ワイン産地取材 スペイン

2018.07.15

Mas Estela (Emporda, Catalunya)

 バニュルス=コリウールはあんなに有名なのに、その先にあるエンポルダはまだまだ通しか知らない。ダリの絵にたびたび登場するカダケスの岬の風景のほうがワインよりも認知されているだろう。その岬Cap de Creusの北側、ヴァカンス用の家やマンションが並ぶ港から少し内陸に入った丘の中腹、La Salva de Marの地。山の上には974年にGaufred de Empúries伯爵が土地を寄進したSant Pere de Rodes,修道院。この地にバルセロナ近郊の町ティアナ出身で海とセーリングが好きだという建築家のディエゴ・ソトさんとクラシック・ダンサーのヌリア・ダルマウさんが設立したのが、Mas Estelaである。

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▲エンポルダへは相当高い山を越えていかねばならない。右下がLa Salva de Marの町。

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▲ヌリアさんはお年を感じさせない背筋の伸びた歩き方をするので、「なんでそんなに動きがきれいなのですか」と聞いたら、「昔はダンサーだったから」と。今ではこうしてきれいなワイナリーだが、建物はすべて自分たちで修繕したか、建てたそうだ。


 1989年の移住当時はワイナリーなどなく、廃墟。畑は谷底にわずかに残るのみ。フィロキセラ以降、耕作が困難な斜面の畑は放棄されて人は戻らなかった。バニュルス=コリウールは経済力のあったフランスのヴァカンスの地として生きながらえたが、スペインでエンポルダが同様なポジションを得たのは最近のことだという。建物は自力でこつこつと修復、畑も森に浸食されていた往年のテラスを作りなおして植栽。想像を絶する困難の後、今ではルネッサンス・デ・ザペラシオンのメンバーとして、Clos Lentiscus、Recaredo、Nin Ortiz、Finca Pareraと並ぶカタルーニャの代表的ビオディナミ生産者としての地位を確立している。

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▲ベーシックなワインが造られる平地の畑。見た目は斜面の畑より悪いが、ここからのワインのゆったりとした味わいが素晴らしい。



 エンポルダは2000ヘクタール超という案外と広いアペラシオンで、北のAlt Empordaと南のBaix Empordaに分かれ、海沿いだけではなく内陸にも広がっている。内陸側は沖積土壌の平地なので、あまり興味が湧かない。やはりバニュルス=コリウールの延長線上にある海沿いのシストの丘陵地帯が良質なワインの産地となるだろう。シストならではの凝集性の強い黒系果実味と上方向に行くリズミカルな酸とキメ細かいタンニンに、潮風の塩味が加わった海岸沿いエンポルダのワインは、グラン・ヴァンとして普遍的な高品質を備えている。カタルーニャワインファンに分かりやすい譬えをするなら、エンポルダは、同じ地質と地形であるプリオラットの海バージョンである。
 バニュルス=コリウールより南なので、より暑いのではないかと思うが、そうでもない。南部エンポルダの西にあるジローナの7月と9月の平均気温は22・9度と19・8度、バニュルスのすぐ近くCap Bearでは23・1度と20・4度である。特にこのワイナリーのあるLa Selva de Marは北向き斜面。冷たく乾燥した北からの海風トラモンターナ(フランスで言うところのミストラル)が直接吹きつける。ワインを飲んでみても、コリウールよりもアルコール度数が低いし、より冷涼な味がする。グルナッシュのpHは完熟しているのに、なんと3.4。だから早摘みせずともフレッシュな味のワインとなる。
 コリウールとエンポルダの推奨品種は当然ながら相当程度重複している。コリウールは白がグルナッシュ・ブラン、グルナッシュ・グリ、マカベオ、トゥルバ、ヴェルメンティーノ、マルサンヌ、ルーサンヌ。赤がグルナッシュ・ノワール、カリニャン、シラー、ムールヴェードルである。エンポルダは(フランス語で言うなら)白がグルナッシュ・ブラン、グルナッシュ・グリ、マカベオ、ミュスカ・アレクサンドリー、赤がグルナッシュとカリニャン。エンポルダは白赤各7つもの補助品種が認められているが、ペネデスと同じく、ボルドー品種やシャルドネやゲヴュルツトラミネールといった、果たしてその品種が合うのかと首をかしげたくなるものも目立つ。この点に関しては、補助品種に至るまでクーノワーズやカリニャン・ブランやサンソー等徹底して地中海品種にこだわるコリウールのほうが正当的だろう。あまりに狭めると多様性と将来の可能性を自ら封じることになるが、あまりに広めると高級ワイン産地としてのアイデンティティが確立できない。
 私はバニュルスの大ファンだが、何度も言うようにコリウールはそれほど好きではない。ある意味、理想のコリウールはエンポルダにある。ペルピニャンでコリウールのセミナーを受けたあとに国境を超えたのは、その理想像を確認するためだ。そもそもここでフランスだスペインだと政治的な区別をするほうがおかしい。バニュルスもエンポルダも元はカタロニアであって、ひとつの文化圏である。
 白ワイン、Vinya Selvade Mer 2017はグルナッシュ・グリ60%とマカベオ40%のブレンド。鉄タンク発酵・熟成。ここでグルナッシュ・ブランがゼロだというのがポイントで、香りの華やぎやフルーティさには欠けるが、そのかわりにアルコール感が抑えられ、逞しく太い構造としっかりした酸を備えた、シリアスな味わいとなる。メインディッシュ用の白ワインにふさわしい骨格を与えるためにはグルナッシュ・グリは極めて重要な役割を果たす品種なので、プリオラットやモンサントでも認可されるべきだと思っている。以前プリオラットで「なぜグリがないのか」と聞いたら、「さあ。そういえばスペインでは聞いたことがないな」。いやいや、エンポルダにあるのだから、もっと意識してもいい。

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▲ティナハの蓋は、ジョージアと同じく粘土を挟んでおかれ、気密性を保つ。



 鉄タンクのみで発酵・熟成されたグルナッシュ単一の赤ワイン、Rucada 2017は、極めてピュアで、塩漬けストロベリーのような、まさに潮風に吹かれたグルナッシュそのものの味がする。色は薄くともミネラル感が濃いために芯がしっかりして余韻が長い。アルコールは14・5%と高めだが、軽やかな酸があるため目立たない。カジュアルな赤ワインとして最高だ。このように力を抜いてストレートに仕上げているからこそ、ビオディナミの威力が感じられる。さもなくば単にシンプルなワインで終わってしまう。「息子もこれが気に入っていると言っていた」と、ダルマウさん。つまり、新世代の味である。

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▲よくある話だが、私は素直な造りの安価なキュヴェのほうが好きだ。右端と左から二番目のワインが素晴らしい。



 鉄タンクで発酵させたのちティナハ(カタルーニャ語ではGerra、ジェラつまりジャー)で8,9カ月熟成させた赤ワイン、Quindals 2014はこのワイナリーの基幹商品と言える傑作。グルナッシュ主体にシラー少量のブレンド。「主人はタンクのブレンドだったが息子が仕込むようになってから畑でのブレンドに変えた」。混醸になったのなら、これからさらによくなるだろう。熟して甘い陶酔的な香りがするのに味わいはビビッドでエネルギー感が横溢し、芯がしっかりしているのに広がり感が素晴らしい。樽熟成だと味の外殻部分のエッジが強調され、たなびくような気配が出にくいものだが、ティナハ熟成は形を保っても輪郭線は見えない。つまり存在から非存在への連続的消失、無限消失点へ向かう遠近法が感じられる。この効果に気づけば、誰もがティナハ熟成に惹かれるのは当然である。
 そのあとだけになおさらなのだが、樽熟成の高価な赤ワイン、Vinya Selva de Mar 2008(グルナッシュ、シラー、カリニャン)は樽の風味とタンニンが邪魔して、エンポルダのテロワールがすっきりと見えてこない。畑の中にあるワイナリーでテイスティングすると、ワインがその場にふさわしい味なのかどうかよく分かる。評価の高いワインだというが、これはオールドスクールの味だ。もう一本樽熟成の高価なワインがあるが、「好きではないことが分かっているから、それは抜栓しないでいいです」と、試飲しなかった。
 遅摘みのグルナッシュを10年のソレラで熟成した甘口赤ワイン、Garnatxa de l'Empordà ESTELA SOLERAは古典的な風格のあるワインだ。「これが有名なエンポルダのガルナッチャ」と胸を張るだけある。アルコールは15.5度と高く、残糖は125グラムあるが、エンポルダらしく軽やかで酸の伸びがよい。バニュルスと異なりこちらは酒精強化ワインではない。この違いは興味深い。酒精強化したほうが年月を経てもパワーが落ちないような気がするし、酒精強化しないほうが素直な味がしてやさしい飲み口だ。カラメルやオレンジピールの香りも穏やかでいい。だがスケールが意外と小さく、余韻もいまひとつ伸びがない。ソレラのあるセラーは「虫を食べてくれる蝙蝠の住処」でもあり、実際小さな蝙蝠が一匹天井からぶら下がっていたが、おかげで樽は蝙蝠の大量の糞で汚れている。個人的には食品衛生上、気になる。

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▲甘口ガルナッチャが熟成される樽。



 マス・エステラの畑の標高は120メートルから380メートル。「安価なワインは収量が多くとれる標高の低い畑から、高いワインは逆に標高の高い畑から」。それは常識的な使い分け、造り分けである。樽の有無、樹齢、ヴィンテージ、ブレンド比率といった変数が多く、同一条件での比較ではないとはいえ、こうして見ると、私が好きなワインは低い標高のブドウから出来ている。そのほうが、よりストレスがなく、より穏やかな、広がりのある、海っぽい味だと思う。標高が高い急斜面になると、ワインの味はどこかプリオラットに近づく。プリオラットとの対称性がエンポルダにとって重要だとするなら、消費者として無条件的無批判的に高い標高のブドウを賛美する癖は改めないといけない。

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▲所有畑の航空写真。フィロキセラ以前のテラスの痕跡が山に残っていることが分かる。昔のエンポルダはメジャーな産地だったのだ。



 それにしても、このような国内外で評価されるワイン、それもルネッサンス・デ・ザペラシオンのワインが日本に輸出されないことに驚く。ワインファン=ビオディナミ支持者と言っても過言ではないほどの国なのに、そしてワインファンの多くがここ数年カタルーニャ、カタルーニャと口では繰り返しているのに、やはり日本では“スペインワイン”の最大の存在意味は安さなのか。小売価格はRucadaで10ユーロ、Quidalsで14.35ユーロ。たぶん多くの人はこれを言語道断の高価格と言うだろう。そして同じ人がフランスの有名産地のワインに200ユーロ出して安いと言う。日本は不思議な国である。

Escoda-Sanahuja (Conca de Barbera, Catalunya)

 子供の日の未明にこれを書いている。たぶん今ごろは日本からワイン関係者が大挙してマドリッドに向かっている頃だろう。Salon de Vinos Naturalesが6日に行われるからである。その主催者は、AVNやS.A.I.N.S.と並んで最近その名をよく耳にするPVN(ナチュラルワイン生産者協会)である。彼らはナチュラルワインとは何かを定義している。それは以下の7項目、
1. CULTIVO respetuoso con el medio
2. Compromiso con el ENTORNO NATURAL.
3. El VITICULTOR es el AUTOR
4. AUTENTICIDAD y SINGULARIDAD
5. NO SE USA ANHÍDRIDO SULFUROSO (SO2)
6. Se DICE LO QUE SE HACE y se hace lo que se dice
7. Compromiso con la ASOCIACIÓN y los Asociados
 つまり、ビオディナミ等の自然な栽培、地球環境への配慮、ワイン生産者の責任の自覚、化学物質不使用、SO2無添加、情報開示義務、協会や関係者へのコミットメント、といったことである。El VITICULTOR es el AUTORという表現が印象的だ。自然と人間の関係について、ユダヤ教やアリストテレスからデカルト、ヘーゲル、そしてシュタイナーに至る西洋思想の中心的視点がそこにさりげなく表出している。日本で同種の協会があるなら、たぶんこの定義は含めないだろう。

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▲ホアン・ラモン・エスコーダさんは相当に濃いキャラクター。あるナチュラルワイン生産者に彼の写真を見せたら、「ああ、クレイジーガイね。有名だよ」と。しかしクレイジーでなければ他の人とは決定的に異なるワインは造れないものだろう。お行儀のよい人、真面目な人は最近多いが、クレイジーな人はそうそういるものではない。


 メンバーのひとりであるEscoda Sanahujaは2003年にビオディナミに移行し、2007年に全ワインをSO2無添加とした、スペインのナチュラルワイン界の先駆的存在であり、現在では巨星と呼べる存在である。当主ホアン・ラモン・エスコーダさんは大声で、「ブドウだけから造るのがワインだ!」と力説する。上記の定義を体現している彼のワインを飲めば、なぜここ数年、多くの人が揃ってカタルーニャ、カタルーニャと連呼し、彼のワインを崇めるのかたちどころに分かる。以前に東京で飲んだ時には、周囲の方々の瞳にまるで1970年代の少女漫画のように星が輝く中、私だけは若干距離を感じていた。正直、よくあるSO2無添加ワインの問題が感じられた。完璧な無添加ワインは完璧だが、自分の身体に吸収されるまでの過程の一部にでも瑕疵があれば、それは白布についた黒虫となる。総面積では百万分の1でも、目につくのは布の部分ではなく虫のほうだ。「木を見て森を見ず」と戒められようとも、虫のついたシーツにくるまることはできない。見る対象ならばあくまで外的だからまだしも、飲む対象はそのまま自分の一部になるからさらに問題である。   
 しかし最近は違うと耳にした。実際に飲んでみて、確かに噂通りだった。以前の灰色の淀みが一掃されていた。今では、ピュアでいて圧倒的なエネルギー感のある、それも正面から押してくるのではなく、暖かい気配がやさしく包み込むような、風格のあるワインだ。一度飲んだら忘れられないだろう。

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▲ワイナリーの中は極めて清潔。こうでなければSO2無添加でこれほどピュアな味わいは不可能だろう。

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▲レストランのワインリスト。日本でもおなじみの名前が並ぶ。


 このワイナリーはレストラン(週末のみ開店)を併設している。その入口バーカウンターで試飲する。エスコーダさんは試飲中とはいえ、グラスにたっぷりと注いで全部一気飲みしてしまう。「そんなに飲むとアル中になるぞ」と言ったが、「大丈夫。自分のワインは身体によい。ワインと音楽がなければ自分は死んだも同然」。そして「音楽を聴きながらのほうがワインはおいしい」と言って、曲をかける。いかにも現代的な淡々としたテクノだ。まさか。「すみません、曲をかけないほうがおいしいんですが」と言うと、「間違えた、セラーの従業員が聴いていた曲がそのまま入っていた」。次はボブ・マーリ―だ。「ああ、最高だ」と、彼はグラスを持ったまま両腕を上げ、踊り始める。レゲエはいい。ワインがさらにダイナミックになるし、太い骨格が生まれる。ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズは、ボブ・マーリーが素晴らしいのは当然としても、アストン・バレットのベースとカールトン・バレットのドラムスによる堅牢でいて大きなうねりを生み出すリズムが圧巻なのだ。
 「僕は宗教には興味がないが」と前置きして、彼は言う、「ラスタファリアリズムは最高の宗教だ」。ボブ・マーリーはこの宗教運動の最大最高の伝道師である。ラスタファリアリズムは黒人解放運動、アフリカ独立運動等々と結びついていたのだから、白人である彼とは関係がないように思える。ラスタファリアリズムの重要な点は、聖書の文言を遵守することによる、自然回帰の態度である。化学薬品や添加物は拒絶し、自然が直接与えてくれるもの以外は食べない。基本的にヴェジタリアンだが、例えばそれは旧約聖書箴言の「15:15悩んでいる者の日々はことごとくつらく、心の楽しい人は常に宴会をもつ。15:16少しの物を所有して主を恐れるのは、多くの宝をもって苦労するのにまさる。15:17野菜を食べて互に愛するのは、肥えた牛を食べて互に憎むのにまさる。15:18憤りやすい者は争いをおこし、怒りをおそくする者は争いをとどめる」といった教えに従うからである。ラスタファリアンといえば独特の髪型ドレッドロックスを思い浮かべるが、それもまた旧約聖書士師記の、かの有名なサムソンの逸話の箇所、「13:3主の使がその女に現れて言った、「あなたはうまずめで、子を産んだことがありません。しかし、あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。 13:4それであなたは気をつけて、ぶどう酒または濃い酒を飲んではなりません。またすべて汚れたものを食べてはなりません。 13:5あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。その頭にかみそりをあててはなりません。その子は生れた時から神にささげられたナジルびとです。彼はペリシテびとの手からイスラエルを救い始めるでしょう」といった教えに従うからである。イスラエルを救う覚悟があるものは、ゆえに長髪なのであり、エスコーダさんも長髪である。 
 続けて彼は、「ガンジャは身体に悪いものではない、自然の草だ、化学合成麻薬と一緒にしてはいけない。それらは最悪だ」と。「一本いいか」と言うので、「どうぞ」とは言ったが、ここでガンジャが出てきたらどうしようかと内心びくびくした。しかしそれは普通のたばこだった。ガンジャは彼の言うとおり神が人間に与えた草のひとつだとしても、エスコーダさんのワインを理解するためにはガンジャが必要だなどとは私は絶対に言わないので誤解なきよう。ともかくラスタファリアリズムを信奉するナチュラルワインファンにとっては、現在のワイン界がバビロンであり、ワインファンはバビロン捕囚の民であり、シオンの都を再興しなければならない、というのは共通した認識であろう。ハイレ・セラシエ1世とはなんの関係もない日本では、Jahとは誰を指すのか、エルサレム神殿の等価物は何か、といった議論がしっかりなされないと、表層的な体制批判や、単なるSO2無添加志向に終わってしまうのではないかと危惧する。エスコーダさんが来日してのセミナー等では、ラスタファリアリズムとワインの関係性についてファンのあいだでディスカッションが行われることを期待したい。ボブ・マーリーの歌の歌詞でもお分かりのとおり、ラスタファリアリズムでは「我々」という言葉はなく、「I and I」と言う。素晴らしい概念である。責任回避的な「我々」ではなく、ひとりひとりが、間違った神殿の柱を倒すサムソンとなる覚悟でワインと向きあう必要がある。そのような真摯な意識がなければ、エスコーダさんのワインはあまりに口あたりがよく、あまりに心地よいため、聖書が禁じるようなただの酔っ払いになる可能性はむしろ高く、エルサレム神殿の再建など夢のまた夢であろう。
 次に彼がかけたのはピンク・フロイドだった。『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』である。これもまたワインをおいしくする。「ライブ・アット・ポンペイを見たか?」と聞くので、「当然でしょう!あれは歴史的な傑作です」。「この前ロジャー・ウォータースのライブがあったから息子を連れていった」。「それはいいですね。次世代に引き継いでください」。デイヴィッド・ギルモアの“泣きのギター”のところで彼は大いに盛り上がる。なるほど、彼は相当なロマンチストなのだ。私はあの“泣き”がアクセント程度だった初期から『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』までは好きなのだが、『ウィッシュ・ユー・ワー・ヒア』以降はうざい、またロジャー・ウォータースの紋切り型の左翼思想的歌詞(『ザ・ウォール』とか)はあえて説教されずとも分かる、個人的にはリーダー、シド・バレットが在籍中ないしその影響が強かった、より非言語的な時代(映画『モア』とか)のほうが、技術的にはへたくそながら、よかった、と思っている。話が脱線してしまった。ともかくピンク・フロイド談義をしていると、彼のロマンチストぶりが分かっておもしろい。
 ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズとピンク・フロイドをこうして続けて聴くと、両者の共通点に気づく。つまり、ボブ・マーリ―の甘ったるい声とバレット兄弟の堅牢な骨格、デイヴィッド・ギルモアの感傷性とロジャー・ウォータースの論理性ないし建築学校出身バンドらしい構築性、という対比構造である。それは実際、エスコーダさんのワインにも感じられるものだ。こういった点に気づくためには、やはりこうしてはるばるコンカ・デ・バルベラまで来る必要があったのだ。それにしても、私は1970年代半ばのボブ・マーリー最盛期と1973年の『ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』をぎりぎり同時代的に覚えているが、彼は50歳だ。当時まだ幼稚園生ではないか。あとから発見したということか。
 この評価軸からすると、彼自身が「酸が素晴らしい」と言うシュナン・ブランの白ワインEls Bassots2016の意味も分かる。シトー派っぽい味のするシュナン・ブラン(クーレ・ド・セランはシトー派修道院の畑だった)は飲んでも楽しくなれないものだが、彼のワインはフルーツそのものの快楽性が同時に備わっている。それでもこの品種らしいぶれない酸と硬質なミネラルがある。このバランスが大事なのだ。「昔は1、2カ月スキンコンタクトした。今は10から12日間のみ。そして7,8カ月ティナハ熟成」。それは正しい方向性だと思う。陽と陰、上と下、光と闇の中点をしっかり押さえることができている。パレリャーダ、マカベオ、ガルナッチャ・ブランコを一週間醸したMas del Gaioはアルコール11度しかない。しかし風味は熟して、外は軽やかだが中は深くて複雑だ。「より地中海的で飲みやすいワイン」と言っていた。

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▲驚異的なおいしさ。これは「うちのレストランで全部売ってしまおうかな」と言う。残糖ありで無濾過・SO2無添加なら、輸出は難しいだろう。



 白もいいとはいえ若干真面目で行儀がよすぎるように思え、黒ブドウのワインのほうが私は好きだ。明らかに私はエスコーダさんより不真面目な人間なのだろう。赤のほうが(このワイナリーに限った話ではないが)、より深みがあって、複雑で、なおかつ色気がある。例えばメルロ、ガルナッチャ、カリニャンを混醸して1週間スキンコンタクトしたロゼ、Nos del Gegant2017。28グラムの残糖があるため「たぶんそのうちスパークリングワインになるだろう」。タンニンと甘さと酸の完全な調和による透明感を、これほどの凝縮度と力強さの中で実現するおそるべきワイン。2016年を最後に畑での銅の使用をやめたからだろうか、ワインは前年よりはるかに伸びやかで厚みがある。
 2017年は暑かったからか、カリニャン60%とグルナッシュ40%の混醸赤ワインLes Paradetesにも6グラムの残糖がある。ゆったりしたスケール感とやさしい色気が素晴らしい。衝撃的な傑作はカベルネ・フランとパレリャーダの混醸Coll del Sabater2017。カベルネ・フランの収穫時の潜在アルコール度数は16度、パレリャーダは10度。「アルコールが高いワインは好きではないし、カベルネ・フランが16度ではどうしようかと悩んでいて、アルコールが低いパレリャーダと混ぜればよいと思いついた」。普通ならアルコール度数を恐れて未熟な時点で収穫し、よくある青臭いカベルネ・フランを作ってしまいそうなものだ。完熟したカベルネ・フランは本当にすごい。この品種ならではの垂直性や高貴さと甘美さにパレリャーダの抜けのよさや酸が加わり、とてつもなく巨大でいて緻密で、エネルギーに溢れるワインが出来上がった。このようなワインは一期一会だろう。皆、もっと黒ブドウと白ブドウを混醸すべきなのだ。このワインはタンクの中から瓶に手詰めして分けてもらった。ボトリングマシーンを通すより手詰めしたもらったほうがストレスがかからないのでおいしい。あれこれ機械を使うとワインはどんどんまずくなる。そしてスモイ・ネグラとメルロの混醸Mas del Gagant2017。発酵たったの3日から5日のみの赤ワイン。お茶に譬えるなら、質の悪い茶葉を長時間抽出したものが一般的な赤ワインなら、これは最上の茶葉を沢山使ってさらっと抽出したようなもの。私もずっと言っているではないか。濃いロゼみたいな赤ワインが最高なのだ、と。濃いものを薄く作るからいいのであって、薄いものを濃く作るのは最悪だ。短時間発酵マセラシオンの赤の桁外れにビビッドな生命力を経験すると、よくある赤ワインはいったいなにをやっているのだろうと呆れることになる。

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▲昔のティナハのほうが土のキメが粗く、いろいろな粒が混じっていて、叩くとより締まった音がする。



 セラーを見ると、ティナハが並んでいる。どこでも見かけるラ・マンチャ産のティナハの横には色の濃い甕がいくつか。「大きいものは110年前、小さいものはギリシャで300年前に作られた。現代のものよりずっといい」。近くで見てみると、いろいろな小さな石が粘土に含まれている。石灰のかけらだろうか。実はジョージアのクヴェヴリも近くで見るとそうなのだ。叩いてみると、昔の甕は重厚な音が響く。Mas del Gaioは300年前の甕、ロゼは110年前の甕で発酵される。セラーは極めて清潔で、エスコーダさんの一見豪放磊落でいい加減そうな雰囲気とはまったく別物。クリーンなSO2無添加ワインを造るに前提はセラーを清潔に保つことだと思う。

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▲キッチンで見かけたおもちゃ。


 レストランのキッチンを見てみると、寿司職人のおもちゃがある。寿司が好きなようだ。「7月末にナチュラルワインのイベントがうちで行われるが、そのあとのパーティには日本からミシュラン三ツ星の職人を含む4人の男性寿司職人と2人の女性寿司職人が来て、500人の参加者のために料理をふるまってくれる」と言っていた。「女性の寿司職人ですか?東京ではほとんどいないと思います」。「よく分からないけれど、田舎から来るのかな」。彼がよく分からないなら、招聘しているのは誰か別の人なのだろう。ともかくも彼のワインは日本に数多くのファンがいる(彼も、日本でよく売れている、と言っていた)から、三ツ星シェフであれ誰であれ、エスコーダさんの店でのパーティならば喜んで手伝うに違いない。日本からの参加者も多いだろう。日にちは7月27日だという。皆さんもコンカ・デ・バルベラに集合されてはいかがだろうか。

Succes Vinicola (Conca de Barbera, Catalunya)

 2011年に若干20歳のMariona VendrellとAlbert Canelaによって創業された新しいワイナリー。以前は他のワイナリーと設備をシェアしていたが、現在のピラ村のインダストリアル・センターの一棟に移ったのは2016年である。ちなみにその建物は、写真のとおり、インダストリアル・センターと呼ばれるだけあって到底ワイナリーには見えない。番地表示も看板もない。相当迷ってたどり着いた。もし行かれることがあるなら、ピラ協同組合の斜め前だ。

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▲これがワイナリーだとは気づかない。最近はコンカ・デ・バルベラが人気なので、この周辺を訪れる日本人は多いと思うが、ここも是非立ち寄ってみることをお勧めする。



 マリオナさんによれば、コンカ・デ・バルベラはカタルーニャで最も涼しいDOだと言う。標高は350から600メートル。年間降水量は450から550ミリと、北隣のコステルス・デル・セグラと比べれば多く、なおかつ夏から秋にかけての雨が目立つ。土壌は基本的には三つに分かれ、石灰岩、砂利、シストである。すっきりしっとり型のワインが出来る土地であり、優れたパレリャーダ、またこの地だけに植えられているロゼ・カバ用の地場品...種トレパットの産地として、カバ生産者への原料供給地として知られている。
 地球温暖化によって、また“ロバート・パーカー”的なるもの(あくまでカッコつきの比喩表現だと思うが)の反対を好む最近の嗜好によって、コンカ・デ・バルベラが注目を集めている状況は、日本で普通に暮らしているだけでも伝ってくるはずだ。スペインワインといってリオハの味を条件反射的に思い浮かべる人にとっては、熟成リオハと対極的な味の産地がコンカ・デ・バルベラだと考えれば分かりやすいだろう。

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▲オーナーのマリオナさんとアルベルトさん。



 パレリャーダがまさにそうだ。カバ基本3品種の中で酸やエレガンスを担当する、実体感のない、さらっとした味の品種だ。アルベルトさんも「水みたいな品種」だと言う。だから栽培の質が悪いと本当に水みたいになってしまう。サクセス・ビニコラは、単なるカバの原料でしかなかったパレリャーダのポテンシャルを見抜き、自らの出身地であるこの地をまっとうなワイン産地として認めさせるべく、この品種で高品質スティルワインを造った嚆矢である。ブドウはアルベルトさんの父親から買う。だから法的な定義はともかく、実質的には自社畑であり、栽培は認証はないもののオーガニックだという。収量も低いためミネラル感が濃縮され、ただの水ではなく上質な湧き水のような繊細で複雑なおいしさがある。

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▲古木のパレリャーダの畑。地球温暖化によって高いアルコールが問題となる中、熟しても糖度が上がらないパレリャーダは世界的にもっと注目されていい。



 それがParellada Experienciaだ。畑は石灰岩土壌と砂利質土壌のふたつのブレンド。半分は25日間醸し発酵。しかし“オレンジワイン”には見えないし、そういう味もしない。それだけ色素がなく、タンニンもない、つまり水のような品種だということがよく分かる。こうした特徴の品種だとMLFなしですっきり感を強めそうなものだが、ここではMLFを行い、味の安定感を出している。またMLFのおかげでSO2添加もたった20ミリグラムと少ない。パレリャーダをカバの補助的役割の品種と捉えていた人にとって、このワインの登場はどれだけ衝撃的だったことか。これはコンカ・デ・バルベラのみならずカタルーニャにとって重要な位置にある白ワインだと思う。SO2無添加で砂利質の畑のみからできるEl Pedregal(石、の意味)は、野心的な試みは評価するものの、前者よりもシンプルで味の下支えがない。バルセロナのおしゃれな店では売れるようだが。
 このワイナリーに来た第一の目的はトレパット品種のロゼと赤だ。トレパットはアリカンテ・ブーシェ等と同じ、果皮のみならず果肉も赤い、タントゥリエ品種。「果皮の色は薄いが果肉の色が濃い」というから、相当な変わり種である。彼らはこの品種から、ロゼのPatxanga、樽なしのLa Caca de Llum、樽熟成のEl Mentiderを造る。


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▲若々しいセンスを感じさせるラベルデザイン。ワインの味わいはラベルよりずっとシリアスなものだが。


 El Mentiderは樹齢80年から115年の古木のブドウを用い、9カ月樽熟成させた、アルコール度数14度の力強いタイプ。しかしこれは古木の悪い面が出て、味が暗く、スパイシーであるが同時に泥臭く、重心が下で伸びがなく、樽のなじみが悪い。トレパットらしくないということでは知的な興味がわくワインだし、このコンカ・デ・バルベラにしかない品種(総栽培面積は1000ヘクタールだという)を他の一般的な黒ブドウと同じように扱ってフルボディの一般受けする赤ワインを造ったという意味で画期的ではあったと思うが、品種じたいが求めている方向性を無理やり捻じ曲げているように感じてしまう。「でもこれが高く評価されるのですよ」とマリオナさんが言うから、「そんなに樽が好きならコンカ・デ・バルベラを飲まずにリオハを飲めばいい」と答えた。この方向性をさらに強めたワインが、カベルネ・ソーヴィニヨン50%とトレパット50%を樽熟成した、アルコール度数14.5度のFeedback。正体不明のよくある“スペインワイン”な感じ。ないし昔懐かしいペネデスを思い出させる味。それは最大限オブラートにくるんだ表現だが。「他とは全然違う方向性で、サクセス・ビニコラとしてのブランド・アイダンティティにマイナスだと思う」と言うと、「こういう樽っぽくてパワフルな赤ワインが好きな人はけっこう多いのですよ」。「パワフルなワインが好きならリベラ・デル・デュエロを飲め、ですよ。なぜワインの品質に対する評価軸を多元化できないのでしょうね。それはあなたにも責任があります。コンカ・デ・バルベラとは何か、サクセス・ビニコラは何を目指しているか、というメッセージを明確に伝えきれていないからです。スペイン国内でそういう状況なら外国ではもっと大変でしょう」。「それに、アルベルトのお父さんがこれが好きなんです。彼の畑ですからね、彼の好きなワインも造らないと」。「ああ、それはしかたない。親孝行は大事です」。
 その点La Caca de Llumは、いかにもトレパットらしいくっきりして軽やかなタンニン、しっかりした酸、なめらかな質感、ブラッドオレンジと赤系果実とスパイスとミントのブライトな香りを備えた、ピュアでいて完成度の高いワインである。生産者自身もこれが好きだと言っていた。ワイン名は蛍の意味で、確かに夏の夜にふさわしい味わいだ。
 このような方向性の品種だから、ロゼのPatxangaが素晴らしいのは当然だ。「パチャンガは夏のパーティの時の歌のこと。例えば『恋のマカレナ』みたいな」。懐かしい名前だ。1996年ビルボード14週連続一位という驚異の大ヒット曲だから、ある年齢以上の方なら鮮明に覚えているだろう。これも正しい命名で、踊りたくなるような明るいブラッドオレンジやカンパリのような香りとリズミカルな味わい。軽快な縦方向の動きがあり、重心が上で、くっきりした酸が心地よく、余韻は溌剌として長い。カジュアルだがぺたっとしたダルい味、ユルい味ではない。つまり、トレパットは高貴品種なのだ。これからますます評価が高まるだろう。

La Gravera (Costers del Segre, Catalunya)

 デメテール認証ビオディナミワイナリー、ラ・グラベラの混植混醸、ラ・ペル。ひとことで言って、偉大なワインである。このワインは1166年創立のシトー派Las Avellanas修道院の麓、0・95ヘクタールの畑から生まれる。1889年に植えられた品種は24種類。そのうち10種類の黒ブドウから赤ワインが、残り14種類の白ブドウから白ワインが造られる。


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▲周囲にはブドウ畑がない野原の中に忽然と姿をあらわす古木のブドウ。
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▲ラベルデザインはワイナリーデザインと同じくかっこいい。ワイナリー名にちなんだ砂利のモチーフが円で表現されている。



 今回その赤ワインをテイスティングさせていただいた。色は薄く、一見淡々としているようでいて、その奥には驚異的なディティールが絹織物のように組み合わさり、ハリがあってしなやかで、空気をはらみつつたなびいているかのような軽快な動きがある。混植混醸ワインならではの特質として、特定品種の個性が突出することもなく、複雑と言っても幼稚園のブロックのようにおおまかな原色の要素の組み合わせでもない、分析を拒絶する自然な一体感。なぜこのようなワインが日本には輸入されないのだろう(輸入されているのはベーシックなものだけ、それも極少量)。...スペインワインとしては高価かも知れないが、それでもコート・ド・ニュイの村名ワインと同じぐらいだ。日本は何万種類のブルゴーニュワインであふれているというのに。ワインファンは年間数千本のワインを飲んでいるだろう。ワインのことは知り尽くしていると感じているかも知れない。しかしまだこのようなワインが発見されないまま残っているのだ。

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▲カラー・コーディネートされた、スタイリッシュなワイナリー。一見、大手の工業系ワイナリーかと思うが、実に真面目なビオディナミ。想像できるとおり、ワインはよくあるヒッピー・ビオと異なり、安定してクリーン。このセンスが素晴らしい。

 ワイナリーはDO南西部、サブゾーンSegriaにある。インダストリアル・ゾーンの中に、他の会社と並んで建っている。ヒッピー・ビオディナミな雰囲気ではない。中に入り、社長のSergi Garciaさんを待つあいだに周囲を見わたすと、ずいぶんとコンテンポラリーでインダストリアルな内装だ。しかし徹底的にアーティスティック。このセンスはただものではない。さすが世界の美意識のリーダー、カタルーニャだ。
 メインとなる畑は砂利採掘場(=ラ・グラヴェラ)跡地だ。当然、土壌は砂利質。コステルス・デル・セグレは年間降水量が400ミリ程度しかないが、灌漑はしていない。周りを高い土塁で囲まれたくぼ地。保水性はよさそうだ。外界とは隔絶されている空間であり、周囲で使用される農薬の影響は受けない。羊を放って雑草を食べさせる。ビオディナミ調剤の原料となるハーブ類は畑の中で栽培される。内部での循環的物質・エネルギー交換を行う独立生態系としてのビオディナミ農園という思想をきちんと体現しようと努力している。ビオディナミはただ調剤を撒いただけでは実現できないのだ。

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▲砂利採石場跡を畑にしているため、周囲から一段掘り下げてある土地。この閉鎖性がビオディナミにとっては理想的だ。雑草は羊に食べさせるが、このような地形ゆえ羊が逃げることもない。



 Garciaさんによれば、ビオディナミにしてからアルコール度数は1度下がり、pHも下がって、ガルナッチャでさえ3・5。もちろん早摘みしたからではなくワインの味は熟している。ラングドック・ルーションで3.8といった数値になじんでいると、驚異的な効果に思える。オーガニックやビオディナミ栽培の問題として銅と硫黄の散布への依存が言われるが、ここではハーブの組み合わせによってべと病を抑止し、なんと銅の使用は全廃。うどん粉病対策の硫黄さえもあまり使わないという。ワインに対するSO2添加も極小。SO2無添加のガルナッチャの赤ワイン、Lagravera Tintoを飲んでみても極めてピュア。言われなければ無添加だとさえ思わないほど。ブドウじたいにパワーがあるとしか言えない。
 混植混醸ワイン、ラ・ペルに話を戻す。このワインはスペイン産のアンフォラであるティナハで発酵・熟成される。それだけの話なら、最近は珍しいことではない。むしろ流行りである。流行りすぎて、ティナハの使用それ自体が目的化する倒錯に陥っている。「みんな使っているから自分も実験するために買ってみた」と、新しいおもちゃを手に入れた子供のように楽しそうに話す生産者は多い。まずティナハがあって、そこから実験するのでは話の前後が逆である。まず長年の問題意識があり、問題解決のための刻苦奮闘があり、たどり着いた解決としてティナハがなければいけない。グラヴナーの1990年代の苦闘があってはじめて21世紀にアンフォラという光明が見えるのだ。ティナハやクヴェヴリといった陶製の甕はなんのために使うのか。コンヴェンショナルな答えは、1、樽の香りをつけずにニュートラルだから。2、多孔性で適度な酸素透過性があるから。それはそれで正しいだろう(私はこの世にニュートラルなものなど存在しないと思うが)。しかしそこには甕のもつ象徴性・哲学性への視点が欠けている。言うまでもなくそれは大地とワインとの接点確保である。それを忘れたら、同じく“ニュートラル”と呼ばれるステンレスタンクを使い、適度な酸素を供給するミクロ・オキシジナシオン器具を用いるのと何が違うというのか。

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▲あちこちの産地のティナハ。左から二番目のつやつやしたティナハが地元の土を使い、外側に蜂蜜を塗ったもの。今まで見た甕の中でもこれはベストのひとつ。



 ティナハはカスティージャ・ラ・マンチャ、カセレス、コルドバ州といったスペイン各地で作られる。しかしカタルーニャからは遠い。大地との関係性が希薄になる。それら代表的産地のティナハで実験してみても結果はいまひとつ。そこでラ・グラベラでは地元から遠くない窯元に特別にワイン醸造用ティナハを注文し、その原料粘土に自分自身の畑の粘土を混ぜてもらった。さらには窯から出してまだ熱いティナハの外側に自分の畑にある蜂の巣箱から採取したハチミツを塗った。ご存知の通り、ジョージアでは使用前に熱したクヴェヴリの内側に蜜蝋を塗る。殺菌のためと酸素透過性を適度に制限するためである。しかし「内側に塗ったらワインに味が移ってしまうから、外側に塗った」。酸素透過性低減効果は内側でも外側でも同じだろう。これは、しっかりとジョージアの伝統的クヴェヴリ発酵を学び、それを自分のワイン造りへと応用した、天才的なアイデアだ。しかしなぜハチミツか。ハチミツは花のエッセンスだ。花のエッセンスは花のエネルギー、すなわち上方垂直性をもつ。土のエネルギーは逆に下方垂直性へと向かう。花なき土は重くて暗い味になる。甕発酵ワインの多くがそういう傾向である理由のひとつは、土の要素ばかりで花の要素がないことである。言うまでもなく、この特別なティナハはコマーシャルなティナハより優れた結果をワインにもたらした。それはラ・ペルを飲めばたちどころに理解されるであろう。

Castell d'Encus ( Costers del Segra, Catalunya )

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▲山の上に建つカステル・デンクスの外観

ブドウ畑とワインのあいだにどれだけ密接な関係性を確保できるか。それが21世紀に入ってから大きく注目されるようになったクヴェヴリ発酵のもつ意味のひとつである。土で甕を作ってそこでワインを発酵すれば、土を介在としてワインは故郷に結び付けられる。ワインはそのもととなったブドウの記憶の家から離れることはない。ジョージアのワインは“土”のワインである。畑の中に巨岩が露出しているのを見たことはない。
 数千年のワイン造りをもつイスラエルで、畑の中の岩をくりぬいた足踏み圧搾槽と発酵槽の遺構を見た。これもまた、畑・ブドウ・ワインの一体性を約束する方法である。畑に好都合な硬質の岩が露出しているような“岩”のワインであるならば、の話ではあるが、むしろ理屈としては、クヴェヴリ以上に直接的なコンタクトがある理想的な方法だと言える。マタイによる福音書21章33節で、イエス・キリスト自身が彼の時代のワイン造りを語っている。「もう一つの譬(たとえ)を聞きなさい。ある所に、ひとりの家の主人がいたが、ぶどう園を造り、かきをめぐらし、その中に酒ぶねの穴を掘り、やぐらを立て、それを農夫たちに貸して、旅に出かけた」(日本聖書協会)。忘れてはいけないが、イエスの言うワインは、ブドウ畑の中の岩の穴で発酵させられたものである。

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▲この石桶だけは周囲の石積みから見て建物の中にあり、特別のワインを造るための設備だったのではないかと言われている。

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▲この石桶は構造的に見て最も使いやすく、進化のあとが見られ、他よりのちの時代に造られたのではないかという。

 このイスラエル型ワイン醸造設備の遺構はカタルーニャにいくつか‘残る。カステル・デンクスは、12世紀から18世紀まで僧侶が住んでいたキリスト教修道院兼病院跡に建つワイナリーであり、総生産量の半分ほどは、当時彼らが使用していた岩をくりぬいた設備で発酵されている。イスラエルにも岩発酵ワインはあれど私は飲んだことがなく、今回が初めての体験となる。そのために来たようなものだ。ワインに興味があるなら、歴史的な観点からして、絶対に飲まねばならない作品である。ちなみに穴は8つあるが、ふたつは形状からして食物貯蔵庫だろう。発酵槽ならば圧搾槽がその上にあって両者をつなぐ穴が開いていなければならないからである。

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▲現代の仕込みのもようをビデオで見た。

 カタルーニャ州リェイダ県全域に広がる、正直言って正体不明なDO、コステルス・デル・セグラ。このワイナリーは、7つあるサブ・リージョンのうち最北となるPallarsに位置し、ピレネーの麓の高地、標高1000メートルのところに建てられている。23ヘクタールの畑は標高850メートルから1300メートルまで広がっている。訪問するのは大変だ。場所が分からないし、未舗装の山道を登るしかない。誰かに連れていってもらえるわけでもなく、途中何度も電話で道を尋ねてたどり着いた。
 冷涼気候のスペインワインということで人気のようだ。トーレス社の醸造責任者を長年務めたラウル・ボベが2001年に自らのワイナリーを立ち上げるにあたって考えたことは、地球温暖化対策。標高の低く温暖なペネデスでカベルネ等フランス品種のワインを造っていたのだから、彼が抱えていた問題は容易に想像がつく。将来ますます温暖化が進展するなら、買うべき土地は北の高地であるという結論は至極自然だ。
 とはいえ、高い標高は低い気温という利点だけをもたらしてくれたわけではなく、霜害による収量の低下と夏の過大な水分ストレスという問題点も引き起こした。それはあまり予想していなかったようだ。もともとコステル・デル・セグレは雨が少ないが、ここ何年かは特に夏の渇水がひどく、昨2017年にはしかたなく灌漑パイプを設置することとなった。2018年は今まで大変に雨が多いのでまだ使用していないが、夏になればどうか。灌漑用水ははるか眼下の私企業が所有する貯水池から引き上げてくる。ワイナリーでは初となる画期的地熱発電によって使用電気をまかなっているから電気代は安くつくにしても、水代は高そうだ。

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▲カステル・デンクスの場所は向こうに見える山の切れ目を通って進軍してきたサラセンと対峙するキリスト教陣営の最前線だったらしい。

 コステルス・デル・セグラのブドウ品種は、このDOのホームページによれば29もある(しかしこのワイナリーが使用しているセミヨンの記載はななかった)。ピノ・ノワールやシュナン・ブランのような北系品種からグルナッシュやカリニャンのような南系品種まで幅広い。カステル・デンクスは最も冷涼な畑だから、リースリングやピノ・ノワールも植えられ、これらのワインの評価が高い。特にバルセロナのレストラン(ここのワインは極小生産量かつ相当に高価だから高級レストランしか扱えないだろう)ではリースリングの需要が大変に高く、造るそばから飛ぶように売れてしまうという。ここは石灰質砂岩のテロワールだから、味はファルツにも似るし、アルザスにも似る。
 以下、案内してくださった新顔のアシスタントワインメーカー、Carlos Pereda Bertranさんと、リースリングのワイン、EKAM2017をテイスティングしながらの会話。
CPB「本当はリースリングはもう少し熟成させてからリリースしなければいけないのは分かっているのだが、とにかくお客さんから早く売ってくれと催促されるので、しかたなくもう2017年を売っている。スペインでも海外でも評価が高い」。
KT「リースリングはいま人気で、かっこいいとされていますからね。スペインのリースリングは選択肢がないし、これに皆が飛びつくのも分かります。しかし世界のリースリングの中で見れば、私としてはそれほど熱中できない。標高が高いから当然なのだけれど、下方垂直性に欠けているから。下方垂直性は自分にとってはリースリングに要求したい重要な特徴ですから」。
CPB「リースリング90%にアルバリーニョ10%のブレンドです」。
KT「なぜそんなことをするのです!リースリングとブレンドしてさらにワインがおいしくなる品種はほとんどないはず」。
CPB「リースリングとアルバリーニョは想像以上に似ている味の品種ですよ」。
KT「ええ、それは分かる。タイトで直線的な味です。しかしそれでも私は反対ですね。リースリングはリースリングだけのほうがいい。アルバリーニョにはリースリングほどの陰影感とディメンジョンがあるとは思えない」。
CPB「まあリースリングのほうが確かに複雑な味でしょうね」。
KT「分かっているなら混ぜてはいけない。ところで2017年は暖かったからかも知れないけれど、案外フルーティです」。
CPB「以前よりほんの少し酸度を下げたのです。早く出荷しなければいけないし、お客さんから酸っぱすぎると文句を言われるので」。
KT「バカヤローですね。酸が嫌いならリースリングを飲むな、ですよ!」。
CPB「知識がある人ばかりならそれでいいんですけれど、スペインではリースリングがどういうワインだか知らない人が多いのです」。
KT「知らなくて買うのですか。お客さんはそれなりの高級店ばかりでしょう?それでその程度のレベルとはがっかりです。結局スペインのリースリングが珍しいから、国際的な評価が高いから、このワインを買うのですね。不純な動機です。せっかくこんなに素晴らしいポテンシャルのあるリースリングを造っているというのに。ああいやだいやだ、私は怒りが収まりませんね。リースリングに対する侮辱です!」。
CPB「しかたないです。ビジネスですから」。
その点、微甘口のEKAM Essence 2013は、若干シンプルだとはいえ味が整っており、いかにもリースリングらしい気品も辛口より感じられた。ただ、高い。絶対的な価格対品質で見るものではなく、やはり希少性価値を含めて評価すべきだろう。カステル・デンクスの日本での高価格も、こちらで卸価格を聞いて納得した。
 私が好きな白は、ソーヴィニヨン・ブラン主体にセミヨンをブレンドし、樽とステンレスタンクのふたつの方法で発酵熟成したTALEIA2015だ。これは重心が中央から下にあり、安定して、垂直性も素晴らしく、何よりパワー感、複雑性、そして余韻の長さがEKAMより段違いに優れている。いかにも2015年らしい完熟感。アルコール度数は13.5度ある。ところがこれはいまひとつの人気で、ワイナリーとしては「パワフルすぎて例外的」らしい。2016年はアルコール度数が12度しかなく、そちらのほうがエレガントで、望んでいる方向性の味なのだという。私はご存知のとおり、未熟な味のワインが好きではないので、この2015年のバランスで完璧だと思っている。
 TALEIAと同じ造りでSO2無添加のワインが、-SO2。バルセロナの自然派ワイン好きの店で受けそうな、いかにもな無添加味。「繊細さを求めている」と言うが、私には味の抑揚がなく水平的で余韻が短く、SO2無添加の問題点が感じられてしまうワインだ。
 上記と同じくソーヴィニヨン・セミヨンのワインをメソッド・アンセストラル製法によってスパークリングとしたTAIKA2013は、泡によってミネラル感がさらに強められ、躍動感を増したかのような傑作。アンセストラルゆえにブドウは完熟しており、味わいには厚みがあって骨格も堅牢。カタルーニャの泡=カバだけではない新たな可能性を感じさせるワインであり、サブゾーンPallarsは将来スパークリングワインの銘醸地になるかと思わせる。
 世評の高いピノ・ノワール、ACUSP2015は、一部岩発酵。これは青臭く、重心がとても上で垂直性が乏しく、立体感が弱く、若干泥臭く、タンニンが粗く、酸が強く固い。ようするに熟していない味のワイン。大昔のドイツのピノやイギリスのピノが好きならばいいが、「皆これをスペイン最高のピノだと評価しますよ」と言われても、「では他のピノが悪すぎるのでしょう」としか答えられない。「エレガント」とは思えないし、ピノ・ノワールの理想とも遠い。「緊張感とセクシーさが入り混じり、崇高さと妖しさを同時に見せてくれるのが最上のピノ・ノワールだと思う。このワインはセクシーではない」。最近のワイン用語では、薄くて未熟なことをエレガントと呼ぶようだ。ブルゴーニュでさえそうだ。言葉の定義は人それぞれでいいが、私は薄くて未熟なものは薄くて未熟だと呼ぶ。
 「ならばあなたはこのシラー、THALARN2014は気に入ると思う。これはセクシー」と出していただいたが、「いや、これは裏表がないシンプルなワイン。おいしいとは思いますが、値段を考えると、もう少し複雑で気品があって余韻が長くていいはず」。チャーミングだが小学生を見ているかのよう。樹齢が低いということか。ピノであれシラーであれ、腰が安定せずに上半身のほうが下半身より大きいのは、典型的な高地ワインの特徴。標高1500mとかのアルゼンチンのシャルドネも同じだ。下半身をどうやってしっかりさせるか考えないといけない。本来ならばここではヴィオニエやルーサンヌの出番(最も暑い区画に植えれば)だと思う。Photo_10
▲岩発酵ワイン以外は、この清潔なセラーで発酵。


 最後に、待ち望んでいたワイン、全量岩発酵のボルドー・ブレンド(カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルド、メルロ)、QUEST2014。これはすごい。香りはこのヴィンテージらしくハーブっぽいが、いやな青さではなく、伸びやかで清冽。重心は真ん中にあり、明確に垂直的で、極めてタイトな構造を持っていながら、その周囲に大きく気配を広げる。ダイナミズム、マチエールの厚み、余韻の長さと幅、複雑さ、気品、そのすべてが今までのワインとは別次元だ。いや、今までのワインと比較する必要などなく、世界中のどんなワインと肩を並べても見劣りしない個性的でいて普遍的な品質。岩発酵おそるべし。こんなワインに出会えてうれしい。

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▲誰もが一度は飲むべきワイン、クエスト。


 ところが一番不人気なワインがQUESTなのだという。そもそもこのワイナリーへの中心的な関心事は、岩発酵ではないのだろうか。唯一の完全岩発酵であり、私にとっては他と比較しようもないほど優れているワインであるこのQUESTがなぜ売れないのか。これを見て分かるとおり、私の味覚は世の中の嗜好からはずいぶんと逸脱している。それでも、カステル・デンクスが未来への視点と伝統への立脚を併せ持つ尊敬すべきワイナリーであるという認識に関しては、世の中の誰とも私が異なることはない。世界中のワイナリーは、この岩発酵を「商売人のあざといメディア受け戦略」などと見なさず(実際にそう言って否定した生産者がいた)、少なくともその歴史的な意味について真面目に考えるべきだ。ここからの豊穣な学びの機会を自ら失う必要はない。

 

 

2017.06.10

カパフォンス・オソ醸造所

 プリオラートの端にあるファルセット町の畑は、一部プリオラート、一部モンサンのアペラシオンです。この地で五代続く老舗カパフォンス・オソを訪れ、当主フランチェスコ・カパフォンスさんにテロワールや栽培についていろいろと教えていただきました。

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▲手前がモンサンの畑。山にあるのがプリオラートの畑。

 ファルセットの町に続く平地部分がモンサンです。モンサンの土壌は石灰岩、砂利、粘土といろいろあるようです。カパフォンスさん曰く、「すべては花崗岩の上にあり、基本は花崗岩が風化した砂。モンサンの地質年代はカタルーニャで最も古い」とのことです。実際彼のモンサンのワイナリー、マシア・エスプラネスの前にある畑を見ると、まるでビーチのような砂です。表土だけ見ると灌漑が必要だと思いますが、花崗岩が風化していれば下には粘土があるはずで、ここでも無灌漑。以前からモンサンといえばふっくらフルーティな味だと思っていました。花崗岩だと聞いて納得です。そして平地なのですから、プリオラートとは対照的。ワインの味の形も、垂直的なプリオラートに対してモンサンは水平的ですし、流速もプリオラートが早くてモンサンは遅い。品種的には類似点が多いにしても、とても隣どうしのアペラシオンとは思えません。

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▲モンサンの表土。風化した花崗岩。

 モンサンはプリオラートと比べて半分以下の値段です。カパフォンス・オソでも、マシア・エスプラネスが17.99ユーロなのに対して、プリオラートのマス・デ・マソスが39.99ユーロ。ちろん急斜面のプリオラートは収量が低く(樹の大きさが相当違います)、栽培も大変ですから、プリオラートが法外な値付けをしているという批判もあるとはいえ、実際に畑を見れば倍の値段はしかたないと思います。

ではモンサンの質が半分かといえばそうではありません。ようは、何を求めるか、です。ワインにやさしさを求めるのか、厳しさを求めるのか。いわばプリオラートが基本的には修道院的な観賞用ワインだとすれば、モンサンはもっと使いやすく親しみやすいワイン。最近皆が注目しているのも分かります。多くの飲食店で料理との相性が見出しやすいのは、モンサンです。

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▲地層が露出している崖に車を停めて熱弁をふるうフランチェスコさん。

 

モンサンのエリアからプリオラート方向に行くと、家々の石垣が急に変わります。モンサンでは建築用石材は花崗岩。プリオラートに入ると片岩です。家を建てる時に掘り出した石で石垣を作っているのでしょう。

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▲プリオラートを特徴づけるリコレージャ。

プリオラートの地層が露出しているいろいろな箇所に連れていっていただきました。ひとくちにリコレージャと言っても、比較的柔らかい粘板岩もあれば、硬質な雲母片岩もありますし、珪岩もあります。掘り出してみると、石と石のあいだには粘土があります。「これがブドウに水分とミネラルを与えている」と言います。



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▲外から来た投資家がこうしてテラスを作ってもともとの土壌を破壊してしまう、とカパフォンスさんは憤る。


カパフォンスさんは急斜面にテラスを作ることに反対です。以前にニン・オルティスでも聞いたこととおり、やはり「伝統的には急斜面にそのまま植栽した」そうです。テラスを作ると「土壌を破壊し、ブドウの生育に必要な有機物が取り除かれて、段々畑のエッジの部分に集まってしまう。ブドウが植わっている部分には石だけで何もない」。

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▲カパフォンスさんが描いた、テラスに植えた樹(左)と、斜面そのままに植えた樹(右)の違い。


「急斜面にはブドウを斜めに植えていき、畝を斜めにするのが伝統」だとも聞きました。水が斜面上から下まで直線的に流れ落ちませんから土壌流出も防げるでしょうし、雨がそんなに多くない土地ですから水をためやすいでしょうし、また、「斜めにしなければ耕作用のロバが斜面を登っていけない」。確かに垂直方向では急すぎて人もロバも登れませんし、水平方向に進みたくとも横に傾いてしまってロバは立っていられません。トラクター耕作や除草剤使用を前提とした畝づくりに慣れてしまっているから、方向が縦か横しかないと思ってしまうので、よくよく考えてみればこの斜め植えは理にかなっています。

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▲斜面に対して斜めに畝が作られているのがわかる。


 畑を遠くから見ると、樹勢が強いところも弱いところもあります。森の下や大木の横は樹勢が弱かったり枯れたりしています。「地下に木の根が張っていてブドウに十分な水がいかない」そうです。といっても「森林は保護されているから、邪魔だからといって勝手に切り倒すことはできない」。こうして観察していると、“生命”を感じることができますね。

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▲同じ品種、同じ斜面といえども樹勢は株によってずいぶん違うもの。

認証はないとはいえ栽培は実質オーガニックですから、ワインの味は素直です。老舗ならではのこなれた安心感もあります。しかしカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロやシラーといったフランス品種の影響が大きすぎます。それはモンサンでもプリオラートでも同じです。何度も言っているとおり、ワインが熟成してもカベルネ・ソーヴィニヨンは特にそのままの味がずっと残り、時間を経るほどむしろ違和感が出てきます。30%も入れてはいけません。

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▲テイスティングしたワインの数々。

昔はカベルネをほとんど入れていなかったようです。その時代のワインを飲むと、きれいに熟成していて、すっきりとした抜けのよさがあります。当人もそれはわかっています。しかし私以外のいろいろな人が今までテイスティングして、誰もフランス品種の害について指摘しなかったらしい。考えられません。その程度のテイスティング能力だと言っているのではない。問題点がわかっていてもその場では社交辞令的コメントだけ言って場をとりもつ態度は、本当にプリオラートやモンサンが好きな人の態度なのか、そこに本当のワイン愛があるのか。カパフォンス・オソの問題は、素晴らしい栽培をしていながら、国際市場の顔色を窺ったワイン醸造がせっかくのテロワールのポテンシャルと自然の美しさと人のよさを減じている、ということです。つまり、あれこれ余計なことを考えずに伝統を守り、自分の味覚に素直になれば、ずっとよいワインになる。ですから私はフランチェスコさんに、「カベルネを入れてアングロサクソン市場でのウケを狙う時代はとうに終わった。早く方向性を切りかえてガルナッチャ、ガルナッチャ・ペルーダ、カリニェナのブレンドにしてください。とはいえ今までの顧客もいるから、それを次の新商品としてください」と言いました。

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▲上がガルナッチャ・ペルーダ。葉の裏に毛が生えている。下はガルナッチャの葉の裏。



 その点では、フランス品種ワインと割り切った
CSMVessantsSy&CSRoigencのほうがずっと完成度が高いと思います。特に前者は亜硫酸無添加で、モンサンのふっくらした広がり感がよく表現されています。しかし亜硫酸無添加だとは積極的に謳っていません。最近では亜硫酸無添加じたいが目的となっているようなワイン生産とワイン消費が目立ちますが、入れる必要がない場合は入れない、それだけであってあえてそれを売り文句にしない、といった姿勢のほうが正しいと思います。

 

2017.06.05

エスパイ・プリオラート

 再びプリオラート。世界じゅうのワインジャーナリストが集まるセミナー、試飲会であるエスパイ・プリオラートに参加してきました。二か月前に訪れたばかりなので、いまや景色を見ても親近感を抱きます。今回は、前回の訪問で疑問に思ったこと、確認したかったことをさらに探求できる機会となりました。


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▲会場となったのは、プリオラートの歴史の始まりであるスカラ・デイ修道院

 1990年代に脚光を浴び、貧困にあえいでいた無名のバルクワイン産地から一気に駆け上がり、2000年には最上格付けDOQに認定されるまでになったプリオラート。そのサクセスストーリーはこれまでもワインジャーナリストの方々が多く記事にされてきたので、ご存知かと思います。

世界じゅう、おいしいワイン、素晴らしいワインを造っていながら、ないしそのポテンシャルがありながら、無名のままの産地はたくさんあります。プリオラートはなぜその中で成功することができたのか。多くの人にとって疑問となる点です。イギリスのSarah Jane Evansさんのセミナーを踏まえて自分なりに理由を簡単にまとめるなら、以下のようなものでしょうか。

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▲バルセロナ空港から修道院に直行してすぐにセミナーが始まった。

1、1980年代にプリオラートを発見したパラシオスら四人組が世に出た1989年から1990年代初頭は、アメリカのワイン評論家の影響力が今とは比較にならないほど重要だった。

2、アメリカ人評論家の嗜好が、濃密な果実味を有し酸が穏やかでアルコールが高い当時のプリオラートのスタイルが合致した。

3、四人組のワインは、上記のスタイルのワインを生む気候条件や土壌を有するグラタヨップス村に基点をおいていた。


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▲グラタヨップス村遠景


4、プリオラートの畑は、大量生産に向く平地のタラゴナ、ペネデスと異なり、労働生産性の極めて低い急斜面であり、カベルネやシャルドネ等国際品種に浸食されておらず、高級ワインとしてのオリジナリティがあった。80年代までの国際品種全盛時代と異なり、90年代に入ってからは地場品種への関心が高まっていた。

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▲プリオラートの畑を覆うシスト、現地の言葉でいう、リコレージャ



5、急斜面でやせた畑のため自然と収量が低くなり、濃厚な味わいのワインにおのずとなる土地だった。貧困ゆえに改植が進まず、高樹齢のブドウが多く生き残っていた。それもまた高品質ワインを産するに好適だった。

6、過疎地であり、農業放棄地が多く、地代が低廉で、新たな資本が参入しやすかった。

7、山中に湧水が多く、灌漑用水(それを望むなら)が比較的容易に入手できた。

8、プリオラートは基本的に赤ワインの産地であり、プリオラートが世の中で話題となった97年頃は赤ワインブームだった。

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▲人里離れた斜面に畑が点在するプリオラート




 

 優れたテロワールはどこにもあります。しかし消費者は、それがどこだかは知らないし、普通、探そうとは思わないものです。結果としてはぼちぼちの味だがテロワールのポテンシャル的には良いワインを、テロワールのポテンシャル的にはぼちぼちだが造りが上手でおいしい結果を出しているワインと区別するのは難しい。だからおいしい結果を出してくれない限りは注目しようもないし、買いようもない。プリオラートの場合、ちょうどぴったりの時期に、優れた生産者、優れたテロワール、市場に合致する味、その味を支持する巨大市場が幸運なことに嚙み合ったわけです。そしてそれを後押しする形で、カタルーニャ政府が2000年に、そしてスペイン中央政府が2008年に最上格付けを与えた。この迅速な対応は驚嘆すべきものです。初ヴィンテージが89年、私が記憶する限り盛り上がり始めたのは94年ヴィンテージ、つまりリリース時期を考えると978年。それからたった3年でDOQとは、いったいどういう意思決定が誰によってなされたのかと思います。そもそもエスパイ・プリオラートのような大規模なイベントを頻繁に行うためには相当な予算が必要であり、足の引っ張り合いをすることなく関係者全員がきちんと同じ方向に揃ってマーケティング活動をしてきたという点も看過してはいけません。

 プリオラートがおいしいのは当然なので、それを前提として話をするなら、いくつかの論点を提示することができます。

■灌漑について

 プリオラートは年間降水量約600ミリなので、無灌漑で問題なく栽培できるところです。急斜面とはいえ、シストや粘板岩が風化した粘土がありますから、保水性も約束されています。基本品種は最も渇水に強いガルナッチャとカリニェナです。それでも灌漑が見られるのは、粘土がない劣った区画なのか、収量増大を目的としているのか、渇水に弱い国際品種つまりボルドー品種かシラーを不適切な場所に植えているからです。

 灌漑しているワインは、無灌漑のものと比べて、酸の柔らかさや果実味のまろやかさやタンニンのしなやかさはありますが、構造が緩く、単調で、下方垂直性に劣ります。もちろん私にとっては構造の堅牢さ、複雑性、下方垂直性は極めて重要な品質要件ですから、無灌漑のワインのほうが優れていると思っています。試飲会では灌漑しているか否かを聞いて回っていたので、上記の違いは百本を超えるテイスティングの結果であって推測ではありません。

 しかしながら話はそうは単純ではありません。90年代のプリオラート興隆の理由のひとつに、アメリカ市場(ないしアメリカ人評論家)の嗜好への適合性があると先述しました。彼らの評価基準を分析すればわかりますが、酸が柔らかくて果実味がまろやかでタンニンがしなやかであることは、高品質の証です。高評価のナパのカベルネ・ソーヴィニヨンやシャトー・ポンテ・カネの味わいを見ればわかるはずです。ちなみに最近ではアメリカの評価基準も多様化しており、グラタヨップのガルナッチャ的味だけではなくポレラの高標高カリニェナ的味も称賛され、高得点を獲得しているという事実は言っておかねばなりません。

 灌漑がもたらす味わいをよしとする人は世界に多いものです。豊満な果実味の魅力と緊張感のあるミネラルの魅力とどちらが多くの人に理解されやすいかと問うまでもありません。さらには新世界ワインが入門者向け市場で強力な地位を占めており、それら灌漑味ワインで多くの人の味覚が条件付けられていることも大きいと思います。慣れ親しんだ味をおいしいと思うのは人間の常です。プリオラートがこれからも世界じゅうの市場に浸透し、高い評価を獲得し続けていくためには、灌漑味のワインが必要であると、マーケティング的立場からは主張することができます。

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▲これを飲むと、プリオラートがなぜアメリカでそんなに人気になったのか理解できる。

 たとえば端的な例として、2000年にサンタリタヒルズのシースモーク等カリフォルニア資本によって創業されたワイナリー、Melisの味を見てほしいと思います。ワインメーカーはカリフォルニア大学デイヴィス出身です。大変においしいワインですが、国籍不明感が若干あります。ブランドで飲めばチリかな、カリフォルニアかな、と思います。プリオラート的な否か、ではなく、おいしいかまずいか、という評価基準で見るなら、なんの問題もありません。もちろん灌漑しています。ワインメーカーのハビエルさんによれば、「収量のためではなくブドウのストレス減少のため」。私が「まさにアメリカ人好みの味ですね」と言うと、「アメリカ市場で売るために作っている」。それはそれで理にかなっているビジネスです。

 

■除草剤

 急斜面産地の例に漏れず、プリオラートでは除草剤散布が多くみられます。除草剤を使うとミネラル感がなくなり、余韻が短くなり、ぺたっとした味になります。とはいえだんだんとよい方向に向かっていることは確かなようです。一本数十ユーロもするワインなのですから畑仕事に人を雇うことができますし、高級ワイン市場で競争力を保持するためには除草剤味のワインではだめだということぐらい誰でもわかります。しかし見た目ほどは味への影響がないと思うのは、水はけのよさゆえでしょう。

 

■国際品種

 プリオラートでは90年代にカベルネ・ソーヴィニヨン等のフランス品種が多く植えられました。今ではそれらを引き抜き、地場品種に植え替える動きが盛んです。それはよいことです。ガルナッチャとカリニェナは基本です。

私は原理主義者ではないので、国際品種全否定ではありません。いったいどんな畑なのか、何を目指しているのか、誰に売るのか、という数多くの要因から、適切な国際品種の適切なブレンドは導き出されます。地中海品種に適さない谷底の水が多い区画を遊ばせておくよりはボルドー品種を植えるほうがましだと、ワイナリー経営の立場に立つなら思います。

ただ、カベルネ・ソーヴィニヨンの多用はいけません。たぶんブレンド比率10%未満ではないと、自己主張の強いカベルネ・ソーヴィニヨンは地場品種を圧倒してしまいます。熟成すれば融合すると思うのは間違いです。1990年代のカベルネ・ソーヴィニヨン入りワインは、今飲むと、本来のブレンド比率より多くの比率が入っているかのように、カベルネ味が強まっています。長期熟成のためにカベルネをブレンドしたのかもしれませんが、生々しい味を保つのはカベルネだけであり、ガルナッチャはアルコール感が抜けて大変にしなやかでおとなしい味になっています。

プリオラートではカベルネ・ソーヴィニヨンの収穫時期はガルナッチャより遅くなります。より冷涼な産地のブドウなのに不思議ですが、夏のストレスに耐えられずに成熟が遅れてしまうのでしょう。ですから往々にしてカベルネ・ソーヴィニヨンは完熟した味がしません。メルロは、乾燥して暑い土地に植えること自体、初歩的な間違いです。

シラーも危険です。シラーは味の上のほうを占めるので、少量でも大変に目立ちます。香りを持ち上げるために役にたつとはいえ、その方向に行き過ぎると、シラー、グルナッシュ、カリニャンのブレンドのワイン、つまりラングドックとそっくりになってしまいます。

最もポテンシャルがあると思うのはカベルネ・フランです。タンニンが細かく、エグくならず、ソーヴィニヨンより品がよく、酸もあると思います。これをブレンドすると垂直性と香りの伸びが出るようになるでしょう。

 

■方位と標高

 最近は酸やフレッシュさや低アルコールを求めて標高500メートル以上の高地にある畑や北向き斜面の畑が注目されています。それはそれでワインの多様性を生み出し、興味深いものです。

 しかしガルナッチャやカリニェナの魅力とはなんなのか、という視点は忘れてはいけません。ラングドックにたとえて言うなら、グレ・ド・モンペリエとピク・サン・ルーのどちらが地中海ワインらしいか、ということです。近年では後者の評価が高いのはご存知の通りでしょうが、それはピク・サン・ルーがブルゴーニュ的な味わいだからです。どこでもかしこでもブルゴーニュ的な味を理想とする近年の風潮は本当に異常です。ブルゴーニュが好きならブルゴーニュを飲めばいいのであって、その味をどうして他産地に求めるのでしょう。

 私は北向き斜面の味が優れているとは思いません。北向きは確かに酸が強まりアルコールは低くなりますが、スケール感・余裕感が出ず、神経質な味になります。涼しい年の南向き斜面ワインと温かい年の北向き斜面ワインの味は似たようになるかというとそうではなく、やはり南向きのほうが知る限り常にスケール感が大きいのです。

 標高が高い畑のワインは重心が高くなります。ラムやチキンには合うようになりますが、ワイン単体での上下バランスからすれば、下半身の支えが弱くなりがちで、決してコンプリートな味とは言えません。

 

Vi de FincaVi de Vila

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▲Vi de Finca二種

 プリオラートはスペインで最初にVi de Finca、つまり単一畑ワイン呼称が認められた産地です。現在ふたつのワインがVi de Fincaとして認められています。

 これまた世界じゅうに見られる「ブルゴーニュに倣え」運動のひとつに見受けられます。確かに最上の畑というものは存在するでしょう。しかし最上の畑から生まれる最上の味わいとは何か。その共通見解が確立しない状況で「グラン・クリュ」を認定するのは時期尚早に思えます。たとえばClos MogadorVi de Fincaとして有名ですが、私個人はどこがどうして他より優れているといえるのか、ワインをブラインドでテイスティングしても分かりません。

 そもそも最上の畑とは単独で存在するものではなく、品種やワインのスタイルと密接に関係しています。あるワインをある品種で造るためのグラン・クリュなのです。シャンパーニュのヴェルズネイは、シャンパーニュをピノ・ノワール主体で造る以上はまごうことなきグラン・クリュですが、コトー・シャンプノワをシャルドネで造るグラン・クリュとは言えません。クロ・ド・タールはピノ・ノワールのグラン・クリュであって、アリゴテのグラン・クリュではありません。プリオラートなら、マスカットもペドロ・ヒメネスもガルナッチャ・ブランカもカリニェナもメルロも認可品種です。そのどれもがひとつの畑で最上の味を生み出すわけがないではありませんか。

 単一畑ならよい、とする近年の風潮も問題です。よいブレンドは、中途半端な単一畑より優れています。ブルゴーニュの場合なら、一級や村名は単一畑よりブレンドのほうがコンプリートな味がするものです。だからブルゴーニュは特級の場合は単一クリマ=アペラシオンですが、一級や村名はそうではないのです。単一畑ワインブームは、それぞれ違うことは違うが帯に短したすきに長しの味の数多くのワインを生み出すことになります。ブルゴーニュでさえ、数百種類の単一畑ワインを目的・動機に沿って適切に選べる人など見たことがありません。ましてプリオラートで数百の単一畑ワインが登場し、ペネデスでも数百、タラゴナでも数百、と数が増えていき、スペイン全体で数万種類の単一畑ワインが登場し、世界じゅうで数億種類の単一畑が生まれ、、、、、という状況を想像してみてください。現実に意識的・自覚的に選べない選択肢がいくらあっても、選択の自由は生まれません。むしろ人間は選択を放棄してしまうのです。譬えていうなら、極めて理想主義的だったワイマール共和国憲法下の単純小選挙区制による小政党乱立がそのあと何を生み出したか、ということです。それよりは、適所適材に区画と品種を選び、ブレンドして、1プラス1を3にしていく努力のほうが消費者のためになります。

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▲Vi de Vilaの例

 生産村名表記ワインであるVi de Vilaは何の問題もありません。Vi de Fincaのように優劣の視点を内包するものではなく、単に生産地の明確化であり、消費者にとってもどこの村のブドウからワインが出来ているかが約束されるのはよいことです。プリオラートを構成するBellmunt, Escaladei, Gratallops, El Lloar, La Morera, Poboleda, Porrera, Torroja, La Vilella Alta, La Vilella Baixa, Masos de Falset, Solanes d’El Molarごとにキャラクターがそれなりにあるのは事実ですから(まだまだ私程度の経験では明快に言語化できません)、それをもとにワインが選べるようになります。プリオラートでは南西に行くほど温かくなり、東に行くほど雨が多くなり、南東で斜面が急になり南西で緩やかになる、といった基本を覚えておけば、そのあと村名とその位置を知ることで味の予想がつけられます。

 

■白ブドウ

 なぜシラーを入れるのか、なぜ標高が高い畑に向かうのか、といえば、ワインに軽やかさ・フレッシュさ、エレガントさを求めるからです。目的は正しくとも手段が間違っています。正しい手段は、黒ブドウに白ブドウを3%から10%ほど入れて混醸することです。シャトーヌフ・デュ・パプやコート・ロティの例からも分かるとおりです。

 これは温暖産地すべてに言いたい。カギは白ブドウの使い方だ、と。昔は黒白混醸は常識です。プリオラートの高樹齢の畑はガルナッチャやカリニェナの中にガルナッチャ・ブランカやカリニェナ・ブランカが混植されています。今では黒白別々に収穫して赤ワインと白ワインを造ったりしますが、昔どおりに同時収穫すればいいだけのことです。赤ワインに白ブドウを入れず、白ワインに黒ブドウを入れないようになったのは、ワインの歴史の中の巨大な誤謬です。プリオラートの白をグラスに極少量入れてから同じ畑で産出されるプリオラートの赤を注いだほうが、赤だけ注ぐより、ずっと上品に、ずっと伸びやかになります。

 

 どの産地でもそうですが、知れば知るほどワインが楽しくなりますし、理解して味わえるようになるため、よりおいしくなります。大切なのは、誰とかがいいと言っているからいい、という主体的選択の自由を放棄したワインの判断をするのではなく、各人が自分自身の視点や関心に基づいて対象を把握し、自分自身のためにワインを選択することです。プリオラートは偉大なポテンシャルがある産地ですし、すでにそのポテンシャルは様々な形のワインとして具現化していますが、次のステップへと進むためには、今こそしっかりとした考え方をもってワインをテイスティングし、議論を深めていかねばなりません。

 

 

2017.04.06

スペイン、リオハ0 いまリオハを飲むということ

 力を抜くこと。その前には、正しく力が入っていること。それがリオハだ。

 力がもともとないものから力を抜いたら、飲みやすいかも知れないが感動はしない。力を入れたまま固まってしまったら、印象には残るかも知れないが疲れる。それはワインだけには限らない。

 がんばっています!の自己主張は聞いていてつらい。しかしがんばりの押し売り的宣伝文句が、最近のワイン市場で、目立ってはいないか。がんばることじたいはよいことなのだから、なんびともそれを否定できない。がんばっていてがんばっていると言えば、誰でも理解できる。おのずとそういう言葉が氾濫する。

 がんばっていないでがんばっていないと言うのは恥ずかしい。言う必要もない。がんばっていないのにがんばっていますと言うのは後ろ指さされる。罪とさえ言える。がんばっているのにがんばっていないと言うのは、、、、これが問題だ。それを謙遜の美徳と考えるためには、言葉の背後にある事実を推し量らねばならない。だからそういったワインを楽しめるようになるには、言葉の背後が存在しているということ自体を知る経験が必要になってくる。不言実行型ワインと有言実行型ワインがあるとすれば、リオハは明らかに不言実行型だ。言われなくとも分かる人が飲むワインだ。

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 さて「力」や、その力を生み出す作用の強度である「がんばり」は、人に関してのみ該当するのではなく、テロワールにも該当する。よいテロワールはワインに対してがんばり、結果としてのワインは大きな力をもつ。そのがんばりがそのまま表出してしまうと、「ああ、ようございました」とか、「はいはい、あんたはエラい」といった反応が往々にしてふさわしい、ないし、そう言ってはいけないことを知りつつ内心で悪魔がそうささやく、偉そうなワインになる。左うちわのグラン・ヴァンである。それはそれでいい。偉いものは偉い。歴代国王の肖像画を鑑賞するようなものだ。だが、豹皮のマントや金モールで「えらさ」をこれでもかと盛り立てる肖像画を見て、少なくとも私は感動はしない。わが国の国宝である源頼朝(最近では足利直義説もあるが)の肖像画を見て感動するのは、何も盛り立てていないからだ。記憶に鮮明な1970年代までしかリアリティをもって遡ることはできないにせよ、往年のボルドー1級やブルゴーニュのグラン・クリュは、ルイ14世より源頼朝の肖像画に近い、偉いのだが俺は偉いと主張しまくらない不言実行性と節度があった。ロールスロイスやアストンマーチンに乗らずとも、1991年製ホンダ・インテグラに乗っておられても、かのお方の偉さは誰もが知る。その美しさが、今どれだけのグラン・ヴァンにあるか。

 リオハは、このような問題意識に基づいて飲む時、グラン・ヴァンであることを主張しないグラン・ヴァンとして、いまや稀有な存在であると理解できる。私は、そのことが分かるようになるまで、相当な時間がかかった。

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 なにゆえにリオハ(ここでは赤ワインのみを扱う)はそういった稀有なキャラクターなのか。それをこれから考えていきたい。

 まず言っておきたいが、リオハならばなんでもいいわけではない。リオハはエブロ川の両側、長さ100キロ、幅40キロに広がる、63593ヘクタールもの巨大産地だ。温暖で乾燥(年間300ミリ台)している東部のリオハ・バハは、ワインとして悪いわけではないが、ここで言っているような引きの美学をあまり感じさず、グラン・ヴァンには不可欠な気品のある酸と緻密なタンニンに欠けるから、まず除外する。昔から言われているように、比較的湿潤(年間400ミリ台から500ミリ)で冷涼な西部のリオハ・アルタと北部のリオハ・アラヴェサは、やはり品格が高い。この中でリオハ・アルタはコート・ド・ボーヌ的寛大さ、リオハ・アラヴェサはコート・ド・ニュイ的繊細さが特徴となるだろう。

 その上で、昔から続く伝統的生産者のグラン・レゼルバを選ぶ。彼らのほとんどは広大な自社畑を所有しており、最上の畑のみからグラン・レゼルバが、良年にのみ造られる。どの畑のワインを買っていいかわからない、どのヴィンテージを買っていいかわからない、という状況が常態化している中で、これはグランメゾンのシャンパーニュのプレステージ・キュヴェと並んで分かりやすい話だ。グラン・レゼルバとは、規定上は5年以上熟成され、そのうち2年は樽熟成されるワインであるが、それはすなわち、熟成されるべき内容の、熟成してよくなる優れた畑のワインである。マニアにはこれが予定調和すぎておもしろくないとしても、万人が理解できるというのは、そして想定どおりの高品質なワインが得られるというのは、世の中にとっては重要なことだ。

 このグラン・レゼルバというコンセプトがよい。それは、畑別ワインでは、基本的に、ない。ひとつの畑からのみできるとしても、世界じゅうで全盛の、「テロワールを重視し、畑ひとつづつの個性を伝えることがワイン生産者の仕事だ」という発想に立つワインとは言えない。偏った味わいを生み出す畑があるとして、その偏った味わいをそのまま「これが畑の個性なのだから、あれこれ言わずに飲め」と言われても困るのではないか。そもそもテロワールの重視と単一畑ワインは、イコールではない。そこには優れたワイン、おいしいワインを造るという基本スタンス(消費者に対する責任とさえ言える)が希薄だ。

 グラン・レゼルバは、リオハというテロワールの本質を俯瞰的・総合的に表現するものであって、行政上の土地登録名や自分で勝手に区分した特定の場所を微視的に表現するものではないという意味で、やはりグランメゾンのシャンパーニュと類似する。つまり、前のめり一辺倒のがんばりましたワインではなく、一歩退いて全体を見ているワインなのであり、まさにプレステージ・シャンパーニュと同じく、おとし所をわきまえている安心感と包容力のワインなのである。

 リオハの主要ブドウ品種は言うまでもなくテンプラニーリョである。今や世界的に最重要品種のひとつとなったテンプラニーリョは、リオハが生まれ故郷という説もある。この品種は、カベルネ・ソーヴィニヨンのように堅牢でもなければ、ピノ・ノワールのように華麗でもない。タンニンと酸はやさしく、色は薄く、香りも比較的地味で、ゆったりとした温和な味わいだ。リオハの土地は、特に西側の降水量の多いエリアは、この個性をさらに強める。フッと隙間に入ってくるような気配の穏やかさや当たりの柔らかさ。割り込んできて主張するのではなく、しみ込んできてうしろから支えるような、やさしい強さ。リオハのグラン・レゼルバにはそれがある。だから、泣ける。

 しかしリオハはソフト型品種のテンプラニーリョだけではなく、タンニンと酸の強いハード型品種のマズエロやグラシアーノも1割から2割程度ブレンドされる。時にボリュームをもたらすガルナッチャもブレンドされる。だからリオハは一本調子な味わいではなく、シャンパーニュやボルドーと同じく、あえてフォーカスをひとつに絞らない多面性・複雑性を備えている。また、ハード型品種がリオハに芯の強さ、心地よい緊張感、気品の側面を加える。それがリオハの包容力をさらに増す。

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 そして、長い熟成。先にリオハ・グラン・レゼルバは最低5年熟成、うち樽熟成2年と言ったが、現実には今売れられているグラン・レゼルバは2004年や2006年や2007年なのだから、十年以上も熟成させられている。そもそもクリアンサ以上のリオハはどれも樽熟成されねばならないという点で、リオハと樽熟成は切っても切れない関係にある。熟成とは酸化とうらはらのエントロピー増大過程であると、すなわち死への道であるとも捉えられる。死への道を歩む中で、死とは反対の力が立ち現れてくるところに、熟成の奇蹟がある。そこに、同じく死への道を歩むしかないはかない生命体である我々に、感動を与える理由がある。

 古典リオハで使われる樽は、アメリカンオークが多い。アメリカンオークといえば、世界的には不人気であり、青臭い、エグい、過剰に甘い香りがする、タンニンが粗い、ワインとなじまない、等々、悪口を言われる対象になりやすい。私も多くの場合は批判的だ。そしてリオハでもクリアンサのように1年しか樽熟成されない場合は、アニスっぽさやゴリゴリ感や刺激的なスパイス感等、アメリカンオークのいやな側面が目立ち、あまり好きになれない。しかし長い樽熟成がなされるグラン・レゼルバになると、アニスシードやクローヴっぽい刺激感がナツメグ的なおだやかで魅惑的な風味に変化するように思える。そして若いうちの過剰なタンニンがワインに溶け込み、生命力をサポートする役目となる。さらにはセクシーと言ってもいいほどの甘さが出てくる。死への道が甘美さを伴うとしたら、なおさら陶酔的ではないか!

 ゆえに古典リオハには、孔子のかの有名な次の言葉がふさわしい。子曰、「吾十有五而志于学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲、不踰矩」。

2017.04.03

スペイン、リオハ4 マルケス・デ・ムリエタ

 古典リオハを語るなら、リオハ・アルタという産地じたいの先駆けであるマルケス・デ・ムリエタの最上級キュヴェ、カスティーリョ・イガイを忘れてはいけません。ムリエタ侯爵の先見の明なくして現在のリオハはないのですから、なぜ彼がこの地(イガイというのは土地の名です)を選んだのかという問題意識を含め、誰もが飲んでみるべきワインです。

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▲ルチアーノ・デ・ムリエタ侯爵の時代から変わらぬ場所にあるワイナリー。外観はクラシックだが、内部は新しい。

 

 とはいえ大変に高いワインですし、そう簡単には飲めません。私自身の記憶をたどるなら、だいたい30年前と20年前に飲んだだけです。ヴィンテージは憶えています。78年と89年です。生産された全ヴィンテージのラベルが並ぶ部屋で、案内してくださった方に言いました、「78年は本当に偉大なワインだった。厚みがあってスケールが大きく、完璧なバランスだと思った。余韻の広がりがすごかった。89年はなぜカスティーリョ・イガイを作ったのか正直分からない。フルーティではあったがシンプルで薄かった」。その方が言うには、「私も同感ですね。94年と95年も傑作ですよ。個人的には95年が好きです」。私はカスティーリョ・イガイの両ヴィンテージは飲んだことがありませんが、マルケス・デ・ムリエタのリゼルバのほうは飲みました。「95年は力強くてスケール感がありましたね。94年はより繊細でしたが私はこの年のフォーカスといきいきした酸が好きで、どちらかといえば94年派です」。「ええ、そういう味です。それにしても、あなたはよく昔のことを憶えていますねえ」。「私は美味しいワインについては味を忘れたりはしません。この商売をする以上はワインの味を忘れては話になりません。それに私はそのぐらいしか能がない」。
 というわけで、今回試飲した2007年は本当に久しぶりのカスティーリョ・イガイ。これは大傑作です。カスティーリョ・イガイならではのクリーミーな分厚い果実味と積極性。そしてぴしっとしたフォーカスと気品。しかし以前と比べて質感が緻密で、はるかにビビッドな味になっている印象。現代的な古典、という感じです。

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▲カスティーリョ・イガイ2007年は、9月27日に収穫されたテンプラニーリョ86%と10月13日に収穫されたマズエロ14%のブレンド。テンプラニーリョはアメリカンオーク樽で、マズエロはフレンチオーク樽で28か月熟成されたのち、ブレンド。最初の10か月は新樽で熟成されるのが興味深い。

 レゼルバ2011年も値段を思えば素晴らしいワインです。マルケス・デ・ムリエタは、レゼルバとグラン・レゼルバのみを造り、クリアンサはありません。「レゼルバの品質がワイナリーの評価を決定づける」と言っていました。しかしまだ若くて質感が暴れています。酸もエッジがあります。これは数年間は瓶熟成させないといけません。イガイのほうは既に飲みごろですし、これから十年でも二十年でも熟成するでしょう。

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▲北、すなわちシエラ・カンタブリアを遠く臨む。山の麓から造られる北のワインとは対極的な個性。

 マルケス・デ・ムリエタの300へクタールの畑はワイナリーの周囲に連続的に広がっています。高台にあるワイナリーから眺めると、見渡す限りの自社畑。この「シャトー・コンセプト」が、ムリエタ侯爵がボルドーから持ち帰ってきた考え方です。だから彼自身がデザインした最初期のラベルは、「シャトー・イガイ」と書いてあります。19世紀後半には「リオハ」という産地名はなく、近くの都市であるログローニョの名が記されているのも時代を感じさせます。

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▲博物館には、長い歴史を物語る興味深いさまざまな陳列物がある。創業時のラベルデザインを現代でも継承しているのが素晴らしい。

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▲陳列品のひとつ、ラ・リオハ紙一面にのる、ムリエタ侯爵の死亡記事。リオハにとって彼がどれほど重要な人物だったのかが分かる。


 この地はリオハ・アルタの最南東部です。ですからリオハ・アルタとしては乾燥して温暖で、降水量は400ミリ程度と少なく、収穫は9月半ばに始まります。これはリオハ・アラヴェサよりゆうに半月以上早い。
土壌は砂礫質で、シエラ・カンタブリアに近いエリアのような石灰石は表土にはありません。石灰岩は地下4メートルの深さにあります。これがマルケス・デ・ムリエタ独特の高密度で力強いフルーティな味わいを生み出すわけです。80%が輸出され、そのうち40%がアメリカ行き、というのは分かります。ナパのカベルネを連想するような柔らかさとたくましさと甘い果実味があるからです。カステッロ・イガイの畑は標高500メートルの台地にあり、平均樹齢は現在89年で、テンプラニーリョはヘクタール当たり4キロ、マズエロは2・5キロしか収穫できません。リゼルバと比べてカステッロ・イガイのほうがさらに濃厚でいながら、はるかにすっきりとしている理由が分かりました。ただし、近年はあまりに乾燥が激しく、2010年からは灌漑を行っています。カステッロ・イガイの現行ヴィンテージは無灌漑時代のものですが、将来はどういう味になるのか。

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▲畑の土壌の断面。大きな砂利が沢山含まれる。

 ワイナリーの建物は創業時のものを7年かけて石ひとつひとつ積みなおして再建したものです。今ではミュージアム兼イベントやセミナー用のスペースとして使われています。ほとんどマルケス・デ・ムリエタ訪問専用と言っていいような高速出口まであって交通の便もよく、ショップも入りやすく、従業員の方々も親切。皆さんもリオハに行かれる時には是非訪問していただきたいワイナリーです。

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▲この建物自体は創業時からある最も古い部分らしいが、2007年から始められたリノベーションによって見違える姿に。横にはプライベートダイニングルームやきれいなオープンキッチンがあり、ちょうどこの日の夜の輸入元接待の準備がされていた。

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▲正面玄関を入ってすぐが、ワインショップ。どこもかしこもきれいで、スペインを代表するワイナリーであるという自負を感じる。

 

2017.04.02

スペイン、リオハ3 ファウスティーノ

 幕張で行われたフーデックスで試飲したいろいろなワインの中で、一番おいしいと思ったのは、ふらりと立ち寄ったファウスティーノのブースで飲んだリゼルバ・ファウスティーノⅤ2009年でした。瓶がなんとなく安っぽいし、ラベルのセンスも田舎臭いのですが、それもまた古典リオハのファンにとっては魅力的です。
 ファウスティーノといえば、1861年創業、650ヘクタールもの畑を所有する、リゼルバとグラン・リゼルバに関する最大メジャー生産者です。輸出市場で売られるグラン・レゼルバの半分はファウスティーノ、スペインを含めても三分の一だと聞きました。マドリッド空港の免税品店、といったイメージ。長年のワインファンなら皆お世話になってきたワインなはずですが、有名すぎて、ワインファンはあえて飲むことがないかも知れません。私も以前に飲んだのは30年も前だと思います。私の記憶の図書館の中でのワイン分類では、ファウスティーノのグラン・レゼルバは、バルビのブルネッロ・ディ・モンタルチーノやピオ・チェザーレのバローロ等と同じ書架に収まっています。当時は、正直、そこまでいいワインだという印象はありませんでした。
 

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▲グラン・レゼルバ・ファウスティーノⅠは、26か月アメリカンオークとフレンチオーク樽で熟成、3年以上瓶熟成。テンプラニーリョ、グラシアーノ、マズエロの古典的ブレンド。誰もが記憶しているだろう特徴的なレンブラント風ラベルは、美術愛好家だった三代目ファウスティーノ・マルティネスが、ワインもまた美術であることを表現すべくデザインした、と聞いた。フロストガラスの瓶もまた特徴的だ。

 ところがいま飲むと、このワインの素晴らしさがよく分かります。よい土地の味がします。老舗大手だけあって、優れた畑を所有しているのでしょう。よいワインはよいテロワールから。こればかりはどうにもなりません。何より、いかにもリオハ・アラヴェサ地区な味だというのが、いまになればよく理解できるのです。飲んだあとの印象は、昔の涼しめの年のジュヴレ・シャンベルタン、それもグラン・クリュから斜面の上の一級の味。若干のハーブ的な香りと赤系果実風味がもたらす冷涼感、くっきり感、しっかりした酸が、石灰の強いリオハ・アラヴェサの魅力です。もちろん30年前に飲んだ時にはそんなことは分かりませんでした。しかしそんなことも分からずにファウスティーノについてあれこれ先入観を持っていてもしかたない。目の前の宝石をただの石ころとみなすのと同じ愚行です。
 このワイナリーにはアポもなにもなく立ち寄ってみました。午後6時閉店のところ、到着は5時50分。門番さんに「ワインショップに行きたい」と言うと、オフィスに連絡してくれ、担当者が出てきました。工場然としたワイナリーから帰宅の路につく人たちが続々出てくるなか、併設のセラードアに行くと、質に対してずいぶんお買い得な値札に気づきます。アメリカやオーストラリアのワインの値段と比べたら、とんでもなく安い。「そう、ファウスティーノはお買い得価格ですよ!」。特にリゼルバは半ケースぐらいどの家庭にも常備しておいてもいいぐらいの値段です。3本買ったらさらに割引という告知がおいてあったので、さらに安い。レジで支払いすると、ちょっと値段が違います。「あそこに値引きの告知がありますよ」と言うと、「ああ、あれはクリスマス用プロモーションだった。そのまま下げるのを忘れてた。でも確かに値引きすると書いてあるのだから値引きしますね」と。もう3月も下旬です。クリスマスの販促物がそのままというのも、なんかのんきでいいですね。スペインの田舎に来た感じがします。

 

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▲ログローニョ市の北にあるワイナリーに併設された地味なセラードア。世界じゅうに輸出される最大ブランドとは思えませんが、これが味があっていい。
 

 多くの人がリオハのグラン・レゼルバに対して間違った印象を持っていると思います。もやっとして泥臭い味だと思ったり、アメリカンオークっぽい味だと思ったり。はっきりと言いたいのですが、ちゃんとした、状態のよい古典リオハは、びっくりするほど抜けがよく、すかっとした味です。それと温かさややさしさや柔らかさが共存しているのがすごい点なのです。