日本橋浜町ワインサロン講座

2019.12.28

2019年のベストワイン

今年も素晴らしいワインに多く巡り合った。特に印象的だったワインのうち、飲んだ時に最新ヴィンテージで、かつ手元に瓶があるものをここに紹介したい。ベーシックなワインばかりで目新しさはないかもしれないが、ワインの基本を勉強中の私にとっては基本は大事。個人の好き嫌いだけに終始しない普遍性は意識した。おいしいことはお約束するので、是非試していただきたい。

 

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1  Bell Hill  North Canterbury  Pinot Noir  2015

ニュージーランドのみならず世界屈指のピノ・ノワール。スケールが大きく、ダイナミックで、深い。“きれいな”、“ピノらしい”ワインではない。並みの新世界ピノにありがちなそういった表層性とは無縁の、本物のワイン。石灰岩の斜面とビオディナミ。ら思いの強さを受け止めるテロワールの余力、テロワールのポテンシャルに応えんとする生産者の注力、という、真に感動をもたらすグラン・ヴァンが生まれるための上昇螺旋的関係。ノース・カンタベリーのブルゴーニュ品種ワインはニュージーランドの中でも別次元に偉大な風格があると思う。この生産者のシャルドネも同じぐらいに、いやこれ以上に素晴らしいのだが、全生産量が世界に向けて300本もないそのワインを筆頭に選ぶのは気がひける。ワインファンからは「今さらベルヒルの話かよ」とからかわれるのは承知の上だ。しかし今年私は初めてニュージーランドを訪問し、知らぬ人なきこのワインを恥ずかしながら蔵元で初めて飲んだ。そして既に言い尽くされていることを確認した。生産本数は数樽分しかない以上、これを読まれている方の中にはまだベルヒルを飲まれていない方もいると思う。その方々には誰かがやはり言い続けねばならない。ベルヒルは最高なのだと。

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2  Peachy Canyon  Paso Robles Adelaida District Zinfandel Bailey  2017

最上のジンファンデルを求めるなら、パソ・ロブレスは最有力候補のひとつ。しかしパソ・ロブレスならどこでもいいわけではないのは周知の事実。高速道路の西側にある冷涼・多雨(=無灌漑)・石灰岩土壌のエリア、つまり11のサブ・ゾーンのうちのウィロー・クリークとアデライダにまず着目するのが、カリフォルニアワインファンにとっての常識だ。この地を代表する老舗ピーチー・キャニオンが造る多種の料理ジンファンデルの中ではこのベイリー畑がおすすめ。オーガニック栽培。気品、香り高さ、純粋さ、抜けのよさ、垂直性、姿かたちの美しさ、そして驚異的に長い余韻には心底驚かされた。ジンファンデルの、いやそればかりかカリフォルニアワインの素晴らしさを経験したいなら、このワインから始めれば道は誤らない。とはいえ、いかに「最上のジンファンデル!」と言ったところで「ジンファンデルとしてはまし、という意味でしょ」と受け取られる。普通のワインファンに、ジンファンデルとはどういう味のワインなのか、何が魅力なのか、等々を聞いてみて欲しい。情けないような答えが返ってくるものだ。そして彼ら彼女らのうちどのぐらいの人がジンファンデルをセラーに常備しているかも聞いてみて欲しい。常識的に考えればカリフォルニアの基幹地場品種はジンファンデルなのに、普通はカベルネ、シャルドネ、ピノで終わる。店に行ってもジンファンデルは寂しい品揃え、かつ、このほうが問題なのかも知れないが、誤解を生むようなワインが多い。だからもう一度言いたい。このワインから始めよ。

 

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3  Domaine D'Ouréa  Gigondas  2017 

若手オーガニック生産者による現代的ジゴンダスの見本。ジゴンダスは南ローヌの中でもひときわ上品で、フレッシュで、緻密なミネラル感としなやかな質感を備える。南ローヌワインのファンなら言わんとするところを理解していただけると思うが、土ワインより岩ワインが優位に立つ古典的な格付けの観点からすれば、南ローヌ最上のアペラシオンはジゴンダスであってシャトーヌフではない。そしてジゴンダスは南仏のブルゴーニュだと捉えるなら、その方向性の代表がこのワインだろう。エキゾチックにスパイシーな黒系果実の香りと厚み・幅のある味といわく言いがたい色っぽさはヴォーヌ・ロマネ的。セラーで飲んで「ヴォーヌ・ロマネっぽい」と言ったら、「DRCで修業した」と。いかにもそういう味ではあるが、もちろんそれはジゴンダスの石灰岩っぽさやグルナッシュの魅力を引き出す上では好都合で、悪い意味では全くない。ともあれジゴンダスは紋切り型南ローヌとは違う。このワインを飲んで本当の可能性を確認して欲しい。

 

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4  Henschke  Eden Valley Cyril Henschke  2013

今まで飲んだオーストラリアのカベルネ・ソーヴィニヨン系ワインの中で最高。バロッサ東側高地にあるイーデン・ヴァレーのミネラリティと格調高さ、カベルネの垂直的な骨格と緊張感、そしてヘンチキ独特の磨き上げられた冷たい気配が相乗効果をなす。かのヒル・オブ・グレース、マウント・エデルストン等と並べて飲み、余韻が最も長いのはこのシリルだった。バロッサのカベルネは評価以前に認知度が低すぎる。バロッサ=シラーズ、クナワラ=カベルネ、という固定観念は捨てるべきだ。むしろ最近の気候温暖化によって(アデレード・ヒルズの山火事は悲惨だ)、以前は青かったカベルネがちょうどよくなったとも言える。ヘンチキ自身はビオディナミを採用しているとはいえ、親戚たちから買っているブドウはオーガニックどまり。ヘンチキのワインを買う上で、自社畑か否かは調べておきたい。もちろんこのシリルは、先述の単一畑シラーズと並んで自社畑、つまりビオディナミだ。もちろん自根。調和に優れているため気づかないぐらいだが、実は恐ろしく強い。どんな料理が来ても、ぶれず、にじまず、たじろがず。やるときはやる感がかっこいい。

 

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5  Clos Louie  Cote de Castillon  2016

オーガニック化が進むボルドーの中でも特に注目すべきビオディナミワイン。一見整然とした知的で良質なボルドー。しかし裏側にはダークなエネルギーが蠢く妖しさが潜む。畑の一部にはフィロキセラ以前に植えられた名前も分からない古代品種がいろいろ。道理で唯一無二の味なわけだ。外部環境には相当神経質なワインで、なかなか本領発揮してくれないのが難点だが、それは飲む側が適宜ビオディナミ的技法を使えば対処できる。努力して飲むだけの価値がある。なぜならこのワインには多くの現代ボルドーが失ってしまった、計算では分からないスピリチュアルな何か、計測・分析では明らかにできない自然のミステリアスな何かがあるからだ。それは、自然と個人が一対一で向き合うことができるこうした小規模生産者の利点である。

 

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6  Domaine Thénard  Givry 1er Cru Clos de Cellier aux Moines  2015

古典的風格。古い大樽で長期熟成された、いまや珍しい、バローロ的なブルゴーニュ。そのスタイルが腰の安定して陰翳の深いジブリーの個性やこの一級畑のシトー派そのものの静謐な求心性とあいまって、忘れがたい情感を古寺の鐘のように響かせる。キレイでピチピチしたピノっぽさがブルゴーニュの本質だと思わないなら(もちろん私は誰一人としてそのように思って欲しくない)、テナールの赤だ。

 

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7  Baumann Zirgel  Alsace Grand Cru Sporen Gewurztraminer  2015

スポーレンがゲヴュルツトラミネール最上のグラン・クリュの一つだと改めて確信させられる、隙のない完成度。ゆったりとした力強さに支えられた華やかさ。ケバさと優雅さは違う。個性の強い品種なだけに、逆にその香りの個性を浮き上がらせずに全体の調和の中に包み込むテロワールが重要になる。しかしどれだけの人がスポーレンの超越性を知っているだろうか。この生産者の素直な、自己主張に走らないつくりがスポーレン自体に焦点を当てる。

 

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8  Calder Wine Company  Contra Costa Carignan  2016

話題のニューエイジ・カリフォルニアワイン生産者(フログス・リープのジョン・ウィリアムスの息子)の名作。自根、無灌漑、除草剤なし。それは美味しいカリフォルニアワインを選ぶ指標だ。地球温暖化を考えたら狙うべきは冷涼産地品種ではなく、カリニャンのような地中海品種だ。サンフランシスコからほど近いのんびりしたコントラ・コスタの雰囲気を感じる海の味。南仏からスペインではカリニャンは緊張感のある骨っぽさを表現するが、このワインではまず優しさや温かみや明るさを感じさせる。

 

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9  Evening Land  Eola-Amity Hills  Seven Springs Estate La Source  2015

オレゴン・ピノの最良の作品のひとつ。ビオディナミ。フィロキセラに侵食され、かつては自根の聖地のひとつだったオレゴンでもそれが貴重な存在になりつつあるなか、こうした自根ワインらしい味のピノ・ノワールを経験し、セラーに備えておくのは重要なことだ。イオラ・アミティの玄武岩土壌の引き締まったミネラル感とオレゴンらしい温かみのあるアーシーさとむっちりした果実味と躍動感のある酸。見事なまでの垂直性。気品があっても冷たくない、精緻に造りこまれても作為的ではない、恐ろしくセンスのよいワイン。これに馴れると凡百のブルゴーニュが表面的な味に感じるし、値段を思えばなおさら差は開く。

 

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10  Rockford  Barossa  Tawny  NV

伝統的にはバロッサは酒精強化ワインの産地。第二次大戦前までのバロッサの名声は、この作品のようなワインで形づくられた。現代ではよほどのモノ好き以外(私はその数少ないモノ好きだと自負したい)、オーストラリアの酒精強化を積極的に語る人はいないが、実際に飲めば、バロッサがどれほどこのタイプのワインに相応しい土地なのか、それ以上に、バロッサがどれほど偉大なテロワールなのかがよく分かる。圧倒的なまでのスケール感と包容力と垂直性。病みつきになるおいしさ。並みの酒精強化とは次元が異なる力強さ(もちろん自根)ゆえに、飲むと力がもらえる感覚だ。以前から愛飲しているワインではあるが、今年は久しぶりにバロッサを訪れ、やはりこれは私にとっては欠かせないワインだと再確認した。抜栓してから2か月ぐらいはもつから、家で少しづつ飲むのがいい。ある意味、これは薬だ。翌朝元気に目覚めるだろう。

 

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11  Clos Bagatelle  Saint-Chinian Rosé Le Secret  2017

サン・シニャンはシスト、砂岩、石灰岩があり、普通はひとつの地質からワインを造るが、この生産者はテロワールと品種双方をブレンド。このロゼの場合はグルナッシュが砂岩、サンソーとムールヴェードルが石灰岩。それが木に竹を接いだような味にならずに精妙なディティール感として表現されているところがセンスのよさだ。サン・シニャンらしくあくまでしなやかで軽やか。ロゼはその上品な側面を赤以上によく伝える。サン・シニャンは個人的に大好きなアペラシオンであり、数多くの経験があるから自信を持って言えるが、これは基本とすべきワインだ。

 

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12  Domaine Ray-Jane  Bandol  Cuvée du Falun  2015

バンドールは傑作・名作が目白押しの、プロヴァンスの中でも別格的な産地。順当に考えれば三畳紀オンリーの畑からのワインを選ぶところで、だからカナデルのロゼ(ビオディナミを採用するようになって最新ヴィンテージは本当に素晴らしい)を選んでもよかったのだが、この古典的な寛ぎと深みを感じさせる、いかにも地中海(イタリアから近いというべきか)な味のワインを取り上げたい。中世から続くバンドール最古の生産者であり、そういった意味でもバンドールの基本の一本として忘れてはいけない。すかした雰囲気の金満型プロヴァンスワインの表層性に疑問があるなら、筋の通ったぶれない緩さとでも表現できるこの地元密着型地酒感に納得できるはず。

 

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13  Weingut Lothar Ketters  Mosel  Goldtröpfchen Riesling Kabinett  2017

亜硫酸無添加やオレンジワインやペットナットで有名な生産者であり、皆そちらのほうを持ち上げる(もちろん悪くはない)が、私としては父親名義で出すこちらの古典シリーズのほうがずっといいと思う。オーガニックを含む現代的視点と技術で古典を再構築したワイン。なんと言ってもゴルトトロプシェン。泣く子も黙るゴルトトロプシェン。標高が高く涼しいから、下流の特級畑よりいかにもモーゼルらしい酸としなやかさがよく感じられ、昔よりもアドバンテージが大きいと思う。ドイツ=リースリング=モーゼルという単純な図式を踏襲する気のない私でも、このワインを前にしてしまうと、モーゼルのリースリングの唯一無二の美しさに打たれて思わずモーゼル万歳と言ってしまう。アルコール感と贅肉を微塵も感じさせないカビネットが特によい。GGもいいが、私はいまや絶滅危惧種である特級畑のカビネットに再注目すべきだと主張したい。

 

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14  Vigna Lenuzza  Friuli Colli Orientali  Friulano Single Vineyard  2017

しつこいと言われても私はプレポットが大好きで、スキオペッティーノでなくとも正直どんな品種でも、独特のしなやかさ・陰影感・安定感のあるプレポットの味には惹かれてしまう。行ったことがある人はお分かりのとおり、プレポットの風景は日本の田舎のようだ。つまりは日本的な味というか。このオーガニック生産者のフリウラーノは、コッリオ的な凝縮感や力強さとはまた異なり、濃密でボリューム感があってもどこか涼しげな山の風を感じさせるのがいい。訪問した時には日本未輸入だったが今では輸入され、かつ以前よりさらに開き直った積極性が感じられ、うれしい。特にこのワインは日本専用の亜硫酸無添加。いやな癖がなく、エネルギー全開で、のびやか。実体感・密度感があるため、フリウラーノのような高アルコール品種でもアルコールっぽさは感じないし、勢いがあるため、低い酸でもダレない。私は動物脂系とんかつ店でこれを扱って欲しいと思う。

 

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15  Mas des Capitelles  Carignan  2016

フォージェールのビオディナミ生産者の作品。フォージェールの軸をなすのがカリニャンだと、そしてフォージェールはブートナックやフィトゥーと並んでラングドック3大カリニャン名産地なのだと、このカリニャン単一品種ワインを飲んで初めて思った。もちろんこの生産者のフォージェールも素晴らしい(特に一番安いワインが)。テロワール的にはフォージェールはクリュに認定されてしかるべきだ。INAOは「アペラシオンの平均価格が低すぎるからダメだ」という回答らしい。それはつまり消費者にとっては安くておいしいワインだということ。

 

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16  I Favati  Greco di Tufo  2016

硬くて酸っぱい、何の役に立つのかよく分からないワインが散見されるグレコ・ディ・トゥーフォ。しかしこのワインは密度が高く、おおらかで、粘りがあり、重心が低く安定して、しっかりグレコ品種だと分かり、なおかつこの火山性土壌のテロワールらしいきびきびとした抜けのよさと上昇力があり、見事としか言いようのない完成度。飲んでこんなに楽しい気持ちになり、食事が進むグレコ・ディ・トゥーフォは初めてだ。

 

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17  Populis  Mendocino County  Sauvignon Blanc  2018

ニューエイジ・カリフォルニアワインの傑作。樹齢70年の北カリフォルニア最古のソーヴィニヨン・ブランが植えられるヴェンチューリ畑のブドウ。オーガニック、無灌漑、ミニマム・インターヴェンション。圧倒されるようなエネルギー感。あからさまなソーヴィニヨン臭さなどなく、ミネラル感が前面に出る。メンドシーノらしい静けさ、内向性が、タイトなソーヴィニヨンの個性とあいまって、相当な緊張感を飲むものに強いる。カリフォルニア=能天気、ではまったくないのだ、と理解できる、非常にシリアスなワイン。こうしたワインを飲むと、世の中の大半のソーヴィニヨンはアホくさいと思うだろう。だがアホくさくないソーヴィニヨンは普通は高い。そう思うと、多くのカベルネやピノが無意味に高いカリフォルニアにあってはなおさら、このレベルの品質で22ドルは安い。

 

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18  Julia Bertram  Ahrweiler Rosenthal  Spätburgunder  2016

既に大人気のアールの生産者。いかんせん元ドイツワインクイーンだけあって男性ファンも多数。アールでは超がつくほど希少なオーガニック。とはいえ転換中であり、その効果は2016年ヴィンテージからはよく分かる。いろいろなワインがある中で、アールワイラー・ローゼンタールのしなやかさとフローラル感が特に印象的。記憶ではローゼンタールはグレイワッケであって粘板岩ではなく、鉄っぽさやスパイシーさを、典型的なアールのワインのようには感じさせないのが、個人的には魅力だ。これを飲むとアール本来のポテンシャルがよく分かる。あとはアールの経済を支えるケルン等近郊大都市の消費者の意識改革のみ。現状の温泉街の饅頭的な購買様式では生産者もがんばる動機に不足する。ジュリアのワインは、彼女のスター性もあいまって、確実にアールに光明をもたらしたと思う。

 

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19  Podere Casaccia  Toscana  Sine Fille Bianco  2017

フィレンツェ郊外の山中にある畑。2003年からビオディナミ。フィレンツェ的としか言いようのない均整のとれた美しさと過剰を避ける品位とさりげない遊び心。混植混醸のキャンティ・リゼルバも素晴らしいとしか言いようがないが、手元に瓶がない。これはマルヴァージア、トレッビアーノ、ヴェルメンティーノを短期間醸し発酵した、オレンジワイン的な構造と複雑さをさりげなくしのばせた白ワイン。ダイナミックでおおらかで上品。テロワールの力とビオディナミが寄与するところは大だといえ、よほどのセンスがないとこんなワインは出来ない。

 

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20  Sylvain et Christophe   Bordeaux  Le Fruit de Château Grenet  2017

抽出&樽&野心&そろばん&工業メンタリティー&他人の評価への色目使い、が多くのボルドー。もちろん格付けだとか点数だとか考えない肩の力が抜けた素直なオーガニックワインも存在し、この若手による作品もそう。オーガニック&亜硫酸無添加&樽なしのメルロ100%。こうしたワインを飲むと逆にボルドーという土地の素晴らしさもボルドー人の洗練度合いもよく分かる。今なら、こうしたボルドーこそ基本とみなされるべきだ。一級シャトーの名前や、三流テロワールで無理をしたようなワインからボルドーに入るから、多くの人がボルドーを誤解するか、忌避するようになる。水辺ワインの典型にして、岩要素が少なく降水量が多いボルドーでは、しっとり・しなやか・まろやか・かろやかな方向性に行けば、テロワールとスタイルが合致しておいしくなる。たとえて言うなら、ボルドーは赤でも白身魚ワインである。大半の人が思っているボルドーの味は、特別な格付けワインを除いては、間違っている。

 

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21  Château de Marmorieres  La Clape  2015

ラ・クラープの古典。さすがに貴族のワイン。海側ラ・クラープの白ならではの温かみ、まるみ、安定感がある。ブールブーランクはここでなければ完熟しない。完熟すれば酸が低くトロピカルな味のブドウだが、ほとんどの場合は酸が高くエッジがある味のブドウとして扱われるのはしかたない。フランスの大半の白ワインは内陸産で硬質か、MLFなしで硬質か、早摘みで硬質か。つまりは魚料理に対して役立たずだ。ソースのあるリッチな味の魚料理に合うフランスワインの代表であり、その質を思えば大変に安価なワインが、ラングドックのクリュであるラ・クラープの海側のワインである。マルモリエールの名前の初出は826年、ここのオーナーがラ・クラープのサンディカ初代会長、ラ・クラープの畑の最大所有者、といった事実を並べただけで、シャトー・ド・マルモリエールが地元にとっては領主さま的な位置づけにあるのは分かるはずだが、地元を離れればほとんど無名。おかしい。ラ・クラープにまずいワインは滅多になくとも、まずはこのワインを基本とするのが筋だろう。

 

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22  Domaine de L'Enchantoir  Saumur  L' ilot des Biches  2017

ソーミュール・シャンピニーではない、ソーミュール。海洋性気候のしっとり感と白亜紀石灰岩の気品ある香りと構造の確かさ。アントルコート向けワインであるソーミュール・シャンピニーの隣にあってもソーミュールはずっと細やかでひっそり。むしろ焼き鳥向け。その美しさがよく出たワインがこれだ。赤系果実のチャーミングさがふわっと広がり、タンニンは軽く、酸はすっきりして固くなく、ほとんど夢心地のシルクのレースの味。アンジューとトゥーレーヌのあいだにあって自分の中ではいまひとつポジションが明確ではなかったソーミュールの赤の素晴らしさに初めて気づいたのが今年だった。

 

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23  Muller-Koeberle  Alsace Clos des Aubépines  2017

本来ならグラン・クリュになってもおかしくない花崗岩の急斜面の畑。地元の人にとっては銘醸畑として有名だが、モノポールゆえに一般には逆に知名度が低く、グラン・クリュにも申請されなかった。今まではともかく、代替わりしてオーガニックに転換し、本来あるべき品質が理解できるようになった2017年ヴィンテージ。アルザスにはまだまだ知られざる名ワインがあるのだ。この畑には白はリースリング、ゲヴュルツ、ピノ・グリが植えられているが、このワインはブレンド。同じ畑の単一品種ワインとは比較にならないほど立体的で大きく余韻が長い。近年のアルザスではうれしいことに複数品種ワインが広がりを見せている。単一品種絶対主義(単一品種主義ではない)の超克はすべてのワインファンの使命である。

 

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24  Weingut Heid  Würtemberg Blaufränkisch  2017

ひたすらかっこいい。若々しく引き締まって抜けがよい。ヴュルテンベルクなのにあえてレンベルガーと呼ばずにブラウフレンキッシュと呼ぶあたりが興味深い。降水量の多いヴュルテンベルクではワインはどれも果汁感が強まり、タンニンがしなやか。ブラウフレンキッシュも軽快な側面が引き立てられる。それと同時にコイパー土壌のタイトさや酸も加わる。つまり、ミッテルブルゲンラント的ブラウフレンキッシュの対極の、濃いロゼ的方向性のブラウフレンキッシュ。正直、多くの旧ハンガリー領オーストリアのブラウフレンキッシュよりこちらのほうがオーストリアっぽいと思える。

 

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25  Hans Herzog  Marlborough  Nebbiolo  2015

マールボロのソーヴィニヨン・ブランなど世界で最も嫌いなワインのひとつ。先述のポピュリスのホームページでも罵詈雑言が浴びせられている。だが短絡思考はいけない。ソーヴィニヨンだけがマールボロではない。特徴的な日較差の巨大さが酸のメリハリと香りの華やかさを、そして海の影響が柔らかさを、そして砂利質の土壌が抜けのよさや軽やかさをもたらすマールボロの美点は、ソーヴィニョンでのみ発揮されるわけではない。それがよく分かるワインがこのオーガニック生産者のネッビオーロ。マールボロでネッビオーロなど聞いたことがないし、この品種の気難しさと高価格を思えば、味を知らなければ絶対に手を出さないと思う。ところが実際にテイスティングして驚いた。すごいではないか! 早くソーヴィニヨンの呪縛からニュージーランドが自由になってほしい。ここのオーナーと、マールボロでどの品種を植えるべきかを議論していた。私がブラウフレンキッシュと言ったら、彼も同感だと。順当に考えたらそうなる。しかしそれは叶わぬ夢だ。

 

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26  Rosenhof  Mosel  Cabernet Sauvignon & Merlot  2016

もはやモーゼルでさえカベルネが熟す。この驚くべきワインを飲めば誰もが地球温暖化と適正品種について考えることになる。極めて精密で流麗な味はいかにもモーゼル。モーゼルとは何かを考える上でも重要な作品。テロワールを生かすかぎりにおいて、品種はフレキシブルに考えるべきなのだ。

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27  Gustavshof  Rheinhessen  Grauburgunder-Johanniter  2018

私が考えたラベルを採用したビオディナミワイン。理屈中心の味になってしまいがちなドイツでは特に左右非対称・フリーハンドのデザインが大事だと思っている。昔のラベルと比べたらエネルギー感やスケール感において雲泥の差。そうなるようにデザインしたのだから当然ではあるが、ともあれこのジャンルは完全に未開領域。常に左右非対称がいいとは言わない。ようするに、法隆寺釈迦三尊像的なスタティックな均衡美を求めるべき場所と、ヴァチカンのベルリーニ的、ないしラオコーン的なダイナミズムを求める場所を使い分ける、ということ。とりわけビオディナミのグラウブルグンダーとヨハニター品種なら後者だろう。PIWI品種ヨハニターはポテンシャルが大きい。環境問題を考えたらPIWI品種は必然の帰結だ。

 

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28  Château Durfort-Vivens   Margaux Le Relais de Durfort-Vivens  2016

2016年からデメテール認証を受けたビオディナミのマルゴー。昔からデュルフォール・ヴィヴァンのファンである私としては、近年の急激な品質向上は小躍りしたくなるほど嬉しい。そして2016年は明らかなブレークスルー。まさにビオディナミの味。誇大広告的表現が横行しがちなヴィンテージ評価だが、2016年はどんなに誇張してもかまわないほどの偉大な年だと思う。その2016年の中で万人が買っておくべきワインが、デュルフォール・ヴィヴァンのセカンド、ル・ルレだ。この立体感、垂直性、濃密さ、躍動感は、セカンドとはいえ偉大なテロワールとビオディナミが合体したからこそ。この値段でこのレベルのワインが買えるなら、ボルドー左岸はお買い得ではないか。もちろんグラン・ヴァンのほうは陶酔的レベルの完成度。だが、より多くの人に、より高い頻度で飲んでもらいたいワインだから、あえて安いセカンドを勧めておく。

 

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29  Château de Marsannay  Marsannay Blanc  2015

ブルゴーニュの白ワインは魚料理用のワインだというのが世界中の共通見解だが、本当にコート・ド・ボーヌの特級や一級が魚に合っていると思うのだろうか。それはたいがいお金の無駄遣いか、高いワインを飲む自分に酔うという下品な楽しみだ。いろいろ試した中ではこのマルサネの白が最高の魚ワイン。重心が低く、柔らかく、ボリュームがあり、温かく包み込み、余韻が長い。値段を思えばなおさらありがたい。

 

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30  Juliet Victor   Tokaj  Edes Szamorodni   2016

トカイ=プットニョスではない。むしろサモロドニのほうが甘すぎず、果実味のピュアさがあって、貴腐ではなくテロワールの味がダイレクトに感じられるかも知れない。6プットニョスともなれば価格は2万円を超えるだろうが、サモロドニだと常識的な価格におさまるのもいい。このワインの畑は最上の1級畑のひとつ、きめ細かく優美で伸びやかなキライと、がっしりとした腰の強いベチェック。その組み合わせが最高だ。トカイの2016年は、トカイに期待したい力強い酸と、火山性土壌らしい上に突き抜ける勢いがある。

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番外扁

Gérard Bertrand  Cabrieres Clos du Temple  2018

自分が関わっているので番外編だが、個人的にはこれが今年のベストワイン。まだ飲まれていない方は是非試してほしい。できれば田中式処置をして田中式サービスで飲んでいただきたいが。あるべきワインの形(少なくとも自分にとっては)が相当程度具現化されていると思う。

 

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日本橋浜町ワインサロン、初心者講座 火山性ワイン

最近は火山性ワイン流行り。ネットを見てもその話が沢山。というわけで、今回の初心者向け講座は火山性ワインを扱った。

火山性ワインとは何か、の定義が明確にあるわけではない。狭い意味ではVolcanic Rock 上の畑のワイン、ということになるだろうが、それはつまり玄武岩、安山岩、流紋岩ワイン。実際そういった場で語られている典型的なワインは、エトナやサントリーニやカナリア諸島だ。とすると、Plutonic Rockワインはどうなるか。Igneous Rockワインと括った方が全体が見えるのではないか。いやそれではまだ不足だ。Tuffはどうなる?岩石学上はSedimentaryだが、中身は火山灰だ。ようは、ワインの味から判断し、ワインの分類上有益な定義を与える方がいい。とすると、Igneous全て、Tuff、そして固結していない火山灰をも含めたらわかりやすいのではないか。

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今回のワインは上写真のもの。ブラジル、イタリア、ハンガリーなど世界あちこちからの凝灰岩、玄武岩、斑れい岩、花崗岩、流紋岩ワイン。地上近くで出来た岩と地下深くでは、またSiO2比率が高いか低いかでは、あまりに明確に味が違う。それぞれの味わいの特徴(岩石学的特徴だけ知っていても役に立たない)を参加者の方々にはしっかりご理解していただけたと思う。こうしてグルーピングしてテイスティングすると、いかに品種の違いが二義的か理解出来る。だからワインを選ぶ際には、TPOに相応しい岩を選べばよい。世界の基本的1000産地の地質は記憶しておくべきだが、覚えていなくとも、「玄武岩ワインから選びたいのですが、リストの中のどれがそうですか?」とソムリエのかたに聞けばよい。

フランス料理店では火山性特に火山岩や凝灰岩ワインは極めて少ない。料理との相性を見れば、火山性土壌からの食材があまりないフランスではそれで困らない。彼らの食材もワインも石灰岩の味が基本だ。しかし火山国日本の多くの食材は火山の味がする。なのにワインだけ石灰岩ならどうか?なぜ誰もこのことを意識しないのか。フランス料理店でワインを頼むような舌の肥えた人なら、火山性食材と石灰岩ワインのミネラル感の乖離に瞬時に気づくはずだ。それさえ分からないならまだワインを頼む資格ナシなので出直してこいと言われる。日本のフランス料理店は、例えば玄武岩ワインとしてペズナスやコート・ドーヴェルニュが必要なのだ。

ひとつの理想のワインリストは、ワインをテロワールで分類したものだ。その中に火山性の大項目があり、火山灰系、溶岩系があり、さらに地上地下に分かれ、例えば溶岩系地上は流紋岩、安山岩、玄武岩に分かれ、それぞれに例えばナパ、ウコ、ワラワラのワインが並んでいればよい。そうすればワインははるかに選びやすい。中学校の教科書に書いてある知識つまり全員が共有しているはずの知識で分かる話だというのが重要だ。専門知識がなければ役に立たないなら意味は薄い。

ともあれ日本では特に火山性ワインの重要度は大きい。ワインは国でも品種でもなく、テロワールでまず選べ。20年間以上私が言い続けていることだ。

2019.11.30

日本橋浜町ワインサロン 新世代カリフォルニアワインの講座

カリフォルニアワインの生産は過去10年で15パーセントの伸び。世界最大のワイン消費国アメリカの市場はますます拡大し、その主たるワインはカリフォルニアなのだから、カリフォルニアワインに逆風など吹きようがなく、次々に新しい生産者が登場。世界的なナチュラル志向が遅ればせながらも(アメリカ農作物のオーガニック比率は1パーセントに満たない。カリフォルニアは意識高く全米2位の4パーセント)そこに加わり、フランスの十数年前のようなわくわくドキドキ感。地球温暖化とそれに伴う水資源枯渇(シエラネバダ山脈の降雪の減少!)によるドライファーミング(無灌漑)の再評価、また高温や渇水に強い南欧品種(シャルドネ、ピノ、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロではなく!)の再発見。カールスバーグのようなマイナー産地やトゥーリガのようなマイナー品種への注目。今回の講座は、要はそういう話。当たり前過ぎると言われるが、意外やオーパス・ワンやドミナス、ないしハーランやマーカッシンで頭が固まっている人もいるようなのだ。あれからどれだけ変化したことか。カリフォルニアの進化は恐ろしく早い。

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▲個人的に好きなのは、右から3番目の自根無灌漑カリニャン。コントラ・コスタらしいゆったり・しっとり味。人間が前面に立つのではなく、テロワールの景色がすっと見えてくるのがいい。海系の人と山系の人がいる。日本は人口の過半が海岸沿いに住む海系の国だから、海系の味を好むのは普通だと思うが、ワインは山系が多い。コントラ・コスタは海系の人、海系の味にはぴったりのカリフォルニア(そもそもカリフォルニアは海系味が多いものだが)ワインだ。

 

お出ししたワインはその最近の動向をよくあらわす人気の作品。カリフォルニアワインファンにとっては既にお馴染みのワインだ。どれもものすごいパワー。特にPopulis SB, Margins CB, Methode Sauvage iruai Sylvan Trousseauは、ナチュラルワインによくみられる欠陥(VA! )は否定できなものの、それをおぎなって余りある力、表現への欲求の強さに打ちのめされる。体よく口あたりよく仕上げた最近のインダストリアルメンタリティ高級ワインには望みようもない直截的直接的な熱量の高さゆえ、こちらが覚悟していないと気おされてしまって疲れるだけだ。たとえて言うなら、リムドライブ&三極管NFなし&ホーンで聴く50年代のジャズ。ワウフラッターや高調波歪率のような測定値で見たらどうしようもないが、加筆修正されないナマの力の前に自らを晒す喜びと心地よさはなにものにも代えがたい。思いのたけをぶつけよ、大声で吼えろ、と、最近のキレイなワインに対して言いたくはないか。フランスのナチュラルワインでさえ、15年前のほうが激しく滾るパワーがあったと思わないか。人気が出て評価が定まると、戦う相手はいなくなり、方法論は固定化され、スタイルができあがり、そのスタイルを自己模倣する。初期エルヴィス・プレスリーの音楽と、成功して自己模倣するのみとなった軍役除隊後のどうしようもなく退屈な彼の音楽を比較すれば、言いたいことがわかるはずだ。カリフォルニアの新しいワインは、ありがたいことに、いまだエンターテイメントではなく、叫びである。

しかしこの巨大なエネルギーはどこに向かっているのか。何を目的としているのか。そこが見えない。今回すべてのワインは地上にとどまり、天界への階段の存在を感じさせることがない。ここには宗教が欠如している。それに比べてヨーロッパ、とくにカトリック国のワインは、明らかにベクトルが見える。もちろん客観的に証明などできようもない話だが、70年代中期ぐらいまでのカリフォルニアワインは、ヨーロッパ大陸移民的な、というか、宗教性があった。以前にもお話したとおり、その頃のロバート・モンダヴィの裏ラベルには、驚くなかれ、ビブリカル・ドリンクという表現があったぐらいだ。いまや私はそんな表現を、現世享楽的なオールドウェイブ(ジョニー・ロットンの表現をそのまま借りる)カリフォルニアワインに対しては当然できない。また、そのウォールストリート性に反旗を翻すニューウェイブに対しても、超越者への指向性なく霊的救済への道なき精神主義は、自己肯定の袋小路に陥るか、スタイル商品化の甘言と術策に絡み取られて次なるオールドウェイブと化す危険がある。

ビオディナミのワインが何がいいかといえば、それが宗教ワインだからだ。ヤハウェの神を信じたくないならビオディナミの〝神〟を信じよ、ということだ、あくまで比喩的な表現だが。そうすればワイン内部に蓄積されている過剰な熱が次の進化を用意する。同一プレーンでの回転運動が、上昇螺旋運動へと転化する。カリフォルニアワインにこそ、ビオディナミが必要だ。物質的力強さを霊的力強さへと変える技が必要だ。そのためのもうひとつの前提は、自社圃場である。カリフォルニアの新世代ワイナリーの多くは買いブドウでワインを造る。栽培と醸造の分断は、ワインになる前のブドウを単なる物質商品へと矮小化し、自然(農場)と人間(ワインメーカー)の本来実現されねばならない霊的一体性を損なう。これが多くのカリフォルニアワインを人間スケールに引き留め、飲むものに知的な興味をもたせたとしても、感心どまりで忘我の高揚には至ることのない理由のひとつだろう。これをどう解決するかを皆で考えていかねばならない。

 

2019.11.02

日本橋浜町ワインサロン講座 オーストラリアワインの基本

普通の、現地の人がそれぞれの産地らしい、と思うようなワインをテイスティングしながら、オーストラリアワインの基本を学習。海沿いと内陸、土と岩、火山岩・変成岩・堆積岩といった基本的指標でワインを比較。これをやらないと、オーストラリアという広大な大陸のワインを、単一の「オーストラリアワイン」として捉えてしまい、結局事実とは異なるイメージを消費するだけになる。同じシラーズでも当然産地によって大きく性格が異なる。多くの人がシンボリックに表現する「オーストラリアのシラーズ」など存在しない。

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困ったことに、オーストラリアワインについての概論を知る機会は日本では少ない。結局それは国なり産地なりのマーケティング予算に依存するからである。マーケティング機関ワインオーストラリアは日本市場はさじを投げたようだ。シドニー在住のワインオーストラリア日本支部の前代表はいまはカリフォルニアワインの共同代表。彼のような才能がオーストラリアからカリフォルニアに転職してしまう状況がすべてを物語る。俯瞰的で公平な視点から語られる概論の理解なくして個別論は理解できない。しかしオーストラリアワインに関して何かイベントがあるなら、それは通常ひとつのワイナリーの宣伝目的、つまり完全な個別論だ。これはいかん。概論を理解していれば、それこそレストランのメニュー30品目すべてにオーストラリアワインだけで合わせられるのであり、消費者もプロもそれが出来るようになるべきだが、現状はほど遠いようだ。

今のオーストラリアワインは多様で、新しい試みも多くなされ、大変に面白い。しかし変わり種を楽しむには基本をまず知ることだ。今回のワインは、オーストラリアでいろいろ聞いて、またインターナショナル・オーストラリア・ワイン・チャレンジで山のように試飲した結果、持ち帰ってきたもの。品種は絞り、山系ピノと海系ピノ、そしてマーゲレット・リバー、ヒースコート、マクラーレン・ヴェール、クナワラのシラーズ(バロッサは基本だが、この前の講座で取り扱ったので除外)シドニーのチェーン系ワインショップっぽい。私個人が自分用に買いたい味では必ずしもないが、ここで個人の嗜好に走っては基本が分からなくなる。実際、〝らしい〟味だった。自分にとっても勉強になった。驚きはクナワラのシラーズ。クナワラ=カベルネだが、シラーズでもクナワラではカベルネ的な味になる。つまりあのタイトで濃密な味はクナワラのテロワールの個性なのだ。

料理はラムビリヤニを出した。ラム肉とヒースコートのシラーズが恐ろしく美味しい。ご飯にはマーガレット・リバーのシラーズ。オレンジのピノはそれだけで飲めば、典型的に良く出来たピノで、十分に美味しいのに、料理と接点がなく、むしろ料理に負ける。ギプスランドのピノはしっかりと食い込む。分かる人には自明のこと。ワインを試飲した段階で美味しいまずいと言っているだけでは仕方なく、どんな料理とどのように何故合うのか予見できなければ、試飲しても意味がない。テイスティングの際にどこを見なければいけないのか、お伝えした。

2019.10.27

日本橋浜町ワインサロン講座 ジンファンデル

70年代のカベルネ、80年代のシャルドネ、90年代のメルロ、2000年代のピノ、と、カリフォルニアの流行りの変遷の後、この10年は伝統復興、マイナー品種、オーガニック、無灌漑、混植混醸といったキーワードで語れるだろう。いまだカベルネ、シャルドネ、ピノだけが、それも高得点系高額ワインがちやほやされる日本の状況は、時代遅れというか、情けないし、つまらない。試飲会に行ってもその三品種が幅を利かせ過ぎだ。ワインショップでも当然同じ。それが日本のニーズの反映なのだから。

現代的動向の中で再評価されるのがジンファンデルだ。伝統品種だし、多くの畑が混植だし、無灌漑だ。あれこれ世界のワインを経験し、多面的な見方を獲得したなら、カリフォルニアの基本はジンファンデルだと思うだろう。純粋に品質を見ても、特に同じ価格では、ジンファンデルのほうがカベルネやピノより余韻が長く複雑で立体的だと思えることは多い。

しかしジンファンデルならなんでも良いわけではない。平地の土系ワインはアルコールが目立って構造が緩くフレッシュさに欠ける。ジンファンデルは岩要素が必要だ。そのような分析的見方をすれば、ナパの平地のローム土壌のフログス・リープは、無灌漑オーガニックとはいえやはりフラットで短いと気付いてしまう。

そもそもジンファンデルを皆どう捉えているのか。アルコールが高くてジャミーでタンニンが強くて樽っぽい下品な品種、ないしちゃちなホワイトジンファンデルとでも思っているのではないか。そういうワインが多いのは事実だ。消費者がそう思っているならそういうワインばかりが輸入される。私はその手のジンファンデルは嫌いだ。しかしそれが正しい認識か、またそれが本質かどうかは別だ。事実上のジンファンデルと、理念的なジンファンデルの間に巨大な溝があると思える。

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ではどこのジンファンデルがいいのか。ここで注目すべきがパソ・ロブレスだ。カリフォルニア全産地中最高と言われる日較差(昼は暑いし、夜が信じがたく寒い!)、充分な降水量、そして白亜紀の石灰岩土壌。メリハリ、フレッシュさ、そして傑出したミネラル感。とはいえ101号線の西側にしか石灰岩はない。東は基本、ミオセーンの砂岩や沖積土壌の熱く乾燥した平地。行けば分かるが、西と東では風景が違いすぎるほど違う。というか、東はこの地域では普通の乾いた風景だが、西は緑豊かな丘陵でマコネみたいだ。この西側パソ・ロブレスこそジンファンデルの聖地である。

パソ・ロブレスは11の区域に分かれる。単一区域ワインのラベルにもそれが記されている。西側石灰岩区域は、アデライダとヤロークリーク。テンプルトンギャップとサンミゲルも一部は西側だが、地質的には新しいようだ。標高が高い小区域ヨークマウンテンはパソ・ロブレスではなく独立AVAだ。今回は、パソ・ロブレスとしては、西側あちこちのブレンドであるポロロ、ヤロークリークの超老舗ロッタとアデライダの比較的新しいピーチー・キャニヨンを出した。

ではどこのジンファンデルがいいのか。ここで注目すべきがパソ・ロブレスだ。カリフォルニア全産地中最高と言われる日較差(昼は暑いし、夜が信じがたく寒い!)、充分な降水量、そして白亜紀の石灰岩土壌。メリハリ、フレッシュさ、そして傑出したミネラル感。とはいえ101号線の西側にしか石灰岩はない。東は基本、ミオセーンの砂岩や沖積土壌の熱く乾燥した平地。行けば分かるが、西と東では風景が違いすぎるほど違う。というか、東はこの地域では普通の乾いた風景だが、西は緑豊かな丘陵でマコネみたいだ。この西側パソ・ロブレスこそジンファンデルの聖地である。

パソ・ロブレスは11の区域に分かれる。単一区域ワインのラベルにもそれが記されている。西側石灰岩区域は、アデライダとヤロークリーク。テンプルトンギャップとサンミゲルも一部は西側だが、地質的には新しいようだ。標高が高い小区域ヨークマウンテンはパソ・ロブレスではなく独立AVAだ。今回は、パソ・ロブレスとしては、西側あちこちのブレンドであるオポロ、ヤロークリークの超老舗ロッタとアデライダの比較的新しいピーチー・キャニヨンを出した。

圧倒的である。これを理解せずしてカリフォルニアを語るな、ましてジンファンデルについて勝手にネガティブなイメージを持つな、である。似ているワインはシノンやソーミュールかも知れない。つまりは白亜紀石灰岩の味であり、適度な降水量、斜面、冷涼気候の味だ。なんという品格、なんと整った佇まい。しかしオーガニック自社畑ムスタング・スプリング・ランチのピーチー・キャニヨンは日本に入ってこない。ほぼ会員用で、ワイナリーにもないと言われたが、そこをなんとかと頼んで、キャップシールを付けていない瓶を一本売ってもらった。私は最低限の常識としてピーチー・キャニヨンぐらいは知っていたからここを訪問したまでで、別にピーチー・キャニヨンでなくとも探せばこうした素晴らしいワインはいくつもあるはず。しかし探すべき場所を知らないならば探しようがない。アデライダとウィロークリークの名前は覚えておいて欲しい。さもないと店やレストランにあっても看過する。

ともあれ最近のカリフォルニアワインは昔と違う。昔を引きずった思い込みを上書きしないといけない。このジンファンデルの講座を最初に告知したのは6月だったか。以降毎月募集していたが申し込みゼロ人が続き、今回やっと4人の申し込みがあって開催出来た。お見えになった方は思ったはずだ、なんでこんなに素晴らしいワインに皆興味がないのだろう、と。私はこの講座のためだけにパソ・ロブレスに取材に行っているのだから、しょうもないワインなど出さない。

2019.09.28

バロッサの講座

有名な産地ほど誤解されているというのが日本の常。オーストラリアで最も有名なバロッサなど誤解の端的な例だろう。プロでさえ、がっつりした塊肉のグリルや甘辛いバーベキューを見ると条件反射的に、「樽が効いたパワフルで逞しいバロッサのシラーズを合わせたい」などと言う。実際にいろいろ試したことがあるのか、その上でバロッサと言っているのか、と思う。バロッサの中のバロッサ・ヴァレーは土ワインだから塊肉には合わない。バロッサの中のイーデン・ヴァレーは岩ワインだが、標高が高く繊細冷涼で、牛肉バーベキューとは程遠い。いずれにせよ、高密度であってもしなやかソフト細やかで、世間のイメージとは違う。そしてシラーズそのものがタンニンが細やかで繊細なブドウ品種だ。

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それを体感してもらうために、ちらし寿司を出した。ブラインドで出したワインは、ジェイコブス・クリークのダブルバレル・シラーズ。オーク樽熟成のあとさらにウイスキー樽で熟成させたワイン。ハイクラスワインファンと呼ばれる人なら絶対に買わない類のワイン。さらにはそれを寿司に合わせて美味しかったなどと言えば、彼らからは嘲笑される。しかし、美味しい。事実は事実。寿司に樽要素との接点はさすがにない(そもそも樽は予想と異なり品よく収まっている)が、それ以外の要素はぴったり。バロッサのシラーズはがっつりバーベキューとは逆の性格なのだと理解していただけた。そして近所のスーパーで買ってきた安価なワインでもバロッサはバロッサ、基礎的品質レベルが高いということも。

イーデン・ヴァレーの引き締まった構造とミネラル感と冷涼風味は見事。お出ししたシラーズもカベルネもビオディナミだからなおさら素晴らしい。シラーズは最低のヴィンテージとして知られる2011年だが、私はむしろ最高のヴィンテージだと思う。低温多雨ゆえのスッキリしっとり感がいい。もともと年間降水量が700ミリ以上あるのだからしっとり感が特徴の産地。しかし土壌の保水性は低く、凝縮度は保たれる。その特徴がよく分かる。アルコール度数が12しかなかった1970年代のコート・ロティの味を憶えているなら、2011年のイーデン・ヴァレーに懐かしささえ感じるだろうし、本来はシラーはこういうものだと思うだろう。

ご参加の皆さんのお目当はバロッサ・ヴァレー、Vine Valeエリアのセミヨン。検索しても出てこないレア中のレア。これは1870年代に植えられたバロッサ最古の古木セミヨン。フィロキセラ前のセミヨンの、今のボルドーのセミヨンとは次元が違って滋味深い、胸に染み入る静かなエネルギー。信じがたいほどの下方垂直性。不思議なことに、レバノンのオベイデ品種にも似る。しかし作られたのは多分このヴィンテージだけ、収穫後に引き抜かれて今はもうない。今になってすごいすごいと言ってもなくなったものはない。世の中、誰もセミヨンに興味がなく、華やかでメリハリの効いて酸がシャープなソーヴィニヨンだけを買うから、そしてバロッサに勝手なイメージを持って実態を見ないから、このようなバロッサの歴史の証人、国宝級ブドウが売り先なく引き抜かれてしまうのだ。ご参加の方々皆さんこのセミヨンが欲しいと言われるので(二度とないのだから!)、オーストラリアから取り寄せることにした。あればいいのだが、、。

最後はバロッサの伝統、酒精強化ワイン。1860年代以降、バロッサはポートタイプのワイン産地であり、辛口生産が復活したのは1947年。知る人ぞ知るワイン(しかしオーストラリアワインファンでこれを知らねばモグリ)だが、写真のロックフォードのトーニーは本当にすごい。気品があり、ナチュラルで、バランスが完璧で、飲んでいることを忘れるほどだ!

バロッサは圧倒的に素晴らしい産地。安くても美味しく、高いものはひたすらすごい。しかしバロッサ・ヴァレーとイーデン・ヴァレーはしっかり使い分ける。それは確実にご理解いただけたはずだ。

2019.01.03

2018年の20本

2018

2018年に出会った最も印象的なワインを20本選んで紹介したいと思う。多くのワインが異なった理由で大変に素晴らしく、本来なら到底20本では済まない。ちなみにワインの並び順は優劣とは関係ない。

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Voyots Dzor Karasi (Aleni Noir) 2016 Zorah

アルメニアにある世界最古のワイン醸造所跡、アレニ1遺跡の向いにあるワイナリー。アレニ1の近くに残る樹齢数百年のアレニ品種のブドウから取り木して増やした自根の畑。コンクリートタンク発酵、カラシ(陶製の甕)熟成。ある意味、ワインに関心があるすべての人にとっての基本のワインのひとつ。ジョージアと並んでアルメニアはワインの原産地だが、そのワインはジョージアとは大きく異なり、ジョージアがアジアの味ならアルメニア(言語的にはインド・ヨーロッパ語族)は明らかにヨーロッパの味がする。地酒的な朴訥感をアルメニアに期待してはいけない。上品で、緻密で、垂直的で、堅牢な、紛れもないグラン・ヴァン。ワインは最初からそうだったのか。。。。。

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Herefordshire, England  Pinot Noir Early  2013  Sixteen Ridges Vineyard

気候変動ゆえに温暖な味わいのワインが多くなった昨今、正しく冷涼な味のワインを求めるなら高地や高緯度に行くしかないのは当然だ。そしてこのピノ・ノワールは、まさしく期待通りの冷涼風味を備え、贅肉がなく、緊張感のあるミネラルに支えられた、気品のある味わい。イギリスのワインといえば、すぐにイングランド南東部海沿いサセックス州のスパークリングが語られるが、これは南西部ヘレフォードシャー州の色の薄い赤。サセックスより涼しく雨も多く、それゆえに、イギリス以外の何物でもない個性。2007年創業の新しいワイナリーの若木のワインであってもこの完成度なら、樹齢が高くなればどれほどの質となることか。イギリスのテロワールの素晴らしいポテンシャルを垣間見ることができる。当然ながら日本未輸入。

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Conca de Barbera  Coll del Sabater 2017 Escoda-Sanahuja

圧倒的なパワー感。唯一無二といえる陶酔的なうねり感。危険な官能性。全方位的な広がり。底が見えない厚み。嚥下後の肉体の浮遊感。エスコダ・サナフヤは現在世界最高のワイナリーのひとつである。アンフォラ発酵・熟成の自然派ワインの雄として有名だが、このコル・デル・サバテール2017年は、アンフォラであるとかSO2無添加であるとかを超越した奇跡である。完熟して完全発酵できないほどに潜在アルコール度数が上がってしまったこの年のカベルネ・フランと熟しても10度にしかならないパレリャーダ(カバ用の白ブドウとして知られる)を混醸。尋常ではない発想だが、一度経験してしまえば、これこそが正解だと思える。今まで飲んだすべてのワインの中でも最もインパクトが大きなワインのひとつ。ちなみにラベルはオーナーがその場で作ったもので、中身はタンクから直接手詰めの特別版。


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Collio Ribolla Gialla 2008 Gravner

西洋で初めてジョージアのワイン製法を己のものとしたグラヴナーの到達点。かつての野心作・実験作然とした過剰なほどの思いをまとった物質性はもはやなく、ただただ完成された美しい形が中空に浮かび上がる、スピリチュアルな抽象性。彼の苦闘はこのワインを我々に与えるためだったのか。涙なくしては飲めない。陳腐な表現ではなく、本当に感謝している。もしこれを飲んで頭を垂れない人がいるなら、それはワインファンではない。少なくとも愛あるイタリアワインファンではない。猫も杓子もオレンジワインと連呼する昨今だが、世に溢れるオレンジワインの過半はしょうもない遊びだ。グラヴナーなくして彼らのオレンジワインもないのは事実だろう。ならばなぜ謙虚にグラヴナーから学ばないのか。彼らが将来グラヴナーの境地に至ることが可能かどうかは甚だ疑わしい。グラヴナーは現在、ただ一種類のワインのみ造る。一所懸命とはこのことだ。人の能力には限りがある。30種類のワインを造る中の一本と、ただ1種類のワインに全精力を注いだ一本と、同じ結果になるだろうか。ましてやその人は、偉大なるヨシュコ・グラヴナーなのだ。生半可なオレンジワイン談義をしている暇があるなら、黙ってこれを飲め。

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Alsace  Dionysiuskapele Gewurztraminer  2017  Lissner

アルザス、ヴォルクスハイム村の生産者組合長リスネールの意欲作、ゲヴュルツトラミネールのSO2無添加オレンジワイン(色は茶色っぽいロゼ)。2017年というヴィンテージらしいクリアーさ、おおらかさ、素直さがプラスに働き、見事な作品になった。ゲヴュルツトラミネールのエキゾティックな香りとタンニンとトロミが醸し発酵によって倍加され、SO2無添加のマイナス点は感じられず(アルザスの無添加白ワインで心底おいしいものはあまりない)、プラスの側面であるスケール感や質感の厚みが際立っている。構成力のある味わいは積極的に料理に合わせていきたくなる。このオーガニック生産者はいま世代交代時期で、積極的に新しい試み(特に栽培方法)に挑戦しており、目が離せない。直観力に長けていながら極めて知的なアプローチをとり、ビオディナミはあえて不採用。我々にとっては、ある種の知的ゲームを通じての真理探究という興奮が得られる。日本未輸入。

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Bourgogne Aligote  2015  Domaine Marius Delarche

ペルナン・ヴェルジュレス村の名門、ドラルシュの大傑作。ブルゴーニュで好きな白は、と聞かれたら、このアリゴテの名を挙げる。ペルナンのアリゴテがブルゴーニュ全域を見渡しても傑出している事実は、ブルゴーニュの生産者なら、経験上、知らぬ者はいない。多くの生産者との話のなかで、「ペルナンのアリゴテ」と私が答えて{へえー」と言われたことはなく、「そりゃそうだ」という反応である。それはコート・ド・ボーヌの畑地図を見ただけでも一目瞭然だと思う。しかし昔から私が日本で同じことを言っていても常に「へえー」どころか完全スルーである。日本にアリゴテファンはいないようだ。このアリゴテは、コルトン・シャルルマ―ニュの丘の北側、標高の高い南向き緩斜面の畑に植えられた古木から。完全にコルトン・シャルルマ―ニュ・アン・シャルルマーニュと地続きの味で、姿形がグラン・クリュ的に整っており、余韻も地域名ワインとは思えないどころか、グラン・クリュ並み。つまりは、よいテロワールの味がする。ドラルシュのシャルドネ(村名や1級。ここのグラン・クリュ・コルトン・シャルルマ―ニュはアロース村にあり、例外的な、そして注目すべき混植混醸)と比較してもアリゴテのほうが垂直性や質感の緻密さや香りの繊細さに優れている。このワインを飲めば、アリゴテは二流品種なのではなく、ほぼすべての場合において二流テロワールに植えられているから地域名ワイン格付けでしかないのだ、と分かる。このテロワール優勢という観点を獲得することこそ、ブルゴーニュ理解の基本なのではないのか。なぜ日本では、ブルゴーニュというと、口ではテロワールと言いつつ、実質は生産者優勢の考え方が支配的になるのか。だから過去何十年、「好きなアリゴテは?」と聞くと、「だれだれのアリゴテ」という答えしか返ってこない。それがどれほど反ブルゴーニュ的な答えなのかをブルゴーニュファンの方々が自覚していない状況が、それ以上にこの論点(なぜ、だれだれのアリゴテと答えてはまずいのか)さえもが理解されない状況が、「ブルゴーニュとはまずはテロワールを鑑賞するワインなのだ」と20年以上言い続けてきた私としては、自分の力不足を痛感して、情けない。当然ながら日本未輸入。

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Niederoesterreich Zweigelt  2015  Stift Altenburg

チャーミングでほんわかフルーティな方向性も大好きだが、ぴしっとした硬質な骨格のあるツヴァイゲルト、つまりブラウフレンキッシュの血筋を色濃く感じるツヴァイゲルトも素晴らしい。チェコ国境に近いヴァインフィアテル、リンベルク(ブラウフレンキッシュのドイツ名レンベルガーの由来という説あり)のアルテンブルク修道院のこのワインは、ペン画のようにくっきりとした酸と清涼感のある伸びやかな香りを備えた、冷涼なオーストリアワインを求めるならば最高の作品。地球温暖化ゆえにほんわかフルーティなワインの比率が高くならざるを得ないオーストリアにあって、この冷涼さはむしろ貴重だ。ヴァインフィアテル=安価なグリューナーという認識にとどまってはいけない。そもそもこの畑は極めて特異な白いダイアトム土壌。他では得られない個性が感じられる、貴重なツヴァイゲルトである。日本ではオーストリアワインといえば、ヴァッハウやカンプタルのような大メジャー産地の大メジャー生産者のものか、それともSO2無添加・アンフォラ・オレンジワインが興味の対象となっているようだが、オーストリアワインの本来のオーストリアらしさは、こうしたワインにこそより感じられると思う。さらに言うなら、このワインの美点が分からない(好きかどうかはまた別の話)人をオーストリアワインファンとは呼びたくないが、当然のごとく日本未輸入。

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Maranges Le Saugeot  2016  Domaine Edmond Monnot

陰影の濃さ、逞しさ、地酒っぽい朴訥感といった、通常ブルゴーニュワインには求めない特質を備えるマランジェは、よい意味で時代の流れに乗らない産地である。口あたりのよさ、分かりやすい華やかさ、といった「きれい」さが最重要評価ポイントになっている状況では、マランジェは二流どころか三流ワイン。単一の評価基準しかなければ、最上のグラン・クリュ以外はすべて一・五流が関の山であり、結局は高いものがいいワイン、という、どうしようもない結論に縛られることになる。しかしテロワールに即した複数の評価基準を獲得すれば、マランジェは「他と違うからいい」産地になる。地質年代的にはマランジェはコート・ド・ボーヌの中で最も古い。ブルゴーニュ=ジュラ紀という了解で基本的にはいいのだが、このワインの畑のあるマランジェの西端の丘は三畳紀。性格的にはジュラ紀の派手さとは逆に、内向的で暗く、標高300メートルえ台後半という高さにもかかわらず重心が下。ゆえに通常のブルゴーニュとは異なる用途で魅力を発揮することができる。こうしたユニークな個性を発見するのがワイン趣味のひとつのおもしろさだと思うが、もちろん日本未輸入。

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Vin de France  Benjamin de Meric  2016  Chateau Meric

1964年にオーガニックを始めた、ボルドーで最初の認証オーガニック生産者、シャトー・メリック。ビジネスのにおいが強すぎ、何がやりたいのかではなく、何が売れるのか、を考えすぎに思えるボルドーにあって、プリムールや英米評論家の点数とは無縁の、オーガニックワインが好きな顧客に直接売ってきた、実直な生産者である。ワインの味も実直の極み。これほどスタイルではなくテロワールとしてのボルドー、グラーヴを感じさせてくれる機会は少ない。彼らが造るロゼ(クレーレと呼ぶべき色の濃さだが)がこれ。品種は、なんと、マスカット・ハンブルグ主体にメルロのブレンド。当然INAOは非認可品種であるマスカット・ハンブルグを引き抜けと言ったが、昔から植えられているブドウを引き抜くわけにはいかないと拒否。スタイリッシュでそっけなく冷たい最近のロゼとは異なり、朴訥で寛容な個性。マスカット・ハンブルグ(マスカット・ベイリーAの親)ならではのざっくりとして土着的な色気。現在の肩肘張った輸出用ボルドーとは無関係の、地元消費用な味。いい感じの緩さ。土地の個性を考えれば、こちらのほうが本来のボルドーではないかとさえ思う。もちろん日本未輸入。日本人はボルドー大好き、オーガニック大好きではなかったか。オーガニックワインの支持者なら、周囲から疎外されつつオーガニックを独力で始め、長年貫いてきたこの生産者に対する敬意を払ってしかるべきだ。

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Württemberg Korber Sommerhalde Trollinger  2015  Schmalzried 

ドイツで最も好きな品種のひとつがトロリンガー。酸もタンニンもない、自己抑制のきいた、押しつけがましい主張もない、典型的なヴュルテンベルクの地元消費用ワイン品種。普通なら、柔らかくて飲みやすい軽い味というだけで終わってしまうだろうが、これは認証ビオディナミワインだ。繊細なディティールと豊富なミネラルに、頭の後ろまで回り込むスケールの大きさがあり、自然な滲み感がってもボケや緩さにつながらない。見事だ。それだけではない。この生産者は養護学校の教師をしながらワインを造る。それがどうした、と言うか?まさにそういう味が、献身と愛と純粋さの味がする。ゆえにこのワインは、自然と人間が最も高貴な形で融合した、理想的なビオディナミワインの一本である。SO2がどうした、アンフォラがどうした、といった些末な技術論ばかりが横行して目的を忘れているかのような現状では理解されようもないのか、当然のように未輸入。

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Alsace Grand Cru Geisberg   Riesling  2012  Trimbach

ガイズベルグ、それもリボヴィレ修道尼院の所有する西側の区画は、アルザス・グラン・クリュの中でも最上の畑である。それを否定する人がいようか。村ごとの気温を調べると、オー・ランにおいてリボヴィレは涼しい土地だと分かる。地球温暖化の中で、それが辛口リースリングには圧倒的な優位性を生み出す。ガイズベルク西側区画は谷から吹き降ろす風の出口にあり、三畳紀の石灰岩土壌がもたらす冷たく硬質な酸とあいまって、リースリングに求めたい緊張感とトリンバックに求めたいプロテスタント的自己抑制・禁欲性を表現する。反グラン・クリュ派最先鋒だったトリンバックが宗旨替えをして登場させた「グラン・クリュ・ガイズベルグ」は、2009年の初ヴィンテージ以来、その評価は既に確定しているが、2012年ヴィンテージはさらに一皮むけた印象。なぜなら2008年に彼らが栽培を請け負ってからオーガニックに転換した効果が明らかになっているからだ。現時点においてアルザスの頂点である。クロ・サン・チュンヌは足元にも及ばない。誰もが知るようにガイズベルグはガイズベルグなのであって、かつてはその真価が表に出ることがなかっただけなのだ。

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Savennieres Coulée de Serrant  2016  Nicolas Joly

誰もが知っているクーレ・ド・セラン。以前のヴィンテージ、特に20世紀のあいだのニコラ・ジョリーの造ったワインを飲んで、クーレ・ド・セランを知っているつもりになっているなら、それは人生にとって大きな損失だ。2015年以降のクーレ・ド・セランは別物である。かつての知性優位の味はもはやない。理屈は分かるが実質が伴わないなどという批判ももはや該当しない。特に2016年は桁外れのエネルギー感があってリッチ。昔の味しか知らない人は、クーレ・ド・セランにリッチという言葉は決して使わない。しかし今やニコラ・ジョリーはサヴニエール全体で最後に収穫するのだ。陰と陽、緊張と弛緩、禁欲と官能、覚醒と陶酔の驚異的なコントラストの大きさと、それらすべてを包み込む慈愛。何が変わったのかと聞けば、娘ヴィルジニーは「何も変えていない。ただ、子供ができた」と。ワインとはかくも不思議なものだ。


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Clairette du Languedoc Rancio Sec    S.C.V. La Clairette d'Adissan

以前から最も気になっているラングドックのアペラシオンであるクレーレット・デュ・ラングドック。好きなラングドックの白は、と聞かれれば、ほぼ常にその名を挙げる。歴史的には最重要ワインのひとつだ。紀元前1世紀、ローマで有名だったAminum品種のブドウがこの地に持ち込まれたのだが、近年そのブドウがローマ時代の井戸の底から発見され、解析の結果、それが現代のクレーレットだと分かったのだという。18世紀までは高価なワインとして有名でも、現代にあってはよほどのラングドックワイン通以外には知られることもない。辛口、中甘口、酒精強化甘口、ランシオとあるが、これはアペラシオンを構成する11村のひとつであるアディサン村の協同組合が造る辛口ランシオ。樽ではなくタンクで十年熟成させるのがポイントで、ランシオながら香り味わいともに極めてクリーンでクリアー。そしてランシオならではの別次元の力強さと贅肉をそぎ落とした抽象的でミネラリーな味わい。もともとのテロワールと品種の素晴らしさがストレートに出ている。姿形の美しさ、見晴らしのよさ、余韻の長さ等々、あらゆる項目でここがグラン・ヴァンの土地だということを示す。ついに見つけた究極のラングドック白ワインの一本である。他のランシオをいろいろと飲んでいればいるほど、このワインの高貴さが見えてくるだろう。もちろんのことながら日本未輸入。日本では協同組合ワインなど誰も歯牙にもかけないし、ランシオ好きも皆無に近いのだからしかたない。ランシオ嫌いなラングドックワインファンとは、八丁味噌嫌いな名古屋料理ファンと同じく、奇異に思えるが。



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Luzern Le Petit Mousseux  Ottiger

スイス、ルツェルン湖のほとりに建つワイナリーの、炭酸ガス注入方式のカジュアルな泡。炭酸ガス注入方式は完熟ブドウを用いることができるため、私はシャンパーニュ方式の未熟ブドウのワインよりこちらのほうが往々にして好きなぐらいだ。リースリング・ジルヴァーナー(=ミュラー・トゥルガウ)とソーヴィニヨン・ブランを用いた、まさにドイツ語圏スイスの清涼感、清潔感、ゆとり感があるワイン。適度に力を抜いた気軽さ、ほぼすべてが小商圏で売れてしまうスイスワインならではの地元密着感・自給自足感。夏のバカンス、澄んだ空気、アルプスの山並み、透明な湖水、湖畔に点在する瀟洒な別荘といったビジュアル(実際にその通りだ)を思い描いてほしい。そこにふさわしいワインは、樽臭くて泥臭い赤ではありえず、近年どうも迷走しているヴォー州のシャスラーでもなく、より冷涼な地域のこのスパークリングということになるだろうが、スイス=シャスラーという理解でとまっている(それでも、なんの理解もなかった十年前よりはましだ)日本には未輸入。

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Valdobbiadene Prosecco Superiore   Col di Manzo   2017   Perlage

ビオディナミ栽培されるグレラで造られたプロセッコ。ヴァルドッビアーデネならではの流れのスムースさがありつつ、畑が斜面下部に位置することもあって、そっけなくならず、適度な厚みを備え、重心は真ん中にあって安定した長い余韻へと続く。味わいの複雑さ、立体感、スケール感、ダイナミズムは通常のプロセッコとは別次元であり、一度これを経験してしまうと、農薬まみれのフラット&スタティックなプロセッコに戻ることはできない。繊細さ、酸の穏やかさ、香りのやさしさ、といった点においてプロセッコの食中酒としての可能性は極めて高い。スタイルではなく、既成観念でもなく、ヴァルドッビアーデネのテロワールと絶対的な品質に着目してワインをテイスティングするなら、プロセッコとしては例外的に高価なこのワインでさえお買い得だと思えるだろう。このワインが高級日本料理店での定番になってほしいが、日本未輸入。

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IGP Pays d’Hérault Collines de la Moure Parpagnas 2015  Mas De La Pleine Haute

フロンティニャンのエリアに植えられたムールヴェードル、シラー、グルナッシュのブレンド。現代ではすっかり忘れられているが、近世までは高級ワインとして人気のあったフロンティニャンのミュスカ。その名声は偉大なテロワールに由来するのであり、ミュスカという品種や酒精強化甘口というスタイルによるものではないと、この非ミュスカの赤ワインを飲むと理解できる。姿形の美しさが違う、伸びやかな品位が違う。ラングドックワインに詳しければ詳しいほど、この小さな地元消費ワイン生産者の、地味で一見どこにでもある品種構成のワインがさりげなく備える“グラン・クリュ”性の前にひれ伏すことになる。ラングドック各アペラシオンのAOC認定年を調べて欲しい。フロンティニャンは1936年5月と最初である。そこには重要な意味があると考えるべきだ。繊細さや優美さがダイナミズムと融合して立体的で美しい形をとり、余韻が長いというこのワインの特徴は、オーガニック(フロンティニャンには二軒しかない)栽培に由来するという点も忘れてはならない。通常のクリュさえ理解されず、ラングドック=安価な国際品種ワイン、という単一の観念(というか誤解)にとらわれている日本には、当然のごとく未輸入。フロンティニャンのオーガニックなど、本来なら真っ先に輸入しなければならないものだろうに。とはいえ、そう思うのは私だけかも知れない。なぜならフロンティニャンは偉大なテロワールだ、偉大なワインだと言って、「その通り!」と同意されたことは、実は過去一度たりともない。

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Pessac-Leognan  Cuvee Paul   2015    Chateau Haut-Bergey

ミュージシャンでもあるオーナー家の息子が戻り、あまりに時代錯誤的・ビジネス優先的・人工的なボルドー的ワイン造りを見て憤慨し、スタッフ全員を解雇してビオディナミ栽培に即座に切り替えたのが2015年。その劇的な変化は既に明らかで、とりわけ自分自身の名を冠したこのタンク熟成のワインの鮮烈なエネルギー感と厚みとヴェルヴェットのような滑らかさとピュアさを見れば、ボルドーが新しい時代に入ったのだと喜びつつ痛感する。現在最も注目すべきボルドーだろう。ちなみに通常の樽熟成版はおすすめしない。素材がよくなった今、樽は余分なフレーバーであり過剰なタンニンでしかなく、しなやかでおだやかなグラーヴ地域のテロワールの個性を減じてしまうからである。

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Südsteirmark  Riesling Ried Gaisriegl  K   2016   Schauer

オーストリア、ズュートシュタイヤーマルクのSausal in Kitzeck村は、標高が500メートル以上と大変に高く、冷涼で、なおかつ土壌が例外的なシスト。オーストリアにおける知る人ぞ知るリースリング最上のエリアである。そこでブッシェンシャンクを営み、オーガニック転換中のこの生産者のワインは、頭の中でオーストリア、ズュートシュタイヤーマルク、リースリングという単語を結び付けて生まれるイメージどおりの、鮮やかで気品があって無駄なくかっこよくポジティブに明るい味わい。ニーダーエスタライヒの高名なリースリングは過剰な灌漑の味がして好きにはなれない場合がほとんどだが、シュタイヤーマルクは十分な降水量があるため、急斜面の水はけのよい畑でも無灌漑。それがミネラル感や余韻の表現に直接的に結びつくのは当然である。通常は辛口に仕上げるところ、2016年はオーストリアでは例外的なカビネット(微甘口タイプ)になった。これがいい。いいと言っても一期一会。20年前ならともかく、現在のオーストリアでは辛口しか好まれず、こうした伝統的ドイツ的リースリングは皆無に近い。生産者も造るつもりはないと言う。このワインには圧倒的な完成度と無欠のバランスのよさがあるゆえに、二度と経験できないのかと思うと悲しい。

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Costa Toscana  CiFRA  Cabernet Franc   2017   Duemani

90年代から20世紀末ごろまで、数々のスーパータスカンの名品を送り出したコンサルタント、ルカ・ダットーマがたどり着いた、カベルネ・フランにとって最良の地、モンテスクダイオ。海を臨む標高の高い粘土石灰質の斜面の畑は見るからに素晴らしく、ビオディナミ栽培によってポテンシャルを十全に引き出す。樽を使わずにコンクリートタンクで熟成させたこのチフラは、樽を使ったグラン・ヴァン、デュエマーニよりむしろ素直な味で抜けがよく、カベルネ・フランのきめ細かさ、酸の軽やかさ、清楚な気品をよく表現する。2017年は壊滅的に収量が減ったヴィンテージだが、それゆえの凝縮度の高さというプラスの結果をもたらしている。かつての力任せな迫力は影を潜め、静かな充実度として、また内面への沈降の形をとってエネルギーが感じられる、大人の味。それでもダットーマ独特のきらめき、冴えは健在であり、つくづく天才的なセンスだと感じ入る。世界のカベルネ・フランの中でも屈指の作品である。以前は日本に輸入されていたのだが。。。


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Vermouth Erborista     2017    Pianora

ロンバルディア、コッカリオ村の丘の上にある小さなオーガニック生産者の作品。フランチャコルタ域内にありつつも彼らはフランチャコルタを造らず、メルロの赤ワインを主として造る。それがフランチャコルタ以前のこの地のワインだからである。さらに時代を遡って、ワイナリーのすぐ近くにある『聖なる受胎告知修道尼院』がかつて造っていたワインを再現したのが、このハーブ入りのメルロの甘口。飲めば忘れられないおいしさ。いや、おいしいだけではなく、飲むと体の内側から力が湧いてくるかのようで、飲めば飲むほど体がもっと欲する。ここまで直接に作用するワインは初めてだ。修道院が同時に病院であり、ワインが同時に薬だったことを思い出す。そして凡百のフランチャコルタが足元にも及ばない完成度の高い美しさ。フランチャコルタ域内は、地球温暖化もあって、いまやメルロやカベルネ・フランの栽培適地なのではないかと思うし、昔そうだったのは正しいと思う。もちろんこんな徹底してイレギュラーなワイン(伝統的であっても、そんな伝統は誰も知らない)を高い金額で買うインポーターはいるはずもなく、日本未輸入。(ラベルには2018年と書かれているが、中身は2017年。もう2017年のラベルがなくなってしまって、翌年分として印刷が上がってきたラベルを貼ってもらった)

2018.12.20

海沿いトスカーナ

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 近年のトスカーナワイン全般の傾向には賛同できません。固く、ぎこちなく、空気感が弱く、直線的なタンニンが目立ちます。この20数年間かけて彼らがよしとして選んだサンジョベーゼ・クローンのせいでもあり、ボルドー品種のブレンドの問題でもあり、地球温暖化・渇水ストレスの増大と、それに関連する早摘み志向の問題でもあると思います。
 とはいえ、トスカーナがダメな産地であるとか、サンジョベーゼが二流の品種であるとか言うつもりはありません。いろいろな要因の歯車がずれていると言っているのです。それはキャンティ・クラシコのエリアで最も顕著に見受けられます。内陸に位置する水はけのよい標高の高い斜面の畑というのが、必ずしも現在プラスに機能しているとは思えません。いろいろな機会にテイスティングして印象に残るのは、気候が穏やかなな海沿いの産地です。
 ですから先日はトスカーナの海沿いのワイナリーをいくつか訪ねてきました。海沿い産地は伝統的には優れたエリアだとはみなされていません。DOCGやDOCも最近になって増えただけで、仮にサッシカイアが生まれなければ、海沿いは今でもオリーブの畑か安価なロゼ用の畑が点在するだけの貧しい土地だったでしょう。実際、グロセット県の海沿いの道をローマに向かって走ると、あまりに家が少なく、ローマ時代からたいして変化していないだろう風景に驚かされます。
 海沿い(ないし川や湖のほとり)のワインは、トスカーナに限らず世界じゅう、しっとりとした質感、やわらかい果実味、まるいタンニンと酸を備えています。ボルドーのフロンサックとリュサック・サンテミリオンを比較すればすぐにわかります。内陸のサンジョベーゼのごりごり感・ごつごつ感がいやなら、当然いまは海沿い産地に注目すべきなのです。
 それと同時にトスカーナの白も知らないうちに驚くべき進歩を見せています。しょうもないトレッビアーノと薄くて酸っぱくて苦いヴェルナッチャというのは大昔の話です。今回、最南端産地アンソニカ・コスタ・デッラルジェンタリオとボルゲリでつくられるヴェルメンティーノ(プラス、マンゾーニ・ビアンコ)のワインをお出ししましたが、すっきりとして大変にミネラリーな冷涼な味わい。暑くるしいもったり味の正反対。赤ワインより白ワインのほうがいい、とおっしゃっている方さえいました。
 パッリーナの楚々としてキメ細かく、かつフレンドリーなサンジョベーゼも魅力でしたし、なんといっても皆さんが驚いたのは、モレッリーノ・ディ・スカンサーノ協同組合のワイン。グロセットにある比較的大きなショッピングモール内のスーパーで買ったものです。これがしなやかでおおらかでリッチかつ抜けがよい、見事な味わい。値段も当然手ごろ。協同組合ワインが成功するときは、本当にバランスがよい、いかにもその土地らしい味のワインになると思います。地元スーパーで売っている、大手Sensiの安価なボルゲリも見事。砂地のボルゲリらしさがよく出たしなやかでいて強い味。かの有名なグレート・ヴィンテージ1998年のオルネッライアと比較すると、この20年間の進歩がよく理解でき、むしろこのスーパーマーケットワインのほうが時間軸上の密度が均一で、アタック重視、ミッドの密度重視で余韻が落ちて下半身が弱いオルネッライアよりおいしいと思いました。ワインの味に過剰な思い入れや狙った感が見えないのがいい。多くの高級ワイン、高評価ワインは、あまりに人的要素が強すぎて逆に自然との接点が希薄になると常々思います。そもそも98年(ボルゲリのグレートヴィンテージ)のオルネッライアはブレタノミセスが感じられます。昔はこれでもOKだったのでしょう。自分の味覚も向上したのでしょうか。
 最後はビオディナミの二本。ボルゲリ域内のサンジョベーゼ&メルロ、モンテスクダイオ域内のカベルネ・フラン。これらのダイナミズム、気配の広がり、後方定位性、質感の緻密さと厚み、タンニンと酸のまろやかさと強さの高度な両立はおそるべきレベルです。前者はキャンティのフォントーディが作るテラコッタでの熟成。外国のクヴェヴリやティナハではなく、トスカーナの陶製甕というのがいい。樽熟成していないためボルゲリとは名乗れない、と言いますが、樽風味がないぶんピュアな果実とミネラル、そしてボルゲリならではのリッチさと涼しげな香りがストレートに表現されています。後者はサンジョベーゼではないためモンテスクダイオとは名乗れませんが、まさに海沿いトスカーナらしい塩味と穏やかな広がりがあります。これも樽熟成ではなくコンクリートタンク熟成。こうしたピュアな味わいに馴れると、樽がもたらす余分なタンニンや風味が邪魔に感じられるようになります。
 こうしたワインを飲むと、トスカーナっていいな、と思えます。最近やたらラグジュアリーイメージが強いトスカーナですが、ミラノやローマでトスカーナ訛りのイタリア語(本来トスカーナ方言が現代イタリア語の基礎となったにもかかわらず!)をしゃべると田舎者だと思われるそうです。実際トスカーナは田舎です。その田舎性が3,40年前には新鮮に感じられた記憶があります。無用に着飾っては逆に恥ずかしいのです。
 

2018.12.19

初心者講座 シャンパーニュ

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 この時期、なにかとお世話になる機会が多いシャンパーニュ。ですから12月の初心者向け入門講座はシャンパーニュをテーマにしました。
 シャンパーニュはワインであると同時にシンボルであるような典型的なアイテムです。ある意味、シャンパーニュであること自体が価値です。ハレの日にはシャンパーニュ。何かお祝いしたい時にはシャンパーニュ。食前酒としてのまずはシャンパーニュ。ほうっておいてもシャンパーニュがそのような意味をもつわけではなく、シャンパーニュ自身がそのようなものとして自らを位置づけ、不断のマーケティング努力によって勝ち得た意味です。そこでは内容との直接的な関係はありません。紅白饅頭は、基本的なスタンスとして、紅白饅頭が配られる一連の儀式の中のシンボルとして見るべきなのか、それとも菓子そのものとして見るべきなのか、といえば、当然前者です。そこで赤いお饅頭の色は人工的な色素なので自然ではないからダメだ、といった議論をしてもしかたありません。実際のところ、ワイン初心者にとって、シャンパーニュは分析の対象としてのワインではなく、ハレの日を彩るシンボルとしての意味のほうが大きいはず。だとしたら、そこでマッシフ・ド・サンティエーリーがどうしたこうした、タイユを入れるべきか否か、といった話をいくらしてもたいした意味はありません。まずはここの議論をしっかり踏まえるのが大事です。もしどのようなブランドがどのような意味作用をもつのか、といった議論をするなら、それはそれで楽しいでしょうし、ある種の人には役に立つことでしょう。しかしそれは私がこの講座で扱いたいテーマではありません。どのようなワインであれ、その内容にのっとった価値を自ら発見することが大切であって、世の中に流布している意味作用を無自覚的に受容することがワインのためになるとは思わないからです。
 次にはシャンパーニュの本質規定を考えました。発泡ワインならばシャンパーニュでなくとも今や世界中に選択肢はあります。その中でシャンパーニュを選ぶとするなら、そこには正当な理由が必要です。もしシャンパーニュの本質とはずれた特徴をシャンパーニュに求めているなら、シャンパーニュにとっても消費者にとっても不幸です。初心者にとって大事なのは、シャンパーニュが北限の産地だと知ることです。
 テイスティングは、まずシャンパーニュ2本とクレマン・ド・ブルゴーニュとオーストラリアのスパークリングの計4本のブラインド比較。質問はふたつ、どれがいいワインか、というのと、どれがシャンパーニュだと思うか、です。明らかに一番よいワインだと個人的には思ったフランシス・オルバンの単一村ピノ・ムニエ単一品種のワインを一番よいワインだと思われた方が一番多く、二番目によいワインだと思ったヴァンサン・ブーズローのクレマン・ド・ブルゴーニュがよいと思われた方が二番目に多かった。そしてどれがシャンパーニュかと思うかとの問いには、フランシス・オルバンが一番多く、ヴァンサン・ブーズローは二番目。簡単に言うなら、一番いいワインがシャンパーニュ、だという観念がテイスティングに先立っているからです。しかしオルバンのピノ・ムニエのワインは典型的なシャンパーニュとは違います。それがシャンパーニュだとブラインドでもわかったのはすごいことですが、もしシャンパーニュらしさを理解した上なら、ドラモットがシャンパーニュだと思われた方がひとりもいないという事態を説明できません。ドラモットは基本3品種をブレンドし、ワインの味わいの中にあの独特のチョークの味があり、質感が緻密で酸がしなやかに強い、いかにもシャンパーニュなシャンパーニュだと個人的には思っていますが、いいワインだと思った方もおらず、シャンパーニュだと思った方もいない。内容と名辞の不一致。ここをどう考え、どう解決するかです。
 シャンパーニュらしさを考える上で、ふたつ大切なことがあります。格付けと製品構成です。前者は土壌から見て端的に言うなら、チョークがあればあるほどよい、という観念を表し、後者は澱との接触時間が長ければ長いほど、つまり酵母の死骸の味がすればするほどよい、という観念を表しています。フランシス・オルバンをシャンパーニュらしいと思った方が大半だったのでその理由を聞くと、熟成感といった答えが返ってきました。主観的な好き嫌いはともかく、それは正しい認識です。残るはチョークらしさです。チョークの興味深い特性は、1立方メートルあたりなんと300から400リットルもの水を含むということ。つまり水分ストレスがない味になるということ、果皮感のない味=果汁感のみの味になることです。搾汁率に対する厳密な規定もそこに関わっていると考えられます。
 2番目のフライトは、同じ生産者、同じ畑で、ブリュット、ドゥミ・セック、ブラン・ド・ブラン、ロゼの比較。甘さが異なると何が変化し、何が変化しないか。ピノ・ムニエ90%シャルドネ10%のワインとシャルドネ100%のワインでは何が異なるか、ブリュットに赤ワインを入れたら何が変わるか、を確認しました。製法や規定ならいろいろなところに書いてありますが、言葉だけ覚えてもしかたない。味として、個性として、機能(なんの役に立つのか)として感覚で理解することが大事です。
 ワインに関しては初心者はすぐに生産者の名前を覚えるという方向性に行ってしまいますが、その前にやらねばならないことはたくさんあります。何を買うか、以前に、自分はどのような特性を欲していて、その特性を得るためにはどのような要件(品種、土地、ヴィンテージ等)に着目しなければならないかを考えましょう。

2018.12.12

サヴニエール

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 ロワール白ワインの王はサヴニエール。当たり前のことです。飲めば分かる別格のスケール感と厚みと長さ。しかし、あまり見かけません。かろうじて見かけるとしたらニコラ・ジョリーのクーレ・ド・セランですが、それを買う人は、本当にサヴニエールが好きでクーレ・ド・セランの個性を欲して買っているのかははなはだ疑問。たぶん、有名だから、という理由でしょう。
 ワイン教育=有名な名詞の暗記、といった状況では、ロワールに限らず世界じゅうのワインが実体的内容ではなくブランド価値で評価されることになる。そもそも、もし世の中じゅうのクーレ・ド・セランの消費者が、クーレ・ド・セランの個性を十分に考えた上で好きで買っているなら、消費者からの適切なフィードバックが生産者にあったはずで、ニコラ・ジョリーの80年代から90年代のスタイルがあんなに迷走することはなかったと思います。
 往年の彼のスタイル、すなわち硬くて酸が強くて神経質な早摘み味は間違いです。シュナン・ブランは少し貴腐がついたほうが必ずおいしい。往年のサヴニエールだってそうだったはずですし、ニコラの母親が造っていたワインもそうでした。あの早摘み時代のニコラ・ジョリーのワインは、正直言っておいしくなかったわけで、それでビオディナミと言われても困るというか、ビオディナミへの疑問を抱かせるネガティブな効果さえありました。
 私は90年代末、最初にニコラ・ジョリーに会った時、クーレ・ド・セランは95年モワルーが一番だとちゃんと伝えています。クーレ・ド・セランもロシュ・オー・モワンヌも本来ボーン・ドライではいけない、貴腐をつけるべき、と。ありがたいことに、2001年、貴腐がついてとろりとしたワインに仕上げてからのニコラ・ジョリーは、特に娘ヴィルジニーが醸造を手掛けるようになった貴腐の年2004年からは、彼らは方向転換して積極的に1割程度の貴腐ブドウをブレンドしています。今では、サヴニエールで一番収穫が遅い生産者は、一番早い人から3週間後のニコラ・ジョリーです。
 早摘みシュナン・ブランが嫌いな私としては、現在のニコラ・ジョリーが理想のスタイルなので、暑かった今年の収穫時9月初頭にも彼にメールして、「絶対にまだ収穫するな、アルコールの高さと酸の低下を恐れてはいけない。熟していないブドウにテロワールの表現はできない」と書きました。彼は、「周囲はもう収穫している。ヴィルジニーは不安がっているが、私もまだだと言っている」と。アンジュー地区のあるべきシュナン・ブランはフレッシュ&フルーティなどではありません。なぜアンジュー地区は甘口アペラシオンがあんなに多いのか。コトー・デュ・レイヨンからロワール河を渡って反対側にあるより乾燥したサヴニエールでは貴腐がつきにくいのですが、それでも貴腐がつかないわけではありません。
 
 なぜサヴニエール、ないしアンジュー全体が理解されないか。パリのワインバーやそれなりにワインにこだわったビストロに行ってアンジュー・ブランがない状況というのは考えられないでしょう。そこには正当な理由があります。ところが日本でロワールといえばまずはサンセール、そのあとヴーヴレでしょうか。ロワール白の個性は、と、そこそこワインを知っている人に聞けば、冷涼でアルコールが低めで酸が高いすっきりしたワイン、との答えが返ってくるはず。だから中途半端な勉強は迷惑なのです。そう思ってアンジュー地区の白ワインを飲めば、イメージとは異なって戸惑う。ねっとりして重ための味だからです。サヴニエールもその延長線として見ることができます。それをネガティブにとらえる人ばかりだから、サヴニエールがきちんと理解されないばかりか、早摘みワインがもてはやされることになる。早摘みしたアンジューやサヴニエールは、サンセールやヴーヴレに似てくるからです。
 
 今回はまずソーミュールとサヴニエールの比較から始めました。ソーミュールも悪いワインではありませんが、サヴニエールの凝縮度はけた違いです。格の違いは、値段の違い以上にあると思います。
 それから畑違い。砂岩、片岩、リオライトという3つの主要構成岩石によるワインの特徴を理解しました。また今回は公式的にINAOにグラン・クリュ申請をしている5つの畑のうち4つ、クロワ・ピコ、クーレ・ド・セラン、ロシュ・オー・モワンヌ、クロ・デュ・パピヨンをお出ししているので、そうではない畑のワインと比較し、明らかにグラン・クリュ候補のワインがきちんとグラン・クリュの味がすることも理解しました。細かさ、伸び、佇まいの整い方が違います。
 クーレ・ド・セランは2つのヴィンテージ、2007年と2016年。それまでのサヴニエールも見事ですが、クーレ・ド・セランはさらに格が違う。これぞビオディナミのグラン・クリュというスケール感、ダイナミズム、複雑さ、圧倒的な余韻。2007年で15・5度、2016年で15度という恐ろしく高いアルコールにも関わらず、中身があるのでアルコールを感じません。今の気候なら完熟したらこのぐらいのアルコール度数になる。それを無理やり早く収穫して13・5度にしたら不自然になるか、本来のポテンシャルを発揮できなくなるか、です。
 2007年は、当時は最高傑作だと思っていました。ものすごいパワー感です。しかし前に出てくるだけではなく、優れたビオディナミ独特の後方定位と渦巻状の動きがあります。今飲んでもこの好ましいビート感は魅力的です。
 2016年は一転して平穏で慈愛に満ちた味。2015年以降はまたスタイルが変わって、穏やかな温度感がありますが、2016年は2015年よりさらに凝縮度が高く、悟りを開いたかのように安定しています。何が変わったのかとヴィルジニーに聞くと、栽培も醸造も変えていないのだけれど自分自身が変わった、子供ができたことが大きい、と。参加者のおひとりが「お母さんの味」と表現されていましたが、その通りです。長らくクーレ・ド・セランをご無沙汰していた人には衝撃的な違い。以前とは似ても似つかぬ静謐で高貴なワインです。酸酸酸酸言っている日本の多くのプロやワインファンには到底評価されないでしょうが、私はこれが正しいサヴニエールの在り方だと思います。ニコラ・ジョリーの長年の苦闘が実を結んでこのような美しい世界に到達したことに泣けてしまいます。
 ただし、ジョリーのワインは生き物なので、周囲の状態が悪いと、まして根の日や葉の日に飲むと、とんでもない味になりがちです。昨日のような味が他でも得られると思ったら間違いです。普通はもっと角が立った味です。そしてクーレ・ド・セランのような本当のビオディナミワインに対して、いま私が使用している田中式テイスティングカップ・バージョン3は大変に役に立ちます。
 最後二本は甘口。甘口といってもあまり甘くありません。それがサヴニエールの甘口の素晴らしいところですし、甘くなってもサヴニエール独特の硬質なミネラル感は失われず、バランスがよい味。早く収穫するより遅く収穫して甘口にしたほうがいいと、実際にテイスティングしてみれば分かります。
 
 そして今回の講座のもうひとつのテーマは、ニコラ・ジョリーが見つけたルドルフ・シュタイナーの手稿に記されている星座と石の関係です。私はそれを彼の部屋で見つけ、彼とそのことについて議論し、画期的なアイデアを考えました。講座にいらした方にはそれをお伝えし、実際に実験してお見せしました。一度経験したら二度と後戻りできない巨大な効果。世界じゅうで昨日の講座にお越しの方のみがその作動原理と結果を知っています。それにしてもルドルフ・シュタイナーはなんでこんなことを思いつくのか!普通に聞けば、バカか、と言われて終わり。ですから詳しくは書きません。しかし実際にやってみると効果絶大。それと同時に、ビオディナミもまだまだ知られていないことがあるのだと思いました。ルネサンス・デ・ザペラシオンの生産者たちが70人ほど来年11月に来日するはずですが、その時にセミナーを開催して広く発表してもいいかも知れません。