ワイン産地取材 フランス

2019.06.04

Terroirs & Millesimes En Languedoc 2019

年に一度行われるラングドックワイン委員会主催のワイン試飲イベント、『テロワール・エ・ミレジム・アン・ラングドック 2019』に参加した。昨年に続き、これで3回目の参加だ。泊まり込み合宿で連日の試飲とセミナー。だいたい9時半スタートで帰途につくのは午後11時。何百本ものラングドックほぼ全アペラシオンのワインを連続してテイスティングする機会はなかなかない。昨年の記憶があるうちに再び試すことができるので、アペラシオンの個性の把握がさらに正確になる。

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ワインはこうした形でブラインドでテイスティング。ペズナスだけでもこれだけの本数がある。

 

試飲は基本すべてブラインド。これでなくては思い込み、先入観が入ってしまう。ひとつのアペラシオンごとに、多い場合は60種類以上のワインが並ぶ。そうすると各アペラシオンの全体像が抽出されてくる。江戸前寿司とは基本的にどういう味でなければならないか、という基準点が身体感覚的に取得されていないなら、一軒の店で鉄火巻を食べても一体何が評価できるだろう。ワインも同じく、個別ワインの美味しいまずい以前に、まずはティピシティの理解が重要となる。プロならばそれは常識であって、好き嫌いと正しい間違っているを峻別しなければならない。ラングドックワインに関し、その基準点を身に着けるためのある種の修行が、この試飲会・セミナーである。

 

□AOPラングドック、ペズナス、グレ・ド・モンペリエの試飲

モンペリエ空港から1時間で、第一会場・ホテルのシャトー・サン・ピエール・ド・セルジャックに着く。翌朝からのテイスティング。これからテーマごとにほぼ時系列で記事をまとめる。

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▲モンペリエの北にあるシャトー・サン・ピエール・ド・セルジャックは現在ホテル、レストラン、イベント会場になっている。周囲にはブドウ畑が広がり、ワインも生産している。

まず最新2018年のスケールの大きさに脱帽させられる。この年は1月から2月に大量の雨が降り、土中の水分が多く、ブドウへの水分ストレスが少ない。モンペリエの天候を見ると、年間降水量は通年の5割増しで、4ケタに届こうとする驚くべき多さだが、夏のあいだには雨が非常に少なく、収穫時期である9月にはほとんど降雨が見られない。そして年間平均気温は通年より1度も高い。単純に言って、ブドウがすくすくと育った年の味だ。   

2017年のチャーミングなまとまり感も良い。この年は2018年とは真逆に、通年よりも5割少ない降水量。しかし渇水によるストレスを感じさせない。201610月の大雨の貯金が残っていたとは考えにくいが。気温変化は極めてゆるやかで、冬と夏のあいだのカーブがフラットで、6月、7月、8月の気温差がない。そして9月になると平年より気温は下がる。ワインの味わいはまさにそういった気温変化の年の典型と言える。

2016年はインディアン・サマー・ヴィンテージで、こってりした果実味が特徴だ。年初から収穫までの降水量は恐ろしく低く、他よりもタンニンが固く、がっしりした骨格をもつ。つまり、粗めのタンニンを豊満な果実の甘さで抑え込む味で、このパワフルさとコントラストの大きさが個性となる。

ゆえに、譬えで言うなら、ゆったりのんびりした味わいを求めたいアペラシオンでは2018年、スケール感より繊細さや抜けのよさを求めたいアペラシオンでは2017年、迫力を求めたいアペラシオンでは2016年がいい。品種に譬えるなら、それぞれ、グルナッシュ的、シラー的、カリニャン的であろう。

おすすめワインはラベル写真のもの。ひとつやたらとセクシーで華やいだワインがあった。ラ・クロワ・キャピトルのラングドック白、Allegria Dolce Vita。珍しくクレーレットロゼ品種を5割使用。これはもっと注目されるべき品種だろう。

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ペズナスは気をつけないと風味が汚くなりやすい産地だが、成功した場合の上方への伸びと細かく強いミネラルは印象的。ペズナスがグラン・クリュかどうかという議論に対しての私の意見は、否、だ。スケール感と余韻の長さが若干劣る。個性で勝負する良質なプルミエ・クリュといった認識で正しいと思える。スパイスを使った重心が高い肉料理に合わせるラングドックワインとして、まっさきに名前が出てくる産地がペズナスである。

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グレ・ド・モンペリエはぽってりして腰が安定した南国味。若干キメが粗く、アルコール感も強く、いかにもなのんびり地中海ワイン。これを評価するかしないかもまた議論が紛糾する点であろうが、私はグレ・ド・モンペリエのアンチ北方味は、ラングドックが南仏ワインである以上は重要だと思っている。料理で言うなら、ローストポーク的というかポルケッタ的。スカしたピク・サン・ルーの反対の、家飲み的ゆるさは結構好きだ。ゆえにグレ・ド・モンペリエは高級なつくりにしない方がいい。

 

□■ピクプール・ド・ピネ訪問

エタン・ド・トーに面した牡蠣養殖業者兼レストラン、タルブウーリエッシュでのピクプール・ド・ピネ試飲会&ランチ。当然、山のような牡蠣とムール貝、そしてセト風イカパイを食べる。

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▲エタン・ド・トーにある牡蠣養殖場兼レストランでの試飲。オルマリン、ボーヴィニャック、フェリーヌ・ジョーダン、フォン・マルス、アザンといったおなじみの生産者みずからワインをサーブ。

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ピクプール・ド・ピネは牡蠣用ワインとして知られる。畑の前が牡蠣養殖場エタン・ド・トーなのだから、両者セットのプロモーションは理に適う。しかし過去15年、年に一度は両者の組み合わせを経験してきたが、合うことは合うが完璧とは言えないと思えた。確かにピクプールは重心が高いから(遅く収穫しても、だ)牡蠣に対して大きく外れることはない。それでもミネラルの質が違うし、性格的にエタン・ド・トーの牡蠣のほうが派手だ。ミュスカデとナントの牡蠣の方が味の方向性は地味同士で揃っている。

今回初めてエタン・ド・トーの波打ち際を歩き、合わない理由がわかった。予期していなかったが、写真の通り、玄武岩だらけだ。つまりこの地の牡蠣は火山のミネラルの味なのだ。というのもエタン・ド・トー南側にあるアグドのサン・ルー山は火山。今まで北側にあるジュラ紀石灰岩のサン・クレール山しか考えてこなかった。対してピクプール・ド・ピネの南部は白亜紀の石灰岩だし内陸部は石灰を含む第三紀の礫岩。ミネラル感を感じる位置が異なるし、性格が内向的だ。だから私はメズ村のような砂・粘土の土壌(表土には石灰の礫があるが、エロー川がかつて運んできたもので角が丸く、実は現地性ではない)のピクプールの方が、石灰の味が強い村のものより地元の牡蠣に合うと言ってきた。それでもぴったりとはいかない。

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▲エタン・ド・トーの浜辺。黒い玄武岩の礫がたくさんある。この海の牡蠣に石灰岩のワインが合わないのは当然だと思った。

多くのピクプールはラ・ロシェル近辺の石灰岩の崖の先に育つ牡蠣に合っても、目の前の牡蠣には合わない。ブジーグをはじめとするエタン・ド・トーの牡蠣が要求するのは玄武岩土壌のワインであり、ラングドックで玄武岩と言えばペズナス、またはベサンやオー・ヴァレ・ド・ロルブであり、つまり、その地に植えられた白ワインということになる。それはマイナーな存在で、理念的にはあり得ても具体的なワインは知らない。むしろワシントン、オレゴン、ヴィクトリア、ヴェネトから選ぶ方がいいかも知れない。長年の謎が解けてよかった。やはり自分で歩いて観察するしかない。

さて試飲会だが、気に入ったのはフェリーヌ・ジョーダンの高いほうのワイン、キュヴェ・フェリーヌ。優れた区画のブドウの中汲みからせめの果汁を発酵し(あらばしりは安いほうに行く)、その逞しさを半年のシュールリーで和らげたものだ。フェリーヌ・ジョーダンのスタイルは独特のさらっと流すところがあり、都会的で地酒らしくないが、どのみちピクプールは地元の牡蠣に合わないのだから、私は考え方・評価基準を変え、より普遍的文脈での有用性とより抽象的な品位を重視することにした。あとボーヴィニャック協同組合の古木のキュベ・アニヴェルセル1932の深いミネラル感がいい。こうした文脈で見ると、マス・サン・ローランの牡蠣との不整合性が、以前は保留事項だったが今や積極的な評価事項となり、それがさらに良いワインに思えてきた。簡単に言えば、本来のピクプール・ド・ピネは地中海のカジキマグロに合う力強いワインである。

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そもそもピクプール・ド・ピネに見られる赤土は白ブドウに向くのか。土だけ見たら黒ブドウ用だろう。栽培者組合会長に聞くと、ピクプールは昔は黒ブドウだったが1700年頃に突然変異して白ブドウになったとか。どうりで。ローマ時代から千数百年は赤ワイン、白の歴史は遥かに短い。つまり赤ワイン用土壌に植えられた白ワインとはどんな個性かを考えると、多くの人が想像するピクプールよりも太くて重い味であるべきなのだ。皆長いあいだ、エタン・ド・トーの牡蠣のイメージに囚われすぎていた。シャトー・ド・ピネやマス・サン・ローランの方向性で正しかったのだ。昨年マス・サン・ローランに通りがけにふらりと立ち寄り、彼らのピクプールといろいろな魚料理を合わせてみた時も、印象的だったのは生牡蠣ではなく牡蠣グラタンであり、また鯛のポワレのバター系ソースった。

自分で納得できる答えが得られるまでに15年かかった。数千ある主要ワイン産地のたったひとつに関してだけで、だ。こんなペースでは私は何も分からずに死ぬしかない。ワインに詳しい人はどんな頭のつくりをしているのか。どうして彼ら彼女らは1を飲んで100が分かるのか。やはりワインはマンハッタン計画に参加した数学者物理学者レベルの超越的天才のみが扱える対象なのか。いや、ワインは結果ではなく、結果に至る過程を楽しむ趣味だ。あれこれ自分で考えることが大事で、結果を人に聞いたら、推理小説の犯人の名前だけ最初に聞くようなものだ。しかしあまりに安易に、皆答えだけを求めていないか。例えば私の上記の考察は、ピクプールは牡蠣に合わない、という一文で言いあらわせるのか?

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▲ピクプール・ド・ピネの畑からエタン・ド・トー、そしてセトの町があるサン・クレール山を臨む。畑の礫は写真からも分かるとおり、角が丸い。

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▲ピクプールのブドウ。

それはともかく、ピクプール・ド・ピネの品質向上はここ数年で顕著だ。6、7年前から除草剤は禁止され、機械的な漉き込みが義務になったそうだし、殺虫剤も全1500ヘクタール中1300ヘクタールで使用されていない。認証オーガニックは今でもアザンだけだが(転換中は他にもある)、協同組合のワインを飲んでも以前のようにエグくて薄くてまずいといったことはほとんどない。値段も上がったとはいえ、今やピクプール・ド・ピネは安物海辺夏ワインではなく、高級レストランで複雑な魚料理に対して出されてもいい、いや、出されるべきワインに進化している。

驚くべきは輸出比率で、70%に達する。そのうち4,5割はイギリス向け。EU離脱の動きに対して生産者たちは市場喪失を恐れたが、今年になってもあいかわらず順調な発注がイギリスから続いているそうだ。なぜイギリスと聞いても、よくわからないとのこと。それはそれで不安になる。

 

□コトー・デュ・ラングドック・ソミエールのセミナー

ソミエールといって知る人も少ない。私もかつて十本未満しか飲んだ記憶がない。ガール県18村にまたがりつつも1971ヘクタールしかない小さなアペラシオン。ラングドック東端、コート・デュ・ローヌ西端コスティエール・ド・ニームに接する。ソミエールとコスティエール・ド・ニームの比較ほど、ラングドックとローヌの何が違うかを如実に理解できる例も少ない。引き締まって酸の強い岩ワインであるソミエールと、ふくよかでアルコールが高く酸が低い土ワイン(土壌は砂利だ)であるニーム。ソミエールの酸は極端なほどで、グルナッシュでさえpHは3・2から3・3程度。ニームなら、いや一般にはグルナッシュなら3・7以上の数値だろう。

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▲セミナーで紹介されたソミエールの地質。

 

ソミエールの特徴は、白亜紀の地質もあること、第三紀の地質の場所では多くシレックスが見られること。つまりトゥーレーヌ的な土壌であり、実際にワインの味もトゥーレーヌ的な硬質な中心線を備える。AOPとしてはブレンドの赤のみが造られ、シラーとグルナッシュで50%以上、シラー単体で最低20%、15カ月熟成といった規定がある。ラングドックでロワール的ないしブルゴーニュ的な個性を求めるなら、まずはソミエールを探求すべきだ。セミナーで出されたワインの中では亜硫酸無添加のビオディナミワインDomaine de CoursacLa Patience 2016の複雑さと、Mas Montel / Mas GrranierCamp de l’Oste 2016の上品さ・しなやかさが印象的だ。後者はまるでピク・サン・ルーだと思ったが、聞いてみると「この畑からはピク・サン・ルーが見える」とのこと。

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▲上写真がセミナーで試飲したソミエールのワイン。どれもそろってクールでタイトな味わい。

しかしソミエールは赤だけのアペラシオンでいいのか。この冷涼なキャラクターは白やロゼにこそ向くのではないか。そう疑問を呈すると、ラングドック委員会の技術部長は「今からINAOに電話してそう言ってくれ。私も白が認可されるべきだと思う。しかしINAOはラングドック=赤という先入観があるから、赤だけのアペラシオンになってしまった」。確かにソミエールでは赤ワインが長く造られてきたのだろうから、INAOの実績ベースの判断では赤産地ということになる。ところが長年安価大量生産産地であったラングドックでは、テロワールにふさわしいワインが造られてきたというより、残念ながら需要に応えざるを得なかったという側面を看過してはいけない。つまり、その場所で最高の品質のワインを生み出しうる品種とスタイルが確立する(それには数百年かかるだろう)前に、アペラシオンが確定してしまったところに問題がある。ラングドックにおいては、今まで何を栽培していたか、ではなく、これから何を栽培するべきなのか、という視点が重要だ。しかしINAOがラングドックだけを例外視するわけもない。ならば唯一の解決策は、それぞれのエリアで本当に栽培すべき品種、造るべきワインはどんなものであるべきかを我々が考え、そのようなワインを支持し、実績を長年かけて積み上げていくことである。そして私にとっては、ソミエールは赤より白とロゼの産地である。

 

□クレーレット・デュ・ラングドック、カブリエール、ソミエール、サン・ジョルジュ・ドルクの試飲

ディナーに出された印象的なワインの写真を載せる。

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クレーレット・デュ・ラングドックの深みと存在感、カブリエールのシリアスで内省的な密度と引き締まった余韻、そして鮮やかな酸と緊密な構造のソミエールのエリアの白は、いかにもなラングドック白とは隔絶したシャープさ。やはりソミエールは白のアペラシオンであるべきだ。ラングドック委員会会長にその話をすると、「まずは実績と歴史を作らないといけない、30年計画だ」と。写真のドメーヌ・ギヨーム・アルマンは白が6割とのこと。それでいいと思う。

写真はないが、サン・ジョルジュ・ドルクのロゼもいい。ここはグレ・ド・モンペリエのエリア内とはいえ土壌が異なり、南ローヌ的な深い砂利。しかし南ローヌより海に近い味がする。このムッチリと肉厚で酸が低く大きな味のアペラシオンは、コッテリしたソースのホタテやオマールに、そして豚バラ肉の低温ローストに最高だ。テロワール名付きコトー・デュ・ラングドックの中でもとりわけ重宝する個性だから、この名前は憶えておくとよい。

 

□テラス・デュ・ラルザックの試飲

何百本も飲んでも未だテラス・デュ・ラルザックの魅力が分からない。ラングドックの中でもとりわけ内陸部にあり、標高850メートルの山の南斜面に広がるアペラシオンだから、確かにいかにも山ワインの味。しかし陰気さと酸の固さとタンニンのエッジが気になる。テラス・デュ・ラルザックは赤のみだとはいえ、個人的には同じ畑で造られる白やロゼ(アペラシオンはこの場合コトー・デュ・ラングドック)の方がいいと思うぐらいだ。ジェラール・ベルトランのソヴァジョンヌなど典型的な例で、赤はアルコール度数15度に達するにも関わらず、風味が閉じて、熟しているとは言えない。このアペラシオンでは相当にクリエイティブな発想でワインを作らないと形にならないと思う。ただ、緊張感を伴う陰影に着目するなら非常に興味深いアペラシオンであり、冬のジビエに熟成させたワインを合わせるならいいだろう。

膨大な本数をテイスティングし、美味しいと思えたのは数少ない写真のもの。テイスティング自体はブラインドなので予見・偏見はない。写真に撮り忘れたワインに、Les Chemins de Carabote Chemin Faisant 2016 がある。これは残糖があるのではないかと思う甘さ。相当に強いタンニンを補完するための果実の熟度を考えたら、このぐらいのほうがいい。それでバランスが取れる。全体にタンニンがえぐいのは2016年ヴィンテージのワインが大半だったからでもある。ラングドックのこの年はシラーには特に渇水がきつくて厳しい結果になった。この話をしていると、ラングドックのシラー依存に対する根本的な疑問に行き着く。

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テラス・デュ・ラルザックの美点であるタイトなミネラル感やディティール感や冷涼感を生かしつつゴツさを減ずるには、赤白ブドウの混醸をアペラシオンの規定に含めるのが一番。まあラベルに書いてあることを真に受けてはいけないのはラングドックの常で、そうしている人も実はいるようだが、これ以上はオフレコなので各人探求してもらいたい。ともあれ混醸について私はどんどん法律違反せよと言いたい。すぐにできる解決は、樽ではなく陶製の甕で熟成することだろう。樽の余計なタンニンはいらない。

 

□ピク・サン・ルーの試飲

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高い標高と大量の降雨量と白亜紀とジュラ紀の石灰岩土壌。ピク・サン・ルーは、ある意味ラングドックらしくない、ブルゴーニュに似たイチゴ&ミントな北方系ワインの味がする。その取り澄ました、よく言えば上品な個性は、南方系ワインが必ずしも好きではない人にも受け入れられやすく、世界的に人気が高い。おしゃれなパリのビストロやワインバー的で、個人的には好きではないが、その圧倒的な平均品質の高さと一貫した個性の説得力・完成度には脱帽する。酸の伸びやかさ、タンニンの細やかさ、果実味の透明感、香りの上品さ、姿形のかわいらしさ、柔らかい厚みといった点を見れば、ピク・サン・ルーを正しく選ぶのはたやすい。

写真はおすすめのワインだ。

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□フォージェールの試飲

フランスにおけるシスト土壌ワインの代表、フォージェール。肉厚な果実味と黒っぽいアーシーでスパイシーな香りと柔らかい酸と当たりが滑らかでいて強いタンニン。そして芯にはしっかりとした岩のミネラル。明確な個性があり、ラングドックワインのポートフォリオを作る上では欠かせないワインだ。

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しかし下手をすると一本調子で下品になるし、風味が汚いワインも散見される。と言って引っ込み思案なアプローチではフォージェールらしい積極的なパワー感が前に出てこない。そこのあんばいがワイン評価の要だろう。実際のところ、試飲したサンプル数が多い割にはおすすめワインが少ない。これまた2016年の問題で、シラー主体のフォージェールにはストレスがかかりすぎたのか。粘土石灰は乾燥した年に有利、シストは多雨の年に有利なものだ。

とはいえ質感の滑らかさと樽の馴染み方は、10年前のフォージェールとは別物。はるかに上品で緻密な味わいになっている。和牛のステーキや焼肉に対し、フランスワイン中で基本的なワインのひとつがフォージェールだと思う。和牛は絶対に石灰の味がしない。ただし、シラーの比率が比較的少なく重心が真ん中から若干高めに収まるワインを選ぶならば、だ。

フォージェールは現在4割のワインがオーガニック(転換中5パーセントを含む)。これは大きな魅力であり、基本的品質の高さに結びついている。生産の80%は赤で、ロゼ17%、白3%。フォージェールの数少ない白がこってりと粘りがあり、酸が低くて、またいい。

 

□ロックブリュン村でのサン・シニャンのテイスティング・ランチ

大勢のサン・シニャン生産者が集まって、ロックブリュン村オルブ川のほとりでバーベキュー・ランチ。サン・シニャンのクリュ、ロックブリュンが生み出されるのがこの村。

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サン・シニャンは石灰、砂岩、シストの三つの基本的土壌があり、一概にどんな味かを表現出来ないアペラシオン。とはいえ何を作ってもキメが細かく、チャーミングで、スケール感やパワー感より上品なバランスを重視するかのような性格。ビストロよりレストラン向き。だからガッツリ抽出して樽を効かせると大概失敗する。それよりは安いワインの方がいい。ここでもそれを確認した。高いワインが高い料理向けなのではなく、その逆だというのがサン・シニャンの使い勝手のよさである。広大なアペラシオンのどこでも基本品質が高いワインが出来るのはすごい。

赤がいいのは当然として、サン・シニャンの白やロゼがまた素晴らしい。写真の白はカリニャン・ブランを30パーセント含むため、中心にしっかりした柱が立っていて、アルコールが高い果実主体の単純な白ではない。珍しく三つの基本土壌のブレンドで、相当複雑。せっかく三つあるのだから、それらをうまく組み合わせたワインがもっとあってもいい。ロゼはサン・シニャンのチャーミングさ、優美さが引き立つ。

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ランチで隣に座った生産者ドメーヌ・カスタンのヴァレリー・カスタンさんは「ビオディナミに関心があり、ベルトランの本を読んだ」と。私は「ならば私のことも知っているでしょう」と言うと、「おお、あなたがあの本に出てくる田中さんですか!会えて嬉しい!直接話が聞けるなんて!」。「せっかくの機会だから少しだけワインテイスティング法やサービス法を教えます」。たとえば「ワインの瓶をもって川に行き、数秒ほど瓶を流れる水に浸してきてください」。もちろん自然の川の流れの中に瓶を入れたあとの味たるや、前とは別物のおいしさ。理屈ではわかっていたが実際にやってみたのは私も初めて。うまくいってよかった。さもなければ嘘つきになってしまう。その他いろいろとお話して、納得してもらえた。ラングドックではなぜか本来のポテンシャルが表現されていないワインに多く出会う。ちょっとしたことで見違えるおいしさになるものだ。本来このワインはこの土地とこの年とこの技法ならどういう味でなければならないのか、その理想に対して現状何が欠如し逸脱しているのか、それをどうすれば是正できるのか、といった議論をする機会が少なすぎる。せっかく世界じゅうのジャーナリストが集まっているのだから、もっと積極的な意見交換会を設定すべきだ。ランチのあとは皆でサイクリングに出かけていった。私は自転車に乗れないのでひとりカフェで考えごと1時間。サイクリングする暇があるなら、具体的な議題を複数設定して皆の意見を言う会のほうがワイン生産者の役に立つし、個人的には遊びより楽しい。

 

□ラングドックの大ネゴシアンとのディナー

シャトー・ロスピタレのレストランで、GCF、カーメル&ジョセフ、エシュト&バニエール、ボンフィス、アンテッシュ、ロルジュリル、ベルトラン、ジャンジャン、ポール・マスといった大ネゴシアンが集まってのディナー。彼らのワインを一同に集めて飲む機会もなかなかないので、非常に興味深い。

ネゴシアンワインで垂直性とビビッドな張りを出すのはむずかしい。しかしベルトランのワインはちゃんと出来ていた。自画自賛で申し訳ないが、私の考えも少しは寄与している。他のネゴシアンのワインは偏見抜きにしても水平性が勝るものがほとんどだ。いかにもトレーラーで運んできてステンレスタンクでいろいろ混ぜた、という味。そして往々にして農薬の味。ベルトランの契約農家の多くはオーガニックだし、そうでなくとも平均農薬使用量は確実に少ないはずで、それが効いている。十年前なら大差はなかった。何年か前の時点でも私が「まずい!」と文句を言っていたクレマン・ド・リムーのコード・ルージュを久しぶりに飲んだ。以前とは別物。新商品、陶器瓶入りのクレーレット・デュ・ラングドック・アディサンは出色の出来。このワインの基本アイデアは私が考えたので、これまた自画自賛で申し訳ないが、会場にあったワインの中でも特においしい。リースリング・カビネット的な酸は結構病みつきになる。是非試して欲しい。

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隣にはジェラール・ベルトランが座った。「テーブルが大きいから対面の人と話をしなくてすむからいい。あれは疲れる」と。もう少しワインの説明を全員に向かってすればいいものを、ようは本質的にシャイで話下手なのだ。当初の予定にはないクロ・ドラ2014年が出された。「出すべきではなかったかな」と聞いてくるので、「そう、不必要」と答えた。宴たけなわになり皆それなりに酔いが回ってからクロ・ドラを出しても意味がない。とりわけ繊細な2014年ならば。高いワインであるという事実に喜ぶ類の人にはそもそも出すべきではないわけだし、きちんと飲ませるなら出すべき文脈を整えるべきだ。私はレストランでいい加減な相性を放置したままただ酔っぱらっている状況が嫌いなのだ。

料理は前菜にナルボンヌ産のアーティチョーク。シャトー・ロスピタレのラ・クラープ白がぴったり。これはまさに地元同士の相性。主菜のオーブラック牛のグリルにはクロ・ドラやミネルヴォワ・ラ・リヴィニエール他多くのワインは合わない。それは当然で、オーブラックは火山だからだ。日本人の多くでさえラギオール、オーブラックのエリアは玄武岩や花崗岩だと知っているのに、当のシェフもソムリエもそのことの意味を理解していない。だから石灰岩ワインを合わせるとひどい味わいになり、火山岩のペズナスだけは予想どおりに美味しい。そうなると、オーブラック牛に対しては、ベルトランの一連のエステートもの高級ワインの中ではブートナックAOPしかチョイスがない。畑の地質が第三紀ミオセーンだから比較的石灰が少ない、という相対な話で、まあ確かに悪くはないが、カリニャンのゴツいタンニンがレアの肉によってさらにゴツく感じられる。さらにはブートナックは岩ワインではないから塊肉には合わない。ゆえにオーブラック牛のグリルはこのレストランのメニューに置いてはいけないというのが結論だ。ラングドックではこうした基本的ロジックさえ皆分かっていない。そして教える人がいない。

 

□フィトゥーの試飲

1948年にラングドック赤ワイン最初のアペラシオンとして認定されながら、近年のフィトゥーはスーパーマーケット用安物の印象が強く、なかなかまともに向き合ってもらえないワインだろう。アルコールが高くタンニンも強く粗野な南国地酒の代表。さらに樽が加わってえぐい。樽なしバージョンは単につまらないワイン。。。一般的にはそんな印象だろうか。

カリニャン主体(作付け面積の4割、その半分は古木)だからタンニンは強くなる。だから最近はMC法とステンレスタンク熟成によって早飲みフルーティタイプにシフトしている。それは総体的には正しいが、グラン・ヴァン産地の名声を復活させることは出来ない。2500ヘクタールの広大な産地を一括りにして方向づけるのは難しい。そこでサン・シニャンにおけるベルルーのように、フィトゥー内にクリュを設ける計画がある。個人的には最上のフィトゥーはバローロやブルネッロ的方向性を狙うべきだと思うから、最低2年の大樽熟成義務。カリニャン比率は50パーセント以上。平均樹齢は40年以上。除草剤殺虫剤の禁止。こんな感じでどうだろう。普通なら収量制限も規定されるが、現状でも20hl/ha台だから不要だ。もちろんフィトゥーを構成する村のうちのどこかだけがクリュになろうとしたら他の猛反対に合って実現不可能だから、全村に等しい権利が与えられる。つまりまずはデノミナシオンとして上級の村名付きフィトゥーをINAOに申請するのだ。それなら生産者全員にメリットがある。今でもフィトゥーはジビエ向きワインとみなされる。MC法のフルーティタイプと大樽2年熟成タイプとどちらがジビエ向きか言うまでもない。

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さてブラインドでの試飲結果は、まだまだ変革過渡期な印象。多くは粗いか樽が強いかつまらないか。その中で納得できるワインは、というかいかにもフィトゥーらしいなと思えて安心できたワインは、蓋を開ければ写真のように、日本でも馴染みの有名生産者だった。要するに慣れた味だった。これを順当な結果と言うだけでは面白くない。

 

□フィトゥー・モンターニュ、カスカテル協同組合でのフィトゥー試飲

ここでは新世代のフィトゥーに出会えた。ドメーヌ・ガビナート・フレスケなど初ヴィンテージが2018年でまだワインを売っていない。ここはポテンシャルがある。訪問してみて欲しい。クリアでいて凝縮度が高い、おすすめワインが写真の三本。彼らは皆オーガニックにするつもり。

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フィトゥー・モンターニュ地区にあるカスカテル村の丘は写真のようなシスト。山の上からの写真は、手前のほうの畑がカスカテル、向こうがフィトゥー村。山を越えると海に近い粘土石灰のフィトゥー・マリティムがある。モンターニュとマリティムは連続していないし、土壌も違う。なぜ一緒にフィトゥーになったのかは分からないそうだ。

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カスカテル協同組合の売店に入ると、ミュスカ・ド・リヴザルトとリヴザルト・ランシオを見つけた。カスカテルはフィトゥー、リヴザルト、コルビエールが重なっている村だ。このエリアのシストのミュスカ・ド・リヴザルトは緊密なミネラル感があり、引き締まった味で素晴らしい。35パーセントのミュスカ・アレクサンドリーが実体感を与えている。ペルピニャン近くのミュスカ・ド・リヴザルトとは似ても似つかない。ランシオは珍しくグルナッシュ・グリ単一。この品種ならではの酸味と芯の強さがいい。余韻は大変に長い。ワインメーカー自身のお気に入りらしい。これを気に入らなかったら何を気に入るのかというぐらいの素晴らしさ。それでもランシオは売れないから、2011年で生産を一時ストップ。グルナッシュ・グリはバッグ・イン・ボックスのグリワインに全量回される。あと3年は売るワインがあるとはいえ、そのあとどうするのか。歴史を終わらせてはいけない。フィトゥーは買わずにこの二本を買った。なぜならスタイルが確立して存在感があるからだ。対してフィトゥーは、ポテンシャルはあるのにいまだ迷っている。

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□フロンティニャン

亜硫酸無添加のフロンティニャン。もともと保存性を高めるためのミュータージュなのだから、べつに亜硫酸なしでも問題ないと発見。柔らかで飲みやすい。フロンティニャンを飲むたびにここはグラン・クリュだと思う。風格が違う、ミネラルの安定感が違う。だから亜硫酸無添加でもしっかりフロンティニャンの味がする。こうした方向性のワインがもっと増えて欲しい。

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好きなラングドックワインは、と尋ねられたら、「フロンティニャン、リヴザルト・ランシオ、アディサン」と答えることが多い。たぶん世界でひとりだけの嗜好か。

 

□ブランケット・メトード・アンセストラル

なぜあの場所でシュナン、ピノ・ノワール、シャルドネを植えねばならないか、いまだにわからないし、たぶん一生賛成はしないだろう、リムーの泡。ラングドックで泡を作るなら、テレットやピクプールやブールブーランクをどこか標高の高いところに植えたらいいと思う。だからクレマン・ド・リムーはいくら飲んでも心底推薦したいものには出会えない。申し訳ないが、おいしいまずいというより、それがラングドックの泡というジャンルを一手に引き受けている状況、それがラングドックらしさだとみなされる認識、シャンパーニュと同じブドウを用いてしまう存在意義に疑問がある。

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しかしモーザックのアンセストラルは別だ。無理して早摘みした味ではない、必然性を感じる説得力のある味がする。いろいろ飲んでベストはこの写真のワイン。エネルギー感に余裕があり、質感に弾力性と厚みがあって、太くゆったりとした余韻に続く。ただアンセストラルは甘いので、デザートワインだ。もともとりんごの味がするし、順当にりんごのデザートに向く。

 

□ブートナックのセミナー

ラングドックのクリュのひとつ、ブートナック。カリニャンを30パーセントから80パーセント使用しなければならない、カリニャン主体のワイン。カリニャンは熟度が不足すると粗いタンニンが目立ち、香りも青いが、ブートナックでは極めて滑らかなタンニンとなり、なおかつ十分なボディも得られる。そしてカリニャンならではの垂直性と酸もあるから、IGPの単一品種ワイン(ブートナックのアペラシオンはブレンドが必須)でもバランスがいい。表土を覆う珪岩の砂利のおかげでもあるし、樹齢の高さゆえでもある。またブートナックは、1937年にモンペリエ大学フランジー教授によって発明されたMC法をいち早く採用し、カリニャンに関しては多くが全房発酵。これもユニークな特徴で、 ブートナックの個性の一因となっている。

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もともとラングドックに多く植えられていたカリニャンはフィロキセラ以降に改植されたが、ブートナックでは生き残り、今でも自根のブドウが見られる。ブートナックの深々とした味の理由のひとつは自根にある。自根ファンなら、フランスではブートナックに注目すべき。残念ながらもうそろそろ寿命が尽きるだろうから、その前に買って欲しい。

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ブートナックの地質年代はミオセーンであり、礫岩に石灰が含まれるとはいえ味には石灰を感じないし、岩っぽい畑ではないから芯があまりなく柔らかい。地質地図上で、例えばヴィルマジューの位置を見て欲しい。ジェラール・ベルトランの実家ヴィルマジューはローマ時代から続くブートナック最古のエステートであり、このアペラシオンの基準となるものだ。ブートナックはカリニャンのイメージからゴツいワインだと思われがちだが、事実は逆で、喩えて言うなら和牛のシチュー向けのワインである。

現時点での名前はコルビエール・ブートナックだが、今年の末にはコルビエールの名前が落ちてブートナックになるらしい。コルビエールとはずいぶんと違うリッチな味だし、コルビエールの決して高級とは言えないイメージからしても、コルビエールの延長線上にブートナックがあると消費者に思われない方がいい。

 

□ブートナックの試飲

セミナーで供されたワイン以外で、ブラインドテイスティングの結果のおすすめは写真のもの。甘く強くムッチリしつつ堅牢。ブートナックもまたグラン・クリュらしい風格がある。

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□ラ・リヴィニエールの試飲

圧巻のエネルギー感。顕著な垂直性。長い余韻。バランスがよいから単体で飲んでいるとそこまで力強いとは思えないが、他と比較すると桁はずれ。まぎれもなくグラン・クリュ。ラ・リヴィニエールらしい、とりわけ風格のあるワインは写真のもの。

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このアペラシオンのキャラクターはどれも一貫している、つまりアペラシオンとしてきちんと成立している。ミネルヴォワの中にありながらミネルヴォワとはやはり違う。最初からそうだったわけではない。十年前はもっとバラつきがあった。生産者間のコミュニケーションと各人の努力なしにはこうならない。ラ・リヴィニエールは尊敬に値する産地だ。現状のアペラシオン名、ミネラルヴォワ・ラ・リヴィニエールは年末にはただのラ・リヴィニエールになる予定。着実に、あるべき方向へと進んでいる。

しかしラ・リヴィニエールの名前と質と味の連関が消費者に理解されていなければ意味がない。それ以前にプロが理解していなければ消費者に伝えられない。日本ではまだまだ。時間がかかる。

 

□コルビエール

コルビエールは巨大なラングドックの中でも最も巨大なアペラシオンで、面積は1万ヘクタールを超える。これではコルビエールらしさを抽出するのは難しい。それでもひとつ共通した感想がある。コルビエールの赤は繊細すぎて、頼りなく、好きではない、ということ。なぜか日本ではコルビエールの赤をよく見かけるが、この線の細さ、暗さ、声の小ささがいいと思う人が多いのか。ロゼも同じ印象だから、品種(シラー、カリニャン、グルナッシュがほぼ同じ栽培面積)とテロワールの相性としか思えない。自分にとっては、全体としてコルビエールは白の産地だ。超少数意見なのは知っているが、テイスティングしてみた結果がそうだ。甘くてチャーミングでポジティブ。赤より大きく余韻が長い。飲んでいて気持ち良い。コルビエールの白はこんなに美味しいワインだったかと驚かされた。ビオディナミのラ・バロンヌは別格的に風格があり、チャーミングという言葉では片付かないシリアスさも備える。オーガニック栽培面積は2017年の時点で1245ヘクタール、転換中が407ヘクタール。分母が大きいだけにこの数字も大きい。これはいいことだ。

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コルビエールは全体に乾燥した土地で、異常な大雨だった去年を除いて近年では300ミリしか雨が降らない。粘土が多いためにそれでもなんとかなってはいるらしいが、さすがにINAOもブドウに過大な渇水ストレスがあると証明出来る時に限って灌漑を許可。これからコルビエールはどうなるのか。

 

□■コルビエール・マリティムとフィトゥー・マリティムを船上で飲む

グリュイサン(ラ・クラープ)の港からルカート(フィトゥー)の港までコルビエール・マリティムの生産者と一緒にカタルーニャ方向にクルージングしながら、ワインをテイスティング。

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▲海の向こうにスペイン国境ピレネー山脈、そしてその端にバニュルスの岬が見える。

コルビエール・マリティムはフィトゥー・マリティムと重複しているエリア。つまりフィトゥー生産者が造る白はコルビエールになる。フィトゥーの素晴らしいテロワールは白を造っても明白で、しかし値段は安く、狙い目だ。浜町などという目一杯海な名前の町に住む私には、海沿い産地のミネラルに親近感がある。基本的に海洋民族である日本人ならそれが普通だろう。

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ランチは膨大な数の生牡蠣、ムール貝、イカ、鴨の心臓。今日の牡蠣は石灰の味がする。一番合ったのはアベイ・サント・ウジェーヌのマカブー。いかにもコルビエール・マリティムな穏やかさと明るさを備えてまとまりがいいのは、シャトー・モンファン。この中庸さは使える。既に日本でも名高いビオディナミ生産者マス・デ・カプリスの白はマカブーとグルナッシュをコンクリートエッグで混醸。さすがに別次元の立体感と躍動感。柔らかく腰が座っていてイカにぴったりだ。

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フィトゥー・マリティムは昨日のフィトゥー・モンターニュとは打って変わってしなやかな果実味と滑らかなタンニン。マス・デ・カプリスのフィトゥーはシストと石灰が接するフィトゥー村からなので、シストと石灰の2種類のワインがある。シストは重心が高く硬質でスパイシー。石灰は重心が低くソフトでフルーティ。前者は鴨の心臓にはぴったりで、後者は赤だがイカと合う。シャトー・レ・フェナルは両者の土壌をブレンドして、見事な垂直性を形づくる。気負ったところのない滑らかで優しいワイン。邪念なし。そして考えられないほど安い。以前から好きだったがさらに美味しくなっている。こういうワインが日本でも普通に売っていて欲しい。興味深いのはシャン・デ・スールの亜硫酸無添加フィトゥー。クリーンな味で、フワンと広がり、チャーミング。無添加だと確かに海のワインなのだとよく分かる。極少量生産で高価。シャン・デ・スールは白に関してはオーガニック。赤は古木のゴブレなのでオーガニック栽培ができないとか。

それにしても、沖合で飲むワインの圧倒的な美味しさといったら!海風に吹かれて心地よいからではない。乗り物酔いする自分には船は地獄だ。それでも同じワインなのに、陸上と海上では力強さ、生命感が違うと分かる。クルージング出発前と沖合の30分の時間差で飲んで記憶内比較ができないわけがない。船の上でワインをテイスティングしたのは初めての経験で、未知の世界を見て衝撃を受けた。つまり、携帯やらWi-Fiやらワインに愛情のない無関係な人たちの悪い気やらの影響が海によって遮断されていれば、どれだけワインは本来のポテンシャルを発揮するか、ということ。ないし、海の揺れが特別な効果を与えるということか。

地中海は穏やか。レバノンやイスラエル、もちろんギリシャやイタリアから、古代の帆船でも難なくフランスに渡航できたことだろう。ワインが広まらなかったはずもなく、またローマ帝国が拡大しなかったわけもない。こうしてみると、日本の海は荒い。荒くなかったら、日本はとっくに他国の一部になっていたか、戦争で荒廃したか、少なくとも他の文化になっていただろう。白村江の戦いの後に追撃がなく、弘安の役で諦めてくれて良かった。

 

□ルカートで生牡蠣とミュスカ

洋上テイスティングの終着点、フィトゥー・マリティムのひとつの村、ルカートで、地元のミュスカと生牡蠣、生ムール貝、生アサリを試す。ルカートの牡蠣は石灰の味がする。美はふっくらして、味の構成は引き締まり、ものすごく美味しい。これはテロワール・エ・ミレジムのイベントのあとに訪れた場所だが、話の流れから、ここに記す。

 

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ミュスカ・セックは生の貝に最も合うワインだ。なぜならは全品種の中で最もキメが細かくツルツルしているのがミュスカだからだ。貝はすべてツルツルしている。ミュスカは香りばかりに注目されるが、質感にも着目しないといけない。しかしミュスカならなんでもいいわけではない。ルカートは海に囲まれた畑であり、味にヨードっぽさが加わり、また気温差が少ないため、香りが華美にならないのが逆にいい。さらにはルカートの土壌は石灰ね丸い砂利を含む、つまり、土っぽいのであって、その柔らかさが魚貝向けなのだ。  

ミュスカ=貝、という単純な覚え方をしてはいけない。あくまで石灰な貝とルカートのミュスカ・セックが合うという話だ。貝に石灰の味がしないなら、ピクプール・ド・ピネのエリアに植えられたミュスカ・セック、ないしはリュネルのミュスカ・セックといった選択肢が考えられる。

料理向けのワインとしてのミュスカの可能性を深く考えることができる機会だった。しかしこれらのミュスカは日本に最も入ってこない類のワインだ。論理的に考えれば、生の魚貝の宝庫たる日本には非石灰のミュスカが絶対に必要なのにもかかわらず。なぜそうなるかは火を見るより明らか。日本では香りでワインを判断する比重が大きいからだ。ワインは第一義的には香りで料理と合わせるものではない。そんな粗暴な捉え方では一生ミュスカは浮かばれない。

 

 

□ミュスカ・ド・サンジャン・ド・ミネルヴォワの試飲

スッキリ冷たい山のミュスカが欲しいなら、サンジャン・ド・ミネルヴォワ。非常に石灰っぽい味。タイトで固い。単体で飲むと、たぶん全ミュスカ酒精強化ワイン中最も美味しいと思う人が多いはずだが、デザートにもフォワグラにも難しい。甘口ワインを合わせる食べ物はカントゥッチ等除いて大半は柔らかい。ピスタチオの食感を生かしたレモン風味の何か、ならどうか。夏のデザートにソーテルヌやSGNはしつこいだろうから、概してラングドックのVDNミュスカがいいと思う。

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□ナルボンヌのワインレストラン、ガイアでの、ミネルヴォワ試飲会

先日の日本でのセミナーでは私が講師を務めた、ミネルヴォワ。その時も言ったように、ミネルヴォワは内向的な凝縮感と滑らかさと熟度と堅牢さが特徴。典型的地中海型のんびりおおらかタイプではないから、パーティー用というより、真面目なガストロミー用。生産者たちはラフな南国イメージを作り上げているが、それでは誤解される。クリュであるラ・リヴィニエールを見てほしい。恐ろしくシリアスで高貴なワインではないか。

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コルビエールと同じ、いやそれ以上に、赤ばかり。しかしミネルヴォワの白は高いポテンシャルがあり、緻密でミネラリー。Caihol Gautrand の白Villa Luciaはこの試飲会での白眉で、テレットを理想的な形で使用。私が頭で考えていた理想のラングドック・ブレンドの形に近い。よくあるグルナッシュ、ルーサンヌ、ヴィオニエ、ヴェルメンティーノのブレンドでは陰陽バランスが取れないのだ、と、これを飲めば誰もが理解出来る。これからオーガニック認証を取るし、さらに期待していい生産者。亜硫酸無添加の赤もセンスの良さを感じる。

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 バルービオのミュスカ・ド・サンジャン・ド・ミネルヴォワは常に安心の出来。今回出されていたワインは、ミュスカを遅く摘んで、ミュータージュを極小に抑えたVDN。酸は低くなるが、より粘りが出て味が濃く、リッチなデザートやチーズ向け。これは役に立つ試みだ。

ドメーヌ・カンタローズは広い畑を所有しているが、大半のブドウは協同組合に売って安定した収入を得、良いブドウだけで自分の好きなワインを作るとか。うらやましい限り。だからワインには算盤が感じられずに飲んでいて気が楽だ。「ステンレスタンクがあなたの望むことの足を引っ張っている。ファラデーケージの問題にはちゃんと対処しないといけない」と言うと、「だからこれから地元陶器の甕にする」と。世の中良い方向のワインが増えてきて嬉しい。そしてここも近いうちにオーガニックになるはずだ。

 

□グリュイサンの海辺でのラ・クラープ試飲ディナー

ラ・クラープの南、グリュイサンの海辺にある魚料理店、La Boile Blancheでの、ラ・クラープのテイスティング。料理は写真のような魚、エビ、貝の串焼き。いかにも海辺。

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ラ・クラープは紛れもなくグラン・クリュ。赤はバンドールと並ぶレベルの高品質なムールヴェードルを軸とした、極めて高密度なミネラルとラングドックでたぶん最もシルキー(ベルベッティではなく)なタンニンを備えるワイン。海側はよりゆったり。山側はよりかっちり。白はブールブーランク主体。こちらは赤以上に海側畑と山側畑で性格が異なり、前者はトロピカルな厚みのある果実感とどっしりした安定感、後者はくっきりした緊張感のある冷涼さが特徴となるが、どちらも余韻が極めて長い。

個人的には海側の白が一番興味深い。なぜならフランス白ワインの中で、魚に合うグラン・ヴァンは本当に少ないからだ。ラングドック委員会のベルナールさんに、「フランスでは一般的に魚にはいったい何を合わさるのか」と聞くと、「シャブリかミュスカデ。最近ではピクプール・ド・ピネも人気。酸の高いワインが合うとされている」。酸で魚の味を流そうとするのだろう。魚が好きではない国民なのか。そもそもシャブリをはじめとするブルゴーニュは典型的な内陸ワインだから、新潟のノドグロに岐阜の酒を合わせるようなものだ。ミュスカデはクリソン等いくつかのクリュを除いてリッチな高級料理に対しては厚みや余韻や風味の複雑さに欠けるものが多く、さらに質感が固くて酸が強すぎ、魚にはなかなか合わない。ボルドーの白はこれまた固くて酸っぱいものが多い。地中海に魚は沢山いるのに、地中海の白はどこにあるのか?プロヴァンスのカシーはソービニヨンやコロンパールが入っているから案外北方系の味で、必ずしも地中海の味ではない。他のプロヴァンスはロゼばかりだ。では海沿いの白ワインは、と言えば、誰しもピクプール・ド・ピネと考える。実際に人気だ。しかし、よいワインとはいえラ・クラープと並び立つほどのグラン・ヴァンではない。

こうして見ると、フランスは赤ワインばかりでまともな白ワインが少なすぎる。だから地中海に面した傑出したクリュであるラ・クラープの海側白ワインは貴重な存在なのだ。重心が低くリッチで酸が低く大きく柔らかく、しかし緩さが皆無で構造は明確。魚とワインの相性をまともに考えようと思っているフランス料理店は(日本もフランスも)、これを置くべきだ。

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いかにも海側白らしい味は、Chateau Marimorieres。山側白らしいのはChateau Ricardelle。そしてChateau L'Hospitaletはビオディナミだけあってさすがのダイナミズム。一緒に食事したDomaine Ferri Armaud も世代交代してこれから伸びそうだ。日本には輸出していないが日本が好きで、今年の春はもう花見をしながら、去年の夏には富士山頂上で自分のワインを飲んだとか。今年の冬も行きたいと言って、隣の母親にたしなめられていた。日本に行く前は寿司とか日本酒とかまずいと思っていたそうだが、本物を経験して衝撃を受けたとか。春には神戸にも行って神戸牛に魅了され、いったいフランスにある日本食はなんなんだ、と。日本に観光に来てもらうのはいいことだ。来れば多くの人が日本ファンになる。日本のフランス料理はフランスの日本料理よりはいいだろう?と聞くと、ノーコメント。うーむ。

海の家食堂でのテイスティングは楽しいが、シンプルな料理ではワインの前に跡形もなくなる。ラ・クラープが相応しいのは複雑且つ良質な料理だ。世界じゅうのワインファンがそういった認識を共有するまでは、まだまだ努力しなければならない。

 

 

□ピク・サン・ルー訪問

久しぶりのピク・サン・ルー。畑の向こうに見える左の山がピク・サン・ルー、右がロルテュス山。畑には白亜紀の白い石灰の礫が積もり、土も白っぽい。場所によっては黄色いジュラ紀の石灰の礫。多くのワインは両者の土壌から造られるとのこと。こうした石灰の斜面のみがピク・サン・ルーAOPで、斜面下のマルヌ土壌はIGP。こんなに白い土なら白ワインも美味しいかと思いきや、小さくて短い。分からないものだ。

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ピク・サン・ルーは1956年の霜でいったん全滅している。その後、どの品種を植えるべきかを模索して、現在のようなシラー主体(規定では50パーセント以上、実際のワインはもっと多い)にグルナッシュを混ぜたスタイルが70年代にできあがり、80年代に20軒のワイナリーが自社瓶詰めを始めて評価を得た。産地名付きのラングドックAOCに認められたのは1994年。若い産地である。

降水量はラングドックでは、いやフランス全体を見ても例外的に多く、1000ミリに達する。しかし内陸にあって山に囲まれているから夏の日中の気温は40度、夜は15度と激しい気温差。これがしっとり感、熟度、高い酸をもたらし、シラーにとって最適なテロワールとなる。十年以上熟成させた冷涼年(例えば2008年)のピク・サン・ルーはまるでブルゴーニュであり、そこが人気の理由だろう。好き嫌いは別にして、赤ワインの質は見事の一言だ。オーガニック比率は四割を超える。それも平均品質を高めている。

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好きな生産者は写真のMas Peyrolle。自分で理科系と言うし、線がくっきりして真面目で安定した味がする。ピク・サン・ルーはその方向でいい。赤も当然良い出来だが、ここのロゼが例外的に美味しい。多くのプロヴァンス的な実体感のない酸っぱいピンクワインが嫌いだそうで、話が合う。きちんと重心が低く、適度な厚みと粘りがある。しかしピク・サン・ルーらしさは彼の赤ワインのほうに遥かに感じられる。他のロゼは知る限りすべて美味しくない。

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ピク・サン・ルーは繊細さや酸を失っては意味がない。あくまで北方的な細やかな山ワインとして評価しないといけない。以前は無理に強い味にしたものもあったが、白い土のワインは白い土らしく造ふべし、と皆理解したようだ。ゆえに牛肉ステーキには合わず、基本は鶏肉やラムだろう。それなのにランチには牛肉ランプのステーキが出てきた。もちろんどのワインともまったく合わなかった。

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パリでも地元でも、ピク・サン・ルーをカジュアルな文脈に押し込めるきらいがある。それこそ北方民族による地中海文化の低位固定化であり、ピク・サン・ルーのテロワールが備える高貴さに光をあてる努力が必要だ。それはピク・サン・ルーに限ったことではないが。日本での使い方としては、通常ならブルゴーニュの上質なピノ・ノワールがぴったりな鴨や鳥系ジビエと合わせるのが分かりやすいだろう。本当ならブルゴーニュ一級が合うが値段的にあり得ないという状況は多い。そこで村名や地域名になってはまったく意味をなさない。その値段なら、十年熟成させたピク・サン・ルーがお勧めだ。

 

□まとめとして

飲むたびに品質向上が顕著だと分かる、まだまだ伸びしろのある産地、ラングドック。しかし技術が表に出ることは少ない。それを上回る自然の力強さこそラングドックの魅力だからだ。ブドウが本来育つべき場所に育っているかのような安定感を欲するなら、人為優勢の産地のワインでは物足りなくなるか、落ち着かなくなるものだ。ワインから力をもらいたいなら、フランスにおいてまっさきに考慮すべき産地はラングドックである。フランスワインの新世界とのキャッチフレーズだが、私はそうは思っていない。歴史的事実として、フランスワインにおける初源の地、むしろフランスワインの中の旧世界がラングドックなのであり、その歴史に支えられた完成度という側面を忘れてはいけない。

ラングドックのテロワール別AOPは基本どれも1000円台のワインではなく、3000円台超のワインだ。我々はAOP、IGP、ペイドックのヒエラルキーとそれぞれの役割に対してもっと意識的にならねばならない。単純化するなら、ペイドックは高CPヴァラエタルワインの産地としてのラングドックに対応し、IGPはテロワールの魅力を創造的に表現した楽しいワイン産地としてのラングドックに対応する。これらふたつは確かに“新世界”と呼んでもおかしくはない。しかしAOPは違う。自然・歴史・伝統・文化が一体となったものがAOPであり、知的感性的両側面での真摯な取り組みを消費者側にも要請するワインである。ラングドックのテロワール別AOP(つまりジェネリックなラングドックAOPやコトー・デュ・ラングドックAOPを除く)はそれぞれ確たる個性をもっている。その個性を探求する努力に対して、ラングドックは必ずや豊かな見返りを用意している。それが分かれば、いまだラングドックは恐ろしく安い。しかしAOP、IGP、ペイドックの役割分担を理解せず、ただひとつのラングドックとしてしか把握できないと、この広大な産地のいったい何のワインをなんのために買えばいいのかも見えず、結局は安いワインを価格で選ぶことになる。それが長らく続いて改善の兆しがなかなか見えない日本の状況である。

ゆえに我々はまず、まさに冒頭に記したように、それぞれのAOPの本質を、その判断の基準点を見定める努力をまずしなければならない。その理解のあとに、本質に沿ったワインの使用(料理との相性等)を創造的に行うことで、ワイン消費が正しいアール・ド・ヴィーヴルとなる。道はまだ遠いが、行くべき方向は明確だ。

 

2018.07.19

Domaine Charton, Mercurey, Bourgogne

 コート・シャロネーズの赤は最近おいしい。堅牢さとシリアスさのジヴリーもいい。繊細さと透明感のリュリーもいい。そして肉厚さと果実味のメルキュレもいい。それぞれキャラクターがはっきりしているし、何より価格が比較的手ごろだ。

10年前ぐらいまでは、コート・シャロネーズといえばクレマン・ド・ブルゴーニュが有名だったし、リュリーの白の評価が特に高かったと思う。赤は、タンニンが粗くて薄くて抜けが悪いといった印象ではなかったか。気候変動がコート・シャロネーズの赤にはプラスに働いているかも知れないし、何より生産者の意識が高まっている。ドメーヌ・シャルトンの若き当主ヴァンサン・シャルトンに、「なぜメルキュレは最近揃っておいしくなったのか」と聞くと、「世代交代した若い生産者たちが一緒になって盛り上げているから」だという。それは他のドメーヌでも聞いた話だ。

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あか抜けて品のあるメルキュレのドメーヌの名前を挙げよ、と問われれば、たぶん多くのメルキュレ・ファンはドメーヌ・シャルトンを思い起こすだろう。現当主ヴァンサン・シャルトンの祖父はブシャール社の社長を務めた人。ブシャールのメルキュレの畑はその後ルイ・マックスに買われた。シャルトン家もメルキュレにいくばくかの畑を所有し、ブドウを栽培してはいたが醸造はしていなかった。しかし父親ジャン・ピエールはワイン造りまでしっかり面倒を見たいと思い、ワイン生産者に。その後ルイ・マックスの畑の一部は日本人イザワ氏の手に渡る。イザワ氏の資産管理人はパリに住んでおり、彼は2013年から2014年にはその畑をドメーヌ・シャルトンに賃貸しし、2015年には彼らに売却した。数奇な運命である。しかし所有すべき人のところに畑が返ってきた感がある。

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ヴァンサンが父と共にワイン造りを始めたのは2008年、2011年からは彼単独で仕込むようになった。それからオーガニックを試してみたが、「エコセールから派遣される人たちは何も畑のことを知らないのにあれこれ指図するのがいや」で、認証を取る気はないが、実質はオーガニックで、彼の表現によれば「リュット・レゾネ+++」だ。あくっぽい雑味がなくしなやかに伸びる味わいに、その成果は容易に見て取ることができる。

メルキュレのテロワールについて聞くと、「南向き斜面は白い土でごつごつした味、北向き斜面は鉄分の多い赤土でエレガントな味」だという。メルキュレの畑は、大きく分ければ、北西から南東に抜ける村の大通りを挟んで二つの大きな丘(実際は相当複雑な形状をしているが)に位置している。温暖化にとっては有利な北向き斜面がピノ・ノワールに好適な粘土石灰質土壌であるなら、メルキュレの赤が最近おいしい理由も理解できる。その南西側の丘の中でも一級畑は東向き、村名畑は北向きが多い。日当たりが悪いところが村名畑なのだが、今ではむしろ日当たりが悪いことはプラスにさえ働く。全体として見た場合、メルキュレの村名赤ワインが一級ワインと比べて遜色がない理由のひとつもまた理解できる。

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メルキュレ村のワインは地域名ブルゴーニュも質が高い。このドメーヌのブルゴーニュ・ブランは、シルト・粘土質土壌の南西向き斜面に植えられた樹齢40年のブドウから出来る。地域名としては傑出したスケール感と力強さがあり、いかにもメルキュレらしい重心の低い粘り感が好ましい。多くの人がシャルドネに期待する特徴が見事に表現されているワインだ。一級クロ・デュ・ロワの白はさすがに繊細で上品で垂直的なのだが、つまり教科書的ワインテイスティングでの評価からすれば優れたワインなのだが、重心が高く、地域名よりはるかに固く、使い勝手は(特に値段を思えば)地域名のほうがいいのではないかと思う。これはワインを単体でしか評価しない人には分からないだろう。どのみちそういう人はモンラッシェ絶対主義だろうから、グラン・クリュを彷彿させるワイン=いいワインという価値尺度しか持っていない。そのような考え方の問題は、1、ならばモンラッシェだけ飲んでいればよい。2、とはいえモンラッシェは高価なので買わない。3、ましてレストランではモンラッシェはオーダーしない。4、なぜ多くのクリマがあり、何万種類ものワインが存在しているのか、理解していない。5、コート・シャロネーズは単に劣った産地としか映らない。6、食卓での機能性を理解していないために、料理に対して合うワインを選べない。私のような一般人からすれば、そういったブルゴーニュワイン通は迷惑な人たちだ。

常識として考えて欲しい。コート・シャロネーズのワイン、特に地域名は、鑑賞用ワインではなく実用ワインだろう。ならば実用ワインを評価するにふさわしい価値尺度で見ていかねばならないのであり、そこで超高級ワインとどれだけ似ているかなど、どうでもいい。メルキュレ村の地域名白ワインのプライスポイントは多くのカジュアルなフランス料理店にぴったりだ。有名な村の3万円の一級、10万円の特級をその場でふつうに飲んでいる人などごく少数。適切プライスポイントでいかに適切に機能するかが大事なのだ。これこそが重要なのだが、多くの人はブルゴーニュの白ワインを魚料理と合わせるだろう。大半の魚介類は重心が低く、フランス料理に登場するすべての魚料理は質感が柔らかい。だから岩だらけの表土の薄い斜面の上の畑から産出される白ワインは、固く、重心が上だという点で、好ましい相性とはならない。原理的に合わないワインを、そうと分かっていながらレストランで飲むのは、レストランが表現する崇高なマリアージュ芸術への破壊行為であり、ワインに対する冒涜である。私がドメーヌ・シャルトンの地域名白を一級白よりも評価する理由をお分かりいただけただろうか。

赤の地域名も興味深い。タンニンは少なく、酸もなく、骨格も弱く、ゆえに一般的な評価基準からすればしょうもないワインだとみなされるだろう。しかしそのような味であるがゆえに、タンニンで切るべき余分な脂肪がなく、酸が少なく、柔らかい質感の料理(煮魚等、そのようなものは沢山ある)には最高の相性となる。この厚みのあるフルーティさはいかにもメルキュレの地域名だし、この質感の洗練度と香りのピュアさはいかにもドメーヌ・シャルトンだ。

村名メルキュレの赤は南向き斜面の最下部のリューディ、シャピトルから造られる。重心が低く、ジューシーで、ゆったりした味わいと、スパイスや黒系果実のケーキのような香りが心地よく、メルキュレらしさが全開だ。20%は全房で発酵し、ピジャージュはまったく行わず、新樽25%で熟成という造りがセンスがよい。特に2016年は霜で相当な量のブドウを失い、通常1万本のところをこの年は4千本しか生産できなかったというだけあり、凝縮度が高い。和牛のシチュー等にぴったりだろう。繊細で酸が高く硬質なミネラル感のある重心が高いピノ・ノワールならありすぎるぐらいあるブルゴーニュで、こうしたキャラクターのワインは貴重だ。

収量が少なければいいというものでもない。1級ラ・シャシエの2016年はヘクタール当たりの収量38hl。確かに力強く、しっとりした質感はさすがだと思うが、どこかエッジが立ち、酸が固く、黒系スパイスの香りが重たすぎる。それに比べて2017年の収量は45hlと多いが、それが好ましい軽やかさと抜けのよさをもたらし、質感の細やかさと酸のまろやかさも調和がとれ、全体としてはるかに完成度が高い。これはコーヒーの粉と水の量のバランスと同じ話だ。ラ・シャイエを飲んで私は「クローン115の味がする」と言ったが、聞いてみるとたった1%のみが115だという。その割には独特の風味が目立つ。115は完熟させないとタンニンも粗く感じるように思える。115828777と同じ日に収穫したのなら、それは間違いだ。そのことはヴァンサンに伝えたし、彼も納得していたから、今年から意識してくれるのではないか。

メルキュレの中で最上の畑とされるクロ・デュ・ロワはさすがの出来。2016年独特のエッジやスパイシーもあるが、それがフローラルな香り高さとあいまって複雑さをもたらし、分厚い果実味に包まれてタンニンも目立たない。垂直的で伸びやかな、典型的に優れた一級畑の特徴を備えつつ、メルキュレらしいずっしり感があり、重心が低いのもいい。

どれを飲んでも知的な輝きのある、迷いのない味。現代ブルゴーニュらしいさらっとした冷たい個性になるかと思いきや、適度なところで踏みとどまってスタイル重視にならず、それぞれの畑の特徴が素直に表現されている。ヴァンサン・シャルトンは決して有名ではないが、これからもっと知られるべき存在だと確信している。

2018.07.18

Domaine de Clos des Rocs, Loche, Maconnais

 マコネは現在微妙な位置にある産地です。昔ならお買い得なブルゴーニュ白ワインとして、全白ワインの中でも最も安心できる存在だったのですが、今では相当に高価。とりわけプイイ・フュイッセをはじめとするクリュのワインは高い。それなら他にいろいろな選択肢がありますし、もはや白ワインといえばブルゴーニュでなければならないという時代でもない。クリュ・マコネはどうあるべきなのかを考えるために、久しぶりにマコネ地区を訪問しました。

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▲整理整頓感のあるドメーヌの中庭。ワインの味もあか抜けている。


 プイイ・ロシェの生産者としてトップクラスの評価を受けるドメーヌ・ド・クロ・デ・ロック。フランスでル・ポワン誌のワイン特集号の表紙を飾ったことで、いまでは知らぬ人がいないドメーヌ。フランスのみならずイギリスで人気が高いのがよく分かる、クールで知的な味。クリマ違いで5つのプイイ・ロシェを作ります。それぞれ違う味なのは当然ですが、どれも帯に短し襷に長しの味。単一クリマワインではこうなります。ブルゴーニュ中単一クリマのワインばかりで本当にいいのでしょうか。ひとつひとつのワインについてコメントする気にはなりません。してはいけないとさえ思います。そうしてしまえば、クリマAがクリマBより優れているという話の方向にならざるを得ない。しかし、その視点そのものが間違いなのです。

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▲裏手にあるクロ・デ・ロックの畑。写真を見て分かるとおりの盛り上がった丘で、いかにもおいしそう。

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▲畑の下にある樽熟成庫には石灰岩の母岩が露出している。その割れ目からブドウの根の先端が見える。これを見れば、ワインのミネラリティ―について理解できる。

 当主オリヴィエ・ジルーは、同じプイイ・ロシェの中で5つものわインを造る理由について、「それぞれのテロワールを生かすため、お客さんの好きなワインを選んでもらうため」と言います。以降は彼と私の会話です。
T「それはグランヴァンの思想ではない。グランヴァンは究極を求めるものだ。絵に喩えるなら、クリマは絵の具であって、それを理解した後に、より完全な形になるように構成しなければならない。クロ・ド・ヴージョに残る中世の巨大なプレスを見よ。あれでどうやって単一クリマワインを作れるのか。なぜブルゴーニュにおける歴史的なクリマの確定が単一クリマワインの生産とイコールになってしまうのか。だからドン・ペリニヨンのやったことが正しい。それぞれのクリマの個性を見極めて、それらを正しく組み合わせてグランヴァンを作ったのだから。あなたはビバレージを作りたいのか、それともグランヴァンを作りたいのか」。
G「ではあなたが最近飲んだ中でグランヴァンの具体的な名前を挙げてくれ」。
T「グラヴナーのオスラヴィアのリボッラの最新ヴィンテージ2008年。彼がやってきたことの到達点といえる究極的な完成度だ」。
G「そんなよく分からないワインの名前を挙げられても知らない。ブルゴーニュのグラン・ヴァンは何か」。
T「グラヴナーを知らないと言われても困るが、ブルゴーニュで言うならクロ・ド・ベーズ。あれは4つの地質のブレンドだ。だからいい。クリマ=単一地質ではない。多くのグラン・クリュは単一地質ではない。あなたの考えは間違っている」。
G「白ではなにか。私にとってはコシュ・デュリのムルソー・ぺリエールだが」。
T「現状のブルゴーニュの白に本当のグランヴァンはない。単一地質単一品種では無理だ。だからどれもこれもフラットでシンプルな味になる。ムルソーというなら、ペリエール・デュスからシャルム・デュスーまでを混ぜたらグランヴァンになれるかも知れない。論点を明確にするため、これから5つのプイイ・ロシェを僕がブレンドする」。
 そう言って、5つの地質をある順番でブレンド。個人的にはより大きくより複雑でより長いワインになったと思いますし、彼の表情もそれなりに納得していることを思わせましたが、彼は黙っていたので実際のところ何を考えていたのか知りません。
T「しかし理想は、・・畑は3日遅く夕方に収穫、・・畑は朝早く、・・畑は正午、・・畑は朝から夕方まで3回収穫。ブレンドの原料としてのワインと単一クリマワインでは収穫の考え方が違う。個々の畑が全体のために貢献する特徴を考えればそうなる」。
G「では収穫の時に来てくれ。全量買ってくれるならそうしてもいいが」。

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▲全種類のワインを試飲して議論。

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▲プイイ・ロシェの地質図。畑ごとにずいぶんと異なるのが分かる。だから別々のワインにする、というのが現代主流の考え方。だから適切に混ぜてより複雑な構築力のあるワインを造る、というのが私の主張


 モンラッシェならまだしも、プイイ・ロシェで単一クリマのワインを造れるほど、土地にポテンシャルがあるとは思えません。しかしそれはあくまで単一クリマならば、という前提です。プイイ・ロシェじたいにはポテンシャルがあります。三畳紀までを含むいろいろな地質が入り混じっているということは、プイイ・ロシェは団体スポーツのようなものだと考えた時に本当の力が発揮される産地なのだと思います。サッカーチームをバラバラにして100メートル走の試合に出してはいけません。
G「シャトー・フイッセの高いキュベは単一クリマではないか」。
T「だからシャトー・フイッセは安いブレンドの方が美味しいのだ」。 

 オリヴィエさんは深く物事を考える生産者ですし、醸造家として才能があるのは飲めばたちどころに分かります。ただ、今の方向性では将来の展望が開けず、袋小路に陥るのが目に見えています。分断、分析のあとに統合を目指さねばならない。しかし誰からもそんなことは言われたことがないようです。そりゃそうでしょう。今では泣く子も黙るオリヴィエ・ジルーです。最初は「またこういう単一クリマワインか。言ってもしょうがないから何もコメントしないで帰ろう」と思っていたのですが、「意見を言え」と要求されたので素直な感想を言ったまでです。私はその場では美辞麗句を並べて後になって当人のいないところでまずいと言うようなことはしたくない。問題点も解決法もわかっているなら、なぜ当人に伝えないのかと常々思います。

 しかし、ここで論点としていることはこの個別のドメーヌにのみ該当するわけではありません。ブルゴーニュ全体いやフランスワイン全体に該当することです。複数の畑のブレンドを造るためには絵具の色数が多いほうが有利です。ですからネゴシアンの潜在能力は今皆が思っている以上にあるはずです。さいわいドメーヌ・ド・クロ・デ・ロックはたくさんの区画を所有しているので、色数には不自由していません。あとは刷毛で単色の絵具を布に塗ったようなものを絵画と呼ぶのがいいか、それとも多数の色で何かを描くものを絵画と呼ぶのがいいのか、という問いに自ら答えるだけです。仮に単色の絵具しか所有していないなら、それにふさわしい技法を発明しなければなりません。例えばイヴ・クラインはICB一色しか使いませんでした。そこで阻害要因となるのは、フランスにおけるアペラシオンワインの製法の自由度の少なさですが、できる範囲で創造的になるしかありません。いずれにせよ、地質境界線をもとに複数キュヴェを作って、この区画のワインはいまひとつだがそれもまたテロワールの個性、と開き直るのは人間としての責任放棄だと思います。

 

2018.07.09

Clos du Temple, Cabrieres, Languedoc

 ペズナスの内陸寄りに位置する標高480メートルのカブリエール。畑面積300ヘクタール、ワイナリー5軒に協同組合1軒というマイナーなアペラシオンですから、大多数の人は飲んだことさえないでしょう。

  ここはラングドックの中でも特に涼しいところで、山の麓にあるアディサンから登ってくると、気温差の大きさに驚きます。さらに興味深いのは日照。写真で分かるとおり、このあたりは雲がかかっていて激しい直射日光があまり差しません。ですから赤ワインは色が薄く、収量が多ければ青臭くなりがち。そのかわりロゼにはぴったり。生産比率は半々です。これほどロゼの生産比率が高いラングドックのAOPは他にないと思います。

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  ところがマイナーすぎて需要がなく、ジェラール・ベルトランが言うには、「協同組合はただでロゼワインをくれる。ラングドック最高のロゼワイン産地なのに。彼らはおろかだ」。ラングドックに詳しければ、どこのアペラシオンがテロワールのポテンシャルと実際の価格の差が大きいのか分かるはずです。いまやフランス最大のロゼ産地はラングドックであってプロヴァンスではありません。しかし日本ではラングドックのロゼなど存在しないに等しい。ただでもいらないと日本では言われるでしょう。いくらテロワールがよくてもマーケティングしないと伝わらないもの。消費者はむろん、プロでも受け身の人は多く、自分で探求しないと、だれかがマーケティングしてくれるのを待つことになります。そんなワイン人生で楽しいですか?皆さんワインの勉強をしているから、ラングドック全アペラシオンとデノミナシオンの中でどこがロゼの生産比率が高いかという数字は暗記していたりします。だとすればあと一歩問えばいい。なぜここはロゼなのか、と。そこにどんな意味があるのか、と。そうすれば需要が生じ、協同組合がただでロゼワインを放出するような「おろか」というよりかわいそうな状況を生じることはありません。

 

  ジェラール・ベルトランはこの地で谷の反対に位置するふたつのワイナリーを買収して合体させ、新しいエステート、クロ・デュ・タンプルとしました。畑を見渡す高台、写真撮影地点が、来年2月に着工予定(法的な認可プロセスが順調なら)のセラーの立地です。建築プランの最初から見ていますが、私のアイデアを取り入れて、天窓付き、そして非並行・非対称壁面、一部石積みです。とにかく牢獄のようにしない、というのがポイントです。楽しくない雰囲気のところからは楽しくない雰囲気のワインができます。

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 ジェラールはエステート・マネージャーに車の中から電話し、「いまから行く。ランチを用意しておけ」と命令。マネージャーは「はい、わかりました」。ジェラールは、「普通なら、ここに食べ物はありません、とか、できません、とか言うだろう。しかし彼は何も命じても、はい、と応える」。ここで「できません」とネガティブな答えをしたら間違いなく左遷なのでしょう。麓の村で買ってきたというソシソン、生ハム、パン、チーズ、トマト、そして有名なレジニャンの玉ねぎ、メロンが用意されていました。すごくおいしい。さらにクロ・デュ・タンプルの敷地内にある野菜農園でとれたビオディナミのトマトとイチゴ。これはさらにおいしい。ところでトマトに塩を振って食べましたが、その塩はゲランドでした。ゲランドの塩をラングドックの食材にかけると、塩味と食材の味に一体感が生まれません。ゲランドの味は冷たいからです。いろいろなものの気配を揃えることは大事なのです。

  畑を見ながら相談していたのは、発酵タンクの形です。最終的な判断はまだですが、今まで見たこともない形になるはずです。もちろん意味のある形をしています。翌日テクニカル・ディレクターに「なんであんな形なのか」と聞かれたので、「あれは・・・を意味している。それプラス、消費者への印象付け。ワインビジネスは中身だけではなく見た目も大事。多くの人は飲んだだけではわからないのは知っているでしょう。飲む前からの方向付け、インパクト、話題性、革新性を考える必要があります」と答えました。なぜならクロ・デュ・タンプルはロゼワインに関するジェラール・ベルトランのフラッグシップになるからで、象徴価値を大いに備えている必要があるのです。すると、正しい「象徴」でなければなりません。

 

  写真の赤い床の上のふたつの石積みこそ、私が今回ラングドックに来た最大の理由。石積みの違いによるワインの味の違いの実験です。

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  右が正しく左が間違っています。右のワインを飲んだあとでは左は飲めたものではありません。つぶれていて苦い。自分で遺跡を調べたところ、ギリシャ人も古代ユダヤ人もローマ人も正しい石積みを知っていました。当たり前ですね。フランスでも中世の途中までは伝承されていたようですが、そのあと喪失。私のような門外漢でもわかる違いなのに、なぜ700年間も誰も気づかないのかと思います。うまく石を積めば石積みセラーの味は最高で、それができないならコンクリートのほうがましです。クロ・ドラのセラーは私がチェックする前に完成していたので、それを見て「なんじゃこりゃ!」と怒りました。石積みが間違っているからです。しかしそれが間違いだと証明するためには、このような実験をしてワインをテイスティングしてもらわないといけない。クロ・ドラの時は「そうは言ってももう出来てしまったものはしかたない。次はちゃんとやる。二度同じ間違いはしない」とジェラールが言っていたので、今回の実験になったのです。もちろん彼も納得。しかしこれは危険な経験で、いったん正しい方を知ってしまったら、既存のすべてに納得できなくなってしまいます。自分の知る限り、近世以降に造られた石積みセラーはすべて正しいものではありません。

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クロ・デュ・タンプルは特別にデザインされた瓶に詰められます。下が四角く、上が丸い形です。建物は土台はおよそ四角いものです。「ワインは建築である」という私の考えからすれば、当然瓶の底は四角くなければ不自然になります。その上に柱が立ってその上にドームが載る。「タンプル」らしい形です。

  このようにしてみると、ワインにはまだまだ考えねばならない事柄がたくさんあるとお分かりになると思います。そしてすべては関連しあっています。あるひとつのステップだけ、要素だけを抽出してよしあしを決めることはできません。

  クロ・デュ・タンプル完成までのストーリーを本にしたいとジェラールは言っています。楽しみにしていてください。

 

 

 

 

 

  

 

2018.05.14

Terroirs & Millesimes En Languedoc 2018

Terroirs & Millesimes En Languedoc 2018


 ラングドック・ルーションに興味があるなら、このイベントは必須と言えます。ラングドック・ルーションの大試飲会&セミナー、テロワール&ミレジメ・アン・ラングドック。今回が二回目の参加です。

ここでは、ラングドック・ルーションの全アペラシオンのワインを毎日何百本とテイスティングできるだけではなく、いくつかの産地を訪問したりセミナー等のイベントに参加することができます。この世界最大の産地を理解するために、一週間にわたる朝9時から夜10時までの特訓を受けてきました。

以下、テイスティング、産地訪問、セミナー等イベント、の3つのカテゴリーに分けて、開催された時系列で記事をまとめてみます。

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▲ラングドックでの拠点は、世界遺産カルカッソンヌ。

テイスティング

□■サンシニャン、リムー、マルペール他

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▲試飲会場にブラインド状態で並ぶ膨大な数のワイン

 まずはサンシニャン、ロックブリュン、マルペール、カバルデス、リムー、クレーレットデュラングドック、ミュスカのテイスティング。

 サンシニャンのしなやかさは相変わらず上品で好きです。しかし今飲むと立体的な構造には欠けていることに気づきます。何故かベルルーはありませんでしたが、ロックブリュンを飲むと、こちらは確かに、より優れたテロワールなのだと理解出来ます。昔ロックブリュン協同組合に行った時はヘタな造りで閉口しました。その印象が強くて偏見を持っていました。こうしたブラインドテイスティングは思い込みを是正するのに有効です。実際よいと思ったワインはロックブリュン協同組合のものでした。

 リムー赤、カバルデス、マルペールというボルドー品種系ワインは、ラングドックらしさが弱く、ポジションが難しいアペラシオン。しかし味わいの濃さ強さはさすがラングドックで、偉大なワインにはなれないとしても、がっちりしたステーキなどパワフルな料理にはボルドーやベルジュラックよりいいかなと思いました。中ではリムー赤がイチボ、カバルデスがストリップロイン、マルペールがヒレでしょうか。しなやかなマルペールはこの地の名物カスレにも向きます。

 リムーの泡は、このテイスティングにおいては美味しいと思えませんでした。一皮剥ける必要のあるワイン。リムーの暗さが気になって仕方ない。スカっと抜けて欲しい。

□■フオージエール、ラ・クラープ、ピク・サン・ルー、テラス・デュ・ラルザック

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▲日本にいては、こうした同一アペラシオンのワイン、特にクリュのワインを数多く比較試飲する機会はないだろう。


 タイトルにある
4つのアペラシオンのワインのブラインドテイスティング。いくつかの結論は、

1、これらのアペラシオンではオーガニックの意識が高く、例えばフォージェールでは総面積の半分がオーガニック。こういう状況になると俄然力を発揮するのが協同組合。かつては農薬臭いワインが多くて協同組合ワインなど飲めないという人も多かったと思いますが、今はあまりそういうワインはありません。いろいろな区画のブレンドですから、一か所の区画からのみ作られるドメーヌワインより複雑な味になりやすく、アペラシオンの全体像が把握しやすい。これは我々初心者には大事な点です。全体像が見えてから、ひとつひとつの区画の味を追求し、それぞれの個性を理解して、それが最高に生きる文脈を具体化していくのが芸術家たるソムリエの仕事(もちろん消費者各人の責務でもある)でしょう。この試飲会のように数十軒のドメーヌのフォージェール(べつにフォージェールに限ったことではありませんが)を飲む機会があれば、「私にとってフォージェールとは何か」を考えやすくなりますが、全員にそれを要求するのは非現実的です。ならばまずは手っ取り早く協同組合のワインを飲むことです。

2、フォージェールはラングドックの中では例外的な味。ラングドックは濃厚で力があっても、普通はワイルドではなく、案外と穏やかで細やかなものです。しかしフォージェールだけはダークサイドの力が強く、ワイルドで、もりもりとしたエネルギーが蠢いていて、ここだけは違う神様が宿っている感じ。ラングドック全アペラシオンの中で最もブレタノミセス確率が高いと思います。とはいえ過去にフォージェールは300本ぐらいしか飲んだことはないので、偶然かも知れませんが、やはり今回でもそうでした。何故そうなるのか。他よりp Hが高いような味ではあります。さるドメーヌのワインがブレタノミセス確率が高く、しかしそのドメーヌのワインが国際的に最高のワインと評価され、最も高価だとすればどうなる可能性があるか。他の人はそのスタイルを真似するかも。もちろん日本ではブレタノミセスが好きな人が多いようなので、これは問題でもなんでもないでしょうし、日本ではラングドックというとフォージェールの名前がすぐに挙がるのも、それ故かも知れません。ちなみに多くのフォージェールは重心が真ん中から下ですから、よく言われる、「フォージェールにはジビエ」には注意が必要です。イノシシには合っても鹿には合わず、雷鳥には合ってもキジには合わない。もちろん例外はありますが、全体として、です。私はあまりワインを飲む機会がないので、こんな簡単な結論に至るまでに5年以上かかりました。ワインのプロの方々は私のようにのんびりしていないので、つくづく大変だと思います。

3、フォージェールとラ・クラープは平均点をとれば白の方がいい。白の方がスケールが大きく、エネルギーに余裕があり、素直。白のほうがグランクリュ感があります。もちろん赤もいいものがありますが、フォージェールのブレタノミセスとラ・クラープの水平性を解決しないといけない。ジェラール・ベルトランのグラン・クリュ系ワインの中でも、私はラ・クラープは改善点が比較的大きいと思います。本当は既に解決手段は伝えてあるのですが、去年それをやるのを忘れたそうで、実験は今年です。ラ・クラープは確かにそこそこ平地ですし、海に近いので、内陸産地より水平的になるのは当然ですが、それでも程度があります。ボルドー程度の垂直性があるべき。それ以下では、到底ラングドックのグランクリュとは言えない。ただ、凝縮度、気品、細かさ、酸のきれいさに関しては、グランクリュの名に恥じない。

4、テラス・デュ・ラルザックは相変わらず正体不明で、スケールが小さい。なぜ世界中の人がこれをラングドックのグランクリュと呼ぶか分からん。十年ずっと飲んできて、産地を歩き回っても、やはり私にはプルミエクリュ。同じ場所でグランクリュと呼べるのは、赤のテラス・デュ・ラルザックではなく、微甘口白やランシオのクレーレット・デュ・ラングドックだと常々主張してます。ピク・サン・ルーが好きと思う人は、実はラングドック全般があまり好きではない人です。酸があり、ブルゴーニュと類似するミネラルがあり、緻密で、ピュアな赤系果実がある重心の高いワインをよしとするのが最近の風潮で、日本も例外ではありません。悪いワインではないがスケールが小さいから、やはりプルミエクリュです。ピク・サン・ルーが好きならあまりラングドックにこだわっていても先がないので、ブルゴーニュを追求することをおすすめしたい。とにかくそんなに酸が好きなら、ヴァンデュモワとか、追求すべきワインは北産地に沢山あります。北産地では酸のないグリオットを絶賛し、南産地では酸のあるピク・サン・ルーを称揚していては、世界中のワインが同じ味になってしまうということを、影響力のある方々には少し意識していただけるとありがたい。もちろん彼らが無知だからそうするのではなく、全部をとことん分かった上でそう言うから、消費者のワイン観への影響が大きい。それを気にしてしまうのです。全員が同じことを言っていては危険だ、と。日本にラングドックワイン通が一万人はいるとして、たぶんその中でピク・サン・ルーよりグレ・ド・モンペリエの方がラングドックらしいと言う人は数人でしょう。私のような低レベルの話でさえ、私と同意見の人はそんなにいないのですから。ちなみにロゼというのは恐ろしいワインで、赤よりずっとテロワールの底力が分かるとも言えます。ピク・サン・ルーのロゼはイメージでは良さそうですが、これが力がなくて表層的なきれいさに終始しがちなワインです。誤解されたくありませんが、私はピク・サン・ルーがゴミだと言っているのではありません。世界中ピク・サン・ルー絶賛の嵐であるという一元的全体主義的傾向が不自然だ、と言っているのです。まあ、素人は黙ってろ、とワイン通の方々に言われそうですが、素人には素人ならではの視点もあるということで。

□■ラングドック、グレ・ド・モンペリエ、ペズナス、モンペイルー、ピクプール・ド・ピネのテイスティング

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▲こういう機会でもないと、ソミエールやサン・サチュルナンの比較試飲などできない。

 
広い面積のグレ・ド・モンペリエはワイン生産量も多く、よく見かけますから、味がイメージしやすい。しかしその周辺、つまりモンペイルー、サン・サチュルナン、サン・ドレズリイ、サン・ジョルジュ・ドルク、メジャネル、ソミエールあたりは、プロならともかく普通の消費者にとって未だにはっきりとイメージ出来ないアペラシオンだと思います。私もこういう機会でないとなかなか飲みません。
 グレ・ド・モンペリエは海味。ラングドックらしい赤のアペラシオンをひとつ選べと言われたら、私はここにします。ラングドックは地中海に面した産地ですから、海に向かって開かれた、暖かい穏やかな味というイメージをもつのは当然。そしてグレ・ド・モンペリエはそのイメージ通りに海に向かった低い丘の斜面に広がっています。夏は暑くなりすぎず、夜の気温はあまり下がらず、という典型的な海沿いの気候。日本人にとっては親近感があるはずです。形が水平的でタンニン・酸ともにソフトですから日本の多くの料理にも向きます。海沿いというだけではなく、多くが砂岩土壌というのもその個性に寄与します。見る人によっては弱いと思うでしょう。これは実際の食卓向けワインであって、観賞用ではありません。理念的にはよいワインですが、今回試飲した数十本の中での品質のムラは激しく、重心が上で固くて酸っぱい、グレ・ド・モンペリエとは思えない味の早積みワインも多く見られました。日本のワイン通やプロの方々は酸を最も大事にされる方が多く、そうしたタイプのワインが増えて来ています。78年前のグレ・ド・モンペリエのほうが平均的には“らしい”ワインが多かったと記憶しています。この間に重心は確実に上がっています。重心の低いワインがどんどん少なくなって、どうやってプロの方々は料理と合わせておられるのでしょう。釈迦に説法で申し訳ないですが、もう一度グレ・ド・モンペリエの丘から地中海を臨み、本来どういう味であるべきなのか考えていただきたいものです。そういえば、ラングドック委員会の当初の案ではグレ・ド・モンペリエはグランクリュに含まれていました。今は脱落。どうしたのかと、アペラシオンの会長オリヴィエ・デュランさんに聞くと、エリアが広くて行政区が一つではなく、それぞれの政治家の思惑が異なって政治レベルではの意思統一ができずに流れたそうです。ワインとは関係ない話。ラングドックで残ったグランクリュは皆山系アペラシオンです。ラ・クラープは海系ですかと聞くと、距離的には海系だがな地形的には山系だと。このままではラングドックワイン=山系ワインというメッセージを発信することになります。それは一面的すぎるばかりか、ラングドックワインのイメージにとって、また味わいの評価軸形成にとって、いいことではありません。
サン・ジョルジュ・ドルクはグレ・ド・モンペリエの一部ですから当然似たキャラクターですが、平均してグレ・ド・モンペリエより凝縮度が高く、タンニンもしっかりして、よりスケールが大きく、香りはより黒系でクローブやナツメグや黒コショウのアクセントが加わります。ここはグランクリュ候補になってもいいぐらいです。普通のグレ・ド・モンペリエが煮魚ならこちらはハンバーグのデミグラスソース的です。
  サン・ドレズリーは粘りとコクとパワーがある、黒系果実とスパイスの香りがダイナミックな、スケールの大きい味です。いかにも南仏な感じがします。前者と比べてこちらは全体に若干重心が上がります。マトンカレーな感じでしょうか。
 サン・サチュルナンは赤系果実で軽快な味。スケールが小さいのですが、なかなかチャーミングで、キメが細かく、チキン向きです。このようなマイナーアペラシオンが使いこなせるようになって、サラッとローストチキンと一緒に出したりしたら通っぽい。私もそうなりたいので、このテイスティングに参加させていただいているわけです。そういえば今ラングドック委員会は日本のレストラン向けにプロモーションしていて、コンテストを行い、既に50軒のソムリエにラングドックワイン専門家の認定を与えたとか、ラングドックワイン委員会長が言ってました。コンテストにはブラインドテイスティングもあるはずで、つまりはサン・サチュルナンとソミエールの味の違いがブラインドで分かるレベルの人が毎年50人づつ 増える。数年経てば、サン・サチュルナンにチキン、といった組み合わせがソーテルヌにフォワグラみたく常識のうちに入るようになるでしょう。私は小売店にも同じようにコンテストを開催して欲しいとお願いしました。そうすればレストランと合わせて1年100人づつラングドック専門家が増える。私は到底グレ・ド・モンペリエを構成する64(たぶん。うろ覚えですみません)の村ごとの違いとか覚えてられないので、例えば煮魚にグレ・ド・モンペリエというところまでは自分で考えられるとして、ではホウボウならどの村か、キンメならどの村か、といったことを聞く人がいません。もしも私の案が取り入れてもらえたなら、そういった相談に対して的確なラングドックワインを提示していただけるようになる。委員会には頑張って欲しい。
ソミエールもまた重心が上のワインで小さい。こちらはタンニンの質が粗く、苦く、抜けが悪い。独立したアペラシオンにする意味は感じられません。2015年や2016年の高温乾燥には向かない土地かも。このようなキャラクターなら多雨の年のワインを試してみたい。
 ペズナスもまた当初のグランクリュ候補から脱落したアペラシオン。私の好きな生産者パスカル・ブロンデルさんに何故かと聞くと、小さいアペラシオンで生産量が少ないという理由で落とされた、と。サンシニャンは大きすぎるという理由で落とされた。小さくても大きくても屁理屈つけて落とすなら、選考基準が裏のどこか別のところにあるとしか思えない。それはともかく、ペズナスはフランスでは珍しい玄武岩土壌。ラングドックの中でも唯一無二のアペラシオン。かっちりと整った形で重心は上で質感が大変に緻密。 酸は低いのですがベタつかず、香りの立ち上がり方にスピード感があります。この個性は貴重。ラングドックの赤ワインを10種類売るなら、どれも似たり寄ったりにならないようにするためにもペズナスは必要です。スパイスをきかせて焼いたラムや鹿といった感じです。ただスケール感がないので、グランクリュかどうかは微妙でしょう。
 ピクプール・ド・ピネは既に日本でもお馴染み。しかしこのアペラシオンは村によって相当キャラクターが異なるので注意が必要。だいたい牡蠣型と白身魚型に分かれます。牡蠣牡蠣と皆が言いますが、メズやフロレンサックやポメロールなら分かります。特にメズは明らかに牡蠣型。しかしモンタニャックやピネやカステルノー・ド・ゲールはどうでしょう?ピネ村はホタテのバター焼きかも。収穫のタイミングでも決まりますが。ピクプール・ド・ピネは知る限り27軒の生産者がいますが、その半分くらいは日本に入っていると思います。丁寧に試飲を重ねて料理と合わせていけば、だいたいの法則性は誰にでも分かることです。そして全体の平均を取れば、牡蠣より鯛やスズキだということも分かる。そして値段が高くなると、ますますバタークリーム系ソースの鯛になる。単純化された思い込みではワインは選べない。逆もしかりで、ワインに合う料理は選べない。ラングドックは広いので、ちょと齧っただけでは無理。先に触れたようなラングドックワイン委員会のプログラムが必要です。ちなみにシャトー・ド・ピネのオーナーによれば「ピクプール・ド・ピネは最近でこそパリのブラッセリーで置くようになったが、彼らは長い間無視していた。ブームはパリより外国のほうが早かった」そうです。日本でのフェリーヌ・ジョーダンの成功は、たぶんその最初期だと思います。そしてフェリーヌ・ジョーダンのスタイルこそ牡蠣型の典型。そこで停止していてはいけません。ワインは新たな発見の連続が面白いのですから。

 

□■ルーションのロゼ

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 ペルピニャンでの最初のテイスティングはロゼ。一言で言うなら、7月末から収穫が始まるようなルーションはロゼには暑すぎます。しかしこの場合のロゼとは、日本で好まれる「酸がしっかりしてフレッシュで軽やかでエレガント」な(もはやお笑いですが)ロゼ。フランス最大の日照量があるような暑い土地でそんなワインは出来ない。もちろん重厚パワフルな高いアルコールの濃密なロゼなら最高のものが出来るにしても、多くの人にとってロゼはロゼで、テロワールのワインではなくスタイルのワインであり、そんな重厚濃密なロゼはただの変なワインだと思われるでしょう。つまり期待されるものから最も遠いのがルーションのロゼ。必然的に、期待に沿うべく、早摘みするしかない。そうすれば味が固くなり青い風味となり苦くなる。多くの人がそれをミネラリーでフレッシュだと言って評価する。そのような考え方に同意できない日本における超マイノリティーたる私にとっては、ルーションのロゼは、残念ながらアタリの少ないワインです。

□■コリウール

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 コリウールはグランクリュ候補になっています。確実にそうなるでしょう。畑を見てみれば分かります。実際その味わいは、ノーマルなコート・ド・ルーションと比較して、確かパワーリザーブ感が違う。ゆったり大きい。

 コリウールとバニュルスという重複するこの産地で本来造るべきはどちらのワインなのか、という問いは、してはいけないことを承知していてもしてしまう。もちろんバニュルスのほうがいいワインだとは思います。しかし今の世の中、酒精強化ワインの市場は小さい。バニュルスでは経済が成り立ちませんし、それだけにこだわっていたらモンペリエ周辺のミュスカ産地のようにステイタスが失われる。甘口から辛口への構造変換は必須であり、そのための制度的サポートが必要なのです。コリウールとモーリーはそれを行っています。

 もちろんコリウールはバニュルスよりも早摘みせざるを得ない。完熟したらアルコール度数は完全発酵の限界を超えるような産地です。あからさまな早摘み味のしない、つまり重心が上ずって固くて小さい味ではない、ゆったり感のある、本来あるべき姿のワインはテイスティングした全体の2割ぐらいです。それを選べば全フランスワインの中で最も大船に乗ったような気分になれるはずです。

 政治的意図は理解できるにせよ、こうしたテイスティングに酒精強化ワインが出てこないのは問題です。ますます忘れられてしまいます。フランスの酒精強化ワインの8割はルーション産ですから、ルーションがPRしないで誰がするのか。


□■コート・ド・ルーション・ヴィラージュ村名付き

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コート・デュ・ルーション・ヴィラージュ村名付きワインとモーリー・セックのテイスティング。カラマニー、ラトゥール・ド・フランス、レスケルド、トータヴェルの違いは、日頃これらのワインに接する機会があまり多くないだけに、私もすぐに忘れてしまいます。こうして産地ごとにまとめてブラインドテイスティングすると全体的な印象を思い出すことが出来て助かります。
 概してルーションは西のピレネー山脈方面にいけば雨が多く標高も高くなりますし、北のコルピエール山塊方面に行っても標高が高くなりますから、産地ごとの地理的違いは明らかにワインの味に出ています。今回の試飲では相対的に品質が劣っていたのはカラマニーです。ここは片麻岩と花崗岩の土壌です。比較すれば、粗く、薄く、短く、水平的。果実味は結構しなやかなのにタンニンの粒が大きく、キメが粗く、余韻の後半で味が抜け落ちていくのが気になってしかたない。もちろん村名付きワインですから、それなりに高いレベルでの話ですが。クローブ的スパイシーさが鼻に抜けるのは面白い魅力です。風化した花崗岩の砂質土壌であるレスケルドはスケール感はないですが、サラッと上品です。石灰岩土壌であるトータヴェルは軽快で流速が早く、リズム感が心地よい。垂直性が前二者よりあり、立体的。余韻も長く、もたつかずに抜けがいい。雲母片岩土壌であるラトゥール・ド・フランスは最もスケールが大きく、流速が遅く、クリーミーで丸い形。酸はしなやかで甘い果実味の頬への広がりが魅惑的で、余韻も長く、ボリュームを保ちます。一番南国的です。つまりは西側アペラシオンより東側アペラシオンのほうがよい印象だったということです。
 全般に、十数年前と比べて明らかに重心が高くなったと思います。アルコールを抑えるためには早摘みするしかない。しかしグルナッシュ的な味わいで重心が高いワインがチキンチーズダッカルビや鴨肉の甜麺醤炒めのような料理以外にどんな料理に合うのかよく分かりません。普通、トロミのある料理は重心が低いからです。昔は豚肉によく合うワインが多かったのですが。その観点からすると、この4者の中では比較的重心が真ん中に収まるラトゥール・ド・フランスが一番使いやすいと思います。
 モーリー・セックは一番重心が低い。黒系果実風味と低い酸と粘りのある質感とスケール感。堂々とした風格は、ここがグランクリュだと分かります。モーリー・セックはグルナッシュ6割から8割ですから、どのワインもグルナッシュらしいむっちりして細やかで柔らかな個性が感じられます。それでも重心が低いワインは全体の3割。どうすればいいのでしょう。
 モーリー地区は東西17キロ、南北4キロ。南北にある石灰岩の山に挟まれた谷で、白亜紀の頁岩や粘板岩の地質。標高は西の丘の上で400メートル、東の谷底で100メートル、降水量は西で450ミリ、東で350ミリです。もちろんこってりしたワインは東から、すっきりしたワインは西のから生まれます。生産者の住所と畑の位置はだいたい一致していますから、どういう味わいを求めるかによってどこの生産者のワインを買えばいいか見当はつけられます。まずはモーリーを甘口辛口含めて何十種類か飲み、全体像を把握し、自分なりのモーリー地区ワインの理想像を形成していく必要があります。私はコリウールよりもモーリー・セックのほうが合う料理は多いと思います。後者の方が重心が下で厚みがあって流速が遅いからです。ブラインドで飲んで最もモーリー地区らしいと思えたモーリー・セックのワインは、モーリー協同組合のナチュール・ド・シストです。生産の半分は協同組合ですから、キュベあたりの生産量は多く、原料のブドウはモーリー地区全域から。当然モーリーを代表するワインになります。昔からモーリー協同組合のレベルは高く、ここの辛口と甘口テュイレがあればだいたいのところ事足れりです。もちろん、延々と同じようなことを言っていて申し訳ないですが、ナチュール・ド・シストもテュイレ・シャベール・ド・バルベラも日本で見たことがありません。

 協同組合ワイン=大量生産低質ワインだと思うのは間違いです。しかし日本では生産者の変人度合いストーリーをワイン価値の一部として販売消費しているので、メディア受けする“浮世離れした狂気の淵に立つ天才”とは対極の位置にある協同組合ワインが受容されません。しかし変人がただの変な人ではなく天才だと認識するためには、普通とは何を理解していなければならない。そのためにもモーリー協同組合のワインは飲んでおきたい。モーリー村に行けば、道はひとつしかないのですぐに分かります。


産地訪問

□■カバルデス

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▲完全な平地は牧草地、ブドウ畑は緩斜面に作られていることが大事。ワイン専業産地ではないからこそ、土地の正しい振り分けがなされているのがラングドックです。


 ラングドックの北西端にあるアペラシオン、カバルデス初訪問。大西洋気候と地中海気候の交わる所、ボルドー品種と地中海品種がだいたい等分でブレンドされるワインです。土壌は第三紀イオセーンの石灰岩の上に礫を多く含むローム。マルペールはより大西洋気候で粘土が多いそうです。カルカッソンヌでのテイスティングで経験した両者の味の違いも納得できます。カバルデスはよりステーキ向き、マルペールはよりシチュー向きということ。ガストロノミー的には興味深いワインです。ラングドックワインに詳しいソムリエが必然性のある文脈でサラッと使いこなせばかっこいいですね。フランスで小売価格平均10ユーロ(安いもので8ユーロ、高いものは30ユーロ超)ですから、日本では一般家庭では消費されるにはちょっと高いので、レストラン向け。輸出が少なく、地元消費が多いのも理解できます。


□■発泡ワイン発祥の地、サン・ティレール修道院


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▲世界最初のスパークリングワインが造られたという記録が残る、サン・ティレール修道院。しかしこの暑い場所でなぜブルゴーニュ品種なのかという疑問をぶつけると、「修道士は各地を移動していた。ブルゴーニュから来た修道士が持ってきた」、とのこと。本来入り混じるわけもないモーザックという南西品種とピノ系の品種がこの地でブレンドされるには歴史的な根拠があり、でたらめに造られたわけではないのです。

 1531年、ベネディクト会のサン・ティレール修道院の僧によって、歴史上記録に残る最初のスパークリングワインが造られました。リムーはスパークリングワインの元祖です。

 せっかくの機会なので、修道院の人に、なぜアルビジョワ十字軍がこの地の人々を殺戮しなければならなかったのか聞くと、「辺境の地だったラングドックではキリスト教の教えが正しく伝わらず、勝手な解釈で信仰し、それが大勢力になったから、正すために」。「しかし皆殺しにするのはどうなんでしょう」。「それを命じたのはイノケンティウス三世、イノセントという名前なんですからねえ(笑)」。私は、「欲に目が眩んだ貴族達が権力拡大と金銭目当てで暴走したもので、ヴァティカンの真意ではない」と言うのかと思いました。ローマ教皇の無謬性を対する懐疑を修道院で聞けるとは、自由な世の中でいいですね。

 ワインセラーは二階にあります。といっても自然の地形で、そこが盛り上がった砂岩の丘になっでいるから、修道院から階段を上りはしますが、地下ではあります。結構小さいです。写真で見るとおり、天井には穴が4つ開けられています。これは村人たちが食糧を投げ入れた穴。修道士たちは午前2時から祈っているので、食べものは恵んでもらわないといけません。

 畑から修道院までは1971年製シトロエンDSで行きました。大戦後の車の中では最高傑作のひとつでしょう。フランスらしさ、それもパリらしさの塊みたいなツッパリかた。 かっこいい。往年のフランスが好きならシトロエンDSが好きに決まってる。どの車が欲しいかと聞かれたら、P2とか35Bとか非現実的なことを言わないなら、DSが欲しい。そのDSに乗るのは初めてだったので興奮しました。あのハイドロニューマティックのフワーンとした乗り心地!地球防衛軍みたいな内装!

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□■リムー

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▲葉の裏に白い毛が生えているのがモーザックの特徴。これがこの地のワインが「ブランケット」と呼ばれる理由です。

 久しぶりにリムーに来ました。改めて畑を見ると、丸い砂利があります。生産者に聞くと、昔の川底だと。石灰岩はあるかと聞くと、ない。どうりでリムーは骨格に乏しいわけです。このようなロームなら肉厚のボディーは生まれるので、それを尊重する楽しみ方をすればよいのです。そう思うと、リムーの白品種であるモーザック、シャルドネ、シュナン、そして赤の主要品種メルロは、どれも肉厚型です。

 しかしリムーは香りがスッと立ち上がらない。常に上方の伸びが眼の下あたりで終わってしまう。シャンパーニュは、よいものなら必ず頭頂まで行きます。それは使用品種が全部重いからです。モーザックのブランケット・ド・リムーやアンセストラルなら、それはそれで伝統であり、個性と見なせばいいが、主力はクレマンです。あくまでクレマンは非地場品種シャルドネ主体のワインであり、モーザックのようなローカル色を訴求するワインではありません。ワインとしての完成度を上げるべきです。だからラングドック委員会の会長には、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ブラン、ミュスカを5パーセント程度の補助品種として認めるべきと言いました。そうすれば確実に香りが上がり、華やかさが出てきます。

 そもそもリムーは、赤ワイン品種がメルロ、カベルネ・フラン、マルベック、シラー、グルナッシュ、カベルネ・ソーヴィニヨンなのです。それらの品種が熟すのですから相当な高温です。それなのに同じ場所に植えられるスパークリング用白品種が北方のシャルドネやシュナンというのはおかしい。話が逆でしょう。クレマンの白品種は相当無理して早摘みするしかないと想像出来ます。アンセストラルなら早摘みしなくともいいが、クレマンはしかたありません。だから本来なら、ソーヴィニヨン、クレーレット、ヴェルメンティーノ、グルナッシュ・ブランあたりでクレマンを作ってもいいぐらいです。

 AOPはともかく、IG Pでならいろいろ出来るはずです。フランス認可品種200種類がどれでも使えると、会長が言ってました。最近は地球温暖化でさらに降水量が減っているため、ギリシャのアシリアティコを試験的に植えてみたという話を聞きました。アルバリーニョもあるそうです。そんなに極端なことをせずとも、IG Pでいろいろな品種のスパークリングを作ってみればいいのに、と思います。しかし誰一人としてソーヴィニヨンを植えません。赤がボルドー品種にぴったりの気候だと言うなら白だってボルドー品種でしょうに!皆で似たりよったりのワインを作っているだけては面白くないでしょうに!フランスはワインに関して本当にチャレンジ精神のないところです。というか、これはチャレンジでもなんでもなく、極めてロジカルな話をしているつもりなんですが、どうして理解されないのか理解出来ない。南方系品種で熟した赤ワインが出来る気候で、北方系品種で瓶内二次発酵のワインを作るのはおかしい、という意見がそんなにへんですか? 同じ意見の人に会ったことがありません。日本で誰もクレマン・ド・リムーはへんだ、と言いませんよね。高名なワイン評論家の方々が揃って現状のクレマンに納得されて評価し、消費者の方々もそれが正しいと思われているのならそれでいいのですが。

 今は日本で多くクレマン・ド・リムーを見かけますが、アメリカはもっとです。リムーのスパークリングはもともと輸出が50パーセントあるのに、そのうちクレマンで23パーセント、ブランケットで32パーセント、アンセストラルに至っては67パーセントがアメリカ合衆国に売られます。アメリカで最も売れているフランスのスパークリングはシャンパーニュではなくリムーです。アンセストラルは最低60グラムの残糖がある甘口。消費者はもっと辛口を好むのではないかと聞くと、逆に、甘いから若い人によく売れるのだそう。アンセストラルに氷を入れて飲むのが流行りだとか。いかにも慣習に囚われないアメリカな話です。ちなみに標高の高い畑のアンセストラルはフォワグラにぴったり。基本的にソフトで流速が遅いですから。低地なら豚のリエットでしょう。

 リムーのシャルドネも人気です。地場品種でもないシャルドネならペイドックのワインを買えばいいではないかと思いますが、やはりAOPであることが大事なようです。しかしリムーのスティルの白を買う人は、リムーらしさが欲しくで買っているのでしょうか、それともフランスの安価なAOPシャルドネが欲しくて買っているのでしょうか。多分後者でしょう。それでは動機がIG Pと同じで、AOPの精神に反します。そもそも、シャルドネ、モーザック、シュナンと、同一生産者で比較すれば(これは大事です。実体的背景なきシャルドネ崇拝はよくない、シャルドネファンにとってさえ)、一番美味しくないのがシャルドネだったりもします。ところがリムーの生産者がどの順番で三品種のワインを出すか観察すると、シャルドネが最後の場合が多い。全員がどっぷりシャルドネ教にはまっている。よくない状況です。リムーはモーザックの産地です。ましてリムーのシャルドネを飲んで「ブルゴーニュに似ているからいい」などと思うようでは、AOPワインを飲む資格さえありません!ラングドックから出て行け、と言われて当然。ところが最近は生産者も「ブルゴーニュスタイルでしっかりした酸を出してエレガントに仕上げるため早く摘みました」と言う。だからリムーは好きになれません。味ではなく、消費心理や象徴的価値の問題としてです。

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▲この生産者はスパークリングを造りません。彼女らの赤ワインが一番印象的でした。つまり、リムーはボルドー品種にとっては冷涼感のある味になる産地。ブルゴーニュ品種なら温暖な味になる。この地にふさわしい品種はまだ残っているはずです。



 リムーで好きなのは赤です。カバルデスやマルペールより山のワインですから、味は基本的にメリハリが強くゴツい。特に中央から北東地区は暑いのでそうなります。脂肪の少ない肉のステーキな感じ。しかし300メートル以上と標高の高いオート・ヴァレ地区は別です。土壌も石灰質になります。ここでは山ワインらしいメリハリ感に加えてしっとりしなやかな質感も備わった伸びのある冷涼な赤ワインが出来ます。私が注目したいのは、人気の高いこの地のIG Pピノ・ノワールではなく、AOPの赤。つまりメルロ、カベルネ・フラン系ブレンドの赤。一番マイナーな存在ではありますが、こうした隠れた宝を見つけるのが楽しい。

□■ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエール

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▲ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエールは場所によって、シスト、砂岩、石灰岩があり、それによってずいぶんキャラクターが変わるのですが、それでもゆるぎない自信や余力感はすべてに共通。これぞグラン・クリュです。


 1999
年にラングドック最初の村名付きアペラシオンになり、ラングドック委員会がグランクリュ制定に動き始めてからも不動の候補、誰もが文句なくラングドック最上のアペラシオンと評価するのが、ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエール。クロ・ドラもこのアペラシオンです。

 産地を車で回りました。今回はシトロエン2CVです。何故ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエールがそんなにいいのか。だいたい中心的な標高は150メートルから250メートル、最高標高地点は500メートル。畑は400メートルぐらいまであります。産地の面積は2700ヘクタールありますが、写真を見て分かるとおり、畑は点在するのみで、畑面積は400ヘクタールしかありません。全体として南向きのなだらかな丘。地質は標高が高いところにわずかにシストがあり、次に砂岩、次に石灰岩。降水量は550から600ミリ(ドメーヌ・ド・ルースタル・ブランのワインメーカーによれば。アペラシオンのホームページによれは400から500ミリ)。品種構成はシラー、グルナッシュ、ムールヴェードルあわせて最低60%、そのうちシラーかムールヴェードルが最低40%。知る限り大半のワインがシラー主体。確かにそれらの客観的データは味わいに出ていると思いますが、優れている理由には直結しません。モーゼルやヴァッハウやコート・ロティやプリオラートのように写真映りのよい、見ただけですごさが伝わる畑ではなく、意外に茫洋としています。

しかし、確かにワインは優れている。パワーが違う。スケールが違う。余韻が違う。そして多くのワインが垂直的です。親しみやすさ無し。態度が大きい味。唯我独尊感、傲岸不遜感がいかにもグランクリュです。

 このアペラシオンでは毎年、あちこちから何人かのジャーナリストやソムリエを集め、生産者と一緒になってブラインドテイスティングする『ル・リヴィナージュ』というコンテストを行い、優れたワインを選出しています。これはプロモーションのためになるだけではなく、44軒の生産者がアペラシオンの個性を包括的に捉え、自分のワインに生かす機会にもなります。ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエールの生産者たちの結束は固く、皆が助け合うところが他と違うと聞きました。皆が未来志向で、ラングドックでは珍しく、農家の子供が都市に流出せずに実家で働くそうです。ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエールは高く売れますから、やる気も出ます。

  選ばれた9本のワインは、若干疑問なものもありますが、それでも全体として圧倒的なパワー感。ぐいぐい迫ってきます。香りは鮮やかで直線的で、タンニンも酸も強い。この酸の迫力も特徴です。だからゴリゴリした味になりやすい。前出の生産者は、「マセラシオンしすぎないことが大事だ」と。「カリニャンにM C法を採用してますか」と聞くと、「去年から始めた」。とにかくうまく制御しないと暴れてしまうワインだと思います。

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▲おすすめはこの4本。ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエールはスケール感と共に強固な芯があることが重要です。



  このテイスティングが行われたのはシャトー・ド・グールガゾー。ここのワインもル・リヴィナージュに選ばれていました。シラー80%、ムールヴェードル20%、アペラシオンの規定から推察されるのは、ラ・リヴィニエールは非グルナッシュのワイン、ということ。それをある意味極端な形で具現化しています。とてもタイトな、すくっと立ち上がる味わい。単体で飲んでいるとそれほど強いとは思えないのに、他のアペラシオンのワインと並べて飲むと、その圧倒的パワー感が理解できます。かっこいいワインです。

 このワイナリーが会場になるのは当然です。1980年代から、独立したクリュのアペラシオンに昇格させるべく尽力してきたのが、このシャトーと協同組合だからです。ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエールのファンなら(日本でもこのアペラシオンはさすがに有名ですからファンもいるはずです)、このシャトーに対してしかるべき敬意を払うべき。しかし日本には輸入されていないと思います。というか、誰もこのシャトーの貢献を知らないでしょう。歴史的に重要で、味がアペラシオンの本質に即しており、値段も他と比べて案外安い、となれば、日本でも知られていいと思うのですが。

 

□■ヘリコプターでリブザルト

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 ヘリコプターで上空からリヴザルト地区を見ました。畑の割合は少なく、手付かずの自然が沢山残っています。乾燥した土地なので、畑は水が溜まりやすいところにあります。それでも水が少ないですから、ルーションの平均収量は2016年で26hl/ha。これでは安いワインを造りようがない。ルーションからペイドックの単一品種ワインを望むのは間違いです。
 ラングドックでさえ安ワイン産地という偏見に苦しんでいます。しかしルーションの人に言わせると、「ラングドックは降水量も多いし土は肥沃なところも多いし比較的平地だし、大量生産に向く」。ルーションは、明らかに高級ワイン産地ですし、ラングドック以上にそういう方向で訴求しています。
 ランチはメゾン・カーズのエマニュエル・カーズさんと一緒だったので、日本での売れ行きについて聞いてみると、「安いワインしか売れない、EGO600本だけだ」と。ルーションの高級ワインに特別な価値を抱いている人は少数派。カーズは1997年にビオディナミへの転換を始め、05年には全体が認証を取得した、ラングドック・ルーションにおけるビオディナミの先駆者であることをもっと打ち出すべきです。「認証ビオディナミワインをこれだけの規模で作っているワイナリーはない。あなたは地球環境のため、人類のために尊敬に値する仕事をしている」と言うと、「わかっている」と。それがカーズのブランド価値です。
 安いオーガニックワインというだけでは、ラングドックにはコスト的に勝てません。フランスの田舎町の小さなスーパーでも必ずジェラール・ベルトランのオーガニックワインは売っています。日本でもファインズがそれらベルトランのネゴシアンワインを売るわけで、ますますメゾン・カーズにとっては、価格と量だけではない価値の訴求が必要です。カーズさんは、メルシャンは今はカーズの出資者だ、と。それは素晴らしいことです。つまりメルシャンはビオディナミのサポーターであるわけで、シュタイナーの唱える人類の霊的覚醒への道を日本において推進したいと考えているからこそパートナーになったのでしょう。メルシャンの人たちはカーズのワイナリーに頻繁に来て指導されていると聞きました。世界屈指の技術力を持つメルシャンですから、これから今まで以上にカーズのワインの質が向上するでしょう。実際、最新ヴィンテージは数年前とは比較にならないほど美味しくなっています。当然メルシャンの日本のワインもビオディナミになっていくことを期待します。
 しかしカーズのラベルデザインは中身のワインと関係ない雰囲気です。なんとかしなさい、と言うと、既にラベルデザインの改善計画はスタートしているとのこと。見ただけでビオディナミのスピリットが感じられるようにならないと。今でも紙やインクにはこだわっているそうですが、それは遠目で見ただけでは分からないし、自己満足になりがち。ラベルデザインはメッセージなのです。カーズは毎年日本に来てジャーナリストを集めて意見を仰いでいると聞きました。日本のワインジャーナリストの方々はビオディナミに精通していますから、畑やセラーや販売においてどうすればいいかの指導はされているはずで、私が付け足すことはありません。カーズは本当に尊敬すべきワイナリー。日本でしっかりとした地位を築いて欲しい。言うまでもなく、日本はビオディナミワインに関しては世界のリーダーです。店でこれほど多くのビオディナミワインを見かける国がどこにあるでしょう(オーストリアもありますが、まあそれは本国だから)?カーズのワインが一般家庭に浸透することで、高次元の精神へと日本人が導かれることになる。メルシャンが目指しているのはそれだと思います。
 ところでエマニュエル・カーズさんは「今日は君の好きなエメ・カーズの1978年を持ってきたよ」と。以前にヴィニュロン・アンデパンダンのブースでそのワインを飲み、私は彼に「ああ、うまい。会場で最高のワイン。これが試飲の最後。これを飲んだら他は無理。もう帰る」と言いました。それから彼とは会っていません。よくそんなに以前のことを、ふらっとブースに来て「うまい」と言って帰っただけの人とその人が好きだったワインのヴィンテージを、覚えているものだなと感心しました。

□■リヴザルト、シャトー・サン・ミシェル

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▲下はランチに出てきた、ルーション名物、エスカルゴの網焼きです。

 リヴザルトの生産者が集まってのテイスティングはシャトー・サン・ミシェルで。このシャトーのワインはなかなか出色です。特に樽を使っていない中間価格のシリーズ、マス・サン・ミシェルの赤、そしてロゼが見事な出来。2017年から認証オーガニックです。ちゃんと熟した味。重心は下で、適度な垂直性があり、アルコール臭くないし、苦くない。そうあって当然なのですが、実際にはそんな基本的なこともなかなか得難いものです。ルーションは焦げだ風味が出やすく、それが樽で強められるワインが多い。そこに注意してワインを選ばないといけない。値段と樽が比例する現在のフランスワインの主流的考え方は困ったものです。
 私は屋外で太陽に当たっていると疲れてしまうので、セラーのほうで休んでいると、隅にオーナー夫妻が昔のMGのコンヴァーティブルの横に並んでいる写真を発見。その下にはミニカーのコレクション。するとオーナーが来たので、「MGを持っているのですか?」と聞くと、「いや、アルファ・ロメオ・ジュリアがある」。おお、なんと!さっそくガレージに連れていってもらいました。そこに収まっていたのは、1960年代後半の大ヒット作、デザイナー、ジョルジェット・ジュージアーロの最高傑作でもあるジュリア・ベルリネッタ1600です。下にもぐってみると、アルファ伝統のダブル・ウィッシュボーン前輪サスペンションが見えます。オーナーは「後輪はリジッド・アクスルだ」と。明らかに乗り心地は悪そうですが、ダイレクト感があるはず。私は昔、前輪ダブル・ウィッシュボーン、後輪ド・ディオン(リジッドの進化形ですね)の車に乗っていたので、見ているだけでそれを思い出します。そしてボンネット開けてもらうと、往年のDOHCエンジン。シンプルで機能的。シートに腰かけてみると、クラッチとブレーキとアクセルが現在の乗用車からすれば考えられないほど近接していて、かつ同じ面にあります。昔あったドライビング・シューズがなぜあんなに細身だったのか、理由が分かります。それにしても美しく、ダイナミックかつチャーミングで、見ているだけでわくわくするデザイン。さすがジュージアーロ。ほんと、60年代にデザインされた車は素敵です。私も買えるものなら買いたい!その時は、1600もいいですが、より軽量でハイチューンの1300

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□■レ・ザスプル、テラス―協同組合

 日本でルーションワインといえば筆頭で名のあがるラファージュのおかげで知名度の高い産地、レ・ザスプル。そこに行く途中、車の運転手がとことん道に迷い、車内では目的地にいつになっても着けないことから怒号が飛び交っていました。すると、トイレに行きたいという人が「ここで止まれ」と。そこは偶然、テラスー協同組合でした。

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▲熟成リヴザルトは好き嫌いがあるとは思いますが、一度その魅力にはまると、これは紛れもなくラングドック・ルーションの至宝だと言いたくなるはずです。



 私だけはテラス―協同組合のことを知っていました。1932年に創立され、70軒の農家、800ヘクタールから成るワイナリーです。ここのリヴザルト・オール・ダージュ18年は大傑作中の大傑作。VDNファンでこのワインを知らない人はモグリと呼ばれてもしかたないぐらいの存在。昔ルーションワイン委員会の当時のディレクターと食事していた時に熟成タイプのVDNの話になり、彼はこのワインを「ルーションを代表する傑作。みんな知っているけど」と。以前ここに来てこのワインをせっかく買ったもののペルピニャンで盗難に遭い、以来ずっと忘れることはなかったワインです。

  他の人はトイレに行くだけなのに、私はなんたる幸運と思い、しっかりお買い物。複雑で高貴。凹凸がない整った形。熟成していても失われないビビッドな力強さ。そしてイキイキした酸。そのあと、目的地でのテイスティングでも登場。それを飲んだある人は、「これはすごい。欲しい。田中さん、あなたさっきこれ買っていたでしょう」。「ええ、もともと美味しいと知っていましたから」。「くっそー」。こういうワインは日本にはなかなか輸入されません。VDNだし、高いし、協同組合だし、、、。皆さんもフランススペイン国境地帯に来ることがあれば是非テラス―協同組合に立ち寄りましょう。

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 2時間半迷った後、レ・ザスプルの試飲会場に。ここでは素晴らしい白を見つけました。Chateau de CorneillaCavalcade(写真は赤のほう、珍しくシラー主体ですが、これもいい)。ルーションでは極めて珍しくMLFをしているワインです。ふっくらとした果実味があり、重心が下で、流速が遅く、複雑で、SO2を感じない。こういう白ワインが欲しかった!ルーションの白は酸のフレッシュさのためにMLFしないのですが、ワインの味が固くなって料理に合いませんし、SO2を沢山入れることになってスケールが小さくなるし、香りが立たないばかりか頭が痛くなる。グルナッシュブランやヴェルメンティーノは元々ソフトでクリーミーで酸が少ないことがいいのだから、無理やりロワールみたいな酸にするのは間違いです。そんなに高い酸が好きならルーションを買う必要がない。しかし往々にしてルーションの白ワインのお決まりの宣伝文句は、「ルーションとは思えない酸のフレッシュさ」。ルーションらしいことがプラスだと思われていない。ですから今回数十本の白を試飲しても、自分からすればほぼ全滅。固い酸っぱい小さい重心が上。アルコールを下げようとして早摘みして小さな味のワインにしても、アルコール度数はそれでも13.5度はある。アルコール自体のスケール感が果実味のスケール感を上回るから、結局はアルコール臭いワインになる。しかし皆それがいいと思っているからMLFなしのワインばかりなのでしょう。

  このワインももちろん輸入されません。“らしくない”ワインが数千種類あっても“らしい”ワインがほとんどない状況では正当で健全なワインの理解につながりません。“らしい”ワインはストーリーもないし、ワインのプロはそういう基本ワインなど飲み飽きてしまっているから、珍奇なワインのほうに惹かれるのはものすごく理解出来ます。しかし我々は基本ワインを飲み飽きていないばかりかそれを知りません。

 レ・ザスプレで我々消費者が知るべき大事なことは、それが199ヘクタールあることでも1977年にAOCになったことでもなく(それを知っている人は多い。そういうデータ暗記量とワイン通度合いが比例すると思われていますから)、それがねっとりとした柔らかく濃い黒系果実味と低い酸をもつことだと思います。全体に粘土が多い土壌ですし、実際に畑に行ってもシストはあっても石灰はない(つまりモーリー・セックの東部の味に似ていて当然)。

  とすると、このエリアで造られる白ワインがどのような味であるべきなのかの基本的な理解が得られるはずです。もちろんロワールのシュナン・ブラン的な味ではなく、どれほど少数派であっても、Chateau de Corneillaのような味のほうが正しいのだと思います。

□■ルーションのアンフォラのワイン

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 ルーションの中でも最高価格帯に属するワインがこれ。建築家のワイナリー、ドメーヌ・ド・ラルシテクトのEarthです。瓶からして高そう。普通のキュベは16ユーロ程度と普通の値段ですが、このアンフォラ発酵ワインは140ユーロ。生産者自身、少々照れながら、「ラグジュアリーマーケット用ワインだから」と弁明。このような商品に生産費用と価格のリニアな関係はありません。

 美味しいワインです。外殻の境界線がなく広がる味わいはいかにもアンフォラ。ゆったりと漂う流れが心地よい。そしてそうと言われなければアンフォラだと分からないピュアさ。昔と異なり、最近のアンフォラワインは土臭くなりませんね。隣にいたRVFのジャーナリストもしきりに感心してました。しかし値段を聞くと・・・。

 このような「ラグジュアリーマーケット用アイコンワイン」はロバート・パーカーから高い点数をもらって意味があります。しかし92+。微妙です。「アンフォラから直接ピペットでグラスに入れたサンプルだったからかな」。たしかにこの重量級スペシャルボトルから飲むほうが点数が高くなりそう。しかしパーカーもバカではありません。このワインはポテンシャルはありますが、まだ未完成。スケール自体は値段からすると小さめなので、「小さなアンフォラですね」と聞くと、たったの160リットル。やはり600ぐらいは必要かと。小さいアンフォラは酸素が多すぎてワインに生命力が失われると思います。特にグルナッシュは弱い。また下方垂直性が不足するので、「セラーの床に置いただけでしょう」と聞くと、「そう」。「使用前にアンフォラにどういう処理をしましたか」と聞くと、「何もしてない」。誰かドメーヌに行って指導してきて下さい。高いワインが点数が低いと逆効果。さすがにラグジュアリーマーケットなるワイン消費者も意図を見透かしてしまう。建築家として貯えた資金をどんと投入したに違いないのに。私も改善アイデアを出してきましたが。

 この手のワインはフォーミュラが確立していないので、皆ひとりひとり試行錯誤。世界アンフォラワイン連絡会みたいものがあれば、もっと情報交換の場を開催したほうがいい。研修場所はトビリシが順当でしょうが、世界のアンフォラ(というかクヴェヴリ)ワインの消費の中心地と言っていいほどになった東京もいい。土地とブドウ品種の違いとクヴェヴリ用粘土の原産地の関係とか、焼き方の関係とか、陶芸大国日本でこそ出来るシンポジウムのテーマでしょう。ほんと、今どき、アンフォラで発酵しました!というだけでは意味がありません。ファインチューニングして完成度を高めていかないと、流行りもので終わってしまう可能性だってある。それは絶対に避けねばならないシナリオです。

 「ラグジュアリー・マーケット用のアイコンワイン」をめぐる議論はもっと深められねばなりません。格付け1級ワインなしのボルドー、モンラッシェなしのブルゴーニュ、、、。ちょっと考えられません。それらはまさに産地のイメージと付加価値を決定するアイコンですが、しかしそれらは永続的な超越性を保証する、歴史によって実証されてきたテロワールという実体的な裏打ちがある。アイコンワインはアンフォラで発酵したからアイコンになるわけではなく、値段を無理やり高くしたからアイコンになるわけでもないと思います(そうとも言えない例は新世界にあるにせよ)。

 ではラングドック・ルーションにおけるアイコンワインとは何か。今回繰り返し触れているグランクリュの制定は、産地全体を水平的差異構造から垂直的位階構造へと転換していくための方策です。アイコンワインがあるとすれば、産地全体の戦略に則った形が望ましい。つまり、AOPコート・ド・ルーションからではなく、近い将来グランクリュとして公式に認定されるであろうブートナック、ラ・リヴィニエール、ラ・クラープ、テラス・デュ・ラルザック、ピク・サン・ルー、モーリー・セック、コリウールという七つのAOPから誕生しなければなりません。私はこのような典型的フランス的貴族社会的思想には必ずしも同意しませんが、日本においても高級ワイン消費とエリーティズムは結びついているようですから、客観的・経済的にはこの方向性でいい。しかしそれらが本当に実体的な裏打ちとなるだけの土地であるかどうかは歴史が決めること。今回いろいろとテイスティングして、ブートナックとラ・リヴィニエールは紛れもなくそうだとは思いましたが。

 アイコンワインがないことがいい、という考えもあります。例えばロワールや南西のワインは、アイコンの象徴価値を間接的に消費するというより、食卓における実質的な消費にしっかりと支えられている。しかし実質的な消費の前提は、主体的な選択を可能とする知識です。日本でラングドック・ルーションのワインに対する知識が深まり、誰もがそれぞれのAOPまたIGPのキャラクターを理解し、適材適所でワインを選べるようになったなら、それが私にとっての理想像です。いや、誰もが、とは言いません。プロならば、です。私もあと10年ぐらいこうしてテイスティングしていければ、少しは見えてくるかも知れません。

 私はアイコンワインに関して、上記ふたつの基本的スタンスとは別の考えを持っています。アイコンとは聖画のことです。聖画そのものに祈ったら偶像崇拝です。しかし第二ニカイア公会議で、聖画は描かれた対象を崇拝する手段であるとされました。絵の向こう側にあるものと信徒を結びつける役割を果たすとみなされるから意味がある。現在のアイコンワインは、それじたいが崇拝の対象にしか見えません。ないし、それ自体を崇拝させるべく造られたとしか。つまり偶像崇拝です。アイコンワインなきワインは、ひとりひとりによほどの覚悟がなければ無宗教になりがちです。本当のアイコンワインは、公会議で認定された通りの意味でのアイコンでなければなりません。

セミナーとイベント

□■INRAによる新しい耐病性品種

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▲ワイン生産大国の地位をフランスが維持することができるひとつの理由は、このINRAの存在。品種ごとの特徴をチェックするのはよいとして、それらのブドウはすべて基本的にはINRAのひとつの畑に植えられています。どんな土なのかと聞くと、石灰質ローム。異なった土でも実験しないと、それがワインとして優れているのかどうかは確実にはならないではないか、と言うと、その実験はこれから、とのこと。それにしても、下写真で一目瞭然のように、新しい品種のカビ耐性は見事なものです。

 ナルボンヌにあるフランスのブドウ研究機関INRAでは、うどん粉病とベトカビ病に耐性のある新しい品種の開発が行われています。フランス農地の3%を占めるブドウ畑で20%の農薬が使われ、その80%が防カビ剤なのですから、環境と国民の健康を守るためにも極めて重要な取り組みです。
  テロワール&ミレジメの中で行われた、IINRA実験農場ペシユ・ルージュの科学者たちによるセミナーで、彼らが新たに作り出した耐病性品種ワインを試飲することが出来ました。そもそも耐病性品種をどう作るのか。もちろん遺伝子組み換えではありません。うどん粉病に全くかからない、そしてベトカビ病にも強い耐性を持つアメリカ南東部の品種、ヴィティス・ロトゥンディフォリアのマスカディーニョとヴィティス・ヴィニフェラのマラガ・シードリングを交配します。その子供とカベルネ・ソーヴィニヨンを交配。その子供をピノ・ノワールと交配、その子供をグルナッシュと交配、その子供をセミヨンと交配、その子供をフェールと交配、その子供をさらにフェールと交配。このようにして、ヴィティス・ロトゥンディフォリアの耐病ゲノムを維持したまま、その血を薄めて、遺伝子配列的には98.7%がヴィティス・ヴィニフェラの品種が出来上がりました。これはひとつの例で、それが写真のロゼになりましたが、それだけではなく、いろいろなヴィティス・ヴィニフェラ品種との交配によるいろいろな品種が作られています。
  ヴィティス・ヴィニフェラの血が濃くなるに従い、味に立体感と骨格が出てくるのが興味深い。余韻も向上。アメリカ品種は香りの問題ばかり言われますが、私はそれは個性の一つとだと積極的に捉えています。ただ前記の点は問題です。
  16種類飲み、いくつかは大変可能性があると思いました。ドイツでは赤の交配品種はタンニンが強く色が濃いものを多く見かけますが、今回の赤は、フェールやグルナッシュの影響が強く、ゴリゴリしてません。フンワリしてとてもグルナッシュ的なものもあり、すぐにも実用化できると思います。
  せっかく作っても栽培されワインにならなければ無意味。これからどういうロードマップがあるかを聞くと、I NA O次第だと。認可品種にするか否かの決定過程にI N R Aは関与するのかと聞くと、ない、と。これは時間がかかりそうです。ブドウのため、農家のため、消費者のために、すぐにアクションを起こして欲しい。そしてヴィティス・ヴィニフェラ98.7%ても完全な耐うどん粉病性があるなら、まさに日本のための品種。すぐにでも輸入して栽培実験を始めて欲しい。硫黄と銅に依存する農業から脱却する道を皆で真剣に模索すべきです。まずは消費者が有名品種名でワインを飲む悪しき習慣をやめないと、どれほど素晴らしい品種が出来ても、売るすべがありません。

□■Chateau de Pennautierでの南フランスワイン・ソムリエコンテスト

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 カバルデスのChateau de Pennautierで、南フランスワイン・ソムリエコンテストが行われました。このシャトーはヴェルサイユ宮殿と同じ建築家による豪華なもの。その中で最終審査。ひとりづつ、不意打ちで、あるアペラシオンについて10分スピーチ。全アペラシオンを相当詳しく理解していないと、人前で淀みなく10分喋れません。イギリスの人、上海の人、そして地元カルカッソンヌの最高級ホテル、オテル・ド・ラ・シテのシェフソムリエの3人がファイナリスト。スピーチは、あまりに当たり前ですが、地元のフランス人の圧勝。知識レベルが別次元。毎日その中で暮らしているのですから。しかし、このような当たり前の結果になるようなコンテストをしても市場開拓には今ひとつ繋がりません。フランスで最終審査せずともそれぞれの国で完結で十分です。日本のソムリエの方も当然いらっしゃるかと思いましたが、、、。いろいろお話を伺いたかったのに残念。日本のソムリエの方々は超絶的知識の持ち主ですし努力家ですからこのようなコントストは楽勝でしょうに、ラングドックには興味が薄いのでしょうか。ちなみにスピーチはフランス語か英語です。ウィットとユーモアを交えながら即興でそのアペラシオンについて外国語で話すのは大変です。上海のソムリエを見ていてかわいそうになりました。日本人はどうなのでしょう。昔は外国語がへただと言われていましたが、最近は東京で行われる試飲会で海外の生産者さんに対して来客の方々が流暢にいろいろな外国語で話しているのを見かけますから、もうなんの問題もないのではと思います。
 ちなみに私のテーブルには日本でもお馴染み、Hecht&Bannierのワインメーカーが。日頃からあの独特の落ち着き、淡々とした中の繊細なディテール感、ソフトな広がり、アタックより余韻重視のスタイルがどうやって生み出されるのか気になっていたので絶好の機会。それはブルゴーニュ樽での2年という長い熟成が要だとのこと。確かにブルゴーニュ樽の味がします。それに、ラングドックの人ではなくボルドーの人。道理で典型的なラングドックらしくはないわけです。それでいてラングドックでしかありえない味を、他とは違う形で作り上げたのですから大した才能だと思います。直接話を聞くまでは、ずいぶん外部の目を意識したワインだな、ちょっと苦手だな、と思っていたのですが、実際に生産者さんに会って考えが変わりました。外部の目を意識したワインではなく、外部の目でとらえなおしたワインだったのです。それなら評価軸が変わってきます。
 このような南フランスをテーマにしたコンテストは、ソムリエのみならずショップの人向けにも、どんどん開催してもらいたい。日本で、です。

□■コリウールのセミナー

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  今までどうしても理解できなかったことがありました。いろいろな人に聞いても釈然としない。それはバニュルスとバニュルス・グランクリュの違いです。後者がグルナッシュ・ノワール比率が高いのは知っていますが、他の要件がある。今回はルーションワイン委員会長とアペラシオンの会長がいらしたので、聞いてみました。すると、それはグランクリュ申請ワイナリーの所有畑総面積のうち60パーセント以上にグルナッシュ・ノワールが植えられていることだ、と。つまりバニュルス・グランクリュはアルザスやブルゴーニュといった他のグランクリュと異なりテロワールは関係ない。畑を選ぶというのはそういう意味だったのか!しかしその人の畑の6割以上がグルナッシュであることと、個々のワインが高品質であることの間には何の関係もない!今は地球温暖化でグルナッシュよりカリニャンが注目されるような時代。バニュルス・グランクリュの規定は無意味であるばかりか誤解を招き、また将来の発展のためになりません。

  コリウールの現在のタイプ別比率は赤55、ロゼ23、白18パーセント。いつのまにかロゼがそんなに。日本以外ではロゼが人気ですから。私は日本がロゼブームに乗らなかったのは賢いと思っています。美味しいワインに当たる確率はロゼが一番低い。今回も修行だと思って3桁台の本数のロゼをのんでいますが、ほとんど時間の無駄です。

  ちなみにコリウールとエリアが重複するIG Pコート・ヴェルメイユの中に、私の大好きなランシオ・セックが含まれます。AO P589ヘクタールなのに対してIG P面積は白ロゼ赤ランシオ含めてたった7ヘクタールです。ランシオ・セックはなきに等しい。 またコリウール村に買いに行かないと。私が最も好きなロゼのひとつであるバニュルス・ロゼも!バニュルスで一番美味しいのはロゼです。他に誰もそう思っていないにせよ!

□■『ヴュー・ミレジム』、熟成VDNのマリアージュ

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▲ランシオ系ワインは古典的フランス料理ではなく、四川や上海の料理と合わせると、食中酒としての本領を発揮するのではないかと思います。そうせずとも、これは単体で完成された味わいです。最後のディナーが酒精強化がテーマとは憎い演出だと感激します。

 ペルピニャンの著名なレストラン、『ル・クロ・デ・リス』で、各VDN生産者組合会長や生産者多数を集めて、熟成VDNとフランス料理のマリアージュ・イベント。メニューとワインリストは写真を拡大して見て下さい。

 ワインだけ味わっているなら、VDNファンとしては感激の連続。素晴らしいワインばかりです。しかしこれはマリアージュのイベント。正直、普通のフランス料理に熟成VDNを合わせても、ワインの風味が強すぎ、アルコールが高すぎ、そして何より糖分が多すぎて、料理の味がしません。

 フォワグラとミュスカ・ド・リヴザルトは順当です。しかしここでさえワインが料理を抑圧してフォワグラの質感が粗く、味が苦くなる。思わずこれはフランス産ですか、と聞きました。焼いた魚とリヴザルト・アンブレ、仔牛のローストにバニュルスは・・・、ご想像に任せます。ラギオールのチーズにモーリーは美味しいですが、添えられたプルーンのジャムなしでは難しい。デザートのチョコレートムースとバニュルスやモーリーを合わせると、ワインが妙に苦く固くなって、樽風味も遊離し、お互いに別々に味わったほうがずっと美味しい。困ったものです。VDNは、ポートと同じく、熟成させるとアルコールが目立ちます。果実味は落ちても、ミュータージュに使われる純粋なアルコールの味は落ちません。これが問題。熟成させていなければまだ果実味の部分で相性の可能性はあったとは思います。

 料理と合わせてVDNを楽しむことが不可能だとは言いません。食中酒としてVDNを再生させるには、フォーミュラを変えるしかない。現在の最低45グラムという残糖では多すぎ。現実にはもっと多く、80から110とかです。それを25グラム程度に下げれば使いやすくなるはずです。しかし現在の規定である収穫時の最低ポテンシャルアルコール15度のまま、現行の製法そのままで糖度を下げれば、ワインのアルコールが18度を超えることになる。となると、ブドウの収穫時期を辛口ワインと同じぐらいにして(辛口用ブドウより酒精強化用のほうが収穫は2週間ぐらい遅いそうです)、添加アルコールを少なくするしかない。それで何か問題があるでしょうか。つまり、現在のワインに加えて、VDNドゥミセックの規定を作ればいいと思います。

 そう言うと、皆で口を揃えて、「いや、それは伝統だから変えられない、法律で決まったことだからそれに従うのが大事」だと。では消費スタイルや料理の変化に合わせないで、役に立たないワインとなり、大切にしているその伝統が滅んでいって、辛口ワインの産地になっていいのか。さらには、「チーズやデザートに合わせればいいではないか」と言われました。しかしそうだとしたら、このマリアージュイベントの意味はなんなのだろうかと根本的な疑問を抱きます。

 フランスの農家は保守的で、人と違うことをしようとしないと、いつもワイン産地で思います、だいたい、何をすればいいか、より、出来ない理由を考える時の方が頭の回転が早くなる。法律は人が作るもの。名目的にはINAOは生産者が総意で決めたことを承認する機関であって、勝手に決まりを作って生産者に押し付ける暴力ではないはずです。

 ルーションの委員会も日本に来てワインジャーナリストや専門家を集めて意見を聞いているようです。彼らが今まで改善策と未来像を提案してこなかったとは考えられません。聞いて何もしないなら聞かないのと同じです。

 残糖分を下げれば酸化熟成タイプのVDNは紹興酒の代わりになる。それは美味しそうだと常々想像しています。「紹興酒が中国料理に合うなら残糖を下げたVDNも合うはず」と言うと、委員会の方が、「中国に行って紹興酒を飲んだが、VDNのほうが甘くて酸があるから紹興酒とは違う」。いや、私は現状のVDNと紹興酒が同じ味だと言っているのではないです。未来のためにどうすればよいかを考えてアイデアを出しているのですから、生産的な議論をしてもらいたい。ともかくポテンシャルとしてはアジア料理に対する適性はフランス料理よりあるはずです。

 もうひとつ手取り早い改善策は、ランシオ・セックをIGPからAOPに格上げすること、つまりリヴザルトやバニュルスAOPの中にランシオ・セックを含めることです。なぜランシオは甘口だとAOPで辛口だとIGPなのか理解に苦しみます。

 エマニュエル・カーズさんはミュスカ・ド・リヴザルトの会長なので、帰り際、「おいしかったですが、ワインが甘すぎて料理と合いません」。「確かに」。「ドゥミ・セックのVDNを作ってください」。「IGPなら可能かも」。「まずはそれで新規市場にあたりをつけてみないと、将来が危ういです」。ルーションの委員会によれば、アンブレタイプの生産は伸びているが、ミュスカは減少傾向だそうです。

 ところで私がVDNが好きな理由のひとつは、SO2が極小だからです。それはそうです。SO2なしでも高いアルコールで保存性が高まります。ある生産者に聞くと、「瓶詰め時にほんの少し、15ミリぐらいしか入れない。当然樽熟成前に入れたら熟成しないのだからVDNにならない」。SO2はワインにとって完全な異物ですが、ブドウのアルコールは仲間です。ルーションの場合、添加するアルコールはルーションのブドウから造られるそうです。その土地のものでなければアペラシオンの筋が通らない。イタリアやスペインのブドウからアルコールを造るポートは見習ってほしいです。

あとがき

 いいかげん、ラングドックを北方品種ワインの廉価版を造る大量生産産地とみなすのをやめてほしい。私はまずそれを言いたい。

ラングドック・ルーションはフェニキア、ギリシャ、そしてローマの時代からの長いワイン文化のある産地。地中海沿岸らしく、料理とワインを共に楽しむ暮らしがある産地。そして気候と土壌に恵まれた産地。フランスワインを北から見るのではなく、むしろワインの伝播経路に従ってラングドック・ルーションから見れば、フランスワインのおもしろさが違う視点で理解されてきます。いや、そちらのほうが正しい理解だと思えるのです。

 しかしラングドック・ルーションはあまりに広大で、あまりに多岐にわたるワインを算出しているがゆえに、その膨大な情報量を前にしり込みしてしまう人が多いのも知っています。そこでおじけづかず、いったん扉を開けることができたなら、興奮の時が必ず訪れる。その興奮を味わうことができる最上の機会が、テロワール&ミレジメ・アン・ラングドックです。

2018.03.05

ラングドック、Mas de Bayle

 クリュとはなんなのか。上級アペラシオンとベーシック・アペラシオンの差はなんなのか。それを理屈ではなく感覚として分かるためには、同じ生産者が同じ条件で造る両者のワインを比較する以外に方法はない。

 ブルゴーニュならば、同じリューディで違うクリマという例があり、ブドウ畑の地図から探すことができる。しかしラングドックで区画地図は公開されていない。機会があるごとに聞いて回るしかない。もちろん違う品種や造りのワインならいくらでも探せるが、それでは変数が多すぎて好例とはならない。

 長年探してきて、やっとよい比較対象を見つけた。マス・ド・バイルの「ラングドック」と「グレ・ド・モンペリエ」である。グレ・ド・モンペリエは一時クリュに選ばれていた、そして今でもグラン・ヴァンとされる、上級アペラシオン。INAOの判断基準はどのようなワインをよしとするのか、これで分かる。

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▲マス・ド・バイルの畑。手前の平地がAOPラングドック、左奥の斜面がAOPグレ・ド・モンペリエになる。所有面積は20ヘクタール。

 両者はグルナッシュ主体でタンク熟成。普通はベーシックなワインがタンク熟成で、上級アペラシオンは樽熟成になってしまうから、正当な比較ができない。両者の畑は地続きで、ラングドックは平地、グレ・ド・モンペリエは緩斜面である。土壌はこの地では一般的な石灰岩の礫を含むロームで、当主のセリーヌ・ミシュロンは「両者ともに同じ」と言う。

ワインを比較すると、どちらがよいかはにわかには判断できない。ラングドックは黒系果実味の厚みとパワー感が心地よい水平的なワインで、流速が遅く、タンニンは若干粗く、酸が太く、大きくて、余韻は長い。グレ・ド・モンペリエは赤系果実味の純度とリズム感が印象的な垂直的なワインで、流速が早く、タンニンは硬質だが粒が小さく、酸はより高く抜けがよく、しかし小さく、余韻は短い。

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▲ボルドー瓶に詰められる左ふたつ、Languedoc Cuvee Tradition 2016 とGres de Montpellier Cuvee Odon 2016 は樽不使用。前者はシラー40%、グルナッシュ40%、カリニャン20%。後者はシラー40%、グルナッシュ40%、ムールヴェードル20%。ブルゴーニュ瓶の高額ワインふたつ、AS de BayleとUne Fille Dans Les Vignesはシラー90%、カリニャン10%でマセラシオンが3週間と長く、後者は樽熟成10カ月。高価なワインになればなるほど、つまり、あれこれ技巧を凝らすほどおいしくなくなるのはラングドックではよくあること。素材がいいなら、刺身がうまい、ということだ。



どちらが好きかと言われれば文句なくラングドックを選ぶ。ピクプール・ド・ピネの北東に隣接する地区のワインである以上は、海沿いの鷹揚とした雰囲気と南国らしいざっくりとした温かみを求めたいからである。グレ・ド・モンペリエのような方向性なら、極端に言えば内陸の産地からも得られる。それは好き嫌いの範疇だとしても、スケールの大きさと余韻の長さは客観的な指標なはずだ。どうして上級アペラシオンのほうが小さくて短いのか不思議だが、逆に何がクリュにとって重要とされる要素なのかがよく分かる。垂直性、抜け感、早い流速といった、フランスじゅうの上級アペラシオンのワインから観察される特徴は、ラングドックにおいても優先的な評価対象なのだ。仮にそれが重要でないなら、上級アペラシオンを高いお金を出して買う必要はない。 

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▲Mas de Bayleの外観と発酵タンク。


セリーヌさんの祖父が1997年に創業したマス・ド・バイルは、海外メディアで取り上げられるような華々しいストーリーや変わった造りなどなにもない、ある意味地味な、典型的国内消費用ワインだ。輸出先はドイツと米国のみで、輸出比率は3%から5%しかない。上記ふたつのワインの特徴はマセラシオンの期間の短さだ。たった1週間しかない。発酵温度が25度から27度と低めで、また樽を使っていないため、ゴリゴリとしたタンニンや息が詰まるような固まった果実味とは無縁の、しなやかで伸びやかな風味と繊細な構造がある。地元で飲まれるワインはこうでなくてはいけない。

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▲当主のCeline Michelonさん。


輸出向けの派手なワインはもう飽きてきたという人も多いだろう。他人と競争するような味は疲れると思う人も増えてきただろう。その点、マス・ド・バイルのワインは、無駄、無理がなく、生産者が意識してきちんとできることを着実な足取りで行っているような安心感がある。普通の上質ラングドックワインが好きなら、そしてモンペリエからセートあたりの海辺の味が好きなら、日本の日常の食卓のためにお勧めしたい。


 

2018.03.04

ラングドック Mas de la Plaine Haute

 日本でラングドックワインを見かけるとしたら、それは安価なペイドック、つまり北方品種の廉価版としてか、それともビオワインとして、だ。そうではなく、ラングドックの味を理解しようと思ったら、いったいどのアペラシオンのワインを飲んだらよいのか。そもそもどのエリアを飲めばよいかが分かっているなら、既にラングドックを理解している。分からないから多くの人が困っている。

フランスワインは位階秩序のワインなので、クリュをまず飲んでおけば、その産地の特徴が見えるとも言える。ではラングドックのクリュはどこか。ここ数年、その議論が盛んだ。上級アペラシオンを確定し、その価値を上げることでラングドック全体へのアンブレラ効果をもたらすという戦略は正攻法であり、ラングドックはクリュ策定にいそしんでいる。2011年に発表された時点ではブートナック、ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエール、ラ・クラープ、ピク・サン・ルー、ロックブリュン、ベルルー、テラス・デュ・ラルザック、ペズナス、グレ・ド・モンペリエ(以上すべて赤)、リムー白がクリュだとされた。ラングドック委員会の広報資料を見ると、今は最初の6つが残り、フォージェールが加わっている。かと思えばホームページの違う場所では、ブートナック、ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエール、ラ・クラープ、テラス・デュ・ラルザックの4つがクリュとされている。どうなっているのだろう。ともかく、内部でも紛糾しているようだし、クリュの選択についての議論をしていると際限がないのでやめておくが、基本的了解事項ではあるので、これらのワインはテイスティングしておいて欲しい。そうでなければ話が前に進まない。

私が今回ラングドックで確認したかったのは、ラングドック委員会が考えるクリュではなく、自分なりの経験をもとにフラットに考えた結果の“グラン・クリュ”の味だ。私が選ぶのは、フロンティニャン、クレーレット・デュ・ラングドック(現状のエリア全部かどうかは別として、少なくともアディサンやアスピラン)、ベルルー、フォージェール、ブートナック、ミネルヴォワ・ラ・リヴィニエール、フィトーである。

ラングドック最初のAOC1936年のフロンティニャンである。ミュスカ系アペラシオンの認定順を見れば、フロンティニャン、43年のリュネル、49年のサン・ジャン・ド・ミネルヴォワ、59年のミレヴァルの順だ。これを見て思わないだろうか、優れたワインから認定されている、と。ミレヴァルはもっさりしている。サン・ジャン・ド・ミネルヴォワはミネラリーだが官能性がない。リュネルはミュスカの魅力全開で上品だがミネラルと酸に若干欠ける。そしてフロンティニャンはリュネルの果実味と香りにサン・ジャン・ド・ミネルヴォワの酸とミネラルを足したような味がする。この記事を読まれている多くの方々もたぶん同じ意見だろう。畑を見たことがあればなおさら分かるが、飲んだだけでも明白だ。この点に関して、往年のINAOの見事な見識を尊敬するしかない。

かつてナポリ王国の宮廷晩餐会のワインリストを見たとき、フロンティニャンがラフィットやイケムと並んでいるのを発見した。昔はそういうポジションのワインだった。なぜ今は違うのか。ローマ帝国以来の由緒ある畑のテロワールが、戦前まではよしとされ、最近になって軽視されるというのはどういうことか。ミュスカの市場性が小さいからだと言うなら、グラン・クリュにあからさまな政治色とマーケティングを持ち込んでいると糾弾されるべきだ。ではボンヌゾーやソーテルヌ等の甘口ワインも格下げするのか。建前を通さねばならないところでは通さねばならない。

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▲斜面の上にある質素なドメーヌ。父親は若木4ヘクタールを所有、オリヴィエは古木のミュスカと若木の黒ブドウ計4ヘクタールを所有。

 現当主オリヴィエ・ロベールの先祖であるバプティスト・パランが19世紀末に創業したマス・ド・ラ・プレーヌ・オートは、総面積797ヘクタール、ドメーヌ数26軒のフロンティニャンの中にあって2軒しかないオーガニックワイナリーのひとつである。もうひとつは高名なシャトー・ド・ストニーで、12ヘクタールと規模が大きいが、こちらはたった4ヘクタール(当人は3ヘクタールと言っていたが、ホームページでは4)。ワインだけでは生きていけないので、オリヴィエ・ロベールは携帯電話の修理屋でもある。「ワインが欲しい時はまず電話してくれ。町中の店からワイナリーに駆けつけるから」と言われた。父親は配管工でもあったとホームページに書いてある。本来なら、そんなことをしなくてもよい土地なのに、、、。

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▲フロンティニャンの畑には第三紀プリオセーンの石灰岩の礫がたくさん。



 路上のマルシェで売っているようなワインでも、協同組合のワインでも、今までまずいフロンティニャンには一本も出会ったことがない。常にフロンティニャン独特の伸びやかさと気品とやさしさとメリハリがある。オーガニックだとなおさらだ。見た目はぼろい田舎家で、醸造設備もかわいそうなぐらい質素だが、それでもオリヴィエさんの造るフロンティニャンは別格の気品を振りまく。通常のフロンティニャン以上に垂直的で、立体感があり、ダイナミックで、当然ながら人工的な気配がしない。高価なコンロとブランドのフライパンで焼いた並の肉と、薪で火を起こしてそこらの鉄板で焼いたAOP牛と、どちらがおいしいか。私は前者のようなワインより後者のようなワインをよしとする。

 それはわざわざ訪問するまでもなく自明なことなのかも知れない。しかし私は前日、カブリエールはグラン・クリュ足りえるか否かについてジェラール・ベルトランと議論していて、もう一度“グラン・クリュ”の味を確認したくなった。私にとってグラン・クリュとはどこなのかを再認識したいと思った。栄光ある1936年認定AOC、フロンティニャン。北方系品種や北方系スタイルとは関係ない、本来のラングドックらしいラングドックを考察するためには、再びここから始めるしかない。

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▲なんともラングドックな色合いのテイスティング・ルーム。ミュスカ・ド・フロンティニャン・クラシックは8・5ユーロ。赤は10ユーロ。フランスで買っているぶんには安いと思うが、残念ながらこの価格では日本では高すぎて売れないと言われるだろう。



 ではフロンティニャンはミュスカしかおいしくないのかという疑問がわく。気候的にも土壌的にもミュスカでなければならない理由などない。偉大なテロワールは、基本、その土地に好適な品種であるならば、品種を問わずその偉大さを表現する。コルトン・ランゲットはシャルドネもピノ・ノワールも素晴らしく、ランゲンはリースリングもゲヴュルツもピノ・グリも素晴らしく、サヴニエール・ロシュ・オー・モワンヌはシュナンもカベルネ・フラン(AOPにはならないが)も素晴らしい。訪問の目的は、この疑問に対する答えを見つけるためでもあった。

 マス・ド・ラ・プレーヌ・オートではムールヴェードル40%、シラー45%、グルナッシュ15%の赤ワインも造る。もちろん赤をフロンティニャンで造ったらIGP Pays d’Hérault Collines de la Moureでしかないが、その2016年ヴィンテージは想像どおりの見事なワインだ。海辺ならではのゆったりした余裕のあるパワーとしなやかな酸に、濃厚で立体的な果実味に、垂直的な構造。余韻は明らかにグラン・クリュの長さ。ブートナックやラ・クラープといった定評あるクリュと比べてなんの遜色もない。やはりフロンティニャンは偉大なテロワールなのだ。

 なぜこれほどの土地がIGPなのだろう。フロンティニャンAOPを設けて地中海品種の辛口を認可し、旧来の酒精強化甘口ミュスカはミュスカ・ド・フロンティニャンAOPのままにして、二本立てのアペラシオンにすればいいではないか。そうすれば、甘口ワインの不人気に引きずられて偉大なテロワールじたいも忘れ去られるような愚を犯すこともない。

 私はラングドック委員会の記者会見やミーティングに呼ばれたことがないので、彼らが何を考えているのかは直接は知らない。もし話ができる機会があれば、彼らにとって優れたテロワールとは何を意味するのか、そしてなぜフロンティニャンがクリュと見なされないのか、聞いてみたいと思っている。だが彼らの答えがなんであれ、私にとってはフロンティニャンはグラン・クリュであり、それをマス・ド・ラ・プレーヌ・オートで再確認したのだった。

 

 

2018.03.03

ボルドー Chateau Haut-Bergey

 レオニャン村にある地味なシャトー、オー・ベルジェイ。お買い得ワインとして認識はしていたものの、格別な印象はまったくなかった。ガルサン一族の所有するシャトーとしては、クロ・レグリーズやバルド・オーのほうが目立っていた。

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▲シャトーのレセプションエリアの、パンテオンのような天井。

 しかしオーナーの息子で音楽家のポール・ガルサンが2014年にシャトーに戻ってきてから、すべてが変わった。旧態依然とした体制を見限り、スタッフ全員を入れ替え、考え方を改め、2015年に一気にビオディナミへと転換した。祖父が所有する、同じくペサック・レオニャンにあるシャトー・スミス・オー・ラフィットの影響だろうか。ともかく英断である。それはオーナーしかできない。旧弊に骨の髄まで浸ってきた人間にもできない。若い世代のほうがオーガニックに関心を持っているというデータはよく知られている。私はそこに大きな期待を寄せる。ポールのような人が増えれば、ボルドーは明らかに変わる。

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▲最初にビオディナミの実験を始めた区画。まだ樹齢は4年。
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▲オー・ベルジェイの土壌は砂が多いようだ。軽やかでフルーティなワインを造るべき土壌だと思う。



 栽培責任者であるアンヌ・ローランス・ブーベ・ド・グラモンによれば、シャトー・オー・ベルジェイは2018年、ペサック・レオニャンで最初のデメテール認証ワイナリーになる。ビオディナミを行う困難は何かと聞くと、「600リットルという大きなダイナマイザーを持っていて、大量のプレパラシオンを作ることができるが、散布は一日12へクタールが限界で、時間がかかってしまう」ことだと言う。シャトー・オー・ベルジェイの畑は40ヘクタール。大規模なボルドーならではの悩みだ。ならば馬を買い足すなり、現在6人いる社員と4人いる不定期雇用者を増やすなりすればばいいのではないかと思うが、それは経営上の話だろう。「樽は赤ワインが300リットル容量、白ワインが300から500リットル容量。SO2の添加量も少なく、もちろんデメテールの許容量以下。これから白ワインに関しては無添加バージョンも造る」、等々、彼女の話を来ていると、いかにも現代的で、ラングドックやロワールの小さなドメーヌにいる気分になる。ペサック・レオニャンのワインがビオディナミ&SO2無添加になるなど、数年前ですら想像できなかった。

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▲栽培責任者のアンヌ・ローランス・ブーベ・ド・グラモンさんが案内してくだった。前職はシャトー・ギローの栽培アシスタントであり、そこでビオディナミを習得したそうだ。

 赤のグラン・ヴァン、シャトー・オー・ベルジェイ2015年は樽が強すぎ、味がほぐれず、まだ昔風の面影がある。しかし白の2016年は重心が下で、熟した果実のとろみや厚みがあり、力が横溢してスケールが大きく、リズム感や外向的な明るさがあり、あの戯画的ソーヴィニヨン臭ロワール・コンプレックス・ワインとは無縁の、本来あるべき南国味が感じられる。これを飲むと、やっとボルドーの白がまともなワインになってきたことが分かるだろう。


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▲醸造所の中。樽は写真ではよく分からないが、容量が大きい。

 圧巻は、キュヴェ・ポール2015年である。オーナーが自分の名前を冠するだけあって、思いの丈が違い、よりダイナミックで、よりポジティブだ。メロディーの横方向の流れの美しさとリズムの縦方向の切れが合体し、ノリがよく、飲んでいて分析的な気分にならず、常に総体を享受できる素晴らしいバランスがあり、楽しい。さすが音楽家の造るワインだ。黒系果実の熟してピュアな香りに適度にスパイスがのり、重心は下で、形は垂直的でいてしなやかに丸い。現代ボルドー、トップクラスのワインであり、ペサック・レオニャンというアペラシオンの本来の力量をまざまざと示すワインである。ビオディナミ転換初年度でこの質なら、数年後にはどれほどの高みに到達することか。

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▲シャトー・オー・ベルジェイ キュヴェ・ポール 2015年。

キュヴェ・ポール2015年は樽を使わず、コンクリートタンク熟成だと、アンヌ・ローランスは言う。私がキュヴェ・ポールのほうがずっとよいと伝えると、フランス国内ではこちらが人気だと言う。日本はどうなのだろう。樽風味=高級ワイン、樽風味=ボルドーという固定観念から脱却できるか否か、よりワインの内実を見つめることができるか否かが、現代ボルドーを正しく鑑賞するための前提だ。

 

ボルドー、Chateau Olivier

 オリヴィエを訪問したのは初めてだった。160ヘクタールもの森に囲まれ、60へクタール近い畑を所有する、こんなに広いシャトーだとは知らなかった。12世紀にはじまるペサック・レオニャンで最古のシャトーだとも知らなかった。

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▲大邸宅としての“シャトー”ではなく、堀や跳ね橋を備えた城塞としてのシャトーの面影を残す。

なぜオーガニック・ボルドーの話の中にシャトー・オリヴィエが登場するのか、いぶかしく思われても仕方ない。オリヴィエはごく普通の格付けペサック・レオニャン(妙な表現ではあるが)だ。申し訳ないが正直なところを言わせてもらえば、オリヴィエでなければいけない、というTPOは思いつかない。なくても困らない。まずいと思ったことは一度もないが、ほれ込んだこともない存在。

シャトー・オリヴィエがオーガニックの実験をしていると聞いた。オリヴィエでさえそうなのだ、と思った。安心はできるがとりとめのない、何が言いたいのかはっきりとしない、ぺたっとしたオリヴィエの味が、オーガニックでどう変化するのか興味があった。それは皮肉でも野次馬根性でもなく、本来優れているに違いないテロワールの力量を知りたかったからだし、こうした古典的大シャトーがどの程度真剣に取り組んでいるのかを確認したかった。

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▲清潔で機能的だが、過剰に演出的ではないあたりが、オリヴィエっぽい。

実験は6年前に始めた、と言う。しかしテクニカル・ディレクターのフィリップ・ステックルはオーガニックにそれほど関心があるようには見えなかった。プレゼンテーションの内容は、シャトーの西に位置する、18世紀には畑だったがそのあと森になってしまっていた8ヘクタールのBel Air区画を再発見し、2004年にカベルネ・ソーヴィニヨンを植えた、というストーリーがメインだった。

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▲航空写真を見せて区画の解説をするテクニカル・ディレクターのフィリップさん。


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▲これら三つの写真を照らし合わせてみれば、白と赤は違う土壌から生まれることが分かるだろう。これはオリヴィエだけではなく、ペサック・レオニャン一般に該当することだ。だから白と赤は性格的に異なっており、同じワインの白版と赤版とは言えない。

それはそれでおもしろい話だ。航空写真を見ると敷地の端にあり市街に接している部分だが、1720年の地図を見ると、確かにそこは畑になっている。砂利が深く堆積し、カベルネには最適だ。しかし畑面積を増やすことは禁じられているため、新たに8ヘクタール植えるためには、それまでの畑8ヘクタール分を更地にしないといけなかった。そうまでして植えただけの成果は明らかだ。若木にもかかわらず、Bel Air区画のワインは重量感があり、濃厚で、甘みさえあるのに対して、シャトー近辺の旧来の畑はなめらかで抜けがよくても腰高で薄い。なんたる違い。たぶんボルドー郊外の現住宅地の地下には、忘れ去られたグラン・クリュ、いまだ発見されざるグラン・クリュが眠っているのではないのか。

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▲シャトー・オリヴィエ 赤 2005年、2010年、2015年

 2005年、2010年、2015年とヴァーティカルで赤ワインをテイスティングする。タバコや血や土のアクセントと、もやーんと緩いミッドと、ぽそっと終わる余韻の、スタティックなワイン。2005年などつい最近に思えるし、ワインは既に現代的な味わいになっているのかと想像したが、まるで1970年代や80年代に逆戻りした感覚。これはこれで懐古趣味的な動機には最適ではある。それでも、2005年という「つい最近」がこれほど遠い昔であることに驚く。ボルドーの変化は早い。2010年は垂直性が出てきて、酸に勢いがあり、凝縮度が高い味わいだが、樽が過剰で、やはり余韻は短く、スタティックで、昔の味だ。1995年あたりの右岸を思い出す。オリヴィエは時代のスタイルへの反応が遅いのか。

Bel Air区画を含み、ブレンドにプティ・ヴェルドを入れるようになった2015年は、大きく三次元的な広がりがあり、強さと軽やかさを兼ね備え、タンニンが以前とは比較にならないほどキメ細かく、果実味がピュアで、複雑でいてディフィニションに優れ、余韻も長くダイナミックだ。同じシャトーのワインだとは思えない。しかし、オーガニック的な見晴らしのよさがあるかと言えば、若干疑問だ。

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▲シャトー・オリヴィエ 白 2011年、2013年、2015年



次に白。2011年は、教科書的なソーヴィニヨン・ブランの単純な香りがして、小さく、スタティックで、酸が固く、重心が上の、早摘み味。なぜほぼすべてのシャトーがこの方向に行ってしまったのだろう。私以外の人が皆このスタイルをよしとするのだから(故ポール・ポンタリエだけが私と同じ意見だった)、どこかによいところがあるはずだと謙虚に思い、一生懸命にテイスティングしてきたが、ひたすら頭痛がするだけなのでもうやめた。何億人がおいしいと言っても、私にとってはおいしくないものはおいしくない。

2013年は、2011年と同じシャトーとは思えないほどスタイルが根本的に異なり、熟した風味とセミヨン的な厚みと構造があり、重心は下にあって安定している。そして2015年は2013年の延長線上にあり、さらにダイナミックで、さらにスケールが大きく、暑い年だけあって洋ナシのコンポートやオレンジやパイナップルの厚みのある熟した香りも心地よく、酸もしなやかでいてフレッシュ。全体が大きな力の中で調和を保ち、何かひとつの要素だけが目立つこともない。ソーヴィニヨン・ブラン78%、セミヨン20%、ミュスカデル2%というブレンド比率以上にセミヨンを感じさせるのがいい。ボルドーの砂利質土壌にあっては、熟したソーヴィニヨン・ブランは不思議とセミヨン的な個性を見せるようになるのだ。これは明らかにオーガニックの味が感じられる。そして白のほうが赤よりもよい。

ではオリヴィエらしくなくなったのか。そんなことはない。のんびりと鷹揚で、生まれ育ちがよく思いやりがあり、スリルはゼロでも落ち着いて則を超えない味、つまり飽きのこない家庭的上質さは、以前よりはるかに優れた形で健在だ。最新のシャトー・オリヴィエを飲んだら、私はもう「なくても困らないワイン」とは言わない。

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▲向こうが霞むほどに広い畑。手前が石灰、奥の盛り上がっている部分は砂利。周囲は森で、畑は外界から遮断されており、オーガニック栽培、いやビオディナミに最適に見える。

帰り際に、畑のどの部分をオーガニックに転換したのかと聞くと、シャトー正面から見て左、第三紀の泥灰岩・石灰岩の場所。そこには白ブドウとメルロが植えられているという。なるほど、そういうことか!実験を始めたのは2012年。赤の2010年と2015年の断絶の理由、白の2011年と2013年のあいだの方向性の転換と2015年のさらなる質的向上の理由も理解できるではないか!

シャトー・オリヴィエの歩みは遅くとも、正しい方角に向かっている。最新の白ワインからは、確かにここが格付けシャトーであることを示す特質を感じ取ることができる。結果は明らかなのだから、全面的にオーガニックに移行してほしい。シャトー・オリヴィエよ、何を躊躇する必要があるのか。

2018.03.02

ボルドー、Chateau Meric & Chateau Chante L’Oiseau

 今では普通になったオーガニック。しかしどのジャンルにもパイオニアがいる。シャトー・メリックは1964年という極めて早い時期にオーガニック認証を取得した、ボルドーにおける最初のオーガニックワイナリーである。

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▲気取ったところのまったくないシャトー。

 シャンテ・ロワゾーはメリックの当主フランソワ・バロンのいとこが所有するが、醸造・販売は同じだ。メリックは砂質、シャンテ・ロワゾーはより粘土質という土壌の違いがある。

 オーガニックを始める理由にはいろいろある。農薬による健康被害という人、市街地に畑あるからという人、国立公園の中だからという人、思想的な理由の人。メリックの場合はユニークだ。奥さんのシルヴィー・バロンさんに話を聞くと、「畑の近くにフランス軍の演習場があり、そこで匍匐前進などの訓練をしていた。祖父は、そんな場所で農薬を使っては軍人さんに申し訳ないと思った。当時は除草剤や殺虫剤といった農薬がたくさん登場してきた。それまで農薬を使わずに農業をしてきたのに、なぜ今になって使わねばならないのかと疑問に思った。人間に悪いものは使いたくない。だからそのままオーガニックへと移行した」。

 パイオニアならではの苦労は大きかった。「当時は完全に変人に思われて村八分だった。おかげで多くの友人を失った。しかしオーガニックが正しい道だと信じる祖父は、めげずにオーガニック運動のPR活動を積極的に行った。通常の方法ではワインは売れないから、オーガニックに敏感な消費者のグループを探して直接販売した。どこでもそういう人たちはいる。今でも生産量の7割は消費者への直接販売だ。潮目が変わったのは2000年。狂牛病が大問題となり、一般消費者のあいだでも食品の安全性が大きな関心事となった。さらに除草剤の有害性がニュースになり、今ではオーガニックワインの販売は難しくない」。

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▲ワインの残留農薬はすべてゼロだという証拠書類がセラードアに置いてある。


 オーガニックへの偏見は根強く、5年前まではワイナリーの看板にBIOと表記もしなかったそうだ。書いてしまうと一般の消費者が近寄らなかったのだという。信じがたい話だ。「友人にワインをテイスティングしてもらう時もオーガニックとは一切言わなかった。おいしいと言われて初めてオーガニックであることを伝えた。分かる人は飲めば分かる。今では、うちのワインは知るべき人に知ってもらえたからよかったと思える」。

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▲現当主フランソワ・バロンさん。セラーわきのオフィスの中で。

 こんなに重要な老舗なのに、オーガニックの展示会では見かけたことがない。すると、「オーガニックの展示会のあの独特の雰囲気が嫌いだから、普通の食品の展示会しか行かない」。それはよく分かる。私もあの雰囲気は嫌いだ。昔はそうでもなかったが、オーガニックがファッショナブルになり、「ビオワインが好き!」と言う人ばかりになってからは、同志の集まりというより、ビジネスのにおいが強く、私は場違いな気分になる。ワインもおいしく感じない。逆に言うなら、このワインが日本に輸入されないのも当然だろう。日本人が好きな“ビオワイン”ではないからだ。だとしても、今のオーガニックワインの興隆はバロン家の苦闘のおかげなのだから、最低限の礼儀をもって、仮にワインの味が好きではなくとも(好き嫌いは自由だ)、ありがとうございます、と頭を下げに行くべきだとは思う。パイオニアはリスペクトされねばならない。人の手柄を自分の手柄のように吹聴してはならない。

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▲直販所に並ぶワイン。グラーヴ産オーガニックワインのバッグ・イン・ボックスというのも興味を惹かれる。この価格を見て分かるように、ボルドーはお買い得なワインだ。

 シャトー・メリックとシャトー・シャンテ・ロワゾーのワインは、自分にとっては本当のオーガニックの味がする。ワインを口に入れた瞬間、温かくやわらかな気配が様々な中間色のパレットで広がり、粘膜にじんわりとしみ込み、細胞へと吸い込まれていく。現在流行りのビオワイン展示会を賑わし、お近づきになりたくない雰囲気の人たちが絶賛する類の自己満足的早摘み亜硫酸無添加アンフォラオレンジワイン的表層的スタイルとは別次元の、ゆえに今でも世の中の大勢には理解されない類の、素直な家庭料理のような、無に近づく味。しかしその内面には、世間の逆風に耐え、信じるべきものを信じ、流行や外国の評価に左右されず、オーガニックの味を知る目の前のお客と直接コミュニケーションして、土地のスピリットを具体的なワインへと表現してきた誠実で真摯な生きざまを伝える、ぶれない強さがある。特に、2015年に関しては、シャンテ・ロワゾーの赤が素晴らしい。樽を使わず、コンクリートタンク主体にステンレスタンクを併用して熟成するため、土地とブドウの味が素直に感じられる。樽を使った高級古木バージョンは、造り手自身はよいと思っていないが樽香を望む一部の顧客のためにしかたなく造ったような味がする。これを飲むと、ボルドーに樽は不要だという極論に走りたくなる。

 2016年の白も見事だ。この年は少し補糖したのが残念な点ではあるが、それでもこれを飲むと、本来のボルドーの白はかくあるべしという存在の強さを感じる。そもそも記憶に残る1970年代のボルドーの白は、このシャンテ・ロワゾーの白と同じく、セミヨン主体で、酸が低めで、ふくよかなボディ感やしっとり感やとろみがあったものだ。今のような還元的でソーヴィニヨン臭い固いワインがいいとは思わない。さらにこのワインはミュスカデルを10%含む。これが質感のキメ細かさと味の軽やかさと香りのフローラル感を与える。ミュスカデルを含まないボルドーの白は、香りの上部がソーヴィニヨンに支配されて優美さがなく、質感がざらつくと、なぜ皆気づかないのだろう。

メリックとシャンテ・ロワゾーがボルドーらしいかと聞かれれば、否と答えざるを得ない。しかしボルドーらしいとされるワインが、本当にボルドーという土地らしい味なのか。我々はボルドーらしいという言葉を、味わいのスタイルに対して使っているのではないのか。ほとんどすべてのボルドーワインは、歴史を振り返るまでもなく、外国向けのワインなのだ。違う文化圏に住む顔も知らない飲み手のための商品と、目の前にいる顔を知る常連客のために造るワインが、同じわけがない。グローバル商品を否定はしないが、オーガニックワインにとって地産地消の意味は大きい。その土地の住民が自宅で普通に飲むワインに嘘は不要だ。それ以上に嘘があればすぐにばれる。何度飲んでもおいしい、本当においしいものだけが、常連客のリピートに耐える。

ボルドーらしくないとして、ではどこのワインに似ているのかと聞かれれば、どこか黒海沿岸だ。明らかにオリエンタルな味なのだ。ボルドーはオリエンタルから最も遠いワインだと思っていただけに、誠実なオーガニックボルドーが黒海沿岸的な本質をのぞかせたことに衝撃を受けた。結局、ワインは東から来たものなのだ。

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▲最近最も衝撃を受けたワイン、バンジャマン・ド・メリック。

この感想は、ヴァン・ド・フランスのクレーレ(ボルドー風の濃い色のロゼ)、バンジャマン・ド・メリックを飲んだ時にさらに強まった。エッジがなく、味わいが水気を含んでじんわりと滲む、水彩画のようなワイン。マスカット的でアーシーな香り。しかし余韻は大変に長く、スケールも大きく、素晴らしくおいしいが、今まで飲んできたボルドーとは何の関係もない。ブルガリアで飲んだペットボトル入りワインを思い出したし、マスカット・ベイリーAのようでもある。

聞けばメルロにマスカット・ハンブルグのブレンドだという。なんと、マスカット・ハンブルグ!どうりで!これは南チロルのグロッサー・ヴァルナッチにマスカット・アレキサンドリアを掛け合わせたイギリス産の交配品種であり、マルカット・ベイリーAの父親だ。確かに黒海沿岸旧ソ連圏ではポピュラーなブドウであり、西欧では生食用として一般的だ。メルロが95%だというのに、この品種が混じるだけで、ワインは一挙にオリエンタルな味になる。つまり我々がボルドー的だと信じているものは相当程度ボルドー品種の個性なのであって、品種が変わってしまえば、ボルドーは黒海沿岸と同じく、ないし日本の多くの産地とも同じく、普遍的な水辺の平地の味になるということ。非ボルドー品種を含むボルドー産ワインを初めて飲み、この事実のあまりに明白な提示の前に、愕然とした。

タンニンは当然ながらほとんどなく、酸も低く、これだけ飲んでいれば強いワインだとは思えない。しかしこのワインのあとに強い赤ワインを飲むと、妙に軽く薄く感じられてしまう。つまりはクレーレのほうが強い。味が強いというより、エネルギーが強い。何百年か前までのボルドーは、クラレットと呼ばれたとおり、クレーレだった。それは正しいことだったのだ。