気合い充分な作品だ。チリのカベルネ・ソーヴィニヨン最高の産地、プエンテ・アルトの底力を堂々と伝えるワイン。1987年の登場以来、チリを代表するアイコン・ワインとして名高いドン・メルチョー。かつてはある種の粗削りな力強さが魅力だったが、このヴィンテージでは質感が緻密になり、高密度感と流麗さ、パワーと軽やかさを高度に両立する現代的かつ普遍的なグラン・ヴァンへと大きく進化している。特にタンニンの質的向上に関しては顕著であり、リッチな果実味と溶け合って豊かな飲み心地を堪能させてくれる。
以前コンチャ・イ・トロでさる重役に話を聞いた時、彼は隣人ふたりのワインよりドン・メルチョーの評価が低いことを嘆いていた。相対的低評価のひとつの明白な理由はあのザックリ感だと思っていた。個人的にはそれもまた作り込みすぎない良さだと捉えていたが、世の中の揚げ足取りが好きな人には絶好の減点対象だっただろう。もうひとつの理由は、ドン・メルチョーがコンチャ・イ・トロのワイン(それももはや最高価格品ではない)だからだろう。大手生産者のワインは、それが大手だという理由で斜めに見られるものだ。前者の直接的理由は2017年ヴィンテージで解決された。後者の偏見は、30周年を機にコンチャ・イ・トロからヴィーニャ・ドン・メルチョーとして独立したワイナリーになったことで是正されるだろう。「90点台後半をなかなか取れない」との彼の苛立ちもこれで終わりになったと願いたい。
それにしても姿形の美しいワインだ。重心が真ん中にあって丸くしなやかに広がりつつ、しっかりと垂直的構造を保つ。洗練度を増しつつも人工美に陥らないのは、グラン・クリュたるプエンテ・アルトの卓越性の証明。それを今まで経験したことのない完成度で表現したこのヴィンテージのドン・メルチョーは、チリの代表たる使命を充分に果たしている。とはいえ2017年ヴィンテージが最終着地点だとは思わない。さらなる躍動感や立体感のために、次はビオディナミ認証を目指してほしい。
このようなグラン・ヴァンには蛇足的情報かも知れないが、ドン・メルチョーは塊肉ステーキ用ワインではない。温暖かつ低収量の2017年らしい快楽的な果実の甘みと濃密さを見ればなおさら、最上の黒毛和牛(たぶん米沢牛。松坂、近江は概して重心がやや低い)ハンバーグの赤ワインソースと合わせてみたいと思わせる。よくスーパーでチリのカベルネ・ソーヴィニヨンの値札に「ハンバーグに合う」と書いてある。これはその通りであって、仮にハンバーグワイン選手権があれば確実にチリは優勝候補だ。しかしハンバーグはお手軽惣菜とは限らない。家で最高品質のハンバーグを作るとしたら、そこで飲むべきワインはドン・メルチョーだ。家では鴨のコンフィと合わせ、十分においしかったが、最良の相性とは言えなかった。その理由は明白で、ドン・メルチョーのほうが味の要素が多く、スケールも大きいからだ。つまり、古典的な粘度のある、複雑な味のソースが必要なのだ。
チリのカベルネ・ソーヴィニヨン=コンビニワインの定番というイメージが蔓延している現状では、このワインに積極的な関心を持てない愛好家が多いだろうと推測がつく。しかし先入観・偏見なく、よいワインをよいと評価できる人には、ドン・メルチョー2017年はセラーに備えておいてしかるべき作品だと伝えておきたい。