2019年のベストワイン
今年も素晴らしいワインに多く巡り合った。特に印象的だったワインのうち、飲んだ時に最新ヴィンテージで、かつ手元に瓶があるものをここに紹介したい。ベーシックなワインばかりで目新しさはないかもしれないが、ワインの基本を勉強中の私にとっては基本は大事。個人の好き嫌いだけに終始しない普遍性は意識した。おいしいことはお約束するので、是非試していただきたい。
1 Bell Hill North Canterbury Pinot Noir 2015
ニュージーランドのみならず世界屈指のピノ・ノワール。スケールが大きく、ダイナミックで、深い。“きれいな”、“ピノらしい”ワインではない。並みの新世界ピノにありがちなそういった表層性とは無縁の、本物のワイン。石灰岩の斜面とビオディナミ。ら思いの強さを受け止めるテロワールの余力、テロワールのポテンシャルに応えんとする生産者の注力、という、真に感動をもたらすグラン・ヴァンが生まれるための上昇螺旋的関係。ノース・カンタベリーのブルゴーニュ品種ワインはニュージーランドの中でも別次元に偉大な風格があると思う。この生産者のシャルドネも同じぐらいに、いやこれ以上に素晴らしいのだが、全生産量が世界に向けて300本もないそのワインを筆頭に選ぶのは気がひける。ワインファンからは「今さらベルヒルの話かよ」とからかわれるのは承知の上だ。しかし今年私は初めてニュージーランドを訪問し、知らぬ人なきこのワインを恥ずかしながら蔵元で初めて飲んだ。そして既に言い尽くされていることを確認した。生産本数は数樽分しかない以上、これを読まれている方の中にはまだベルヒルを飲まれていない方もいると思う。その方々には誰かがやはり言い続けねばならない。ベルヒルは最高なのだと。
2 Peachy Canyon Paso Robles Adelaida District Zinfandel Bailey 2017
最上のジンファンデルを求めるなら、パソ・ロブレスは最有力候補のひとつ。しかしパソ・ロブレスならどこでもいいわけではないのは周知の事実。高速道路の西側にある冷涼・多雨(=無灌漑)・石灰岩土壌のエリア、つまり11のサブ・ゾーンのうちのウィロー・クリークとアデライダにまず着目するのが、カリフォルニアワインファンにとっての常識だ。この地を代表する老舗ピーチー・キャニオンが造る多種の料理ジンファンデルの中ではこのベイリー畑がおすすめ。オーガニック栽培。気品、香り高さ、純粋さ、抜けのよさ、垂直性、姿かたちの美しさ、そして驚異的に長い余韻には心底驚かされた。ジンファンデルの、いやそればかりかカリフォルニアワインの素晴らしさを経験したいなら、このワインから始めれば道は誤らない。とはいえ、いかに「最上のジンファンデル!」と言ったところで「ジンファンデルとしてはまし、という意味でしょ」と受け取られる。普通のワインファンに、ジンファンデルとはどういう味のワインなのか、何が魅力なのか、等々を聞いてみて欲しい。情けないような答えが返ってくるものだ。そして彼ら彼女らのうちどのぐらいの人がジンファンデルをセラーに常備しているかも聞いてみて欲しい。常識的に考えればカリフォルニアの基幹地場品種はジンファンデルなのに、普通はカベルネ、シャルドネ、ピノで終わる。店に行ってもジンファンデルは寂しい品揃え、かつ、このほうが問題なのかも知れないが、誤解を生むようなワインが多い。だからもう一度言いたい。このワインから始めよ。
3 Domaine D'Ouréa Gigondas 2017
若手オーガニック生産者による現代的ジゴンダスの見本。ジゴンダスは南ローヌの中でもひときわ上品で、フレッシュで、緻密なミネラル感としなやかな質感を備える。南ローヌワインのファンなら言わんとするところを理解していただけると思うが、土ワインより岩ワインが優位に立つ古典的な格付けの観点からすれば、南ローヌ最上のアペラシオンはジゴンダスであってシャトーヌフではない。そしてジゴンダスは南仏のブルゴーニュだと捉えるなら、その方向性の代表がこのワインだろう。エキゾチックにスパイシーな黒系果実の香りと厚み・幅のある味といわく言いがたい色っぽさはヴォーヌ・ロマネ的。セラーで飲んで「ヴォーヌ・ロマネっぽい」と言ったら、「DRCで修業した」と。いかにもそういう味ではあるが、もちろんそれはジゴンダスの石灰岩っぽさやグルナッシュの魅力を引き出す上では好都合で、悪い意味では全くない。ともあれジゴンダスは紋切り型南ローヌとは違う。このワインを飲んで本当の可能性を確認して欲しい。
4 Henschke Eden Valley Cyril Henschke 2013
今まで飲んだオーストラリアのカベルネ・ソーヴィニヨン系ワインの中で最高。バロッサ東側高地にあるイーデン・ヴァレーのミネラリティと格調高さ、カベルネの垂直的な骨格と緊張感、そしてヘンチキ独特の磨き上げられた冷たい気配が相乗効果をなす。かのヒル・オブ・グレース、マウント・エデルストン等と並べて飲み、余韻が最も長いのはこのシリルだった。バロッサのカベルネは評価以前に認知度が低すぎる。バロッサ=シラーズ、クナワラ=カベルネ、という固定観念は捨てるべきだ。むしろ最近の気候温暖化によって(アデレード・ヒルズの山火事は悲惨だ)、以前は青かったカベルネがちょうどよくなったとも言える。ヘンチキ自身はビオディナミを採用しているとはいえ、親戚たちから買っているブドウはオーガニックどまり。ヘンチキのワインを買う上で、自社畑か否かは調べておきたい。もちろんこのシリルは、先述の単一畑シラーズと並んで自社畑、つまりビオディナミだ。もちろん自根。調和に優れているため気づかないぐらいだが、実は恐ろしく強い。どんな料理が来ても、ぶれず、にじまず、たじろがず。やるときはやる感がかっこいい。
5 Clos Louie Cote de Castillon 2016
オーガニック化が進むボルドーの中でも特に注目すべきビオディナミワイン。一見整然とした知的で良質なボルドー。しかし裏側にはダークなエネルギーが蠢く妖しさが潜む。畑の一部にはフィロキセラ以前に植えられた名前も分からない古代品種がいろいろ。道理で唯一無二の味なわけだ。外部環境には相当神経質なワインで、なかなか本領発揮してくれないのが難点だが、それは飲む側が適宜ビオディナミ的技法を使えば対処できる。努力して飲むだけの価値がある。なぜならこのワインには多くの現代ボルドーが失ってしまった、計算では分からないスピリチュアルな何か、計測・分析では明らかにできない自然のミステリアスな何かがあるからだ。それは、自然と個人が一対一で向き合うことができるこうした小規模生産者の利点である。
6 Domaine Thénard Givry 1er Cru Clos de Cellier aux Moines 2015
古典的風格。古い大樽で長期熟成された、いまや珍しい、バローロ的なブルゴーニュ。そのスタイルが腰の安定して陰翳の深いジブリーの個性やこの一級畑のシトー派そのものの静謐な求心性とあいまって、忘れがたい情感を古寺の鐘のように響かせる。キレイでピチピチしたピノっぽさがブルゴーニュの本質だと思わないなら(もちろん私は誰一人としてそのように思って欲しくない)、テナールの赤だ。
7 Baumann Zirgel Alsace Grand Cru Sporen Gewurztraminer 2015
スポーレンがゲヴュルツトラミネール最上のグラン・クリュの一つだと改めて確信させられる、隙のない完成度。ゆったりとした力強さに支えられた華やかさ。ケバさと優雅さは違う。個性の強い品種なだけに、逆にその香りの個性を浮き上がらせずに全体の調和の中に包み込むテロワールが重要になる。しかしどれだけの人がスポーレンの超越性を知っているだろうか。この生産者の素直な、自己主張に走らないつくりがスポーレン自体に焦点を当てる。
8 Calder Wine Company Contra Costa Carignan 2016
話題のニューエイジ・カリフォルニアワイン生産者(フログス・リープのジョン・ウィリアムスの息子)の名作。自根、無灌漑、除草剤なし。それは美味しいカリフォルニアワインを選ぶ指標だ。地球温暖化を考えたら狙うべきは冷涼産地品種ではなく、カリニャンのような地中海品種だ。サンフランシスコからほど近いのんびりしたコントラ・コスタの雰囲気を感じる海の味。南仏からスペインではカリニャンは緊張感のある骨っぽさを表現するが、このワインではまず優しさや温かみや明るさを感じさせる。
9 Evening Land Eola-Amity Hills Seven Springs Estate La Source 2015
オレゴン・ピノの最良の作品のひとつ。ビオディナミ。フィロキセラに侵食され、かつては自根の聖地のひとつだったオレゴンでもそれが貴重な存在になりつつあるなか、こうした自根ワインらしい味のピノ・ノワールを経験し、セラーに備えておくのは重要なことだ。イオラ・アミティの玄武岩土壌の引き締まったミネラル感とオレゴンらしい温かみのあるアーシーさとむっちりした果実味と躍動感のある酸。見事なまでの垂直性。気品があっても冷たくない、精緻に造りこまれても作為的ではない、恐ろしくセンスのよいワイン。これに馴れると凡百のブルゴーニュが表面的な味に感じるし、値段を思えばなおさら差は開く。
10 Rockford Barossa Tawny NV
伝統的にはバロッサは酒精強化ワインの産地。第二次大戦前までのバロッサの名声は、この作品のようなワインで形づくられた。現代ではよほどのモノ好き以外(私はその数少ないモノ好きだと自負したい)、オーストラリアの酒精強化を積極的に語る人はいないが、実際に飲めば、バロッサがどれほどこのタイプのワインに相応しい土地なのか、それ以上に、バロッサがどれほど偉大なテロワールなのかがよく分かる。圧倒的なまでのスケール感と包容力と垂直性。病みつきになるおいしさ。並みの酒精強化とは次元が異なる力強さ(もちろん自根)ゆえに、飲むと力がもらえる感覚だ。以前から愛飲しているワインではあるが、今年は久しぶりにバロッサを訪れ、やはりこれは私にとっては欠かせないワインだと再確認した。抜栓してから2か月ぐらいはもつから、家で少しづつ飲むのがいい。ある意味、これは薬だ。翌朝元気に目覚めるだろう。
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11 Clos Bagatelle Saint-Chinian Rosé Le Secret 2017
サン・シニャンはシスト、砂岩、石灰岩があり、普通はひとつの地質からワインを造るが、この生産者はテロワールと品種双方をブレンド。このロゼの場合はグルナッシュが砂岩、サンソーとムールヴェードルが石灰岩。それが木に竹を接いだような味にならずに精妙なディティール感として表現されているところがセンスのよさだ。サン・シニャンらしくあくまでしなやかで軽やか。ロゼはその上品な側面を赤以上によく伝える。サン・シニャンは個人的に大好きなアペラシオンであり、数多くの経験があるから自信を持って言えるが、これは基本とすべきワインだ。
12 Domaine Ray-Jane Bandol Cuvée du Falun 2015
バンドールは傑作・名作が目白押しの、プロヴァンスの中でも別格的な産地。順当に考えれば三畳紀オンリーの畑からのワインを選ぶところで、だからカナデルのロゼ(ビオディナミを採用するようになって最新ヴィンテージは本当に素晴らしい)を選んでもよかったのだが、この古典的な寛ぎと深みを感じさせる、いかにも地中海(イタリアから近いというべきか)な味のワインを取り上げたい。中世から続くバンドール最古の生産者であり、そういった意味でもバンドールの基本の一本として忘れてはいけない。すかした雰囲気の金満型プロヴァンスワインの表層性に疑問があるなら、筋の通ったぶれない緩さとでも表現できるこの地元密着型地酒感に納得できるはず。
13 Weingut Lothar Ketters Mosel Goldtröpfchen Riesling Kabinett 2017
亜硫酸無添加やオレンジワインやペットナットで有名な生産者であり、皆そちらのほうを持ち上げる(もちろん悪くはない)が、私としては父親名義で出すこちらの古典シリーズのほうがずっといいと思う。オーガニックを含む現代的視点と技術で古典を再構築したワイン。なんと言ってもゴルトトロプシェン。泣く子も黙るゴルトトロプシェン。標高が高く涼しいから、下流の特級畑よりいかにもモーゼルらしい酸としなやかさがよく感じられ、昔よりもアドバンテージが大きいと思う。ドイツ=リースリング=モーゼルという単純な図式を踏襲する気のない私でも、このワインを前にしてしまうと、モーゼルのリースリングの唯一無二の美しさに打たれて思わずモーゼル万歳と言ってしまう。アルコール感と贅肉を微塵も感じさせないカビネットが特によい。GGもいいが、私はいまや絶滅危惧種である特級畑のカビネットに再注目すべきだと主張したい。
14 Vigna Lenuzza Friuli Colli Orientali Friulano Single Vineyard 2017
しつこいと言われても私はプレポットが大好きで、スキオペッティーノでなくとも正直どんな品種でも、独特のしなやかさ・陰影感・安定感のあるプレポットの味には惹かれてしまう。行ったことがある人はお分かりのとおり、プレポットの風景は日本の田舎のようだ。つまりは日本的な味というか。このオーガニック生産者のフリウラーノは、コッリオ的な凝縮感や力強さとはまた異なり、濃密でボリューム感があってもどこか涼しげな山の風を感じさせるのがいい。訪問した時には日本未輸入だったが今では輸入され、かつ以前よりさらに開き直った積極性が感じられ、うれしい。特にこのワインは日本専用の亜硫酸無添加。いやな癖がなく、エネルギー全開で、のびやか。実体感・密度感があるため、フリウラーノのような高アルコール品種でもアルコールっぽさは感じないし、勢いがあるため、低い酸でもダレない。私は動物脂系とんかつ店でこれを扱って欲しいと思う。
15 Mas des Capitelles Carignan 2016
フォージェールのビオディナミ生産者の作品。フォージェールの軸をなすのがカリニャンだと、そしてフォージェールはブートナックやフィトゥーと並んでラングドック3大カリニャン名産地なのだと、このカリニャン単一品種ワインを飲んで初めて思った。もちろんこの生産者のフォージェールも素晴らしい(特に一番安いワインが)。テロワール的にはフォージェールはクリュに認定されてしかるべきだ。INAOは「アペラシオンの平均価格が低すぎるからダメだ」という回答らしい。それはつまり消費者にとっては安くておいしいワインだということ。
16 I Favati Greco di Tufo 2016
硬くて酸っぱい、何の役に立つのかよく分からないワインが散見されるグレコ・ディ・トゥーフォ。しかしこのワインは密度が高く、おおらかで、粘りがあり、重心が低く安定して、しっかりグレコ品種だと分かり、なおかつこの火山性土壌のテロワールらしいきびきびとした抜けのよさと上昇力があり、見事としか言いようのない完成度。飲んでこんなに楽しい気持ちになり、食事が進むグレコ・ディ・トゥーフォは初めてだ。
17 Populis Mendocino County Sauvignon Blanc 2018
ニューエイジ・カリフォルニアワインの傑作。樹齢70年の北カリフォルニア最古のソーヴィニヨン・ブランが植えられるヴェンチューリ畑のブドウ。オーガニック、無灌漑、ミニマム・インターヴェンション。圧倒されるようなエネルギー感。あからさまなソーヴィニヨン臭さなどなく、ミネラル感が前面に出る。メンドシーノらしい静けさ、内向性が、タイトなソーヴィニヨンの個性とあいまって、相当な緊張感を飲むものに強いる。カリフォルニア=能天気、ではまったくないのだ、と理解できる、非常にシリアスなワイン。こうしたワインを飲むと、世の中の大半のソーヴィニヨンはアホくさいと思うだろう。だがアホくさくないソーヴィニヨンは普通は高い。そう思うと、多くのカベルネやピノが無意味に高いカリフォルニアにあってはなおさら、このレベルの品質で22ドルは安い。
18 Julia Bertram Ahrweiler Rosenthal Spätburgunder 2016
既に大人気のアールの生産者。いかんせん元ドイツワインクイーンだけあって男性ファンも多数。アールでは超がつくほど希少なオーガニック。とはいえ転換中であり、その効果は2016年ヴィンテージからはよく分かる。いろいろなワインがある中で、アールワイラー・ローゼンタールのしなやかさとフローラル感が特に印象的。記憶ではローゼンタールはグレイワッケであって粘板岩ではなく、鉄っぽさやスパイシーさを、典型的なアールのワインのようには感じさせないのが、個人的には魅力だ。これを飲むとアール本来のポテンシャルがよく分かる。あとはアールの経済を支えるケルン等近郊大都市の消費者の意識改革のみ。現状の温泉街の饅頭的な購買様式では生産者もがんばる動機に不足する。ジュリアのワインは、彼女のスター性もあいまって、確実にアールに光明をもたらしたと思う。
19 Podere Casaccia Toscana Sine Fille Bianco 2017
フィレンツェ郊外の山中にある畑。2003年からビオディナミ。フィレンツェ的としか言いようのない均整のとれた美しさと過剰を避ける品位とさりげない遊び心。混植混醸のキャンティ・リゼルバも素晴らしいとしか言いようがないが、手元に瓶がない。これはマルヴァージア、トレッビアーノ、ヴェルメンティーノを短期間醸し発酵した、オレンジワイン的な構造と複雑さをさりげなくしのばせた白ワイン。ダイナミックでおおらかで上品。テロワールの力とビオディナミが寄与するところは大だといえ、よほどのセンスがないとこんなワインは出来ない。
20 Sylvain et Christophe Bordeaux Le Fruit de Château Grenet 2017
抽出&樽&野心&そろばん&工業メンタリティー&他人の評価への色目使い、が多くのボルドー。もちろん格付けだとか点数だとか考えない肩の力が抜けた素直なオーガニックワインも存在し、この若手による作品もそう。オーガニック&亜硫酸無添加&樽なしのメルロ100%。こうしたワインを飲むと逆にボルドーという土地の素晴らしさもボルドー人の洗練度合いもよく分かる。今なら、こうしたボルドーこそ基本とみなされるべきだ。一級シャトーの名前や、三流テロワールで無理をしたようなワインからボルドーに入るから、多くの人がボルドーを誤解するか、忌避するようになる。水辺ワインの典型にして、岩要素が少なく降水量が多いボルドーでは、しっとり・しなやか・まろやか・かろやかな方向性に行けば、テロワールとスタイルが合致しておいしくなる。たとえて言うなら、ボルドーは赤でも白身魚ワインである。大半の人が思っているボルドーの味は、特別な格付けワインを除いては、間違っている。
21 Château de Marmorieres La Clape 2015
ラ・クラープの古典。さすがに貴族のワイン。海側ラ・クラープの白ならではの温かみ、まるみ、安定感がある。ブールブーランクはここでなければ完熟しない。完熟すれば酸が低くトロピカルな味のブドウだが、ほとんどの場合は酸が高くエッジがある味のブドウとして扱われるのはしかたない。フランスの大半の白ワインは内陸産で硬質か、MLFなしで硬質か、早摘みで硬質か。つまりは魚料理に対して役立たずだ。ソースのあるリッチな味の魚料理に合うフランスワインの代表であり、その質を思えば大変に安価なワインが、ラングドックのクリュであるラ・クラープの海側のワインである。マルモリエールの名前の初出は826年、ここのオーナーがラ・クラープのサンディカ初代会長、ラ・クラープの畑の最大所有者、といった事実を並べただけで、シャトー・ド・マルモリエールが地元にとっては領主さま的な位置づけにあるのは分かるはずだが、地元を離れればほとんど無名。おかしい。ラ・クラープにまずいワインは滅多になくとも、まずはこのワインを基本とするのが筋だろう。
22 Domaine de L'Enchantoir Saumur L' ilot des Biches 2017
ソーミュール・シャンピニーではない、ソーミュール。海洋性気候のしっとり感と白亜紀石灰岩の気品ある香りと構造の確かさ。アントルコート向けワインであるソーミュール・シャンピニーの隣にあってもソーミュールはずっと細やかでひっそり。むしろ焼き鳥向け。その美しさがよく出たワインがこれだ。赤系果実のチャーミングさがふわっと広がり、タンニンは軽く、酸はすっきりして固くなく、ほとんど夢心地のシルクのレースの味。アンジューとトゥーレーヌのあいだにあって自分の中ではいまひとつポジションが明確ではなかったソーミュールの赤の素晴らしさに初めて気づいたのが今年だった。
23 Muller-Koeberle Alsace Clos des Aubépines 2017
本来ならグラン・クリュになってもおかしくない花崗岩の急斜面の畑。地元の人にとっては銘醸畑として有名だが、モノポールゆえに一般には逆に知名度が低く、グラン・クリュにも申請されなかった。今まではともかく、代替わりしてオーガニックに転換し、本来あるべき品質が理解できるようになった2017年ヴィンテージ。アルザスにはまだまだ知られざる名ワインがあるのだ。この畑には白はリースリング、ゲヴュルツ、ピノ・グリが植えられているが、このワインはブレンド。同じ畑の単一品種ワインとは比較にならないほど立体的で大きく余韻が長い。近年のアルザスではうれしいことに複数品種ワインが広がりを見せている。単一品種絶対主義(単一品種主義ではない)の超克はすべてのワインファンの使命である。
24 Weingut Heid Würtemberg Blaufränkisch 2017
ひたすらかっこいい。若々しく引き締まって抜けがよい。ヴュルテンベルクなのにあえてレンベルガーと呼ばずにブラウフレンキッシュと呼ぶあたりが興味深い。降水量の多いヴュルテンベルクではワインはどれも果汁感が強まり、タンニンがしなやか。ブラウフレンキッシュも軽快な側面が引き立てられる。それと同時にコイパー土壌のタイトさや酸も加わる。つまり、ミッテルブルゲンラント的ブラウフレンキッシュの対極の、濃いロゼ的方向性のブラウフレンキッシュ。正直、多くの旧ハンガリー領オーストリアのブラウフレンキッシュよりこちらのほうがオーストリアっぽいと思える。
25 Hans Herzog Marlborough Nebbiolo 2015
マールボロのソーヴィニヨン・ブランなど世界で最も嫌いなワインのひとつ。先述のポピュリスのホームページでも罵詈雑言が浴びせられている。だが短絡思考はいけない。ソーヴィニヨンだけがマールボロではない。特徴的な日較差の巨大さが酸のメリハリと香りの華やかさを、そして海の影響が柔らかさを、そして砂利質の土壌が抜けのよさや軽やかさをもたらすマールボロの美点は、ソーヴィニョンでのみ発揮されるわけではない。それがよく分かるワインがこのオーガニック生産者のネッビオーロ。マールボロでネッビオーロなど聞いたことがないし、この品種の気難しさと高価格を思えば、味を知らなければ絶対に手を出さないと思う。ところが実際にテイスティングして驚いた。すごいではないか! 早くソーヴィニヨンの呪縛からニュージーランドが自由になってほしい。ここのオーナーと、マールボロでどの品種を植えるべきかを議論していた。私がブラウフレンキッシュと言ったら、彼も同感だと。順当に考えたらそうなる。しかしそれは叶わぬ夢だ。
26 Rosenhof Mosel Cabernet Sauvignon & Merlot 2016
もはやモーゼルでさえカベルネが熟す。この驚くべきワインを飲めば誰もが地球温暖化と適正品種について考えることになる。極めて精密で流麗な味はいかにもモーゼル。モーゼルとは何かを考える上でも重要な作品。テロワールを生かすかぎりにおいて、品種はフレキシブルに考えるべきなのだ。
27 Gustavshof Rheinhessen Grauburgunder-Johanniter 2018
私が考えたラベルを採用したビオディナミワイン。理屈中心の味になってしまいがちなドイツでは特に左右非対称・フリーハンドのデザインが大事だと思っている。昔のラベルと比べたらエネルギー感やスケール感において雲泥の差。そうなるようにデザインしたのだから当然ではあるが、ともあれこのジャンルは完全に未開領域。常に左右非対称がいいとは言わない。ようするに、法隆寺釈迦三尊像的なスタティックな均衡美を求めるべき場所と、ヴァチカンのベルリーニ的、ないしラオコーン的なダイナミズムを求める場所を使い分ける、ということ。とりわけビオディナミのグラウブルグンダーとヨハニター品種なら後者だろう。PIWI品種ヨハニターはポテンシャルが大きい。環境問題を考えたらPIWI品種は必然の帰結だ。
28 Château Durfort-Vivens Margaux Le Relais de Durfort-Vivens 2016
2016年からデメテール認証を受けたビオディナミのマルゴー。昔からデュルフォール・ヴィヴァンのファンである私としては、近年の急激な品質向上は小躍りしたくなるほど嬉しい。そして2016年は明らかなブレークスルー。まさにビオディナミの味。誇大広告的表現が横行しがちなヴィンテージ評価だが、2016年はどんなに誇張してもかまわないほどの偉大な年だと思う。その2016年の中で万人が買っておくべきワインが、デュルフォール・ヴィヴァンのセカンド、ル・ルレだ。この立体感、垂直性、濃密さ、躍動感は、セカンドとはいえ偉大なテロワールとビオディナミが合体したからこそ。この値段でこのレベルのワインが買えるなら、ボルドー左岸はお買い得ではないか。もちろんグラン・ヴァンのほうは陶酔的レベルの完成度。だが、より多くの人に、より高い頻度で飲んでもらいたいワインだから、あえて安いセカンドを勧めておく。
29 Château de Marsannay Marsannay Blanc 2015
ブルゴーニュの白ワインは魚料理用のワインだというのが世界中の共通見解だが、本当にコート・ド・ボーヌの特級や一級が魚に合っていると思うのだろうか。それはたいがいお金の無駄遣いか、高いワインを飲む自分に酔うという下品な楽しみだ。いろいろ試した中ではこのマルサネの白が最高の魚ワイン。重心が低く、柔らかく、ボリュームがあり、温かく包み込み、余韻が長い。値段を思えばなおさらありがたい。
30 Juliet Victor Tokaj Edes Szamorodni 2016
トカイ=プットニョスではない。むしろサモロドニのほうが甘すぎず、果実味のピュアさがあって、貴腐ではなくテロワールの味がダイレクトに感じられるかも知れない。6プットニョスともなれば価格は2万円を超えるだろうが、サモロドニだと常識的な価格におさまるのもいい。このワインの畑は最上の1級畑のひとつ、きめ細かく優美で伸びやかなキライと、がっしりとした腰の強いベチェック。その組み合わせが最高だ。トカイの2016年は、トカイに期待したい力強い酸と、火山性土壌らしい上に突き抜ける勢いがある。
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番外扁
Gérard Bertrand Cabrieres Clos du Temple 2018
自分が関わっているので番外編だが、個人的にはこれが今年のベストワイン。まだ飲まれていない方は是非試してほしい。できれば田中式処置をして田中式サービスで飲んでいただきたいが。あるべきワインの形(少なくとも自分にとっては)が相当程度具現化されていると思う。
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