを飲むと、いかにもその時代の味だとわかります。カウボーイ的というかワイルドで地酒っぽい90年代から、派手な金満志向の00年代、そして自然回帰のさらっとした現代。この違いがまたおもしろい。正直、現代のワインを飲むと、昔のは農薬っぽくてわざとらしい味に感じられてしまいます。あまりカリフォルニアワインにお詳しくない方は、以前のカリフォルニアの印象とは極端に違う現代のワインに驚かれてしました。
 東アジアの料理に対する相性という観点からしてカリフォルニアワインの素晴らしいところは、質感が柔らかく、酸がまるく、タンニンが熟していて、重心が下のワインが他の産地より多いことです。サンジョベーゼをナマコと合わせるなど、カリフォルニアワイン以外では考えられません。日本では高くともカリフォルニアワインの人気が大変に高く、よく売れているようですが、それは当然のことだと思いますし、消費者は感覚的によく理解しているのでしょう。食事のためのワインとして、カリフォルニアは絶対不可欠な産地です。
 

2018.12.20

海沿いトスカーナ

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 近年のトスカーナワイン全般の傾向には賛同できません。固く、ぎこちなく、空気感が弱く、直線的なタンニンが目立ちます。この20数年間かけて彼らがよしとして選んだサンジョベーゼ・クローンのせいでもあり、ボルドー品種のブレンドの問題でもあり、地球温暖化・渇水ストレスの増大と、それに関連する早摘み志向の問題でもあると思います。
 とはいえ、トスカーナがダメな産地であるとか、サンジョベーゼが二流の品種であるとか言うつもりはありません。いろいろな要因の歯車がずれていると言っているのです。それはキャンティ・クラシコのエリアで最も顕著に見受けられます。内陸に位置する水はけのよい標高の高い斜面の畑というのが、必ずしも現在プラスに機能しているとは思えません。いろいろな機会にテイスティングして印象に残るのは、気候が穏やかなな海沿いの産地です。
 ですから先日はトスカーナの海沿いのワイナリーをいくつか訪ねてきました。海沿い産地は伝統的には優れたエリアだとはみなされていません。DOCGやDOCも最近になって増えただけで、仮にサッシカイアが生まれなければ、海沿いは今でもオリーブの畑か安価なロゼ用の畑が点在するだけの貧しい土地だったでしょう。実際、グロセット県の海沿いの道をローマに向かって走ると、あまりに家が少なく、ローマ時代からたいして変化していないだろう風景に驚かされます。
 海沿い(ないし川や湖のほとり)のワインは、トスカーナに限らず世界じゅう、しっとりとした質感、やわらかい果実味、まるいタンニンと酸を備えています。ボルドーのフロンサックとリュサック・サンテミリオンを比較すればすぐにわかります。内陸のサンジョベーゼのごりごり感・ごつごつ感がいやなら、当然いまは海沿い産地に注目すべきなのです。
 それと同時にトスカーナの白も知らないうちに驚くべき進歩を見せています。しょうもないトレッビアーノと薄くて酸っぱくて苦いヴェルナッチャというのは大昔の話です。今回、最南端産地アンソニカ・コスタ・デッラルジェンタリオとボルゲリでつくられるヴェルメンティーノ(プラス、マンゾーニ・ビアンコ)のワインをお出ししましたが、すっきりとして大変にミネラリーな冷涼な味わい。暑くるしいもったり味の正反対。赤ワインより白ワインのほうがいい、とおっしゃっている方さえいました。
 パッリーナの楚々としてキメ細かく、かつフレンドリーなサンジョベーゼも魅力でしたし、なんといっても皆さんが驚いたのは、モレッリーノ・ディ・スカンサーノ協同組合のワイン。グロセットにある比較的大きなショッピングモール内のスーパーで買ったものです。これがしなやかでおおらかでリッチかつ抜けがよい、見事な味わい。値段も当然手ごろ。協同組合ワインが成功するときは、本当にバランスがよい、いかにもその土地らしい味のワインになると思います。地元スーパーで売っている、大手Sensiの安価なボルゲリも見事。砂地のボルゲリらしさがよく出たしなやかでいて強い味。かの有名なグレート・ヴィンテージ1998年のオルネッライアと比較すると、この20年間の進歩がよく理解でき、むしろこのスーパーマーケットワインのほうが時間軸上の密度が均一で、アタック重視、ミッドの密度重視で余韻が落ちて下半身が弱いオルネッライアよりおいしいと思いました。ワインの味に過剰な思い入れや狙った感が見えないのがいい。多くの高級ワイン、高評価ワインは、あまりに人的要素が強すぎて逆に自然との接点が希薄になると常々思います。そもそも98年(ボルゲリのグレートヴィンテージ)のオルネッライアはブレタノミセスが感じられます。昔はこれでもOKだったのでしょう。自分の味覚も向上したのでしょうか。
 最後はビオディナミの二本。ボルゲリ域内のサンジョベーゼ&メルロ、モンテスクダイオ域内のカベルネ・フラン。これらのダイナミズム、気配の広がり、後方定位性、質感の緻密さと厚み、タンニンと酸のまろやかさと強さの高度な両立はおそるべきレベルです。前者はキャンティのフォントーディが作るテラコッタでの熟成。外国のクヴェヴリやティナハではなく、トスカーナの陶製甕というのがいい。樽熟成していないためボルゲリとは名乗れない、と言いますが、樽風味がないぶんピュアな果実とミネラル、そしてボルゲリならではのリッチさと涼しげな香りがストレートに表現されています。後者はサンジョベーゼではないためモンテスクダイオとは名乗れませんが、まさに海沿いトスカーナらしい塩味と穏やかな広がりがあります。これも樽熟成ではなくコンクリートタンク熟成。こうしたピュアな味わいに馴れると、樽がもたらす余分なタンニンや風味が邪魔に感じられるようになります。
 こうしたワインを飲むと、トスカーナっていいな、と思えます。最近やたらラグジュアリーイメージが強いトスカーナですが、ミラノやローマでトスカーナ訛りのイタリア語(本来トスカーナ方言が現代イタリア語の基礎となったにもかかわらず!)をしゃべると田舎者だと思われるそうです。実際トスカーナは田舎です。その田舎性が3,40年前には新鮮に感じられた記憶があります。無用に着飾っては逆に恥ずかしいのです。
 

2018.12.19

初心者講座 シャンパーニュ

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 この時期、なにかとお世話になる機会が多いシャンパーニュ。ですから12月の初心者向け入門講座はシャンパーニュをテーマにしました。
 シャンパーニュはワインであると同時にシンボルであるような典型的なアイテムです。ある意味、シャンパーニュであること自体が価値です。ハレの日にはシャンパーニュ。何かお祝いしたい時にはシャンパーニュ。食前酒としてのまずはシャンパーニュ。ほうっておいてもシャンパーニュがそのような意味をもつわけではなく、シャンパーニュ自身がそのようなものとして自らを位置づけ、不断のマーケティング努力によって勝ち得た意味です。そこでは内容との直接的な関係はありません。紅白饅頭は、基本的なスタンスとして、紅白饅頭が配られる一連の儀式の中のシンボルとして見るべきなのか、それとも菓子そのものとして見るべきなのか、といえば、当然前者です。そこで赤いお饅頭の色は人工的な色素なので自然ではないからダメだ、といった議論をしてもしかたありません。実際のところ、ワイン初心者にとって、シャンパーニュは分析の対象としてのワインではなく、ハレの日を彩るシンボルとしての意味のほうが大きいはず。だとしたら、そこでマッシフ・ド・サンティエーリーがどうしたこうした、タイユを入れるべきか否か、といった話をいくらしてもたいした意味はありません。まずはここの議論をしっかり踏まえるのが大事です。もしどのようなブランドがどのような意味作用をもつのか、といった議論をするなら、それはそれで楽しいでしょうし、ある種の人には役に立つことでしょう。しかしそれは私がこの講座で扱いたいテーマではありません。どのようなワインであれ、その内容にのっとった価値を自ら発見することが大切であって、世の中に流布している意味作用を無自覚的に受容することがワインのためになるとは思わないからです。
 次にはシャンパーニュの本質規定を考えました。発泡ワインならばシャンパーニュでなくとも今や世界中に選択肢はあります。その中でシャンパーニュを選ぶとするなら、そこには正当な理由が必要です。もしシャンパーニュの本質とはずれた特徴をシャンパーニュに求めているなら、シャンパーニュにとっても消費者にとっても不幸です。初心者にとって大事なのは、シャンパーニュが北限の産地だと知ることです。
 テイスティングは、まずシャンパーニュ2本とクレマン・ド・ブルゴーニュとオーストラリアのスパークリングの計4本のブラインド比較。質問はふたつ、どれがいいワインか、というのと、どれがシャンパーニュだと思うか、です。明らかに一番よいワインだと個人的には思ったフランシス・オルバンの単一村ピノ・ムニエ単一品種のワインを一番よいワインだと思われた方が一番多く、二番目によいワインだと思ったヴァンサン・ブーズローのクレマン・ド・ブルゴーニュがよいと思われた方が二番目に多かった。そしてどれがシャンパーニュかと思うかとの問いには、フランシス・オルバンが一番多く、ヴァンサン・ブーズローは二番目。簡単に言うなら、一番いいワインがシャンパーニュ、だという観念がテイスティングに先立っているからです。しかしオルバンのピノ・ムニエのワインは典型的なシャンパーニュとは違います。それがシャンパーニュだとブラインドでもわかったのはすごいことですが、もしシャンパーニュらしさを理解した上なら、ドラモットがシャンパーニュだと思われた方がひとりもいないという事態を説明できません。ドラモットは基本3品種をブレンドし、ワインの味わいの中にあの独特のチョークの味があり、質感が緻密で酸がしなやかに強い、いかにもシャンパーニュなシャンパーニュだと個人的には思っていますが、いいワインだと思った方もおらず、シャンパーニュだと思った方もいない。内容と名辞の不一致。ここをどう考え、どう解決するかです。
 シャンパーニュらしさを考える上で、ふたつ大切なことがあります。格付けと製品構成です。前者は土壌から見て端的に言うなら、チョークがあればあるほどよい、という観念を表し、後者は澱との接触時間が長ければ長いほど、つまり酵母の死骸の味がすればするほどよい、という観念を表しています。フランシス・オルバンをシャンパーニュらしいと思った方が大半だったのでその理由を聞くと、熟成感といった答えが返ってきました。主観的な好き嫌いはともかく、それは正しい認識です。残るはチョークらしさです。チョークの興味深い特性は、1立方メートルあたりなんと300から400リットルもの水を含むということ。つまり水分ストレスがない味になるということ、果皮感のない味=果汁感のみの味になることです。搾汁率に対する厳密な規定もそこに関わっていると考えられます。
 2番目のフライトは、同じ生産者、同じ畑で、ブリュット、ドゥミ・セック、ブラン・ド・ブラン、ロゼの比較。甘さが異なると何が変化し、何が変化しないか。ピノ・ムニエ90%シャルドネ10%のワインとシャルドネ100%のワインでは何が異なるか、ブリュットに赤ワインを入れたら何が変わるか、を確認しました。製法や規定ならいろいろなところに書いてありますが、言葉だけ覚えてもしかたない。味として、個性として、機能(なんの役に立つのか)として感覚で理解することが大事です。
 ワインに関しては初心者はすぐに生産者の名前を覚えるという方向性に行ってしまいますが、その前にやらねばならないことはたくさんあります。何を買うか、以前に、自分はどのような特性を欲していて、その特性を得るためにはどのような要件(品種、土地、ヴィンテージ等)に着目しなければならないかを考えましょう。

2018.12.12

サヴニエール

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 ロワール白ワインの王はサヴニエール。当たり前のことです。飲めば分かる別格のスケール感と厚みと長さ。しかし、あまり見かけません。かろうじて見かけるとしたらニコラ・ジョリーのクーレ・ド・セランですが、それを買う人は、本当にサヴニエールが好きでクーレ・ド・セランの個性を欲して買っているのかははなはだ疑問。たぶん、有名だから、という理由でしょう。
 ワイン教育=有名な名詞の暗記、といった状況では、ロワールに限らず世界じゅうのワインが実体的内容ではなくブランド価値で評価されることになる。そもそも、もし世の中じゅうのクーレ・ド・セランの消費者が、クーレ・ド・セランの個性を十分に考えた上で好きで買っているなら、消費者からの適切なフィードバックが生産者にあったはずで、ニコラ・ジョリーの80年代から90年代のスタイルがあんなに迷走することはなかったと思います。
 往年の彼のスタイル、すなわち硬くて酸が強くて神経質な早摘み味は間違いです。シュナン・ブランは少し貴腐がついたほうが必ずおいしい。往年のサヴニエールだってそうだったはずですし、ニコラの母親が造っていたワインもそうでした。あの早摘み時代のニコラ・ジョリーのワインは、正直言っておいしくなかったわけで、それでビオディナミと言われても困るというか、ビオディナミへの疑問を抱かせるネガティブな効果さえありました。
 私は90年代末、最初にニコラ・ジョリーに会った時、クーレ・ド・セランは95年モワルーが一番だとちゃんと伝えています。クーレ・ド・セランもロシュ・オー・モワンヌも本来ボーン・ドライではいけない、貴腐をつけるべき、と。ありがたいことに、2001年、貴腐がついてとろりとしたワインに仕上げてからのニコラ・ジョリーは、特に娘ヴィルジニーが醸造を手掛けるようになった貴腐の年2004年からは、彼らは方向転換して積極的に1割程度の貴腐ブドウをブレンドしています。今では、サヴニエールで一番収穫が遅い生産者は、一番早い人から3週間後のニコラ・ジョリーです。
 早摘みシュナン・ブランが嫌いな私としては、現在のニコラ・ジョリーが理想のスタイルなので、暑かった今年の収穫時9月初頭にも彼にメールして、「絶対にまだ収穫するな、アルコールの高さと酸の低下を恐れてはいけない。熟していないブドウにテロワールの表現はできない」と書きました。彼は、「周囲はもう収穫している。ヴィルジニーは不安がっているが、私もまだだと言っている」と。アンジュー地区のあるべきシュナン・ブランはフレッシュ&フルーティなどではありません。なぜアンジュー地区は甘口アペラシオンがあんなに多いのか。コトー・デュ・レイヨンからロワール河を渡って反対側にあるより乾燥したサヴニエールでは貴腐がつきにくいのですが、それでも貴腐がつかないわけではありません。
 
 なぜサヴニエール、ないしアンジュー全体が理解されないか。パリのワインバーやそれなりにワインにこだわったビストロに行ってアンジュー・ブランがない状況というのは考えられないでしょう。そこには正当な理由があります。ところが日本でロワールといえばまずはサンセール、そのあとヴーヴレでしょうか。ロワール白の個性は、と、そこそこワインを知っている人に聞けば、冷涼でアルコールが低めで酸が高いすっきりしたワイン、との答えが返ってくるはず。だから中途半端な勉強は迷惑なのです。そう思ってアンジュー地区の白ワインを飲めば、イメージとは異なって戸惑う。ねっとりして重ための味だからです。サヴニエールもその延長線として見ることができます。それをネガティブにとらえる人ばかりだから、サヴニエールがきちんと理解されないばかりか、早摘みワインがもてはやされることになる。早摘みしたアンジューやサヴニエールは、サンセールやヴーヴレに似てくるからです。
 
 今回はまずソーミュールとサヴニエールの比較から始めました。ソーミュールも悪いワインではありませんが、サヴニエールの凝縮度はけた違いです。格の違いは、値段の違い以上にあると思います。
 それから畑違い。砂岩、片岩、リオライトという3つの主要構成岩石によるワインの特徴を理解しました。また今回は公式的にINAOにグラン・クリュ申請をしている5つの畑のうち4つ、クロワ・ピコ、クーレ・ド・セラン、ロシュ・オー・モワンヌ、クロ・デュ・パピヨンをお出ししているので、そうではない畑のワインと比較し、明らかにグラン・クリュ候補のワインがきちんとグラン・クリュの味がすることも理解しました。細かさ、伸び、佇まいの整い方が違います。
 クーレ・ド・セランは2つのヴィンテージ、2007年と2016年。それまでのサヴニエールも見事ですが、クーレ・ド・セランはさらに格が違う。これぞビオディナミのグラン・クリュというスケール感、ダイナミズム、複雑さ、圧倒的な余韻。2007年で15・5度、2016年で15度という恐ろしく高いアルコールにも関わらず、中身があるのでアルコールを感じません。今の気候なら完熟したらこのぐらいのアルコール度数になる。それを無理やり早く収穫して13・5度にしたら不自然になるか、本来のポテンシャルを発揮できなくなるか、です。
 2007年は、当時は最高傑作だと思っていました。ものすごいパワー感です。しかし前に出てくるだけではなく、優れたビオディナミ独特の後方定位と渦巻状の動きがあります。今飲んでもこの好ましいビート感は魅力的です。
 2016年は一転して平穏で慈愛に満ちた味。2015年以降はまたスタイルが変わって、穏やかな温度感がありますが、2016年は2015年よりさらに凝縮度が高く、悟りを開いたかのように安定しています。何が変わったのかとヴィルジニーに聞くと、栽培も醸造も変えていないのだけれど自分自身が変わった、子供ができたことが大きい、と。参加者のおひとりが「お母さんの味」と表現されていましたが、その通りです。長らくクーレ・ド・セランをご無沙汰していた人には衝撃的な違い。以前とは似ても似つかぬ静謐で高貴なワインです。酸酸酸酸言っている日本の多くのプロやワインファンには到底評価されないでしょうが、私はこれが正しいサヴニエールの在り方だと思います。ニコラ・ジョリーの長年の苦闘が実を結んでこのような美しい世界に到達したことに泣けてしまいます。
 ただし、ジョリーのワインは生き物なので、周囲の状態が悪いと、まして根の日や葉の日に飲むと、とんでもない味になりがちです。昨日のような味が他でも得られると思ったら間違いです。普通はもっと角が立った味です。そしてクーレ・ド・セランのような本当のビオディナミワインに対して、いま私が使用している田中式テイスティングカップ・バージョン3は大変に役に立ちます。
 最後二本は甘口。甘口といってもあまり甘くありません。それがサヴニエールの甘口の素晴らしいところですし、甘くなってもサヴニエール独特の硬質なミネラル感は失われず、バランスがよい味。早く収穫するより遅く収穫して甘口にしたほうがいいと、実際にテイスティングしてみれば分かります。
 
 そして今回の講座のもうひとつのテーマは、ニコラ・ジョリーが見つけたルドルフ・シュタイナーの手稿に記されている星座と石の関係です。私はそれを彼の部屋で見つけ、彼とそのことについて議論し、画期的なアイデアを考えました。講座にいらした方にはそれをお伝えし、実際に実験してお見せしました。一度経験したら二度と後戻りできない巨大な効果。世界じゅうで昨日の講座にお越しの方のみがその作動原理と結果を知っています。それにしてもルドルフ・シュタイナーはなんでこんなことを思いつくのか!普通に聞けば、バカか、と言われて終わり。ですから詳しくは書きません。しかし実際にやってみると効果絶大。それと同時に、ビオディナミもまだまだ知られていないことがあるのだと思いました。ルネサンス・デ・ザペラシオンの生産者たちが70人ほど来年11月に来日するはずですが、その時にセミナーを開催して広く発表してもいいかも知れません。
 

2018.12.02

パリでの第40回サロン・デ・ヴィニュロン・アンデパンダン

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パリの南西、ポルト・ド・ヴェルサイユでのヴィニュロン・アンデパンダン試飲会。千近いワイナリーが出展しています。フランスワインをテイスティングするにはよい機会です。地味めの地元消費系ワインが沢山あるのが魅力。海外メディアが取り上げるすごいワイン、個性爆発のインパクトの強いワインというより、フランスの一般的ワイン消費の文脈で機能する、コストパフォーマンスに優れ、飲み飽きず、アペラシオンの個性がしっかり分かるワインが多いのがいい。つまりは、フランスワインのフランスワインらしさが好きな人向け。
 
ところがそういったワインは日本ではあまり飲めません。フランス食文化の偉大さは日本人なら誰でも知るところで、フランス料理店もものすごい数があります。みんなフランス料理が大好きみたい。だとすればフランス総菜屋さんもたくさんあってしかるべき。ところが、人口一千万を超える東京、フランス産品で溢れる東京ですら、ほんの少ししかありませんよね。ある有名なフランス総菜屋さんでもイタリアっぽい料理が多い。なぜリゾットなのか、と。そんなにフランス料理が好きなら家でフランス料理を日常的に食べていて当然でしょうに、そうではない。つまりはフランス料理店は好きでもフランス料理は好きではない人が大半なのだと結論づけるしかありません。ちょっと胃の調子が良くないからうどんにしよう、ではなく、牛肉のタルタルにしよう、と普通に思う人はあまりいない。実体としてのフランスではなく、象徴としてのフランスが優位な状況。フランス輸出経済がそれで成り立っていると言えばそれまでですが、それではサロン・デ・ヴィニュロン・アンデパンダンに出展される類のワインが一般化しないのも分かります。それが悪いと言いたいのではなく、バランスが不自然だと。
 
喩えて言うなら、普通の町の蕎麦屋のカレー南蛮の美味しさが分からないのにミシュラン蕎麦屋のトリュフ練り込み蕎麦を絶賛する人をどう思うか。私は普通のカレー南蛮がこの世から消えたら泣きますが、トリュフ蕎麦がどうなろうと構いません。それと同じスタンスに立った場合、例えば会場前のブラッセリーの普通の鴨のコンフィと、会場にある普通のソーミュール・シャンピニーやガイヤック・ブロコールやボージョレ・ヴィラージュの相性の、地に足のついた安心の味が美味しいと思わないなら、本当にフランスワインが好きなのか、と問いたくなるのです。

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個別のワインについて話しているとキリがありません。多くのワインが2017年ヴィンテージですが、チャーミングで軽やかで屈託のない、明るい味。北産地に関しては、酸っぱくて固くて陰気な2016年よりいい。補糖嫌いな私には2017年のブルゴーニュはありがたい。補糖ヴィンテージを絶賛する日本のブルゴーニュファンは、つまりは大吟醸が純米大吟醸よりいいと言っているわけです。話が合いません。純米大吟醸の方がいいと思うなら、2015、17、18はいい年です。写真のシュヴァリエのクローズエルミタージュは気に入りました。日本未輸入ですが、誠実な畑仕事を感じるナチュラルな味のいい生産者です。特に左の粘土石灰の畑のステンレスタンク熟成の キュベがいい。最近は北ローヌのシラーの樽無しが好きなのです。樽のザラつきや余計な香りがシラー本来の細やかで抜けの良い個性を邪魔します。その観点からすると、コートロティの生産者の樽無しIGPシラーがどこもおしなべて美味しい。いろいろ探してみる価値はあります。余計な樽に無駄にお金を払う必要はありません。しかし日本ではブレタノミセスの北ローヌのシラーが人気のようですから、というか、シラーとはそういうものだと思っている人が多いみたいですから、クリーンでしなやかな北ローヌのワインはなかなか理解されないでしょう。特に2017年は、多くの人が期待するパワフルさ、強いタンニンと酸がありません。私は、だからいいのだ、と、極少数意見として言っておきたい。
 
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ちなみに鴨のコンフィですが、全体にシブレットを振りかけてあるのがポイント。これが全体の重心を持ち上げ、風味を冷涼にして、ロワールのような産地のワインに合うようにしてある。無意識だと思います。しかしそれが食文化です。

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閉会後、会場近くの普通のビストロに生産者の方に連れて行っていただきました。別に特別なところではなく、ただ会場に近いからという理由で出展者たちでにぎわっているという、おそろしく普通の店。しかしフォアグラは見た目は悪いのに軽やかで細かく、たいしたもの。なんでこうできるのか。こんなにユルい店なのに。それはそうと、先程ソーミュールシャンピニー、ブロコール、ボージョレを典型的パリのワインの例として挙げていたばかりなので、この店のリストを見て、やっぱり、と思いました。こういう、ワインにこだわっていない、ある意味いい加減な店だから、集団的無意識が表出する。ちゃんとマルシニャック、ブルイイ、ソーミュールシャンピニーが並んでいるではないですか!

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逆に言えば、これらのワインに合う味にしなければパリっぽいとは言えない。そしてリストの半分を占めるボルドーのユルいチョイスがまたいいですね。普通のレストランでは当然ながら格付けシャトーからボルドーを見るのではなく、普通のフードフレンドリーなワインとして見るのが正しい。そうすればこのようにリストの価格の低いほうを占める良品がたくさんある産地だと分かります。
 
ここではアルザスワインのトレンドについて興味深い話を聞きました。それは、1、単一品種からブレンドへ。2、ピノ・ノワールへの改植。私が昔から言っていたことですね。やっと、です。例えばフローリアン・ベックのフランクシュタイン、キュベ・リリーは品種表記がなく、リースリング、ピノ・グリ、ピノ・ノワール、ゲヴュルツの混醸。もちろん法令違反です。聞くと、リースリングとして申請しているそうです。なしくずし的に現在の間違ったグランクリュ制度が改変されていくのはいいことです。品種よりテロワールが重要で、そのテロワールの美点を最大限引き出す手段として品種を捉えればいいだけです。しかし今さらピノ・ノワールと言っているようでは気候変動に対して遅い。もはやアルザスはピノには暑すぎ。だから多くのピノが焦げた風味があるし酸が鈍い。今ならブラウフレンキッシュの方がいい。そして多くのピノが抽出しすぎ樽使いすぎ。間違った方向に行っている人が多いようです。

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