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2019.09.19

高円宮家での日本酒談義

赤坂御用地南門を入って左にある高円宮家にお招きを賜わり、妃殿下と日本酒談義をしてきた。皇族の方のお宅に上がるなど初めての経験。シンプルながら美しく気品のあるインテリア。アール・デコ的モチーフが素晴らしい。そこで写真を撮るような下品な振る舞いは出来ないので、画像はなし。いただいたアイスティーとラスクがまた大変に上品な、イメージ通りの味。アイスティーを上品に作ろうとすれば普通の人はセイロンを使うだろう。ところが意外やアッサム系。普通アッサムはアイスティーにすると鈍重でキメが粗くなるだろうに、こちらではエレガントにまとまり、かつ、アッサムならではの底支え感と力強さと温かみがあり、取り澄ました冷たさがない。この感性には畏れ入る。食品の味からは、言葉では分からない大切なこと、言葉では時間がかかる本質的なことが、瞬時に伝わってくる。このようなものを飲ませていただき、ありがたさに平伏したくなった。

妃殿下は大変に博学かつ鋭敏な感性をお持ちで、お酒に関する見識の高さには常々感銘を受ける。今回妃殿下がお話になられたことを要約するなら、
1、昔はお酒を飲めばそれがどこのお酒かブラインドでも分かったが、今ではみんな同じようになって分からない。
2、売れるお酒を作るのは当然で、流行を追って右ならえすることをやめろとは言わないし、言えば抵抗されるが、少なくとも各蔵元に一本は、伝統とその土地らしさをしっかり表現するクラシックを作るべきだ。
3、リファレンスポイントがなければならない。迷ったらたちかえるべき何かがなければいけない。そうしないと伝統が滅びる。
4、世界中どこでもお酒はその土地の宗教と結びついている。

どのお話も深く首肯することばかりである。有り難いことに、日頃私が言っていることとも同じだ。私は妃殿下に、「最低限、各県の原産地呼称を明確にしなければならず、たとえば新潟酒と名乗るためには、新潟の米と新潟の水を使って新潟で作られたお酒でなければならない、という規定が必要だ。新潟で兵庫の山田錦のお酒を作ってもいいが、それは『潟酒』ではない。日本はそれぞれの地方に独自の文化があり、それらが並び立ちつつ融合して日本という国がある。地方文化がなくなれば日本は日本でなくなる」、とお話させていただいた。

皇室は日本文化の中心軸として日本を支えてこられた。日本酒は日本文化の代表のひとつである。だからこそ現在の日本酒のありように対して妃殿下は憂慮しておられるのだろう。もう一度日本酒のあるべき姿について考えるよい機会を頂戴した。

帰る際には玄関で最後までお見送りしていただき、私ごとき下々のものにまでなんとお優しい御心遣いであられることかと感激した。

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