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2019.11.30

日本橋浜町ワインサロン 新世代カリフォルニアワインの講座

カリフォルニアワインの生産は過去10年で15パーセントの伸び。世界最大のワイン消費国アメリカの市場はますます拡大し、その主たるワインはカリフォルニアなのだから、カリフォルニアワインに逆風など吹きようがなく、次々に新しい生産者が登場。世界的なナチュラル志向が遅ればせながらも(アメリカ農作物のオーガニック比率は1パーセントに満たない。カリフォルニアは意識高く全米2位の4パーセント)そこに加わり、フランスの十数年前のようなわくわくドキドキ感。地球温暖化とそれに伴う水資源枯渇(シエラネバダ山脈の降雪の減少!)によるドライファーミング(無灌漑)の再評価、また高温や渇水に強い南欧品種(シャルドネ、ピノ、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロではなく!)の再発見。カールスバーグのようなマイナー産地やトゥーリガのようなマイナー品種への注目。今回の講座は、要はそういう話。当たり前過ぎると言われるが、意外やオーパス・ワンやドミナス、ないしハーランやマーカッシンで頭が固まっている人もいるようなのだ。あれからどれだけ変化したことか。カリフォルニアの進化は恐ろしく早い。

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▲個人的に好きなのは、右から3番目の自根無灌漑カリニャン。コントラ・コスタらしいゆったり・しっとり味。人間が前面に立つのではなく、テロワールの景色がすっと見えてくるのがいい。海系の人と山系の人がいる。日本は人口の過半が海岸沿いに住む海系の国だから、海系の味を好むのは普通だと思うが、ワインは山系が多い。コントラ・コスタは海系の人、海系の味にはぴったりのカリフォルニア(そもそもカリフォルニアは海系味が多いものだが)ワインだ。

 

お出ししたワインはその最近の動向をよくあらわす人気の作品。カリフォルニアワインファンにとっては既にお馴染みのワインだ。どれもものすごいパワー。特にPopulis SB, Margins CB, Methode Sauvage iruai Sylvan Trousseauは、ナチュラルワインによくみられる欠陥(VA! )は否定できなものの、それをおぎなって余りある力、表現への欲求の強さに打ちのめされる。体よく口あたりよく仕上げた最近のインダストリアルメンタリティ高級ワインには望みようもない直截的直接的な熱量の高さゆえ、こちらが覚悟していないと気おされてしまって疲れるだけだ。たとえて言うなら、リムドライブ&三極管NFなし&ホーンで聴く50年代のジャズ。ワウフラッターや高調波歪率のような測定値で見たらどうしようもないが、加筆修正されないナマの力の前に自らを晒す喜びと心地よさはなにものにも代えがたい。思いのたけをぶつけよ、大声で吼えろ、と、最近のキレイなワインに対して言いたくはないか。フランスのナチュラルワインでさえ、15年前のほうが激しく滾るパワーがあったと思わないか。人気が出て評価が定まると、戦う相手はいなくなり、方法論は固定化され、スタイルができあがり、そのスタイルを自己模倣する。初期エルヴィス・プレスリーの音楽と、成功して自己模倣するのみとなった軍役除隊後のどうしようもなく退屈な彼の音楽を比較すれば、言いたいことがわかるはずだ。カリフォルニアの新しいワインは、ありがたいことに、いまだエンターテイメントではなく、叫びである。

しかしこの巨大なエネルギーはどこに向かっているのか。何を目的としているのか。そこが見えない。今回すべてのワインは地上にとどまり、天界への階段の存在を感じさせることがない。ここには宗教が欠如している。それに比べてヨーロッパ、とくにカトリック国のワインは、明らかにベクトルが見える。もちろん客観的に証明などできようもない話だが、70年代中期ぐらいまでのカリフォルニアワインは、ヨーロッパ大陸移民的な、というか、宗教性があった。以前にもお話したとおり、その頃のロバート・モンダヴィの裏ラベルには、驚くなかれ、ビブリカル・ドリンクという表現があったぐらいだ。いまや私はそんな表現を、現世享楽的なオールドウェイブ(ジョニー・ロットンの表現をそのまま借りる)カリフォルニアワインに対しては当然できない。また、そのウォールストリート性に反旗を翻すニューウェイブに対しても、超越者への指向性なく霊的救済への道なき精神主義は、自己肯定の袋小路に陥るか、スタイル商品化の甘言と術策に絡み取られて次なるオールドウェイブと化す危険がある。

ビオディナミのワインが何がいいかといえば、それが宗教ワインだからだ。ヤハウェの神を信じたくないならビオディナミの〝神〟を信じよ、ということだ、あくまで比喩的な表現だが。そうすればワイン内部に蓄積されている過剰な熱が次の進化を用意する。同一プレーンでの回転運動が、上昇螺旋運動へと転化する。カリフォルニアワインにこそ、ビオディナミが必要だ。物質的力強さを霊的力強さへと変える技が必要だ。そのためのもうひとつの前提は、自社圃場である。カリフォルニアの新世代ワイナリーの多くは買いブドウでワインを造る。栽培と醸造の分断は、ワインになる前のブドウを単なる物質商品へと矮小化し、自然(農場)と人間(ワインメーカー)の本来実現されねばならない霊的一体性を損なう。これが多くのカリフォルニアワインを人間スケールに引き留め、飲むものに知的な興味をもたせたとしても、感心どまりで忘我の高揚には至ることのない理由のひとつだろう。これをどう解決するかを皆で考えていかねばならない。

 

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