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2019年11月の記事

2019.11.30

日本橋浜町ワインサロン 新世代カリフォルニアワインの講座

カリフォルニアワインの生産は過去10年で15パーセントの伸び。世界最大のワイン消費国アメリカの市場はますます拡大し、その主たるワインはカリフォルニアなのだから、カリフォルニアワインに逆風など吹きようがなく、次々に新しい生産者が登場。世界的なナチュラル志向が遅ればせながらも(アメリカ農作物のオーガニック比率は1パーセントに満たない。カリフォルニアは意識高く全米2位の4パーセント)そこに加わり、フランスの十数年前のようなわくわくドキドキ感。地球温暖化とそれに伴う水資源枯渇(シエラネバダ山脈の降雪の減少!)によるドライファーミング(無灌漑)の再評価、また高温や渇水に強い南欧品種(シャルドネ、ピノ、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロではなく!)の再発見。カールスバーグのようなマイナー産地やトゥーリガのようなマイナー品種への注目。今回の講座は、要はそういう話。当たり前過ぎると言われるが、意外やオーパス・ワンやドミナス、ないしハーランやマーカッシンで頭が固まっている人もいるようなのだ。あれからどれだけ変化したことか。カリフォルニアの進化は恐ろしく早い。

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▲個人的に好きなのは、右から3番目の自根無灌漑カリニャン。コントラ・コスタらしいゆったり・しっとり味。人間が前面に立つのではなく、テロワールの景色がすっと見えてくるのがいい。海系の人と山系の人がいる。日本は人口の過半が海岸沿いに住む海系の国だから、海系の味を好むのは普通だと思うが、ワインは山系が多い。コントラ・コスタは海系の人、海系の味にはぴったりのカリフォルニア(そもそもカリフォルニアは海系味が多いものだが)ワインだ。

 

お出ししたワインはその最近の動向をよくあらわす人気の作品。カリフォルニアワインファンにとっては既にお馴染みのワインだ。どれもものすごいパワー。特にPopulis SB, Margins CB, Methode Sauvage iruai Sylvan Trousseauは、ナチュラルワインによくみられる欠陥(VA! )は否定できなものの、それをおぎなって余りある力、表現への欲求の強さに打ちのめされる。体よく口あたりよく仕上げた最近のインダストリアルメンタリティ高級ワインには望みようもない直截的直接的な熱量の高さゆえ、こちらが覚悟していないと気おされてしまって疲れるだけだ。たとえて言うなら、リムドライブ&三極管NFなし&ホーンで聴く50年代のジャズ。ワウフラッターや高調波歪率のような測定値で見たらどうしようもないが、加筆修正されないナマの力の前に自らを晒す喜びと心地よさはなにものにも代えがたい。思いのたけをぶつけよ、大声で吼えろ、と、最近のキレイなワインに対して言いたくはないか。フランスのナチュラルワインでさえ、15年前のほうが激しく滾るパワーがあったと思わないか。人気が出て評価が定まると、戦う相手はいなくなり、方法論は固定化され、スタイルができあがり、そのスタイルを自己模倣する。初期エルヴィス・プレスリーの音楽と、成功して自己模倣するのみとなった軍役除隊後のどうしようもなく退屈な彼の音楽を比較すれば、言いたいことがわかるはずだ。カリフォルニアの新しいワインは、ありがたいことに、いまだエンターテイメントではなく、叫びである。

しかしこの巨大なエネルギーはどこに向かっているのか。何を目的としているのか。そこが見えない。今回すべてのワインは地上にとどまり、天界への階段の存在を感じさせることがない。ここには宗教が欠如している。それに比べてヨーロッパ、とくにカトリック国のワインは、明らかにベクトルが見える。もちろん客観的に証明などできようもない話だが、70年代中期ぐらいまでのカリフォルニアワインは、ヨーロッパ大陸移民的な、というか、宗教性があった。以前にもお話したとおり、その頃のロバート・モンダヴィの裏ラベルには、驚くなかれ、ビブリカル・ドリンクという表現があったぐらいだ。いまや私はそんな表現を、現世享楽的なオールドウェイブ(ジョニー・ロットンの表現をそのまま借りる)カリフォルニアワインに対しては当然できない。また、そのウォールストリート性に反旗を翻すニューウェイブに対しても、超越者への指向性なく霊的救済への道なき精神主義は、自己肯定の袋小路に陥るか、スタイル商品化の甘言と術策に絡み取られて次なるオールドウェイブと化す危険がある。

ビオディナミのワインが何がいいかといえば、それが宗教ワインだからだ。ヤハウェの神を信じたくないならビオディナミの〝神〟を信じよ、ということだ、あくまで比喩的な表現だが。そうすればワイン内部に蓄積されている過剰な熱が次の進化を用意する。同一プレーンでの回転運動が、上昇螺旋運動へと転化する。カリフォルニアワインにこそ、ビオディナミが必要だ。物質的力強さを霊的力強さへと変える技が必要だ。そのためのもうひとつの前提は、自社圃場である。カリフォルニアの新世代ワイナリーの多くは買いブドウでワインを造る。栽培と醸造の分断は、ワインになる前のブドウを単なる物質商品へと矮小化し、自然(農場)と人間(ワインメーカー)の本来実現されねばならない霊的一体性を損なう。これが多くのカリフォルニアワインを人間スケールに引き留め、飲むものに知的な興味をもたせたとしても、感心どまりで忘我の高揚には至ることのない理由のひとつだろう。これをどう解決するかを皆で考えていかねばならない。

 

2019.11.28

ドメーヌ・ド・ラ・ベギュード当主、ギヨーム・タリ来日セミナー

バンドールを語る上では不可欠の有名生産者。しかし、バンドールの代表、と言っては語弊がある。三畳紀基本、あとは白亜紀の地質のバンドールにあって、標高400メートルの高地に位置するラ・ベギュードの畑の大半は珍しくもジュラ紀の 石灰岩。土の色は例外的に赤っぽい。しかしここはバンドールになくてはならない、先端的かつ品質最高レベルのドメーヌだ。その当主ギヨーム・タリが来日して試飲会、セミナーを開催した。

 

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ギヨーム・タリにはドメーヌでずいぶん前に会った。ランチまでご馳走になった。敷地は500ヘクタール。建物は中世の小村落跡全体であり、黄金比で作られた旧教会をセラーにしている。ブドウは棒仕立て。伸びた新梢を途中から下に曲げる、まるでモーゼルのような形。ないし、棒仕立てのまま畝全体にハイ・ワイヤーを渡し、そこに新梢先端を這わせる。いずれにせよ夏期剪定なし。手間はかかるし、杭は定期的に打ち直す必要があり、費用もかさむ。しかし通常の垣根より品質が良いと言う。葉を切らないから光合成量が多い、と説明するが、それだけではないだろう。同条件でコルドンとゴブレの味を比較したことがある。後者の方が広がりやふくよかさがあった。あのワイヤーに身体全体が磔にされたような垣根に不自然さを感じないほうがおかしい。もちろん昔はどこでも棒仕立てだった。彼らはその伝統を守る、いや再発見した貴重な存在だ。そしてその利点、エキストラエネルギー感と空気感でも呼ぶべき特徴は、確かにワインから感じられる。バンドールのみならず多くの生産者が棒仕立て密植に戻って欲しい。

労賃がかさむ、人手がいない、と言うから、「バンドールの海の向こうから安い労働力が手に入るのでは?」と聞くと、「確かに海の向こうから沢山の人が来る。しかしフランスでは同一労働同一賃金の法則が厳格に実施される。人間の仕事の間に上下の差別があってはならない。フランスの例のデモンストレーションもその法則の徹底化を要求している。賃金が高いから外から沢山人が来るとも言える。だとしたら同一賃金を外国の未熟練労働力に払うのはワイナリーにとって二重の困難だ」。「それを言うなら、ミシュラン星付きレストランは全員に正当な賃金を払っているのか。未払い労働力に甘えるフランス料理店のシステムは是正されるべきだ」。「うーむ、あれは勉強させてもらうという理由で自主的に働いているわけで」。「それは建前。きれいごと」。まあ本題とは関係ない話だが。

 

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バンドールの主要品種はムールヴェードル。ラ・ベギュードでは122種類のムールヴェードルを集めて畑に植えている。「苗木は買ったことがない。他の人たちがうちに買いに来る」。少しずつ異なるブドウが複雑性、ディテールの豊かさを生み出す。畑も広大な敷地に点在し、ジュラ紀のみならず三畳紀の地質からのブドウをもブレンドすることで、これまた複雑性、ディテールの豊かさを生み出す。力強いとはいえ奥行きに欠ける普通のバンドールと比較すれば、この特徴は誰の目にも明らかになる。「単一品種、単一土壌ワイン流行りだが、私はブレンドによる複雑が好き」と言うと、「私もそう思うからそうしている」。それは言うは易し行うは難し。下手は乱雑で水平的なワインを、つまり要素が殺しあうようなワインを作りがちだ。ラ・ベギュードのバンドール赤2016年を飲んでみる。なんとフォーカスが定まり構成が整っていることか。「ボルドー的」と表現すると、「そう、ピシッと垂直的」と誇らしげだ。さすがタリ家はシャトー・ジスクールの長年のオーナーだっただけある。どこかボルドー的な味わいなのは、血がなせる技だろう。

常に議論の的となるのがバンドールの樽熟成18か月というAOPの規定だ。正直、彼のワインでさえ樽熟成がそこまで必要なのか疑問だ。長期樽熟成は果実味を減じるし、余計なタンニンを付加してしまう。元々の素材が最高なら、そのものを真っ直ぐに出したらどうなるのか興味がある。「バンドールこそ歴史的に見てもアンフォラ熟成が相応しい」と言うと、「私もその規定に反対で、熟成期間はそのまま熟成容器は自由にすべきだとINAOに働きかけてみたが、彼らは頑固だ。アンフォラ熟成は認められない」。「そうですか?私はアンフォラ熟成されたバンドールをあるドメーヌで見ましたよ」。「ああ、Lさんか」。しかしバンドール委員会会長が自ら規定違反の確信犯になるわけにはいかない。

 

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バンドールは伝統的に赤ワイン産地であってロゼワイン産地ではない。しかしプロヴァンス=ロゼという観念は消費者のみならずプロの間でも根強い。広大なプロヴァンスの全てが同じだと思ってはいけない。それは世界的な誤解であり、「今やバンドールの生産量の7割以上、いや8割近くがロゼ」だと言う。さすがにラ・ベギュードは半分が赤ワイン。とはいえロゼがまずいわけではない。薄くピンク色をした水ブラスアルコールでしかないプロヴァンスの安価低質大量生産ロゼは、一部のニュージーランド・ソーヴィニヨン・ブランと並んで人をバカにしたワイン。それに慣れてそれを基準にしている人には、ここのロゼは衝撃的なほど濃密で実体感がある。色も濃いが、これで直接圧搾法とは信じがたい。極低収量ゆえだ。

姿形は上品。しかし三畳紀のバンドールと異なり、しっとり冷たい気配ではなく、ジュラ紀らしい暖かい力強さを内面に秘める。そのコントラストの魅力は、ラ・ベギュード独自の個性である。鴨料理と合わせて楽しんで欲しい。

2019.11.22

ボージョレ・ヌーヴォー2019

ボージョレ・ヌーヴォー2019の記者会見に紛れ込ませていただいた。年々ボージョレ・ヌーヴォーの売上は下がり、昨対で18年はマイナス7パーセント、17年はマイナス8パーセント。今年もマイナスだろう。それでもボージョレ・ヌーヴォー全体の4分の1、輸出の半分を日本が占めている以上は、ボージョレ委員会としてもPR活動を続けていくしかない。誰もが、往年のボージョレ・ヌーヴォー・ブームは異常だと思うはず。あれが未来永劫に続くわけがない。ではどこが最適な水平飛行ラインなのかの見極めが難しい。

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彼らは解禁前夜から解禁日午前3時まで渋谷でイベントを行なっていたそうだ。ハロウィン的イベントを目指して若者を対象とする以外に正しい戦略はないだろう。アルコールを飲まなくなってきた若者にはボージョレ・ヌーヴォーは最適な入口であり、ワイン全体の前線なわけで、個人的には渋谷系バカ騒ぎが好きではなくとも、戦略的重要性はありすぎるぐらいにある。

 

2019年は霜や雹で収量半減の年。夏はイレギュラー。収穫前に好天。つまりインディアンサマーヴィンテージ。ゆえにタンニンが柔らかく酸がなく果実味は濃い。大変に美味しい、ヌーヴォーとして理想的キャラクター。想像以上の出来だ。夏の渇水が強ければ低地の粘土石灰土壌のノーマル・ボージョレ・ヌーヴォーがいいが、今年は砂地のボージョレ・ヴィラージュ・ヌーヴォーが、薄くも固くも酸っぱくもなく、しなやかでジューシーでよい。そうではないワインは、早摘みか、無理して抽出したか、だろう。この記者会見で試飲したワインの中では写真の二本がいい。ボージョレ委員会会長ドミニク・ピロンのワインはさすがに一番美味しかった。会長がまずいワインでは誰も信用しない。

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私はオーストリア的な鮮度感のあるワインが好きなので、また短いマセラシオンの赤がいいと思うので、当然ヌーヴォーは、その観点から好きだ。出来立て特有のエネルギーは、料理でもワインでも変わりない。いかにバカ騒ぎから身を置いて飲むか。そうすればボージョレ・ヌーヴォーのワインとしての魅力を新たに発見するだろう。

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会長ほか関係者とはずいぶん長く話しこんだ。

・収穫日は?

「9月半ば。ノーマルな収穫日。地球温暖化は現時点ではボージョレにはブラスで、青さがなくタンニンは甘く酸は穏やかになった」。

・フルーティさが望まれるボージョレで全房発酵は何故?

「ヌーヴォーでは除梗し、発酵期間は5日から7日と短く、フルーティに仕上げる。通常のボージョレでは全房発酵するが、熟していれば果梗は苦くない。熟していない年では味を見て部分的に除梗する」。

・ボージョレとボージョレ・ヴィラージュの違いは?

「ボージョレは粘土石灰質土壌、ボージョレ・ヴィラージュは花崗岩質砂質土壌」。

・あなたはモルゴンの生産者だが、モルゴンは場所によってシスト、火成岩、深成岩、石灰岩といろいろ。単一土壌で別々のキュヴェを造る人もいるが、あなたは?

「あちこちに畑を所有していて、それぞれ別々に仕込み、あとでブレンド。いろいろな土壌があって複雑な味になるのがモルゴンの特徴だから」。

・ボージョレのオーガニック比率は?

「2、3%ぐらいか」。

・それは少なすぎる。

「どこと比較しているのか?」

・プロヴァンス。

「気候が違うではないか」。

・それはそうだが2、3%はいくらなんでも少ない。ボージョレは自然豊かな土地だ。その自然を保護し、働く人にも害がない農業をするのは当然だ。

「そういう方向には着実に向かっているし、若い世代は特にそうだが、旧世代を説得するのが難しい」。

・ボージョレの問題は分かっている。ゴブレだ。トラクターによる雑草の漉き込みができないから除草剤に頼る。もちろんすべて手作業ではコストがかかる。ゴブレでオーガニックが理想だとしても、現実にはふたつの選択肢がある。ゴブレで除草剤か、グイヨで除草剤なしか、だ。

「ボージョレのAOCはグイヨを禁止している」。

・では除草剤は不可避なのか。それは絶望的だ。

「いやコルドンは許可されるようになった」。

・それでいいではないか。コルドンにしてトラクターを入れられるようにする。

「自分の畑でも平地は除草剤不使用だが、急斜面では使っている。ゴブレをコルドンに仕立て直すにはものすごく時間がかかるが、徐々に変えているところだ。しかしオーガニックワインは皆同じ味になってしまうから好きではない」。

・え?まさか。逆だろう。もしかしてあなたは亜硫酸無添加ワインのことを言っているのか?

「そうそう、亜硫酸無添加ワイン」。

・あなたのような立場の人が亜硫酸無添加ワインとオーガニックワインを混同するようではまずい。確かに前者は皆同じような味になる危険があるから安易には勧めない。しかし日本の輸入元は亜硫酸無添加にしろと要求して、生産者は困っているのでは?

「そうだ」。

・いつになったらクレマン・ド・ボージョレAOPが出来るのか?

「クレマン・ド・ブルゴーニュとして販売されているワインの40%がボージョレのブドウ。ブルゴーニュのネゴスにとってボージョレは必要」。

・そうやってブルゴーニュの植民地になっている状況をどう思うか。

「もちろん自主性をしっかり確立していくつもりだが、時間がかかる」。

・クリュ・ボージョレはお買い得な高品質ワインの代表。地域名ブルゴーニュより安いが、当然ずっと品質がよい。なぜ地域名ブルゴーニュのシェアを取る努力をしないのか。

「以前日本で、高級フレンチレストランでソムリエたちに参加してもらい、クリュ・ボージョレのプロモーションをした。その場では素晴らしいという意見だったがそのあと売れなかった」。

・それはそうだろう、クリュ・ボージョレの売り先は高級レストランではない。高級レストランにおけるワインは意味が違う。高額ブランドであることが重要だ。おいしいまずいだけの話ではない。中国と同じだ。中国の高級ワインを飲んだか。高いこと自体が目的なのだ。

「ああ、スクリーミング・イーグルの二匹目のドジョウ」。

・クリュ・ボージョレは実質価値のワインだ。パリの普通のビストロでクリュ・ボージョレを置いていないほうが珍しいぐらいではないか。ボージョレはフランスの美食の中心リヨンのワインではないか。クリュ・ボージョレがふさわしいのはフランス国内と同じくビストロだ。どれほどクリュ・ボージョレが食の楽しみを増すのか証明していかないといけない。10のクリュで大半のフランス料理はカバーできる。ではどのクリュがどのような料理に合うのか。

「ひとつひとつのワインとひとつひとつの料理を合わせるような考えは非現実的だ。食卓に一本あれば楽しくなるワイン、として認識してもらうべきだろう」。

・それはボージョレ・ヌーヴォーの戦略であって、クリュではない。一般消費者はそのような難しい話には反応しないとしても、レストランは正しいワインを正しい料理に対して提供するのが仕事ではないか。多くの生産地域が一対一対応のペアリングをイベントで訴求するが、確かにそれは間違いだ。そのような料理は二度と再現できない。私が言っているのは、もっとざっくりとしたルールだ。少なくともメインディッシュは鶏肉なのか豚肉なのか牛肉なのか決まっている。鶏肉にはシルーブル、豚肉にはレニエ、牛肉にはムーラン・ナ・ヴァン、鹿肉にはコート・ド・ブルイイ、そうだろう?我々には常識でも実際に日本で誰がそれを理解しているのか?

「鹿肉はそんなに食べないだろう」。

・いや、食べてもらわないと困る。いま日本では鹿が増えすぎて人間の畑を荒らす。どんどん食べないと!

「日本はボージョレ・ヌーヴォーのような例外を除いてコンシューマー主導マーケットではなくサプライヤー主導マーケットだ。消費者の自主性もないし、レストランにもない。圧倒的に輸入元主導、問屋主導、レストランは与えられたものを売るだけ、消費者は売られたものを買うだけであって、何が欲しいかを主張しない。日本人は誰もが圧倒的なワインの知識を持っている。世界最高レベルの知識だ。すべて知っているのに、知らないふりをして何も言わない。不思議だ。しかし輸入元にアプローチしてもクリュ・ボージョレはいらないと言われる。どこに向けて予算を使うべきなのか。

・それを私は聞きたい。

H市の人口は約10万。しかしH市の業務卸は2軒しかなく、その2軒であまたのレストランをカバーしている。ならばその2軒を味方につけるようにすればいい」。

H市?それはまたずいぶんマイナーな話だ。日本のワイン市場の7割は首都圏と大阪圏だろう。

「ワイン全体として見れば7割はそのふたつの市場。しかしフランスワインだけが日本全国にくまなく市場をもつ。それがフランスワインの強みなのであって、予算を東京と大阪にのみ投下するのは戦略的に間違いだ」。

・そこまで分かっているなら、やれ。

「ボージョレ委員会予算は9割がヌーヴォー用なのだ」。

・残り1割でもクリュのPRをやらなければこれからどうなる?未来は明るくはない。

「ワイン市場規模の拡大が見えない日本にあっては顧客の奪い合いしかない」。

・では地域名ブルゴーニュやコート・デュ・ローヌ・ヴィラージュから客を奪え。ボージョレは軽やかで樽っぽくなくタンニンやアルコールが強くないワインを望む現代的嗜好にもとから合致している。パリのビストロ必須の基本ワインである。美食の中心リヨンのワインである。既に名前が知られている。それ以上なにを望むのかというぐらいアドバンテージがあるではないか。

 

 こうしてあっというまに1時間半経った。いかにガイヤックが面白いか、いかにフロントンがソーシス・ド・トゥールーズに合うか、といったどうでもいい雑談もあったが。そのあいだ議論に加わる他のジャーナリスト(何十人もいらした)は皆無。私など大した頭脳も知識も経験もないわけで、本当なら私なんぞと話すより他の方々のほうが彼らの役にたつ意見を言えるはず。そもそも私はフランス語ができないが、他の方々はできる。しかし、いみじくも皮肉めいて言われているとおり、「日本人は知っていて知らないふりをする」。冷酷だからか、それともプライドが高すぎるのか、私には分からん。せっかくの機会なのにもったいない。そのまま流れ解散。「みなボージョレには関心がないようだ」と言うと、「どうもそのようだ、考えたくもないが」。

 

2019.11.21

未輸入フランスワイン試飲会

通な味のワイン、フランスワイン好きのためのフランスワイン、つまり肩肘張らないフランスの普通の街場レストランに似合いそうなワインは、フランス大使館商務部が行うこのような試飲会にある。この言葉だけで、日本がかかえる問題を伝えたつもりだ

写真のワインが気に入った。どれもそれぞれのアペラシオンの個性をきちんと伝える、基本の味。消費者はこれらのワインを飲んで産地のイメージを正しく持つべき。しかしそういうワインほど輸入されない。私は周囲のプロ中のプロがどういう感想を語り合っているか耳をそばだてていた。いいんだけどこういうのは売れない、と何度も聞いた。日本は安いか、クセのあるビオか、メジャー品種か、売り文句満載か、のワインの国なのか。普通や基本が不在のまま珍奇に走れば、産地アイデンティティばかりか食文化が破壊される。タピオカ入りではないあんみつはいらない、チーズの入っていない明石焼は売れない、アボカド入りではない海苔巻きはだめ、と言われたらどうする?

 

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写真のロゼはプロヴァンスでは珍しく重心が低い。クロ・デュ・タンプル型。当然この味でなければ多くの魚介類に合わない。しかし日本は、プロヴァンスロゼ=薄い酸っぱい重心高い、を良しとするようで、どれもそうだ。で、ブイヤベース等と一緒に飲んでまずいと言う。なぜ美味しくて料理に合うワインを、変な類型への忠誠から自由に、選べないのか。いまや日本のプロは薄くて酸っぱいワインしか良いと言わない。それを彼ら彼女らは、エレガント、きれい、酸がいい、と言う。ウンザリだ。

 

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カオールは写真一番左がテラス2、残りがテラス3。10本ほどある中で、まずテラス3だけ試飲したいと言うと、何故3かと聞かれた。しかし3が平均して美味しいのは常識。3のボディ感と厚みと適度な骨格と重心中央が、和牛焼肉にぴったり。もちろんそこに4のミネラル感が加わると高級な味わいになって一番いいし、赤身熟成牛肉ステーキ的になるが、4はなかなかない。流行りの9は重心が高く硬くなかなか上下の立体感が出ないから、シンプルな鴨のグリル以外に料理がすぐには思いつかない。2はサッパリシンプル、土が軽い味でチキン的だった。

 

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Lavauというネゴシアンの一連の南ローヌはキャラクターが明確で良い。ムッチリしつつ酸がリズミカルなラストー、第三紀と白亜紀のブレンド(たぶん)でボリューム感と緊密さのバランスがよいジゴンダス、シラー比率が高くメリハリがあるヴァケラス、アペラシオン西部の典型的な味わいのシャトーヌフ。ドメーヌ・レ・グラン・ボワのラストーもゆったりして温かく、いかにも。冬になるとラストーの味噌味の鍋物っぽさがますます恋しい。ドメーヌ・ド・フヌイエのボーム・ド・ヴニーズは特徴的な華やかな香りと引き締まったミネラルのコントラスト、冷たさと流麗さがたまらなく魅惑的。優れた内容と知名度の落差が南ローヌで最も大きいアペラシオンだ。クロ・デ・カゾーのヴァケラスとジゴンダスは素直な性格で、それぞれの個性がはっきり。そして7ユーロ、9ユーロと大変にお買い得。前者にはラムもも肉ロースト、後者には鴨。これぞ普通のフランス料理のための正しく普通な、ごちゃごちゃ理屈のいらないワインだ。

 

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シャトー・ガイヤールのモルゴンは除梗タイプなのでフルーティ、かつ花崗岩なのでソフト。フルーリーに近い。イレギュラーとはいえ、こういうモルゴンもいい。そもそもフンワリタイプの畑のボージョレは全房発酵すべきか疑問だ。これまた完璧にビストロ味。勝手に頭の中で食卓の風景が描かれる試飲会だった。

 

プレミアムチリワイン試飲会

チリワインは三つの類型に分かれる。ひとつは安い大量生産ワイン。ひとつはマイポの高額カベルネを代表とするアイコン・ボルドー系。もうひとつは南部マウレやイタタの地場品種や地中海品種の無灌漑ワインである。

今回は2番目と3番目のカテゴリーのワインの試飲会。ワインはどれもハイレベル。自根ワインはやはり美味しい。チリ=スーパーマーケットワインというイメージが強すぎて損をしている。プレミアムチリワインは世界のどんな高級ワインにも比肩しうる偉大なワインだ。

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写真は、中でも優れていたもの。こうして久しぶりに飲むと、第2カテゴリーの代表たるドン・メルチョー、カサ・レアル、レ・ディスが、数多あるチリのカベルネの中でいかに傑出しているかが分かる。それぞれ、悠揚とした風格、繊細なディテールとミネラル感、ミニ・ラフィットとしか言いようのない高貴さが素晴らしい。今回は特にレ・ディスの作りの上手さと隙のない完成度に感銘を受けた。これで五千円とは安い。上質なカベルネを望むならまずはこれを買っておこう。

 

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注目は第3カテゴリー、マウレやイタタのパイス、カリニャン、サンソーだ。この話は何度もしてきたから皆さんにはお分かりいただいているはず。自根、無灌漑のナチュラルさは、それに一度気付くと他の作り込んだワインが飲めない。カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネ、ソーヴィニヨンと比べて、味に無理がなく、スムーズに広がり、ビビッド。なぜ大半の人はメジャー品種ワインを買うのか。メジャー品種名のみを記憶し、味わいや料理との相性を品種名と結びつけているからだ。記憶している十程度の品種のワインしか買おうとしない。マウレのカリニャンの栽培面積比率はたった1パーセント。シャルドネみたいな、マウレの産地アイデンティティ確立の上では正直重要ではない品種が7、ソーヴィニヨンが14。表層的ワイン教育がもたらす品種中心主義はこうして世界のワインを歪ませる。品種名を買うのではなく美味しく個性のあるワインを買え、というのはそんなにおかしな主張か?マウレのカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロがまずいとは言わないし(ちなみにカベルネ・フランはなかなか見込みあり。細やかで上品)、数多の北方灌漑徹底依存地域のアントレ・コルディヘラス地区より良いとは思うが、それでもパイス、カリニャン(写真中、VIGNOとラベルに書いてある)、サンソーとは比較にならない。

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マウレ地区は北のクリコ・ヴァレーと南のマウレ・ヴァレーに分かれる。細かい話は今はいい。マウレの生産者、イレーネ・パイパのセミナーでは、質問時間に大変に役に立つ情報が得られた。冬季降雨と土壌保水性のバランスが良く、灌漑なしで栽培ができ、灌漑以前の歴史的な土地のことを、チリではセカーノと呼ぶこと。そしてセカーノの中心となるエリアは、マウレ27834ヘクタール中5438ヘクタールを占めるカウケネスであること。つまり、無灌漑ワインが欲しければ、カウケネス村に行け、だ。相変わらず質問時間すべてを私が独占してしまった。皆さんマウレに興味がないのか?いまマウレ(イタタやビオビオも含むが)に興味がないならチリワインに興味がないと言うに等しい。

自分にとってチリ最上のワインはセカーノの道端で売っている農家製ピペーニョだ。パイパさんに、ピペーニョの残糖について聞くと、発酵途中で売るから発酵し続けて泡が出ると。それがいい、と私が言うと、怪訝な顔をされた。工業メンタリティから脱して自然な味わいの魅力に自ら気付かないと、そこにある宝石が泥にまみれたままになる。もったいない。

今回のおすすめは、コイレのイタタのサンソーとミュスカに、ブションのパイス・サルバヘ。いや、これらは何時もおすすめ。考えられないほど安くて美味しい!

 

2019.11.19

ハンガリーワイン試飲会

東京プリンスホテルで行われたハンガリーワイン試飲会。おすすめは写真のワイン。ケクフランコシュは当然素晴らしい。オーストリアのブラウフレンキッシュよりさらっと流す感じで、これはこれで魅力的だ。微甘口でソフトで、重心が低く、かつ火山性と石灰(ここには珍しく石灰がある)のミネラルを豊富に備えたハールシュレヴェリュは、特にその2400円という値段を思えば、特におすすめしたい。甘口は写真のエデーシュ・サモロドニの2016年(写真は2017。間違えた)が良い。デカンター97点は決してウソではない。生産者に値段を聞くと8414円(妙に半端な数字は、現地価格17900フォリントを換算したものだろう)。サモロドニでこの値段(輸入されたらいくらに?)とは高くなったものだが仕方ない。なんと言っても畑はガッチリしたベチェックと酸が軽やかで繊細なキライの二つの最上のクリュ。この組み合わせは最強だ。

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しかしハンガリーは他の産地と比べて若干進歩が遅くないだろうか?よく分からないカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロが多すぎる。テロワールのポテンシャルはローマ帝国だって知っていたのに、それが十全に生かされているとは言いがたい。テロワールだけではワインにならず、そこに正しい品種を植え、正しい造りをし、正しいマーケティングをして正しい顧客に届けねば、せっかくの偉大すぎるほど偉大なテロワールが無駄になる。例えばヴィラニーのカベルネ・フランが素晴らしいのは常識だ(今回ももっとプッシュすべきだと思った)が、この品種の歴史は聞けば最近のことらしく、それ以前はブレンドだったと。本当にボルドー品種の単一品種ワインでいいのだろうか。それが本当にハンガリーの赤ワインの未来を担うのか。東欧諸国はいまどこも大変に頑張っている。このままではハンガリーは置き去りにされる危険がある。そして相変わらず、トカイの甘口ばかりが目立つ。トカイの甘口がいいのは分かっているが、出品されていたアスーは24000円だった。市場は極めて小さい。そこだけにハンガリー全体の名声を依存させていいわけがない。知ってのとおり私は昔からフルミントファン、ブラウフレンキッシュファンだ。だからこそハンガリーの歩みの遅さにもどかしい思いをしている。

ボルドー、ユニオン・デ・グラン・クリュ、2016年ヴィンテージ試飲会

2016年はボルドーでは文句なく偉大な年。たぶん将来にわたって語られるだろうぐらい傑出したヴィンテージ。以下の解説を見てのとおりだ。

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しかしワインは二つに分かれる。垂直性、立体感、力感があるもの、ペタっと水平的でエネルギーの弱いもの。ほぼ全てのワインを飲んで、前者は以下の写真のもの。基本的に、写真のワイン(プラス、ランゴア・バルトン)中から選び、あとはアペラシオンと格付け相応だと思えば良し。

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高密度、堅牢、ダイナミックなヴィンテージであり、集中型。この年で偉大なワインを作れないならいつ作るのかと思うが、それでも多くはフラット、シンプル、高重心。守りに入って無難なワインを作っているシャトー、大企業病に罹患しているシャトー、いまだに農薬味のするシャトー、そして早摘みシャトー。特に近年の早摘み病は2016年のような暑い年にこそ顕著。しかし多くの人はそれを、エレガント、きれい、酸の白痴三語で褒める。彼ら彼女ら人間の顔をしたターミネーターの包囲の中、残された健全な味覚を持つ人類に告ぐ。今この三語を組み合わせて使う人がいたら敵だと思え。垂直性、立体感、拡張力、包容力、浸透力、躍動感、下半身の安定感といった言葉を使う人がいたら味方だ。しかし味方の数は極めて少ない。

簡単な結論を言えば、
ベスト赤 Durfort-Vivans
ベスト白 Carbonnieux
ベスト甘口 Bastard-Lamontagne
この三つは必ず買っておこう。ついにデメテール認証を取得したデュルフォール・ヴィヴァンスは圧倒的。

早摘みターミネーターはどのワイン産地にもいるが、ボルドーにはもうひとつの巨大な敵がいる。ケバい酒好きブランド主義者である。この異星人の集団にはMIBの武器が必要となるため専門家に退治をお願いしたい。この異星人は概して過去と現在の区別がつかないので、現在のボルドーが十年前とはいかに本質的なレベルが異なるかが認識出来ず、昔記憶したブランド名の消費のみに終始する退行主義者である。この本質的違いを生み出しているのが除草剤の廃止、オーガニック化であることは言うまでもない。あの薬くさいエッジ感、えぐみ、固さは、現在のボルドーでは激減している。おかげで飲み口がよく、これだけ量を飲んでも気分が悪くならない。本来ボルドーは、テロワールから考えて、優しく温かくしっとりして馴染みのよい、ゆえに暮らしに寄り添うワインである。それを奇形化してボルドーが真価真髄を体現することを妨げているのは消費者の思い込み、押し付け、幻想である。ところがこの幻想が個人のアイデンティティの一部になっている以上、彼ら彼女らはなかなか幻想を振り切ろうとはしない。幻想を払拭したところにニルヴァーナがあるというのに!

入場した時に偶然、ボルドーのシャトー関係者と会ったので一緒に何種類かテイスティングした。その方の関係シャトーのワインを飲んで、どう思うか聞いてみた。「これではだめです」。「水平的で立体感がないのが分かるでしょう。こんなことでは恥ずかしい」。「それは分かっていて今テコ入れしています」。「しかし何をテコ入れするかが問題だ。理想の味のビジョンがなければ向上できない。ワインは建築であって、最終的な建築のためにそれぞれふさわしい要素がある。よいパーツを作ってそれらを組み合わせたらよい建築になるのか?既にパーツの質はよい。最大の問題はビジョンの欠如だ」。有名シャトーのワインを有名だからだと言ってヨイショしていないで、ダメなところをどうすればよくできるか考えて欲しい。毎度のことだが、彼ら彼女ら何百万人の専門家、ワイン通は、分かっているのに、なぜ言わない?そこに愛はあるんか?おかみさん!

それにしてもこの試飲会は大変に人気。600人限定、招待客向け。もちろん招待されていなかったのだが、オーガナイザーの方を知っていたのでお願いして入れてもらった。ありがたい。

イタリア、スローワイン試飲会

今年はなんでこんなにイタリアワイン試飲会があるのか。一回に何十人が来日し、それが毎月あるのだから、集合イベントと個別イベント合わせてゆうに年間千回のイベントか。今の日本はイタリアワインが売れて仕方ないようだから、彼らもますます積極的になる。いいことだ。数万、数十万種類の選択肢がある。ただし三千の品種と数え切れないアペラシオンとヴィンテージと造りを理解して日本に溢れる数万のイタリアワインから最適なワインを適材適所で選ぶには、ひたすら試飲し、何十年間も勉強するしかない。だからワインは楽しい!

今日はスローワインとイル・ヴィーニ・デル・ピエモンテ共催の試飲会が表参道ザ・ストリングスで行なわれた。ただ美味しいだけでなく、環境、歴史文化、伝統といった価値を重視したワインを選びのがスローワインだから、出展60余ワイナリーの多くはオーガニックかそれに準ずる栽培。結果として、通常の試飲会を遥かに上回る平均品質。彼らの選択眼は基本的に正しい。

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百本近くをテイスティングして特に印象的だったワインが写真のもの。なぜかトスカーナのレベルが低い。たくさん出品されていたが多くは早摘み味。中で最も印象的だったのはリエチネ。昔のボルドースタイルから随分と変わり、とてもナチュラル。エノロゴのカルロ・フェリーニがいない間に醸造責任者がのびのび作ったリエチネ・ディ・リエチネは、技術的な未熟さ(VAの多さ)はあるものの、ワイン自体の自由なエネルギーを発露させるままにする方向性は正しい。カルロが戻ってこれからどうなるか楽しみだ。

 

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写真のバローロ二本は、それぞれのクリュの個性がよくわかる。フンワリした表層の滑らかさ、優しさの中にがっしりしたダークなパワーと鉄っぽさを秘めるAurelio Aettimoのロッケ・デッラヌンツィアータ、かっちりと滲みのない構成と疎密のむらのない充実度のスタイリッシュなFranco Conternoのブッシア。ロッケ・デッラヌンツィアータを最後に飲んだのは十年近く前、ブッシアは五年前だが、テロワールが変わるわけではないのだから、記憶の中の味わいと当然ながらそっくりだった。いつかピエモンテでのバローロの試飲会には行ってみたいものだ。もちろんバローロもいいが、値段の大差を考えると、Anna Maria AbbonaのLanghe Nebbioloが特に気に入った。チャーミングな赤系果実と花の香りにまろやかな酸。ふわっとした広がりがいい。バローロは、というか多くの樽熟成ワインは内向きの力が強くなりすぎてスケール感・気配の広がり感が出ない。

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プロセッコはValdobbiadeneのBorgoluce、ConeglianoのBaldi、AsoloのCase Paolinがそれぞれの土地のキャラクター、つまりすっきりとした垂直性と流れのよどみのなさ、ふくよかな広がり感と適度な骨格、緊張感のある硬質なミネラルと酸、といった個性を大変によく表現している。ワインだけで飲んでいると、個人的にはAsoloの拒絶的なかっこよさが結構好きだが、これだけの硬質さに対しては砂肝の焼き鳥以外、正直なんの役に立てればいいのかは悩む。プロセッコが通常登場する文脈においては、つまり前菜、つまみ系の小ポーションの比較的柔らかい料理に対してはConeglianoが一番適合性があるだろう。Baldiは今年からオーガニック認証がおりる、注目の生産者だ。畑は斜面。そこがポイントだ。それにしてもプロセッコは、プロセッコという名前にあぐらをかいたワインが多すぎて困る。本来は実に繊細で上品で細やかなディティールのあるワインだが、農薬に依存していてはディティールが出てこないからただの軽い泡でしかなくなる。オーガニックであることは前提だ(BorgoluceとCase Paolinはオーガニック)。

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フリウリではコッリオのRobert Princicのマルヴァージアがよかった。というか、最近マルヴァージアの出来がどこでもよい。昔はこの品種は不愛想で固くて本来備えている華がなかなか出てこなかったが、地球温暖化ゆえによく熟すようになったのか、以前よりふくよかさが出てきて酸のバランスも向上。それでもアルコールはフリウラーノのようには高くならない。

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エミリア・ロマーニャではCantina della VoltaのLambrusco di Sorbara Trentasei 2014のビビッドな酸とミネラルを軸とした精悍な辛口の味わいが気に入った。そしてI Sabbioniのベーシックなステンレス熟成のサンジョベーゼ、I Voli Dei Gruccioni 2016。ワイナリー名から分かるとおり、砂質土壌。しなやかでチャーミングで軽やか。飲んだ瞬間、「ああ、ロマーニャのサンジョベーゼ!なんとスムースで上品な味!」と言うと、オーナーの女性は「でしょう?トスカーナとは違うでしょう?」と。その通りであって、トスカーナ=サンジョベーゼであってもサンジョベーゼ=トスカーナでは決してない。LurettaのGutturnio Superiore 2016も素晴らしい。バルベーラとボナルダのブレンドであるこのDOCのワインは、単体で飲んでいるとやたらにごつく感じる。バルベーラは酸が強いし、ボナルダはタンニンの粒が大きい。オーナーは「Gutturnioを知っているのか、小さなDOCだし無名だ」と言うから、「大好きですよ。行ったこともあります」と言うと、オーナーは「それは珍しい」。「このワインのよさは、単体だとワイルドなのですが、脂肪の多い食品と合わせるとこのごつさが脂肪と噛み合わさっておいしくなること。イタリアワインは料理が分からないと理解できない」。「それがイタリアワインだ。Gutturnioはサラミやチーズと合わせるワインだし、それを前提としている」。

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プーリアのAmastuolaのPrimitivo Lamarossa 2015 は、よいテロワールの味がするプリミティーヴォ。この品種がジャミーでシンプルと思ったら間違い。ここは石灰岩の山のふもとで、ワインはしっかり石灰の味がする。

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アブルッツォはValori、Tenuta Masiangelo両者ともにモンテプルチアーノもいいが、さらにペコリーノがよかった。ペコリーノは魚料理には必須。酸っぱすぎず、適度なグラもあるから、脂ののった日本の魚にはぴったりだろう。正直、昔はペコリーノの表層性が好きではなかった。というか、マルケで成功したからアブルッツォに移入された、ある意味で外来種だから、ワインに深みが欠如していた。今では落としどころが分かってきたようだ。

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シチリアのTenuta di CastellaroのNero Ossidianoはコリント・ネーロ品種の赤ワイン。黒系果実と黒系スパイスの香りで、タンニンは強いもののまろやかで、質感に厚みがあり、けっこう神経質さのあるネロ・ダヴォラやネレッロ・マスカレーゼよりアジア的寛容さがあって親しみやすい。ギリシャやトルコにもある品種だが、追求する価値がある。

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今回のベストを選ぶなら、ピエモンテ、La Colomberaのティモラッソ品種のワイン、Il Montino 2017だ。イタリアの白はすっきりさっぱり固いものが多く、重厚な冬のメインディッシュ向きではないが、これはリッチで腰が落ち着いて、熟成チーズやクリーム系ソースの料理向き。シャルドネと似たところもあり、しかしシャルドネより親しみがあって香りが華やか。もっと知られるべきワインだ。

 

2019.11.18

ピーロート・ル・グランド・テイスティング

六本木で行われたピーロートの大試飲会。数えきれないほどのワイン、それもピーロートらしく相当に高額の有名ワインばかり。来日生産者多数。こんなイベントを単独企業で出来るところが他にあるかと思う。昨年の入場者数は6000名超と聞いた。

好みのワイン、ベストはジェラール・ベルトランのクロ・ド・ラ2016と、デスパーニュのジロラット2015。しかしそれは自画自賛以外のなにものでもないから、言っていいものかどうか。クロ・ド・ラは自分も関わっているし、ジロラットも2015年からは自分のアイデアを取り入れているからだ。クロ・ド・ラ2016年は相変わらずのパワー感と濃密さと垂直性。2016年は暑いだけではなく渇水が厳しかった年で、そういう天候に強い、というかそれを喜ぶカリニャン品種を主軸としている。だからワインの味わいはタンニンが強く、骨太、ワイルドで、熟成は必須。これは赤身の牛肉のステーキ用のワインだ。

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ジロラットは2015年からはカベルネ・フランを15%ブレンド。長年ティボー・デスパーニュさんに「メルロ100%は間違い。カベルネ・フランは酸、香り、キメ細かさ、伸びやかさ、上品さのためには必須」と会うたびに言い続け、ついに2015年には私好みの味に。「田中さんの言うとおりにしたらおいしくなった。このワインを初めて作った時と比べて時代が変わったし、自分もワインにエレガンスを求めるようになった」と。私の考えを理解してもらうのに10年もかかった!それに比べて自分がブレンドに関わっていないベルトランのシガリュスも、デスパーニュのモン・ペラも水平的。シガリュスはそういう畑のキャラクターだから、それにあの普通の飲みやすさを好む人もいるから、私はあれこれ言う気はないが、モン・ペラは現状ではいかん。痩せていて下半身が弱く、青く、リズムやビビッドさやうま味に欠ける。どうすればよくなるかについて延々と話していた。モン・ペラの評価は高いが、皆さん現状の味でいいと思っているのだろうか。もちろんまずくはないが、彼らの畑と彼らの技術をもってすれば、この程度で満足していてはいけない。私のような普通の人にも分かるレベルなのだから、必ずやプロなら分かるはずだ、テロワールのポテンシャルが十全には表現されていないことが。そして何が問題なのかも。裏でごちゃごちゃ批判している暇があったら、ティボー・デスパーニュになぜ改善方法を伝えてあげないのか。ジロラットの白もセミヨン50%とソーヴィニヨン50%でいいわけがないではないか。飲めば適正比率はセミヨン53%、ソーヴィニヨン46.7%、ミュスカデル0.3%ぐらいだと常識で分かるだろう。ティボーは「ミュスカデルは酸が低いではないか」と言うから、「0・3%で総酸量に差など出ない。しかしごく少量でもミュスカデルはキメの細かさ、気品、香りの伸びを与える」と言った。今またデスパーニュにメールして、「やればできる。だからやれ」とはっぱをかけたところだ。

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ボルドーの有名シャトーの中では、ラフォリー・ペラゲイのセカンドワインの清涼感があって甘さが控えめな味が素晴らしい。グラン・ヴァンは、ラフォリー・ペラゲイに限らず、重すぎ、甘すぎだ。そしてドメーヌ・ド・シュヴァリエ赤の2014年の気品あふれる味わいと見事な垂直性と中心線の確かさと酸の細やかさ。「2014年は大傑作!」と興奮していると、オーナーは「このヴィンテージのドメーヌ・ド・シュヴァリエがいいと思う人はワイン通。普通の人は、世評が高いから2015年と2016年を褒めるが」。他のもろもろのボルドーは薄い、酸っぱい、弱い、スタティック。最近の早摘み傾向は本当にいやだ。グレート・ヴィンテージ=暑い年=高アルコール&低酸になる=早摘みする、という、せっかくのグレート・ヴィンテージを無にするような現代主流の考え方は間違いだ。今回はそこそこ熟成したヴィンテージのボルドーも多く出品されていた。困ったことに、それらがおいしいとは思えない。この十年のボルドーの進化は大きく、2005年といった高名なヴィンテージを飲んでも随分と昔の味(古きよき、ではなく、単に古いだけ)に感じてしまう。日本人は熟成に価値をおくが、最近のボルドーはすぐに飲んだほうがいいかもしれない。

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イタリアワインの中ではトスカーナのヴァルジャーノが秀逸。さすがビオディナミ。ダイナミズムが違う。アメリカワインの中では毎度毎度同じことを言っているが、セゲシオがいい。例によってドライ・クリークのジンファンデルはいいに決まっているが、今回はじめてアレグザンダー・ヴァレーのサンジョベーゼを飲み、その整って上品でかつ密度の高い味わいに感激した。カリフォルニアのサンジョベーゼは最近大変においしい。

2019.11.17

日本橋浜町ワインサロン講座 韓国料理とロワールワイン at 『ヨプの王豚塩焼』

今年行ったレストランの中でも特に気に入ったのが新橋の『ヨプの王豚塩焼』。味のフォーカスが決まっていて鮮烈で精悍。味に力があって上品で香りが伸びやか。そして野菜が多く、酸がしっかり。ロワール的洗練。だからここでロワールワインのマリアージュ講座を開催した。もやっとした小づくりで手をかけすぎた料理が嫌いだし、ワインに合わせにくい。こういう直截な料理とワインの組み合わせから生まれるエネルギーがいい。

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  ▲これらはソーミュールとアンジューのふたつの地域のシュナン・ブランとカベルネ・フランの個性を理解するには最適のワインだ。

 

アンジューとソーミュールのあいだで決定的に味の方向性が異なるというのが、ロワールワインの使いこなしの上では必須了解事項。多くの人は「ロワールのシュナン・ブラン」、「ロワールのカベルネ・フラン」とまとめてしまう。それがすべての誤解のもとだ。アンジューのシュナンとソーミュールのシュナンではまったく異なる。ひとつの料理にソーミュールのシュナンが合うとすれば、ソーミュールのカベルネ・フランでも合うのであって、アンジューのシュナンでは決してない。これは経験してみないとなかなか分からない。仮に誰かが「この料理にはロワールのシュナンが合う」と言ったなら、私はその人はロワールワインファンでもなんでもなく、勝手なイメージでものを言っているだけだと理解する。しかしアンジューとソーミュールには共通点もある。大西洋の影響はロワールを東にさかのぼってソーミュールまでは確実に感じられるため、ワインの味はやわらかく酸が穏やかでフルーティ。この店の料理には、より内陸の大陸性気候の影響が強くなる産地のワインは合わない。

ご参加の方に、韓国料理とロワールワインの組み合わせなんて絶対に思わない、と言われた。それは繊細で気品ある韓国料理に対する誤解だし、ロワール=ミュスカデ、シノン、ヴーヴレ、サンセール、だと思ってしまう日本独特のロワール観(ワインスクールの罪は大きい)の弊害である。

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キムチ、ナムル、熟成キムチ鶏鍋には重心上ですっきりしたソーミュール。そして看板料理である熟成岩中豚肩ロースのサムギョプサルには重心下でこってりしたアンジュー地区のワイン。ニコラ・ジョリーの堂々としてコクがあって重心が下のサヴニエール・レ・ヴュー・クロが最高の相性だった。丘の斜面上部にあるクーレ・ド・セランは重心が高めなことが多いが、斜面下のヴュー・クロは確実にどっしりした豚肉的味だ。どうやってニコラ・ジョリーのワインを使っていいか分からない人が多く、ニコラ・ジョリーという名前でワインを買うだけの人もいると思う。そういう人はこの店で試してほしい。私は食べながら、あまりにおいしくて話すことを忘れてしまいがちになった。今年のベストな相性のひとつだ。こういう経験ができるからワインは楽しいし、勉強のしがいがある!

ご参加くださった2名の方にもご満足いただけたはず。2名の方にしかこの素晴らしさを、またロワールの使いこなしについてお伝えできずに残念。来年またこの店で違う産地のワイン(たぶんブルゴーニュかオーストリア)をテーマに開催したいと思う。

ちなみにこの店は無化調。それが重要なのは言うまでもない。

ブラジル、サルトン社のワイン

チリ、アルゼンチン、オーストラリア、南アフリカ、ブラジル、ニュージーランド。南半球におけるワイン生産量順位。今日会ったブラジルを代表する巨大生産者、サルトンの輸出マネージャーからそう聞いた。私ならずとも、あれ、と思うだろう。ブラジルが5位を占めていることを。そんなワイン大国だったのか。更に驚くのは、日本がサルトンの第5位の輸出先なこと。いったいどこにそんな大量のブラジルワインがあるのか。聞けばミシュラン三つ星などの高級レストランらしい。既に先端的なソムリエはブラジルワインに重要な役割を与えているようだ。

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▲左がカンパンヤ・ガウシャ地区のタレント。右がセラ・ガウシャ地区のフラワーズ・ブランコ。

 

チリにはカルメネール、アルゼンチンにはマルベックというアイコン品種がある。固有品種があること自体は好ましいが、それがアイコンになるのは必ずしも良いことではない。とは言え簡便即席のコミュニケーション手段が求められる現代では商売にそれが必要なのは分かる。ブラジルにはそのようなアイコン品種はない。ゆえにスパークリングワインというスタイルをアイコン化しようとしているらしい。そしてサルトンはスパークリングワイン生産量の40%を担う。ブラジルでスパークリングワインとはイメージが湧かない。我々にとってブラジルはアマゾンであり、カーニバルであり、暑い国である。しかしワイン産地の中心、ブラジル最南リオ・グランデ・ド・スル地区は南緯30度と、オーストラリアや南アフリカの主要産地と同じ。さらに東北部セラ・ガウシャは標高650メートル。それならシャルドネやピノのスパークリングワインは可能だろう。

ひとつ重要な点は、年間降水量が1388ミリ(リオ・グランデ・ド・スル地区西南部カンパンヤ・ガウシャの数値)と多いことだ。ただし雨季は冬で、夏から秋にかけては乾燥している。新世界ワインの大半が灌漑している畑で出来ることを思えば、これは大きな差別点となる。無灌漑ならではの緻密な構造と、日本に匹敵する降水量ゆえのしっとり感のバランスがブラジルワインの個性のひとつだと言える。

サルトンのワインはどれも日本の権威あるコンペティションでゴールド、プラチナ、ダブルゴールド等々を受賞している。その中でサクラアワード2019ダブル・ゴールド受賞のボルドー系ブレンド(カベルネ・ソーヴィニヨン50、メルロ30、タナ20)、タレント(1万円)と、日本で飲もう最高のワイン2018で愛好家部門プラチナ受賞、専門家部門シルバー受賞のマルヴァージア・マスカットの等分ブレンド、フラワーズ・ブランコ(1900円)を試飲させていただいた。卓越した味覚を持つ方々が揃って絶賛するワインだから、私にとってもテイスティングの勉強になる。前者はカンパンヤ・ガウシャ産。ここは標高は低めで気温は高い砂質土壌の平地の畑ゆえ、赤ワイン生産の本拠地。いかにも砂質土壌の平地の個性。ブラジルだからシュラスコに合わせる赤ワイン、と言いたくなりそうだが、もちろん砂質の平地では塊肉に合わないので注意したい。同じことは多くのカリフォルニアやチリのワインにも該当することだが、日本ではイメージ先行で、ついつい皆新世界の赤ワインを見ると、焼いた肉に、と言ってしまう。しかしブラジルワインは特に、想像以上に繊細さを備えたワインである。

私は高級ワインの味に疎いせいか、安価なフラワーズ・ブランコが気に入った。畑はセラ・ガウシャを特徴づける玄武岩土壌の斜面。勢いのよい上昇力のある香り、はじけるようなミネラル感と酸、よどみのない流れ、余韻の長さと安定感。セラ・ガウシャがいかに優れたテロワールなのかが一目瞭然だ。暑苦しい過剰な華美さがない点、味のフォーカスが定まっている点、中心の垂直線が明快な点等々、美点は枚挙にいとまがない。特に夏に飲みたいワインとしてお勧めしたいし、レバノンやベトナムで見られるような、香りが強く酸がしっかりして粘りのない、重心の高い料理にぴったりだろう。

カンパンヤとセラを比較すれば、私からすれば後者が優れたテロワールに思える。しかしサルトンの高額赤ワインは前者の畑。不思議だ。なぜセラでプレミアム・ピノ・ノワール、プレミアム・シラー、プレミアム・ブラウフレンキッシュを造らないのだろうか。カンパンヤでは品質向上の余地はそれほど残っていないと思うが、セラのポテンシャルはまだ半分しか表現されていないはずだ。

物珍しい受け狙いワインとしてブラジルを見て欲しくない。これからは確実にブラジルワインは我々全員にとって重要な選択肢のひとつになる。

 

2019.11.15

プロワイン・チャイナ

11月12日から14日、上海で開催されたプロワイン・チャイナに行った。

悲しいかな、中国人を舐めたワインが集まっている。それは仕方ない。シャンパーニュのコーナーに大勢が群がり、グラスになみなみ注いで、会場整理係員に適量でと注意されている、という状況を見れば、来場者のレベルを想像するに難くない。飲んでも味も価値も分からない人にどういう仕掛けで商品を売るかの研究対象には好適だろう。自分にとってのメリットは、比較的空いていて、なおかつ来場者はあまり質問しないので、出展者からそれなりに話が聞けることだ。また、知らない人ばかりなので、人的影響を受けず、ニュートラルな状態を保ってテイスティング出来るのがいい。もちろん、優れたワインも多く出品されており、それらをここで取り上げる。

中国は食事がすさまじくおいしい。上海滞在中に訪れた店の写真をワイン記事のあいだに挿入しておく。

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初日午前の白眉は、写真のヴィノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノ。オーガニック栽培、畑の一部10ヘクタールでビオディナミ。安いほうのワイン、普通ならロッソ・ディ・モンテプルチアーノとして売られるキャンティ(広域キャンティDOCGに含まれるから)と、ベーシックなヴィノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノがいい。内陸部とはいえこのアペラシオンの近くには大きな湖があり、気候は水の影響を受けて穏やかで海洋性的。土壌は粘土質。酷暑や干ばつが危惧される昨今、このテロワール上の特性は優位性につながる。

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上級キュベは、よくある話で、樽が強すぎ、伸びやかさに欠ける。ビオディナミを一部取り入れていると言っても、全くその味はしない。「あなたはビオディナミを信じていないでしょう?信じなければ効きません」と言うと、「自分は無神論者だ。どうしてビオディナミを信じられようか」。単に技術として使っているビオディナミは、何もしないよりはいいかも知れないが、躍動感に欠ける。最後に人形に命を吹き込むのは人の力なのだろう。そこにいちぶの照れや躊躇でもあれば、感動のドラマも虚構の舞台劇にしかならない。

亜硫酸無添加の白とロゼも作る。これがまた、ナンチャッテワインだ。「世界中で亜硫酸無添加ワインのバクテリアのダイナミズムとでも言う味に対して熱狂する人がいる。オーガニックワイン生産者には亜硫酸無添加を期待される。だから作ってみて、それなりの発見はあったが、自分でこれが本当に好きかどうかは微妙だ」。この会話からだけで、亜硫酸無添加ワインにまつわる悲喜劇が伝わるだろう。手段と目的を転倒させ、総体的連関の中にある一要素のみを象徴化、物象化してそれを金の羊として崇める奇妙な宗教へと消費者を導くワインジャーナリストの罪は大きい。アンフォラ、オレンジワイン、亜硫酸無添加は、それを採用すればイケてると生産者は思われ、それについて書けば事情通だとジャーナリストは思われる、偶像崇拝の三大神像である。もちろん私はそれらを積極的に評価するが、それは目的・手段が噛み合い結果が伴う場合である。

ゆえにこの生産者は、邪心・野望・算盤・追随のない下級キュベ二本が美味しい。よい畑だし、知性教養技術に優れた生産者だからこその品質。残りのワインは、味が分からん人向けの儲け筋だから、現実的には必要なのはわかっている。生産者ではなくその状況を作っている人が問題なのだ。

 

□■労中路、湘陽蒸菜

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上海浦東、労中路。ちょっと近所を歩くだけで何十もの美味しそうな店が見つかる、異常なほどの食の集積地、上海。中で、ローカル感溢れる湘陽蒸菜という店に入った。いろいろな蒸籠蒸し料理を店頭で選ぶ。一品160円ぐらい。だいたい2品で十分。ご飯とスープ付き、おかわり自由。元から味の素なし。やたらオシャレな店の多い中、ここは昔の中国の雰囲気が残っていていい。なんといっても毛沢東の肖像がいまだに貼ってある。40年前にはどこにもあった。客層は写真のとおり。実に普通の店。味は素晴らしい。野菜が多いのもいい。そしてご飯自体が美味しい。直截な力強さ、迷いのなさ、無駄のなさ。なぜこの味が日本で出せないのか。いいかげんなのか、妥協的なのか、いじくりすぎなのか、ではなく、普通に普通をやって欲しい。やれば出来るのは知っている。やらない、ないしやれない理由が問題だ。

 

□■セルビアワイン

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国として一番印象的だったのはセルビア。写真のワインは掛け値なく素晴らしい。柔剛のペアをなすプロコヴッチとヴラナッチの両地場品種は、既に先端的な日本のワインファンの間では話題になっているようだが、確かにこれから大注目だと思う。こうした最新トレンド品種ワインはなかなか私は日本で試飲する機会がないので、上海に来るのはよい勉強になる。石灰岩土壌のワインはなんだかんだ言って美味しい。セルビアワインが、いや写真の熟成プラムリキュールさえも、こんなに美味しいとは知らなかった。明らかにハプスブルク系の味がする(実際にハプスブルク帝国領だった時期は短いが)ので、オーストリアファンには特に勧めたい。もちろんオーストリアファンがセルビアワインを手放しで賛美したくない気持ちは分かる。帝国が滅んだのは、皇太子を暗殺されたオーストリアがセルビアに戦線布告して第一次大戦が始まり、結局オーストリアが負けたからだ。それはともかく、南ドイツ、オーストリア、ハンガリー、スロバキア、スロベニア、セルビア、ブルガリア、ルーマニアのドナウ川流域ワイン産地は、「ドナウ川ワイン」の呼称でも登録して一緒にプロモーションして欲しい。東欧の小国がバラバラに活動していても良く分からずに埋没してしまう。

誰かに、どこのワインが好きか、と聞かれたら「ドナウ川ワイン」と答えたい。どの品種が好きかと聞かれたら、クラスノストップ、アレニ・ノワール、アレクサンドゥルーリといった黒海系と並んで、ブラウフレンキッシュやカダルカやプロコヴッチと答えたい。今どきピノ・ノワールなどと答えたら、どんな悪趣味かと誤解される。動物占い、星占い、血液型性格診断など、類型はせいぜい12種類までが限界だ。昔ならブドウ品種占いは、ピノ型、カベルネ型、シャルドネ型、リースリング型などのメジャー国際品種でこと足りた。いまや基本品種は数百ある。それでは占いは出来ない。つまり、単なる名詞としての品種名はコミュニケーションツールにならず、誰しもワイン系名詞の後には「そのココロは」という説明が必要となる。連帯の手段だったものが、手段の多様化の無限の進展により、連帯の役に立たなくなるという不合理。ゆえに多元的価値の表現は放棄され、たとえて言うならワイマール憲法下の議会は機能不全を起こし、唯一絶対へと帰依することで安心を得る。個人の個人性の強化が奨励される中での、一見矛盾するブランド信仰の進展。このまま5G、6Gになったら、私がいくらワインにビッグブラザーは要らないと言っても、華氏451度の前に無力であろう。その事態を防ぐ唯一の方法は、「そのココロは」を述べて他者に己を理解させる責任から逃避しないことだ。

 

□■南京東路、来来小籠

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なかなか味の素の入らない小籠包は見つからない。日本では久しく食べていない。上海でも基本、無理だ。その中でおすすめは、この蟹味噌入り小籠包のお店、来来小籠。見た目は周囲に何十軒とある飲食店と同じくなんの凄味もないが、これは美味しい。ありがちな臭み、脂っこさ、アクっぽさがなく、ピュアで上品。本場ならではの抜けがいい味だ。これで当分の間、味の記憶を呼び戻して満足できる。ちなみに通り過ぎる店一軒一軒無化調かどうかをチェックしてみると、だいたい一割くらいは大丈夫のようだ。味の素が調理段階で抜ける店を入れれば多分3、4割は大丈夫。日本より遥かにマシだ。

味の素なしかどうかは、店を見てメニュー写真を見れば相当程度分かる。この店も写真で分かった。それは意識すれば皆分かる。自分は修行が足りないので100パーセントの確率とはいかないが、この技がなければ上海も香港も東京も地獄だ。

 

□■中国ワイン

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当然ながら中国ワインは充実。数十もの中国ワインが飲めて良かった。よくもまあこんな短期間でここまでの品質になったと感心するが、総括的には、正直、感動感激からは遠い。カベルネやメルロのインダストリアルワインばかりで、フラットでシンプル。チリのように安いならまだしも、意外と高い。瓶は重い。素人だまし。

あるドイツの生産者が言っていた、「中国のリースリングは自分のリースリングの値段の十倍もする。飲んでみたが、ひどい。なんでだ」。「ワインの価格は内容で決まるわけではないことぐらい分かっているでしょう。多くの人にとってワインは象徴価値が大事なのですよ。特に中国では。ワインの根本的な問題です」。「ああ、それは分かっているが・・・」。「まずいものはまずい、そう言いたくなりますよね」。

話題の産地、200軒ほどのワイナリーがひしめく寧夏のワインは特に金の匂いばかりがする〝上質〟インダストリアルワインの典型。細かいタンニンやきれいな香りやスッキリした酸だけではグラン・ヴァンにはなれない。垂直性、ダイナミズム、余韻はどうした?自根のはずだが自根っぽくない。灌漑味が強すぎる。日本ではみなヨイショしすぎているのではないだろうか。概して成功している品種はマルスラン。プティシラーも良さそうだ。ならばカリニャン、グルナッシュ、サンソーのブレンドを作るべき。ボルドー品種を砂漠で栽培するのは、ワシントンもそうだが、やめた方がいい。本当のポテンシャルがどの程度か理解するためには、樹齢が高くなるのを気長に待とう。危惧すべきは2016年3月1日に発効した、既に日本でもよく知られた寧夏賀蘭山東麓葡萄酒産区列級酒庄評定管理方法だ。つまり1級から5級の生産者格付け。フェイクワインの生産者に対する制裁であるとか、衛生であるとか、エステートボトリングであるとか、常識的なところは納得できるとしても、葡萄園単元内単品种純度在90%以上という規定は、混植混醸サポーターとしては当然反発したいし、毎畝(ムー、中国の面積単位)500公斤至800公斤という収量は多すぎるし、なんといってもおかしいのは、主体建築具有特色和鮮明的地域特点、幷有旅遊休閑効能、という規定だ。それとワインの質となんの関係があるというのか。豪華なレストランや超高級ホテルを併設し、チリのアルマヴィーヴァやヴィックのような建築にすれば格付けが上がるということだ。ようは大富豪の趣味の世界を賞揚する格付けだ。格付けはテロワールに対するものでなければならない。彼らは根本的に、偉大なフランスの格付け制度の本質を誤解している。もっと誠実に自然と向き合ったワイン造りをしてほしい。アジア諸国で尊敬を集める日本のワイン専門家の方々にもたぶんこの格付けを制定する以前に内々に相談があったことだろう。なぜ彼ら彼女らは正しく指導しなかったのだろうか。ワイナリーを格付けするのではなく、ワインを格付けせよ、と。中国は近いうちに世界最大のワイン生産国になる。ワインといえば中国が基準になる日が来れば、中国のワイン規定、ワイン思想が世界標準になっていく。100年後にはよいワインの定義が、豪華な宿泊飲食施設のあるワイナリーのワイン、ということになって本当にいいと思っているのか。

今回印象的だったのは河北省のワイン。降水量は500程度だからより自然な味がする。寧夏と河北は、つまりアコンカグアとマウレとどちらがいいか、という話と同じだ。赤なら鳥丁酒庄の蛇龍珠品種、白なら朗格斯酒荘の阿拉奈弥品種が良かった。後者は調べてみるとオーストリアのスワロフスキーの所有でオーガニックとか。なるほど私好み。河北の穏やかさ・優しさと強さの塩梅がいい。山東だと優しさに傾き過ぎるかも知れないが、それでもこれみよがしな寧夏のワインよりは全般に好ましく感じる。

欲しいと思ったのは新疆の蒲昌酒荘のルカツィテリ・ウェルシュリースリング・ブレンドと樽発酵マスカット。堂々として個性がはっきり。まさにシルクロード的。これが今回のベスト中国ワインだ。

 

交通大学、圓苑

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上海西部にある上海料理の名店、圓苑は元から無化調。見事なフォーカス、密度、淀みない力強さと、抜けの良さ。金牌煮干糸、脆皮小乳鴨、紅焼肉と、完璧な上海料理。こんなに美味しいローストダックは初めて。これで88元(1500円)安い!上海に行ったら是非。地下鉄駅からは少々歩くが、店の周囲は旧租界の面影を残し、雰囲気もよい。ああ、どうしてこういう味が日本では出せないのか。今どき何百万人の日本人が上海で本場の味を経験しているというのに。それは上海料理に限らず、トスカーナ料理だろうがプロヴァンス料理だろうが同じだが。私は食へのこだわりがあまりない人間だから、レストランへの要求は最低限(無化調ぐらい)でしかない。それでもここの料理と日本の中国料理の巨大過ぎるほど巨大な違いは分かる。日本の何百万人もの食通は何をしているのか。もっと厳しい指導を日本のレストランに対してして欲しい。

 

□■ロシアワイン

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ロシア西端、クラスノダール地区のワイナリーが集まってのプレゼンテーション。写真のブルニエは今回のプロワインで最も印象的なワインのひとつ。眠れる黒海ワイン産地の大国ロシアがついに数千年の歴史の底力を見せ始めた感がある。

クラスノダールの年平均気温は12.1度、日照時間は2141時間、年間降水量735ミリと、ブドウ栽培にはぴったり。しっとりしてキメ細かく姿形が整っている。いかにもよいテロワールの味。畑は石灰岩土壌。それがいい。黒海沿岸だと多くは土ワインだし、岩ワインだとジョージアのイメレティやアルメニアのように火山性土壌が多い。石灰岩となるとジョージアのラチャやルーマニアのトランシルバニアのように完全に山ワイン。つまり海ワインかつ石灰岩の組み合わせは希少だ。

中でも地場品種クラスノストップのワインがしなやかさと緊密な構造を備えて見事。今意識の高いワインファンが注目しているクラスノストップを初めて飲めて良かった。そのためにこうして上海に来ているのだ。海かつ石灰岩だから、カベルネフランもよく、ソーミュール的ないしサンテミリオン的で大変に上品。しかし日本で売るなら5000円になるだろう。ロシア屈指の高級な味だと思えばそんなものだが。

もう一軒のワイナリーでもクラスノストップブレンドが一番よい。クラスノダールのクラスノストップと覚えておこう。しかし次から次へと話題の品種、注目の品種が登場し、覚えるのが大変だ。プロの方々はどうやって記憶出来るのだろう。

 

 

□■プロワイン会場、新王餐庁

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幕張だろうがお台場だろうが、展示会会場にまともな飲食店などないのが日本。しかし上海では大変に充実。高級店数軒はすべて予約で満席。カジュアルな大食堂、新王餐庁に入ったが、これがまた美味しい。生炒水東斉菜、清湯牛雑、家常小黄魚、古老肉、五香肉丁炒飯と、どれもしっかりした料理。迷いがなく、ストレートで、安定している。もちろん無化調可。商談系高級店のほうと違い、こちらは試飲会に来る若い人たちも客層。ファミレス的なこんな普通の店でこの品質を出してしまう料理文化の高さ。世界中でこんなにレベルの高い国はあるだろうか。それにしても、久しぶりに上海で本場の酢豚を食べて感激。40年前に上海の外灘にある和平飯店で本場の酢豚を初めて食べて衝撃を受けた。あの時と同じ、独特の軽やかでカリッとした質感とピュアな味。そしてコロッと丸い形。この形でなければ品の良い味にならない。表面積最小にしないから、日本の多くの酢豚は肉の味が消えてしつこいソースの味ばかりになる。

 

□■カリフォルニア

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あれこれ飲んでもジンファンデルのみが美味しい。他品種は下方垂直性弱く、上滑りするし、シンプル。それは毎度のことだ。根がしっかり地下深くまで食い込んでいる味は、試飲した限りではジンファンデルだけにしか見られない。古木の優位性は明らか。そして安い。いや、カベルネやピノが高すぎるとも言える。しかし日本でカリフォルニアワインというと、カベルネ、ピノ、シャルドネばかりだ。

昔から好きなセゲシオとクラインはここでもやはり最高。飲んでいて安心。大地の力を感じる。十数年ぶりにガロのワインを飲んだ。創業者アーネスト・ガロが亡くなって以降初めて。ガロはあまりに巨大な企業だし、ワインファンが食指を伸ばす気にはならない商品が多くて、飲む前から敬遠しがち。ひたすら他ブランドを買収している話しか聞かないし、昔お世話になったあのワイナリーもこのワイナリーも今では皆ガロ傘下みたいな状況に好感など持てるはずもない。しかしシグネチャー・シリーズのジンファンデルは、ガロが造るこの品種のフラッグシップ・自社畑ワインだけあり、さすがの完成度。同シリーズのカベルネより遥かに良い。畑はステファニー・ヴィンヤード。昔行ったことがある。誰と一緒だったか?あのアーネスト・ガロだ!確かに良い畑だった。思い出を語っているとキリがない。とにかくこの作品は、緻密・流麗・豊満と、嫌いになりようのない味。ドライ・クリークならではの整った姿。というか、昔より凹凸疎密のない洗練された味になった。甘い醤油味の上海料理にぴったりなワインを会場で試飲した数百本のワインの中から選ぶとすれば、これだ。

しかし日本では最近ガロのプレミアムワインを見かけない。今のままでは、なくともいいワインだろう。誰があえてガロの高いワインを買いたいか。買うべき強い理由が欲しい。ここは、自社畑高級ワインをビオディナミにするぐらいの思い切った決断が必要だ。最高に良く出来たインダストリアルワインではもはやダメなのだ。誰かジーナ・ガロに助言してくれ!日本には彼女の心を動かせる人はたくさんいるはずだ。世界最大のワイナリーがビオディナミに舵を切ったらその影響は巨大なのだから!

 

□■浦電路、和記小菜

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宿の近くの街角で良い気配が向こうのビルの6階から漂ってきたので入ってみた。無化調可能の雰囲気が伝わってきた。ローカルな人気店のようだ。

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干糸、清炒&油爆河蝦、向油鱔湖、ブロッコリー。ここも力強く、揺るぎがない、輪郭骨格共にはっきりした、堂々とした味。濃密だがしつこくないのがすごい。しかし誰もワインを飲んでいない。それはこの店に限らない。こんな状況だとは思わなかった。これではワイン文化どころではない。

上海料理に合うワインとは何か。いろいろ食べた後だから、そろそろ考えねばならない。ワインに興味がある者なら、世界の料理と世界のワインの組み合わせに対してそれなりの見識がなければおかしい。だから機会あるごとに考察していかねば、一生は短い。もちろん総論としての相性など存在しないとはいえ、醤油ベース、粘性、パワー、甘さ、強さ、酸の弱さ、柔らかさを考えるなら、まず念頭に浮かぶのはマクラーレン・ヴェールなどのSA海沿い産地のGSMあたりか。ひとつひとつの産地を頭の中で合わせて行くのは楽しい。現実的に一本で複数料理に合わせる必要がある以上、複数品種ワインが優先的に選ばれる。もちろんラングドックの海沿い上質ワイン(ラ・クラープやグレ・ド・モンペリエ)は特に肉料理にフォーカスするなら必須だ。魚が多いならば南ローヌの土系ワイン(シャトーヌフやケランヌ)。ボルドーは料理の値段との釣り合いを考慮すると、安価なものは弱すぎる。しかしメルロ主体のコート・ド・ブールやカディヤック・コート・ド・ボルドーの上質なワインは良さそうだ。料理の気品と洗練度を思うとワインは相当なレベルでないといけないだろう。

ひとつ重要なポイントは、上海の中国料理は日本の中国料理より重心が高いこと。豚肉でさえ、日本ほどは下に行かない。それだけではない。例えば代表的上海料理の、松鼠魚、清炒蝦仁、蟹肉豆腐を考えてみよう。日本ではイシモチ、芝海老、ズワイガニを使うだろうが、上海では黄魚、川エビ、上海蟹だ。つまり海と淡水の違い。淡水の魚介は重心が上だ。ゆえに、何々という料理に何々というワインが合う、という巷に溢れる表現は、上海の上海料理の話か日本の上海料理の話かによって大きく異なる。だいたい食通やコアなワインファンが清炒蝦仁と言った場合、日本の芝エビなど眼中にない。その料理が食べたければ上海に行くからだ。つまり我々のような一般人は、ソムリエなどプロが清炒蝦仁にはフリウリのピノ・ビアンコが合うと言った場合(実際何度も聞いたことがある)、彼らが前提としている本場の川エビを日本の芝エビの味に変換して意味を正しく解釈しなければならない。とすると、ピノ・ビアンコの重心下バージョンの味は何か、と考える。ピノ・グリージョではもちろんない。重心が下になる白品種の多くは、シャルドネ、ピノ・グリ、グルナッシュ・グリ、クレーレット、ブールブーランク、フェテアスカ・レガーラなど、質感が粗いからエビに合わない。ないし黄色系の風味で違和感がある。白っぽい風味で重心下ならフリウラーノやヴェルメティーノというのが順当な翻訳であろう。しかしどの産地か。コッリオのようなスケール感はいらない。そもそもエビには岩ワインではない。ならばイソンツォか。ヴェルメンティーノであってもごついガッルーラではない。たぶんルッカやピサ周辺の砂地だろう。こうした翻訳を適切に出来るようになるためには相当な努力が必要だ。私も今回上海で食べて、何故清炒蝦仁にピノ・ビアンコが合うと言う人が多いのかよくわかった。それはもちろん上海料理の清炒蝦仁に限ったことではない。

毎度のことだが、複数品種ワインの方が役に立つのに、それは少数派。単一品種ワインがはびこる現状を改めないと、飲むべきワインがなさ過ぎる。中国ワインも悪しき単一品種信仰に毒されてどれもこれも単一品種。ないし上海料理っぽくないカベルネ主体ブレンド。困ったものだ。バロッサに行った時、中国でGSMが売れていると聞いた。むしろ消費者は良くわかっているではないか。

 

□■オーストリアワイン

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農薬過多ワインが続くと、口直しにはオーストリアワインブースに行くのが一番。世界のオーガニックワインのリーダーだけあって、基本的にどれも農薬味がしない。そしてピシッと目が醒めるような鮮やかさ。世界中のワインを飲むと、オーストリアの明確な個性がますます明らかになる。

印象的だったのは、南スティリア、サウザルのWohlmuthのリースリングRied Edelschuh。オーストリアワイン通には当たり前と言われる名ワイン(ヴァッハウ絶対主義の日本は除く)。標高の高いシストの急斜面。まずくなりようがない、オーストリア最上のリースリング畑のひとつ。昔から評価してきたが、近年は栽培がナチュラルになってますます素晴らしい。出来るなら常に家に置いておきたい、自分にとってオーストリア・リースリングの基本ワインだ。

ユルチッチのオレンジワイン、ベレナチュレレは、オーストリアのオレンジワインとして傑出した出来。日本でよくこのワインの話は聞くし、既に現代オーストリアワインの代表格の地位を日本のワインファンの間で確立している作品だが、今回初めて試飲することが出来た。十数年ぶりに会った当主アルヴィン曰く、「あまりにマセラシオンが長いとカンプタルのテロワールの個性が失われてしまうので、2週間のマセラシオン」。このセンスがいい。うまみや構造が増しても味の濁りや必要以上のフェノール風味は感じられず、オーストリアらしい抜けのよさがきちんとある。2018年らしい積極的な表現力も効果的。余韻も長いが、それも当然で、ブドウ畑はさりげなくもエアステ・ラーゲ。シュタインマッスルやロイザーベルクの標高の高いところだと言う。やはりよい畑だと造りの手法の選択の幅が広がる、つまり底力があるのだ。一般にオレンジワインの出来不出来は激しいが、ようはグラン・クリュの畑、オーガニック、センスと技術に優れた生産者の三者が揃えば美味しくなる打率は相当に高まるということの証明のようなワインだ。

 

□■南京東路、順風港湾

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プロワイン会場からの帰り道、繁華街である南京東路駅で降り、地上に出たところで周囲を見渡し、気配の良さが店舗看板から感じられる店をチェック。味が棒になっているから歩きたくない。向かいにあるファッション系ビルの上にある順風港湾に決めた。普通の大手系だろうが、もちろん味の素っぽくない気が出ていたからだ。

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白斬鶏、松茸海参湯、蟹肉豆腐。料理は高級だが客層は相変わらずファミレス的。白斬鶏の力強さ、ナマコの驚異的な純粋さとフォーカス、上海蟹を使った蟹肉豆腐のまったりさと内的密度・集中力の両立が素晴らしい。なんでこんな店でこんな料理が作れるのか!

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私は中国語が出来ないので、無化調と確実にオーダーするためには、写真のように、自分でメモに書いて渡す。ご覧のように店側の注文票にもちゃんとそれが反映されているから確認出来る。つまり無化調にするシステムが店側にできているということ。日本のように無化調を希望する客がいない国ではそもそもオーダーシステムに無化調キーなどない。とにかく上海で美味しいものを食べようと思ったら、元から無化調の店を探し当てるか、出来そうな気配の店を選んで無化調としっかり伝えるか。一軒でも失敗したら味覚が狂ってワインテイスティングどころではなくなり全て棒に振ってしまう。グルメ系サイトを適当に見て適当に入ってオーダーするようなやる気のない受身姿勢では至福の食体験には出会えない。

 

□■ドイツワイン

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ドイツワインは相当積極的。DWIアジア担当によれば、「今まで輸出の24パーセントをアメリカ市場に依存していたが、ドイツに対する25パーセントの新規関税のせいで減少は確実。だから中国市場に注力する。これは政治の問題で我々にはどうしようもない」。

いろいろ試飲したが、2017年も2018年もリースリングはパッとしない。特にラインガウは厳しいと思った。全体的にラインガウは昔より緩く、フラットで、小さくないか?早摘み系GGはつまらない味だ。アウグスト・ケスラーのシュペートブルグンダーの驚異的な品質を見よ。GG畑のブレンド、ある意味セカンドワインであるキュベ・マックスが私の好きなワインだと、訪問したのは10年近く前なのに覚えていてくれた。10年前より軽やかで滑らか。樽も馴染みがよくなり、素晴らしい。ドイツのピノはゴリ押ししては気品が伝わりにくい。今のケスラーは以前に増して秀逸なワインだ。あるファルツの著名生産者に、「この畑はどう考えてもブルゴーニュ品種向きでしょう?実際そっちの方が美味しい。このGGリースリングは悪くはないが、あなたのヴァイスブルグンダーやシュペートブルグンダーと比べたら・・・」と言うと、「まあそうなんだけど、皆ドイツ=リースリングだと思っているし・・・」。こういう状況がいつまで続くのか。ただそう頑迷な思い込みと押し付けから自由になれば、ドイツワインほどお買い得かつ楽しく多様なワインは滅多にないと分かるのに。バッサーマン・ヨーダンでも一番印象的だったのはベーシックなゲヴュルツトラミナー。溌剌として伸びやか。買いブドウでこの品質はすごい。聞けばブドウ農家はバッサーマンで修業した人たち。実家に戻ってワイナリーを継ぎ、一部のブドウを売ってくれる。ならば栽培も自社畑と同じだろう。このワイナリーのグーツワインは本当にお買い得だ。

モーゼルは強気のようだ。ピースポーター・ゴルトトロプシェンは完璧なプロポーション。まさに皆が思う典型的ドイツリースリング。生産者は「ここは他より地球温暖化の悪影響が少ない」。標高が高いし、その通りだろう。来場者に言葉が通じずに生産者はイライラしていた。通訳なしでは中国では厳しそうだ。畑はゴルトトロプシェンあちこちに分散し、標高が高いところと低いところのブレンド。それは大事なポイントだ。

ラインヘッセン北部の火山性土壌のエリアにあるSpiessは今回の発見。認証はないが実質的にオーガニックの味。気温が高い場所らしく、メルロが特に良い。ラインヘッセンでは私はザンクト・ラウレントが好きだと言うと、それも作っていると。出品はしていなかった。中国では時期尚早か。しかし狭矮な固定観念が形成される前に正しいドイツワイン像を提示するのは大事だ。特に品種多様性が魅力となるラインヘッセンにおいては。

 

□■中国向けジョージアワイン

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他の国ではあり得ないラベル。スターリンという名前のジョージアワイン。生産者に、なんだコリャ、と言うと、中国向けだと。スターリンをポジティブに評価する人が中国に多いのか。フルシチョフによる1956年のスターリン批判とそれ以降の毛沢東によるソビエト共産党の修正主義への批判を思えば、スターリン評価=毛沢東主義評価と理解すべきなのか。それは我々には困る。さらに言うなら、こうした権力者のシンボル化が、全権委任法以降ヒトラーと全ドイツを同一視したドイツの悲劇、文化大革命以降毛沢東を神格化した中国の悲劇に繋がっているのであり、中国でスターリンとは冗談にもならない。

百歩譲って、スターリンの故郷ゴリの生産者が郷土愛からスターリンというワイン名にしたというならまだ理解も出来る。しかしカヘティの生産者が、「これは中国向け、アメリカや日本向けならもちろん違う名前にする」という倫理も愛もないスタンスで安直に命名するようでは、中国人をバカにしているし、スターリンに蹂躙されたジョージアに対して顔向けができないし、スターリンに殺された何千万人に対して無慈悲だ。こういう悪しきあきんどメンタリティがワインの美しい世界を侵食するのがイヤだ。とにかくこの手の商売は好きになれないが、中身のワインそのものを純粋に評価して買えばいいとは思わない人、また自ら考え、ワインに向き合って評価する気もない人が沢山いるから、こうした商売が成り立つのだろう。だから常に、責任はワイン生産者ではなく、怠惰・無自覚ゆえにバカにされる消費者にある。歴史あるワイナリー、パラヴィーニのワインはスターリンの名前などに寄りかからずとも美味しいではないか。中国だけの話ではない。似たようなケースは日本には皆無か。

中甘口のサペラヴィを飲んでみた。美味しい。スターリンはこのタイプの赤ワインを飲んでいたのかと聞くと、当時ジョージアからクレムリンには大量の赤ワインが送られていたが、それがなんだったのか記録はない、と。よく、スターリンはフヴァンチカラが好きだったと聞く。その根拠は何なのだろう。ヤルタ会談でそれが出されたとも聞く。どこに記録があるのか。しかしスターリンが生まれた頃フヴァンチカラは既にジョージア最高の赤ワインとされていたようだから、最高のワインを最高権力者に届けるのは普通だろうし、クレムリンに赤ワインを送っていたなら、それは順当に考えてフヴァンチカラだったとは思う。しかしフヴァンチカラはサペラヴィではない。

ジョージアワイン人気が高まったせいで、クヴェヴリ地場品種=よい、ステンレス国際品種=わるい、という十年前の安直なジョージアワイン判別法は通用しない。いまやジョージアはインダストリアル・クヴェヴリワインが溢れる。それでも美味しいのがジョージアの恐るべきポテンシャルで、日本のチェーン回転寿司でも東欧の寿司より美味しいようなものだ。元祖には勝てない。私はブルガリアの変なチーズ寿司の高級店に行くならくら寿司に行く。チェーン店=インダストリアル=わるい=チーズ寿司の方がいい、という理屈にはならない。ともあれこうした展示会でのジョージアワインの質を見ると、日本のジョージアワイン輸入元がいかに優れたワインを販売しているかよく分かる。

 

『スウィート・ボルドー』のテイスティング・セミナー

ボルドーは伝統的に甘口ワインの産地である、と忘れてはいないか。1855年の格付けで最上位はイケムだと、一級は赤だけはないと。しかしソーテルヌとバルザックだけが甘口ではない。実は中甘口ワインの素晴らしい産地がいくつもある。私が好きなボルドー、ボルドーでしか得られない独特の個性の精華が、それら甘口マイナーアペラシオンである。しかし甘口は生産量の1%に過ぎず、積極的にPRしてこなかった(するだけのお金もなく、生産者もややあきらめ気味だった)。今回、彼らはスウィート・ボルドーと銘打って積極的な活動を始めた。これで少しは認知もされる。ボルドー中甘口ワインファンとして、こんなにうれしいことはない。

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甘口ワインは、特に極甘口であるソーテルヌやバルザック以外は、デザートワインという役割のみに終始するわけではない。食中酒としての個性。それが今回のイベントの主眼である。甘さは滑らかさ、流速の遅さである。ワインの甘さに対応する甘さが(同調的相性)、もしくは塩辛さが(対比的相性)が料理にあれば、スウィート・ボルドーは驚きに満ちた美食の満足をもたらす。

使いこなしにおける重要な着眼点は土壌である。砂礫質なのか、粘土石灰質なのか。これで質感、酸、重心が決まる。フォーカスが緩くソフトで酸が低く上方定位する前者と、その逆の(重心はそれほど下がらないのだが、相対的には)後者である。ボルドー・シューペリュール、グラーヴ・シューペリュールが前者の代表だし、サン・クロワ・デュ・モンとルーピアックが後者の典型といえる。

今回は一期一会的クリエイティブ和食との相性が提示されたが、毎度言うように、創作料理はその場では美味しいかも知れないが再現性がなく、一般家庭での応用につながらない。こんな豪華な会場でなくていいから普通の場所で普通の料理とどれほどスウィート・ボルドーが合うのかを証明して欲しかった。私は知っているからいいし、私の記事を読んでいる人も分かっているからいい。しかし会場を見渡すと一般誌の若い女性の記者多数。彼女らにはサン・クロワ・デュ・モン、セロン、ルーピアック、カディアック、プルミエール・コート・ド・ボルドー、コート・ド・ボルドー・サン・マケール等々それぞれがどういう一般的料理になぜ合うのかといった点をかみ砕いて伝えつつ実際に証明して見せないといけない。後日聞いたところでは、日本サイドではそう思っていたらしいが、フランスサイドでゴージャスにしたかったと。そういう発想そのものがかっこわるい。

2019.11.04

ルネサンス・デ・ザペラシオン試飲会

ビオディナミの伝道師ニコラ・ジョリーによって2001年に創設された、ビオディナミ生産者13か国230軒のグループ、ルネサンス・デ・ザペラシオン。このグループのメンバーであることは、いわばエリート・ビオディナミワイナリーの保証である。我々がビオディナミワインとはどういうものなのかを知りたければ、ないし優れたビオディナミワインを探しているならば、まっさきに思い浮かべねばならない名前が、ルネサンス・デ・ザペラシオンである。彼らが来日しての試飲会が201911月4日と5日に、201211月以来久しぶりに東京で行われた。

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この十年でビオディナミはすっかり日本のワイン界で定着した。しかしその本家筋ともいえるルネサンス・デ・ザペラシオンは他国では積極的にイベントを行ってきたというのに、日本からは遠ざかっていた。そのあいだに妙な自然派ワインがはびこり、ビオディナミに対する誤解が蔓延してしまった。前回の来日以来、私はサヴニエールで、またミュンヘン等で、5,6回ニコラ・ジョリーに会った。この問題について議論し、彼らが日本に来ることがいかに重要かを説いてきた。実現にあたっての難関は予算だった。イベント開催費用はグループにプールしてある資金から捻出するだけでなく、参加者も当然負担する。会場費等が高い日本に行くのは相当な出費だ。多くの生産者が二の足を踏んでいた。販売促進効果からして、すでに十分に売れているし、これ以上売るワインはないのだから、疑問だ。損益分岐点は40ワイナリーの参加だとニコラ・ジョリーは言っていたが、当初はそれも怪しかった。しかしニコラ・ジョリーが偶然出会った外務省関係者のつながりで、オーガニックワインが好きな在日フランス大使館サイドの責任者が、オーガニックのワインのイベントならば、と、格安で会場を提供してくれることになり、問題が解決した。

 

しかし代償もあった。それはセミナー用の個室の使用が一回分の時間しか許されなかったこと。そして大使館セキュリティー上の理由から入場者は最大400人と制限されたことだ。当初はイベント開催中、二日にわたっていろいろな角度から8回ほどのセミナーを行うはずだった。どのような内容がいいかは私が計画していた。午前から夕方はプロ向け、夕方から夜は一般向け、という計画も廃棄せざるを得ず、プロのみを対象とすることになった。400人というのは極めて少なく、参加者希望者は膨大だったらしいが、あっという間に定員に達してしまった。多くの人が参加できずに泣くことになった。いつどこでイベントを行うのかは、こうして相談にのってきたから相当前に分かっていたが、日本のオーガナイザーからは私のところに案内は来なかった。ニコラ・ジョリーの娘でありルネサンス・デ・ザペラシオンの事務局であるヴィルジニーに、「セミナーの通訳である私が入れなくてどうするのか」とメールして、やっと招待状をもらったぐらいだ。そのぐらい、限られた人しかこのイベントに参加できなかった。当初の目的は、多くの人に本当のビオディナミワインとはどういうものなのかを知らしめる、というものだったから、残念ではある。開催が告知されてすぐに申し込むような人はすでにルネサンス・デ・ザペラシオンを知っている。彼らのワインのファンでもある。その人たちに対して生産者がワインをふるまうだけではファンサービスでしかない。本当は知らない人に知らせるほうが大事なのだ。

 

とはいえ、開催を喜ぶべきだ。これだけ珠玉の名品ばかりが集まる試飲会も滅多にない。さすが、ルネサンス・デ・ザペラシオン。200本ほど飲んだ中でのベスト6と次点を下に載せる。エミディオ・ペぺは97年が最高。しかし五万を超える価格はちょっと、、、。写真の他にも秀作がありすぎて無理矢理感は否めないが。言わずもがなだからニコラ・ジョリーのクーレ・ド・セラン2017年は含めていない。スケール感、立体感、存在感がすごい。何度も言うが、2014年以降のクーレ・ド・セランは以前とは違う。それはこの試飲会でテイスティングした方々は分かったはず。ニコラ・ジョリーが言っている理屈とワインの味がきちんとリンクしている。なんだか分からないが結果はすごいというワインは数多くあれど、あれだけの理論体系を作ってそれを具現化しているという点が、1932年ワールドシリーズ第3戦のかのベーブ・ルースの予告ホームランのような意味で、またエスコフィエのように、別格的なのだ。

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今回の新発見は、ムノトー・サロンのレ・シャンドニエール。ノーマル版もいいが、写真のオー・スジェというアンフォラ・オレンジワインが凄すぎ。アンフォラとかオレンジワインとかの手段とスタイルが前面に出て完成度の低いワインが多い中で(ルネサンス・デ・ザペラシオンの中でさえ)、そういうことに全く気をとられずに純粋にワインの中に引き込まれていく。今まで飲んだムノトー・サロン中、段違いに最高だ。

 

サンソニエールに関して、いいニュースをラシーヌの合田さんから聞いた。フィロキセラのいない砂地の畑を買って、あの伝説的なヴィーニュ・フランセーズ・アン・フールを5年後に復活させるそうだ。2006年までのシスト土壌とは異なる味になるにしても、それでもアン・フールが存在するだけで、どれだけ世の中のためになることか。

 

ビオディナミだけの試飲会だから、ビオディナミであることは前提であって、通常の試飲会なら感じられる農薬ワインに対する差別点や、ビオディナミの優位性はない。とすると、生産者の能力とテロワールの比較になる。ルネサンス・デ・ザペラシオンのメンバーは能力に関する選抜を経ているわけで、ヘタな生産者は基本的にはいない。これが皮肉なところで、試飲会で浮かび上がるのは、ビオディナミでも生産者でもなく、グラン・クリュ(比喩的な意味も含めて)であるか否かなのだ。クーレ・ド・セランやサンソニエールやぺぺ、またアルテンベルグ・ド・ベルグビーテンやヘングストがなぜそんなに素晴らしいワインなのか。ようは、グラン・クリュだからだ。クーレ・ド・セランとサンソニエール(畑はボンヌゾー)のブースはロワール生産者コーナーにあり、周りはアンジュー、アンジュー村名付き、トゥーレーヌ村名付き。トゥーレーヌ村名付きワインとして素晴らしいというのと、絶対的に素晴らしいというのは違う。いかなる非グラン・クリュ・ロワールワインも、クーレ・ド・セランとボンヌゾーの前ではかすむ。

 

単純に消費者的立場から言えば、ルネサンス・デ・ザペラシオンのワインは、お買い得なグラン・クリュを買うのが一番満足度が高い、ということになる。この観点からしてお買い得おすすめワインは、やはりニコラ・ジョリー(ヴュー・クロで充分、サヴニエール自体がグラン・クリュだ)とサンソニエールである。

 

実のところ、いまひとつのワイナリーもなくはない。新世界のビオディナミワインは概して完成度が低い。某ワイナリーについて二コラ・ジョリーは私に意見を求めてきたから、「レベルが低い、本当のビオディナミの味がしない」と言ったら、「私もそう思う。来年もこの調子なら除名かも」と。除名しなければならないワイナリーを入れてしまう審査方法も問題だろう。おしなべてレベルが高いのはフランス。ルネサンス・デ・ザペラシオンはフランスの組織なのだと言えばそれまでだ。どうしてこうなるかといえば、コミュニケーション不足ゆえである。ようは国をまたいだ、ないし地域をまたいだ生産者同士の腹を割った意見交換がない。互助的な活動もない。本来ならビオディナミ運動は全体として高めあい、力を合わせて促進し、世の中に対して影響力をもっていかなければいかない。だからグループの全体会合では喧々諤々の議論がなされてしかるべきだがそうでもない。しかしあるラーメン店が他のラーメン店に秘訣を教えるだろうか。偉大なビオディナミ生産者であろうと人間は人間、組織は組織。我々の周囲に見られるもろもろの状況と大差があろうはずもない。しかしそうだと言って何もしないのはよくない。なんとかすべき、とニコラ・ジョリーにずっと言っているのだが、彼もまた人間なのだ。

 

会場直後、11時からニコラ・ジョリーのセミナー、「ビオディナミとは何か」。私は通訳の大任を仰せつかった。9時半に大使館で打ち合わせ、と言われ、自分としては大変に早起きして行ったのだが、ニコラ・ジョリーはあちこちで参加生産者と立ち話していて、打ち合わせなど出来ない。最後の30分は質疑応答ということぐらいしか決められず。つまり出たとこ勝負。通訳する身としてはつらい状況だ。普通のワインプレゼンテーションなら簡単な語彙で私ごときでも出来るのだが、ビオディナミの哲学の話なのだからなおさら難しい。

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大事なポイントは、1、ワインは個別的な土地の特徴を表現するものであり、セラーで作るものではない。飲みては総体としてのワインを要素分解的ではなく全的統合体として味わい、個別的土地の特徴すなわちアペラシオンを看取しなければならない。2、ビオディナミとは、物質的現象世界の背後にあるフォースのバランスをワインに体現させること。

 

ニコラ・ジョリーはセミナーの感想として、「参加者が、よく理解出来た、と言っていた。そう言われるのは珍しい」。それは良かった。事前に、いつもみたく各論技術論に走るな、本質論から逸れるな、とクギを刺しておいたのがよかったのか、適当に意訳したのがわかり易かったのかも。しかし意訳するには元々の彼の考えをそれなりに知っていないといけない。そこは長年の付き合いとメールでの議論のおかげだ。

 

 

2019.11.02

日本橋浜町ワインサロン講座 オーストラリアワインの基本

普通の、現地の人がそれぞれの産地らしい、と思うようなワインをテイスティングしながら、オーストラリアワインの基本を学習。海沿いと内陸、土と岩、火山岩・変成岩・堆積岩といった基本的指標でワインを比較。これをやらないと、オーストラリアという広大な大陸のワインを、単一の「オーストラリアワイン」として捉えてしまい、結局事実とは異なるイメージを消費するだけになる。同じシラーズでも当然産地によって大きく性格が異なる。多くの人がシンボリックに表現する「オーストラリアのシラーズ」など存在しない。

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困ったことに、オーストラリアワインについての概論を知る機会は日本では少ない。結局それは国なり産地なりのマーケティング予算に依存するからである。マーケティング機関ワインオーストラリアは日本市場はさじを投げたようだ。シドニー在住のワインオーストラリア日本支部の前代表はいまはカリフォルニアワインの共同代表。彼のような才能がオーストラリアからカリフォルニアに転職してしまう状況がすべてを物語る。俯瞰的で公平な視点から語られる概論の理解なくして個別論は理解できない。しかしオーストラリアワインに関して何かイベントがあるなら、それは通常ひとつのワイナリーの宣伝目的、つまり完全な個別論だ。これはいかん。概論を理解していれば、それこそレストランのメニュー30品目すべてにオーストラリアワインだけで合わせられるのであり、消費者もプロもそれが出来るようになるべきだが、現状はほど遠いようだ。

今のオーストラリアワインは多様で、新しい試みも多くなされ、大変に面白い。しかし変わり種を楽しむには基本をまず知ることだ。今回のワインは、オーストラリアでいろいろ聞いて、またインターナショナル・オーストラリア・ワイン・チャレンジで山のように試飲した結果、持ち帰ってきたもの。品種は絞り、山系ピノと海系ピノ、そしてマーゲレット・リバー、ヒースコート、マクラーレン・ヴェール、クナワラのシラーズ(バロッサは基本だが、この前の講座で取り扱ったので除外)シドニーのチェーン系ワインショップっぽい。私個人が自分用に買いたい味では必ずしもないが、ここで個人の嗜好に走っては基本が分からなくなる。実際、〝らしい〟味だった。自分にとっても勉強になった。驚きはクナワラのシラーズ。クナワラ=カベルネだが、シラーズでもクナワラではカベルネ的な味になる。つまりあのタイトで濃密な味はクナワラのテロワールの個性なのだ。

料理はラムビリヤニを出した。ラム肉とヒースコートのシラーズが恐ろしく美味しい。ご飯にはマーガレット・リバーのシラーズ。オレンジのピノはそれだけで飲めば、典型的に良く出来たピノで、十分に美味しいのに、料理と接点がなく、むしろ料理に負ける。ギプスランドのピノはしっかりと食い込む。分かる人には自明のこと。ワインを試飲した段階で美味しいまずいと言っているだけでは仕方なく、どんな料理とどのように何故合うのか予見できなければ、試飲しても意味がない。テイスティングの際にどこを見なければいけないのか、お伝えした。

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