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2019.11.15

プロワイン・チャイナ

11月12日から14日、上海で開催されたプロワイン・チャイナに行った。

悲しいかな、中国人を舐めたワインが集まっている。それは仕方ない。シャンパーニュのコーナーに大勢が群がり、グラスになみなみ注いで、会場整理係員に適量でと注意されている、という状況を見れば、来場者のレベルを想像するに難くない。飲んでも味も価値も分からない人にどういう仕掛けで商品を売るかの研究対象には好適だろう。自分にとってのメリットは、比較的空いていて、なおかつ来場者はあまり質問しないので、出展者からそれなりに話が聞けることだ。また、知らない人ばかりなので、人的影響を受けず、ニュートラルな状態を保ってテイスティング出来るのがいい。もちろん、優れたワインも多く出品されており、それらをここで取り上げる。

中国は食事がすさまじくおいしい。上海滞在中に訪れた店の写真をワイン記事のあいだに挿入しておく。

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初日午前の白眉は、写真のヴィノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノ。オーガニック栽培、畑の一部10ヘクタールでビオディナミ。安いほうのワイン、普通ならロッソ・ディ・モンテプルチアーノとして売られるキャンティ(広域キャンティDOCGに含まれるから)と、ベーシックなヴィノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノがいい。内陸部とはいえこのアペラシオンの近くには大きな湖があり、気候は水の影響を受けて穏やかで海洋性的。土壌は粘土質。酷暑や干ばつが危惧される昨今、このテロワール上の特性は優位性につながる。

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上級キュベは、よくある話で、樽が強すぎ、伸びやかさに欠ける。ビオディナミを一部取り入れていると言っても、全くその味はしない。「あなたはビオディナミを信じていないでしょう?信じなければ効きません」と言うと、「自分は無神論者だ。どうしてビオディナミを信じられようか」。単に技術として使っているビオディナミは、何もしないよりはいいかも知れないが、躍動感に欠ける。最後に人形に命を吹き込むのは人の力なのだろう。そこにいちぶの照れや躊躇でもあれば、感動のドラマも虚構の舞台劇にしかならない。

亜硫酸無添加の白とロゼも作る。これがまた、ナンチャッテワインだ。「世界中で亜硫酸無添加ワインのバクテリアのダイナミズムとでも言う味に対して熱狂する人がいる。オーガニックワイン生産者には亜硫酸無添加を期待される。だから作ってみて、それなりの発見はあったが、自分でこれが本当に好きかどうかは微妙だ」。この会話からだけで、亜硫酸無添加ワインにまつわる悲喜劇が伝わるだろう。手段と目的を転倒させ、総体的連関の中にある一要素のみを象徴化、物象化してそれを金の羊として崇める奇妙な宗教へと消費者を導くワインジャーナリストの罪は大きい。アンフォラ、オレンジワイン、亜硫酸無添加は、それを採用すればイケてると生産者は思われ、それについて書けば事情通だとジャーナリストは思われる、偶像崇拝の三大神像である。もちろん私はそれらを積極的に評価するが、それは目的・手段が噛み合い結果が伴う場合である。

ゆえにこの生産者は、邪心・野望・算盤・追随のない下級キュベ二本が美味しい。よい畑だし、知性教養技術に優れた生産者だからこその品質。残りのワインは、味が分からん人向けの儲け筋だから、現実的には必要なのはわかっている。生産者ではなくその状況を作っている人が問題なのだ。

 

□■労中路、湘陽蒸菜

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上海浦東、労中路。ちょっと近所を歩くだけで何十もの美味しそうな店が見つかる、異常なほどの食の集積地、上海。中で、ローカル感溢れる湘陽蒸菜という店に入った。いろいろな蒸籠蒸し料理を店頭で選ぶ。一品160円ぐらい。だいたい2品で十分。ご飯とスープ付き、おかわり自由。元から味の素なし。やたらオシャレな店の多い中、ここは昔の中国の雰囲気が残っていていい。なんといっても毛沢東の肖像がいまだに貼ってある。40年前にはどこにもあった。客層は写真のとおり。実に普通の店。味は素晴らしい。野菜が多いのもいい。そしてご飯自体が美味しい。直截な力強さ、迷いのなさ、無駄のなさ。なぜこの味が日本で出せないのか。いいかげんなのか、妥協的なのか、いじくりすぎなのか、ではなく、普通に普通をやって欲しい。やれば出来るのは知っている。やらない、ないしやれない理由が問題だ。

 

□■セルビアワイン

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国として一番印象的だったのはセルビア。写真のワインは掛け値なく素晴らしい。柔剛のペアをなすプロコヴッチとヴラナッチの両地場品種は、既に先端的な日本のワインファンの間では話題になっているようだが、確かにこれから大注目だと思う。こうした最新トレンド品種ワインはなかなか私は日本で試飲する機会がないので、上海に来るのはよい勉強になる。石灰岩土壌のワインはなんだかんだ言って美味しい。セルビアワインが、いや写真の熟成プラムリキュールさえも、こんなに美味しいとは知らなかった。明らかにハプスブルク系の味がする(実際にハプスブルク帝国領だった時期は短いが)ので、オーストリアファンには特に勧めたい。もちろんオーストリアファンがセルビアワインを手放しで賛美したくない気持ちは分かる。帝国が滅んだのは、皇太子を暗殺されたオーストリアがセルビアに戦線布告して第一次大戦が始まり、結局オーストリアが負けたからだ。それはともかく、南ドイツ、オーストリア、ハンガリー、スロバキア、スロベニア、セルビア、ブルガリア、ルーマニアのドナウ川流域ワイン産地は、「ドナウ川ワイン」の呼称でも登録して一緒にプロモーションして欲しい。東欧の小国がバラバラに活動していても良く分からずに埋没してしまう。

誰かに、どこのワインが好きか、と聞かれたら「ドナウ川ワイン」と答えたい。どの品種が好きかと聞かれたら、クラスノストップ、アレニ・ノワール、アレクサンドゥルーリといった黒海系と並んで、ブラウフレンキッシュやカダルカやプロコヴッチと答えたい。今どきピノ・ノワールなどと答えたら、どんな悪趣味かと誤解される。動物占い、星占い、血液型性格診断など、類型はせいぜい12種類までが限界だ。昔ならブドウ品種占いは、ピノ型、カベルネ型、シャルドネ型、リースリング型などのメジャー国際品種でこと足りた。いまや基本品種は数百ある。それでは占いは出来ない。つまり、単なる名詞としての品種名はコミュニケーションツールにならず、誰しもワイン系名詞の後には「そのココロは」という説明が必要となる。連帯の手段だったものが、手段の多様化の無限の進展により、連帯の役に立たなくなるという不合理。ゆえに多元的価値の表現は放棄され、たとえて言うならワイマール憲法下の議会は機能不全を起こし、唯一絶対へと帰依することで安心を得る。個人の個人性の強化が奨励される中での、一見矛盾するブランド信仰の進展。このまま5G、6Gになったら、私がいくらワインにビッグブラザーは要らないと言っても、華氏451度の前に無力であろう。その事態を防ぐ唯一の方法は、「そのココロは」を述べて他者に己を理解させる責任から逃避しないことだ。

 

□■南京東路、来来小籠

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なかなか味の素の入らない小籠包は見つからない。日本では久しく食べていない。上海でも基本、無理だ。その中でおすすめは、この蟹味噌入り小籠包のお店、来来小籠。見た目は周囲に何十軒とある飲食店と同じくなんの凄味もないが、これは美味しい。ありがちな臭み、脂っこさ、アクっぽさがなく、ピュアで上品。本場ならではの抜けがいい味だ。これで当分の間、味の記憶を呼び戻して満足できる。ちなみに通り過ぎる店一軒一軒無化調かどうかをチェックしてみると、だいたい一割くらいは大丈夫のようだ。味の素が調理段階で抜ける店を入れれば多分3、4割は大丈夫。日本より遥かにマシだ。

味の素なしかどうかは、店を見てメニュー写真を見れば相当程度分かる。この店も写真で分かった。それは意識すれば皆分かる。自分は修行が足りないので100パーセントの確率とはいかないが、この技がなければ上海も香港も東京も地獄だ。

 

□■中国ワイン

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当然ながら中国ワインは充実。数十もの中国ワインが飲めて良かった。よくもまあこんな短期間でここまでの品質になったと感心するが、総括的には、正直、感動感激からは遠い。カベルネやメルロのインダストリアルワインばかりで、フラットでシンプル。チリのように安いならまだしも、意外と高い。瓶は重い。素人だまし。

あるドイツの生産者が言っていた、「中国のリースリングは自分のリースリングの値段の十倍もする。飲んでみたが、ひどい。なんでだ」。「ワインの価格は内容で決まるわけではないことぐらい分かっているでしょう。多くの人にとってワインは象徴価値が大事なのですよ。特に中国では。ワインの根本的な問題です」。「ああ、それは分かっているが・・・」。「まずいものはまずい、そう言いたくなりますよね」。

話題の産地、200軒ほどのワイナリーがひしめく寧夏のワインは特に金の匂いばかりがする〝上質〟インダストリアルワインの典型。細かいタンニンやきれいな香りやスッキリした酸だけではグラン・ヴァンにはなれない。垂直性、ダイナミズム、余韻はどうした?自根のはずだが自根っぽくない。灌漑味が強すぎる。日本ではみなヨイショしすぎているのではないだろうか。概して成功している品種はマルスラン。プティシラーも良さそうだ。ならばカリニャン、グルナッシュ、サンソーのブレンドを作るべき。ボルドー品種を砂漠で栽培するのは、ワシントンもそうだが、やめた方がいい。本当のポテンシャルがどの程度か理解するためには、樹齢が高くなるのを気長に待とう。危惧すべきは2016年3月1日に発効した、既に日本でもよく知られた寧夏賀蘭山東麓葡萄酒産区列級酒庄評定管理方法だ。つまり1級から5級の生産者格付け。フェイクワインの生産者に対する制裁であるとか、衛生であるとか、エステートボトリングであるとか、常識的なところは納得できるとしても、葡萄園単元内単品种純度在90%以上という規定は、混植混醸サポーターとしては当然反発したいし、毎畝(ムー、中国の面積単位)500公斤至800公斤という収量は多すぎるし、なんといってもおかしいのは、主体建築具有特色和鮮明的地域特点、幷有旅遊休閑効能、という規定だ。それとワインの質となんの関係があるというのか。豪華なレストランや超高級ホテルを併設し、チリのアルマヴィーヴァやヴィックのような建築にすれば格付けが上がるということだ。ようは大富豪の趣味の世界を賞揚する格付けだ。格付けはテロワールに対するものでなければならない。彼らは根本的に、偉大なフランスの格付け制度の本質を誤解している。もっと誠実に自然と向き合ったワイン造りをしてほしい。アジア諸国で尊敬を集める日本のワイン専門家の方々にもたぶんこの格付けを制定する以前に内々に相談があったことだろう。なぜ彼ら彼女らは正しく指導しなかったのだろうか。ワイナリーを格付けするのではなく、ワインを格付けせよ、と。中国は近いうちに世界最大のワイン生産国になる。ワインといえば中国が基準になる日が来れば、中国のワイン規定、ワイン思想が世界標準になっていく。100年後にはよいワインの定義が、豪華な宿泊飲食施設のあるワイナリーのワイン、ということになって本当にいいと思っているのか。

今回印象的だったのは河北省のワイン。降水量は500程度だからより自然な味がする。寧夏と河北は、つまりアコンカグアとマウレとどちらがいいか、という話と同じだ。赤なら鳥丁酒庄の蛇龍珠品種、白なら朗格斯酒荘の阿拉奈弥品種が良かった。後者は調べてみるとオーストリアのスワロフスキーの所有でオーガニックとか。なるほど私好み。河北の穏やかさ・優しさと強さの塩梅がいい。山東だと優しさに傾き過ぎるかも知れないが、それでもこれみよがしな寧夏のワインよりは全般に好ましく感じる。

欲しいと思ったのは新疆の蒲昌酒荘のルカツィテリ・ウェルシュリースリング・ブレンドと樽発酵マスカット。堂々として個性がはっきり。まさにシルクロード的。これが今回のベスト中国ワインだ。

 

交通大学、圓苑

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上海西部にある上海料理の名店、圓苑は元から無化調。見事なフォーカス、密度、淀みない力強さと、抜けの良さ。金牌煮干糸、脆皮小乳鴨、紅焼肉と、完璧な上海料理。こんなに美味しいローストダックは初めて。これで88元(1500円)安い!上海に行ったら是非。地下鉄駅からは少々歩くが、店の周囲は旧租界の面影を残し、雰囲気もよい。ああ、どうしてこういう味が日本では出せないのか。今どき何百万人の日本人が上海で本場の味を経験しているというのに。それは上海料理に限らず、トスカーナ料理だろうがプロヴァンス料理だろうが同じだが。私は食へのこだわりがあまりない人間だから、レストランへの要求は最低限(無化調ぐらい)でしかない。それでもここの料理と日本の中国料理の巨大過ぎるほど巨大な違いは分かる。日本の何百万人もの食通は何をしているのか。もっと厳しい指導を日本のレストランに対してして欲しい。

 

□■ロシアワイン

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ロシア西端、クラスノダール地区のワイナリーが集まってのプレゼンテーション。写真のブルニエは今回のプロワインで最も印象的なワインのひとつ。眠れる黒海ワイン産地の大国ロシアがついに数千年の歴史の底力を見せ始めた感がある。

クラスノダールの年平均気温は12.1度、日照時間は2141時間、年間降水量735ミリと、ブドウ栽培にはぴったり。しっとりしてキメ細かく姿形が整っている。いかにもよいテロワールの味。畑は石灰岩土壌。それがいい。黒海沿岸だと多くは土ワインだし、岩ワインだとジョージアのイメレティやアルメニアのように火山性土壌が多い。石灰岩となるとジョージアのラチャやルーマニアのトランシルバニアのように完全に山ワイン。つまり海ワインかつ石灰岩の組み合わせは希少だ。

中でも地場品種クラスノストップのワインがしなやかさと緊密な構造を備えて見事。今意識の高いワインファンが注目しているクラスノストップを初めて飲めて良かった。そのためにこうして上海に来ているのだ。海かつ石灰岩だから、カベルネフランもよく、ソーミュール的ないしサンテミリオン的で大変に上品。しかし日本で売るなら5000円になるだろう。ロシア屈指の高級な味だと思えばそんなものだが。

もう一軒のワイナリーでもクラスノストップブレンドが一番よい。クラスノダールのクラスノストップと覚えておこう。しかし次から次へと話題の品種、注目の品種が登場し、覚えるのが大変だ。プロの方々はどうやって記憶出来るのだろう。

 

 

□■プロワイン会場、新王餐庁

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幕張だろうがお台場だろうが、展示会会場にまともな飲食店などないのが日本。しかし上海では大変に充実。高級店数軒はすべて予約で満席。カジュアルな大食堂、新王餐庁に入ったが、これがまた美味しい。生炒水東斉菜、清湯牛雑、家常小黄魚、古老肉、五香肉丁炒飯と、どれもしっかりした料理。迷いがなく、ストレートで、安定している。もちろん無化調可。商談系高級店のほうと違い、こちらは試飲会に来る若い人たちも客層。ファミレス的なこんな普通の店でこの品質を出してしまう料理文化の高さ。世界中でこんなにレベルの高い国はあるだろうか。それにしても、久しぶりに上海で本場の酢豚を食べて感激。40年前に上海の外灘にある和平飯店で本場の酢豚を初めて食べて衝撃を受けた。あの時と同じ、独特の軽やかでカリッとした質感とピュアな味。そしてコロッと丸い形。この形でなければ品の良い味にならない。表面積最小にしないから、日本の多くの酢豚は肉の味が消えてしつこいソースの味ばかりになる。

 

□■カリフォルニア

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あれこれ飲んでもジンファンデルのみが美味しい。他品種は下方垂直性弱く、上滑りするし、シンプル。それは毎度のことだ。根がしっかり地下深くまで食い込んでいる味は、試飲した限りではジンファンデルだけにしか見られない。古木の優位性は明らか。そして安い。いや、カベルネやピノが高すぎるとも言える。しかし日本でカリフォルニアワインというと、カベルネ、ピノ、シャルドネばかりだ。

昔から好きなセゲシオとクラインはここでもやはり最高。飲んでいて安心。大地の力を感じる。十数年ぶりにガロのワインを飲んだ。創業者アーネスト・ガロが亡くなって以降初めて。ガロはあまりに巨大な企業だし、ワインファンが食指を伸ばす気にはならない商品が多くて、飲む前から敬遠しがち。ひたすら他ブランドを買収している話しか聞かないし、昔お世話になったあのワイナリーもこのワイナリーも今では皆ガロ傘下みたいな状況に好感など持てるはずもない。しかしシグネチャー・シリーズのジンファンデルは、ガロが造るこの品種のフラッグシップ・自社畑ワインだけあり、さすがの完成度。同シリーズのカベルネより遥かに良い。畑はステファニー・ヴィンヤード。昔行ったことがある。誰と一緒だったか?あのアーネスト・ガロだ!確かに良い畑だった。思い出を語っているとキリがない。とにかくこの作品は、緻密・流麗・豊満と、嫌いになりようのない味。ドライ・クリークならではの整った姿。というか、昔より凹凸疎密のない洗練された味になった。甘い醤油味の上海料理にぴったりなワインを会場で試飲した数百本のワインの中から選ぶとすれば、これだ。

しかし日本では最近ガロのプレミアムワインを見かけない。今のままでは、なくともいいワインだろう。誰があえてガロの高いワインを買いたいか。買うべき強い理由が欲しい。ここは、自社畑高級ワインをビオディナミにするぐらいの思い切った決断が必要だ。最高に良く出来たインダストリアルワインではもはやダメなのだ。誰かジーナ・ガロに助言してくれ!日本には彼女の心を動かせる人はたくさんいるはずだ。世界最大のワイナリーがビオディナミに舵を切ったらその影響は巨大なのだから!

 

□■浦電路、和記小菜

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宿の近くの街角で良い気配が向こうのビルの6階から漂ってきたので入ってみた。無化調可能の雰囲気が伝わってきた。ローカルな人気店のようだ。

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干糸、清炒&油爆河蝦、向油鱔湖、ブロッコリー。ここも力強く、揺るぎがない、輪郭骨格共にはっきりした、堂々とした味。濃密だがしつこくないのがすごい。しかし誰もワインを飲んでいない。それはこの店に限らない。こんな状況だとは思わなかった。これではワイン文化どころではない。

上海料理に合うワインとは何か。いろいろ食べた後だから、そろそろ考えねばならない。ワインに興味がある者なら、世界の料理と世界のワインの組み合わせに対してそれなりの見識がなければおかしい。だから機会あるごとに考察していかねば、一生は短い。もちろん総論としての相性など存在しないとはいえ、醤油ベース、粘性、パワー、甘さ、強さ、酸の弱さ、柔らかさを考えるなら、まず念頭に浮かぶのはマクラーレン・ヴェールなどのSA海沿い産地のGSMあたりか。ひとつひとつの産地を頭の中で合わせて行くのは楽しい。現実的に一本で複数料理に合わせる必要がある以上、複数品種ワインが優先的に選ばれる。もちろんラングドックの海沿い上質ワイン(ラ・クラープやグレ・ド・モンペリエ)は特に肉料理にフォーカスするなら必須だ。魚が多いならば南ローヌの土系ワイン(シャトーヌフやケランヌ)。ボルドーは料理の値段との釣り合いを考慮すると、安価なものは弱すぎる。しかしメルロ主体のコート・ド・ブールやカディヤック・コート・ド・ボルドーの上質なワインは良さそうだ。料理の気品と洗練度を思うとワインは相当なレベルでないといけないだろう。

ひとつ重要なポイントは、上海の中国料理は日本の中国料理より重心が高いこと。豚肉でさえ、日本ほどは下に行かない。それだけではない。例えば代表的上海料理の、松鼠魚、清炒蝦仁、蟹肉豆腐を考えてみよう。日本ではイシモチ、芝海老、ズワイガニを使うだろうが、上海では黄魚、川エビ、上海蟹だ。つまり海と淡水の違い。淡水の魚介は重心が上だ。ゆえに、何々という料理に何々というワインが合う、という巷に溢れる表現は、上海の上海料理の話か日本の上海料理の話かによって大きく異なる。だいたい食通やコアなワインファンが清炒蝦仁と言った場合、日本の芝エビなど眼中にない。その料理が食べたければ上海に行くからだ。つまり我々のような一般人は、ソムリエなどプロが清炒蝦仁にはフリウリのピノ・ビアンコが合うと言った場合(実際何度も聞いたことがある)、彼らが前提としている本場の川エビを日本の芝エビの味に変換して意味を正しく解釈しなければならない。とすると、ピノ・ビアンコの重心下バージョンの味は何か、と考える。ピノ・グリージョではもちろんない。重心が下になる白品種の多くは、シャルドネ、ピノ・グリ、グルナッシュ・グリ、クレーレット、ブールブーランク、フェテアスカ・レガーラなど、質感が粗いからエビに合わない。ないし黄色系の風味で違和感がある。白っぽい風味で重心下ならフリウラーノやヴェルメティーノというのが順当な翻訳であろう。しかしどの産地か。コッリオのようなスケール感はいらない。そもそもエビには岩ワインではない。ならばイソンツォか。ヴェルメンティーノであってもごついガッルーラではない。たぶんルッカやピサ周辺の砂地だろう。こうした翻訳を適切に出来るようになるためには相当な努力が必要だ。私も今回上海で食べて、何故清炒蝦仁にピノ・ビアンコが合うと言う人が多いのかよくわかった。それはもちろん上海料理の清炒蝦仁に限ったことではない。

毎度のことだが、複数品種ワインの方が役に立つのに、それは少数派。単一品種ワインがはびこる現状を改めないと、飲むべきワインがなさ過ぎる。中国ワインも悪しき単一品種信仰に毒されてどれもこれも単一品種。ないし上海料理っぽくないカベルネ主体ブレンド。困ったものだ。バロッサに行った時、中国でGSMが売れていると聞いた。むしろ消費者は良くわかっているではないか。

 

□■オーストリアワイン

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農薬過多ワインが続くと、口直しにはオーストリアワインブースに行くのが一番。世界のオーガニックワインのリーダーだけあって、基本的にどれも農薬味がしない。そしてピシッと目が醒めるような鮮やかさ。世界中のワインを飲むと、オーストリアの明確な個性がますます明らかになる。

印象的だったのは、南スティリア、サウザルのWohlmuthのリースリングRied Edelschuh。オーストリアワイン通には当たり前と言われる名ワイン(ヴァッハウ絶対主義の日本は除く)。標高の高いシストの急斜面。まずくなりようがない、オーストリア最上のリースリング畑のひとつ。昔から評価してきたが、近年は栽培がナチュラルになってますます素晴らしい。出来るなら常に家に置いておきたい、自分にとってオーストリア・リースリングの基本ワインだ。

ユルチッチのオレンジワイン、ベレナチュレレは、オーストリアのオレンジワインとして傑出した出来。日本でよくこのワインの話は聞くし、既に現代オーストリアワインの代表格の地位を日本のワインファンの間で確立している作品だが、今回初めて試飲することが出来た。十数年ぶりに会った当主アルヴィン曰く、「あまりにマセラシオンが長いとカンプタルのテロワールの個性が失われてしまうので、2週間のマセラシオン」。このセンスがいい。うまみや構造が増しても味の濁りや必要以上のフェノール風味は感じられず、オーストリアらしい抜けのよさがきちんとある。2018年らしい積極的な表現力も効果的。余韻も長いが、それも当然で、ブドウ畑はさりげなくもエアステ・ラーゲ。シュタインマッスルやロイザーベルクの標高の高いところだと言う。やはりよい畑だと造りの手法の選択の幅が広がる、つまり底力があるのだ。一般にオレンジワインの出来不出来は激しいが、ようはグラン・クリュの畑、オーガニック、センスと技術に優れた生産者の三者が揃えば美味しくなる打率は相当に高まるということの証明のようなワインだ。

 

□■南京東路、順風港湾

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プロワイン会場からの帰り道、繁華街である南京東路駅で降り、地上に出たところで周囲を見渡し、気配の良さが店舗看板から感じられる店をチェック。味が棒になっているから歩きたくない。向かいにあるファッション系ビルの上にある順風港湾に決めた。普通の大手系だろうが、もちろん味の素っぽくない気が出ていたからだ。

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白斬鶏、松茸海参湯、蟹肉豆腐。料理は高級だが客層は相変わらずファミレス的。白斬鶏の力強さ、ナマコの驚異的な純粋さとフォーカス、上海蟹を使った蟹肉豆腐のまったりさと内的密度・集中力の両立が素晴らしい。なんでこんな店でこんな料理が作れるのか!

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私は中国語が出来ないので、無化調と確実にオーダーするためには、写真のように、自分でメモに書いて渡す。ご覧のように店側の注文票にもちゃんとそれが反映されているから確認出来る。つまり無化調にするシステムが店側にできているということ。日本のように無化調を希望する客がいない国ではそもそもオーダーシステムに無化調キーなどない。とにかく上海で美味しいものを食べようと思ったら、元から無化調の店を探し当てるか、出来そうな気配の店を選んで無化調としっかり伝えるか。一軒でも失敗したら味覚が狂ってワインテイスティングどころではなくなり全て棒に振ってしまう。グルメ系サイトを適当に見て適当に入ってオーダーするようなやる気のない受身姿勢では至福の食体験には出会えない。

 

□■ドイツワイン

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ドイツワインは相当積極的。DWIアジア担当によれば、「今まで輸出の24パーセントをアメリカ市場に依存していたが、ドイツに対する25パーセントの新規関税のせいで減少は確実。だから中国市場に注力する。これは政治の問題で我々にはどうしようもない」。

いろいろ試飲したが、2017年も2018年もリースリングはパッとしない。特にラインガウは厳しいと思った。全体的にラインガウは昔より緩く、フラットで、小さくないか?早摘み系GGはつまらない味だ。アウグスト・ケスラーのシュペートブルグンダーの驚異的な品質を見よ。GG畑のブレンド、ある意味セカンドワインであるキュベ・マックスが私の好きなワインだと、訪問したのは10年近く前なのに覚えていてくれた。10年前より軽やかで滑らか。樽も馴染みがよくなり、素晴らしい。ドイツのピノはゴリ押ししては気品が伝わりにくい。今のケスラーは以前に増して秀逸なワインだ。あるファルツの著名生産者に、「この畑はどう考えてもブルゴーニュ品種向きでしょう?実際そっちの方が美味しい。このGGリースリングは悪くはないが、あなたのヴァイスブルグンダーやシュペートブルグンダーと比べたら・・・」と言うと、「まあそうなんだけど、皆ドイツ=リースリングだと思っているし・・・」。こういう状況がいつまで続くのか。ただそう頑迷な思い込みと押し付けから自由になれば、ドイツワインほどお買い得かつ楽しく多様なワインは滅多にないと分かるのに。バッサーマン・ヨーダンでも一番印象的だったのはベーシックなゲヴュルツトラミナー。溌剌として伸びやか。買いブドウでこの品質はすごい。聞けばブドウ農家はバッサーマンで修業した人たち。実家に戻ってワイナリーを継ぎ、一部のブドウを売ってくれる。ならば栽培も自社畑と同じだろう。このワイナリーのグーツワインは本当にお買い得だ。

モーゼルは強気のようだ。ピースポーター・ゴルトトロプシェンは完璧なプロポーション。まさに皆が思う典型的ドイツリースリング。生産者は「ここは他より地球温暖化の悪影響が少ない」。標高が高いし、その通りだろう。来場者に言葉が通じずに生産者はイライラしていた。通訳なしでは中国では厳しそうだ。畑はゴルトトロプシェンあちこちに分散し、標高が高いところと低いところのブレンド。それは大事なポイントだ。

ラインヘッセン北部の火山性土壌のエリアにあるSpiessは今回の発見。認証はないが実質的にオーガニックの味。気温が高い場所らしく、メルロが特に良い。ラインヘッセンでは私はザンクト・ラウレントが好きだと言うと、それも作っていると。出品はしていなかった。中国では時期尚早か。しかし狭矮な固定観念が形成される前に正しいドイツワイン像を提示するのは大事だ。特に品種多様性が魅力となるラインヘッセンにおいては。

 

□■中国向けジョージアワイン

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他の国ではあり得ないラベル。スターリンという名前のジョージアワイン。生産者に、なんだコリャ、と言うと、中国向けだと。スターリンをポジティブに評価する人が中国に多いのか。フルシチョフによる1956年のスターリン批判とそれ以降の毛沢東によるソビエト共産党の修正主義への批判を思えば、スターリン評価=毛沢東主義評価と理解すべきなのか。それは我々には困る。さらに言うなら、こうした権力者のシンボル化が、全権委任法以降ヒトラーと全ドイツを同一視したドイツの悲劇、文化大革命以降毛沢東を神格化した中国の悲劇に繋がっているのであり、中国でスターリンとは冗談にもならない。

百歩譲って、スターリンの故郷ゴリの生産者が郷土愛からスターリンというワイン名にしたというならまだ理解も出来る。しかしカヘティの生産者が、「これは中国向け、アメリカや日本向けならもちろん違う名前にする」という倫理も愛もないスタンスで安直に命名するようでは、中国人をバカにしているし、スターリンに蹂躙されたジョージアに対して顔向けができないし、スターリンに殺された何千万人に対して無慈悲だ。こういう悪しきあきんどメンタリティがワインの美しい世界を侵食するのがイヤだ。とにかくこの手の商売は好きになれないが、中身のワインそのものを純粋に評価して買えばいいとは思わない人、また自ら考え、ワインに向き合って評価する気もない人が沢山いるから、こうした商売が成り立つのだろう。だから常に、責任はワイン生産者ではなく、怠惰・無自覚ゆえにバカにされる消費者にある。歴史あるワイナリー、パラヴィーニのワインはスターリンの名前などに寄りかからずとも美味しいではないか。中国だけの話ではない。似たようなケースは日本には皆無か。

中甘口のサペラヴィを飲んでみた。美味しい。スターリンはこのタイプの赤ワインを飲んでいたのかと聞くと、当時ジョージアからクレムリンには大量の赤ワインが送られていたが、それがなんだったのか記録はない、と。よく、スターリンはフヴァンチカラが好きだったと聞く。その根拠は何なのだろう。ヤルタ会談でそれが出されたとも聞く。どこに記録があるのか。しかしスターリンが生まれた頃フヴァンチカラは既にジョージア最高の赤ワインとされていたようだから、最高のワインを最高権力者に届けるのは普通だろうし、クレムリンに赤ワインを送っていたなら、それは順当に考えてフヴァンチカラだったとは思う。しかしフヴァンチカラはサペラヴィではない。

ジョージアワイン人気が高まったせいで、クヴェヴリ地場品種=よい、ステンレス国際品種=わるい、という十年前の安直なジョージアワイン判別法は通用しない。いまやジョージアはインダストリアル・クヴェヴリワインが溢れる。それでも美味しいのがジョージアの恐るべきポテンシャルで、日本のチェーン回転寿司でも東欧の寿司より美味しいようなものだ。元祖には勝てない。私はブルガリアの変なチーズ寿司の高級店に行くならくら寿司に行く。チェーン店=インダストリアル=わるい=チーズ寿司の方がいい、という理屈にはならない。ともあれこうした展示会でのジョージアワインの質を見ると、日本のジョージアワイン輸入元がいかに優れたワインを販売しているかよく分かる。

 

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