ワイン産地取材 オーストリア

2018.07.19

VieVinum 2018, Vienna, Austria

 ウィーンの新王宮で隔年開催されるオーストリア最大のワイン試飲会、ヴィエヴィヌム。オーストリアワインファンには必須のイベントですから私もほぼ毎回参加しています。昔は日本人の姿はあまり多くありませんでしたが、2年前や今年はたくさんの方が来ていたようです。オーストリアワインマーケティング協会もオーストリア大使館商務部も意欲的かつ献身的で、参加者にはホテルのディスカウント予約(最高のホテルです!)等のサービスもありますし、セミナーやパーティのプログラムも充実。オーストリアは意外と物価が安く、お金はあまりかかりません。ウィーンじたいが世界遺産で雰囲気もよい。ホテルから写真の公園を通って新王宮に歩いていくだけで、あまりの美しさに感激してしまいます。ヴィエヴィヌムにまだ参加したことがない方は、是非2020年にはウィーンに行きましょう。ここではヴィエヴィヌムで学んだこと、考えたことをかいつまんでお伝えします。

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▲ヴィエヴィヌムの会場はハプスブルク帝国の中心、ウィーンの新王宮。


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▲会場に行く途中にカフェでケーキとウィンナーコーヒー(アインシュペナーと言います)の朝ごはん。

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▲上写真はフリーランチのデザートコーナー。中写真はウィーン市内で行われた夜のパーティ。下写真はウィーン楽友会館大ホール。ニューイヤーコンサートでもおなじみの、世界一のコンサートホールです。ヴィエヴィヌムの会期中も連日素晴らしい演奏が行われています。開場1時間前にチケット売り場に行けば立見席が千円程度で買えます。



Rosalia DAC

 最新の話題といえば、ロザリア。前触れもなく登場した新しいDACです。場所はライタベルクの南、ミッテルブルゲンラントの北、今まで空白だった地帯。これでブルゲンラントは全域がDACでカバーされたことになります。

 ロザリアは赤とロゼのアペラシオンで、赤はツヴァイゲルトとブラウフレンキッシュ、ロゼは、なんと、オーストリア認可赤全品種です。

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▲右がロザリア(発足したばかりのDACですからまだラベルには記載がありませんが)、左がライタベルク。違いを理解するには好適なペアです。


 全体としてはライタベルクより石灰が少なく、ミッテルブルゲンラントより粘土が少ないのがロザリア。つまり軽い土で、フルーティなワインができるエリア。強力な個性を持つ2つのDACに挟まれて、独自性の表現は難しそうです。ロザリアとライタベルクの2つのブラウフレンキッシュを作るラッスルで両者を比較すると、ライタベルクのほうが遥かに上質。ライタベルクはフォーカスが定まって緻密で華やか。ロザリアは散漫で短い。ロザリアのエリアが今まで除外されてきたのには意味があると思ってしまいます。ラッスルさんは「出来たばかりのDACだから、きちんとした形になるまでに時間がかかる」と言います。とはいえ両者同価格というのは少なくとも現状では信じがたい。彼自身がライタベルクのほうがいいと言っていたのに。ツヴァイゲルトに関しては、可能性としては、ノイジードラーゼーDACをもう少し堅牢にした感じのワインになるのではないでしょうか。

 土が軽いだけに、ロゼ産地としてのポジション取りは見事な戦略です。他にはロゼのDACはありません。逆に言えば、それ以外にアイデンティティを確立する方策はないでしょう。ブラウフレンキッシュでもツヴァイゲルトでもカベルネでもシラーでもなんでもOKというのは驚くべき規定で、つまりはロゼならなんでもこのDACで引き受けるわけです。しかしこのエリアは温暖です。オーストリアらしいロゼになるかというと疑問。むしろシュタイヤーマルクやヴァインフィアテルのほうがロゼには向く気候なのではないかと思います。できればタヴェルやプロヴァンスのように赤白混醸も認めるべきです。そうすればさらに味わいの幅が広がるだけではなく質的にも向上するし、暑苦しい味にはなりにくいはずです。規定が出来上がる前に誰も赤白混醸の話をしなかったのでしょうか。

VieVinumでのクリンガー会長のセミナー

 ロザリアDAC以外にも続々と新しいDACが誕生するようです。オーストリアワインマーケティングのクリンガー会長のセミナーで報告されたところでは、ついにヴァッハウも、もしかしたら今年中、少なくとも来年にはDACに。自主的な組織ヴィネア・ヴァッハウがDAC制度に先駆けて、ある種のアペラシオンを作り上げたのがヴァッハウですから、彼らとしてはプライドがあるようで、今までは後発のDACに関心を示してきませんでした。そんなヴァッハウが動くとなれば、全産地のDAC化も近づいてきたと言えます。

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▲いつもユーモアを忘れないウィリー・クリンガー氏のセミナー。2018年10月には来日する予定。日本でのセミナーが楽しみです。


 いろいろな品種が成功するが故に、認可品種を絞り込めていなかったカルヌントゥムも、白はグリューナー、ヴァイスブルグンダー、シャルドネ、赤はツヴァイゲルト、ブラウフレンキッシュ(ミニマム3分の2、つまりブレンドか単一品種)になり、今年中にDACになる様子。さらに今年中には、シュタイヤーマルク三産地が、ウェルシュリースリング、ソーヴィニヨン、ゲルバームスカテラー、トラミナー、リースリング、ヴァイスブルグンダー、モリヨン、グラウブルグンダー、そしてヴェストシュタイヤーマルクだけそれらプラス、シルヒャーという品種で決着してDACに。総花的ですが、自分としてもこれしかないと思います。ウェルシュリースリングのDACが出来たのは何より喜ばしいところです。ちなみにシルヒャーラントになると言われていたヴェストシュタイヤーマルクはそのままの名前で残ります。シルヒャーだけがおいしいわけではありませんから、それで正しいと思いますが、同時に、ではヴェストシュタイヤーマルクとズュートシュタイヤーマルクの何が違うのか、という疑問は湧きます。シストとオポックの違いでしょうか。皆さんにとってもこれからひとつの研究テーマになりますね。

 そしてエリアとスタイル(甘口)が合体したDACとして、ルスター・アウスブルッフとゼーヴィンケルが誕生する予定。これも順当です。甘口ワインは、今では需要が少なくなったとはいえ、ノイジードル湖の名物ですし、特にルストに関しては歴史的にも極めて重要です。

 地球温暖化はオーストリアでも顕著で、1980年から気温は2度上昇。干ばつ、洪水、雹、地滑り、遅霜といった被害もあります。冬に気温が下がりきらずに病気が残ってしまうのも大問題。そこでPI WI品種の出番。既に認可されているレーズラーとラタイに加え、ブリューテンムスカテラー、ムスカリス、ソーヴィニエ・グリが認可。これからもっと増えてくるでしょう。これもいいことです。オーガニックだと言って銅を大量に撒くより、もともと病気にならない品種に転換する方が環境負荷が減少するに決まってます。

 興味深いデータとしては、オーガニックブドウ畑の比率が13パーセント、認証オーガニック生産者が679軒、全体の75パーセントが減農薬ということ。この点に関して、オーストリアは世界のリーダー。それは確実にワインの味に出ています。

 ちなみに日本は世界15位のオーストリアワイン輸入国。欲を言えばきりがありません。まあ、そんなものでしょう。日本は一過性ブームが大好きな国なので、流行りものになってはいけません。オーストリアワインが必要だと思えるTPOをしっかり意識して、オーストリアワインを代替不可能なものとして楽しんでほしい。堅調に推移して欲しいです。

□ウィーンのワイン

 ホイリゲ文化やゲミシュターサッツという側面からのみではなく、純粋な品質からしてもウィーンのワインは、特に北側ニュスベルクやグリンツィングのワインは傑出していると思います。例えばホイリゲで有名なマイヤー・アム・ファールプラッツのフラッグシップワインのひとつ、リースリング・プロイセン。緊密な構造と圧巻の余韻を見れば、ここがオーストリアでも屈指の産地だと分かります。

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▲上から、マイヤー・アム・ファールプラッツ、ハイサン・ノイマン、クロイス。

 このような優れた単一畑ワインがこれからどんどん登場してくるはず。なぜならウィーンでも、カンプタルやクレムスタルと同じく、エスタライヒッシュ・トラディチオンズヴァイングーター協会によるエアステラーゲの認定が行われたからです。フリッツ・ヴィーニンガーさんによれば、その数は12。彼の所有するハイサン・ノイマンの新作、リート・ゴリンとリート・シュタインベクもそれに含まれます。前者はヴァイスブルグンダー、後者はリースリングのワインです。ハイサン・ノイマンのゲミシュターサッツにはあまり感心したことがない私ですが、これらエアステラーゲのワインは別次元。ピシッとフォーカスが定まり、いかにもウィーンらしい心地よい緊張感があります。それに比べて4つの「ナチュラルワイン」シリーズの散漫さや濁りやほぐれなさはどうしたものか。亜硫酸無添加ワインが流行っているのは分かりますが、ヴィーニンガーさんは本当にこれで納得しているのだろうかと思ってしまう。ともかく瓶詰め直前のSO2添加はいけません!「SO2を入れておけば私は安心して眠れる」と言ってましたが、それなら普通に何度かに分けて添加すべきです。ないし、完全無添加にして自分のホイリゲだけで売る特別なワインにしてもいいのではないかと思います。

 ウィーナー・ゲミシュター・サッツの中では相変わらずレニキスのワインが一番よいと思いましたが、今回初めて飲んで印象的だったのがクロイス。値段がとても手頃でいて、ウィーナー・ゲミシュター・サッツらしい引き締まった複雑性と垂直性があり、チープな味にはなりません。日常ワインなのにこんなに気品があるというのがウィーンの凄い点です。オーストラリア最高の銘醸地はどこだと思うかと誰かに聞いて、それがニュスベルクという答だとしても、私はまったく驚きません。

□“ナチュラルワイン”について

 オーストリアは今、オレンジワイン、アンフォラワイン、SO2無添加ワインの大ブームです。いったいどうなっているのかと思うほど、そうです。多くのワイナリーが、通常のワインに加えてそういった「ナチュラルワイン」をラインナップに加えるようになりました。

 アンフォラで熟成すると「ナチュラル」で、樽で熟成すると「アンナチュラル」でしょうか? 醸し発酵だと 「ナチュラル」で、果汁発酵だと「アンナチュラル」でしょうか? まさか、です。それらの手段、道具の差で自然か否かが分かれる訳がない。そう思うなら大バカ者です。どちらも人為です。ナチュラルとアンナチュラルが分かれるとしたら、道具の差ではなく、生産者の姿勢の差とワインという結果の差です。それら多くの「ナチュラルワイン」はまずい。ナチュラルな姿勢でもなければナチュラルな結果にもなっていない。これではジョージアワインにも失礼です。

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▲“ナチュラルワイン”のラベルはなかなかエキセントリックなものが多いですね。エスタブリッシュメントに対するオルタナティブ、プログレに対するパンクみたいなものとして見ると分かりやすい。しかし正しい立ち位置は、ナチュラル=メインストリームとすることであって、反何々、ではありません。


 そもそも、この写真(ヴィエヴィヌム会場のナチュラルワインコーナーの看板)に見られるように、ナチュラルワインの要素としてオーガニックとオレンジワインが同列に扱われているのはおかしい。オーガニックは前提であり、下位カテゴリーではない。

 使用した筆や絵の具の型番のほうが内容や対象や美的価値より上回る絵画がどこにあるか。溶き油が石油由来だからその絵はアンナチュラルだ、ポピーオイルだからその絵はナチュラルだと言っている人がいるか。手段が前面に出ているうちはナチュラルでもなければ正しくもない。本当によいものなら手段の存在は感じないものです。

 今は過渡期でそのうち手段をマスターして結果のナチュラルさに至るようになるのかも知れません。それまでにまた次のブームが来て、新しいおもちゃに皆が飛びつき、皆がそれを囃し立て、消尽してまた次のおもちゃを探すことの繰り返しをするのかも知れません。ひとつの責任はワインジャーナリズムにあります。目的意識と価値判断なき最新ブームの煽りがもたらしたものが、オーストリアのみならず世界で見られる、まずい「アンフォラオレンジ亜硫酸無添加ワイン」の氾濫でしょう。

 私は美味しいアンフォラワインも美味しいオレンジワインも美味しい亜硫酸無添加ワインも大好きです。手段は手段でしかありません。むしろ、それが理解されないことが理解できません。

□ヴァグラム、ゾールナー

 ヴァグラムの試飲会場は、ヴィエヴィヌム会場の中でも最も空気が澱んで重く、暗い場所。なぜか唯一冷房の効いたカルヌントゥムと一部のヴァインフィアテルの部屋とはおお違い。ヴァグラム最上の生産者と言えるゾールナーさんに、なぜいつもこの部屋なのかと聞くと、「最悪でしょう?しかし我々は小さな産地で力がないから」。ワインなど試飲したくない環境にもかかわらず、ゾールナーのワインはさすがです。抜けが良くてキビキビしたリズム感があります。ゾールナーはアンフォラ発酵がブームになる前から陶製のタンクを使っています。実にニュートラルで、多くのアンフォラのように、得るところもあれば失うところもある容器とは違います。柔らかいボリューム感とディフィニションが両立しているのです。

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 最近の流行りゆえか、彼もオレンジワインを作るようになりました。ローター・ヴェルトリーナー品種を使った、陶製ボトルに入ったイルデンです。しかし、さすがゾルナー、変な酸化風味や苦味はなく、汚い香りもしません。大半のオレンジワインがベタっと水平的で余韻も短いのに対し、きちんと垂直性を保ち、リズミカルで、余韻が長い。つまりは正しいオレンジワインです。彼も「多くのオレンジワインは酸化していて好きではない」と言います。ちなみにこのイルデンは8割のオレンジワインに通常のワインを2割混ぜたもの。そのセンスがいい。結果が大事なのであって過程が全てではありません。ゾルナーさんにはもっと影響力を持ってもらいたいものです。当人は「私はリーダーになれるタイプの人間ではない」と言ってましたが。

 ちなみにヴァグラムがいつになってもDACにならない理由は、遅く摘んでアルコールが高いワインがヴァグラムらしいと考えるグループと、ゾルナーさんのようにアルコールが低めのキビキビした味がヴァグラムらしいとするグループの間に、意見の合致を見ないからだそうです。それも変な話です。最低と最高のアルコール度数を広く取った規定にすればいいだけです。気温を見れば前者の意見に賛同するし、レス土壌らしさを重視すれば後者が正しい。その幅自体がヴァグラムの魅力だと、どうして高所大所から判断できないのか。

 まとめ役がいないということですね。ワインも政治だなと思います。

□オーストリアン・ゼクト

 ゼクト(スパークリングワイン)の法律が出来た今、ヴィエヴィヌムでも積極的にゼクトを訴求。まだまだ多くはシャンパーニュのオーストリア版であって、オーストリアらしさを感じさせるものは少ないと思います。いろいろ飲んだ中では、グラーフ・ハーデックのシャルドネとピノのゼクトが印象的。彼らのオーガニック栽培のブドウの質を思えば当然。熟成風味を上回るミネラリーな鮮度感は、正しいゼクトのあり方です。スタイルとしてのゼクトではなく、テロワールとしてのゼクトという観点は重要です。

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 オーストリアン・ゼクトの規定を批判的に吟味しているとキリがありません。しかし重要な点は、最上格付けのグランレゼルヴェのみにリート名表記が許されていること。メゾンのプレステージシャンパーニュが複数畑のブレンドであることを思えば、オーストリアン・ゼクトの規定に見られるテロワール中心主義は明確です。つまりスティルであれスパークリングであれ変わることなく、最高の品質は特別な土地の力に由来するものなのだ、というメッセージを受け止めることが可能です。

 とはいえ私が好きなオーストリアの泡は、ペットナットか炭酸ガス注入のセッコないしフリッツァンテ。ようはホイリゲワインの炭酸水割りの延長。ある意味、最もチープなワイン。ところがそれらがチープな味ではないところに、私は強烈なオーストリアらしさを感じるのです。さらに言うなら、シャンパーニュ方式と華やかな香りのオーストリア品種が必ずしも合っているとは思えない。非・熟成こそがオーストリアの魅力である、とも解釈できるわけで(ホイリゲを見よ)、泡が香りとフレッシュさをさらに引き立てるセッコのようなワインは、ゼクト以上にオーストリア的に思えます。

□ペットナット

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 まずいペットナットはないと言えるぐらい、世界中ペットナットはおしなべて好きです。亜硫酸なしでも酸化しないのはいいことです。オーストリアでもペットナット流行り。中ではブルゲンラントの新進オーガニック生産者、カロの白とロゼのペットナットが気に入りました。白はムスカテラー、ロゼはローゼンムスカテラー。後者は昨年認可品種になったばかり。トレンティーノ・アルト・アディジェで馴染みがありますが、そこは昔はオーストリアですから。しかしオーストリアで飲むのは初めて。ペットナットにぴったりの華やかで楽しい品種です。

□ヴァインフィアテルのフリッツァンテ

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 炭酸ガス注入は紛い物と言われそうですが、不思議と美味しい。普通のワインにガスを入れるだけで、澱風味とは完全に無縁なのがいいのです。つまりフレッシュでフルーティな溌剌ワイン。値段も安い。こういったスパークリングワインが飲まれる状況を思えば、価格は重要な点です。ヴァインフィアテルのオーガニック生産者、トニー・シュミットは、スティルのグリューナーとかは十分に優れているものの、特筆するものはありません。しかしツヴァイゲルトのブラン・ド・ノワール、短時間マセラシオンのロゼ、長時間マセラシオンのロゼのツヴァイゲルトの泡三本は、味は当然ながらその発想のユニークさが大変に気に入りました。こういった遊び心のあるワインがどんどん登場するのが、オーストリアワインが自由で楽しい理由のひとつです。

□東欧ワイン

 旧ハプスブルク帝国領内の東欧ワインがたくさん出品されるのはいかにもオーストリアです。印象に残ったワインは写真の三本。

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 まずはルーマニア、トランシルヴァニア、Lechinta地区にあるLiliacChardonnay Orange Private Selection。ルーマニアは黒海沿岸諸国ですからワインの歴史は大変に長い国です。西部のトランシルヴァニアはハプスブルク帝国の一部でしたし、ワイン造りがこの地で盛んになったのは12世紀に移住したドイツ系住民のおかげだそうです。トランシルヴァニアのワインはくっきりとした、好ましいエッジ感のある味わい。相当冷涼な味です。このワインも醸し発酵ながら、もったり感は皆無で、いかにもトランシルヴァニアらしいひんやりと抜けのよい空気感があり、酸がキビキビしています。Liliacはモダンなワイナリーで、多くのワインはちょっと工業的すぎる気がしますが、この作品に関しては技術的洗練がうまく生かされています。

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 スロヴェニアにもスティリア地域があります。Zlati Gricはこの地の大手で、現代的なワイナリーです。ここで興味深いのはロゼのブラウフレンキッシュ。標高が高くて涼しいから赤ワインは造れないそうですが、だからこそロゼにはぴったり。スロヴェニア=イタリアのコッリオの延長、というイメージが強い中、オーストリアの延長としてのスロヴェニアの可能性を教えてくれるワインです。ぴしっとした緊密な構成力と酸がいかにもです。

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Weingut DKはクロアチア北部、旧ハプスブルク帝国部分であるCroatian Uplandsのワイナリー(国の西南部は旧ヴェネチア共和国)。ここのPusipel Prestigeが東欧ワインの会場の中で最上に思えました。これはプシペル品種を9カ月樽熟成した、大変に凝縮度が高く、引き締まった味わいのワイン。ちなみにプシペルとはフルミントのクロアチア語です。クロアチアのフルミントを飲んだのはこれが初めてでしたが、フルミントはどこで造ってもフルミント。あの硬質さと強い酸と余韻の長さが好きなら、ハンガリーやオーストリアだけではなく、クロアチアのフルミントも探求しがいがあると思いました。

 十年前に同じ部屋で東欧ワインをいろいろと試飲した時は、おもしろいけれどあか抜けないワイン、という印象でした。今は違います。驚くべきスピードで平均的な品質が向上しています。東欧は西欧よりワイン造りの歴史が長い国々。ただ共産主義時代に低迷していただけで、本来なら素晴らしいワインを生み出すことがむしろ容易だと思います。皆さんも意識してテイスティングしてほしい。世界が広がります。

□まとめ

 風味のディフィニションの明快さ、抜けのよさ、そしてハプスブルク帝国以来の歴史文化に根差したさりげないカッコよさといった点において、オーストリアワインは世界でも最も洗練されたワインのひとつです。しかし洗練が工業的冷たさを伴わない、いやむしろその逆で、地酒の魅力をしっかり備えて人間的であるところが特別です。

 安いアルコール飲料なのか、それとも財力権力誇示のためのラグジュアリーブランド飲料なのか、という両極端に傾きがちな日本におけるワインの中にあって、オーストリアワインは常に、分かる人には分かる、といった位置づけであることは事実です。では分かっている人は何を分かっているのか。それは自然と文化の高度な合体が生み出すリアリティ、背筋が伸びて内面からの自信に満ちた、他人に媚びることなく則を超えることもない確かな存在感だと思っています。ヴィエヴィヌムに参加してみれば、随所に、あまねく、それが表出されていることが理解できるでしょう。

2018.07.18

Schauer, Sud-Steiermark

 ズュートシュタイヤーマルクの中でもひときわ標高が高いキツェック・イム・ザウザルは、オーストリア最上のリースリング産地です。シュタイヤーマルク自体涼しい場所ですし、さらに600メートルですし、シストの急斜面ですし、灌漑不要ですから、当然美味しい。そのことに気づいたのは2001年ヴィンテージの頃ですから、もう15年以上前。ここを忘れるようではオーストリアワイン通ではない、と声を大にしたいところですが、いまだ日本では無名です。

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▲シュタイヤーマルクの中でもひときわ高地にある畑。土壌はシスト。見るからにリースリングのためにあるような畑だ。


 だいたいのところ、私が好きなエリアは日本では超マイナーなままです。アルテンブルクのツヴァイゲルト、レヒニッツのウェルシュリースリング、スピッツァーベルクのブラウフレンキッシュ、そしてキツェック・イム・ザウザルのリースリング。これを読まれている方で同感だと思われる方がいらっしゃるなら是非「私もそう思う」とレスポンスいただきたいものですが、きっとゼロでしょう。これはフランスで譬えるなら、アビムのジャケールやラ・クラープのブールブーランクが素晴らしいと言っているような常識的な話だと私は思うのですが。。。
 オーストリアでリースリングの銘醸地として挙げられる名前は日本ではヴァッハウです。ヴァッハウとキツェック・イム・ザウザルの違いは、川辺と山辺、片麻岩と片岩の違いだけではなく、灌漑か無灌漑か、でもあります。もちろん私は無灌漑のワインのほうが優れていると思っていますが、その意見が少数派である以上は、この話もなかなか理解されないでしょう。誤解されたくないですが、ヴァッハウがまずいわけではありません。ヴェイダー・マルベルクの一部やマッハヒェンドルの一部やPURのように無灌漑&オーガニックのワインは最高だと思っています。そして灌漑がすべていけないと言っているのではなく、マイポの例をとるならヴィーニャ・カルメンのように冠水灌漑をしたりアルマヴィーヴァやガンドリーニみたいに埋設灌漑をすればいいので、単純なドリップ灌漑ではミネラル感や下方垂直性やリズム感や心地よい緊張感が表現されにくい、と言っているのです。

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▲ワイナリーの中庭で地元の料理をつまみながらワインを飲むことができる。シュタイヤーマルクのワイナリーの多くはそういったブッシェンシャンクでもある。それだけ観光客も多いのだが、不思議とスレた感じ、観光客馴れした感じがない。


 さてシャウアーは、キツェック・イム・ザウザルのブッシェンシャンク(シュタイヤーマルクの居酒屋のこと)兼ワイナリー。現時点でも環境保全型農業ですが、来年からオーガニック認証プロセスを開始します。当主セバスチャン・シャウアーは「アルコールが高く酸が低くフルーティすぎるニーダーエステライヒのリザーブタイプのリースリングは好きではない。オーストリアのリースリングはストレートなミネラリーな味からリッチな味になりすぎた。昔のヴァッハウの味のほうがいい。自分のポリシーは、ルーツに戻れ、だ」と言います。私も同感なので、思わず握手しました。ドイツに譬えるなら、ラインガウのGGよりモーゼルのカビネットが好き、という人にお勧めしたい。

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▲小容量のステンレスタンクが所せましと置かれた醸造所の内部。


 その意味は2014年のRiesling Kabinettstuckを飲めばよく分かります。ものすごく酸が強く、それをきれいな甘さでバランスさせ、アルコールが低いこのワインは、リースリングのひとつの理想像です。とはいえオーストリアで中甘口カビネットは例外的。最近ではこの年しか作られませんでした。辛口のRiesling Kitzeck-Sausalの2017年の引き締まって張り詰めたボディ、垂直性、明快なリズム、しなやかでいて強靭な酸の輝き、抜けのよい香り、驚異的な余韻の長さは、今まで飲んだオーストリアのリースリングの中でも最も印象に残るもののひとつです。

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▲上写真は、「フルーティさよりミネラリティ―が大事」だと、しっかりとした考えを語るシャウアーさん。オーガニック認証を取得するのはいいことだ。下写真がリースリング。



 ムスカテラーも、シュタイヤーマルクの通常のものとは大きく異なります。特に上級キュヴェ、Gelber Muskateller Schiefergestein 2017はびしっとした辛口で、おしゃれな初夏のパーティー用ワインといった方向性ではなく、極めてシリアスです。爽快なまでの硬質さとすくっと伸びた背筋は、これぞキツェック・イム・ザウザルならではの表現!と快哉を叫びたくなる完成度。一度飲むと忘れられないでしょう。

Menhard, Sud-Steiermark

 数年前にオーストリアワイン大使ツアーで引率して行った以来のメンハルト。私はここのワインが大好きです。ズュートシュタイヤーマルクのワインシュトラッセから外れた場所にある隠れ家ワイナリー&民宿。見ての通り、素晴らしい自然環境に囲まれています。もちろん栽培はオーガニック。ここでワインを飲んでまずいわけがない!

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▲自然に囲まれた楽園、メンハルトでの宿泊は最上のバカンスとなるはず。


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▲メンハルト夫妻と共にテイスティング。彼らは自分たちのワインについてほとんど語らない。しかしワインは極めて雄弁。




 ズュートシュタイヤーマルクにはいろいろな品種が植えられています。しかしどの品種でも成功するわけではありません。ピノ・ブランやシャルドネ(モリヨン)はいまひとつ。テロワールと品種が合っていないぎこちなさがあります。ソーヴィニヨンは悪くありませんが、まだほぐれません。メンハルトでも、他の多くのワイナリーと同じく、ウェルシュリースリングとムスカテラーが最高です。しっとり、すっきりして、抜けがよく、かつ適度なボディ感もあり、いかにも降水量が多く気温が低く急斜面でポンカ土壌(マルヌ)のシュタイヤーマルクらしい味です。

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▲スティリアはいろいろな品種が成功する土地。ソーヴィニヨン・ブランばかり見ていてはいけない。個人的には、ワイナリーを問わず最も安定して美味しいのは、ムスカテラーとウェルシュリースリングだと思う。メンハルトでも同じ。メンハルトではそれらに加えてアメリカ品種のイザベラが素晴らしい出来。最もストレートなエネルギー感と、屈託のないナチュラル感がある。

 個人的に一番好きなのはイザベラ品種のスパークリング・ロゼ。炭酸ガス注入の微甘口。ワイン通にはバカにされそうですが、これがいい。イザベラはラブルスカ系品種ですから、コンコード等と同じく、あの食用ブドウの風味があります。西洋だとワインはヴィティス・ヴィニフェラでなければならないという思い込みが強いので、ヴィティス・ラブルスカの独特の風味は拒絶されてしまいますが、日本人には抵抗がないものです。オーストリアではアイゼンベルクのエリアでわずかに植えられ、ウードラーというワイン(濃い色のロゼ)になるので、西洋諸国の中では珍しくラブルスカが認められています。しかしシュタイヤーマルクでは認可されていません。だからこのロゼも昔はイザベラ・フリッツァンテという名前でしたが、品種名を表記することはもはやできず、ロゼ・フリッツァンテという名前に数年前に変更されました。ラブルスカ引き抜き令は有効ですから、メンハルトでは、政府機関に見つからないよう、他の品種の中に隠して植えてあったり、駐車場の日陰を作るためのブドウ棚にしたりしています。ブドウ棚なら観賞用として見逃してくれるからです。

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▲駐車場の日よけとしても機能している棚づくりのイザベラ。このワインを飲むと、栽培適地とはなんなのか、よいワインとはなにか、考え直すことになる。


 イザベラは病害に大変に強い品種で、何もせずとも育って健康な実を沢山つけるそうです。それのどこがいけないのか。病気になるのは、本来そこに生育したくないからでしょう。硫黄や銅を散布しなくて済むので、ワインはヴィティス・ヴィニフェラ品種のワインよりのびのびとしてポジティブな味がします。生命力が強いといった印象。ラブルスカ=フォクシーフレーバー=ダメ=引き抜きといった単純な価値観からは、このワインの素晴らしさが理解できないでしょう。

2018.07.17

Birgit Braunstein, Leithaberg

 オーストリアのビオディナミ生産者のリーダーの一人、ビルギット・ブラウンシュタインさんの新しいテイスティングルームが出来たというので訪問しました。訪問するのはたぶんこれで十度めぐらいだと思います。これはワイナリー取材ではなく、挨拶というべき訪問です。

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▲ビルギット・ブラウンシュタインさん。既に二人の息子さんも彼女の手伝いを始めている。


 前回来た時はテイスティングルームはまだ計画段階。場所を見て、「ここではワインは美味しく飲めない。他の場所はないのか」と言いました。実際に完成した部屋に入って、「これはいかん。なぜ分からないのか!」。いや、彼女は分かっているのです。「この部屋だとワインがおいしくない」と言っています。言わんこっちゃない!しかしどうすればいいのかが分からなかったから、今まで放置していたのでしょう。この部屋では来客とのテイスティングは無論、ビオディナミに関するセミナーを行っているそうです。参加者も今まで何をしてきたのか。ビオディナミワインを扱うプロならこの部屋の問題が分からないはずがなく、分かっていて何も手助けしないのは冷酷無慈悲(そういう人が多いということ)です。

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▲これが問題のテイスティングルーム。力がある人なら写真を見ただけで何が悪いか分かるだろう。


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▲ビオディナミについてのセミナーの時に使われていただろう、プレパラシオンの解説が置かれていた。



 「到底こんな場所ではテイスティングできない」と言って私は中庭に出て試飲。そこではいつものように素晴らしいワインです。誤解しないで欲しい、ビルギットのワインは本当に素晴らしい、生きたワインです。生きているがゆえに、感受性が強いのです。だからテイスティングルームで飲むと。。。。困ったものです。

 私は「・・・・と・・・・を持ってきてください」と頼み、なんとか飲める状態に修正しました。もちろん彼女もその場にいた他の人も、効き目を確認。彼女は、「自分のベッドルームはあなたと同じ方法で処理しています」と言うので、「あなたと同じくあなたのワインも扱わねばなりません」。これではなんか私はエクソシストみたいですが、私は超常現象のたぐいを言っているのではありません。ほんと、それは私のような素人でもわかる常識的な話です。ビオディナミワインのファンにとってはさらに常識中の常識でしょう。ところが知識があってもその知識を使うべきところで問題そのものに気づかねば、知識は無駄になってしまいます。しかしそれはまだ対症療法でしかないので、そのあとヴィエヴィヌムで会ったブラウンシュタインさんにさらに根本的な解決方法を伝えました。それをやってくれるといいのですが。お金はかからないけれど手間はそれなりにかかります。自分では怖くてできません。
 彼女は、傑出した才能がある人に共通する問題を抱えているように見えます。それは周囲の無理解(とまではいかなくとも、誤解)と孤独です。ワインの味にその影がさしています。そもそも彼女ほどの感性がありながらもあのままテイスティングルームを放置していたというのは、身近に相談する人がいなかった、いやそれ以上に身近に本音を言う人がいなかったことの証左です。「あなたのワインをさらなる高みに到達させるためには、あなた自身が孤独から連帯へと脱却し、自らの正しさを自らがさらに強く信じられるようにならねばなりません。個人的な悩みの話は知らないが、少なくともワインに関しては悩みや問題意識や理念を共有できる人たちを作りなさい」と言うと、彼女の目に涙が。ああ、私はどうすればいいのか。「私は凡人だからあなたを導くことはできない。しかしあなたの味方であり続けることはできる」と言うのがせいいっぱいでした。
 何度でも言います。ビオディナミのワインは生き物です。いろいろな力に反応します。ゆえにビオディナミ農園主はそこに働く太陽や月や星の力を含めて正しいバランスをもたらさねばなりません。造られたあとも同じです。ビオディナミのワインを自分の店で売る人は、農園主と同じ責任があります。農園主と気持ちを揃える必要もあります。それがいやなら、つまりワインを貨幣と交換するための物質としか見れない人は、ビオディナミのワインには手を出さないほうがいいぐらいです。

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▲プルバッハの中心にあるレストラン、ブラウンシュタイン。

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▲アスパラガスとウィーナー・シュニッツェル。このレストランではターフェルシュピッツも試して欲しい。


 ちなみにテイスティングのあとはワイナリーのそばにあるブラウンシュタイン家のレストランに。ここもまたレストランで出すワインを造ることから歴史が始まったワイナリーです。このレストランは近隣で最もおいしいと思います。もちろんブラウンシュタインさんのワインを飲むには最適の場所。ショップも併設していますから、この界隈に行った時には是非試してみてください。

Liszt, Leithaberg

 2004年にウィーン少年合唱団の一員として日本に行ったことがあるというベルンハルト・リストさんのホイリゲ。ニーダーエステライヒ州からブルゲンラント州に入ったところ、Leithaprodersdorfという小さな村の裏にあり、見つけるのにも苦労する場所。ところが1日350人ものお客さんで賑わう人気の店です。

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▲上写真の左奥の建物がホイリゲ・リスト。これは分かりにくい!右は建築中のワイナリー。中と下の写真はホイリゲの内部。

 2015年にオーガニックを始め、2017年に認証取得。ワインがオーガニックなのは当然として、小麦や豚も自分でオーガニック栽培・飼育し、店でパンやハムにして提供。日本に輸出していませんし、そもそも自分の店用のワインですから輸出は5%のみ。地産地消の本物のオーストリアワインです。
 オーストリアは基本的にどこでも安いワインのレベルが高い。1リットル瓶のホイリゲ用グリューナーのレベルの高さには驚きます。つまり土地じたいのポテンシャルはどこでも高く、樽とかにお金をかけずにストレートに造れば十分なのです。他には、これもいつも通りに、ウェルシュリースリングの飾らない味と強いミネラル感と余韻に至るまでの乱れのないタイトさが印象的。ブルゲンラントらしい骨太感や厚みもあります。亜硫酸無添加のナチュラリスト・シリーズもセンスのよい味。中では3日間スキンコンタクトしたのち樽発酵のヴァイスブルグンダーがおすすめです。ゆったりしたパワー感と厚みのある質感があり、肉料理に合うでしょう。

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▲当主、ベルンハルト・リストさん。


 それにしても自家製ラルドのピュアで涼しげな味にはびっくり。脂肪そのものなのになんでこんなにスッキリしているのか!一頭あたり800平方メートルという広い土地で飼育される、放し飼い状態の豚。2年も飼育して体重250キロまで大きくします。普通に日本で売っている豚肉は半年飼育、110キロ程度ですから、彼らの豚には時間とお金もかかっています。ワインはむろん、この豚肉を食べるためだけでもリストに行く価値はあります。パンもまた見事で、噛むほどに味が出てきます。オーストリアのオーガニック食文化の高いレベルを感じるワイナリーです。

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▲田舎の小村のレストランなのに、店内もラベルデザインもあか抜けている。オーストリア全体としての文化的洗練度の高さには感嘆させられる。

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▲ホイリゲの中にある畑の土壌の断面モデル。下層に石灰質があるのがライタベルクらしく、これがキリッと引き締まった酸とミネラルをもたらす。


 おいしいワインとおいしい料理を出す店なら世界じゅうに何百万とあります。しかしオーストリアのホイリゲは、両者を同一の思想・美意識・感性をもって自分で作るところが、普通のレストランと根本的に異なる点なのです。日本の飲食店の方々もオーストリアに行けば学ぶことが多いはずです。評価本高得点の高価格のワインを飲んだだけで「オーストリアワインはもう分かった」と言っている方々に会ったことがあります。そして「たいしたことがないから、もういいや」と。それではオーストリアワインに対するスタンスが根本的にずれている。ボルドー1級とブルゴーニュ特級のグレートヴィンテージを飲んで「フランスワインが分かった」と思うのはあながち間違った方向性ではありませんが、オーストリアや東欧のワインに関しては絶対に間違いです。しかし日本ではフランス式のワイン観というか、上から攻める、上が分かれば下も自動的に分かる、といった方法論が優勢なようですから(だからいつまでたっても高級ブランド志向)、私がオーストリアワインに関して常々言っている、1リットル瓶のほうがおいしい、という表現はなかなか理解されません。田中さんはB級グルメですね、とか、田中さんと同じく私も安旨ワインが好きです、とか言われたことがあるのですが、自分では何か違和感が、、、、。

Muhr-Van der Niepoort

 カルヌントゥムのスピッツァーベルク最大の生産者(6ヘクタール所有、6ヘクタール賃借)、ムール・ヴァン・ダー・ニーポートのドルリ・ムールと、スピッツァーベルクの麓の村、Prellenkirchenで待ち合わせ、畑に連れていってもらいました。彼女のワイナリーも、もうひとりの代表的なスピッツァーベルクの生産者であるヨハネス・トラプルのワイナリーも、畑からはずいぶんと遠くにセラーがありますから、今までスピッツァーベルクは遠目に仰ぎ見るだけでした。ついに実際に足で踏みしめることができました!

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▲村の教会前の駐車場で待ち合わせ、ドルリさんにスピッツァーベルクに連れていってもらった。平野の中に一か所だけ線状の丘が盛り上がる地形なのが分かるだろう。


 平地の中に突然出現する丘。これは、ルーマニア、ウクライナ、ポーランド、スロヴァキアを弓状に貫くカルパティア山脈の最後の部分。カルヌントゥムの西からアルプス山脈が始まります。ですからスピッツァーベルクだけは気候も地質もなにもかも異なり、カルヌントゥムの他の場所がツヴァイゲルト主体なのに対して、ここはブラウフレンキッシュで有名な畑です。石灰岩の母岩に、けっこう厚め(特に下部)のレス・ロームの表土。もっと石がごろごろしているのかと想像していましたが、表面にはほとんど石はありません。

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▲ドルリさんの後ろをついて畑に上るが、スピードが追いつかない。畑仕事で足腰が鍛えられているのが分かる。彼女の娘は日本語を勉強したいそうだ。

 ドルリ・ムールは近郊の農家の生まれ。祖母は14歳の時に独立してプレレンキルヒェン村で農業を始め、結婚するときにスピッツァーベルクの畑を0・1ヘクタールだけ親からもらったそうです。ドルリは通訳になろうと思ってフランス語やスペイン語を習得。それからワイン、ビール、スピリッツ、食品、旅行関係のPR会社を1991年に創立(今でも経営しており、12人の従業員がいるそうです)。そこでワインに魅せられ、モレッリーノ・スカンサーノに10ヘクタールの土地を買ったものの、ポートの高名な生産者ニーポートと結婚して(その後離婚)ドウロに移住し、そのプロジェクトは断念。とはいえワイン造りへの情熱は冷めず、「どこがいいかを考え、故郷に戻ってきました。02年には買いブドウで仕込んだものの、難しいヴィンテージゆえにうまくいかず、翌03年は乾燥しすぎ暑すぎの年でうまくいかず、しかし冷涼な04年に素晴らしい出来のワインとなって、スピッツァーベルクでワインを造ろうと決意した」そうです。

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▲これは若木のブラウフレンキッシュの畑。個人的には古木より若木のキュヴェのほうがエネルギー感とピュアさがあって好きだ。


 当時スピッツァーベルクの所有者は高齢化が進み、後継ぎがいない状態の農家が多かった。「その人たちを訪ね、あとがないから私に畑を売ってくれ、と言うわけにはいかない。どうすればいいかと考え、彼らが通う病院にポスターを貼りだした、畑求む、と」。なんと賢い方法!おかげで短期間で畑を買い進めることができました。2002年当時は1平方メートル当たりの価格は1・5ユーロ。しかし2017年には7・5ユーロと5倍の値段に高騰。ここが最高の畑だということが認識されてきたからですし、それを世の中に証明したのがドルリ・ムールのワインです。

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▲シャンベルタンの畑で白ワインを造るように希少な、リート・スピッツァーベルクに植えられたグリューナー・ヴェルトリーナーとリースリングのワイン。この畑ならではの不遜なまでの存在感とパワーがすごい、オーストリア白ワインの中でも隠れた大傑作。


 フラッグシップであるRied Spitzerberg、リート・スピッツァーベルクは古木のブラウフレンキッシュから造られます。大変に凝縮度が高く、10年ぐらい熟成させないと空気感が出ないような、黒系果実とスパイスの香りのワイン。若木から造られるLiebkind、リプキンのほうが個人的には抜けがよくて、特に2015年のような暑い年には、バランスのとれた味だと思います。本来なら古木と若木を混ぜたほうがおいしいはずです。私が好きなのは、Syd Hang、スードハングという名前の、2003年に植えたシラーのワイン。これはオーストリアのみならず、世界のシラーの中でも傑出した出来のワインだと思います。今回特に印象的だったのが白ワイン、Prellenkirchenの2016年。グリューナー・ヴェルトリーナー90%にリースリング10%のブレンド。リースリングは古木のブラウフレンキッシュの畑の中に植えられているそうです。グリューナーはプラスチックの桶で発酵後、オーク樽とステンレスタンクで熟成。リースリングはステンレスのみです。「ムルソーが好き」というドルリさんだけあって、よくあるオーストリアワインのすっきりフルーティな味とはずいぶん異なり、濃密でパワフル。しかしアルコールは11・9度しかありません。ミネラルの塊のようなワインですし、スピッツァーベルクのテロワールのすごみを、むしろブラウフレンキッシュよりもはっきりと理解できると思います。最近飲んだオーストリアの白ワインの中でも最高レベルです。
 「ポートワイン生産者と結婚していたから」、ブラウフレンキッシュでポートタイプの甘口も造ります。名前はSaudade、メランコリーという意味だそうです。「甘い思い出」と言うので、「甘くて苦いのでしょう?ポートはその両者のバランスが要なのだから」と応えると、「そう、苦くもある、もちろん!」と。彼女はニーポートさんと離婚してしまいましたからね。彼は今何人目の奥さんと一緒なのでしょうか。
 彼女はもともと除草剤等使用していませんでしたが、2015年からはオーガニック栽培を始め、2018年ヴィンテージから認証取得予定。今でも傑出したワインですが、これからさらによくなるでしょう。

Johannes Trapl, Carnuntum

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▲ヨハネス・トラプルのラベルデザインは世界じゅうのワインの中でも最もセンスのよいもののひとつだと思う。

 デュッセルドルフのプロワインでヨハネスに会ってからまだ日が経っていませんが、今回は彼のワイナリーを訪問。自宅だといつも以上にボサボサ髪の彼。身なりはいい加減でもワイン造りは精緻を極め、いつもながらすごいワインだと感服します。一番ベーシックなブレンド、キュベ・ヴァイスとキュベ・ロートからして別格です。

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▲村のメインストリートに面したトラプルのワイナリー(上写真の右端の家)。それにしても何度来ても人影も犬影も見ない、映画セットのような村だ。中に入るとすっきりしたコンテンポラリーな建築。


 会うたびに品質向上のアイデアを考えて伝えています。今回はアンフォラオレンジワインに軽やかさと香りの伸びを加えるやり方とキュベ・ロートに安定感と厚みを与える工夫を 伝授。簡単な方法なのに効果てきめん。ただ仕込むだけではなく、理想に対して何が不足し、どうすれば改善出来るか、彼自身で考えられるようにならないといけません。私が伝えているのは思考の方向性であり、論理形式です。

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▲ワイルドな雰囲気だが繊細な神経のヨハネス・トラプル。


 私が「オレンジワインの味が重くて水平的だ」と言うと、そこに同席していたオーストリア人は「早く収穫したブドウも一緒に入れればいい」と。それもある方向から見たときの正解。私は「アンフォラは陶器だから世界の四元素のうちの土、ビオディナミカレンダーで言うところの根の要素が強くなる。それはアンバランスな状態だ。バランスをとるためには土や根の反対の要素を足さないといけない。その反対の要素とはなにか?どうすればいいのか?」という問いを投げかけました。そして私は台所からあるものを持ってきて、ある方法でそのエネルギーをワインに与えました。実際に経験すると、彼は「ほんとうだ」と。もともと天才ですから、いい刺激を与えるとどんどん伸びます。考え方が分かったら、あとは自分で応用してもらえばいいのです。ここで、実際に何をしたのか、はあえて言いません。そこだけ抽出してしまったら、私もヨハネスもただのヘンな人と見なされておわりです。何をしたのか、ではなく、理想のイメージをもつこと、問題意識をもつこと、問題を言語化するテイスティング方法を習得することが先です。

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▲2014年からワインの一部はアンフォラ熟成。車のタイヤをクッションにしてその上にアンフォラを置くのは素晴らしいアイデアだ。


 ちなみにトラプルはビオディナミ生産者です。セラーに入る時「携帯はオフにするか持ち込まないでくれ。中に調剤が置いてあるので影響を受ける」と。実際にその通りでしょう。しかしそう言った生産者は彼が始めてです。いかに繊細な感覚を持っているかよく分かります。そういった感性がないのにビオディナミだ亜硫酸無添加だと形式だけ踏襲しても意味がありません。
 ブラウフレンキッシュ最上のワインのひとつ、今やオーストリアを代表する赤ワインと言えるスピッツァーベルクは、2014年から一部アンフォラ熟成。以降はタイトな構造と高い凝縮度に加えて、好ましい広がり感も出るようになり、ますますすごいワインになっています。ただし、我々一般人がこのワインの本領を発揮させるためには上記のような発想に基づく技術も必要です。現時点では往々にして土と水の要素が強いワインなので、飲む時に火と風の要素を補う必要があるのです。本来なら、彼自身に四元素の力関係について意識してもらい、最初からバランスのとれた味にしてもらうしかありません。そのためにしょっちゅう彼と会ってはいろいろとお話しているのです。

Raser-Bayer, Carnuntum

  レストラン兼ワイナリー、つまりホイリゲ。オーストリアならではの魅力。食とワインが、あとから偶然出会うのではなく、最初から共にあるということ。その意味は、考えれば考えるほど大きなものがあります。

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▲田舎のホイリゲの典型的なつくり。ウィーンからも近いので、グリンツィングの観光ホイリゲに飽きたらちょっと足を延ばしてみてもいいだろう。外国人はここまでは来ないのでローカルな雰囲気が味わえる。

 ホイリゲ=ウィーンではありません。ウィーン空港から東に車で20分ほどで着く産地、カルヌントゥムにあるラザー・バイアーも地元に根差したホイリゲ。そのワインは自分にとっては地元消費用オーストリアワインの典型といえるほど、素直で、欲張らず、お買い得で、もちろんおいしく、かつ認証オーガニックです。あなたの好きなオーストリアのワイナリーはどこか、と聞かれ、この名前を挙げたこともよくあります。もちろん私は世の中の評価本を賑わすタイプのワインもおいしいとは思いますが、オーストリアらしいオーストリアワインとは何かと思考をめぐらすと、1ホイリゲワイナリー、2、オーガニック、3、安価、4、輸出市場より地元重視、という指標が重要であるというひとつの結論に達します。1,3,4の要素を満たすワイナリーは多くとも、2も満たすとなるとなかなかないものです。     「輸出比率は何パーセントですか」と聞くと、「ゼロ。だからパーセントを計算する必要もない!」。いいですね。何度も言っているように、外国人観光客でにぎわう銀座の高級天ぷら屋より、外国人ゼロの下町の天ぷら屋のほうが、私にとっては基本であり、好きなタイプのお店です。しかし大半の人にとっては、前者のタイプのワインのほうがいいワインでしょう。実際にそういうタイプが日本には輸入されています。それはオーストリアに限ったことではなく、ドイツもそうです。いや、ドイツのほうがさらにそうかも知れませんが。不思議なのは、上記のような飲食店の譬えなら、「外国人より地元の人で賑わう店が本物」と誰もが言うのに、ことワインになると逆になってしまうことです。それはまだ多くの人にとってワインがよそ行きのもの、ええかっこしいのものだからです。

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▲ラザーさんに連れられて徒歩で畑に行く。土はご覧のように細かい粒子のレス。カルヌントゥムにはもう少しローム質な場所もあるが、ここはレスなので、ワインは軽やかでフルーティ。



 テラスでオーナー家族のひとり、ダニエラ・ラザーさんに話を聞いている最中も、中庭を兄、父、母、祖母が通りがかっていきます。本当に「ファミリー・ワイナリー」なのですね。ブドウだけでなく、大豆、小麦も栽培。もちろんすべてオーガニック。ワインだけに凝り固まっていると、農業産品としてのワインが俯瞰しにくいと思います。こうした経営形態だと、良識・常識から外れることがないはずです。
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▲ベーシックなワインのほうがむしろ抜けがよくて酸もビビッドでおいしい。オーストリアは価格と質が比例しないのが消費者にとってはとてもありがたい。ただその前提は、高アルコール&高濃度=高品質、とする一般的なな考え方から自由になり、ホイリゲワインとしての機能性を評価軸に組み込むことだ。

 数多い商品の中でお勧めは、ホイリゲ用の1リットル瓶のグリューナーとツヴァイゲルト、ウェルシュリースリング、そしてツヴァイゲルト・ロゼです。力を抜いているのに中身はしっかりミネラリーで品があります。そして大変に安い。私は残糖7グラムのチャーミングなツヴァイゲルト・ロゼが特に好きです。ハムやチーズやローストポークといったホイリゲの料理にぴったりです。

 ツヴァイゲルトの赤もありますが、ロゼのほうがおいしい。レス・ローム土壌の軽快さとロゼのスタイルが合っていると思いますし、ツヴァイゲルトの赤にありがちな泥臭い風味が感じられないのもいい。こういうワインは日本に輸入されないものです。なぜならワインが置かれている文脈が見えないからです。

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▲醸造所の中には調理器具も置かれている。レストラン兼ワイナリーならではの光景だ。

 

 

2017.08.13

ヨハネス・トラプル

 グリューナーとツヴァイゲルトは、その丸さ、酸のやさしさ、カジュアル感といった点が共通する、普段使い用オーストリアワインの代表といえる白と赤だと思います。それに対して、高貴な味わいのワインで双璧となるのは、白はリースリング、赤はブラウフレンキッシュでしょう。

ブラウフレンキッシュらしさとは何か、というのは議論が盛んなところです。ブラウフレンキッシュはワイルドな方向に行くことも、フレンドリーな方向に行くこともできます。アイゼンベルクもドイツェシュッツェンもプルバッハもルストもドイツェクロイツもホリチョンも、それらブラウフレンキッシュで有名な村々はどこも、素晴らしい品質の、しかしそれぞれに異なった、ブラウフレンキッシュのワインを産出します。

しかし私が声を大にして最高と言いたいのは、カルヌントゥムのスピッツァーベルクです。もともと定評のあった畑ですが、注目を集めるようになったのはこの十年。ドルリ・ムールとヨハネス・トラプルの二人が、とてつもなく高品質なワインをこの畑から造りだし、スピッツァーベルク・ルネッサンスと呼ばれる現象を世界に広めたからです。スピッツァーベルクを造るのは有名になった現在でもたった8生産者のみ、総面積は100ヘクタールしかありません。ワインの生産量は恐ろしく少なく、全ての生産者を合わせて7000本です。これは真のグラン・クリュです。

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スピッツァーベルクは、レス・ローム土壌のカルヌントゥムの中にあっては例外的な石灰岩土壌です。カルパチア山脈が隆起し、それにつられて小さな山が周囲にも出来ましたが、スピッツァーベルクはその最後の山(といっても標高は300メートルしかありませんが)です。地形を見ると、ドナウ川はスピッツァーベルクの西で北北東に流れを変えているのが分かります。雨雲は西からドナウ渓谷を沿って流れるため、ドナウ川からは2キロしか離れていないというのに、ドナウ渓谷で年間450ミリ降る雨は、ここでは250ミリしか降りません。それでもスピッツァーベルクは灌漑をしません。だからブドウは極端に小さく、収量はヘクタール当たり20ヘクトリットルを下回るほどで、極めて凝縮したブドウが出来るのです。 

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凝縮して高密度で超緻密で超堅牢で、しかし重たさが皆無で、むしろ透明感にあふれて抜けがよい。それがスピッツァーベルクのブラウフレンキッシュです。これを高貴と呼ばずして何をそう呼べるのかと思います。女性のドルリ・ムールが造るスピッツァーベルクが女性的な味だとすれば、ヨハネス・トラプルは男性的な味です。前者にエレガントという表現がしっくりくるなら、トラプルのワインは精悍といった形容が似合う、ひたすらかっこいい味だと思います。

オーストリアの赤ワインの頂点にある作品だと個人的には確信していますが、日本ではほとんど無視されています。オーストリアワイン通やプロなら飲んでいる基本ワインのひとつですから、知らないわけではなく、皆好きではないのでしょう。まあ私はオーストリアワインの嗜好に関してはマイノリティーなのでしかたありません。たとえばアイゼンベルクに関しては世の中的にはサパリとライブ―ルが絶賛されていますが、私はサイブリッツとケーニッヒスベルクが好きなようなものです。とはいえ私は異常な独り言をつぶやいているわけではないと思います。先日シュロス・エスターハージーのワインショップで店員さんとアイゼンベルク談義をしていた時も、ふたりしてサイブリッツ最高という話になりました。ともあれこの譬えをお聞きになれば、皆さんも私がブラウフレンキッシュに関して何を求めているかご理解いただけるでしょう。ブラウフレンキッシュの片親はホイニッシュですから、私はこの品種には白ワイン的要素があってしかるべきだと思っています。つまり黒コショウ的スパイスではなく白コショウ的スパイス、実体感ではなく抜け感を重視したいのです。スピッツァーベルクはまさにそんなワインです。

日本に輸入されないのでオーストリアに行って買うことになります。オーストリアに行っても人気ですし生産量が少ないので、そうは見かけません。ですからStixneusiedl村の人っこひとりいない、まるで映画のセットのように殺風景な、しかし道幅だけはなぜか妙に広い表通りに面した、看板のない、外からはワイナリーだとは絶対にわからないヨハネス・トラプルを訪ねて直接買うしかありません。間抜けな私はトラプルの住所は控えていたのですが電話番号をメモしておらず、入口にベルさえないので連絡しようもなく、ルービン・カルヌントゥム協会の事務所に電話してトラプルの電話番号を教えてもらい、やっとのこと玄関を開けてもらえました。トラプルが協会に属していることを知っていてよかった。訪問予定の方は気を付けましょう。

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数年前はガレージワイナリー然とした建物でしたが、今ではシンプルながらかっこいい、いかにもトラプル好みの、直線的なデザインの自宅兼ワイナリーへと変貌しています。小さいとはいえ二階にテイスティングルームもあります。彼は18ヘクタールの畑からツヴァイゲルト、グリューナー、シラー等いろいろなワインを造りますが、今回の目的はふたつ、スピッツァーベルクと、それから彼ともうひとりクリスチャン・クリンガーとが等分出資してヴァッハウに作った新しいワイナリー、PURのワインのテイスティングです。

スピッツァーベルクは、既に述べたとおりの味。最近はビオディナミを始めたので、まだリリースしていない2015年は以前にも増して力がみなぎり、質感に厚みが出て、素晴らしいとしか言いようがありません。

PURは以前にタンクからのサンプルを飲んで衝撃を受けたものです。今回2016年のグリューナー・ヴェルトリーナーをテイスティングし、これはヴァッハウの最高峰だと確信しました。世界遺産でもあるヴァッハウは有名ですし、日本でもファンが多い産地です。しかし本当に素晴らしいワインはあまり多くはありません。なぜなら大半のワインは灌漑と農薬の味がするからです。ヴァッハウほど名声と実体が乖離している産地は世界じゅうを見ても少ないと思っています。ヴィエ・ヴィヌムでもヴァッハウの部屋が毎回最も混雑しています。皆、何をもってそんなにいいと言っているのでしょう。

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無灌漑かつオーガニックのワインといえば、ヴェイダー・マルベルクのブルック・リースリングと、ニコライホフのイン・ヴァインゲビルゲ・グリューナーと同リースリングぐらいしか知りません。後者はレス土壌なので、典型的なヴァッハウとは言えません。ヴァッハウは片麻岩のテラスが基本です。PURは無灌漑でオーガニック(まだできたばかりなので認証はありませんが)で、テラスの畑です。畑は高名なドルンシュタイン村からドナウ河をはさんで反対側、ロサッツ村にあります。ドナウ河が大きく曲がる内側部分に位置し、平地が大きく広がるロサッツ村のワインには、今まであまりいい印象がありませんでした。しかしロサッツ村にも、わずかながら、奥まった山の斜面に畑があるのです。

ドルンシュタインの反対側なのですから、当然、斜面の向きは北向きです。以前ならそれは明らかに負の要因でした。アルプスから吹き降ろす冷風ゆえ、ヴァッハウの気温は限界的に低かったからです。ところが最近では地球温暖化で、ヴァッハウの厳しく冷たい味など遠い昔の話になってしまいました。この状況下では北向き斜面がむしろ優位に働きます。PURのワインは、まるで1970年代のヴァッハウのように緊張感があります。

PURのグリューナーにはシルヴァー、ゴールド、プラチナの3種類があります。まるで品質ヒエラルキーのように感じられますし、トラプルさんもそう思っているようです。しかし私の評価は逆で、シルヴァーが一番よく、プラチナが一番劣ると思います。もちろん「劣る」といっても相対的な話であり、一般的なヴァッハウとは次元が違う品質には変わりありません。

ヴァッハウにはヴィネア・ヴァッハウという生産者団体があり、三段階の「品質」呼称を独自に制定しています。その「品質」概念はまるで昔のドイツのようなもので、意味するところは遅摘み=高品質という思想です。これは決定的に間違っています。昔風ドイツの場合は遅摘み=残糖ですが、辛口ワイン志向のオーストリアの場合は遅摘み=高アルコールです。往々にしてスマラクトは貴腐ブドウさえ入りますが、そうなると貴腐風味が邪魔してテロワールの味がよく分からなくなります。ヴァッハウには冷涼さやすっきりした酸やミネラルを求めるべきなのに、そしてそれを消費者は期待しているはずなのに、事情をよく分からない人が「スマラクト=高品質=高価格、つまりおいしいに違いない」と思って買うと、ぼってりしたペースト状の味で裏切られた気分になるでしょう。リースリングの場合はそれでも酸があるからましだとはいえ、もともと酸が低く糖度が上がり質感がぼってりしがちなグリューナーの場合は、バランスが美しいとは言いがたいものがあります。

ヨハネス・トラプルもヴィネア・ヴァッハウと同じ落とし穴にはまっているようです。明らかにフェーダーシュピール的なシルヴァーは、スマラクト的なゴールドとプラチナよりも酸、ミネラル、アルコール、果実味のバランスがよく、抜けがよいと思います。同じ畑なのですからどれも余韻は大差ありません。余韻と品質は明らかな相関関係があります。しかしアルコール度数と品質の関係はどうでしょうか。世界じゅうのアペラシオンで両者がリンクしているのは、アルコール度数が高ければいいという意味ではなく、アルコール度数は日当たりのよさや収量の低さと関係しているからでしょう。遅く収穫して糖度を上げた結果の高いアルコール度数は、どう考えても品質との相関関係がありません。

さらなる問題は、「テロワール」の考え方です。シルヴァーは若木のワイン、ゴールドとプラチナは古木のワイン。そしてゴールドは斜面下、プラチナは斜面上のみから造られます。「斜面下と上では表土の厚みが違い、ワインの味も違うから。ブルゴーニュがクリマの違いで別々のワインを造るようなものだ」と言います。斜面の上と下では味が違うのは当たり前です。それを別々に仕込むのがブルゴーニュだと思うのは誤解です。クロ・ド・ヴージョを見てください。上部、中部、下部のワインをブレンドしたほうがおいしいし、それがクロ・ド・ヴージョというクリマの味です。上だけのワイン、下だけのワインはクリマ全体のワインよりおいしくないではありませんか。上下を分けると垂直性が失われてしまいます。ゴールドは重心が下、プラチナは重心が上になるだけです。垂直的なシルヴァーと比べて明らかに劣ります。

斜面下の表土が厚い部分より、斜面上の表土が薄い部分のほうが優れていると考えるのも一面的だと思います。確かにプラチナのほうが細やかさ、緻密さがありますし、流速が早い。しかし同時に味のボリューム感が減少する。これがリースリングなら話は別でしょうけれど、グリューナー・ヴェルトリーナーの魅力とは何かを考えると、表土の薄い岩っぽい味が必ずしもよいとは言えません。

このことを一時間かけてヨハネス・トラプルさんに説明しました。思い込み、誤解に基づく畑の分割はやめ、畑全体のブドウを使ってひとつのワインだけを造るべきだ、と。私が試しにブレンドしたワインを彼に飲ませてみると、彼も納得していました。しかし商売を考え、世の中の嗜好(スマラクトがいいと思っている人たち)を考えると、1、シルヴァーのタイミングで畑全体のブドウを収穫し、基本のワインを造る。2、若木の一部でスパークリングワインを造る。3、古木のブドウ(上と下のブレンド)を遅く収穫してスマラクトタイプを造る。というのがよい落としどころだ、と伝えました。これ以外にもいろいろとつっこんだ議論をしたので、彼にとってよい刺激になってくれれば、と思っています。

2017.08.03

ペーター・パラダイサー

 オーストリアで一番有名な品種といえばグリューナー・ヴェルトリーナー。ではグリューナー・ヴェルトリーナー最良の産地は? いや、それは難しい質問です。しかし私個人は、一番「らしい」ワインがブレなく得られる産地はヴァグラムだと、過去十数年グリューナーをいろいろと飲んできた結果として言うことができます。

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▲Fels村にある見晴らし台から、ドナウ渓谷方向を臨む。遠くに見える山の手前にドナウ河が流れている。ヴァグラムはこのように全体として平坦な産地。



 グリューナー・ヴェルトリーナーの特徴といえば、誰しもスパイシーな香り、ソフトな果実味、すっきりくっきりした酸、と言うでしょう。そしてそれはレス土壌に植えられた時に最も顕著に表現されます。レス土壌からは、多くの人がグリューナーらしいと思えるグリューナーが出来るのです。

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▲ヴァグラムではどこでもこのようにレス(風成砂)がうずたかく堆積しています。

 レス土壌はヴァッハウにもカンプタルにもクレムスタルにもあります。しかしヴァグラムはエリア全体がレス土壌。ここがポイントです。また、ヴァグラムの多くの畑は川から距離があり、ゆえに他のグリューナー産地と比べて内陸型の味になります。つまり、ソフトになりやすいレス土壌の中では逞しく、メリハリが効いて、肉付きがよいと同時に堅牢です。

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▲レスは氷河がアルプスを削ってできた細かい砂が風で運ばれたものです。灰のように細かいさらさらした土。石灰質を多く含み、アルカリ性で、活性石灰分は8から10パーセントだそうです。

 もうひとつ忘れてはいけない点があります。ヴァグラムは無灌漑です。降水量は少ない年で250ミリしかないと聞きますが、それでも灌漑が不要なのは、保水性のあるレスが20メートルも堆積しているからです。新世界ワインが好きな方は、その多くは灌漑の味なので、オーストリアにも新世界的なボリューム感とアルコール感のある果実を求め、灌漑している産地(ヴァッハウや、カンプタルの北側)のワインを評価します。日本では概してその傾向にあるように見受けられます。それはそれでひとつの個性です。しかし私のようにオーストリアワインにミネラル感を求めるならば、無灌漑は重要なキーワードです。

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▲ペーター・パラダイサーさん。親から引き継いだ1800平方メートルの小さな土地からブドウ栽培を始めた。



 好きな産地でありながらここ何年か訪ねていませんでしたので、もう一度ヴァグラムを身体感覚的に理解したいと思いました。どこに行こうかな、とネットを調べていると、日焼けして逞しく歳を重ねた顔を見つけました。それがたった18ヘクタールの小さな生産者、ペーター・パラダイサーです。長年オーガニックワインを造っています。「この人なら畑でしっかり仕事をしている。彼ならヴァグラムの土地のことを身体で理解しているはず」。歴史のことも詳しそうです。

彼が言うところでは、ヴァグラムをフィロキセラが襲った1872年以前も、この地ではグリューナーが多く植えられていたようです。フィロキセラ以降もヴァグラムにおけるブドウ栽培の歴史は平坦ではなく、1929年には175年ぶりの最低気温、氷点下30度になってブドウが死滅し、そのあとも1940年には氷点下21度、42年には氷点下39度を記録して再びブドウが死滅。53年には大規模な雹害があって生産量が2割減、翌年も4割減、しかしそのあとブドウが大豊作となって需給法則から価格が大幅に下落してブドウ農家の多くが廃業に追いやられたそうです。ヴァグラムは厳しい気候なのだということが分かります。

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▲雹よけのネットが張られた畑。



畑に行くと、周囲の畑よりもコルドンの位置が低いことに気づきます。生産性を追求して「レンツ・モーザー・システムが生まれたのは1951年、うちでは1963年に採用した。それはコルドンが15メートルの高さだったが、近年は徐々に低くしており、現在は80センチ」。15メートルだと腰をかがめずとも収穫できますが、ブドウの質という点では劣ります。

畑ではブロワーを使用してエフォイヤージュをしている最中でした。黒ブドウにはエフォイヤージュは必須でしょうし、逆にリースリングに行うと果皮が焦げてしまって繊細な風味がなくなります。「リースリングは直射日光に弱いが、グリューナーは逞しい品種で、太陽に当てても当てなくても風味が変わらない。さすがに収穫前に太陽光線が強すぎればワインが苦くなってしまうが」。ならばなぜエフォイヤージュするかといえば、風通しをよくしてカビ害を防止するためだそうです。

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▲トラクターに取り付けたブロワーの風で果房周辺の葉を吹き飛ばす。



 ペーター・パラダイサーのワインは決して評価本で高い点数を取るようなタイプではありません。落ち着いて、飲み飽きない、地味な地酒です。グリューナー・アルテ・レーベは、とろみ、丸み、甘味があって、重心が下で酸が穏やかな、いかにもグリューナーな個性。ヴァグラムのもうひとつの代表品種、ローター・ヴェルトリーナーはオレンジやビワやスパイスの、グリューナーより暖かい風味で、リッチな味わい。2015年が初となるPIWI品種ヨハニターは、銅や硫黄さえ使わずに済む耐病性に優れた品種ですから、ワインも病気知らずののびのびした味です。いずれにせよ、頑張り感のない、自然体のオーガニック。この普通さが、オーストリアの田舎な感じで、好ましく思えます。

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▲グリューナー・ヴェルトリーナー・アルテ・レーベ2016

ところで、安価なグリューナーJodelgrüsse von Franziska の瓶が置かれているのに試飲に出されなかったのはなぜかと聞くと、「飲まないほうがいい。失敗した」。試しに飲んでみると、早く収穫しすぎたのか、大変にピーマンっぽい味です。1981年が初ヴィンテージの経験豊富な生産者でも、こうしてとんでもない失敗をするものなのかと、むしろ親しみを感じました。

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