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2019年12月の記事

2019.12.28

2019年のベストワイン

今年も素晴らしいワインに多く巡り合った。特に印象的だったワインのうち、飲んだ時に最新ヴィンテージで、かつ手元に瓶があるものをここに紹介したい。ベーシックなワインばかりで目新しさはないかもしれないが、ワインの基本を勉強中の私にとっては基本は大事。個人の好き嫌いだけに終始しない普遍性は意識した。おいしいことはお約束するので、是非試していただきたい。

 

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1  Bell Hill  North Canterbury  Pinot Noir  2015

ニュージーランドのみならず世界屈指のピノ・ノワール。スケールが大きく、ダイナミックで、深い。“きれいな”、“ピノらしい”ワインではない。並みの新世界ピノにありがちなそういった表層性とは無縁の、本物のワイン。石灰岩の斜面とビオディナミ。ら思いの強さを受け止めるテロワールの余力、テロワールのポテンシャルに応えんとする生産者の注力、という、真に感動をもたらすグラン・ヴァンが生まれるための上昇螺旋的関係。ノース・カンタベリーのブルゴーニュ品種ワインはニュージーランドの中でも別次元に偉大な風格があると思う。この生産者のシャルドネも同じぐらいに、いやこれ以上に素晴らしいのだが、全生産量が世界に向けて300本もないそのワインを筆頭に選ぶのは気がひける。ワインファンからは「今さらベルヒルの話かよ」とからかわれるのは承知の上だ。しかし今年私は初めてニュージーランドを訪問し、知らぬ人なきこのワインを恥ずかしながら蔵元で初めて飲んだ。そして既に言い尽くされていることを確認した。生産本数は数樽分しかない以上、これを読まれている方の中にはまだベルヒルを飲まれていない方もいると思う。その方々には誰かがやはり言い続けねばならない。ベルヒルは最高なのだと。

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2  Peachy Canyon  Paso Robles Adelaida District Zinfandel Bailey  2017

最上のジンファンデルを求めるなら、パソ・ロブレスは最有力候補のひとつ。しかしパソ・ロブレスならどこでもいいわけではないのは周知の事実。高速道路の西側にある冷涼・多雨(=無灌漑)・石灰岩土壌のエリア、つまり11のサブ・ゾーンのうちのウィロー・クリークとアデライダにまず着目するのが、カリフォルニアワインファンにとっての常識だ。この地を代表する老舗ピーチー・キャニオンが造る多種の料理ジンファンデルの中ではこのベイリー畑がおすすめ。オーガニック栽培。気品、香り高さ、純粋さ、抜けのよさ、垂直性、姿かたちの美しさ、そして驚異的に長い余韻には心底驚かされた。ジンファンデルの、いやそればかりかカリフォルニアワインの素晴らしさを経験したいなら、このワインから始めれば道は誤らない。とはいえ、いかに「最上のジンファンデル!」と言ったところで「ジンファンデルとしてはまし、という意味でしょ」と受け取られる。普通のワインファンに、ジンファンデルとはどういう味のワインなのか、何が魅力なのか、等々を聞いてみて欲しい。情けないような答えが返ってくるものだ。そして彼ら彼女らのうちどのぐらいの人がジンファンデルをセラーに常備しているかも聞いてみて欲しい。常識的に考えればカリフォルニアの基幹地場品種はジンファンデルなのに、普通はカベルネ、シャルドネ、ピノで終わる。店に行ってもジンファンデルは寂しい品揃え、かつ、このほうが問題なのかも知れないが、誤解を生むようなワインが多い。だからもう一度言いたい。このワインから始めよ。

 

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3  Domaine D'Ouréa  Gigondas  2017 

若手オーガニック生産者による現代的ジゴンダスの見本。ジゴンダスは南ローヌの中でもひときわ上品で、フレッシュで、緻密なミネラル感としなやかな質感を備える。南ローヌワインのファンなら言わんとするところを理解していただけると思うが、土ワインより岩ワインが優位に立つ古典的な格付けの観点からすれば、南ローヌ最上のアペラシオンはジゴンダスであってシャトーヌフではない。そしてジゴンダスは南仏のブルゴーニュだと捉えるなら、その方向性の代表がこのワインだろう。エキゾチックにスパイシーな黒系果実の香りと厚み・幅のある味といわく言いがたい色っぽさはヴォーヌ・ロマネ的。セラーで飲んで「ヴォーヌ・ロマネっぽい」と言ったら、「DRCで修業した」と。いかにもそういう味ではあるが、もちろんそれはジゴンダスの石灰岩っぽさやグルナッシュの魅力を引き出す上では好都合で、悪い意味では全くない。ともあれジゴンダスは紋切り型南ローヌとは違う。このワインを飲んで本当の可能性を確認して欲しい。

 

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4  Henschke  Eden Valley Cyril Henschke  2013

今まで飲んだオーストラリアのカベルネ・ソーヴィニヨン系ワインの中で最高。バロッサ東側高地にあるイーデン・ヴァレーのミネラリティと格調高さ、カベルネの垂直的な骨格と緊張感、そしてヘンチキ独特の磨き上げられた冷たい気配が相乗効果をなす。かのヒル・オブ・グレース、マウント・エデルストン等と並べて飲み、余韻が最も長いのはこのシリルだった。バロッサのカベルネは評価以前に認知度が低すぎる。バロッサ=シラーズ、クナワラ=カベルネ、という固定観念は捨てるべきだ。むしろ最近の気候温暖化によって(アデレード・ヒルズの山火事は悲惨だ)、以前は青かったカベルネがちょうどよくなったとも言える。ヘンチキ自身はビオディナミを採用しているとはいえ、親戚たちから買っているブドウはオーガニックどまり。ヘンチキのワインを買う上で、自社畑か否かは調べておきたい。もちろんこのシリルは、先述の単一畑シラーズと並んで自社畑、つまりビオディナミだ。もちろん自根。調和に優れているため気づかないぐらいだが、実は恐ろしく強い。どんな料理が来ても、ぶれず、にじまず、たじろがず。やるときはやる感がかっこいい。

 

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5  Clos Louie  Cote de Castillon  2016

オーガニック化が進むボルドーの中でも特に注目すべきビオディナミワイン。一見整然とした知的で良質なボルドー。しかし裏側にはダークなエネルギーが蠢く妖しさが潜む。畑の一部にはフィロキセラ以前に植えられた名前も分からない古代品種がいろいろ。道理で唯一無二の味なわけだ。外部環境には相当神経質なワインで、なかなか本領発揮してくれないのが難点だが、それは飲む側が適宜ビオディナミ的技法を使えば対処できる。努力して飲むだけの価値がある。なぜならこのワインには多くの現代ボルドーが失ってしまった、計算では分からないスピリチュアルな何か、計測・分析では明らかにできない自然のミステリアスな何かがあるからだ。それは、自然と個人が一対一で向き合うことができるこうした小規模生産者の利点である。

 

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6  Domaine Thénard  Givry 1er Cru Clos de Cellier aux Moines  2015

古典的風格。古い大樽で長期熟成された、いまや珍しい、バローロ的なブルゴーニュ。そのスタイルが腰の安定して陰翳の深いジブリーの個性やこの一級畑のシトー派そのものの静謐な求心性とあいまって、忘れがたい情感を古寺の鐘のように響かせる。キレイでピチピチしたピノっぽさがブルゴーニュの本質だと思わないなら(もちろん私は誰一人としてそのように思って欲しくない)、テナールの赤だ。

 

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7  Baumann Zirgel  Alsace Grand Cru Sporen Gewurztraminer  2015

スポーレンがゲヴュルツトラミネール最上のグラン・クリュの一つだと改めて確信させられる、隙のない完成度。ゆったりとした力強さに支えられた華やかさ。ケバさと優雅さは違う。個性の強い品種なだけに、逆にその香りの個性を浮き上がらせずに全体の調和の中に包み込むテロワールが重要になる。しかしどれだけの人がスポーレンの超越性を知っているだろうか。この生産者の素直な、自己主張に走らないつくりがスポーレン自体に焦点を当てる。

 

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8  Calder Wine Company  Contra Costa Carignan  2016

話題のニューエイジ・カリフォルニアワイン生産者(フログス・リープのジョン・ウィリアムスの息子)の名作。自根、無灌漑、除草剤なし。それは美味しいカリフォルニアワインを選ぶ指標だ。地球温暖化を考えたら狙うべきは冷涼産地品種ではなく、カリニャンのような地中海品種だ。サンフランシスコからほど近いのんびりしたコントラ・コスタの雰囲気を感じる海の味。南仏からスペインではカリニャンは緊張感のある骨っぽさを表現するが、このワインではまず優しさや温かみや明るさを感じさせる。

 

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9  Evening Land  Eola-Amity Hills  Seven Springs Estate La Source  2015

オレゴン・ピノの最良の作品のひとつ。ビオディナミ。フィロキセラに侵食され、かつては自根の聖地のひとつだったオレゴンでもそれが貴重な存在になりつつあるなか、こうした自根ワインらしい味のピノ・ノワールを経験し、セラーに備えておくのは重要なことだ。イオラ・アミティの玄武岩土壌の引き締まったミネラル感とオレゴンらしい温かみのあるアーシーさとむっちりした果実味と躍動感のある酸。見事なまでの垂直性。気品があっても冷たくない、精緻に造りこまれても作為的ではない、恐ろしくセンスのよいワイン。これに馴れると凡百のブルゴーニュが表面的な味に感じるし、値段を思えばなおさら差は開く。

 

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10  Rockford  Barossa  Tawny  NV

伝統的にはバロッサは酒精強化ワインの産地。第二次大戦前までのバロッサの名声は、この作品のようなワインで形づくられた。現代ではよほどのモノ好き以外(私はその数少ないモノ好きだと自負したい)、オーストラリアの酒精強化を積極的に語る人はいないが、実際に飲めば、バロッサがどれほどこのタイプのワインに相応しい土地なのか、それ以上に、バロッサがどれほど偉大なテロワールなのかがよく分かる。圧倒的なまでのスケール感と包容力と垂直性。病みつきになるおいしさ。並みの酒精強化とは次元が異なる力強さ(もちろん自根)ゆえに、飲むと力がもらえる感覚だ。以前から愛飲しているワインではあるが、今年は久しぶりにバロッサを訪れ、やはりこれは私にとっては欠かせないワインだと再確認した。抜栓してから2か月ぐらいはもつから、家で少しづつ飲むのがいい。ある意味、これは薬だ。翌朝元気に目覚めるだろう。

 

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11  Clos Bagatelle  Saint-Chinian Rosé Le Secret  2017

サン・シニャンはシスト、砂岩、石灰岩があり、普通はひとつの地質からワインを造るが、この生産者はテロワールと品種双方をブレンド。このロゼの場合はグルナッシュが砂岩、サンソーとムールヴェードルが石灰岩。それが木に竹を接いだような味にならずに精妙なディティール感として表現されているところがセンスのよさだ。サン・シニャンらしくあくまでしなやかで軽やか。ロゼはその上品な側面を赤以上によく伝える。サン・シニャンは個人的に大好きなアペラシオンであり、数多くの経験があるから自信を持って言えるが、これは基本とすべきワインだ。

 

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12  Domaine Ray-Jane  Bandol  Cuvée du Falun  2015

バンドールは傑作・名作が目白押しの、プロヴァンスの中でも別格的な産地。順当に考えれば三畳紀オンリーの畑からのワインを選ぶところで、だからカナデルのロゼ(ビオディナミを採用するようになって最新ヴィンテージは本当に素晴らしい)を選んでもよかったのだが、この古典的な寛ぎと深みを感じさせる、いかにも地中海(イタリアから近いというべきか)な味のワインを取り上げたい。中世から続くバンドール最古の生産者であり、そういった意味でもバンドールの基本の一本として忘れてはいけない。すかした雰囲気の金満型プロヴァンスワインの表層性に疑問があるなら、筋の通ったぶれない緩さとでも表現できるこの地元密着型地酒感に納得できるはず。

 

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13  Weingut Lothar Ketters  Mosel  Goldtröpfchen Riesling Kabinett  2017

亜硫酸無添加やオレンジワインやペットナットで有名な生産者であり、皆そちらのほうを持ち上げる(もちろん悪くはない)が、私としては父親名義で出すこちらの古典シリーズのほうがずっといいと思う。オーガニックを含む現代的視点と技術で古典を再構築したワイン。なんと言ってもゴルトトロプシェン。泣く子も黙るゴルトトロプシェン。標高が高く涼しいから、下流の特級畑よりいかにもモーゼルらしい酸としなやかさがよく感じられ、昔よりもアドバンテージが大きいと思う。ドイツ=リースリング=モーゼルという単純な図式を踏襲する気のない私でも、このワインを前にしてしまうと、モーゼルのリースリングの唯一無二の美しさに打たれて思わずモーゼル万歳と言ってしまう。アルコール感と贅肉を微塵も感じさせないカビネットが特によい。GGもいいが、私はいまや絶滅危惧種である特級畑のカビネットに再注目すべきだと主張したい。

 

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14  Vigna Lenuzza  Friuli Colli Orientali  Friulano Single Vineyard  2017

しつこいと言われても私はプレポットが大好きで、スキオペッティーノでなくとも正直どんな品種でも、独特のしなやかさ・陰影感・安定感のあるプレポットの味には惹かれてしまう。行ったことがある人はお分かりのとおり、プレポットの風景は日本の田舎のようだ。つまりは日本的な味というか。このオーガニック生産者のフリウラーノは、コッリオ的な凝縮感や力強さとはまた異なり、濃密でボリューム感があってもどこか涼しげな山の風を感じさせるのがいい。訪問した時には日本未輸入だったが今では輸入され、かつ以前よりさらに開き直った積極性が感じられ、うれしい。特にこのワインは日本専用の亜硫酸無添加。いやな癖がなく、エネルギー全開で、のびやか。実体感・密度感があるため、フリウラーノのような高アルコール品種でもアルコールっぽさは感じないし、勢いがあるため、低い酸でもダレない。私は動物脂系とんかつ店でこれを扱って欲しいと思う。

 

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15  Mas des Capitelles  Carignan  2016

フォージェールのビオディナミ生産者の作品。フォージェールの軸をなすのがカリニャンだと、そしてフォージェールはブートナックやフィトゥーと並んでラングドック3大カリニャン名産地なのだと、このカリニャン単一品種ワインを飲んで初めて思った。もちろんこの生産者のフォージェールも素晴らしい(特に一番安いワインが)。テロワール的にはフォージェールはクリュに認定されてしかるべきだ。INAOは「アペラシオンの平均価格が低すぎるからダメだ」という回答らしい。それはつまり消費者にとっては安くておいしいワインだということ。

 

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16  I Favati  Greco di Tufo  2016

硬くて酸っぱい、何の役に立つのかよく分からないワインが散見されるグレコ・ディ・トゥーフォ。しかしこのワインは密度が高く、おおらかで、粘りがあり、重心が低く安定して、しっかりグレコ品種だと分かり、なおかつこの火山性土壌のテロワールらしいきびきびとした抜けのよさと上昇力があり、見事としか言いようのない完成度。飲んでこんなに楽しい気持ちになり、食事が進むグレコ・ディ・トゥーフォは初めてだ。

 

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17  Populis  Mendocino County  Sauvignon Blanc  2018

ニューエイジ・カリフォルニアワインの傑作。樹齢70年の北カリフォルニア最古のソーヴィニヨン・ブランが植えられるヴェンチューリ畑のブドウ。オーガニック、無灌漑、ミニマム・インターヴェンション。圧倒されるようなエネルギー感。あからさまなソーヴィニヨン臭さなどなく、ミネラル感が前面に出る。メンドシーノらしい静けさ、内向性が、タイトなソーヴィニヨンの個性とあいまって、相当な緊張感を飲むものに強いる。カリフォルニア=能天気、ではまったくないのだ、と理解できる、非常にシリアスなワイン。こうしたワインを飲むと、世の中の大半のソーヴィニヨンはアホくさいと思うだろう。だがアホくさくないソーヴィニヨンは普通は高い。そう思うと、多くのカベルネやピノが無意味に高いカリフォルニアにあってはなおさら、このレベルの品質で22ドルは安い。

 

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18  Julia Bertram  Ahrweiler Rosenthal  Spätburgunder  2016

既に大人気のアールの生産者。いかんせん元ドイツワインクイーンだけあって男性ファンも多数。アールでは超がつくほど希少なオーガニック。とはいえ転換中であり、その効果は2016年ヴィンテージからはよく分かる。いろいろなワインがある中で、アールワイラー・ローゼンタールのしなやかさとフローラル感が特に印象的。記憶ではローゼンタールはグレイワッケであって粘板岩ではなく、鉄っぽさやスパイシーさを、典型的なアールのワインのようには感じさせないのが、個人的には魅力だ。これを飲むとアール本来のポテンシャルがよく分かる。あとはアールの経済を支えるケルン等近郊大都市の消費者の意識改革のみ。現状の温泉街の饅頭的な購買様式では生産者もがんばる動機に不足する。ジュリアのワインは、彼女のスター性もあいまって、確実にアールに光明をもたらしたと思う。

 

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19  Podere Casaccia  Toscana  Sine Fille Bianco  2017

フィレンツェ郊外の山中にある畑。2003年からビオディナミ。フィレンツェ的としか言いようのない均整のとれた美しさと過剰を避ける品位とさりげない遊び心。混植混醸のキャンティ・リゼルバも素晴らしいとしか言いようがないが、手元に瓶がない。これはマルヴァージア、トレッビアーノ、ヴェルメンティーノを短期間醸し発酵した、オレンジワイン的な構造と複雑さをさりげなくしのばせた白ワイン。ダイナミックでおおらかで上品。テロワールの力とビオディナミが寄与するところは大だといえ、よほどのセンスがないとこんなワインは出来ない。

 

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20  Sylvain et Christophe   Bordeaux  Le Fruit de Château Grenet  2017

抽出&樽&野心&そろばん&工業メンタリティー&他人の評価への色目使い、が多くのボルドー。もちろん格付けだとか点数だとか考えない肩の力が抜けた素直なオーガニックワインも存在し、この若手による作品もそう。オーガニック&亜硫酸無添加&樽なしのメルロ100%。こうしたワインを飲むと逆にボルドーという土地の素晴らしさもボルドー人の洗練度合いもよく分かる。今なら、こうしたボルドーこそ基本とみなされるべきだ。一級シャトーの名前や、三流テロワールで無理をしたようなワインからボルドーに入るから、多くの人がボルドーを誤解するか、忌避するようになる。水辺ワインの典型にして、岩要素が少なく降水量が多いボルドーでは、しっとり・しなやか・まろやか・かろやかな方向性に行けば、テロワールとスタイルが合致しておいしくなる。たとえて言うなら、ボルドーは赤でも白身魚ワインである。大半の人が思っているボルドーの味は、特別な格付けワインを除いては、間違っている。

 

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21  Château de Marmorieres  La Clape  2015

ラ・クラープの古典。さすがに貴族のワイン。海側ラ・クラープの白ならではの温かみ、まるみ、安定感がある。ブールブーランクはここでなければ完熟しない。完熟すれば酸が低くトロピカルな味のブドウだが、ほとんどの場合は酸が高くエッジがある味のブドウとして扱われるのはしかたない。フランスの大半の白ワインは内陸産で硬質か、MLFなしで硬質か、早摘みで硬質か。つまりは魚料理に対して役立たずだ。ソースのあるリッチな味の魚料理に合うフランスワインの代表であり、その質を思えば大変に安価なワインが、ラングドックのクリュであるラ・クラープの海側のワインである。マルモリエールの名前の初出は826年、ここのオーナーがラ・クラープのサンディカ初代会長、ラ・クラープの畑の最大所有者、といった事実を並べただけで、シャトー・ド・マルモリエールが地元にとっては領主さま的な位置づけにあるのは分かるはずだが、地元を離れればほとんど無名。おかしい。ラ・クラープにまずいワインは滅多になくとも、まずはこのワインを基本とするのが筋だろう。

 

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22  Domaine de L'Enchantoir  Saumur  L' ilot des Biches  2017

ソーミュール・シャンピニーではない、ソーミュール。海洋性気候のしっとり感と白亜紀石灰岩の気品ある香りと構造の確かさ。アントルコート向けワインであるソーミュール・シャンピニーの隣にあってもソーミュールはずっと細やかでひっそり。むしろ焼き鳥向け。その美しさがよく出たワインがこれだ。赤系果実のチャーミングさがふわっと広がり、タンニンは軽く、酸はすっきりして固くなく、ほとんど夢心地のシルクのレースの味。アンジューとトゥーレーヌのあいだにあって自分の中ではいまひとつポジションが明確ではなかったソーミュールの赤の素晴らしさに初めて気づいたのが今年だった。

 

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23  Muller-Koeberle  Alsace Clos des Aubépines  2017

本来ならグラン・クリュになってもおかしくない花崗岩の急斜面の畑。地元の人にとっては銘醸畑として有名だが、モノポールゆえに一般には逆に知名度が低く、グラン・クリュにも申請されなかった。今まではともかく、代替わりしてオーガニックに転換し、本来あるべき品質が理解できるようになった2017年ヴィンテージ。アルザスにはまだまだ知られざる名ワインがあるのだ。この畑には白はリースリング、ゲヴュルツ、ピノ・グリが植えられているが、このワインはブレンド。同じ畑の単一品種ワインとは比較にならないほど立体的で大きく余韻が長い。近年のアルザスではうれしいことに複数品種ワインが広がりを見せている。単一品種絶対主義(単一品種主義ではない)の超克はすべてのワインファンの使命である。

 

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24  Weingut Heid  Würtemberg Blaufränkisch  2017

ひたすらかっこいい。若々しく引き締まって抜けがよい。ヴュルテンベルクなのにあえてレンベルガーと呼ばずにブラウフレンキッシュと呼ぶあたりが興味深い。降水量の多いヴュルテンベルクではワインはどれも果汁感が強まり、タンニンがしなやか。ブラウフレンキッシュも軽快な側面が引き立てられる。それと同時にコイパー土壌のタイトさや酸も加わる。つまり、ミッテルブルゲンラント的ブラウフレンキッシュの対極の、濃いロゼ的方向性のブラウフレンキッシュ。正直、多くの旧ハンガリー領オーストリアのブラウフレンキッシュよりこちらのほうがオーストリアっぽいと思える。

 

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25  Hans Herzog  Marlborough  Nebbiolo  2015

マールボロのソーヴィニヨン・ブランなど世界で最も嫌いなワインのひとつ。先述のポピュリスのホームページでも罵詈雑言が浴びせられている。だが短絡思考はいけない。ソーヴィニヨンだけがマールボロではない。特徴的な日較差の巨大さが酸のメリハリと香りの華やかさを、そして海の影響が柔らかさを、そして砂利質の土壌が抜けのよさや軽やかさをもたらすマールボロの美点は、ソーヴィニョンでのみ発揮されるわけではない。それがよく分かるワインがこのオーガニック生産者のネッビオーロ。マールボロでネッビオーロなど聞いたことがないし、この品種の気難しさと高価格を思えば、味を知らなければ絶対に手を出さないと思う。ところが実際にテイスティングして驚いた。すごいではないか! 早くソーヴィニヨンの呪縛からニュージーランドが自由になってほしい。ここのオーナーと、マールボロでどの品種を植えるべきかを議論していた。私がブラウフレンキッシュと言ったら、彼も同感だと。順当に考えたらそうなる。しかしそれは叶わぬ夢だ。

 

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26  Rosenhof  Mosel  Cabernet Sauvignon & Merlot  2016

もはやモーゼルでさえカベルネが熟す。この驚くべきワインを飲めば誰もが地球温暖化と適正品種について考えることになる。極めて精密で流麗な味はいかにもモーゼル。モーゼルとは何かを考える上でも重要な作品。テロワールを生かすかぎりにおいて、品種はフレキシブルに考えるべきなのだ。

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27  Gustavshof  Rheinhessen  Grauburgunder-Johanniter  2018

私が考えたラベルを採用したビオディナミワイン。理屈中心の味になってしまいがちなドイツでは特に左右非対称・フリーハンドのデザインが大事だと思っている。昔のラベルと比べたらエネルギー感やスケール感において雲泥の差。そうなるようにデザインしたのだから当然ではあるが、ともあれこのジャンルは完全に未開領域。常に左右非対称がいいとは言わない。ようするに、法隆寺釈迦三尊像的なスタティックな均衡美を求めるべき場所と、ヴァチカンのベルリーニ的、ないしラオコーン的なダイナミズムを求める場所を使い分ける、ということ。とりわけビオディナミのグラウブルグンダーとヨハニター品種なら後者だろう。PIWI品種ヨハニターはポテンシャルが大きい。環境問題を考えたらPIWI品種は必然の帰結だ。

 

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28  Château Durfort-Vivens   Margaux Le Relais de Durfort-Vivens  2016

2016年からデメテール認証を受けたビオディナミのマルゴー。昔からデュルフォール・ヴィヴァンのファンである私としては、近年の急激な品質向上は小躍りしたくなるほど嬉しい。そして2016年は明らかなブレークスルー。まさにビオディナミの味。誇大広告的表現が横行しがちなヴィンテージ評価だが、2016年はどんなに誇張してもかまわないほどの偉大な年だと思う。その2016年の中で万人が買っておくべきワインが、デュルフォール・ヴィヴァンのセカンド、ル・ルレだ。この立体感、垂直性、濃密さ、躍動感は、セカンドとはいえ偉大なテロワールとビオディナミが合体したからこそ。この値段でこのレベルのワインが買えるなら、ボルドー左岸はお買い得ではないか。もちろんグラン・ヴァンのほうは陶酔的レベルの完成度。だが、より多くの人に、より高い頻度で飲んでもらいたいワインだから、あえて安いセカンドを勧めておく。

 

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29  Château de Marsannay  Marsannay Blanc  2015

ブルゴーニュの白ワインは魚料理用のワインだというのが世界中の共通見解だが、本当にコート・ド・ボーヌの特級や一級が魚に合っていると思うのだろうか。それはたいがいお金の無駄遣いか、高いワインを飲む自分に酔うという下品な楽しみだ。いろいろ試した中ではこのマルサネの白が最高の魚ワイン。重心が低く、柔らかく、ボリュームがあり、温かく包み込み、余韻が長い。値段を思えばなおさらありがたい。

 

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30  Juliet Victor   Tokaj  Edes Szamorodni   2016

トカイ=プットニョスではない。むしろサモロドニのほうが甘すぎず、果実味のピュアさがあって、貴腐ではなくテロワールの味がダイレクトに感じられるかも知れない。6プットニョスともなれば価格は2万円を超えるだろうが、サモロドニだと常識的な価格におさまるのもいい。このワインの畑は最上の1級畑のひとつ、きめ細かく優美で伸びやかなキライと、がっしりとした腰の強いベチェック。その組み合わせが最高だ。トカイの2016年は、トカイに期待したい力強い酸と、火山性土壌らしい上に突き抜ける勢いがある。

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番外扁

Gérard Bertrand  Cabrieres Clos du Temple  2018

自分が関わっているので番外編だが、個人的にはこれが今年のベストワイン。まだ飲まれていない方は是非試してほしい。できれば田中式処置をして田中式サービスで飲んでいただきたいが。あるべきワインの形(少なくとも自分にとっては)が相当程度具現化されていると思う。

 

2019.12.23

日本橋浜町ワインサロン 四川料理とワイン 

神保町、錦秀菜館で忘年会を兼ねて今年最後の講座を開催した。

やればできるじゃないか、と思わず叫びたくなる見事な料理。メニュー自分で書いてシェフに渡し、絶対に日本人を意識するな、と事前に伝えてあったから、完全に日本離れした本場中国。パワフルでフォーカスが定まり、かつ軽快でリズミカル。軽くともフラットになるか、濃くて重くなるか、というよくある中国料理とは別次元の美味しさ。一度経験してしまうとこれから欲求不満になってしまうから困る。

メニューは以下。まさに正宗川菜。

韮泥白肉

姜汁肝片

尖椒兔

干扁牛肉糸

樟茶鴨

芽菜扣肉

酸菜鯉魚

宜賓燃面

 

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ワインのテーマは、「料理との相性から見てグラン・ヴァンとは何か」。ようは、格が上がるとディメンジョナリティが増す。すると料理が何が来ても一本でカバーできる。それぞれの料理に一対一で合わせたワインが素晴らしいのはわかるが、7種類の刺身に7種類のワインを飲む人はいないように、その手の話は机上の空論になりがち。だいたい19世紀前半にロシア式サービスがフランスに導入されるまでは物理的に一対一の組み合わせは不可能だった。しかしいろいろな料理をごちゃまぜに食べていた近世王侯貴族が飲んでいたのは、彼らの領地からのグラン・ヴァン。合わないワインは料理をまずくするのは今も昔も人間なら分かるわけで、つまりはグラン・ヴァンは最低限の相性を多種の料理に対して約束していたのではないか。グラン・ヴァンとはサイズ、ディメンジョナリティ、味の要素数という観点から、多種の料理とどこかに接点を持つ。だからワインの選択に困ったらグラン・ヴァンという世間で言われる法則は正しい。

しかし別にグラン・ヴァンでなくともディメンジョナリティや要素数を増すことは出来る。最初に出したのは、あちこちのいろいろな品種のブドウやワインを混ぜて作ったテーブルワインのものすごく安いヴァン・ムスー。次はシャンパーニュのブラン・ド・ノワール。次はドン・ペリニヨン。最初の安いワインが意外や意外、いろいろな料理に合う。こうして偏見なく見ると、単一テロワール単一品種ワインが支配する現状が、いかに一般家庭でのワイン消費を難しくしているか分かる。

兎、牛、鴨、豚、鯉のいろいろな料理にボルドーやそのほかの国のボルドー品種ワインを合わせてみると、確かにシャトー・ラトゥールだけは何に対してもそつなく美味しく飲める。他は一対一の相性でしかない。兎と鴨はハウエル・マウンテンのカベルネ、牛はリストラック、豚は粘土石灰のサンテミリオン、鯉はヴェネト、ブレガンツェのカベルネ。鴨はラトゥールが一番合ったが、他はちゃんと考えて選んだそれぞれのワインがやはり一番。つまり、グラン・ヴァンはそつなくこなすが、必ずしも常に一番美味しいわけではない。

これらすべての料理にあえてカベルネとメルロだけからワインを選んだというのがポイントで、テロワールが違えばワインはそれだけ多彩な表情を見せるのだ。品種と料理を合わせるなどという単純化は絶対に出来ない。そして正しく選べば、針の穴に糸を通すような難しさはあるとはいえ、値段は関係ない。ブレガンツェは千円台のワイン、ラトゥールは十数万円だ。簡単な話、知識は無駄な出費を防ぐ。

繰り返しになるが、それでもそれはあくまで一対一対応型。一本でまかなうには、多テロワール多品種のワインが必要なのだ。そういうワインは役に立つと思わないか?しかしそういうワインは普通は安物だ。中価格帯の高品質オーガニックブレンドワインがあるべきだ。軽重・赤白の組み合わせで四つあれば普通は十分ではないか。しかしそのようなワインは存在しない。やれば簡単に出来るのにやらない。いや、できない。消費者が間違った考えに立脚し、単一テロワール単一品種型のワインに固執しているからだ。そうであるなら、針の穴に糸を通すことが出来るようになるまで死ぬ気でワインを勉強するしかない。しかしそれは効果的な時間の使い方なのだろうか。そして、今回分かったように、最高のテロワールのグラン・ヴァンならそつなくなんとかなる。しかしそれは効果的なワインの楽しみ方なのだろうか。こうしたことを考え、また検証する機会は重要だ。

 

2019.12.13

テラヴェール イタリアワイン試飲会

激しく玉石混交。イタリアらしい。多くは早摘みで似たような味。うーむ、テラヴェール取り扱い生産者に限らず早摘み強迫観念病で困ったものだ。早摘みでは土地の味が出ない。本来土地の味を表現するためのビオディナミなりオーガニックなりが、いつのまにか造りのスタイルという表層的な記号にとってかわられ、それもSO2量という物理データの話になり、それが少なければナチュラルだと単純化され、少なくするためにpHを下げ、そのために早摘みせざるを得ず、結果、どれも同じ味。百者百様の自然の味を鑑賞しわけることが大切なはずなのに、同じいかにもなスタイルの味を皆で賞賛。ワイナリーの自画自賛のセリフが紙面を踊れど、結果が同じ表層的スタイルに終始しては意味がない。とはいえ反早摘みを主張する人はいないに等しいから、事態は進行するのみ。そもそもあちこちのビオディナミワイン輸入元は、テロワールではなく生産者が大事と言う。ビオディナミがテロワールのためでなく生産者のエゴのためだと言うのか。

話が逸れたが、しかし、今回の試飲会でも、いいワインは本当にいい。

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まずはジョコリのキャンティ。トレッビアーノやマルヴァジアを含む地場7品種の一部混醸、一部ブレンド。セメントタンクと古樽熟成。軽やかでディテールに富み、鮮度が高く、抜けがいい。理想的キャンティ。高くてまずいクラシコが氾濫する現在、これこそが救い。私はずっと黒白混ぜろと言い続けているが、やっとこうしたワインが普通になってきた。

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トスカーナの山中で放棄された長年無農薬の畑を手入れし直し、ビオディナミで作られるサゴナのマルヴァジア、プリミ・パッシのミネラル豊かな地酒感も素晴らしい。カッコつけた金満トスカーナや無理したファッションビオに辟易している人にとって、これは泣けてくるほど昔の朴訥なイタリアの美意識が残る。

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ツィダリッヒのマルヴァジア・レーテ。厳格なカルソらしいミネラルを軸としつつ、マルヴァジアの色気と緻密さと気品を加え、醸し発酵でコクや弾力性を出した見事な完成度。カルソというと皆ヴィトフスカの話しかしないのはもったいない。正直私はヴィトフスカがそんなに偉大な品種だとは思わない。このエリアの地場品種ならテラーノのほうが好みだし、マルヴァジアのほうがずっと高貴ではないか。余韻が違う。まあ日本のイタリアワインファンにヴィトフスカは大した品種ではないと言ったら夜道は歩けないかも知れないが、そういう人には、トリエステはオーストリアに戻るべきだと言って火に油を注ぎたい。この前トリエステに行った時に、街並を見ながら頭の中でヴィトフスカとマルヴァジアの味を思い浮かべ、どちらが似合うか考えていた。つまりはどちらがオーストリアっぽいか、だ。ま、夜中にぐだぐだやるにはいい話のネタだとは思う。ところで値段は今や9200円。

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イタリア国境から900メートルのところにあるオレンジワインの生産者、スロヴェニアのクリネッツ。ガルデリン(品種はピノ・グリージョ)の厚みとポジディブなパワー感は食欲を増す。ヴェルドゥッツ(品種はヴェルドゥッツォ)2003はひたすらにすごい。白だが強烈なタンニンを持つ品種ゆえ、ここまで熟成できるし、熟成すると暴力性が精神的エネルギーに転化し、包容力と気品が出てくる。しかし19800円。勧めることに気がひけるぐらい高い。

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イ・クリヴィのフリウラーノ・ブラッツアンはいかにもコッリオな重厚感。しかしミネラルの躍動感とキビキビした酸があって重たくならない。よく考えられたワインだ。この生産者はコッリオとオリエンターリの丁度接点のところにあり、両アペラシオンのワインを造るが、私はコッリオの底支え感や温かみが好きだ。

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エミリア・ロマーニャのヴィッラ・パピアーノがアンフォラ発酵させるアルバーナのオレンジワイン、テッラ。アルバーナの構造の確かさ、風格を感じさせ、クセなく、完成度が高い。

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パラッツォーネの5品種ブレンドのオルヴィエートは、相変わらずの安定感。ある意味普通のワインだが、このさりげない多面性が食卓の上のワインとして極めて重要。日本料理店にも是非。フラスカティとオルヴィエートの有用性は再認識されるべき。今は単一品種ワインばかりが多すぎる。

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マテオ・コレッジャのロエロのしなやかさ、上品さは相変わらず。これは定番だろう。

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オーガニック協同組合カッシーナ・イウリのベーシックなバルベーラの素直さ、伸びやかさ。バルベーラはこういうタンニンが弱く、肩肘張らないワインのほうが好き。

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バローロ系ではブリッコ・ボスキス2015の隙のない構成美と充実感に魅了された。他のバローロ、バルバレスコは今回は不調。モンプリヴァートさえも、だ。2013年が多いから仕方ない。

発泡ワインでは、ラ・カウドリーナのアスティ・スプマンテは、普通に上質。無理なく、いかにも、アスティ。それでいい。パネトーネと一緒に家族親族集まって飲むのに相応しいか、が評価基準だ。

帰り際、「昨日、田中さんが部屋の環境が悪いと言っていたから今日は処置した」と言われた。確かに抑圧感がない。昨日も今日も根の日だからその違いではない。やれば出来るなら常にやろう。

 

2019.12.12

シャンボール・ミュジニー ドメーヌ・ユドロ・バイエ当主来日セミナー

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元空軍エンジニアだけあって細部に至るまで遺漏なく緻密、しなやかでいて十分な凝縮感があり、行儀のよい味でいながら冷たさとは無縁で、人肌の温かさを漂わせるワイン。シャンボールの人気ドメーヌ、ユドロ・バイエ当主ドミニク・ル・グエン氏が来日し、アカデミー・デュ・ヴァン青山校でセミナーを行った。

コトー・ブルギニヨン、ブルゴーニュ・ルージュ、オート・コート・ド・ニュイ赤(珍しくもシャンボール村のオート・コート、生産者は二人のみ)、同白、シャンボール・ミュジニーVV、一級レ・シャルムの2017年を試飲。どのワインもクリアな果実味。完全除梗、種より果皮のタンニンを重視したルモンタージュ、控えめな新樽使用といった醸造。グイヨ・サンプルのバゲットを通常の倍の80センチにまで伸ばし、果房間のスペースを取って風通しを良くし、カビ害を防ぐ工夫も、そこに一役買っているだろう。栽培はシャンボール村の多くの生産者と同じく除草剤・殺虫剤不使用。シャンボール村は生産者の仲がよく、16人全員団結して環境保全に取り組んでいるそうだ。ル・グエン氏はラグビー選手だったし、彼の長男はパラ・ラグビーのフランス代表選手だから、ここで使うべきはOne Teamという流行りの言葉だ。環境問題へのあるべき姿勢はそれしかない。彼はさらに努力して国が定めるHVEレベル3を近々取得予定。これからさらに美味しくなるだろう。

レ・シャルムが魅惑的なのは当然として、今回印象的だったのはブルゴーニュ・ルージュ。珍しく重心が低く、厚みがあり、適度にざっくりとして、しかし品が良く、家庭用にぴったり。底魚にも合うだろう。鶏肉用、マグロ用のブルゴーニュ赤は山とあれど、豚肉用、白身魚用は少ないだけに、このワインの有用性は覚えておきたい。この品質で3900円(希望小売)とはありがたい。

2017年は開花が3、4日という極めて短期間で終わった、典型的な集中型。ミルランダージュもなく、香りはフローラルでチャーミング。シャンボールにはぴったりのヴィンテージだ。

 

テラヴェール フランスワイン試飲会

テラヴェールのフランスワイン試飲会。ビオディナミワインが沢山。しかし若手の多くは早摘み味。ブドウが完熟していなければせっかくのビオディナミも意味が薄い。亜硫酸を減らすために無理矢理pHを下げようとするのはやめてほしい。とはいえ大半の人は酸と亜硫酸量を見て評価するから仕方ない。

早摘み味ではないワインを選ぶと、おすすめワインは写真のアイテム。撮り忘れたシャンパーニュ、ドラピエのノン・ドゼ、サン・スーフルも。

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シャンパーニュはエルヴェ・ジェスタンの造るルクレール・ブリアンが圧巻。ダイナミックで太いミネラル感があり、余韻がリズミカル。リードギターやフルートやハイハットみたいなワインは沢山あるが、ジェスタンのワインにはきちんとベースギターとバスドラムが効いている。いったんそのことに気づくと他が表層的に思える。写真はベーシックなキュベだが、これがいい。

 

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クラマンのリルベールの低ガス圧(4気圧)ワイン、ペルルは、クラシックなブラン・ド・ブラン中最良のワインのひとつ。昔はもっと一般的だった低ガス圧。今では4人しか造らない。通常のシャンパーニュよりずっとナチュラルな味がする。クラマンの品よく柔らかいふくよかさを増してくれるのがいい。

 

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ロワールでは、ブルーノ・チョフィ(ヴィルジニー・ジョリーのパートナーでもある)が引退したシャトー・ラ・トゥール・グリーズの独特な微甘口スパークリング製法を引き継いだZe Bulle Zero Pointe が素晴らしい。さすがニコラ・ジョリーの実質的娘婿にしてマーク・アンジェリの片腕(一時は後継者とみなされた)、つまり、アンジュー二大巨頭の背後には彼がいる。シャトー・ラ・トゥール・グリーズ時代よりさらに美味しく、高密度。そして安い。クーレ・ド・セランも彼がヴィルジニーと関係を始めた2014年以降は確実に味が違って美味しくなった。それがブルーノの影響だとしたら、彼は次元が違う天才なのだろう。

 

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ジュラは昔から好きなモンブルジョのレトワールの独自の個性がいい。シャトー・シャロンより厚みがあり、ダイナミック。老舗にして押しも押されぬレトワールの代表ドメーヌだが、着実に品質が向上している。

 

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アルボワは全体としては個人的には味が暗くて好きではないが、ドメーヌ・ド・ラ・パントのオレンジワインの完成度には驚かされた。すごいパワー。しかし洗練されている。これで初ヴィンテージとは信じがたい。しっかりビオディナミ味。このドメーヌを現在の偉大な地位に高めたのも(昔は普通の味だった)、ここで十年醸造長を務めたブルーノ・チョフィ。

 

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ブルゴーニュではコンブランシアンのアントワンヌ・リエナルトのバレルセレクト、アンファゼが見事。ビオディナミ、低収量、全房発酵、短いマセラシオン、瓶詰めまでの亜硫酸無添加と、典型的現代ブルゴーニュ。しかし早摘みではない。

 

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ボージョレではチャーリー・テヴネのレニエ。軽い土壌のレニエらしいチャーミングなフルーティさに、傑出した厚みと滑らかさ。

 

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コンドリュー屈指の生産者、クロ・ド・ラ・ボネットのIGPのヴィオニエとシラーは、到底IGPレベルの味ではない。コンドリューとコート・ロティのキャラクターを常識的価格で欲するなら、これ。さらっとした造りがむしろテロワールとブドウの質をよく伝える。

 

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タヴェル最上のビオディナミ生産者バラジウ・デ・ヴォシエールの赤ワインは相変わらず突き抜けた個性とエネルギー感。亜硫酸無添加のよいところだけ感じる。

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コルシカを代表するビオディナミ生産者、コンテ・アバトゥッチは、ベーシックキュベ(ファウスティーノ・ルージュ)でもさすがの出来。素直さの中の風格とディテール感。無理無く力強い。

しかしテラヴェールの素晴らしいワインは、困ったことに試飲会では十全には本領発揮しない。試飲会場の会議室がいまひとつ。会議室は会議室、ということ。同じワインでもうちで飲むと美味しいのはテラヴェールの取締役が認めている。いつも言っているが、ビオディナミワインは生き物なので場と人の影響を大きく受ける。残念ながらそこまでワインは傍若無人ではないし、自律的にいかなる環境にも対応して不変の自我を主張するわけでもない。試飲環境はある程度は制御可能なことなのだから、しっかり配慮しないとワインが可愛そうだ。とはいえプロなら、ましてテラヴェールの試飲会に来るようなビオディナミワインの専門家なら、本来はどんな味かは推測できるはずだ。

2019.12.10

ネイティブ・グレープ・オデッセイ

EUが農作物をプロモーションするイベント。その名も「地場品種の旅」という試飲会が青山アカデミー・デュ・ヴァンで行われた。

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素晴らしいテーマ。EU諸国には地場ブドウ品種が何千もある。カベルネやシャルドネといった国際品種がほとんどの新世界ワインに対抗するには、地場品種に光を当てるのが一番だ。

新世界であっても、いまどきカリフォルニアやチリのカベルネ、シャルドネ、ピノ、ニュージーランドのソーヴィニヨンやピノで頭が固まっている人は、シーラカンスやアンモナイトの仲間だと思われ、ホモ・サピエンスとはみなされない。地場品種最低数百の使いこなしは、ワインファン全員にとっての常識である。

とはいえ、このイベント予算はEUのみが支出しているのではなく、参加産地なりワイナリーなりが金銭負担する。とすると、予算捻出の余力があるメジャー産地しか舞台に立てず、本当にサポートが必要なマイナー国や産地の地場品種には光が当たらない。さらに、一ブランド当たり二種類のワインしか出品できない規定も問題だ。いろいろな品種を作っていても、それだと例えばランゲならネッビオーロとバルベーラしか登場しない可能性が高く、本来の目的からはズレてしまう。実際にそうなってしまっている。なぜこの場でバローロとブルネッロが沢山出てくるのか?その話はここでせずともよいし、ネッビオーロとサンジョベーゼはもはやネイティブグレープとは言えないぐらい準国際品種ではないか。プーリアも、この州にはプリミティーヴォしかないのかと思わせる偏りかた。Pampanuto、Francavidda、Impigno、Verdecaといったプーリア地場品種のワインを飲んだことがない私としては、ここで勉強できると期待していたが。

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最も印象に残ったワインは、Farro のLe Cigliate。カルデラに植えられた、火山灰土壌の自根のファランギーナ。すごいミネラル。火山灰の上昇力と自根の下降力のコントラストの高い調和が素晴らしい。これは経験すべき。厚切り豚肉生姜焼き的味。

意外と言ったら失礼だが、あのイニエスタがこんなに誠実な地酒だとは知らなかった。大スターの名前で売ろうとするコンテンポラリー・インダストリアル・ワインかと勝手に思っていた。これはイニエスタ家もともとの畑のボバル。カッコつけよう、上手く作ろう、というあざとさ皆無の、適度にざっくりした温かい味わいがいい。

絶対的品質ではパルッソのバローロ・ブッシアはさすが。ブッシアの骨格の確かさ、緻密さ、力強さ、形の整いかたの前では沈黙の後の感嘆しかない。しかしそんな常識をいまさら言われても皆リアクションに困るだろう。

絶滅の危機から復活したカラブリアのマリオッコは樹齢がそこそこ高くなり、以前のようにタンニンが目立つが中身が薄く余韻が短いといったことがなくなり、本来のポテンシャルが見えてきた。ギリシャ系黒ブドウ的なざっくり感がいい。他にはルケの壮麗なバラの香りと高密度な味わい、スケール感、際立った個性に魅了された。これはすごい。レバー料理に合わせるようだ。ブラケット・ダックイは中甘口赤ワインとして他では得難い存在。華やかでいて実体感があり、余韻も長い。デザートワインとして、また食前酒として、もっと評価されるべき。

安価なワインではFeudi del Vescovoのアリアニコ・デル・ヴルチュレと、グレコ・フィアノのブレンドが見事。小売1600円。普通のトラットリアにぴったりの、無理のない、クセはなくともきちんと土地と品種を感じさせる味わいと、料理客単価に相応しい価格。料理3000円台の数多いトラットリアならワインも売価3000円台でないと。普通のイタリア料理店に、こうした安価で素直な地場品種ワインがいろいろ揃っていることが、日本のイタリア食文化向上のためには大事だ。いや、イタリア料理店だけではない。普通の焼鳥店にアリアニコ、普通の天ぷら店にグレコ・フィアノが置かれる状況(もちろんこれは話の流れからの一例で、品種の候補は何百とある)が望まれる。そうなることがこのEUプロモーションの目的なはずだし、それは正しい。

2019.12.09

深川市松屋 試飲会

自作のワインプレイスメントベース1ダースを深川市松屋さんに納入しに行ったら、ちょうど試飲販売をしていた。いくつか飲んだ中でのおすすめは、写真のアレッサンドロ・ヴィオロが造るグリッロのオレンジワイン、シンフォニア・ビアンコ。オーガニック。いかにも現代の若手らしい行儀のよさとクリーン&クリアな風味を基調としつつ、ローカルな個性(栗の樽!昔はシチリアにはよくあった)と、オレンジワインならではの構造、粘り、腰の座りがある。明るいエネルギーが感じられるのもよい。聞けばこの年は当主の娘が誕生し、特別に気合が入ったようだ。酸化風味とかもし発酵を一緒にしている人はこの現代的オレンジワインを飲んで欲しい。オレンジワインの進化が実感できる。

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もうひとつ、アッラ・コスティエラのロッソもいい。ヴェネト地元のトラットリアでカラフで出てくるような、無理のない、自然体の味。実際に中身は量り売りワイン。それを特別に瓶詰めしてもらったという。よく自分はタンクから直接手詰めして持ち帰る。その味が好きなのだが、それと同じ。日本ではなかなかこういった完全地元ワインには出会えない。さりげなくビオディナミ。それが2000円とは嬉しい。こういうワインこそ最高の家庭用になる。

しかしこれが分かる人ばかりではない。あるところで実際に聞いたが、つまらない、飲んだ気がしない、と。ゴリゴリ農薬ガッツリ抽出ゴッテリ樽掛けワインを、飲みごたがある、いかにも赤ワインを飲んだ気がする、と言うのだ。さて、どう返せばいいのか。バカヤロウおととい来やがれ、か。そういう人が味を分かるようになるためには、まずは味の素を食生活から完全排除することだ。排除、という冷酷な響きの語は、都知事のように使うのではなく、ここで使うべきものだ。

話はまだ続く。上記のワインは飲みやすいが、ビオディナミらしいのか? 宇宙のエネルギーを瓶に閉じ込めているか?そこがこれからの課題だ。自分にスッとワインが入ってくることを良しとする風潮がこの十年。農薬や添加物へのアンチテーゼとして、まずは身体レベルで違和感があるか否かに着目するのは正しい。とはいえ視点を変えればそれは自分がワインより上に立つ考え方であり、そこでのワインは既存の自我とその認識の枠組みを自動的に肯定する飲料でしかなくなる。ワインが指し示す世界に自分が飲み込まれていくような感覚を与えてくれるワインが、本当にいいワインだ。

 

2019.12.02

イヴニング・ランドとサンディのワインメーカー、サシ・ムーアマン来日セミナー

今年出会ったアメリカのワインの中でも最も印象に残るのが、オレゴン、イオラ・アミティのドメーヌ、イヴニング・ランド。そしてカリフォルニア、サンタ・リタ・ヒルズのネゴシアン、サンディ。両者のワインメーカーを務めるサシ・ムーアマン(本名はムサシ。母親は日本人)が来日し、ワインジャーナリスト向けのセミナーを行った。

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サンタ・リタ・ヒルズは北半分が砂質土壌、南半分がダイアトム土壌。当然後者のほうが緻密で複雑で余韻が長く、個人的にはよいと思う。サンディが使うのはダイアトム土壌のみ。ベーシックなシャルドネもピノもブドウの半分は、サンディやイヴニング・ランドと同じオーナーでサシがワインメーカーを務めるプレミアム・ワイナリー、ドメーヌ・ド・ラ・コートの格落ち、残り半分は買いブドウ。サンタ・リタ・ヒルズはブルゴーニュ品種にとってはカリフォルニアの中でも最上の地域だから、ベーシックと言っても基礎的レベルが高い。

圧巻はかの有名なサンフォード&ベネディクト畑のピノ・ノワールとシャルドネ。1972年に自根で植えられたサンタ・リタ・ヒルズ最高樹齢のブドウ。そして適度な粘土と石灰岩と円形劇場的地形が通常のサンタ・リタ・ヒルズとは違う厚み、スケール感、下半身の座り、強いミネラル感を生む。私は昔からサンフォード&ベネディクトのファンだが、サンディが造るワインは、独特の気品と緻密さと奥行きがある。いかにもな紋切り型イメージのむっちりフルーティなカリフォルニア・ピノを前提して飲んだら、この冷涼でタイトな構造と透明感あるくっきりとした酸(総酸10グラム、pH3.0と、シャンパーニュのヴァン・クレールと並んで最も酸の高いピノ!しかし熟した果実味があるからそこまでの酸とは思えない)としなやかなタンニンに衝撃を受けるだろう。しかしそれこそ夏はブルゴーニュより涼しく、冷風が吹き、朝には霧に覆われる、ハングタイム110日から120日に達する(ゆえに果梗が熟して全房発酵しても青臭さが皆無)サンタ・リタ・ヒルズの特徴なのだ。サンディは畑ごとのキャラクターを生かし、垂直的品質分類ではなく水平的バリエーションで商品構成するのがコンセプトのワイナリーなので、どの畑のワインも同じ値段。つまりは〝グラン・クリュ〟であるサンフォード&ベネディクト畑も他と同じ値段。建前はともかく、サンフォード&ベネディクト畑の実力を知っているなら、こんなに有り難い話はない。試飲したのは2016年だが、2018年からはオーガニックだと聞いた。これからさらに美味しくなるということだ!

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オレゴンのイヴニング・ランドは標高200メートルほどの玄武岩土壌の畑。高い土壌pHのサンタ・リタ・ヒルズに対して、こちらの土壌pHは恐ろしく低く4.5。高いか低いかだとブドウの窒素吸収が阻害され、困難な状況で酵母が働くことで複雑性が出てくるとサシは言う。また彼のシャルドネに特徴的なガンスモークの香りは、酵母が不足する窒素ではなく硫黄を食べることで生まれるとか。「ではなぜピノだとその香りが出てこないか」と聞くと、小さな樽の中で酸素がない状態で発酵されるシャルドネと異なり、ピノの発酵は上面開放桶で酸素が供給され、その酸素がガンスモークの香り成分分子を別の物質に変化させるからだ、と。いずれにせよ、あのガンスモークの香り(ドメーヌ・ドーヴネイやコシュ・デュリのムルソーにも似る。そういえばイヴニング・ランドは創立当初はドミニク・ラフォンが関わっていたワイナリーだ)は肥料まみれになっていない優れた土の証左なのだ。

イヴニング・ランドではこれからピノをシャルドネに改植したり、新しい畑にはシャルドネを植え、ピノとシャルドネの比率を7対3から半々にまで持っていくらしい。しかし個人的にはピノのほうがずっといいワインだと思っている。なぜならピノのほうがスケールが大きく、調和がとれ、特に下半身がしっかりして、余韻が長いからだ。そう言うと、「ほとんどのソムリエはシャルドネを絶賛する」と。ふーむ。確かにオレゴンのシャルドネにはたいしたものがないから、それを思えば彼のワインははるかによいのだが。。。私にとっては彼のピノ・ノワールの区画限定トップキュヴェ、ラ・スルスは今まで飲んだオレゴンの中でも最高のワインのひとつ。さすがビオディナミ(2007年から) 。アーシーさと黒系果実とザクロと黒系スパイスの香りに、厚みのある果実味とベルベット的なタンニンと酸はいかにもオレゴンだが、太くしっかりしたミネラルの構造があり、かつ田舎風味にならずにスッとした抜けのよさもある。しかしオレゴンはハングタイムが90日と短く、夏はカリフォルニアより暑いから、メリハリを出すのが難しいらしい。「サンタ・リタ・ヒルズでは果実味と酸のコントラストが自然と得られるのに対して、酸がソフトなオレゴンでは香りと果実味を上手に対比させていく技術が必要」だと。その技術もさることながら、それぞれの産地のそれぞれの魅力をかくも美しい形で描くセンスが素晴らしい。味わいは優しく、温かく、理知的すぎず(これが難しい。多くのカリフォルニアは左脳的な味がする)、控えめながらも芯がある。この美点が、オーナーはインド人、サシは日本人ハーフであることと無縁だと言えるだろうか。

日本橋浜町ワインサロン、初心者講座 火山性ワイン

最近は火山性ワイン流行り。ネットを見てもその話が沢山。というわけで、今回の初心者向け講座は火山性ワインを扱った。

火山性ワインとは何か、の定義が明確にあるわけではない。狭い意味ではVolcanic Rock 上の畑のワイン、ということになるだろうが、それはつまり玄武岩、安山岩、流紋岩ワイン。実際そういった場で語られている典型的なワインは、エトナやサントリーニやカナリア諸島だ。とすると、Plutonic Rockワインはどうなるか。Igneous Rockワインと括った方が全体が見えるのではないか。いやそれではまだ不足だ。Tuffはどうなる?岩石学上はSedimentaryだが、中身は火山灰だ。ようは、ワインの味から判断し、ワインの分類上有益な定義を与える方がいい。とすると、Igneous全て、Tuff、そして固結していない火山灰をも含めたらわかりやすいのではないか。

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今回のワインは上写真のもの。ブラジル、イタリア、ハンガリーなど世界あちこちからの凝灰岩、玄武岩、斑れい岩、花崗岩、流紋岩ワイン。地上近くで出来た岩と地下深くでは、またSiO2比率が高いか低いかでは、あまりに明確に味が違う。それぞれの味わいの特徴(岩石学的特徴だけ知っていても役に立たない)を参加者の方々にはしっかりご理解していただけたと思う。こうしてグルーピングしてテイスティングすると、いかに品種の違いが二義的か理解出来る。だからワインを選ぶ際には、TPOに相応しい岩を選べばよい。世界の基本的1000産地の地質は記憶しておくべきだが、覚えていなくとも、「玄武岩ワインから選びたいのですが、リストの中のどれがそうですか?」とソムリエのかたに聞けばよい。

フランス料理店では火山性特に火山岩や凝灰岩ワインは極めて少ない。料理との相性を見れば、火山性土壌からの食材があまりないフランスではそれで困らない。彼らの食材もワインも石灰岩の味が基本だ。しかし火山国日本の多くの食材は火山の味がする。なのにワインだけ石灰岩ならどうか?なぜ誰もこのことを意識しないのか。フランス料理店でワインを頼むような舌の肥えた人なら、火山性食材と石灰岩ワインのミネラル感の乖離に瞬時に気づくはずだ。それさえ分からないならまだワインを頼む資格ナシなので出直してこいと言われる。日本のフランス料理店は、例えば玄武岩ワインとしてペズナスやコート・ドーヴェルニュが必要なのだ。

ひとつの理想のワインリストは、ワインをテロワールで分類したものだ。その中に火山性の大項目があり、火山灰系、溶岩系があり、さらに地上地下に分かれ、例えば溶岩系地上は流紋岩、安山岩、玄武岩に分かれ、それぞれに例えばナパ、ウコ、ワラワラのワインが並んでいればよい。そうすればワインははるかに選びやすい。中学校の教科書に書いてある知識つまり全員が共有しているはずの知識で分かる話だというのが重要だ。専門知識がなければ役に立たないなら意味は薄い。

ともあれ日本では特に火山性ワインの重要度は大きい。ワインは国でも品種でもなく、テロワールでまず選べ。20年間以上私が言い続けていることだ。

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